静かな部屋に時計の音だけが響いている。
いつもの事務所なら、開け放されたドアから他愛もない話し声や笑い声が聞こえてくるのだが今は誰も口を開こうとはしない。
と言っても、このテリー専用の個室にいるのは、この部屋の主のテリーと、この事務所でのマネージャーを任されているスタンリーの二人だけ。
その、どちらも口を開こうとはしないので、隣にいるスタッフすら無駄話も出来ない空気が流れていた。
だが、その沈黙を破るように、スタンリーは目の前に出されている雑誌を手に取った。
それが合図になったのか、今まで黙っていたテリーは軽く息をつくと、ソファに座りなおし静かに口を開く。
「スタンリィ…。私もこんな事、言いたくないのよ。分かってくれないかしら」
「…こんな記事…誰も信用しないと思いますけどね」
「だから、それは―――」
「テリーさん」
スタンリーはテリーの言葉を遮るように少しだけ身を乗り出した。
そんな彼にテリーも溜息をつくと、ゆっくりと顔を上げる。
「何…?」
「俺は…あなたに凄く感謝してます…。モデルをやめた俺に、こうして仕事とチャンスを与えてくれて…」
「そんな事はいいのよ…」
「いえ…おかげで妹の面倒を見れる時間も少しは出来た」
「スタンリィ…」
「だからじゃないけど…仕事はきちんとしたい。それに今さら担当を代えればマスコミは、この記事が本当だから、と騒ぎますよ?」
「そうね、そう思うわ。でも…これは社長の意向よ。それに私は代える気などないわ。ただ少しの間、から外すだけで―――」
「少しの間ってどのくらい…?」
「それは…分からないわ…。でもこう何度もこんな記事が載れば例えそれが嘘でも皆、信じるようになる…分かるでしょ?」
テリーはスタンリーを宥めるように、そう言って軽く溜息をついた。
「あなたは…よくやってくれてるわ。を甘えた女優にしたくないと言った私の意志をちゃんと分かってくれてる」
「……………」
「それは…彼女の事を大切に思ってるから…私の気持ちが分かるのよね。違う?」
「テリーさん、それとこれとは…。それに彼女は、あなたが思ってるよりもシッカリしてますよ」
「ええ、そうね。でもはやっぱり恵まれた環境の中で育ってるの。確かに本当の親はいないけど、あんなに大切にしてくれる家族がいる」
「そうですね…」
「だから気づかない内に甘えが出ることもあると思うの。それを正してくれるのはスタンリーだと私は思ってる。だから、あなたに任せたの」
「はい…分かってます」
「私だって、こんな記事のせいで担当から外したくはないわ。他の人じゃきっとダメ。どこかでを甘やかしてしまう…」
「だったら―――」
「仕方ないの。社長はを育てたいと思ってる。別に恋人が出来たとか噂されるのは構わないのよ。例えば、あの記事が本当の事でも」
テリーはそう言ってスタンリーを見つめた。
それにはスタンリーも顔を顰め、訝しげな顔をする。
「まさか……ないですよ」
「そうね。でもにだって、またいつか好きな人は出来るわ。ライアンの時は悲しい結果に終ったけど…」
「…………そうですね…」
「でもそれはいいの。ただ…そういう嘘ばかりのゴシップが載る度に家族との事まで書かれる…。それが困るの」
「と…お兄さん達のことですか…?」
「ええ。あの兄妹は本当に仲がいいし、そう見られるのも分かるけど、その度に傷つくのはなの。血が繋がってないと思い知らされるから」
「分かります…」
「だから…ほとぼりが冷めるまで…あなたには他の新人についてもらいたい、と社長がね…」
「………………」
テリーの言葉にスタンリーは軽く溜息をつくとソファに凭れた。
「じゃあ…その間は誰を?」
「あなたにはミシェルについてもらうことになるわ。これは彼女からのご指名なの」
「…いや、そうじゃなくて…には誰を、って事です」
「ああ、えっと…前のように私がやろうと思ったんだけど…他の新人で手が一杯なの。だからジョージに頼むと思うわ」
