Catch me if you can.......A real love ?... or... fake love...

















あの日 見せた泣き顔  涙照らす、夕日 肩のぬくもり










消し去ろうと願う度に  心が  体が  君を覚えている…




















ACT.19...壊れた心                                 









私はメイクも終り、控室に戻って来ていた。
そこへ友人や親戚が顔を出し、「おめでとう!幸せにね!」 と声をかけていく。
私はおざなりの笑顔でそれに対して、「ありがとう…」 と言うだけ。
それは録音された音のように思えてくる。


コンコン…


またノックの音が聞こえてきて私は溜息をついた。


「はい…」


小さく返事をするとそこに顔を出したのはキャシーだった。


…」
「キャシー…」


私はちょっと笑顔になると椅子から立ち上がった。
長いドレスの裾が邪魔で思わず踏んでしまう。


…奇麗ね…」


キャシーは悲しげに微笑むとそう呟いた。
それでも私は、「ありがとう」と答える。


「ねぇ……」
「なに?」
「…ほんとに…いいの?」
「え?」
「ダニーと結婚して…」
「キャシー…。もう、その話は…」
「ごめんなさい…。こんな当日に…。でも…最近レオと私、ジョニーの店でよく会うの」
「…え?」


レオの名前を聞いてドキっとした。
キャシーはちょっと息を吐き出し私の顔を見つめた。


「彼…ボロボロよ?」
「……ッ」
「酷く…落ち込んでて…毎晩のように飲んでるらしいの…。私の今の恋人がジョニーの店の店員なんだけど…」
「ああ、彼…?前、友達になったって言ってた…」
「ええ。って、その事はいいんだけど…。彼が言うにはレオったら撮影が終れば飲みに来て殆ど寝てないらしいって言うの」
「―――ッ」


私はその話を聞いてショックを受けた。
あのレオが…そんなに…


…彼…まだ、あなたの事を深く愛してるのよ…?だから…私、見てられない…」
「キャシー…。でも…私にはどうする事も出来ない…」


涙が出そうになり唇を噛み締めた。
するとキャシーが私の手を掴み、その拍子に持っていたブーケが足元に落ちる。


…本当の事を言って?ほんとは…だって今でもレオの事…愛してるんでしょ?」
「キャシー…」
「そうでしょ?何か理由があるはずよ?それは何なの?教えてっ」


キャシーはいつになく真剣な顔で私を見ている。
私は彼女に本当の事を打ち明けたくなった。
でも…それは出来ない。
私はニコっと笑顔を見せると首を振った。


「何もないわ?ほんとに…レオの事は一時の想いだった。それだけよ?」
「嘘よ!今の、ちっとも幸せそうなんかじゃない!苦しいって…辛いって顔してる…っ。
ほんとはダニーの事なんて愛してないんでしょう?!」


キャシーは目に涙を浮かべている。
それを見て胸が痛くなったが、何とか耐えながらキャシーの手を握り返した。


「キャシー…私はダニーを愛してるわ?じゃないと結婚しようとするはずないでしょ?」
…」
「だから…そんなこと言わないで祝福して?ね?」


私がそう言うとキャシーは小さく息を吐き出した。


「解った…。ごめん、結婚式の前に変なこと言って…。じゃ…私、会場の方に行ってるね?」
「うん。また後で…」
「じゃ…」


キャシーはそう言うと静かに控室から出て行った。
その瞬間、私の瞳に涙が溢れてくる。
それを零れないようにそっとハンカチで拭いた。


レオ…レオ…
そんなに苦しんでるなんて―


私はキャシーから聞いた話に動揺していた。
レオの事が心配で今すぐ彼の元へ飛んでいきたいとまで思う。


なのに…体が動かない。


(早く…私の事なんて忘れて…)


ただそう願うだけしか今の私には出来なかった。
その時コンコンとノックの音が聞こえ、私は慌てて鏡で瞳が涙で濡れていないかチェックすると、「どうぞ?」と言った。
入って来たのはホテルの人で大量に花束を抱えている。


「あの…こちらが届きましたので…。どこに置けばいいでしょう?」
「あ、あの…その辺に…」


私が窓際の辺りを指差すとホテルのスタッフは色々な人から届いた花束をその場所へと置いていく。
全ての花を置き終えると一礼して部屋から出て行った。


私は花束を一つ一つ見て、中に入れられてるカードを確認した。
昔の友達からが多く、海外に住んでたり仕事でいなかったりして式には出られない人達からだった。
その中で一つ気になる花束があった。


「これ…」


それは結婚式のお祝いの花としては似つかわしくない向日葵の花束だった。


(結婚式に…向日葵…?…この花…まさか…!)


頭の奥で何かがはじけて、私は急いで中に入っているカードを見た。
そしてそのカードに書かれている文字に胸が締め付けられる。







君が前に好きだと話してた向日葵、やっと見つけたから送るよ。
いつまでも…君が幸せで在るよう 祈っている


―レオナルド』




それはレオからの花束だった。


「レオ…覚えててくれたの…?」


私は胸が苦しくなった。
そして今まで我慢してた涙がポツリとカードの上に落ちる。
その向日葵の花束をギュっと抱きしめて顔を埋めた。


"太陽の匂いがするから大好きなの。それに向日葵は太陽に向かって咲いてるから見てると元気になるでしょ?"



前に何かの話をしてて何気なく言った私の言葉にレオは笑いながら、


"じゃあ今度のバレンタインデーにプレゼントするよ。普通、女性は真っ赤なバラを欲しがるんだけどね?"


と言ってくれた…。
私が向日葵は夏にしか咲かないのよ?と言うと、


"が望むなら俺は世界中探してでも向日葵をプレゼントするよ?"


