Catch me if you can.......A real love ?... or... fake love...











前の映画の撮りがやっと終わり、俺はこの日、モデルのティナとの初デートをしていた。
今はビバリーヒルズホテルの中にあるレストラン、ポロ・ラウンジに来ている。
この店は老舗の有名なレストランで主にカリフォルニア料理が多い。
過去には、あのマリリン・モンローも常連客として名を連ねている。


「美味しいわ、このワイン」
「そう?良かった。どういうの好きかなって迷ったんだけどさ」
「私、これくらい濃いのが好きよ?―男性も…」


ティナは何だか妖しい微笑で俺を見た。


「そんなに濃いかな?俺の顔…」 と軽くジョークでかわす。
「ぷっ…やだ…レオったら…」


ティナは手を口に当ててクスクスと笑っている。
俺もちょっと笑いながら大きなシュリンプをナイフで切った。


やっぱり…女性ってのは、こうやって笑うんだよな…
なのには…


俺は楽しそうに大口を開けて笑うの笑顔を思い出して思わず、笑みが零れた。


「どうしたの?レオ…。何か面白かった?」 ティナは、キョトンとした顔で俺を見た。
「いや…別に」


俺はティナに、ニッコリ微笑むと、ワインをゆっくり味わった。


ここのとこ時間が出来れば、の病院に会いに行っていた。
彼女は相変わらず冷たいが、マークと遊んでいる俺には文句も言いづらいみたいだった。
別に子供を味方につけようと思ったわけじゃないが、俺としても何だか、あの病院に行くのが楽しくて今では日課となっていた。
彼女も、だいぶ俺の行動が読めてきたのか、キスしようとしても何度となくかわされる。
それも楽しみの一つだったりするんだけど。

俺ってやっぱりマゾなのかな?
ふと、そんな事を思ってしまう。

「レオ?どうしたの?何か考えごと?」 ティナが手を止めて俺を見ていた。
「あ、ごめん。何でもないんだ…。ちょっと次回作のことをね…」 


俺は優しく微笑みながら彼女にワインを注いで上げた。


「そうなの? ―何だか…今日のレオ、心、ここにあらずって感じよ?私といても楽しくないの?」


彼女の言葉の語尾に少しイラ立ちが感じ取れて、俺はティナの手をそっと握った。


「そんな事あるわけないだろ? ―君と初めて、こうして会ってるから、ちょっと緊張してるんだ」


俺の言葉に、ティナはクスクス笑うと、「まさか…。レオが?」 と上目遣いで俺を見てくる。 ―まんざらでもなさそうだ。


「ああ。今夜はずっと君と一緒にいたいな…って思ってさ」


俺の言葉に、ティナもちょっと微笑む。
彼女も、その気だと思い、「…今夜、ここに部屋でも…」 と言い掛けて俺は言葉を切った。




(あれは…?)


俺は自分の席とは逆に中庭の席にいる男性二人と楽しそうに話しているを見つけてちょっと驚いた。
はドレスアップをしていた。
いつも看護婦の制服姿の彼女しか見てなかったから気付かなかったのかもしれない。
何だか渋めの男と若い男が一緒にいる。
渋めの方は何だか父親のような雰囲気だが、もう一人の若い男はの頬にキスしたりして、やけに親しそうだ。
も嬉しそうに微笑んだりしている。


へぇ…キスされても、ああいう顔も出来るんだ。
…つか、あいつは誰だ…?まさか…恋人?


俺は気になって暫く、そっちの方を見ていた。
そこにティナが少しスネたような顔で、「ちょっとレオ?どうしたの?」 と言って俺の腕を引っ張った。


「え?あ、ああ…何でもない…」


俺はティナの方に視線を向ける。


「レオ…ほんと今夜のあなたは、おかしいわよ?」
「そう?」
「ええ…。それより…さっき何か言いかけてたでしょ?ここに部屋が…って…。何なの?」
「ああ、それか…。だから…」


と言いかけて、また言葉が切れる。
視線の端で追っていたが席を立ってラヴァトリィの方へ歩いて行ったからだ。


「…レオ?!」 


ティナが少しイラだった口調で俺を呼ぶも、俺は急に席を立った。


「ちょっと、ごめん…」 


と微笑んで、ラヴァトリィへと続く通路の方を指さした。
ティナは軽く息を吐き出すと仕方ないわね…というような顔で頷いた。
俺は、そのまま、その通路の方へと歩いて行く。


この時、俺はどうして自分が今デートをしている、もうすぐ落とせそうなティナを放ってそんな事をしたのか分らなかった。

















ACT.3...真夜中の密会                                 













「はぁ…ちょっと飲みすぎちゃったかな…」


私は鏡を見ながら、少し赤い自分の頬を見て呟いた。
今夜は久し振りに、養父とダニーが、同じ時間に仕事が終わったようで、私の携帯に連絡をしてきた。


「今夜、三人で食事でもしよう」 


養父は私が病院を出ると門のところでダニーと待っていて、私はそのままブティックへと連れて行かれた。
そこでカクテルドレスを選ばせ、ここに連れて来てくれた。
何だか着慣れないものを着ると普通に食事をしているだけでも疲れる。
でも…ダニーが、その時、私に香水をプレゼントしてくれた。