「ジョージ? ジョージって…」
「ジョージ・ファレル。彼の担当のエレンは今、妊娠休暇に入ったの。知ってるでしょ?」
「はい。でも彼は…」
「何?彼だと心配?」
テリーはクスクス笑いながらすっかり冷めてしまったコーヒーを口に運んだ。
テリーの意味深な言葉にスタンリーは少し息を吐き出すと、
「…ジョージは女優に甘すぎるでしょ?フェミニストって言うか…につけるのはどうかと思いますけど」
「でも今は彼しかいないのよ。それに長い間じゃないと思うし…。よく言っておくわ。厳しくしてって」
「なら…俺は構いませんけど…」
「そう。じゃあ分かってくれたのね」
テリーが念を押すとスタンリーは諦めたように目を伏せ、軽く頷いた。
それにはテリーもホっとしたように微笑む。
「良かった。じゃあ…明日からはミシェルについて。後で彼女にも言っておくから」
「はい…」
「あ、ミシェルはと違って、なるべく優しくしてあげてくれる?あの子は誉めて育つタイプなの」
「ええ、分かってます」
スタンリーは小さく息をつくと肩を竦めてみせた。
テリーはそんな彼を見てちょっと噴出すと、
「彼女、あなたのこと、すっかり気に入ってるみたいね。モテるとこは相変わらずだわ」
「カンベンして下さいよ…」
スタンリーは思い切り頭を項垂れ、ソファから立ち上がった。
「じゃあ俺、帰ります」
「そう?じゃあ明日から宜しく。には私から電話しておくから」
「……分かりました」
「じゃ、お疲れ様」
「失礼します」
スタンリーはテリーにそう言うと部屋を出ていった。
「ふぅ……」
彼が出て行くとテリーは小さく息をついてソファに凭れつつ、指で目頭を抑えている。
そこへ受け付けのパティがコーヒーを持って入って来た。
「新しく淹れ直しました」
「ああ、ありがとう…」
テリーは笑顔を見せると、コーヒーカップをそっと口に運んだ。
するとパティは何か聞きたそうにしている。
「どうしたの?」
「いえ、あの……スタンリーってテリーさんがここに入れたんですか?」
「え?」
「あ、すみません。さっき少し聞こえちゃって……」
「ああ、別にいいの。そうね…彼は友人の息子で……その関係でちょっと」
「そうなんですか…」
「彼、シッカリしてるし仕事も想像以上によくやってくれてるわ」
「そうですね。でもスタンリーには…さんが合うと思います」
「え…?」
その言葉にテリーは驚いたように顔を上げた。
そして軽く息を吐き出すと、ちょっとだけ微笑んだ。
「それも聞いてたの?」
「す、すみません。あの…聞こえちゃって…」
「まあ隠す事じゃないからいいけど。仕方ないのよ。私だって出来れば代えたくないわ」
「そうですよね…すみません…」
パティはそう言って頭を下げると黙って部屋を出て行った。
彼女の後姿を見送り、テリーは少し笑顔を見せると、もう一度コーヒーを口に運んだ。
そして、そのまま自分のデスクへ行くと引出しを開けて一枚の写真を取り出す。
その写真には家族4人が楽しそうな笑顔で映っている。テリーはその写真を眺めて懐かしそうに目を細めた。
「…シェリー。あなたの息子は……私に任せてね…。心配しないで」
テリーはそう呟くと、窓の外を眺めて小さく息を吐き出した。
スタンリーは事務所を出ると車に乗り込み、シートへと身を沈めた。
キーは挿したものの、すぐにエンジンをかける気にもならず、思い切り息を吐き出す。
煙草を咥え、火をつけながら時計に目をやれば、午後6時。
本当なら約束通り、の様子を見に家に行こうと思っていた時間だ。
だがスタンリーは軽く頭を振ると、そのままシートを倒して寝転がった。
その時、携帯の着信音が流れ、少しだけ体を起こし、助手席に放り投げたままの電話を手に取る。
「Hello...ああ…リンか…どうした?え?いや…大丈夫だよ。うん…分かった。今、そっちに向うから…ああ。じゃ…」