と言って笑ってたっけ…。
あんな…些細な約束を覚えててくれたなんて…
そして…皮肉にも私の結婚式の日にプレゼントしてくれるなんて…


ポロポロと涙が零れて向日葵の花を濡らしていく。


レオ…あなたを…愛してる…


でもどうか…私のことなんか…早く忘れて…いっそ憎んでくれたっていい…




私はそう思いながら暫く向日葵の花束を抱きしめて声を殺して泣いていた――























「おめでとう~!!」
「お幸せにね!」


皆が口々に叫んでは手を振っている。
私は小さく手を振りながら軽く息を吐き出した。
式は盛大に行われ、その後はホテルの庭でちょっとしたパーティーを開いた。
ダニーや両親は病院関係者に挨拶周りで忙しく、殆ど何も口にはしていなかったからか、
招待客が帰り、誰もいなくなった途端に近くにあった椅子に腰をかけて溜息をついている。


「はぁ…疲れたな…」
「そうですね。お腹ペコペコだよ。は大丈夫かい?」


ダニーが笑顔で声をかけてきた。
私は軽く首を振って、「大丈夫…。食欲ないの」と答えた。
するとダニーは眉間を寄せて立ち上がり私の前に歩いて来た。


「食欲ないって…大丈夫?そう言えば顔色も少し悪いけど…」
「平気よ…?」


私はそう言うと頬に置かれたダニーの手を離した。
ダニーもそれには少しムっとした顔を見せたものの、


「今夜はこのホテルに部屋をとってあるんだけど…具合が悪いなら家に戻るかい?」


と少し心配してる素振りを見せた。
私は少し考えてダニーと二人きりでこのホテルに泊まるよりは…と思い、「うん…そうする…」と呟いた。
それにはダニーも仕方ないといった顔で肩を竦めると、


「じゃあ、キャンセルしてくるよ。荷物とか車に積んでもらわないと」


と言って庭からホテルの中へと歩いて行く。
それを見届けてから私は両親に、「控室で着替えてくる…」と言って、その場を後にした。
二人ともまだ心配なのか私の顔色を伺っていたが、今更…と私は気付かないフリをした。




結婚式場の方に戻り控室に入るとホっとした。
一人になりたかったからだ。
そして窓際のテーブルに置いてある向日葵を見て心が安らぐのを感じ、私はそっと花束を掴んだ。


「これだけは…私が持っていこう…」


花束をギュっと抱きしめ、自分の荷物と一緒にソファーの上に置いて花束に入っていたカードをバッグに隠す。
そのままカクテルドレスから自分の服に着替えた。


少しスッキリして私は窓際の方に歩いて行くと窓を開け放ち、外の空気を吸い込んだ。
少し薄暗くなった空には真っ赤な太陽が沈みかけていて、ゆらゆらとオレンジ色の光を放っている。


(レオに最後に会ったあの日も…こんな夕日だったな…)


そう思いながら下の方へと視線を向け、そしてドキっとした。


「レオ…?」


今、下からこっちを見上げてた男性がレオに似てた気がした。
だがその男性はすぐに歩いて行ってしまってホテルの庭にある大きな木で見えなくなってしまった。


「まさか…ね…。来る訳ないわ…」


私はそう呟いて窓を閉めた。
そこへノックの音がしてすぐにダニーが入ってくる。


「帰る用意は出きた?」
「…ええ」
「そう。じゃ、行こうか」


ダニーは私の荷物を持ちながら向日葵へと目をやった。


「あれ…何?これ…季節はずれの花だな?」


私はドキっとしたがそれを悟られないように顔を背けると、


「これは中学時代の友達から…。私が好きな花を探して送ってくれたのよ」


と言った。
ダニーは、「へぇ。いい友達だね」 と言っただけで気にもとめず、そのまま控室を出て行く。
私はこの向日葵だけは自分で持って行った。


駐車場に行き、荷物をトランクへ入れると養父さんと母さんが後ろの席へと乗り込んだ。
私が助手席に乗るとダニーはエンジンをかけて車を発車させ家へと向かう。


「ほんとに…家で休むの?せっかくホテルのスイートとってたのに…」


母さんが一応心配になったのか声をかけてきた。
それにダニーが笑顔で答える。


が疲れたみたいだったし…今日は家でノンビリとお義母さんの手料理でも食べさせてやって下さいよ」
「そう?、ほんと大丈夫なの?」
「ええ…。ちょっと疲れただけよ…」


私がそう言うと母もそれ以上何も言っては来なかった。
だが養父さんが、「婚姻届はいつ出すんだ?」と思い出したように聞いてきた。


「ああ、まだ決めてないんですよ。最近慌ただしかったから…。といい日を決めて出してきます」
「そうか。まあ、別に式をした日に出さないといけないってわけじゃないしな」


養父さんはそんな事を呟き窓の外を眺めている。
私もすでに暗くなっている外を眺め、小さく溜息をついた。


そうか…まだ書類上では私とダニーは夫婦じゃないんだ…
あんな紙切れ一枚で夫婦なんておかしい…
心なんか通ってなくても夫婦になれるんだもの。


この先の生活を考えると心が沈んでいく。
レオと一緒にいた時間は何よりも幸せな時間で…心が温かくて満たされていた。
なのに…レオと別れてしまった今は…心は冷え切り、空っぽなほど何も感じない。


