Catch me if you can.......A real love ?... or... fake love...















いつかは君のこと  なにも感じなくなるのかな








今の痛み  抱いて  眠る方がまだ いいかな…




















ACT.18...偽りの結婚                                 












「何だって?ダニーと結婚する?」
「ええ…」
「ど、どうしたんだ?お前…夕べはあれほど嫌がってたのに…。それに…私に彼を会わせたいんだろう?」


養父は驚いて食事する手を止め、私を見つめた。
母さんも青ざめた顔で私を見ている。


「もう…レオには会わなくてもいいわ…。それより…そろそろ病院に行きたいんだけど…」
「ま、待て…っ。どうしたんだ?…何故、急にダニーと結婚するなんて…」
「いいでしょ?気が変わったの。それに自分勝手だったって気付いただけよ?
お養父さんだって私とダニーに結婚して欲しいんでしょう?なら、いいじゃない」
…。そ、それはそうだが…。ほんとに…どうしたんだ?何だか…様子が…」
「何でもないったら。言ったでしょ?自分の勝手な行動に反省したの。
ダニーを傷つけたけど彼も私を許してくれるって言うし約束通り結婚するだけよ」


私はそう言って紅茶を飲み干すと椅子から立ち上がった。


「マスコミは無視するから病院へ行っていいでしょう?患者の男の子が心配なの」


無表情な私を見つめ、養父は心配そうな顔をしたが小さく溜息をつく。


「解った…。だが…夜、もう一度話そう。いいな?」
「解ったわ?じゃ、ご馳走様」


私はそう言うと部屋へと戻って病院に行くのに用意を始めた。
何も考えたくなかった。
家にいたくなかった。


私は急いで着替えるとバッグを持って玄関ホールへと下りて行った。
すると母さんが心配そうな顔で立っている。


…」
「行って来ます…」
「待って?あなた…どうしたの?」
「…何が?」
「だって…あんなにレオナルドのこと愛してるって言ってたのに…。ダニーと結婚するなんて…嘘でしょう?」
「ほんとよ?いけないの?私がダニーと結婚すること母さんだって望んでたんでしょ?なら…」
…。私は…あなたに幸せになって欲しいだけよ?あなたが大切に思う人なら…誰だっていいの」
「そんな事、今更言われても遅いわ…」


私は顔を反らして呟いた。
それに母さんも少しだけ眉間を寄せる。


…あなた…ダニーに何か言われたの?夕べ…遅くに会いにきてたでしょう?」
「別に?夕べ話してやっぱりダニーと結婚するべきだって気付いただけよ。それより時間がないの。私、もう行くから…」
…っ」


私は母さんの方を振向かず、そのまま外に出ると車庫に行って母さんの車に乗り込んだ。
自分の車はサンタモニカのアパートに置いたままだったし、門の外にはマスコミの人間が数人いる。
エンジンをかけアクセルを踏んだ。
リモコンで門を開けるとその瞬間にフラッシュが数回光り、記者達が車の方に走り寄って来る。
私は思い切り車を走らせ記者達の間を走り抜けていった。


くだらない。
人の恋愛事情を何故、そんなにムキになって聞きたがるのか。


もう…どうでもいい。


私はアクセルを踏み込んでどんどんスピードを上げていった。















!久し振り!」


婦長と話した後、ロッカールームで制服に着替えていたらキャシーが入って来た。


「キャシー。ごめんなさい。迷惑かけて…」
「何言ってるの…。 ―大変だったわね…」


キャシーは私を抱きしめると、「もう大丈夫なの?ご両親…レオとの仲、許してくれたの?」と聞いてきた。
その言葉にゆっくりと首を振り、「私…ダニーと結婚するの」とだけ言った。


「えぇ?な、何で?どういう事?」
「…………」


私は何も言えず黙って着替えを済ますと、


「マークのとこに行かなきゃ…。今までマークのこと見ててくれてありがとう」


と言ってロッカールームを出る。
それにはキャシーも慌てて追いかけてきた。


「ちょ、ちょっと待ってよ…っ。…レオとの事はどうするの?!」
「キャシー…。もう…何も聞かないで…?」
「あなた…どうしちゃったのよ?レオ…昨日、ここへ来たわ?がマークのこと心配してるしって…。
とても辛そうだったけど彼はの事ばかり心配してた…。ほんとにのこと好きなんだって思った。
もでしょう?レオのこと…好きなんでしょ?どうしてダニーと結婚しなくちゃいけないの?」
「キャシー…。レオの事はもう…忘れるの。それが一番いいって解ったの…。そっとしておいて?」