そう言って電話を切るとスタンリーはシートを元に戻し、エンジンをかけ車を出そうとする。
だが一瞬、携帯へと手を伸ばしかけ、それでも思い直したようにハンドルを握ると、スタンリーはそのままアクセルを踏み込んだのだった。
Big brothers who panic at scandal!#3混乱の一夜.【イライジャ&】
今日は何となく平和な一日で、僕は久し振りに穏やかな時間を過ごしていた。
次の仕事も決まり、打ち合わせも済んでホっと息をつく。
ここ最近はドムやオーリィに振り回された感があり、とてもじゃないが、こんな静かな気持ちではいられなかったしね。
僕は打ち合わせが終った後も、某ホテルのラウンジに残り、紅茶を飲んでいた。
時々、ファンの人からサインを強請られたが愛想よく答えてあげている。(まあこれも気分がいいからファンサービスをする余裕があるって事だけどさ)
ただ夕べからが熱を出してしまったから、それは心配だった。
昔から何度かあったけど、やっぱり今でも心配するのは変わらない。
それは僕だけじゃなくてレオやオーリィ、ジョシュも同じ事だろう。
(そうだ…帰りがけにの好きな杏仁豆腐かフルーツゼリーでも買って行ってあげようかな。熱がある時、よく食べたいって言ってたし)
そんな事を考えながら、そろそろ家に戻ろうか、と思っていると後ろの席に新しい客が座った。
「俺はコーヒー。リンは?」
「私は…ミルクティーを」
「畏まりました」
「……?」
男の声に聞き覚えがあり、僕はサングラスを少しだけズラし、そぉっと振り向いてみた。
「ぁれ…?」
そこには何とスタンリーが座っていて、ちょっと驚いた。
彼は僕とは対象に横向きに座っているので、こっちには気付いていない様子だ。
しかもスタンリーの向いに座っているのは、この前やドムと一緒にいた時、見かけたアジア系の女の子。
あの時と同じように二人で親密そうに何やら話している。
(あの子、確か今、が撮ってる映画の衣装さんだったっけ…スタンリーとは前から知り合いだって話だったけど…何かあるのかな?)
軽く首を傾げつつ、気づかれないように隣の会話に耳を澄ませた。
だけど周りはザワザワしてるし、二人は小さな声で話しているから、話の内容までは聞こえてこない。
でも何やら少し女の子の方は深刻そうだ。仕事の相談でもしてるんだろうか。
……なんて他人の事を気にしても仕方がない。(ドムじゃあるまいし)
そんな事を思いつつ、僕は家に帰ろうと、そっとソファから立ち上がり、レジで支払いを済ませた。
出て行く時にチラっと振り向いてみたが、二人はまだ何やら話しこんでいる様子だ。
(あの二人…やっぱ何かあったのかも)
直感的に、そう思いながらそのままラウンジを出て地下の駐車場へと向う。
と、その時、携帯がポケットの中で震え出し――マナーモードにしてたのだ――僕は立ち止まって携帯を取り出した。
「何だ、ヴィゴ…?」
ちょっとだけホっとして僕はすぐに通話ボタンを押した。
「Hello?ヴィゴ?」
『あ、もしもし……イライジャか…?』
「うん。どうしたの?暗い声出して」
いつもとは違う感じがして、僕がそう聞くと、ヴィゴは溜息交じりで呟いた。
『ちょっと…荷物を引き取って欲しいんだが…』
「へ…?」
力なく発せられたヴィゴの言葉に僕は意味が分からず、変な声を出してしまった。
だがすぐに、その答え(荷物の正体)が分かって背筋が寒くなった(!)
『うぉぉい、ヴィゴ〜!誰に電話してるんだ〜? 俺の話を聞けぇ〜〜!!』
「………………」
受話器の向こうから、多分、"一生聞かなくてもいい声"が聞こえて来て僕はその場にフリーズした。
だがヴィゴは後ろの"お荷物くん"の声など軽く無視して、
『頼む…今すぐ荷物を引き取りに――こらぁ、ヴィゴォ〜!――ぅわ、おい、ドム、放―――!』
ブツ!・・・ツーツーツー・・・
「……………」
電話はそこで切れてしまい、僕はそぉっと携帯の電源を切ってしまった(!)