私の未来には絶望しかなかった―






















「気は済んだ?」


俺が車に乗り込むと、トビーは心配そうな顔でエンジンをかけた。


「ああ…凄く…奇麗だった」


シートに凭れて目を瞑ると、トビーは溜息をついた。


「ほんとレオってバカだよな?何も惚れた女が他の男と結婚するとこを見なくたってさ…」
「ああ、ほんと…バカだよな…。でも…そうしないと…諦めがつかなかったんだ…」
「それは…解る気がするけどさ…。"幸せに…"なんて花束まで贈っちゃって…。人がいいにも程があるよっ」


トビーは何だかスネた口調で俺を睨んでいる。


「約束したんだ…。と…。バレンタインデーには向日葵を贈るって…。
との約束は…もう叶えられないものばかりだけど…それくらいは守りたくてさ…」


俺はちょっと笑って窓を開けた。
涼しい風が吹いて俺の髪を攫っていく。


さっき…窓のところにがいたような気がした。
夕日が眩しくて、よく見えなかったけど…


もしあれが彼女だったら…俺に気付いただろうか?


俺だと気付いて、女々しいと思ったかもしれない。
結婚式にまで来て…と呆れたかもしれない。
それでも来ずにはいられなかった。
の幸せそうな顔を見れば…諦められるかと思ったから…。
こんなにも大きくなってるへの愛情が…少しは消えてくれるかと…


でも…それは間違いで…真っ白なウエディングドレスを着たがあまりに奇麗で…
遠くからが出て来るのを見た時、気持ちが溢れ出そうで…俺は走って行って彼女を攫いたくなった。
何だかそんな映画があったが、まさに、あの心情だ。
自分の為に着てるウエディングドレスなんかじゃないのに…自分でもバカだと思う。


ほんとなら…俺が着せてあげたかった。


「レオ…」
「ん?」
「今夜は…飲み明かそうか?」
「ああ…。付き合ってくれるか?」
「もちろんだよ!ジョニーはロケ行っちゃったけどさ、フレッドはツアーから今晩帰って来るから呼び出そうよ」
「そうだな。久々に3人で飲むか…」
「うん。レオの失恋パーティーだねっ」
「おい…その名目で飲むのやめろよな…。傷口に塩を塗る気か?」


苦笑しながらトビーの頭を小突くと、「まあ、それでパっと忘れてさ!また新しい恋をすればいいよ!ね?」と言って笑っている。


「新しい恋…か…。そんな考えられないな…」


俺は…を愛して嫌ってほどに解った。
以外…もう目に入らないんだ…。
どんな奇麗な人でも…俺には霞んで見えてしまう。


俺は…を忘れる事が出来るんだろうか…


そんな事を思うと、また胸がツキンと痛んだ気がした―



















「ご馳走様…」
「ん?何だ?もう食べないのか?」
「うん…。ごめんなさい…。もう入らない」


私はナイフを置くと母さんに謝った。


「そんなのはいいけど…ほんと大丈夫?」
「うん…。ちょっと…部屋で休んでるから…」


私はそう言って椅子から立ち上がった。
ダニーが心配そうに私を見ているが気付かないフリをして私はダイニングを後にした。
二階の自分の部屋に戻り、ベッドへと寝転がる。
ベッドサイドにはレオがくれた向日葵の花束が飾ってあった。


「はぁ…。一人になりたい時って…これからどうすればいいのかな…」


サンタモニカのアパートはとっくに引き払ってしまっている。
自分の車も実家に持ってきて今はカナダへ行くまで実家に住む事になっていた。
来週の頭にもすぐにカナダへと行かないといけない。


知らない土地…知らない人の中で私は上手く生活が出来るんだろうか…
愛してもいない人と二人で…


私は病院をやめてついていくのだが、ダニーは向こうで落ち着けば、また仕事をしてもいいとは言っていた。
働いていれば…少しは気が紛れるのかな…


そんな事を思いつつゴロンと寝返りを打った。
その時、ノックの音が聞こえて私はドキっとした。


?俺…」


ダニーの声が聞こえてきて心臓の鼓動が早くなる。
今夜は…覚悟を決めないと…


私はゆっくり体を起こすと、「どうぞ…」 と小さく返事をした。
するとダニがー静かに入ってくる。


「大丈夫かい?」
「…ええ」
「ああ、少し顔色も戻って来たね?」
「そう?」
「ああ…。さっきは本当に疲れてるようだったしね」


ダニーはそう言いながらベッドへと腰をかけた。


…」
「…なに?」
「俺、今夜は君の部屋に泊まるけど…いいよね?」


その言葉にドキンとして私は俯いた。
ダニーは私の手をそっと握り締め、「俺は…この日を待ってたんだ。もう我慢はしないよ?」と言った。
私はゆっくりと顔を上げ、「…解ってる…」とだけ呟いた。


「そう…良かったよ。このまま具合が悪いって理由で断られるかと思ってたから」
「そんな…今夜だけ逃げたって同じでしょう?もう結婚したんだから…」


私はそう言って顔を背けた。
だがダニーは苦笑しながら、「まあ、厳密には結婚はまだしてないけどね?」と言って、握っていた私の手を引っ張った。
気付けば私はダニーの腕の中にいてギュっと抱きしめられる。


…やっと俺のものになる…。愛してるよ…」


ダニーはそう言うと少し体を離し私の頬に手を添えた。
アルコールが入ってるからか、少し顔が赤く瞳も妖しい光を帯びている。


「ダニー…シャワー入って来て…?お酒の匂いがするわ…?」


私が顔を背けてそう言うとダニーがふっと笑った。


「そんなこと言って…逃げる気じゃないだろ?」
「逃げるなんて…そんな事はしないわ…?」
「ふぅん…。ま、いいさ。じゃ、一緒に入ろう」
「…え?!」
「何?嫌なの?」
「そ、それは…」