「この前、香水をつけて行く場所には行かないって言ってたからさ…」 


と少し照れたように奇麗にラッピングされた香水を私に差し出した。


「女性の香水って、俺、よく分らなくて…」 


と頭をかいていたダニーがくれたのはエルメスの香水で私は喜んで、すぐにそれをつけた。
するとダニーも嬉しそうに微笑んで私の頬にキスをしてくれた。
養父も、そんな私達を微笑ましそうに、ニコニコと見ていたっけ…。


「ふぅ…明日は早いし、もうそろそろ帰ろうって言わないと、ずっとあの二人は飲んでるわね…」


そう呟くとメイクポーチをバッグにしまってラヴァトリィの横にあるメイクルームから出た。
その瞬間、いきなり誰かに腕を掴まれ、そのまままたメイクルームの中へと押し戻されてドアを閉められ鍵をかける音が聞こえた。
驚いて声を上げようとしたが、口も塞がれて私は、「んーーー!!」 と講義しながらも暴れた。
私より、かなり身長も高いその男は口を塞いだまま私の後ろへと移動して片方の腕で抱きしめてくる。
私は痴漢かと思って思い切り暴れた。
その時―


「シィー!…俺だよ、俺」 


と耳のすぐ近くで聞きなれた声が聞こえてきて私は驚いて横の鏡をチラっと見た。
するとそこに映ってたのは私を後ろから抱きしめているレオナルドだった―(!)


「んーーー!!」


それでも私は、声を出そうともがく。
それにはレオも苦笑して、「今、手離すから…大きな声、出すなよ?」 と言った。
私は暴れるのを止め、コクンと頷く。
すると私の口を塞いでた手がゆっくりと力を緩めていくのが分った。


「ぷは…っ ――あ、あなた…!」
「シィー!!静かに…!」


レオは私を抱きしめる腕の力だけは緩めていないので後ろから私の耳元でそう囁いてくる。
私もこのレストランで騒ぎは起こしたくないと思い、言葉を切った。

今は養父もダニーもいる…。
二人に心配かけたくなかった。
一度、深呼吸をすると、私を後ろから抱きしめたままのレオナルドに顔を向けないまま、

「あなた、何してるのよ?」 


と小声で講義した。
レオはいつものように、クスクス笑うと、「何って…ここはレストランだよ?食事しに来たに決まってるだろ?」 と言った。
私は呆れて溜息をついた。


「そうじゃなくて…!だったら、何で、こんな事をするのよ?驚くじゃないの…っ」
「ああ、だってが来てるのが見えたからさ…今日は、いつもと違った雰囲気で凄く奇麗だね?」
「な、何言って…それに…あなただって一人じゃないんでしょう?誰か連れの人がいるならこんな事してないで戻りなさいよっ」
「ああ、そう言えば…にも連れがいたよね?あれ誰?父親と…恋人って感じか?」
「そ、そうよ…。いけない?久し振りに養父と一緒に食事してるのよ。あなたには関係ないでしょ?」
「ふ~ん。やっぱり、若い方は恋人か。何だ、、恋人いたんだ」
「…そうよ!だから、こういう事されるのは困るの!他の女性にしろって言ってるでしょ?」
「やだ、君がいいって、俺言わなかったっけ?」


平然と答えるレオに私は、グっと言葉が詰まった。


「人をからかうのもいいかげんにしてよ…!どうせ私があなたに靡かないからってしつこくしてるだけでしょ?
本気でもないクセに…こういう事するのやめて…!迷惑よっ」


体を離そうともがきながらそう言うと、レオは急に私の体の向きを変えて自分の方へと向かせた。
そして壁に私を押さえつけるように腕を掴む。


「な、何よ…っ。変な事したらほんとに大きな声出すわよ?」 


そう言いながらも目の前にレオの顔が見えてドキっとする。
逃げ出したいのに私を見つめる奇麗なブルーグリーンの瞳と目が合って離せなくなった。


「へぇ…本気だったらいいの?」
「…え?」
「俺がに本気で惚れたら…どうするわけ?あの男と別れるって言うの?」
「…だ、誰もそんなこと言ってないでしょ? いた…腕、離して…っ」


レオは私を見つめたまま片方の腕を離すと、さっき私の口を抑えてた手を見てニヤっと笑った。


「な、何…笑って…」
「これ、の今夜の口紅の色…さっき、抑えた時についたみたいだ」 


と言って手のひらを私に見せた。
確かにレオの手のひらに、私の口紅がべっとりとついていた。


「それは…あなたが、あんな事するから…」 


と言いかけると、レオは自分の手のひらについた口紅をペロっと舐めて私を見る。
それを見て顔が真っ赤になったのが分った。


「…どうしたの?顔が赤いよ?」


レオは色っぽい表情でそう言うと私の腰に腕をまわして思い切り抱き寄せた。


「ちょ…!は、離してよ…っ。人を呼ぶわよ?」
「いいよ?…って言っても、また大声出される前にキスしちゃうけど…いいの?」
「…なっ」


私はレオの余裕のある微笑みに言葉を切った。


(悔しい…何でもお見通しみたいな…私がされて困る事、全部分ってるみたいな顔して…!)


