― 悲 し い の は 一 途 に 愛 し た 気 持 ち だ け






全 て を 捧 げ て 未 来 を 誓 っ た は ず だ っ た よ ね






何 も 怖 く な ん て な い  君 と 出 会 う 前 の 日 々 を 探 す だ け ―
  






























Chapter.22 思い出すは、あの日の雨…⑤ Only you can love me...






!」


学校からの帰り道、急に背中を叩かれ、ハっとして振り返った。
すると、そこにはアヤとカオリがニヤニヤしながら立っている。


「どうして一人で先に帰っちゃうの?」
「あ、ごめん・・・。ちょっと・・・」


カオリにそう突っ込まれ何て答えていいのか分からず、言葉を濁す。
だがアヤが意味深な笑顔を見せながら、


「悠木がへこんでたわよ~? が俺を避けてるって言って」


と肘で突付いてきた。
その言葉に一瞬で顔が熱くなる。


二人は知ってるんだ・・・
この前、私が悠木くんに告白された事を――


「べ、別に避けてなんか――」
「そう? 今日だってサッサと帰ったじゃない」
「そうよ~? それに、まだ返事してないんでしょ?」


二人はそう言いながら私と一緒に歩き出す。
下校時間同じ制服の学生達が、どんどん後ろから歩いて来ては私達を追い抜いて行った。


「何て・・・返事していいのか分からなくて・・・」
「何言ってんの~? そんなのOKって言えばいいじゃない? 、前は悠木のこと好きだったんだしっ」


カオリはそう言って私の背中をバンっと叩く。
だが私は慌てて首を振って、


「す、好きって言うか・・・ただ・・・カッコいいなって憧れてただけで・・・」
「何よ、一緒でしょ? そんなの。悠木、いいじゃない。下級生からも人気あるし」
「そうよ~。もうロンドンの彼の事は忘れなさいよ!」
「・・・・・・っ」


アヤの言葉に胸の奥がズキンと痛んだ。


"忘れろ"か・・・・
そうよね・・・ほんとに忘れられたらどんなにいいか・・・・
でも、いつも胸にあるのはダンの言葉で、思い出すのは優しい笑顔―
そんな簡単に忘れられるはずもない。
ましてや他に好きな人なんて・・・・・・


"ダニエルの事が好きなら、あの子の事を一番に考えて"


ふと彼の母親に言われた事を思い出した。


まだ15歳で何の責任も持てない私にダンの将来をダメになんて出来なかった・・・・・・

























"どうして返事くれないの? 何かあった? 心配だからメール下さい。ダン"



そのメールを読んで涙が溢れた。



「ごめんね・・・・・・ダン・・・・」



そう呟いてベッドにうつ伏せで寝転がる。
胸の奥がズキズキと痛んで顔を枕に押し付けたまま、零れてくる涙を堪えようとした。
だけど、そのたびにダンの優しい笑顔が頭に浮かび、喉の奥が痛くなってくる。


あの日・・・ダンを待ってた時、一本の電話が入った。
ダンからかと思って私はその電話に出てしまった、だが―
受話器の向こうから聞こえて来た声はダンではなかった・・・・・・



















『あなた・・・・・・誰?』


少し低い・・・不機嫌そうな女性の声。
その人はダンの母親だった。
私が何とか説明すると、どうして、その部屋にいるのか、とか、どういう関係なんだと凄い剣幕で問い詰められ、
仕方なく本当の事を話した。
今、ダンと付き合っていること。
そして私が日本に帰らなくちゃいけなくなったこと。
その事について二人で色々と話し合ってたこと・・・
ちゃんと正直に言えば、ダンのお母さんにも伝わると、そう思っていた。
だけど実際は違った。


ダンのお母さんは話を聞き終えると、怖い声で、"付き合うなんて二人はまだ中学生でしょう?"と突き放すように言ったのだ。
そして、


『とにかく家に帰りなさい。あなたダンの立場ってもの分かってるの?
もしホテルの部屋に女の子を連れ込んだなんてマスコミに知れたらどうなると思ってるの!』


そう言って私を責めた。
私がショックを受け、黙っていると―


『私は付き合うこと認めた覚えもないの。それにあなたは日本に帰るんでしょう?なら、もうダンには会わないで』
「・・・そんな・・・」


その言葉には目の前が真っ暗になったような気がした。
まさか"もう会わないで"とまで言われるなんて思わなかったのだ。
私は手が震えて、何か言わなくちゃ・・・と口を開きかけた。
だが次の一言が私の胸に突き刺さった。







