01.独り善がりの眩惑



暗い部屋の中、ギシ、ギシ…とベッドが軋む音に交じり、苦しげな声が響く。意識が朦朧とする中、圧迫感のある下腹部の痛みで何度も無理やり現実に引き戻される。ぼやけた視界の中で定まらない視線を彷徨わせると、己を見下ろし笑みを浮かべている男。
半間修二―――。
少し前まで、仲良くつるんでいた男だ。

「気持ちいい?ちゃん♡」
「そ…んなわけ…な……んぁっ」

口を開いた途端、半間に唇を塞がれ、すぐに荒々しい舌が口内へ侵入してくる。無理やり絡められた舌をじゅっと音を立てて吸われ、不意には嗚咽を漏らした。それでも半間は腰の動きを止めようとはしない。激しく攻め立てるでもなく、その動きはまるで焦らすようにゆっくりと、穏やかだ。

「あぁ…まだ痛い…?」
「……っ」
「でも慣れたらすんごく気持ち良くなるから」

の目尻から溢れ出た涙を舌でペロリと舐めながら、半間が耳元で囁く。唯一動かせる首を何度も振って拒否の意思を見せてもなお、半間は気にする事なく舌先での耳たぶを弄っては熱い吐息を吐いた。そのたびの手は無意識に抵抗しようと動くのだが、拘束されてる手首に巻き付けられたベルトが食い込むだけだ。

「あーあ…コッチも痛そ~」
「い…痛…ぃに…決まってる…でしょ…っ」
「あんま動くなって。食い込むだけだし」
「……んっ!…痛…ぃ…!」

少し強くなった腰の律動が体内のどこかを刺激して、また痛みが走る。悲鳴を上げるの事など意にも介さず、半間は彼女の耳に舌を這わせながら切なげに囁いた。

「…俺はすっげー気持ちいい。の中、トロトロで最高だわ」
「さい…ってー…ぁっ!」

僅かな抵抗とばかりに詰れば、体内に埋め込まれた半間の熱く昂った欲の塊が浅い所まで引き抜かれたと思った次の瞬間。一気に最深部まで貫かれ、激痛での声が短く跳ねる。

「痛い…?その痛みはへの罰だから」
「……ば…つ…」

与えられた痛みで朦朧としながら、確かに自分が愚かな別れを選んだ事をは後悔していた。その間も半間は首筋に口付けては舌を轟かせる。じわじわと追い詰めようとしてくる悪意のこもった唇は、再びの唇を塞いで声すら逃がさないと言うように深く口付けてきた。半間の舌が侵入して、またも悪戯に口内を這いまわる。あますとこなく舌先でなぞり、その動きはの中の羞恥心を加速させるかのようだ。

(何でこうなった―――?)

もはやハッキリとは働かない思考を巡らせる。今日は普段と何ら変わらない一日になるはずだった。友達といつものように新宿で遊んで、それから夜は…そう、カラオケに行ったんだ。二時間ほど歌って騒いで、明日から学校も夏休みだから、また遊ぼうという話になって友達を駅まで送って、それで――。母親は恋人と旅行で不在。どうせ帰ったところで一人だし、家も新宿だから歩いて帰れる。そこで暇つぶしに映画を観てから家に向かったせいで少し遅くなった。そう、そしてもうすぐ家に着くと思った時、道端に怪しげな男達が数人いて。少し嫌な感じがしたは彼らの前を足早に通り過ぎようとした。でも案の定、男の一人が声をかけてきて、無視したら腕を掴まれ連れ去られそうになった。

「やだ!放して!」

必死に暴れたけど男の力には敵わない。男達はいとも簡単にを拘束し、引きずりながら近くに止めてたワゴン車へ連れ込もうとした。恐怖で足がすくみ、は何度も声を上げたが、男の一人に頬をぶたれて、あまりの痛みに観念しかけそうになった時。

「―――てめーら、何してんだよ!」

そこに現れたのは、が一か月前に縁切りしたばかりの男、半間修二だった―――。




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「ありがとう…ほんと助かった」
「いや…俺も帰ろうとして通りがかっただけだし」

家までの道のり、半間はを送りながら煙草を咥えた。さっきの男達は結局、半間が全員あっさりと倒してくれたのだ。相変わらず強かったな、と感心しながら、は隣で煙草の煙を燻らせている半間を見上げる。190以上も身長がある半間は全体的にヒョロっとした体形だけど、筋肉質で何気に細マッチョな男だ。そしてケンカが恐ろしく強い。この新宿、それも歌舞伎町で暴れ回っている半間はが出会った頃、巷で"死神"なんて呼ばれてた。左手の甲には"罪"。右手の甲に"罰"。なんてタトゥーを入れてるせいもあるかもしれない。どう考えても本人が一番罪を犯してそうだし何だかの罰を受けてもおかしくなさそうだ。ああ、アレは自分の存在を一言で表す為のタトゥーなのかもしれない、なんてふと思う。