私はそれだけ言うとマークの病室へ行くのに階段へと向かった。
キャシーは悲しげな顔で見送っている。
彼女の言葉が胸を痛くさせた。


でも…今の私には…どうする事も出来ない。


私は急いで5階まで行くと、マークのいる病室へと入って行った。




?!」
「Hi!マーク!」


マークはベッドから飛び出して私に抱きついてきた。


「元気そうね?顔色もいいし…」
…!今まで何してたんだよ?!」


マークは顔を上げて私を見上げた。
私はニッコリ微笑むと、


「ごめんね…。ちょっと来れない事情があって…。でも、もう大丈夫だから…」


と言ってマークの頭を撫でた。


「昨日、お兄ちゃんが来たんだよ?」
「うん…。知ってる…」
は?ちゃんとお兄ちゃんに会えてる?何だか変なおじさん達がウロウロしてるんだ」
「そうね…。マークにも嫌な思いさせた?」


私がそう聞くとマークは思い切り首を振った。


「ううん、そんな事ないよ?僕は強いからねっ。それに退院が決まったんだ」
「そうみたいね!婦長から今朝聞いたわ?おめでとうっ。よく頑張ったわね?」
「うん。やっと家に帰れるんだ。嬉しいよ」


マークはそう言いながら私に微笑んでくれる。


「あ、それでね?」
「ん?」
「お兄ちゃんが僕が退院したらと3人でレイカーズの試合に連れて行ってくれるって!」
「…え?」


ちょっと驚いて私は表情を曇らせた。
それに気付かず、マークは無邪気に私の服を引っ張ってくる。


「ねぇ、も行くだろ?お兄ちゃん、もいないと嫌だって言ってたしさ?やっぱラブラブだね?」
「マーク…」


私は涙が出そうになり、ちょっと手で目を抑えた。


…?どうしたの?嬉しくないの?」
「ううん…。何でもない。嬉しいわ?」
「そう?…何だか悲しそうな顔してるよ…?お兄ちゃんと…何か…あったの?」


マークは心配そうに私の顔を見上げてくる。


「何でもないの。それにマークが退院出来るのよ?悲しい訳ないでしょ?」
「うん…」
「さ、それより久々に一緒にバスケでもしない?」
「え?バスケ?」
「うん。少しは上達したの?」


私が笑いながら聞くとマークはやっと笑顔を見せた。


「当たり前だろ?より上手くなったよ」
「うわ、大きく出たわね?じゃあ、また勝負でもしちゃう?」
「いいよ?僕、負けないよ?」


マークは得意げに言うと私の手を引っ張っていく。
私はそのまま一緒に病室を出た。


こうしてると…ほんの数ヶ月前に戻ったみたいだ。
まだ…レオに出逢う前の生活に…
そう…あの頃に戻ったと思えばいい。
あの頃はレオの事は雲の上の人だと思ってて憧れるだけの存在だった。
そして…現実に私はダニーの事を想っていたんだ。
その頃に戻ったんだと思えば…辛くなんかない。


私とマークは庭に出ていつもの場所まで歩いて行った。
すると今朝も追いかけてきた記者が一人、歩いてくる。


「こんにちは」
「何ですか?部外者は病院内は立ち入り禁止です」
「まあ、そう固い事言わないで…。もう病院に出てきても大丈夫なんですか?レオナルドとの事は認めてもらえたのかな?」
「何も答える気はありません。お帰りください」


私はその記者を睨みつけるとマークの手を繋いで歩き出そうとした。
その時、腕を掴まれ、


「待って下さいよ?どうして婚約者を裏切ってレオナルドに走ったんです?やっぱり憧れの俳優だったから?」


とニヤつく顔を近づけてきた。


「どんな風に口説かれたのか…答えていただけませんかね?」
「いい加減に…」




ドカッ!