『ダニエルの事が好きなら、あの子の事を一番に考えてちょうだい』



「―――っ」







結局、私は何も言えなかった。
だって・・・お母さんの言った事はもっともだ、と思ったから。


ダンは普通の中学生じゃない。
俳優をやっている世界的に有名な人だ。
そのダンが外泊して女の子と泊まってたなんて知れたら、とんでもないことになる。
私は・・・そこまで考える余裕なんてなかった・・・


そう・・・それに私はどっちにしろ日本に帰る身だ。
やっぱり無理に遠距離恋愛を続けてダンに負担をかけるよりも今は別れた方がいいのかもしれない・・・
私達はまだ15歳だ。
自分一人では何も出来ない年齢・・・
ダンも仕事と勉強を両立させて行くなら、これから色々な壁にだってぶつかるだろう。
そんな時、私は傍にいてあげられないし・・・それに邪魔してしまうかもしれない。



そう思ったらダンのお母さんの言葉に頷くしかなかったのだ。


私はベッドから起き上がり、再び携帯を見た。
そして電源を切るとそのままバッグの中にしまいこむ。


「ごめんね・・・」




今は・・・何も考えたくなかった。






















「はぁ・・・」


「なーに溜息ついてんのよ!」


「うぁっ」




いきなり後ろから後頭部を小突かれ、僕は前のめりになった。



「何だよ、エマ・・・!痛いだろ?」
「しけた顔しちゃって~!とてもと一晩、泊まった人には見えないわよ?」
「バ、バカ、声が大きいよ!」


僕は慌てて辺りを見渡し、エマを睨んだ。(ここはスタジオなのでスタッフが忙しそうに往来しているのだ)
だけどエマはニヤニヤしながら、「あーら。ごめんね」と呑気にウインクしている。
ここずっと別々の撮影だったので久し振りに会ったが、エマは相変わらず元気なようだ。
逆に僕はというとそれ以上、何も言う気になれなくてそのまま廊下を歩き出すとエマも後ろから追いかけて来る。


「ちょ、ちょっとダン!どうしたの~?」
「・・・・・・いいから放っておいてくれない?今は誰とも話す気分じゃないんだ」
「何言ってんの?これから撮影よ?」
「それはいいんだ。演技だから。それ以外でって事だよ」
「ちょっとー!何よ、何かあった?あ、まだが帰っちゃうことで悩んでるの?だから、この前も言ったように―」
「・・・・そんなんじゃない」
「・・・・・・じゃあ・・・何よ?」


僕の言葉にエマは不思議そうに首を傾げた。


「その事じゃないなら・・・何でそんなに暗いの?」


控室に入った僕の後を追ってくるように入って来たエマはしきりに服を引っ張って来る。
僕はバッグをソファに置き、自分もドサっと座ると思い切りシートに凭れ、顔を上げた。


「・・・と連絡取れなくなった・・・」
「・・・・・・は?」
「は?じゃなくて!メール送っても返事はこないし、電話かけても、ずっと留守電のままなんだよ!」
「何それ・・・・いつから?」
「この前・・・・・・エマ達がホテルに来ただろ?」
「うん」
「あの日・・・僕がちょっとロビーに下りてフレッドと話してる間に・・・、一人で帰っちゃったんだ」
「どうして?」
「そんなの僕が知るかよ!遅くなったから帰るってメモはあったんだけどさ・・・。でもは勝手に帰るような子じゃないし・・・」
「でも今は・・・親が心配するって思って帰ったんじゃない?」