「元気だったぁ?ちゃーん」

不意に半間が身を屈め、の顔を覗き込む。そのニヤケた笑顔は相変わらずだったが、は気まずくて少しだけ視線を反らした。

「まあ…相変わらずだよ。修二は…?」
「俺ぇ?俺も相変わらずー」
「そっか…」

この新宿の死神、半間修二とが知り合ったのは、ちょうど一年前の新宿歌舞伎町。両親が離婚し、父親に引き取られるのが嫌で母方について来たものの。その母が夜の仕事を始めて家に一人でいる時間が多くなった事もあり、が夜遊びを覚えた頃だ。と言っても、と同じような家庭環境の学校の友達とゲームセンターをウロつく程度の可愛いものだった。だから夜の新宿が恐ろしい場所でもあるなんて認識はそれほどなく。寂しさを紛らわせてくれる繁華街くらいに思っていた。でもある日、いつものようにゲームセンターで友達を待っていると、三人組の男達にナンパされた。見た目がいかにも不良って感じで怖くなったは軽く断って立ち去ろうとした。すると男達はさっきの奴らのように強引な手段に出て来たのだ。でもそこへ助けに入ってくれたのが、半間修二だった。男達は半間の顔を知っていたようで慌てて逃げて行った。

あの頃の半間もどこか飄々としていて、お礼を言うに「通りかかっただけだし」なんて素っ気ない態度だった。ただ、は助けてもらったお礼をすると言って連絡先を聞き、それからは何度となくこの新宿で一緒に遊ぶようになった。別に一緒につるんでるからと言って甘い関係になったわけでもなく、ただ二人は一緒にいただけ。半間はの孤独を紛らわせてくれたし、たまに一緒にバカやって大笑いしたり、ご飯を食べたり、時々バイクでどこかへ連れ出してくれたり。
にとっては同い年だけど、ちょっと手のかかる兄のような存在だった。

でも半間はに会わない日は相変わらずケンカに明け暮れてたようで、その時あの男と知り合ったようだ。あの、蛇のような目つきをした男、稀咲鉄太きさきてったに―――。
暴走族"愛美愛主めびうす"のメンバーらしいが、何故か半間に近づき「俺の駒になれ」と言って来たらしい。半間は毛色の違う稀咲を「気に入った」なんて言って、つるむようになった。も紹介されて稀咲に何度か会った事はあるが、はどうしてもあの男だけは好きになれなかった。そのせいで半間に呼び出されても断る回数が増えて行った。稀咲が何やら陰でコソコソと半間に何かをやらせてる事に気づいた時、は何度か「稀咲とは会わない方がいい」と忠告もしてみたが、半間は全然聞き入れようとはせず。

「アイツといると俺の世界に色がつくんだ。オマエとは違う意味でさ」

半間はそう言っていたが、にはその言葉の意味が分からなかった。
そこまで稀咲に心酔してる半間が、は少し怖かった。怖く、なった。
どんどん半間が変わっていくようで、凄く嫌になったのだ。
だって本当は、半間が好きだったから―――。
"妹みたいな女"としてしか見てもらえなかったが、は半間が好きだったし、気づけば大切な存在になってた。だからこそ、は半間に「さよなら」を言った。どんなに稀咲の事を忠告しても聞いてくれない。稀咲のせいで半間が変わっていくところを、これ以上見ていたくなかった。だから「もう会わない」と半間に言ってしまった。

半間は特に理由を聞くでもなく、を引き留めるような言葉を言うでもなく。出会った頃と同じような退屈そうな顔で「分かった」とだけ言った。それ以来、は半間とは会っていない。今夜は一か月ぶりの再会だった。

「オマエさー。夜遊びすんのもいーけど、そんな恰好じゃああいうバカに狙われるんだから少しは考えろよ」
「うん…そう、だね…」

はかなりの暑がりで夏はだいたい薄着で出歩いてしまってる。今日も猛暑日で選んだ服と言えば、上は某ブランドのカップ付きキャミソールだけだし、下は膝上のミニスカート。言われてみれば確かに露出が多いかもしれない。

(一方的にさよなら言ったのは私なのに修二はまだ心配してくれるんだ…)