…ほんと細いね?あまり強く抱くと折れそうだよ」 


レオはそう言いながらクスクス笑っている。
私は一気に顔が熱くなった。


「離してってば…っ」 


と体を動かすも壁に押し付けられたまま、腰を抱き寄せられてくっついてるので私の手はレオの後ろに回っていて、
上手く押しのけられない。
するとレオは顔を近づけてきて私の首筋に唇で触れてきた。


「キャ…!や、やめて…!」


堪らず大きな声を出すと、レオは訝しげに眉を寄せて顔をあげる。そして、


…いつからエルメスなんて使ってるの? …あの男のプレゼント?」 


と少し冷ややかな目で私を見た。


「そ、それが何?…そんな事より、いいかげんに…」 


と言いかけると、レオは急に腕を離して私を解放した。
ちょっと驚いたが私もすぐに彼から離れるとレオは何か考え込むような顔で私を見て軽く溜息をついた。
だがすぐに、


に…エルメスは似合わないと思うけど」 


と、いつものようにニヤっと笑ってまたこっちへと歩いて来る。


「こ、来ないで…っ」 


私はバッグを胸のところで握り締めたまま後ずさった。


「もう…何もしないよ…。怖がらせてごめん…」 


レオはそう言うと今までに見せた事のないような悲しそうな顔で私を見る。


「今度…俺がに似合う香水、プレゼントするよ」


レオはちょっと微笑むと、「じゃ、またな」 と言ってメイクルームを静かに出て行った。
私は唖然としたままその場に立っていたが、急に力が抜けてしゃがみ込んでしまった。


な…何なの?いったい…!!
いっつも、いっつも…どうして私を怒らせることばかりするの?!
何でイジワルなのよ…!!


私は、そっと立ち上がると鏡に映った自分の顔を見た。
少し頬が上気していて赤い…それに、さっき塗ったばかりの口紅が少しとれてしまっている。
私は少しだけ震えてる手で口紅を塗りなおすと、ゆっくり深呼吸をした。
養父とダニーに変に思われない程度に、顔つきが戻ると、私もそっとメイクルームを出て自分の席へと戻る。
それでも胸のドキドキだけは納まらなかった…。






…遅いから心配したよ…?!倒れてるんじゃないかと思って今、店の人に見に行ってもらおうかと話してたんだ」


ダニーが席を立って、軽く私の頬に手を添えた。


「ごめんなさい…少し…気分が悪くなったから、休んでたの…。もう大丈夫だから…」
「何?気分が悪いのか?飲みすぎたかな?…よし、じゃあ、もう帰ろう。に何かあったらジーンも心配するからな」


養父のショーンは、そう言ってウエイターを呼ぶと伝票にサインをしている。―ジーンとは私の母親の名だ―


「ごめんなさい。養父さん…せっかく3人で食事してるのに…」


私は申し訳なく思い、謝った。
すると養父は私の頭に手を置いて、


「何を言ってる…。食事なんて、いつでも出来るさ。体の方が大事だろ?」 


と優しく微笑んでくれる。


「そうだよ、。体が悪いと、したくても何も出来ない。その辛さは看護婦の君や医者の僕らが一番分ってる。
具合の悪い時は無理しちゃいけないよ…」


ダニーはそう言うと私の頬に軽くキスをしてくれた。
私は何だか安心して少し笑顔を見せると、「ほんと…そうよね…」 と言って頷いた。


「よし、じゃあ帰ろう。私はこのまま自宅に帰る。も一緒に来たらどうだ?具合の悪い時は家に戻ってた方が…」
「い、いえ…大丈夫よ?眠れば直るわ?ちょっと悪酔いしただけだから…」
「そうか?それじゃあ…ダニー悪いがをアパートまで送ってやってくれないか?」
「ええ、もちろんです」 


とダニーは私の手を繋いで頷いた。
そのまま養父が先に出口へと歩いて行く。
私はダニ―に手を引かれたまま、チラっと奥の席を見渡してみた。
だが、そこには、もうレオの姿はなく、夫婦連れの客が何人かいるだけだった。


(帰ったのかな…)


ふと、そんな事を考えて軽く頭を振った。


どうせ女性とデートでもしてたのよ…
それなのに、あんな事して…
何が、"君にはエルメスは似合わない"…よ!そ、そりゃあ私だって、ちょっとは、そう思ったけど…
でもせっかくダニーがプレゼントしてくれたんだから、つけないわけには行かないじゃないの…大きなお世話よ、まったく!