「ったぁ…っ」


私が言い返そうとした時、凄い音がしてその記者が顔を歪めた。
見るとマークが怖い顔でその記者を睨みつけている。


「く…っ。このガキ…っ」
「帰れ!!に近づくのは僕が許さないぞ!」
「マーク…」


マークはそう怒鳴るともう一度記者の足をガンっと蹴っている。


「おい、いい加減に…っ」
「いいから帰れよ!お前らみたいのがいるからが悲しそうな顔するんだよ!とお兄ちゃんに近づくなっ!」
「マーク…!もういいわ?もうやめて…っ」


私は肩を震わせて怒っているマークを強く抱きしめた。
蹴られた記者は顔を真っ赤にして何か言いたげに睨んでいたが、周りの患者の親や看護婦が何事かと集まってきたのを見ると、


「ふんっ。どうせミーハ―心で浮気したのをすっぱ抜かれたんだろ?!すかしてんじゃねぇよ!」


と言い捨てて、もと来た道を戻って行った。
マークはその男にベーっと舌を出している。
そして私の方を見上げると、「大丈夫?」と心配そうに聞いてきた。
私は笑顔を見せるとマークをギュっと抱きしめ、「大丈夫よ?ありがとう、マーク…」と言って頭を撫でた。
そして周りにいた人達へも、「お騒がせしました…」と頭を下げると、ある患者の男の子の母親が笑顔で首を振った。


「いいえ…。あんな人達に負けないで?皆、あなたを応援してるから…」


と言ってくれた。
すると他の母親達までが、


「そうよ、頑張って!」
「女は好きな人と一緒になるのが一番よ?」


と声をかけてくれる。
私はそれに目頭が熱くなって慌てて手で抑えた。
そして皆に黙って頭だけ下げると、マークを連れて庭の奥の方へと歩いて行った。
そこは門や病院入り口から目に付かない場所で静かだった。
誰もいない場所に二人で静かに腰を下ろした。
マークは私の顔を覗き込みながら小さな手でギュっと私の手を握ってくれる。


…大丈夫?」
「うん…。大丈夫よ?あんな事くらい」
「そう?お兄ちゃん呼んだら?」
「ううん…。そんな頼ってばかりもいられないの…」
「何で?女の人は好きな人に守って貰うのが一番だろ?」
「マーク…」


その言葉に胸が痛くなりマークを見つめた。
マークの瞳は真剣で何の曇りもない純粋な目だった。


?何で…泣くの?」


マークにそう言われて指先で自分の頬に触れてみた。
涙の温もりを感じ、自分でも驚く。


…何が悲しいの?お兄ちゃんに会えないから?」


そう聞いてくるマークの瞳にも涙が溢れてきて、かすかに揺れている。
私は優しくマークを抱きしめた。
小さな小さな体を腕の中に包み、必死に涙を堪える。


…?お兄ちゃんに会いたいなら…僕が呼んであげるから…泣かないで…?」


涙声でそう言ってくれるマークが愛しくて堪らない。


でも…ごめんね…?
私はもう…レオには会えないの…


どうしても…その事実を伝える事が出来なかった―



























「え?が?うん…。解った…うん。 ―あ、マーク……電話、サンキュ。ああ…じゃ、また…」


俺はそこで電話を切るとちょっと息を吐き出した。
それを見ていたトムが心配そうな顔をしている。


「おい、レオ…。今の…」
「ん?ああ…。マークだよ。の患者の…」
「やっぱり…。何だって?」
が…今日から病院に来てるって教えてくれたんだ。俺、昨日、電話番号教えておいたからさ…。何かあったらかけろって」
「そうか…。ちゃん病院に来れるようになったんだ…。それも…婚約者との結婚を決めたからか?」
「…さあ…俺には解らないよ…」


そう呟き、時計を見ると夕方の4時半を過ぎたところだった。


「レオ…お前、会いに行きたいんだろ?」
「…え?ああ…。あのまま電話でさよなら言われたって…納得行かない…。会って…確めたいんだ」
「そうだろうな…。俺は…まだちゃんもお前の事を好きだと思う…。きっと何か事情があるんだよ」
「ああ…。それを…聞きたい…。でも…」
「でも?」


俺が言葉を濁し俯くと、トムが身を乗り出してきた。


「ああ、いや…。ジョーに言われた事が気になってさ…」
「え?」
も…今回の事で疲れたんじゃないかって…実際にそう言ってたし…傷ついたんじゃないかな…マスコミの攻撃にも驚いただろうし…」
「でも…彼女はそれは覚悟してたじゃないか。何で今更、そんな事を言うんだ?」
「それは…想像するのと…実際に体験するのじゃ違うだろ?もしかしたら想像以上に攻撃されて…ショックを受けたのかも…」
「何、弱気なこと言ってるんだ?お前らしくもない…。あのちゃんがそんな事で別れたいって言うと思うのか?」