エマはそう言って僕の隣に座った。


「でも・・・それから一週間も連絡取れないんだよ?おかしいよ、絶対!」
「一週間って・・・それは確かにおかしいわね・・・」


エマはやっと分かってくれたのか、ちょっと驚いた顔でソファに座りなおした。


「私が連絡してみようか?」
「頼めるかな・・・?ちょっと心配でさ」
「OK!分かったわ!じゃあ後でメール送ってみて・・・それでも連絡なければ電話してみるから」
「頼むよ。悪いな」
「何、水臭い事言ってんのよ!任せなさいって!きっとどうせ具合悪くて寝てたとか、そんな理由よ。前にもあったじゃない」
「うん・・・そうだといいけど・・・」
「んもー!ホラ、元気出して!早く衣装に着替えちゃいなさいよ」


そう言って立ち上がるとエマは僕の腕をグイグイ引っ張るから仕方なく僕も苦笑しつつ立ち上がる。


「わ、もう時間ないじゃない!じゃね!後で!」
「ああ」


慌ただしく飛び出していくエマに手を振り、僕はすぐに衣装へと着替え始めた。
おかしいかもしれないけど、こんな不安な気分の時は逆に仕事をしてる方が落ち着く。
演じている間だけは余計な事を考えなくていいからだ。


衣装のローブを身に付け、最後に眼鏡をかける。
この瞬間から僕は"ダニエル・ラドクリフ”から"ハリー・ポッター"へと気持ちを切り替える。


「よし・・・」


そう呟いて僕は台本を手に控室を後にした。





















ダイニングは静かだった。


最近、父はこっちでの仕事の引継ぎや残り仕事を片付けるのに毎晩、遅く母と二人で食事する事が多くなったのだ。


「ご馳走様・・・」


箸を置いて椅子から立ち上がり茶碗を下げようとした時、後ろからお母さんに呼び止められた。


、もう食べないの?」
「うん。お腹いっぱいなの。ごめんね?」
「でもあなた朝昼もそんな食べてないし・・・」
「動いてないんだし、そんなお腹空かないの」
「だったら家に篭ってばかりいないで出かければいいのに・・・。ハリーくんとも会ってないんじゃない?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」


ダンの話題に聞いてドキっとして振り返ると、お母さんは心配そうな顔で私を見ていた。


「あなた・・・どうしたの?この前まであんなに離れたくないって言って・・・外泊までしたのに・・・」
「別に・・・。ダンも撮影あるから忙しいの」
「でもハリーくんなら少しでも会いに来てくれそうじゃない?この前の電話でもへの気持ち十分に伝わったわよ?」
「でも・・・仕方ないじゃない・・・。もう私は日本に帰るんだし・・・」
・・・。それでも好きだって言ってたでしょ?それにお母さんたちは何も別れろとまでは言ってないのよ?」
「・・・・・・分かってる」
「もし・・・大学まで待てないって言うなら、お母さんもお父さんに頼んであげるからこっちで寮のある高校とかに―」
「いいの・・・」
「え?」
「私、日本の高校に入るからいいの」
「ちょ・・・ほんとどうしちゃったの?少し変よ?」
「そんな事ないよ?もういいんだってば。それより・・・あっちの授業についていけるように勉強しなくちゃ」
「あ、?」


私はそこで話を切り上げ、すぐに二階へと上がって行った。
お母さんとダンのことで話すのも辛かったが、ほんとに勉強なくちゃならないのだ。
こっちと日本の学校では内容や進み方も違う。
日本の時の友達にメールで今の授業の分を送ってもらってあるのだ。
それを見て少しは勘を取り戻さないといけない。


「はぁ・・・」


自分の部屋に入り軽く息をつく。
お母さんが変に思うのも仕方ないけど相談なんて出来ない。
もうすぐ・・・夏休みも終る。
でも私はその前に日本へと帰るから学校に行く事すらないだろう。
こっちの学校で友達なんて出来なかったからいいんだけど。


(チャーリーにだけは・・・挨拶したかったな・・・)


ふと、あの明るい笑顔を思い出し、笑みが零れる。
ダン以外で最初に話し掛けてくれたのは彼だった。


(今頃・・・サッカーの合宿、頑張ってるかなぁ・・・)


夏休みに入る前、楽しそうに話してたのを思い出す。
そのままベッドに腰掛け、バッグを膝に乗せると携帯を取り出す。
ふとチャーリーに電話して転校する事を話そうか・・・と思ったのだ。
だが電源を入れて一応、メールチェックをしてみると受信された時の着メロが流れ、ドキっとした。


(もしかしてダン・・・?)