「ふぅ…危ない危ない…。きっと今のは幻聴だ…いや白昼夢?ってもう夜になるけど…」
額の汗を拭きながら、そんな独り言を呟き、再び駐車場へと歩き出す。
ヴィゴの"荷物"を引き取る気はさらさらなかった…(今の電話はなかった、と自分にマインドコントロールをかけた)
「はぁ…」
何とか家に辿り付き、僕はホっと息をついてから家へと入った。
「ただいま〜」
そう言ってから、まず買ってきたフルーツゼリーをキッチンへと持って行く。
「あら、リジィ、お帰りなさい」
「ただいま!」
キッチンに入るとエマが夕飯の準備をしていた。
「はどう?」
「少しは良くなったんだけど、夜になるとまた少し熱が出たみたい。今、レオが傍についてるわ」
「そっか。ああ、あの人は?」
「え? あの人?」
「我が家の騒音隊長」
「ああ、オーランド?」(!)
エマは野菜を切りながらもクスクス笑っている。
「リビングにいるんじゃないかしら。のとこに行きたいみたいだけどレオに止められてて不貞腐れながらテレビでも見てるかもね」
「だろうね。あんなに、うるさいオーリーがいればの熱だって上がる一方だよ…」
「また、そんなこと言って。オーランドだって、あれでも本気で心配してるのよ?」
エマはそう言って優しく微笑むと、僕の買ってきたゼリーを冷蔵庫にしまってくれた。
僕はそのままのところへ行こうとしたが、ふと気になり、そっとリビングを覗いてみる。
すると案の定、テレビの前で背中を丸めて座っているオーランドの後姿が見えた。(いわゆる体育座り)
(あ〜あ…オーリーの奴、ほんとに不貞腐れてるよ…)
ドアの隙間からコッソリ覗いている僕に気づかないのか、オーリィは背中を丸めたまま何やらブツブツと言っている。
「あ〜あ…寂しいなぁ…。一人ぼっちでテレビ見ててもつまんないなぁ〜。レオはやっぱり鬼だよなぁ……」
「ぷ…!」
思わず吹き出しそうになり、僕は慌てて手で口を抑えた。
オーリーはフラフラと体を揺らし、テレビに向って呪文のように、そんな事を呟いている。
(よっぽどレオにイジメられたのかもしれないな…。だいたい二人がオフで一緒にいればそうなるのは分かってるけどさ)
僕はそのままオーリーを放置し、二階へ行っての様子を見ようと、そぉっとドアから離れようとした。
だが、こういう時に何故かするどいのがオーランドだ。僕がそっと階段の方に歩いて行きかけた、その時――
「あ!リジィ、お帰りぃ〜っ♪」
「――っ!!」
そんな声が聞こえて来て僕はギョっとしたまま立ち止った。
すると、オーランドはすぐに廊下に走り出てくる。
「寂しかったよーー!ささ、早く座って座って!」
「ちょ…オーリィ、放してよ!僕、ちょっとの様子を――」
「ああ、ダメダメ!今行けばレオに怒られるからさ☆」
「………………(それはアンタだけだろう? と言いたい)」
オーリーは一人ぼっちが相当、堪えたのか、僕の腕をガシっと掴んで無理やりソファに座らせた。
だけど、いつもと違うのは僕に抱きついても来なければ腕にしがみ付いても来ない。(かなり不気味だ)
ただ、やたらとドアの方を……
(と言うよりも、この場合は二階からレオが降りてこない事を確めてると言った方が正しそうだ)
しきりに気にしている。
そんなオーリーに僕は溜息をつきつつ、声ををかけた。
「何…?どうかしたわけ?話があるなら早く言ってよね」