トムが俺の肩に手をかけてそう言った。
俺は小さく息をつくと首を振って、


「解らない…。ほんとに嫌になったのかも…。ダニーのこと…まだ好きな気持ちがあったのかもしれないって思うと…怖くてさ…」


と言って煙草に火をつけた。


「おい、レオ…。ちゃんはそんな子じゃないだろう?一時の気の迷いでお前と…っていうそんな子じゃない。
それはお前だって一番解ってるはずだ。そんな弱気でどうするんだよ…。まずは会ってちゃんと話して来い」


トムは真剣な顔でそう言って俺の肩をポンポンと叩いた。
俺は煙草の煙を吐き出し、「…そうだな…。会って…話をしないと…」と言って椅子から立ち上がった。


「今から…行って来てもいいかな…?まだ撮影、始まらないだろ…?」
「ああ。かなり押してるようだし…。それに、このスタジオなら病院まで車で10分かからないだろう。行って来いよ。
後は俺が何とか誤魔化しておいてやるから。あと俺の車、使っていいぞ?これキーな?」
「…サンキュ。じゃ…ちょっと行ってくる」
「ああ。頑張ってちゃんを取り戻して来い」


トムの言葉に俺は頷くと控室を出てスタジオの裏口へと向かった。
幸い、誰にも会わないで外に出られた俺はすぐにトムの車に乗り込み、エンジンをかけた。


…どうしても納得が行かない…
何があったんだ?


不安になりながらも必死に車を飛ばして病院へと向かう。


俺にはが必要なんだ…

誰にも渡したくない。


その気持ちだけが今の俺を支えていた―

























病院へつくと門の前に記者らしい男達の姿はなかった。


いない…
病院側から苦情でも入ったか、警察を呼ばれたかしたのかな…。


俺はそんな事を思いながらも記者がいないことにホっとしていた。
車を駐車場へと入れると時計を見てみる。
午後5時になるところ。
30~40分くらいなら抜け出してても大丈夫だろうと思った。


「はぁ…」


俺は車のシートに凭れ息をついて窓を開けた。
涼しい風が吹いてきて少しだけ目を瞑る。


マークの話だと今日のは早番だったらしいから…そろそろ出て来るだろう。
会って…確めないと。
夕べ言っていた事の真意を…


は"もう疲れた…"と言った。
あれが本心だとは俺にはどうしても信じられなかった。


ゆっくりと目を開け、病院の入り口の方を見た。
こうしてると数ヶ月前の事を思い出す。
俺はよくこうしてが出て来るのを待ってた。
あの雨の日だってそうだ。
あの頃の俺は…の事が何故だか気になり、まだ自分の気持ちがよく解らないでいた。
あの時に気付いて…もっと早くにに告白していたら…
こんな事にはならなかったのかもしれない…。
が婚約することもなく、ただ普通にダニーと別れられたかもしれない…


そう思えば思うほど自分の鈍さに呆れる。


ふと入り口の中から誰かが出てきて、俺は無意識のうちに視線を向けていた。
それがだと解り、一瞬で胸の鼓動が早くなる。


…こっちに歩いて来る。
今日は車で来たのか…


俺はの顔を見ただけで胸が熱くなった。


こんなにも愛してる…


その想いだけが溢れてくる。


ゆっくりと車のドアを開け、俺はの方に歩いて行った。
は車のキーを出し、ドアに差し込んでいる。


…」
「キャ…っ」


急に声をかけたからか、は驚いてキーを足元に落としてしまった。
チャリーン…という金属音が聞こえ、俺は黙ってそれを拾い、に差し出す。


「…レ…オ…?どうして…」


俺が病院に来た事に驚いたのか、は目を見開いている。
ちょっと息をついて俺はを見つめると、「…マークが…が来てるって教えてくれたんだ…」と言った。


「マークが…?」
「ああ。さっき電話でね…」
「そう…」


は俺から視線を反らし、「でも…会いに来ないで…って昨日、言ったでしょ?」と冷たい声で呟いた。


…っ。俺は…昨日の言葉なんて信じてない…。本当の事を言ってくれないか?」


の肩を掴んでそう言うとは俺の方を見ないまま、「昨日言った事が全てよ?それ以外に何があるの…?」と言った。


「嘘だ…。ダニーに何を言われた?何か俺の事で言われたんじゃ…?」
「何も…。私は…もうマスコミに追われる生活に疲れただけなの。仕事も出来なくてこんなに辛いとは思わなかった。
両親には責められるし…マスコミには酷いこと書かれるし…もう嫌になったの…。
幸い、ダニーは許してくれるって言うし…彼の優しさを再確認したわ?私はやっぱりダニーを愛してるって…」
「嘘だ!」