そう思いながらドキドキしてメールを開く。
だが、そこにあった名前はダンではなくエマからだった。
少しホっとしたのと同時に久し振りのエマからのメールにちょっとだけ緊張した。
だが読まないわけにはいかない。
ピ・・・っとボタンを押してメールの本文を出してみる。



"元気?ちょっと久し振りだね♪撮影が忙しくてメールも出来ずにごめんね!は毎日、何してる?体調とか崩してない?"



いつもと変わらないエマからのメール。
だけど、これはきっとダンから何か聞いたんだろう、と私は思った。
普段ならメールを見たらすぐに返事を出してた。
でも・・・今は正直、迷っていた。
普通に返してもいいが、もしダンと一緒だったら・・・と思うとなかなか指が動かない。


散々迷ったあげく、私は静かに携帯を閉じた。
このままじゃいけないとは思っている。
こんな風にダンや皆を避けたまま、さよならなんて出来ない。
でも何と言えばいいのか分からないのだ。
お母さんから言われた事はダンには言えない。
もし言ってしまえば・・・きっとダンは母親を責めるだろう。


ダンに親とケンカして欲しくなかった。


「はぁ・・・」


溜息をついてベッドから立ち上がると私は机の方に歩いて行った。
だがその時、突然、携帯が鳴り出しビクっとなった。


(まさか・・・)


踵を翻し、ベッドに置いたままの携帯を手に取る。
少し躊躇ったが、思い切ってディスプレイを確認すると―


「エマ・・・?」


そこにはエマの名前が点滅していた。
さっきのメールが来た時間から、かなり経っている。
きっと返事がない事を心配してかけてきたんだろう。


「どうしよう・・・」


携帯を持ったまま、私は出るか出ないかを迷っていた。
だが頭の隅で、"このままじゃいけない"という思いが過ぎった。
私は軽く深呼吸をすると、少し震える指で通話ボタンを押した。


「Hello.....」
『あ、?!私、エマ』
「・・・うん。あの・・・メール、ありがとう」


久し振りに聞いたエマの声に一瞬、喉の奥が熱くなったが、なるべく普通に話した。


、元気?返事なかなか来ないから熱出も出して寝込んでるんじゃないかって心配したのよ?』
「あ・・・ごめんね?ちょっと電源切ってて・・・今さっき見たの」
『そう・・・あ、今ね、スタジオからなの。隣にダンもいるのよ?変わるわね?』
「え?あ、い、いい!変わらなくていいから・・・っ」
『え、何で?』


私の言葉にエマはかなり驚いたようだった。
だけど何て答えていいのか分からない。


(どうしよう・・・)


そう思いながら少しの間、黙っていると受話器の向こうでかすかに声がして不意に聞こえたのは―


『Hello...?・・・?』
「・・・・・・ダン・・・」


こんなに近くでダンの声を聞くのが凄く久し振りのような気がした。
涙が浮かび、声が震えるのをグっと堪える。


『あの・・・元気・・・?』
「う、うん・・・」
『・・・そっか・・・。なら良かった・・・。もしかして具合でも悪くて寝込んでるのかなって思ったから・・・』
「・・・ううん、大丈夫・・・」


何とか答えながら、それでも元気のないダンの声に一粒、涙が頬を伝っていった。


やっぱり声を聞いてしまうと決心が揺らぐ。




『あ、僕からのメール・・・見た?』
「・・・うん。ごめんね?返事返さなくて・・・」
『・・・・・・何か・・・あった?』
「え?」
『いや・・・今までこんなことなかったし・・・さ。ちょっと心配になって・・・』
「・・・・・・・・・・・・・・・」




(ダンは本気で心配してくれてる・・・・・)


そう思えば思うほど胸が苦しくなった。
でも・・・ここでまた流されれば別れると決めた決心が崩れてしまう・・・



私が暫く黙っていたからか、ダンは思い切ったように口を開いた。


『あの・・・・・・』
「・・・え?」
『明日・・・会いたいんだ・・・。明日は午後から撮影だから・・・その前にでも。少し時間ある?』
「・・・・・・明日は・・・」


(言わなくちゃ・・・)