「そ、それが大変なんだよ、リジィ…!」
オーリーは突然、ぐりんと僕の方に勢いよく振り向くと、そんな事を叫び出しギョっとした。
「だ、だから何が大変なんだよ…?」
「それが今日、の友達とゆう美人さんが家に来て――」
オーリィは僕に今日の出来事をこと細かく話し出した。
その内容に、さすがの僕も心臓がギュっとなる。
「嘘…じゃあ、その人、本気のストーカー?!」
「らしーんだよ!レオも何だか困ってる様子でさ…っ」
「そりゃ困るだろ…手をつけた女にしつこくされた上ににまで近づかれちゃさ!しかも家にまで来るってヤバイよ…」
「だろう? それに、もっとヤバイのは――」
「がその女優の事をいい人だと思ってるってこと」
「そう!そうなんだ!あんな奇麗な顔して可愛いを騙すなんて酷いよね!全く!」
「まあ…でも一応、自業自得って事だよね…」
「あ、そっか…。でもレオだって勘違いさせるようなことは何も――」
「分かってるよ、そんなこと。あのレオが遊びの女に期待させるようなことするわけないし言うはずない」
「よく分かってんじゃん♪」
「……ようは、あちこちに手を出せば中にはそんな危ない女もいるって事だろ?オーリーも気をつけなよ?」
「バ…!バババカ言うなよ!俺はそんなレオみたいに遊んでなんか――」
「メリッサって子が、もし、そんな女だったら?」
「ぅ…!」
「どうせセレブ狙いの新人さんだと思うけどね、僕は」
「なな、何て酷い事を――!」
「だって分からないだろ?オーリーと付き合えば自分だって注目されるんだしさ。よく知ってから付き合った方がいいと思うけど」
僕はそう言って煙草に火をつけると、オーランドは、むぅっと口を尖らせ、ソファの上でまた体育座りをした。(一体、何歳だ、アンタ…)
「何だよ、何だよ…。リジィのアイスメェンボーイめっ!」
「はいはい。アイスメェーンボーイでも何でもいいよ。ただ僕は皆の女遊びでにまで嫌な思いさせるのだけは許さないから」
「んなっ!そ、それは心外だぞ、君ぃ!!皆って何だよ、皆って!俺がいつ女遊びでを泣かせたんだ!それはレオだけだ!」
「別に僕は何も泣かせたなんて言ってな――ぅ!」
「何だよ、リジィ。急にフリーズしちゃって……僕の後ろに何かって――ひゃ!レレレオォゥ…!!」(舌巻きすぎだよ、オーリィ)
そう、気づけば、いつの間にかレオがリビングに来ていた。
いつから僕とオーリィの会話を聞いていたのか分かるほどに、額に血管が浮き出て今にもハジケそうだ……(!)
「ほんっと、おしゃべりだな、オーランド………」 (かすかに笑みを浮かべるとこが、めっちゃ怖い)
「ひっ!」 (亀かと思うほどに首を窄めたオーランド)
「それに誰が女遊びでを泣かせたって…?」 (何だか拳銃を向けられてる気分だよ…ママン!)(いないけど)
「そ、それはリジィが――」 (レオを見つめたまま僕を指さすオーランド)
「ちょ、ちょっとオーリー!僕は別にレオ限定で話したわけじゃ――」
「へぇ…二人で、そんな事をベラベラと話してたのか…」 (何だか空気が一気に冷えた気がするのは僕の気のせい?)
「………!(ゴクッ)」
「………(こ、怖すぎる!)」
久し振りにレオに睨まれ、僕は完全にフリーズしてしまった。
隣のオーリーなんか泣きそう……ってか、もう半分泣いてるようなもんだ。(だって鼻汁が鼻からキラリ☆と顔を覗かせてるし!つか汚な!)