私はどうしていいのか解らずに視線を反らした。
ダニーはちょっと笑いながら、「ほら、やっぱり逃げようとしてる」と言っていきなり私を押し倒した。


「キャ…っダ、ダニー?!」
「その手には乗らないよ…?」


ダニーは少し酔ってるのか怖い顔で私を見つめている。


「ダニー…?私…逃げる気なんて…んぅっ」


突然、唇を塞がれ私は目を見開いた。
かすかにアルコールの匂いがする。


「んん…っ」


口内に舌が入り込んできて私は諦めたつもりが体が勝手に反応し、少しだけダニーの胸元を押してしまった。
だがダニーは私に覆い被さり、膝を無理やり足の間に入れてくる。


その時、私は恐怖を感じた―











僕はの反論を封じるように唇を塞ぎ、無理やり舌で歯列をこじ開ける。
暴れながら本人と同じように諦め悪く逃げ回る舌を捉えて絡めると思い切り吸い上げた。
の体がビクっと反応し、掠れた声が洩れてくる。
激しく口内を愛撫すれば押さえつけた手がギュっと握られ、僕は理性が消えていくのを感じた。


「ん…っや…っ」


深くなる口付けには逃れようと足をばたつかせたが、逆にそれを利用して足の間に体を割り込ませる。
の体の温もりに次第に体が熱くなっていった。


「や…っん…っ」


はそれでも必死に暴れ抵抗を始めた。
逃げるつもりはないと言ったクセに…と僕は無性に腹が立ち、一度長い口付けを終らせる。


「…何、暴れてるの?」
「ダ、ダニー…っ、こんな強引なのは嫌…っ。離してよ…っ」
「何だよ、逃げる気はないって言っただろ?」
「そ、そうだけど…こんな…強引にされたら…誰だって怖くなるわ…っ」
「へえ。じゃあ、あいつは優しかったんだ?」
「…え?」
「あいつと…何度も寝たって事はそういう事だろう?」


アルコールのせいで感情が高ぶってたのもあるし抵抗された事への怒りもあった。
つい言葉で責めてしまう自分を抑えられない。


「ダニー…やっぱり…私達は無理よ…。こんなんで結婚生活なんて出来ないじゃない…」
「うるさい…っ!そんなの俺だって痛いほど解ってるよ…っ!」


僕はカっとなってそう怒鳴るとの服を引き裂いた。


「キャァ…っ!…や…っ」


腕を振り回して暴れるを抑えこもうとした時、の手が顔に当たり一瞬力が緩んだ。
その隙にが素早くベッドから逃げ出しテラスの方へ走って行く。
僕は殴られたこともあり、ますます頭に血が上り彼女を追いかけた。


「いや…っ。来ないで…っ!」
…もう乱暴しないから…戻ってよ」
「や…っ」


は裂かれた服を必死に両手で掴みながら首を振った。
怯えた顔で僕を見ている彼女に腹を立てながらも頭の隅には冷静になれと言う自分もいる。


こんな事をしたって意味はない。
に憎まれるだけだって…
そう思ったら怒りが収まるのを感じ、逆に悲しくなった。


…ごめん。もう何もしない…。だから…こっちに…」
「いや…っ。来ないで!」


はすっかり怯えてしまったのかテラスの奥に下がって行く。
僕は少しづつ近寄って行くと手を伸ばした。


…危ないから…。こっちに戻って…。ほんとに何もしないから…」
「もう嫌…っ。こんなこと…もう我慢出来ない…っ。お願い…私を解放して…お願い…っ」
…」


の言葉が胸に突き刺さった。


そうだ…自分に愛情を持たない子と結婚したって…幸せになれるはずなどなかった。
そんな事は…初めから解っていたのに…
今更ながら自分のした事を悔んだ。


…解ったから…。頼む、こっちに―」
「嫌…っ!レオに会いたい…っ!別れたくなかったのに…!!」


は興奮したように泣きじゃくりながらジリジリと後ろへ下がって行く。
このテラスの柵はそんなに高くはない。
僕は心配になってゆっくりと手を伸ばした。


…!危ないよ…こっちにおいで?君の気持ちは解ったから…」


僕はそう言いながらもう一歩前へと出た。
だがそれが更に彼女の恐怖心を煽ってしまった。
怯えた顔をしては更に後ろへ下がると、「来ないで…っ!」と叫んだ。
その瞬間、の足に柵が当たり、彼女は体のバランスを崩したのが見えて僕は思い切り手を伸ばした。


だがその手は空を掴み、目の前にいたはずのはゆっくりと僕の視界から消えて行った―










っ!!」




ドサ…っと鈍い音が聞こえたと同時に僕は下を覗き込んだ。
暗くてよく見えないが木々の間に白いものが見える。
僕は一気に部屋を飛び出すと急いで外に出てが落ちた辺りを探し回った。
その騒ぎに気付いたショーンもリビングから走り出てきた。