俺はの言葉に胸が痛くなり、そう叫んだ。
そして彼女を力いっぱい抱きしめた。


…本当に?もう俺の事は愛してないって言うの?」
「レオ…」
「俺は…今でもを愛してる…。誰にも渡したくない。誰に何をされたって…例え仕事に影響したって…
俺はをとるよ…?マスコミにだって何て言われようと構わない…」


俺がそう言うとの体がビクっとしたのを感じた。
そっと体を離し、の顔を覗き込むと彼女はギュっと唇を噛み締めていた。
少し血が滲んでるのが解る。


…どうして嘘をつくの?俺のためだとか思って、そう言ってるだけじゃないのか…?」
「やめて…っ!違う!嘘じゃないわ?ほんとにレオと付き合うのが疲れただけよ!もう放っておいて!」


はそう叫ぶと俺の腕から逃げ出そうと暴れだした。


…!」


俺は無意識にの腕を掴んで、車の後ろへ連れて行き、駐車場の壁に彼女を押し付けた。


「離して…っ。こんなとこ見られたらまた…っ」
「誰に見られたっていい…」


息苦しさと怒りと悲しみと…色々なものが交じり合って俺の心を揺さぶってくる。
それと同時に体を熱くしていく、誤魔化しようのない熱が俺の理性を消していく。
の怯えたような瞳と目が合った。
その瞬間、俺は彼女の唇を強引に塞ぎ、激しく口付けながら細い腰を強く抱き寄せた。


「ん…っ」


の手が俺の胸元をギュっと掴んで体を捩ろうとするが、それさえ出来ない様に強く強く彼女の体を抱きしめた。
大切にしたいのにそう思えば思うほど言葉に出来ない感情が体をも支配していく。
噛み付くようなキスをしながら無理やり舌で彼女の口をこじあけ貪るように口内を愛撫するとの体が震えたのが解る。


「…んぅ…ゃ…っ」


は苦しいのか強く俺の胸を押してきた。
そこで俺の理性が少しづつ戻ってくる。
ゆっくり力を緩め、の唇を解放するとが目を開けて俺を見つめた。
夕日に照らされて揺らめく瞳に俺は愛しさが溢れてくるのを止められない。
至近距離で俺を見つめる、彼女の瞳の熱は前と変わらないように見えるから…。
俺の事を愛してると言ってくれた瞳と…。


「…ごめん」


俺は唐突にそう告げるとの体までも解放し、車に寄りかかった。
はそれでもピクリとも動かずに俺を見つめたまま。
たださっきと違うのは、その瞳に涙が溢れている事だけ…


「何で泣くの…?普通、怒るんじゃないの?俺の事、もう好きでも何でもないなら…。前のは…そうだったろ?」


俺が力なくそう言えばはハっとしたように涙を手で拭いて息を洩らす。


「ごめ…なさい…私…」
「…何で謝るの?謝るのは強引な事した俺の方だろ…?」


俺がの方を見ると彼女は悲しそうな顔で視線を反らした。


「もう…会いに来ないで…」


一言…たった一言、そう呟いてはその場からいなくなった。






俺は気付けば車でスタジオまで戻って来ていてシートに凭れていた。
気付けば涙が溢れて来て、人はこんなに泣けるものなんだって初めて知った。


はもう俺の元へは戻らない。
それだけは解った。


さっきの言葉が本当にさよならだったんだ。


理由は解らない。
ただ…俺がを追えば追うほど…きっと彼女が辛い思いをする…
それだけ解れば充分だ。


俺はこの日から…を追いかける事をやめてしまった―




























一ヵ月後―






、このドレスも着てみたら?」


僕は違うタイプのドレスを手にの元へ歩いて行った。


「いいわ…これで」
「そう?まあ、確かにそれも可愛いし似合ってるけどね?」


僕はそう言いながら胸に痛みが走る。
ここ最近、ずっとこんな調子だ。
はあまり笑わなくなってしまった。
それは全て僕のせいだって解ってる。
ただ…どうしていいか…未だ僕にも解らないんだ。


ショーンにも聞かれた。
娘に何を言ったんだと…
彼女の変わりように驚いたんだろう。
ジーンに至っては僕を見る目が冷たくなった。
彼女にしてみたらは実の娘だ。
当然の事だろう。
だけど…僕の気持ちは…?
突然の裏切りと、あのマスコミの報道で僕だって傷ついたんだ。
だからってを脅して結婚したって何の意味も成さない事を僕だって解ってる…
ただ…これでも僕なりにを愛してるんだ…
嫌われても…憎まれても…手放す気にはなれなくて…つい、あんな行動をとってしまった。