そう思って私は思い切り息を吸い込み、


「あの・・・明日は・・・ダメなの・・・」
『え・・・?何か・・・用事でも・・・?』
「そうじゃないんだけど・・・」


(どうしよう・・・何て言えば・・・)






私は締め付けられるような苦しさに耐えながらギュっと携帯を握りしめた―




















『私・・・日本の高校に行く事に決めたの』


僕はその言葉がまるで、どこか遠くから聞こえてるかのように感じていた。
明日、会いたいと行った僕にが言いづらそうに"会えない"と言った時点で不安が込み上げてた。
だから、そのせいで聞き間違えたんじゃないかって・・・バカな事を考えたんだ。


「・・・・・・何て・・・?」


かすかに動揺が声に出たからか、隣にいたエマが心配そうに僕を見ている。
だが僕はそのまま言葉を続けた。


・・・どうして?両親に反対された・・・?」
『・・・・・・違うわ・・・?』
「ならどうして・・・!」


胸の奥がズキズキしている。
彼女が一体、何を言ってるのか分からない。
いや・・・ほんとは何となく分かってたのかもしれないけど、認めたくなかっただけなんだ。


そんな僕の耳に、躊躇うように、それでもシッカリしたの声が聞こえて来た。


『私・・・考えたの・・・』
「・・・え?」
『私は日本に帰るし・・・よく考えれば遠距離なんて無理』
「だから、それは二人で考えて―」
『ううん・・・無理よ・・・』
「何が無理なんだよ・・・っ」


初めてに対して声を荒げてしまった。
エマも驚いたようにこっちへ歩いて来る。
受話器の向こうでも一瞬、息を呑んだのが分かり、僕はハっとした。


「ごめん・・・」
『・・・ううん、いいの・・・。でも・・・分かって?やっぱり離れるなら私とダンじゃ前みたいに付き合えない・・・』
「・・・どうして?まだ学生だから?」
『それもあるし・・・ダンは普通の15歳じゃないもの・・・』
「それは―」
『ダンはこれからじゃない。私との事を悩んでる暇なんてないと思う・・・』
、何言って・・・それは僕の仕事の事を言ってるの?僕が俳優だからっ?」


何かの間違いかと思った。
が・・・あのがそんな事を言うはずがない・・・何かの間違いだって・・・そう思った。
だけど受話器の向こうから聞こえて来たのは・・・聞きたくなかった"YES"だった。


『遠距離で・・・最初は大丈夫かもしれない・・・でも、そのうち色々大変になると思うの』


「そんな事・・・」


『私・・・自信ない・・・』


「・・・え?」


『この一週間、私なりに色々と考えた。それで・・・これからの全てに自信がなくなったの・・・。やっぱり無理だってそう思った』


「―――っ」











何も言えなかった。
そんな風に言われたら・・・僕は何て言えば良かったんだ・・・?
"自信がなくなった"って言われたら・・・。




"僕たちは大丈夫だよ"


"離れていても一緒に頑張れる"



そんなドラマみたいな台詞を言えば良かったんだろうか。
俳優なんてやってるくせに気の利いた台詞一つ出てこないよ。












それから何を話したのか分からない。
気づいた時、僕は、「分かった・・・」とだけ呟き、電話を切っていた。





エマは泣きそうな顔で何があったのか聞いてきたけど、この時の僕には何も考える事が出来なかった。











それから半月、僕はに会いに行けなかった。
電話もメールさえ出来ず、時間だけが過ぎていって事情を知ったエマとルパートはあれこれ言ってきたけど、
僕は一人仕事に集中してた。


がいつ日本に帰るとか、もう、そんな事も考えられず、家にも帰りたくなくてずっとあのホテルに泊まっていた。
色々とうるさい親にも会いたくなかったんだ。
















ジリリリリ・・・





いつもの様に目覚ましが鳴り、僕はゆっくりと目を開けた。
別に眠っていたわけじゃない。
あれから、あまり眠れず、今も目覚ましの鳴る随分と前に目は覚めていた。
でも起き上がる気にもなれずに、僕はゴロリと横になり、窓を見上げた。
いつもならカーテンの隙間から入ってくる太陽の光も今日はないようだ。
代わりに外から雨の降る音が聞こえて来て、少しだけ体を起こし、カーテンを半分だけ開けた。