きっと、これから飛んで来る鉄拳を想像しているんだろう。
僕だってレオに殴られるのは――決め付けてる――出来れば避けたい。(小さい頃はオーリーと一緒にイタズラして、よくレオにゲンコツされたっけ)
だけど、てっきり殴ってくるかと思ったレオは思い切り息を吐き出すと、目の前のソファにドサっと腰をかけた。
僕とオーリーは気づけばギューっと目を瞑っていて、いつ拳が飛んで来るかと覚悟を決めていた……
――なのに全くその気配がなく、恐る恐る目を開ける。
「あ、あの……レオ…?」
レオは疲れた様子でソファに凭れ、何だか指で目頭を抑えている。
その姿に不安を覚えた。
(オーリーなんか殴られずに済んで安心したのか、全身の力が抜けてソファに、ふにゃりと倒れこんでいる)(糸人形状態)
「どうしたの、レオ…どっか具合でも悪い…?」 (だって、あそこまで怒ったのに殴らないなんて絶対に体調が悪いと思う)
「いや別に…」
僕の問いにレオはそう言うと小さく頭を振って煙草に火をつけた。
でも明らかにレオは疲れてるように見えて僕は心配になった。
「もしかして…そのストーキングしてる女優の事で悩んでるの?」
「ま…自業自得だけど、あそこまでされると精神的にも参るよ」
「い、いや、レオ、さっきのはさ…」
一度は引いた汗が再び額に浮かぶ。
だけどレオは苦笑いしながら肩を竦めた。
「いいんだ。あんな女だって見抜けなかったんだからさ」
「レオ…」
「沢山、女と遊んだりしたけど、そもそも興味がないんだからダメなんだよな。本性すら見抜けないって」
「そりゃ…好きでもない相手なら、どんな人だとか知ろうともしないしね」
「そういう事だな…。はぁ…」
レオはソファの背もたれに倒れるように頭を置いて思い切り息を吐き出した。
きっと、その人がに何をする気なのか、心配なんだろう。
僕もそこは凄く心配になった。
「ねぇ、レオ…。こうなったら…に話したら? はその人のこと友達と思ってるんだろ?」
「ああ…。でも…俺を困らせようとして自分に近づいたなんて知ったら…がまた傷つくと思うしさ…」
「え…?どういう事…?」
レオの言葉に僕が首を傾げると、今まで隣でクラゲと化していたオーリーもノッソリと起き上がってきた。
そんな僕らを見て、レオは少しだけ目を伏せると、先ほど聞いたというの友達の話を教えてくれた。
「そんな…じゃあ…前まで来てた、あの友達が急に来なくなったのって…」
「ああ…。彼女達はのこと利用してただけだ」
「何だよ、それぇ!酷いったらないね!」
その話にオーリーも凄い剣幕で怒り出し、憮然とした顔だ。
だけど僕はその話を聞いて、さっきレオが心配していた事はもっともだと、少しだけ息をついた。
「じゃあ…言いづらいよね、ほんとに…」
「だろ?まあ…デライラがに何かするって、まだ決まったわけじゃないし。ジョシュにも後で話して気をつけてもらうようにするよ」
「そうだね。あとスタンリーにも話しておけば?彼ならとずっと一緒にいるワケだし」
「ああ、いや、それが…」
「…何?」
レオは少し困ったように頭をかいているのを見て、僕は身を乗り出した。
「実はさっきテリーからに電話があってさ。スタンリー、今回の記事の件での担当から外されたらしいんだ」
「えっ?!嘘、何で?だって、あの記事はデタラメで…」
「まあ、そうなんだけど…ほとぼりが冷めるまでって感じらしいんだ」
「何だ…。じゃあ完全に外されたわけじゃないんだろ?」
「ああ。でもなぁ…何だか、その電話の後から、元気がなくなっちゃってさ。また熱も出てきちゃったし…」
「え…?そうなの?」
「何だよー。せっかく下がってたのに!あ!じゃあ、俺がとっておきの夜食を――!」
「オーリーは何もするな、と言っただろ…?」
「…はぃ…すみません…」
レオにビシっと言われ、オーリーは途端に小さくなった。(まるで塩をかけられたナメクジのようだ)(オイ)
「はぁ…でも彼はきちんとの面倒見てくれてたし、仕事も出来るし良かったのにね」