まさか…彼女が承諾するとは思わなかったから…


僕はがあの男に電話をかけるのを内心、驚いて見ていた。
まさか本当に別れを告げるとは思わなかったんだ。
僕が訴えると言っても…きっと彼女なら自分の思いを貫くだろうと思っていた…。
なのに…はレオを思うあまりに…彼を守ろうとするあまりに…僕の出した条件をのんだ。
それは僕にとって…辛いことでもあった。
が自分の気持ちに嘘をついてまで…あいつを守ろうとしてる…
それほどまでにあいつを愛しているんだ、と思い知らされたからだ。
そして電話を切った瞬間…彼女から投げつけられた言葉は…僕の胸を空白にしてしまったんだ。


ここまでしてしまったんだ…
もう…引き下がれない…それだけ思った。


それでも…心のどこかでの気持ちが僕に少しでも戻ってくれれば…と願っている自分がいる。
彼女を傷つけておいて…そんな事は在り得ないとは解っていても…少しでもそう思いたい自分が…今の僕だ。


どうして…じゃなきゃダメなんだろう…







「ダニー、もう帰りましょ?」


ウエディングドレスから着替えて戻って来たはそう呟いて出口へと向かった。


「では当日、お待ちしております」


ホテル内にあるブライダルショップの店員の嫌味なくらいの笑顔が今の僕には癇に障った。




さほど込んでいない道を車で走りながら僕はの方をチラっと見てみた。
は無表情のまま窓の外を眺めている。


は一ヶ月前から仕事に復帰していた。
あの男とは…本当に別れたらしい。
マスコミももう張り込まなくなり家の前からもいなくなった。
結局、お嬢様の火遊びという形で二人は終り、は婚約者の元へ戻ったと雑誌に小さく載っただけで済んだ。
何度かを責める内容の手紙や電話が、あの男のファンらしき女から来たらしいが今はもうそんな事もなくなった。
一見、前のような穏やかで普通の生活に戻ったように思えたが、はあまり笑わなくなった。
それはやっぱり辛い事で何度も結婚をやめようか…あの男の元へ行かせてやろうか…という気持ちになった事もある。
だけど…ギリギリのところで出来ない。




…ついたよ?」


車をの家の前に止め、いつの間にか助手席で眠っていた彼女に声をかけて起こした。


「ん…」


は寝ぼけたような顔で頷くとすぐに車を降りていく。
僕もそれに続き、家の中へと入った。


「お帰り、二人とも。ドレスはいいの見付かったのか?」


リビングに行くとショーンがソファーで本を読んでいた。


「はい。まあ…何とか決まりました」
「そうか…。は?」
「ああ…すぐ部屋の方に…」
「そうか…。疲れたのかな…。夕飯は?食べてきたのかい?」
「いえ…。ちょっと彼女も元気がなかったもので…」


僕がそう言うとショーンの顔が曇った。


「最近は…ずっと元気がない…」
「はあ…そうですね」
「なあ、ダニー…」
「はい?」
「君は…このままあんな人形のようになってしまったと結婚して…それで幸せか?」


ショーンにそう言われて僕は言葉に詰まった。


は…すっかり笑顔を失ってしまった…。最近は…私が間違っていたのかもしれないと思う事もある」
「間違い…?」
「ああ。君には申し訳ないが…やはりどんな相手だろうと娘が本気で愛した男なら反対などせず認めてやれば良かったとね…」
「お養父さん…」
「ああいや…君が、どうの…というわけじゃないよ?私は君のドクターとしての腕も認めてるしね。
ただ…あんなを見てるのは正直辛いんだ…」


ショーンはそう言うと小さく溜息をついた。
僕は軽いショックを受けていた。


「僕に…を諦めろと…そう、おっしゃりたいんですか?」
「そんな事は…。ただ…」
「ただ?何です?確かに…は僕の事を愛していないかもしれない…。でもあの男だって会いに来ないじゃないですか…。
彼女の事を本気で愛してるなら…どんな事情があろうと、会いに来るんじゃないですか?
すぐに諦めらめられるのは…本気じゃなかったと言う事ですよ」
「ダニー…」
「失礼します。の様子を見てきたいので…」


僕はそう言うとリビングから出て二階へと向かった。


ショーンの言ってる事は痛いほど解った。
ただ改めて口に出されると僕も素直に頷く事が出来なかった。
僕の心の中で…と結婚したい気持ちと…諦めて結婚をやめるという気持ちが、常に半々だ。