「雨・・・」


外を見ればどんよりとした空から霧雨のような雨が降っている。
それを見てズキンと胸が痛んだ。


・・・今頃、君は何してる・・・?
そろそろ帰る用意で忙しい・・・?
本当に・・・あれで、サヨナラなのかな・・・


信じたくなくて・・・現実を見たくなくて、僕は何も考えないようにしてた。
でも、こんな雨の日には・・・やっぱりの事を思い出してしまう。


も・・・同じなのかな・・・



ふと、そんな事を思い、ベッドに腰をかけた。













キンコーン!キンコーン!












その時、けたたましく部屋のチャイムが鳴り、ビクっとした。


「な、何だよ・・・誰だ?こんな朝から・・・」


僕は顔を顰めつつ立ち上がり、ドアの方に歩いて行った。
一応、すぐには声をかけず、そっと覗き穴から覗いてみる。
するとエマとルパートがイライラしたように立っているのが見えて僕はガックリと肩を落とし、ドアを開けた。
その途端、一気に二人が飛び込んでくる。


「ダン、大変!」
「な、何だよ、二人してこんな朝から―」
が今日帰っちゃうって!!」
「な・・・!」
「今朝、メールが来てたの、ほら!」


驚いて固まっている僕にエマが自分の携帯を開いて見せてくれた。


"ずっと連絡しなくてごめんね?それにお見送りされるのもつらいからロンドンを経つ今日、このメールを送ることにしました。
このロンドンに来てエマやルパート、そしてダンに会えて友達になれたこと、凄く嬉しかった。
それだけでもロンドンに来て良かったって思ってます。ダンの事でもエマには本当にお世話になりました。
感謝してもしたりないくらい。
結局、私とダンは別れる事になったけどエマやルパートが私達のために色々と考えてくれた事、本当に嬉しかった。ありがとう。
今でも皆と離れたくない。でも仕方ないんだよね・・・。こんな私と友達になってくれてありがとう。
ルパートにも宜しく伝えてください。日本に帰っても皆のこと絶対忘れないし遠くからだけどずっと応援してるから・・・
体に気をつけて、お仕事も勉強も頑張ってね。それじゃ・・・いつの日かまた会える事を願って・・・。
追伸:あまりルパートとケンカしちゃダメだよ!(^0^)/ より"


・・・・・・」


涙が出そうになった。
そこにはの気持ちが沢山、詰まっていたから。


「ダン、まだ間に合うかも!に会いに行って来てよ!」
「エマ・・・」
、ほんとはダンと別れたくなんてなかったと思う!ダンだって気づいてるんでしょ?!」


エマは僕の腕にしがみつきながら涙を浮かべてそう言った。
だけど僕はあの日、に言われた"自信がない"という言葉が頭から離れない。
いくら互いに好きでも、思いを残していても、あれがの本心なら僕にはどうする事も出来ないんだ・・・
でも・・・二度と会えないかもしれない、と思うと急に現実に戻された気がして怖くなった。


「ダン!何、迷ってんだよ!これ逃がしたらほんとに会えなくなるんだぞ?いいのか?!」


ルパートもいつもと違い、真剣な顔で僕を見た。


だけど今さら僕が会いに行ったってが困るだけかもしれない。


そんな事ばかりが頭に浮かぶ。
だがそこに電話の音が響き、ドキっとした。


「ダン、電話!もしかしてかも―」
「ま、まさか・・・」


そう言いつつドキドキしながら携帯を手にとる。
すると、そこには自宅の番号が出ていて僕は思い切り溜息をついた。
そして期待したように僕を見ている二人に「母さんから・・・」と伝えて通話ボタンを押す。