?どうしたの?何だか…顔が怖いけど…」
「え?!あ、あの…ほんと悪酔いしちゃったみたいで…気持ち悪いかなあ?って…」


と私はちょっと元気なく微笑むと、ダニーは慌てて、私の手をひいて車に乗せた。


「窓開けてていいからな?でも…ほんとにダメだと思ったら、すぐ言えよ?」


ダニーは優しく私の頭を撫でて頬も軽く撫でてくれる。
そして、そっと私の唇にキスをするとニッコリ微笑んで車を発進させた。
私はいつものダニーの優しいキスにホっとしながら、彼の唇についた私の口紅を指で拭ってあげた。
ダニーはちょっと照れくさそうに私を見ると、すぐに視線を前方に戻し運転に集中している。
私は、そっと指についた自分の口紅を見た。
そして先ほどのレオの行動を思い出し、また顔が熱くなり、慌てて窓から顔を出して冷たい風に当たった。


冷んやりとしてて気持ちがいい…
少しだけ夏とは違う匂いになっている。
と言っても今時期のカリフォルニアは寒すぎるという事はない。
今…11月上旬でも最低気温で11度くらいだ。
最高気温だと22度もある。


はぁ…何だか…最近、ほんとに彼に振り回されてばかりだ…。
そろそろ何とかしないと…ダニーにだって申し訳ない…。


病院へは最近、よく来るようになって、結局他のスタッフにもバレてしまった。
でもレオは病院へ来てマークに、本当にバスケを教えているので、
私はそれを利用して何とか言い訳を作った。


"マークがレオナルドになついて、彼もまたマークの病気の事を知り、ああやって心配して来てくれている…"


そんな風に言っておいた。
それには婦長もフランクも感激していて、


「いやぁ、彼は何だかチャラチャラしたイメージだったが、本当は素晴らしい人間なんだな?
人を見かけやイメージで判断しちゃいけないって分ってるのに…俺も、まだまだだな?」 


と笑い、


「それなら何とか外にバレないように病院のスタっフには、なるべく口外しないように口止めしておこう」 


と言ってくれたのだった。


私は何度も、「いえ、本当に見かけ通りチャラチャラしてますよ?(!)」 と言いそうになったが、そこはグっと我慢した。
患者の口は止められないが別にマークと遊んでやりに来てるくらい、もしマスコミにバレても彼が叩かれる事はないだろう。
もしパパラッチされても美談として語られるのは明らかだった。


私としては…もう来ないでと言いたいが、(いや、何度も言ってるけど)レオにバスケを教えてもらっているマークが、
本当に楽しそうで、私としても複雑な気分になって、文句も言えなくなってしまった。
マークが、あんなに楽しそうにしてるのは…父親が顔を出した時くらいだもの…
マークは一人っ子だし、きっとレオの事を本当のお兄さんみたいに思えて嬉しいのだろう。
マークは今、8歳だが、やはり病気のせいで他の8歳の子よりは少し成長も遅れている。
言葉やしぐさが少し幼いのは、そのせいだった。
発育も少し遅れているので見た目も知らない人が見たら、6歳くらいに見えることだろう。
たまに8歳相応に見える時があるが、それは彼が大人びた表情を見せる時だった。
マークも自分の病気の事は理解している。
全てとは言えないまでも…そのせいでお金が必要で父親が、なかなか仕事を休めない事も彼は知っているのだ。
だから文句も言わず、父親の体のことばかり心配してる…
そんなマークを見るのが私には堪らなく辛かった。
でも本人が、我慢しているのに看護婦の私が落ち込んではいられない。
だから必要以上に、マークを構ってしまうのもあった…。


「…? ―?」
「…え?!」


ふいに名前を呼ばれて驚いた。


「家に着いたよ?…どうした?ボーっとして…やっぱり具合、良くならない?」


ダニーが心配そうに私の顔を覗き込む。
私は慌てて笑顔を作ると、「ううん。だいぶ良くなった…ごめんね?心配かけて…」 と言ってダニーの手を握る。


「そう?なら…いいけど…今夜はゆっくり休んで…明日も仕事だろ?」
「ええ…戻ったらすぐ寝るわ?明日は久し振りに夜勤なの…」
「そっか…。じゃ、まだ朝は遅くていいんだな?少しは寝れるか…」
「うん。そうね?昼に行けばいいから…」
「俺も明日、夜中まで病院だよ…。明後日の夜、大事なオペがあるからさ…その準備…」
「そうなの…。頑張ってね…?」
「ああ、も…」


ダニーはそう言うと私を優しく抱き寄せ、キスをしてくれた。
いつもと変わらない優しい触れるだけのキス。
私は、もっと強引でもいいのに…と思ってしまった。


ダニーは、そっと唇を離すと、「じゃあ…おやすみ、」 と言って頬にもキスをしてくれた。
私も微笑んで、「おやすみ」 と言うと車から降りてドアを閉める。
ダニーは笑顔で手を振ると、車を発進させて、そのまま元来た道を戻って行った…。