「ダニー!どうしたんだ?!」


後ろから声が聞こえ僕は振向いた。


が…が二階から…っ」
「な…!何だって?!」


僕は必死に走ってを探した。
すると庭の花壇の上にが倒れているのが見える。


…っ!!」


僕は慌てて走って行くと彼女を抱き起こした。
の意識はなく、額から血が流れている。


…?!」


ショーン、そしてジーンまでが走って来て倒れているを見て驚いている。


「こ、これは…どういう事だ?!ダニー!貴様、に何を…!」
「話は後で…!今は救急車を早く!頭から落ちてるかもしれない…!僕らの病院に運びましょう!」


僕はそう怒鳴るとショーンも医者の顔になった。


「わ、解った…!救急車を呼ぶより私の車で運んだ方が早い…!ダニー、を早く車に!」
「…はい!」


僕はを抱き上げるとショーンの後ろからついていった。
ジーンは泣きながら、「…!目を開けて?…!」と叫んでいる。
だがは目を瞑ったままグッタリとしていた。


僕はをここまで追い込んでしまったんだ…
なんて最低な事を…許してはくれないかもしれない…
でも…君は僕が何としてでも助ける…っ


そう心に決めて僕はを抱いたまま車の後部座席へと乗り込んだ。
ジーンが助手席、ショーンが運転席に乗り込みエンジンをかけてすぐに車を発進させる。


「急いで…っ!出血が酷い…っ」


僕がそう叫ぶとショーンは思い切りアクセルを踏んだ――











「ドクター?ダニー?」


僕らが病院へ飛び込むと婦長が目を丸くした。


「きょ、今日は結婚式じゃ…」
「急患だ!二階から落ちて頭部を打撲、出血が止まらない!輸血の準備を!あとオペ室は?空いてるか?!」
「は、はい!第二オペ室が…!そ、その方は…さん?!」
「そうだ、がテラスから落ちた…っ。早く輸血の準備とオペの準備を…!僕が執刀する!」
「わ、解りました!」


婦長は慌ててナース達に指示を与え出した。
僕とショーンは第二オペ室へと走り、脳外科のスタッフに一旦を預けると急いでオペ着に着替える。


「ダニー…にもしもの事があったら…私はお前を許さない…」
「解ってます…。覚悟は出来ています…」
「よし…今はオペに集中しよう…」
「はい」


僕とショーンは顔を見合わせ、オペ室へと入って行った。





オペは思った以上に大変だった。
傷は想像以上に深く、大事な神経の傍にあり慎重にしなければ危険だ。
それを傷つければは一生、植物状態になってしまう。
オペは数時間を要し、僕とショーンが交互に執刀した。






「よし…傷が塞がったぞ…。これで、やっと出血は止まる…」


ショーンはそう呟き肩の力を抜いた。
額の汗が難しいオペだった事を表している。
僕の額にも汗が噴出してきたと同時に思い切り息を吐き出した。


をICUへ…」
「はい」


看護婦が頷きをストレッチャーで運んで行った。


「ふぅ…。これで…意識さえ戻れば…。体の方に骨折がなくて良かった…」
「はい…」


僕はマスクを外して頷いた。
ショーンもマスクを外すと僕を廊下に促す。
二人で廊下に出てソファーへと腰をかけた。


「…さあ…話してくれ…。何があったんだ…?」


僕はちょっと息を吐き出すとさっきあった出来事をショーンに包み隠さず全て話した。
僕が事情を話してる間、ショーンは表情を変えないまま黙って聞いていたが、話し終えると同時に手で目頭を抑えた。




…そんな…」
「すみません…。僕が…全ていけないんです…。彼女を失いたくなくて…卑怯な事をしてしまった…」
「ダニー!貴様…を脅して彼と別れさせるとは…っ」


ショーンは怒りを込めた目で僕を見ると胸倉を掴んで拳を振り上げる。
だが殴られるのを覚悟で目を瞑って動かずにいるとショーンは上げた拳を静かに下ろした。


「お養父さん?どうして…殴って下さい…っ。を追い込んだのは僕だ…っ」
「いや…私だって…同じだよ…」
「え…?」
が…あんなに必死に自分の気持ちを訴えてくれてたのに…私は世間体ばかり気にして…
の気持ちを解ってやろうとしなかった…家に閉じ込め…仕事さえ奪い…そして彼からも引き離そうとした…。
私だって君と同類だ…。を傷つけ追い詰めたんだからな…」
「お養父さん…」
「もう…君のお養父さんには…なれない…。すまない」
「いえ…。解ってます…。…ドクター…」


そう呟くと、ショーンは目頭を抑えて泣いているようだった。
僕は静かに立ち上がり、ICUの方に歩いて行くと婦長が中から出てくる。


「あ、ダニー、さんが…」
「…意識が戻ったのかっ?」
「いえ…それが…うわ言のように…」
「え?」
「……彼の…レオナルドの名を呼んでます」
「―――ッ」


婦長はそう言って僕を見据えた。
彼女も事情は知っている。
僕はちょっと息を吐き出すと、「解った…」と呟いた。
婦長は軽く頭を下げて廊下を歩いて行く。
僕はICUの中を覗き、が眠っているのを見ていると涙が溢れてきた。


…すまない…。君を…こんなにも追い詰めた…」


そう呟くと同時に涙が頬を伝っていく。
その時、僕の心を支配していたどす黒い感情さえも洗い流されていくような気がした。


僕は携帯を取り出し、ある番号を出した。
そしてそこへ電話をかけるのにゆっくりと廊下を歩いて外へと向かう。
病院の外に出ると覚悟を決めて通話ボタンを押す。
呼び出し音が聞こえ、暫くすると相手が出た。


「Hello.....」


相手の声を確めると、僕は静かな口調で話し始めた――



















誰…?何だか暖かい…
私の手を…誰かが優しく包んで時折、口付けてるのが解る…
この温もり…私…知ってる…





「ん…レ…オ…?」


視界が真っ白に感じ、私は眩しさでゆっくりと目を開けていった。


「…?」
「レオ……」


私は目の前の誰かに向かって手を伸ばそうとした。
だけど思うように体が動かず、それと同時に痛みが走る。


「ん…ぃ…たっ」
…っ?」


目の前に見えるぼやけた影が私の名を呼ぶ。


この声…レオ…?
そんなハズはない…
だって…私と彼は…別れたんだから…


そう思いながら何とか視点が合わせようと何度も瞬きをした。


…?気がついた?」


今度はハッキリ聞こえた声に私は聞き覚えがあった。


「レオ…?」


そう呟いた時、視界がハッキリしてきて焦点が合ってきた。
少しづつハッキリしていく視界に見えて来たのは…
あの別れた日から…何度も会いたいと願った……レオの優しい笑顔。