そんな些細な事でさえ嬉しく感じてしまうのは、やっぱりまだ半間が好きだから――。
とっくに忘れられてると思っていたのに。隣を歩く半間を見上げながら、一か月前の事を少しだけ後悔した。こうしてみる限り、半間は以前と特に変わった様子もない。稀咲の傍にいると半間は危ない事ばかりさせられてる気がしてたけど、考えすぎだったんだろうか、とふと思う。

「修二は…最近どうしてたの?」
「俺?別に何も。前とそんな変わんねーよ」
「そう…」

稀咲は?と訊きたくなったが、半間と離れるキッカケになった男の話題は今したくないと思った。せっかく久しぶりに顔を合わせたんだし、家までの僅かな時間くらいは以前のような二人でいたいとは思った。でももうすぐ家についてしまう。あの角を曲がったら半間とはまた会えなくなる。ふと寂しくなったその時「あ、そーだ」と、半間が突然足を止めた。

「前にオマエに借りてたDVDが見つかったんだよ」
「え?あ…なくしたーって言ってた映画の?」
「そうそう!この前掃除したら出て来てさ。返しに行こうと思ってそのままだったわ」
「そ、そうなんだ…」

今日偶然会わなかったとしても、そのうち返しに来てくれたかもしれない。そう思うとは少し嬉しくなった。完全に縁が切れたと思っていたから余計にそう感じる。

「つー事で俺んちに取りに来る?どーせ帰っても母ちゃんまだだろ?」
「あーお母さん、彼氏と今日から旅行に行っちゃって。ほら私が夏休み入ったから」
「マジ?じゃー気楽だな」

半間は笑いながら煙草を捨てるとケータイを取り出し何やら確認している。
もケータイで時間を確認すると、ちょうど0時を少し過ぎた所だった。

「どーする?この時間ならまだ序の口だろ」
「うん…」

ただ、このまま半間の家に行くのはいいが、もしアイツが来たらと考えるとすぐに返事は出来ない。

「…稀咲は来ねえよ」
「え…?」

の様子を見て察したのか、半間はポツリとそんな事を言って来た。

「アイツとはもう会ってねーし」
「え、嘘…」
「マジだって。なーんかアイツ愛美愛主メビウスやめて東卍トーマンに入ったらしくてさー。裏切り者じゃん?」
「そうなの?」
「だから俺も巻き添え喰う前に関係切ったんだよねー」

半間の話を聞いては驚いた。半間は稀咲と楽しそうにつるんでたからだ。でも半間は愛美愛主の総長とは前から懇意にしていた。その相手を裏切った稀咲との関係を切るのは当たり前なのかもしれない。

「つー事で俺んち来いよ」
「う…うん」

半間があまりに優しい顔で言うので、はつい頷いてしまった。もしかしたら、また前のように一緒にいられるかもしれないと淡い期待をしてしまう。
そもそも稀咲さえ現れなければ、と半間はそれなりに楽しくやっていたのだ。前のような関係に戻れるなら例え妹としてしか見てくれなくてもいい、とすら思った。

「んじゃ行こっか」

半間は不意にの手を取り、自分の家へと歩き出した。まさか手を繋がれるとは思わず、の鼓動が少しだけ跳ねる。こんな風に手を繋ぎながら歩くなんて初めての事だ。それににとっては男と手を繋ぐのすら初めての事で、少し照れ臭い。

「あー部屋ん中あっちーんだろーなー」

半間はウンザリしたようにボヤいている。の家から半間の家は歩いて10分ほどと意外と近い。それがキッカケで親しくなったようなものかもしれない。同じ新宿で遊んで、帰りも同じ方角だから何となく一緒に行動する事が多くなったのだ。

(そう言えば修二の家に行くのは久しぶりだな)

最後に行ったのはいつだっけ?と考えながら、手から伝わる半間の体温に意識が集中して頬が少しだけ熱を持った。

「まあ、あっちーと思うけど入って」

数分で家につき、半間は鍵をあけて中へと姿を消した。彼の家も複雑らしく、半間はこのマンションに一人暮らしをしている。だから時々が簡単に掃除したりご飯を作ってあげたりした事もあった。

「お邪魔します」

半間の部屋の匂いが懐かしくて、少しだけドキドキしながら中へ入ると、ミュールを脱いで室内へ上がった。

「あ、一応鍵かけておいて。誰も来ないとは思うけど」
「え?あ…分かった」

中からそんな声が聞こえて、は言われた通りドアの鍵を閉めた。時々新宿で仲良くなった人などが遊びに来てた事もあるからかなと、この時はそう思った。半間の部屋は1LDKで、玄関前方にトイレがあり、手前の扉の向こうは入ってすぐ右にキッチン、奥がリビングになっている。黒を基調としたモダンな部屋で、最初に来た時は驚いたものだった。