私はダニ―の車を見送りながら、ちょっと溜息をつくと、ゆっくりアパートの階段を上がって行った――

















俺は朝方からバッチリと目が覚めて、すぐにベッドから抜け出すとバスルームへと歩いて行った。
入る前に、そっとベッドの方を見る。


ティナは、まだ眠ってるようだ。
夕べは…メイクルームを出た後、何となく気まずくてそのまま帰ろうかと思っていた。
だけど…との事が何故か頭から離れなくて、半ば無理やりティナをホテルの部屋に連れ込んで彼女を激しく抱いた。
ティナの首筋に唇を這わせるたびに何故かの顔が浮かんで、それを振り切るようにティナを抱いてしまった。
何だろう…確かに…夕べの俺は変だったと思う。


俺は熱いシャワーを頭からかぶり、思い切り息を吐き出した。
今日から少しの間、オフだ。
次の作品はこの前はっきりと決まったが撮影は、まだ少し先だった。
だから別に…このまま何時まででも、ここで寝ていてもいいはずなのに…
自然と目が覚めてしまった。
朝、時間のある時や、こうしてオフの時に…朝、病院に行くのがクセになっているのか、同じ時間帯に目が覚めてしまう。
俺は軽くシャワーを浴び終えるとバスローブを羽織り、そっとベランダの方へと出た。


(少し体を冷まして、すぐに出よう…)


俺は、そう思いながら煙草へと火をつけた。
少しづつ太陽が昇ってきて明るくなってくる。


今日も…天気が良さそうだな…
今日はマークに何を教えてあげようか…
そんな事を、つい考えている自分に思わず苦笑した。
俺は、いつからボランティアするような人間になったんだ?
まったく関係もない子に…こんなに情が湧いてるなんて…
に…会いに行ってただけなのに…今はと…マークと3人で遊んだりするのが凄く楽しいと感じていた。


俺は煙草を消すと、そっと部屋の中へと戻り、素早く服を着て時計を見た。


午前7時…
一度家に戻るか…


俺は車のキーをとり、サイドボードのメモに、"また連絡する。レオ"と書いてベッドの枕元に置いた。
一応、これくらいは一晩を共にした相手への礼儀だ。


ティナの事も…素敵だと思っている。
だから口説いたのもあった。
でも…夕べの俺は、本当にどうかしてた。
あんなに強引に、というのは今まで女性に対してした事がない。
こんな風に小さな後悔が残ることも…
そう…何故かティナに悪い事をした気がして…


俺は軽く頭を振ると、まだ眠っているティナの寝顔をそっと見て頬に軽くキスをした。
そのまま静かに部屋を出る。
ホテルの駐車場に行く途中、切っていた携帯の電源を入れて留守電を聞いた。
前に関係を持った女性から、"どうして電話くれないの?"というメッセージが数件と、ジョーのうるさい小言が入っていた。
俺は女性からのメッセージを、さくっと消去すると、ジョーの相変わらずの小言を最初の少しだけ聞いて、後は消去した。


まったく…何が顔合わせだよ…
一週間後の事を今、言わなくても…


用件以外に入っていた小言は、"携帯の電源は切るな"というものだった。


たった、それだけを言うのに、何で3分以上もしゃべってるんだ?
それは昔の事まで蒸し返しているからだが…ほんとジョーは説教好きだよなぁ…


俺は自分の愛車に乗り込むと、思い切りエンジンをふかして駐車場を後にした――















「え?夜勤?」
「うん、は今夜は夜勤だって朝、体温測るとき他の看護婦さんが言ってたんだ」
「そっか…」
「…寂しい?がいないと」


マークは、ニヤニヤしながら俺の顔を見ている。
俺は苦笑しながらもマークの頭をくしゃっと撫でた。
今はいつもの庭でマークと二人で日向ぼっこをしていた。
がいない時は主任の女性がマークを面倒見てるらしいが、俺が顔を出すと気を利かせてなのか他の子供の方を見ている様子。
前にが言ってたが、俺がマークと仲良くなって病院に来ていると思ってるんだろう。
まあ、それも強ち嘘ではないけど。


俺はマークに言われた一言に笑いながら、「ああ、ちょっとね…」 と言って肩をすくめた。


「僕もだよ?いつも朝はが体温測りに来てくれるのが楽しみなのにさ…」
「そっか。マークもが大好きなんだな…」


俺はそう言ってちょっと微笑んだ。


「うん!大好きだよ?何だか本当のお姉ちゃんみたいだし…たまにお母さんみたいに怖い顔で怒るんだけどそれも僕は嬉しいんだ…」
「そうなのか?」
「うん…は…他の看護婦さんみたいに変に業務的じゃないんだよ?…僕の事を本気で考えてくれて…それで怒ってるんだ。
だから僕はなるべくの言う事は聞くようにしてるんだ!」