…っ!」
「レ…オ…?ほん…と…に…レオ…なの?」
「ああ…俺だよ?ここにいる…」


また手に強い温もりを感じ、私はちょっとだけ微笑んだ。


「ど…して…?これ…は夢…?」
「夢じゃない…。現実だよ…?」


レオは私の手に何度も口付けながら自分の頬にも摺り寄せて微笑んだ。
そのレオの瞳には涙が浮かんでいるのが解る。


「な…んで…泣いてるの…?ここ…は…?」


意識がハッキリしてきたのと同時に今、自分がどこにいるのか解らなくて少しだけ顔を動かそうとした。
だが激痛が走り顔を顰める。


「ぃた…い…」
「動いちゃダメだ…。…怪我してるんだよ…?」
「怪我…」


そう言われて私は少しだけ考えた。
それを見てレオは悲しそうな顔になる。


…二階から…落ちたんだ…。覚えてない…?」
「え……落ち…た…?」
「うん…。自分の部屋から…」


(自分の部屋から…落ちた…)


そう言えば…ダニーがいない…
私はダニーから逃げようとして…そして…どうしたの…?
ベッドから逃げ出した後の事が…ハッキリ思い出せない。


「解ら…ない…。私…どうし…て…」
…無理に思い出さなくていい…。強く頭を打ったんだ…。今は何も考えずに眠って…?俺はここにいるから…」
「ほ…んと…?私…これ…が現実…なのか…も解らない…の…。いなくなったり…しない?」


私は目を瞑るのに恐怖を感じていた。
ハッキリと意識はあるのだが、どこか夢心地で目の前にいるレオが本当に本物の彼なのか…まだ信じられないでいた。


…俺はいなくなったりしない…。ずっと…の傍にいるよ…」
「ほ…んと…?もう…離れたくない…の…」


そう呟いた時、暖かいものが頬を流れ落ち、それが涙だと解った。
レオはそれを見てそっと唇で掬ってくれた。


「ほん…と…」
「…え?」
「本物…だ…ね…」


私がそう呟くとレオは少し泣きそうな顔をした。
そして優しく額に口付けてくれる。


「レオ…会いた…かった…」
…俺も…凄く会いたかっ…」
「泣かない…で…レオ…?」
「…ごめん…ホっとしたら、つい…」


レオはちょっと微笑むと涙を拭いて私の手をギュっと強く握った。


「さ…眠って…。こうしてずっと手、握ってるから…」
「ん…」


私は手の温もりと目の前にいるのが本物のレオだと解り、心の底から安心した。


途端にまた意識が朦朧としてくるのを感じ、ゆっくりと瞼を閉じる。



意識が途切れたのはその数秒後の事だった――








「ドクター…は…」
「ああ、麻酔が、まだ残ってるからね…。意識は戻っても、またすぐ眠くなるんだ」
「そうですか…」


俺は少しホっとしての寝顔を見つめた。


「君…レオナルドくん…だったかな?」
「え?あ…はい」
「私が…の養父のショーンだ…」
「…えっ?」


俺は驚いて後ろに立っているドクターを見つめた。


「初めまして…というのも変なもんなんだが…」
「はぁ…。あ、あの…」
「何だね?」
「連絡を受けて…思わず来てしまったんですけど…俺が来ても…良かったんですか?彼女はもう彼と結婚を…」


俺がそう言うとの養父…ショーンは首を振った。


「いいんだ…。もう…はダニーとは結婚しない」
「え?だ、だって…結婚式を昨日…」
「いや…。式はしたがね。まだ書類は出していなんだ。だから…二人はまだ正式な夫婦ではない」
「えっ?!」


俺は驚きのあまり大きな声を出してしまって慌てて口を抑えた。
それを見てショーンはちょっと笑うと、「少し…話さないかね?」と言った。
そう言われてをチラっと見ると俺の気持ちが解ったのか、「ならもう暫くは目を覚まさないよ…」と微笑む。


「解りました…」


俺はそっとの手を離すと軽く頬に口付けて椅子から立ち上がった。
そのままショーンと二人で廊下に出るとソファーへと腰をかける。
窓から入る太陽が廊下を明るく照らしていて俺は目を細めた。


夕べダニーから突然、連絡が入り、この病院へ来てくれと言われた。
が怪我をしたと聞いて心臓が凍りつき、事情も詳しく聞かないままこの病院へやってきたが、
来ていきなり婦長らしき看護婦に腕を引っ張られ、が俺を呼んでるから…と、そのままICUへと連れてこられたのだ。
そしてさっきのショーンの言葉…
俺は何が何だか解らないままだった。
そしてその疑問を聞こうとちょっと深呼吸をして俺はショーンの方を見た。


「あの…は彼と結婚しないとは…どういう事ですか?」
「君は…ダニーから何も聞いてないのかい?」
「はい…。が怪我をしたから…ここへ来てくれと…。俺もそれ聞いて動揺したまま来てしまいまいしたが…
よく考えると何故彼が俺の携帯番号を知ってたのか…とか、その前にどうして俺に連絡してきたのか…とか解らない事だらけで…」