「お邪魔します」

勝手知ったるは何とやらで、はすぐにリビングへと向かった。

「あれ?修二?」
「探してくっから、これ飲んで待ってて」

半間はキッチンにいた。
冷蔵庫からコーラを出してグラスに注いだものを私へ差し出す。

「あ、ありがと…」
「ソファ座ってろよ」

半間はそう言うとリビングの隣にある寝室へと入って行く。はグラスを持ったままソファに座ると、久しぶりの半間の部屋を見渡した。

(特に…女の気配はない、か…)

が最後に来た日から全く変わってない室内を見て、内心ホっとする。半間は不良と言う枠にいても端正な顔立ちのいわゆるイケメンだった。特に年上のお姉さま達に可愛がられて何気にモテていたから、すでに彼女がいてもおかしくないと思ったのだ。

「はあ…喉乾いた…」

やはり室内は昼間の熱が残っているかのように蒸し暑かった。
はコーラを飲みながらエアコンのリモコンを手にすると冷房のボタンを押した。

「あー生き返る…」

少しして冷たい風が吹いて来るのを感じ、は目を瞑った。
年々気温が上がっていく夏季は暑さが苦手なにとって地獄でしかない。

「温暖化ヤバイな、ほんと…」

とボヤきつつ冷たいコーラを一気に飲んだ。

「修二?DVDあった?」
「見つけたのはいーんだけど今度はどこ置いたか忘れたー。ちょっと待って」

そんな声が寝室から聞こえて来て、は小さく吹き出した。

「何ソレ、遂にボケたの?」
「うっせーよ」

つい以前のようにからかうと、半笑いの声がすぐに飛んでくる。こんなやり取りも懐かしいなと思いながら半間を待っていると、目の前が少しだけチカチカしてきた。軽く目を擦りながら何度か瞬きをしてみたが、今度は視点が定まらない。

(何だろ…睡眠不足だからかな…)

夕べは録画してあったドラマを遅くまで観てしまったせいで、あまり寝ていない。さっきも映画を観ながら何度か寝落ちしそうになったくらいだ。その時今夜は早寝しようなんて思ったのに、こうして半間と再会したら睡魔なんて吹っ飛んでしまってすっかり忘れてた。

(どうしよう…まさか修二の家で寝落ちしても困るしDVDは今度返してもらって今日は帰ろうか…)

まだ半間と一緒にいたい気持ちはあったが、今度は頭もふわふわしてきた。これは帰った方が良さそうだ、とは「修二」と声をかけた。

「んー?ちょっと待って」
「見つからないなら今度でいいよ」
「えー?何ー?」

聞こえないのか、と思ってはソファから立ち上がると寝室へ歩いて行こうとした。だが足元がフラつき、ついでに視界がふわふわ動く。
まるで船にでも乗っているかのようで少し気持ち悪い。

(やだ…お酒なんか飲んでないのに酔っ払ってるみたい…)

フラつく足で何とか踏ん張り、ソファの背もたれに手を乗せた。いくら眠たいと言っても少しおかしいと思っていると、不意に寝室のドアが開いた。

「ん?どした?」
「あ、修二…ちょっと気持ち悪くて…」
「は?気持ち悪いって…どんな風に」
「何かお酒飲んだ時みたいにフラフラするし視界もぼやけておかしいの…」

そう言ってる最中から体がぐらりと揺れて倒れそうになる。それを見た半間が「…あぶねっ」との腕を掴んで自分の方へ引き寄せて支えてくれた。

「ご、ごめん…」
「そんなに具合悪いなら少し休んでけよ」

半間はそう言うや否やの体をいきなり抱き上げた。

「ちょ、いいよ…だい…じょう…ぶ」
「全然大丈夫じゃねーじゃん。口まわってねえし」
「…そ…んなこ…と…」

と言いながら、確かに言葉を発するのもダルい。無理やり眠りの中へ沈められていくような感覚で、半間に抱えられた途端、全身が脱力したように重たく感じた。勝手に目が閉じていくのを自分の意思で止められそうにない。

「しゅう…じ…」
「……まさかこんなに早く効くとはねぇ。稀咲のヤツ、何でこんなもん持ってんだ?」

深い眠りに沈められた瞬間、半間の低い笑い声が遠くで聞こえた気がした。





まさかの半間くん書いてしまいもーした笑。このお話は全体的にR-指定入ります。
短編で書こうとしてたら長くなりそうだったので数話に分けて短い連載になるやも。
明るくないようなそうでもないような曖昧さ笑
所詮私が書く話なので甘さも入ると思いますが、どちらかと言えば暴力的な流れも入るかもなので苦手な方は観覧はお控えくださいね(;´・ω・)。