嬉しそうに言うマークが健気で、俺は胸が痛くなった。
それでも、そんな顔を見せるわけにはいかない。
俺は笑顔でマークの頭を撫でると、


「そっか!それにしても…マークは難しい言葉知ってるんだな?"業務的"なんてさ?」
「うん。僕、テレビも本もいっぱい見てるんだ。学校に行けないし外に出れない分、そういうもので社会勉強してるんだよ?」


得意げに言うマークの顔が可愛くて俺は軽く鼻を押すと、「偉いじゃん!」 と言って笑った。
マークも鼻を抑えつつ、ニコニコと俺を見た。


俺が8歳の時…こんなに大人だっただろうか?
人に気を使わざるを得ない状態に…なかったと思う。
ほんとなら…8歳なんて我儘言って両親から甘やかされていてもおかしくないのに…
俺は柄にもなく、ちょっと目頭が熱くなってマークから視線を外すと芝生の上にゴロンと寝転がった。


本当に、いい天気で、いかにもカリフォルニアの青い空ってくらいの陽気だ。
そっと目を瞑るとの笑顔が浮かんだ。
いつもなら、すぐ横で俺とマークを苦笑しながら見ているはずのが今日はいない。
まあ、昨日の今日だ…。
まだ相当、怒ってるだろうし…暫く顔を合わせない方がいいんだろうか。


その時、マークが俺の横に寝転がって、「ねえ、お兄ちゃん、そんなに寂しいの?」 と呟いた。


「え?」
「何だか…寂しい…って顔してたよ?」 


マークは俺の方に顔を向けてニコニコとしている。


「そう?そんな顔してた?」 俺は苦笑しながらマークを見た。
「うん。すごーくしてた」
「…アハハ…!そっか…すごーく寂しそうだった?」


俺はマークの言葉に思わず吹き出してしまった。
するとマークがこっちに転がってきて(名の通り、コロンコロンと転がった)俺の胸の上に顔を乗せる


「あのさ…に会いたいなら夜、病院においでよ」 
「え?夜?」


その言葉に俺は少し驚いて顔を起こした。
マークはキョロキョロと辺りを見渡して誰もいない事を確めると、


「あのね…ここの病院の非常階段のドアがあるんだけど僕の病室は5階だし5階のドアの鍵、開けておくからさ。
夜、忍び込んでくればいいよ」
「忍び込むって…」


俺はマークの申し出に少し驚いた。


「大丈夫だよ?夜勤は僕の階だとしか見回り来ないし…
僕の部屋の子達は皆、僕より小さい子だから一度寝ると、なかなか起きないんだ。
だからお兄ちゃんが遊びに来てもきっと起きないよ?」



ニコニコと説明するマークの頭を俺は苦笑しながら撫でると、


「でもさ…そんな事したら俺もマークもに、すんごく怒られるぞ?それでもいいのか?」
「いいよ!僕、協力するって言ったろ?あ、でも…」
「ん?何?」
「あのさ…が、お兄ちゃんは女の敵だって言ってたけど…ほんと?」


無邪気な顔で聞かれて俺は思わず体を起こした。


「え…え?!」
「よくはプリプリしながらそう言ってるんだ。僕も最初は意味が分からなかったんだけど、
この前、ドクターに聞いたら笑いながら教えてくれたんだよ。
"女の敵"ってのは、女性をイジメたりする男のことだよって…。お兄ちゃん、をイジメてるの?」
「………


そんな事を言われて俺は困ってしまった。


「いや…イジメてるつもりはないんだけど…つい怒らせちゃうんだ。ほんとはもっと優しくしたいんだけどさ?」


俺は何だかマークにすっかりペースを崩されてしまって苦笑しながらそう答えた。


「そうなの?じゃあ、優しくしたらいいのに…。だって、きっとそう思ってるよ?」
「…そう思う?」
「うん!」
「でも…出来るかな?俺はマークみたいに素直じゃないからさ」 


と、笑いながら俺は、また寝転がった。
マークは俺の言葉に首を傾げていたがニッコリ微笑むと、「今夜、待ってるね」 と言って彼もまた俺の隣に寝転がった。


「ああ…来れたら…ね」
「ええ?絶対に来てよ…。僕、お兄ちゃんにお願いがあるんだ…」
「お願い?なに?」


俺がそう言うとマークはニコっと笑って俺の耳に小さな声で耳打ちした…。




「え?」
「だから…きっと来てね?ね?」


俺はちょっと笑いながら、「…ああ…でも…に怒られても知らないぞ?」 


そう呟くとそっと目を瞑った。




"女の敵"・…か。
まあ、当たってるよな…確かに。
別に俺は遊びで女性を口説いてるつもりもないんだけど…
気持ちがなくなったから会わなくなるだけで…最初は誰だって本気なんだ。
まあ、その中でも気持ちの深い、浅いはあったとしても…
…俺は…の事を、どう思ってるんだろう…?
改めて考えた事はなかった。
最初は…ただ彼女の態度が新鮮で面白いと思った。
そのうち、何となく何してるかな?と気になりだして…だから会いにも来た。
今だって…そうだ。
別に病院でいつもの様に仕事をしてるって分ってるけど…
ふと、思い出すと顔が見たくなる。
どうせ来たって冷たくされるって分ってるのに。
これって何なんだろうな…