俺は思った事を正直に話した。
ショーンは少し苦笑すると、


「そうか…。いや…ダニーは娘…の携帯を暫く持っていたらしくてね」
「あ、はい。それは知ってます…」
「そうか…。まあ、その時に…何かの時の為にと、君の番号を自分の携帯に入れてたらしいんだ…」
「そうですか…」
「それで…どうして君を呼んだかというと…」
「はい。それが一番解りません…。俺は…にダニーの事が好きだと言われました…。だから…」
「ああ…その事から…話さないといけないね…」
「…え?」


俺はショーンの言葉に少しドキっとした。
ショーンは俺を見つめて軽く息を吐き出すと重たい口調で話し出した。


「実は…が君に別れ話をしたのは…ダニーがに…君と別れなければ…君を訴えると…脅したかららしいんだよ…」
「な…何だって?!」


俺は驚いて思わず大きな声を出してしまった。


「あ…すみません…」
「いや気にしないでくれ…驚くのも無理はないだろう。私も最初聞いた時は驚いた…。夕べ…オペの後に聞いたんだが…。
は私にも何も言わなかったんだ…。ダニーにそう言われて…は悩んだ。
君の俳優としてのイメージが壊される事を恐れたは…ダニーに言われたまま…君と別れる事を決めたんだ…」


「そんな…俺の…ために…?」
「ああ…。君の事を…愛してるからこそ…君が大事にしている仕事を…
自分が好きだった俳優としての君を守りたいと思ったんじゃないのかな…」


ショーンの言葉に俺は喉の奥が痛くなった。


…そんな…そんな事の為に…あんな嘘までついて…)


は…ダニーと結婚する事を選んだ。君を愛していたのに…。その無理が祟ったのか。
それに…夕べ…結婚式の後に家に戻って来て…ダニーは強引にを抱こうとしたらしい…」
「…えぇ?!そ、それで―」
「ああ、いや…ダニーは何もしてない。彼も我に返ってやっぱりと結婚するのは無理だと、の態度を見てそう思ったようでね…。
だが乱暴されそうになって一種のパニック状態になったはダニーを怖がりテラスへと逃げてしまった。そして…」


ショーンはそこで言葉を切った。
俺は事実を知り、心臓が締め付けられる。


「レオナルドくん…」
「…は…い…」
「ダニーを…許してやってくれないか…?」
「……え?」


俺はショーンの言葉に顔を上げた。
ショーンは少し悲しげに俺の顔を見ている。


「彼も…彼なりに苦しんでいた…。やった事は許せないが…。彼も…を愛してくれていたんだよ…。
それが間違った愛し方だったとしてもね…」
「…はい…」


俺はショーンの言葉に胸が熱くなった。
確かに…ダニーのやった事は許せない。
そのせいでどれだけが傷ついたかを考えると…とても許すと言う気にはなれない。
でも…元々の恋人だったのは彼だ。
もし同じ立場になったとしたら…俺だってどうなるか解らない。
人間、その立場になってみないと解らないものだ…
自分だけはそうなるまい…と思うほうが間違ってる。


「ダニーは…どこに…?」


俺はショーンの方を見て聞いてみた。
するとショーンは溜息をついて、「ダニーは…今朝、この病院を辞めて…カナダへと発ったよ」と呟いた。


「え?カナダに?」
「…本当なら来週の頭に発つ筈だったんだが…早めたようだ。もちろん…は行かないよ?ダニーはを自由にした。
が望んだように…彼女を解放すると言って…発って行ったよ…」
「そう…ですか…」
を助けたのは…ダニーだ。ダニーの腕があったからこそ…を助けられたんだ。それは…感謝してるよ?」


ショーンはそう言って椅子から立ち上がった。


「さて…。私は色々とやる事がある…。君は…についててやってくれるか?」
「はい…。もちろんです」
「ああ、仕事は?大丈夫なのかい?」
「はい…。事情を話したら…スタッフや監督が俺のシーンだけ後で撮るからと言ってくれて…」
「そうか…。君はいい仕事仲間に恵まれているね?」
「…はい、そう思います」


俺がそう言うとショーンはニッコリ微笑んだ。


「今度…が退院したら…皆で一緒に食事でもしよう」
「え?」
「それで…だ。もし…君が、まだを愛してくれてるなら…落ち着いた頃にでも…
にもう一度プロポーズしてやってくれるか?」
「―――ッ」


俺はショーンの言葉に涙が出そうになった。
それを必死に堪え、「…はい…」としっかりと答えた。
ショーンは嬉しそうに微笑むと、


「また二人の交際が始まったと知れば…マスコミを喜ばせてしまうかな…?」


と呟いて歩いて行ってしまった。
俺は黙って彼の後姿を見送ると零れ落ちた涙を拭いた。
そしてゆっくりとICUの中に戻るとベッドの横にある椅子へと腰をかけた。
はまだ眠ったままだ。
俺は彼女の手を優しく握った。


…ごめんな…。そんなことがあったなんて…知らなくて…」


そう呟き、の手を自分の頬に寄せた。
前よりも一段と細くなった腕を見て胸が痛む。


一人で…悩んでたのか…?こんなに痩せてしまうほど…
どんなに辛かったんだろう…


「もう…離さないから…」


そう呟いて俺はの唇にそっと口付けた。


久し振りのの唇は少しだけ涙の味がした――













「ん…」


の瞼がピクっと動いたのに気付き、俺はそっと呼びかけてみた。


…」
「ぅ…ん…レオ…」


目を覚ましてすぐに俺の名を呼んでくれる事に胸が熱くなる。


…俺は、ここにいるよ…?」


そう声をかけるとは薄っすらと目を開けて視線を彷徨わせた。
そして俺の顔をとらえると少しだけ目を見開いた。


「レ…オ…?また…夢…?」
「…夢じゃないよ?ちゃんと…ここにいる」


そう言っての手に口付け、頬にも口付けた。
するとの大きな瞳からポロポロと涙が零れてくる。


「嘘…ほんとに…レオ…なの?」
「ああ…本物だよ?」
「私…ずっと…夢見てた…」
「…夢?」
「レオの…夢…マークと…3人で…遊んでるの…」
「すぐ現実になるよ……」
「だから…夢かと思っ…」
…。 ――泣かないで…」