「そうだな…。も…スタンリーとなら仕事もしやすかったんだろうしな」
「また新しい人をつけられても気疲れするのに…何で、いちいち、あんな雑誌に踊らされるんだろ、社長さんって生き物は」
僕はそう言ってソファから立ち上がると、「ちょっとの様子、見てくるよ」と言ってリビングを出た。
すると後ろの方からオーリーの、「ぅぐっ」っという変な声が聞こえてきて、ちょっとだけ噴出してしまう。
大方、僕についてこようとしてレオに捕まったんだろうな。ほんと懲りない人…
そんな事を思いながら階段を上り、の部屋のドアをノックした。
返事はないけど、すぐに中へ入り、寝室を覗けば布団から少しだけが顔を出している。
「お帰り、リジィ…」
「ただいま」
僕はベッドの端に腰をかけると、ちょっと屈んでの額にキスを落とす。
やっぱり今朝より熱が上がったのか、かなり熱かった。
「、大丈夫? また少し熱が上がったってレオが心配してたよ」
「ぅん…ごめんね…」
「謝る事はないけどさ…。早く元気になってよ」
そう言って頬を優しく撫でれば、も少しだけ微笑んでくれた。
「そう言えば…聞いたよ、スタンリーのこと…」
「………………うん…」
「で、でもさ。すぐマスコミの熱も冷めるって。そしたらスタンリーもの担当に戻れるんだからさ」
「うん…そうだね…」
僕の言葉には小さく頷く。
その時、ふと先ほどスタンリーを見かけた事を思い出した。
「そう言えば…さっきスタンリーを見たんだ」
「え…?ど、どこで?」
「フォーシーズンズホテルのラウンジ。ほら、前にも一緒にいたスタッフの子と一緒にいたよ」
「え…それって…リンのこと…?」
「ああ、そんな名前だったっけ」
「何時頃…?」
「んーと…打ち合わせが終って少ししてからだから…午後の6時過ぎかな」
「…そ、そう…」
「…どうした?具合悪い?」
急に布団に潜ってしまったに、僕は慌てて声をかけた。
だがは顔を出さないまま、「ちょっと眠くなっちゃったから寝るわ…」と呟いた。
僕は心配になり、そっとの体を揺さぶって、
「ほんと大丈夫?」
「ぅん…平気」
「そう…?じゃあ…ゆっくり寝て早く治してね」
「ありがと、リジィ…お休み…」
「…お休み」
そう言って僕はそっと立ち上がり、そのままの部屋を後にした。
だが少しの様子が気になり振り返ってみる。
どうしたんだろう…眠いって言ってたけど、さっきはそんな感じじゃなかった気がする…
やっぱり担当が一時でも変わるのって心細いのかな。
まあ…やっと慣れた頃だっただろうし、いきなり違う人になるなんて嫌だよなぁ、やっぱり…
そう思いながら下に戻ると、オーリィはまたしてもテレビの前で体育座り。(心なしかスネているように見える)
レオはレオで一人ブランデーを飲みながら難しい顔をしている。
だけど僕はが入って行くと、ふと顔を上げた。
「あ、どうだった? …」
「うん。やっぱり元気なかったよ。眠いから少し寝るって」
「そうか…まあ…体調悪いと、色々考えて不安になるからな。治れば少しは元気になるさ」
「そうだといいけど…。ねぇ、レオ…」
「ん?」
僕はレオの隣に座って、オーリィに聞こえないようにした。
「…スタンリーの事で落ち込んでるのかな」
「…そう思う?」
「うん…何となく…だけど、そんな気がしてさ」
「そっか」
「もしかして…あの雑誌が本当って事は……」
「それはないと思うけど……どうかな」
「そう…。まあでもが彼のこと好きになっても……おかしくはないけどね」
僕がそう言って溜息をつくと、レオはちょっとだけ笑って煙草に火をつけた。
「何だよ、嫌そうだな?」
「え…?あ、まあ…ね。いやスタンリーはイイ奴だと思うけどさ。やっぱり心配なのは変わらないし」
「そうだな…俺も同じく」
レオはそう言って軽く笑うと僕の肩にポンっと手を乗せた。
だけど僕には、その笑顔が少しだけ寂しそうに見えた。
でももし本当にがスタンリーを好きなら…応援するべきなんだろうか。
ライアンの時はそんな事すら思った事はなかったけど…