そんな事を思いながら気付けば俺の隣で眠ってしまったマークの寝顔を見て、そっと頬を撫でた。


…夕べは、あの恋人と一緒に帰ったんだろうか…
見たところ、親公認って雰囲気だった。
あんな誠実そうな男が好きなのかな…
じゃあ、俺が嫌われるのも無理はない。
俺は、自分の、その時の気持ちを抑えたりとか我慢したり出来ない。
誠実とは無縁のまま生きてきた。
自分では素直だろ?って思うんだけど女性からすると不誠実に映るらしい。
ま、浮気のつもりじゃなくて俺は本気でも、その時に付き合ってる女性からすると浮気者に思うんだろう。
それも仕方がないと思ってた。


と…会わなければ、彼女はまだ俺のファンでいてくれたんだろうな…)


そんな事を思いつつ、でも彼女に会うと自分の衝動を抑えられない自分がいるのも事実だ。
俺は彼女に嫌われるような事を…ついしてしまう。
それで、また逃げられて…だから追いかけたくなるのか?


俺は何だかよく分らなくなって、思い切り溜息をつくと、体を起こした。
今日は何となく静かでがいないのがほんとに寂しく思える。


「今夜か…」


俺はそう呟くと暫くマークの可愛い寝顔を、見ていた―
















「え?来てたんですか?」
「ええ。少しマークと遊んでから…二人で日向ぼっこして帰ったわよ?
マークが眠っちゃって抱っこして病室まで運んでくれたんだけど…
後でお礼を言っておいてくれる?私、他の子につきっきりになっちゃって、最後は彼に甘えちゃったの」


主任はそう言うとロッカーから出て行った。
私は少しの間、ボーっとしていたが、時計を見て慌てて着替えると、すぐにナースステーションへと歩いて行った。


さっき私がロッカーで着替えていると主任が来て、「今日もレオが来てくれたのよ?」 と言われて、ちょっと驚いた。
夕べの今日で、まさか来るとは思ってなかった。
どうせ、何処かの女性とデートだったんだろうし…。


へぇ…来てたんだ…。
しかも…マークと二人で日向ぼっこ…?
あのレオが…?


私は何だかおかしくなった。
ハリウッドスターのレオナルドが子供病院に入院している子供と白昼、日向ぼっこ…
どんどん彼の事が分からなくなる。
夕べみたいに怖くなったり…そうだと思うとマークと無邪気に遊んでみたり…


「はぁ…変な人…!」


私は、そう呟くとカルテを取り出して目を通した。


(今夜は…時間作って昼間遊べなかったマークと一緒にいてあげようかな…)


そんな事を思いつつ、自分の仕事をする為、元気良く椅子から立ち上がった―















「Hello?」
『あ、レオか?俺だ』
「ああ、何?ジョー…俺、今忙しいんだけど…」 俺は思い切り嫌そうな声を出した。
『何?オフに何が忙しいんだ?また、どこぞの女とデートか?それとも、すでにベッドの中か?夕べみたいに』


ジョーの言葉に俺は思わず苦笑した。


「あのな…。女とベッドにいるわけないだろ?今は昼の1時だって。 ―まあ、夕べの事は否定しないけど」
『ほうら、みろ!夕べ、携帯が繋がらないから絶対そうだと思ったんだ!
それに…お前は昼間だからとか朝だからとか関係ないだろ?ベッドに女を連れ込むのに!』
「う~わ!ほんっと人聞き悪いよな?もういいよ、それより何の用?俺、今、買い物中なんだけど?」
『あ、そうだ、仕事の話だよ』
「そんなの分ってるよ!だいたいジョーにプライベートの電話なんてかけて欲しくないね」
『な、何だよ…いつにも増して冷たいな…。機嫌でも悪いのか?何だ?夕べ…上手くいかなかったとか…?』


俺は思い切り溜息をついた。


「あのさ…とっとと用件を言ってくれない?」
『あ、そ、そうだな。えっと、今度の映画の台本が届いたんだ。だからそれを早く渡そうと思ってさ。お前、いつも早く欲しがるだろ?』
「ああ…そうだね。早めの方がセリフも入れておけるし…。そっか…あ、じゃあ後で俺の家のポストに入れておいてよ」
『ああ、そりゃいいけど…。何だ?今日も遊びに出かけるのか?』
「別にどうだっていいだろ?ジョーは俺の父親かっつーの!」
『何ぃ~?父親~?こんな若者を捕まえて!お前みたいにでかくてプレイボーイな息子はこっちから願い下げだよ!』
「誰が若者だよ、誰が…!それに俺だって説教臭いジョーみたいな父親はやだって!」
『だ、誰が説教臭いオヤジだってぇ?!』
「………。あ…いや、そこまで言ってないし…。 ―つか、もう切るよ?今、プレゼント選んでる最中なんだ」
『な、何?プレゼントだぁ?女か?女だろ?お前の事だ!』
「ああ、そうだよ!男にプレゼントなんか買うわけないだろ…」
『何だ?夕べの女か?あ、分った!ティナだな?そうだろ?おぃ―』