俺はそう言うとの涙を指で拭いて額にも口付けた。
は俺の胸元をギュっと掴んでくる。


…手術後から…何日か、ずっと眠ったままだったんだ…。だから…現実とごっちゃになってるんだよ…」
「ど…して…?レオ…どうして、ここに…私…」


はそこまで言うと何かを思い出したように俺を見た。


「私…テラスから…落ちて…」
「ああ。ここは病院だ。…助かったんだよ? ――助けてくれたのは…ダニーだ」
「…え?ダニーが…?」
「ああ…彼は手術の後…俺にも連絡をくれて…」


俺はに事故の事、その後にあった全ての事情を説明してあげた。
ダニーから逃げようとしてがテラスから落ちたこと…
それをダニーが助けて俺の事を呼び、そして自分は一人でカナダへと発ってしまったこと…
その事をの養父、ショーンから聞いた事、その後に彼から言われた事までちゃんと話してあげた。
そしてが別れたいと言った事情も全て俺が聞いた事も…
は黙って聞いていたが、話し終えると体を起こし俺の胸にしがみ付いてきた。


…?」


は声を殺して泣いていた。
俺は彼女の気持ちが痛いほどに解り、ただ黙って抱きしめて時折、額に口付ける。
暫く泣くと落ち着いたのかはそっと俺から離れようとした。
だが俺は離したくなくて抱く腕に力を入れる。


「レ…オ…?」
「離れないで…」
「…え?」
「凄く会いたくて…こうしてを抱きしめたくて…堪らなかった…」
「レオ…それは…私…も…同じだよ…?」


が涙声のまま小さく呟いた。
俺はそっと体を離し、の頬を両手で包んだ。
泣きはらした目で恥ずかしいのか、俯こうとするの頬にキスをしてまた抱きしめる。


「もう…離さない…。ずっと…傍にいてよ、…」


そう呟けばも小さく何度も頷く。
俺はを抱きしめながら彼女の傷に触れないように頬を頭に摺り寄せた。


…傷…痛くない…?」
「…ん…痛くない」
「…
「なに…?」
に…今凄くキスしたい…」
「…え…っ」
「ダメ……?」


俺はそっと体を離すとの顔を覗き込もうとした。
するとは何故か俯いてしまう。


…?」
「何だか…凄く久し振りだから…恥ずかしい…」


そう呟くが本当に愛しいと思った。
らしい言葉に俺も嬉しくなる。


…。一ヶ月以上も会えなかったんだよ…?それにはずっと眠ったままだったし…俺、我慢が限界なの。
だから…キスさせて?」


俺がちょっと笑いながらそう言うと、はゆっくりと顔を上げた。
は何も答えなかったが顔を上げた事を肯定と受け止めて俺はそっとの頬を両手で包みゆっくりと顔を近づけていく。
そうするとも静かに瞳を閉じた。


「…ん…っ」


最初はそっと触れるだけの口付けを。
は相当恥ずかしいのか、更にギュっと目を瞑るものだから俺はキスをしていいのかな…と不安に思いながら、
もう一度、慎重にさっきよりも優しく唇を重ねた。
するとの体がかすかに震えてるのが解り、そっと抱き寄せる。
前よりも細くなったその体の線に俺の胸がツキンと痛んだ。
触れるだけのキスから唇を愛撫するようなキスへと変えていく。
するとが喉の奥で小さく声を出し俺は体が熱くなるのが解った。
そっと唇を離し少しだけ息を洩らした。


「ここが病院で良かった…」
「……え?」
「じゃないと…このまま襲っちゃいそうだよ」


苦笑しながらそう言うとの頬が赤く染まった。


「あ…少し…顔色、良くなったね?」
「も、もう…レオ、全然、変わらない…」


が恥ずかしそうな顔で口を尖らせた。
俺はちょっと笑いながらその尖った唇にチュっとキスをするとはますます顔を赤くする。


だって…そうやって赤くなるとこ…変わってないよ…?」
「だ、だって…」
「そういうとこ…凄く好きなんだけどね」


そう言ってを優しく抱きしめた。


「もう…どこにも行かないで…?ずっと…俺の傍にいて欲しい…今度こそ…本当に…」
「…ん…。どこにも行かない…。ずっと…レオの傍にいる…」


俺にしがみつきながらそう呟くの温もりに心の底から幸せを感じた。
に会えなかったこの一ヶ月が…数年のように思えた。


でも…今は確かに俺の腕の中にいる。
何度もの夢を見て…現実に戻り、その度に絶望との戦いだった。


でも今は…こうして俺の腕の中へと戻って来た。


それだけで…俺は幸せになれる…


俺は暫く、その愛しいぬくもりを抱きしめていた。




もう…どこにも行かないように…と願いながら――


























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ACT.20...守ってあげたい…>>


うきゃー戻って来たよ、ヒロインが(涙)(泣くな)
ああ~これで、やっと幸せが来る・…?
次はとうとう最終話・・・・かな?(微妙)


本日も皆様に楽しんでいただければ幸いです。
日々の感謝を込めて...


C-MOON...管理人:HANAZO