「Hello...」
『ダン?起きてたの?』
「ああ・・・何だよ・・・何か用事?」
『何か用じゃないでしょ?あんた、いつまでそこにいるの?』
「いいだろ・・・撮影終れば帰るよ・・・」
『撮影終るまでって、そんな何言ってるの・・・!前はそんな事なかったのに・・・!』
「僕だって一人になりたい時だってあるんだよ!いいから少し放っておいてくれない?」


いつもの母さんの小言にウンザリしてつい口調もきつくなる。
それにはエマもルパートもハラハラしたように見ていた。


「話、それだけ?じゃあ切るよ。今、それどころじゃな―」
『ダン、そこに誰かいるの?!』
「え?あ、ああ・・・まあ・・・っていいだろ、そんな事は」
『まさか、あの子じゃないでしょうね?』
「は?あの子って・・・」
って子よ!あんた、前にその子をそこへ泊めたでしょ?母さん知ってるのよ?』
「ちょ・・・何でそんなこと・・・」


母さんの言葉に驚いて僕は、まさかフレッドが言ったのかと思った。
だが母さんの言葉に僕は目の前が一瞬で暗くなった気がした―


『前に電話したら、そのって子が出たのよ。もうビックリしたわ?一人で泊まってるのかと思えば!
だから帰ってもらったの。全く何考えてるの!マスコミにバレたらどうするつもりだったの?!』


「――――っ!」


・・・何だって・・・?!
と話したって・・・だってはそんなこと一言も・・・


そこまで考えてハっとした。
がおかしくなったのはあの日からだ。
そう・・・メモを残して先に帰ってしまったあの日から・・・


まさか―――?!








『ちょっとダン、聞いてるの?またあの子がいるの?』


「何言ったんだよ・・・」


『え?』


に何言ったんだ・・・!!」


『ダ、ダン・・・?!』









大きな声を出したからか、エマとルパートは驚いて僕の方に歩いて来た。
だけど僕は驚いている母さんから、あの日の事を聞き出しすぐに電話を切ってしまった。
怒りと自分の情けなさに全身の力が抜けた気がしてソファにドサっと体を鎮める。
するとエマが心配そうに僕の顔を覗き込んできた。


「ちょ・・・ダン、どうしたのよ・・・お母さんとケンカ?」
「・・・嘘だ・・・」
「え・・・?」
が言った事・・・嘘だったんだ・・・」
「ダン・・・?どうしたの?」
は・・・・・・僕の事を思って、ああ言ったのに・・・!!」


無性に腹が立った。
あの時、の様子がおかしい事に気づいていればあるいは・・・


そう思って僕はふと時計を見た。


・・・時間は、まだ早い。
今、のとこに行ったとしても撮影の時間には間に合うかもしれない・・・


僕はそう思ってすぐにベッドルームへと戻った。
そしてクローゼットから服を出すと急いでそれに着替える。


「ダン、行くのね?!」
「ああ、ってか入って来るなよ!」


着替えていると、いきなりエマが飛び込んできて僕は慌ててTシャツを頭からかぶった。
だがエマは笑いながら肩を竦めている。


「あーら、今さらダンの裸なんか見たって何とも思わないわよーだ」
「うるさいよ!あーつか飛行機、何時とか知ってる?」
「え?そこまでは・・・あ、でも、ついこの前電話した時はメトロポリタンに泊まってるって!」
「は?!電話って―」


エマの言葉に驚いて振り向くと彼女は"しまった!"なんて顔で舌を出している。


「ご、ごめん・・・だって私だっての友達なのよ?心配でつい・・・でもダンに言うとまた思い出させちゃうかも・・・って・・・」
「あーっそ!分かったよ!ったく!隠し事すんなよなっ」
「だから、ごめんってば!あ、それでね、住んでた家はもう荷物もないし出発の日まで、そこに泊まってるって言ってたの!」
「メトロポリタンか・・・。ここから近いな・・・」


僕はそう思いながらジャケットを羽織り、キャップを被ると、ベッドルームを出た。


「あ、ちょ・・・ダン!傘は?!雨降ってるよ?!」
「いいよ、いらない!じゃ行って来るから!もし遅れた時は監督や皆に上手く言っといてよ!」


僕は二人にそう言うとホテルの部屋を飛び出した。







今度こそ、の本心を聞くために―


 








 


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