なのに…の顔を見るとやっぱり愛しさが込み上げてきて…どんな彼女でもいい…手放したくないと思ってしまう…。
自分でも怖いくらいに…


僕はの部屋の前に立つと小さくノックをした。


…入るよ…?」

返事はないものの部屋に鍵はかかっていなかった。
僕は静かにドアを開けるとはテラスへと出ていた。


…?」
「………」


何も答えないの隣に立ちそっと彼女を抱きしめた。


「離して…?」
…俺達…明日には結婚するんだよ?」
「解ってるわ?」
「なら、どうして…」


僕がの顔を覗き込むと冷たい瞳と目が合う。


「結婚はするけど…心はあなたのものじゃない」
…」
「出来れば…体にも触れて欲しくないわ?」
「……何だって?!」


彼女のその言葉にカっときた。
抱き寄せている僕の腕を解いて離れようとしたの体を、もう一度思い切り引き寄せ、抱き上げる。


「キャ…っ。な、何するの?!下ろしてよ…っ!」
「うるさいな。婚約者に何しようと勝手だろう?」


僕は悲しみと怒りで胸がいっぱいになってくる。
そう…僕はとあの男の関係を知った時から…自分の激しい感情をコントロールできないでいた。
心の奥にある罪悪感…そんなものを打ち消すくらいの怒りが僕の心を支配したままだ。


だから…危険なんだ。
彼女に冷たい態度をとられると…自分でも抑え切れない感情が溢れ出てくる…
自分が自分じゃなくなる…
まるでもう一人自分がいるような感覚が僕を襲う。


「離して…っやだ…!」


は僕の腕の中で暴れたがそれを無視してベッドへと押し倒した。
彼女の細い腕を掴みベッドへと押し付けるように固定して僕は本能のまま、に覆い被さった。


「や…っ」
「今までは…結婚まではと思っていたけど…もう我慢しない」
「ダニー…?!やだ…んぅっ」


強引に唇を塞ぎ、舌を滑り込ませた。
激しく口内を愛撫しながら暴れる彼女が動けないように更に圧し掛かった。


「んんー…っ」


さっき以上に抵抗するに俺は心の中で苦笑した。


何も今日、焦ることはない…


頭の奥で声がする。
そうだ…明日になればは僕だけのものになるんだ。


そう思うと急に熱も引いてきて彼女の唇を解放した。




「ん…ダ、ダニー…やだ…っ」


瞳に涙を溜めてそう呟くに頭は来たがすぐに体も解放した。


「…今夜はしないよ。やっぱり初夜にとっておこう。明日の朝…迎えに来るよ…」


僕はそう言って起き上がると静かにの部屋を後にした。
かすかに彼女の泣き声が聞こえズキンと胸が痛み、そこで我に返る。


また…彼女を泣かせてしまったんだ…


必ずと言っていいほど…僕は此処で罪悪感を感じるんだ。
何度も何度も…


それでも…彼女が欲しいという気持ちだけは…完全には消せなかった―























(胸が苦しい…)


私はベッドから起き上がると深呼吸をしてから涙を拭いた。
泣きすぎたからか、喉の奥が痛い。
私はシャワーに入ろうとしてベッドから降りた時、腕の痛みにも顔を顰めた。


「いた…っ」


手首を見ると痣になっている。


(さっき…掴まれた時の…)


そう思うと、また涙が溢れてくる。


明日…ダニーと結婚式を挙げなければならない…
そして夜は…彼に抱かれる事になるだろう。
それはこの腕の痛みより辛い事だった。
でも…それに耐えなければならない。


私はゆっくり立ち上がるとバスルームへと向かった。
鏡で自分の顔を見てみると涙でぐちゃぐちゃだった。
目も赤くなっている。


「明日…腫らして結婚式に出たら、皆はどう思うんだろう…」


そんな事を呟いて想像しておかしくなった。
明日はダニーや養父の病院関係者は、もちろん私の働く病院のスタッフも式に招いてある。
きっと皆、私とダニーが結婚する事になったのを内心、驚いているだろう。
そして好奇の目で私達を見るだろう…
でもそんな顔は見せないで、きっと笑顔で、"結婚、おめでとう!末永くお幸せに…"と言うんだ。
心の中では、そんな事思ってもいないクセに…
バカらしくて笑ってしまう。


(いったい何の為の結婚か…)


私は頭からシャワーを浴びて必死にレオへの想いを仕舞いこもうとしていた。


レオからはあの日以来、何の連絡もなかった。
もちろんあんな酷い事を言って別れを告げたのは私なのだから…それは当たり前だろう。
どんなに辛くても…もう逢えない…


まだ…こんなに愛してるのに…


この痛みは…いつになれば消えてくれるんだろう…


私は明日…いっそのこと逃げ出してしまおうかとすら考えた。
マークが私とレオが別れた事をどこからか耳にしたらしく泣きながらそう言ってくるのだ。


"どうして好きでもない人と結婚するんだよ!お兄ちゃんと逃げてよ!"