けど…例え、どんな奴でもを渡すってのは、どうしても気が進まない。
と言うか、はっきり言って相手が誰でも嫌かも………
レオも……きっと僕みたいに複雑なんだろうな。
そう思いながらお腹が空いた僕はソファから立ち上がってキッチンへと向った。
レオも一緒に立ち上がり、どうやら二階に上がって行ったようだ。
きっとの様子でも見に行くんだろう。ほんと僕ら兄貴たちは心配性だよね。
なんて呑気に思いながらキッチンを覗こうとした、その時―――凄い勢いでレオが階段を駆け下りてきた。
「リジィ!」
「な、何?!」
僕は驚いてすぐに廊下に顔を出した。
キッチンにいたエマも、リビングでテレビを見ていたオーリーもレオの声を聞いて飛び出してくる。
するとレオが普段なら絶対に見せないくらいに動揺した顔で僕の肩を掴んできた。
「が…どこにもいない…っ!」
「えぇ?!」
「ちょ…いないってどういう事?!」
「な、何なの?一体…」
レオの言葉に皆、唖然としている。
だがレオはすぐに、「リジィも家の中、捜してみてくれ!俺は外を探す!」 と言って家から飛び出して行った。
僕は驚きすぎて一瞬ボーっとしてたけど、ハっと我に返り、すぐに二階へと駆け上がっていく。
そしてまず最初にの部屋を見たけど、さっきまで寝てたはずのベッドは蛻の殻で、部屋のどこにもの姿はない。
そこへオーリィもやってきて二階の部屋、全てを探し始めた。だが二階にの姿はない。
「ど、どうしよう〜〜!、どこに行っちゃったんだよ〜〜!!」
「ちょ、うるさい、オーリィ!泣くのは後にしてよ!今はを探すのが先!」
「わ、わがった…!」
そのまま僕とオーリィが下に戻ると、エマが走ってきて、「下にもいないわ?」と教えてくれる。
その時、レオが外から戻って来た。
「ダメだ…どこにもいない…!」
「ど、どうする?警察に電話する?!」
「バカ!警察に電話したら大事になるだろ? は自分で家を出たんだ…」
レオはそう言って息を吐き出すと、すぐに車のキーを取って、再び外に出て行った。
きっと近所やの友人の家に探しに行くのだろう。
それを見て僕も慌てて後を追った。
「待ってよ、レオ!僕も一緒に―――」
「リジィは家で待っててくれ!もしが戻って来たら携帯に電話しろ!」
「あ、そうか…分かった…!」
レオはすぐに愛車に飛び乗ると、そのまま凄い勢いで門から出ていってしまった。
それを見送りながら、僕は思い切り、自分の車のタイヤを蹴飛ばした。
「クソ!さっき何でについてなかったんだ…!」
自分で自分に腹が立ち、つい、そんな言葉が口から漏れる。
どこか様子がおかしいと思っていたのに……。でも…どうして家を抜け出したんだ?
あんなに熱があるのに……!
とにかく…レオが見つけてくれるか、が戻って来てくれる事を祈ろう…
僕は落ち着くのに何度か深呼吸をすると、すぐに家の中へと戻った。
だが、中ではオーリィが子機を片手に一人ウロウロと慌てふためいて、
「どうしよ!とと父さんに電話しなくちゃ!」
なんて騒いでいる。
そんなオーリィに僕は溜息をつきつつ、彼の手から子機を奪った。
「あー何するんだよ、リジィ!」
「ダメだよ!父さんに電話したら大事になる。状況も知らない父さんが警察にでも電話したらどうするんだよっ」
「あ、そ、そっか!だね!じゃ、じゃあ、どうするの?このまま、ここで待ってるわけ?もしが誰かに攫われたなら――」
「は自分で家を出たんだってレオも言ってただろ?それに、こんなマスコミが張ってる家に誘拐犯が忍び込めるかよ」
「そ、そうだね、うん、そうだ!は自分で出て行った。そうそう、は自分でって、でも、それが本当ならどこに行ったんだよ?!」
「知らないよ!」
ギャーギャーうるさいオーリィにウンザリしつつ、僕はドサっとソファに腰を降ろした。
ただ待ってるだけなんて情けないけど、今は僕に出来る事はない。
とにかくが行きそうな場所を考えてみないと…
僕はギュっと手を握り合わせると、さっきと話した内容を、もう一度じっくりと思い出してみた―――