その度に私はもうレオの事は好きじゃなくなったと嘘を言うのだけど…マークは勘のいい子だ。
私の辛い嘘くらい、あの純粋な目ですぐに見破ってしまう。


"の嘘つき!お兄ちゃんがかわいそうだ!"


最後に言葉を交わしたのはそれだった。
その二日後、マークは父親の迎えで病院を退院していった。


最後まで…私の方を見てくれなかったマークを見送り、その後一人で泣いた。


マークからすれば…私が裏切り者に映ったんだろう…
"大好きなお兄ちゃん"を裏切った薄情な女…


そんな風に思われてるのかも知れない…



でも…私にはどうする事も出来なくて…ただダニーの言葉に支配されてるだけだ。


もう…本当にどうでも良かった…



例え…このまま死んでしまったとしても…




























「おい、レオ…ついたぞ?」
「ん?ああ…」


俺は目を開けて、そこが自分の家の玄関前だと気付きシートベルトを外した。


「大丈夫か?最近、ずっと寝不足なんだろう?」
「ああ…」
「まだ…忘れられないのか?」


ジョーが心配そうな顔で俺を見た。
俺はちょっと息を吐き出すと、


「たった一ヶ月で好きな女を忘れられる方法があるなら教えて欲しいくらいだよ?」


と言ってドアを開けた。


「おい、レオ…。こんな無理に仕事つめたって仕方ないだろう?少し休め。スケジュール調整してやったから明日はオフだ」
「いいよ…。今は休んでいたくない…」
「だって、お前…撮影が終った後は必ず飲みに行ってるだろう?体壊すぞ?少しは寝ろ。いいな?明日はオフだからな?」
「一人で…いたくないんだ」
「レオ…」
「一人じゃ…眠れない…」
「だからってお前…酒を飲んで気を紛らわしたって…」
「飲まないと眠れないんだよ…っ」


俺はそう怒鳴って車を降りた。


「おい、レオ…!お前、今夜もどっかに飲みに出る気か?!」
「うるさいな…。放っておいてくれる?じゃ、お疲れ…」


俺はそう言ってドアを閉めると家の中へと入って行った。


「はぁ…」


思い切り疲れた体をソファーに沈めると軽く息を吐き出した。


頭が重い…体も…
ここ一ヶ月は殆ど眠らず仕事をして、その後に何時だろうと飲み歩いていた。
家に一人でいたくなかった。
の存在が消えてないから…
家のあちらこちらに彼女の影を追ってしまうから。


明日…か…。
よりによっての結婚式の日にオフにするなんて…ジョーもタイミングの悪い…


は明日…あいつと結婚してしまう。
それはキャシーから聞いて知っていた。
キャシーとはジョニーの店で何度か偶然に会った。
キャシーの恋人と言うのがジョニーの店の店員だったからだ。


"ほんとにいいの?このままが結婚しちゃっても…"


キャシーはそう言ってくれたが、俺にはもうどうする事も出来ない。
彼女が俺を拒否したんだ。
理由は解らないがよっぽどの事なんだと思った。


それに…本当にはダニーの事が好きなのかもしれない。
俺との事は雑誌に書かれた通り、ただのお嬢様の火遊びなのかもしれない…


何度もそう思った。
信じたくないと思いながら…心のどこかでそう思ってしまう自分がいる。


どっちにしろが自分で決めたんだ。
俺よりも…ダニーを選んだ。


(振られた俺は…ただ彼女の幸せを祈ってやるだけでいい…)


頭ではそう思うのに心だけはついていかない…


明日…俺にとっては苦しい一日になるだろう…




その瞬間を…俺はどこで迎えよう…




辛くて悲しい…その瞬間を――






















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ACT.9...壊れた心>>


ああ…結婚しちゃいますね、ヒロインが…
どうなるのですか?(聞くな)
残り3話ほどかと・…


本日も皆様に楽しんでいただければ幸いです。
日々の感謝を込めて...


C-MOON...管理人:HANAZO