俺はそこで電話を切った。


あ~うるさい…。
ったく、どうして用件だけ言えないかね…
用件だけなら、数分、いや数秒で終るのに。


俺はポケットに携帯をしまうと、またケースの中に視線を戻した。
色々な子瓶が見本として並んでいる。
俺は一つ一つ匂いを嗅いで、どの匂いがのイメージかを考えていた。


彼女には…あんなエルメスのような、どぎつい香りは似合わない。
もっと…柑橘系か…爽やかでクールな香りが似合うと思った。
俺は、その中でも一つ手にすると、そっと香りを嗅いだ。
そして、これだ…と思った。


ちょっとオレンジを絞った時のような…爽やかな香り…
それは、"BVLGARI.....Extrёme"という香水だった。


俺は、それを包んでもらうと、自分の香水も何個か買った。
俺は香水が好きだった。
匂い一つで気分が変わるからだ。
演じる役によって香りを決める時もあった。


俺は奇麗にラッピングされた香水を見て、彼女は…受け取ってくれないかもしれないな…と思っていた――















「じゃあ、見回りに行って来ます」
「ええ、お願いね?」


主任は顔を上げると、笑顔で手を上げた。


私はナースステーションを出ると静かな廊下を歩いて行った。
今は夜の10時。
夜の病院内を見回る時間で暗い廊下を歩いて行かないといけない。
私は看護婦になるにあたってこれだけは好きになれなかった。
真っ暗の中を一人で…しかも懐中電灯の灯りだけで歩き回ると言うのは気分のいいものではない。
それに、どこの病院でも幽霊話はついて回る。
ここも例外ではなかった。
入院してる子供や、先輩ナースから、何度となく聞かされたりする。
私はそう言う怖い話は興味はあって聞くのは好きだったりもするのだが、自分で見てしまうと言うのは絶対に嫌だった。
(皆そうかもしれないが)
この病院でも元は大きな精神病院の跡地だったとか、子供病院なのに大人の男がパジャマを着て夜中、
歩き回ってるのを見たとか、そんな話があった。


はぁ…この静けさが、また嫌よねぇ…
何で、こんな見回りしなくちゃいけないの…
とにかく今夜も何事も起きませんように…!!


私は、そう祈りつつ二階から順に見て行った。
そっと子供たちの病室も見ていく。
別段、変わった様子もなく、皆、静かに眠ってるようだ。
容体が急変するって事もあるので、一応、一人一人の寝顔を見ていく。
皆、スース―と規則正しい寝息を立てている。


(ここも大丈夫そうね…)


私は安心して最後にマークのいる五階の病室を一つ一つ見て回った。
いつもよりかなり早いペースだった。
最後にマークのいる病室に入ろうとして、ふと顔に風を感じ、振り向いた。


え…?風…?まさか…別に病室も窓なんて空いてるとこはなかったし…
マークのいる病室かしら…


私は、そっとマークのいる病室へと入っていった。
真っ暗なので懐中電灯を翳して窓の方を照らしてみる。
が、ちゃんと閉まっている。


(おかしいなぁ…さっき確かに風を感じたんだけど…)


とりあえず、皆のベッドを一つ一つ見て回った。
どの子も静かに眠っているのが分る。
最後にマークのベッドを見た。


すると―そこだけポッカリと空だった…!


(え?!マーク…?ど、どこに…ト、トイレかしら…)


私は慌てて(と言っても静かにだけど)廊下に出ると、すぐにその階にあるトイレを覗いた。
ここも真っ暗で夜見ると、不気味な印象を受けて中に入るのを一瞬躊躇うもトイレの電気をつけて少し安心する。


「マーク…?いるの?」


自分でも驚くくらい小さな声だった。


(やだ…私、相当の臆病者だわ…)


と、ちょっと苦笑する。
そして一つ一つトイレも見て回ったがマークはいなかった。


(やだ…!どこに行ったの?)


私は動揺して心臓がドキドキしてきた。


(どうしよう…マークに何かあったら…!)


私はトイレの電気を消して、また暗い廊下へと出た。
その時、またかすかに顔に風を感じて私はふと思いついた。


(もしかして…屋上…?)


この病院は昼間も屋上に好きに出入りできるようになっている。
夜に鍵はかけても中から普通に手で開けられるようになっていた。


(もしかして…屋上に行ったのかも…)


私はエレベーターじゃなく階段の方へ足早に歩いて行くと、一気に階段を駆け上がった。
やっと屋上のドアの前まで来て、ドアがかすかに開いているのを確認した。
私は急いで屋上のドアを開ける。
ギギギ…と昼間なら気付かない油の足りない音が夜だと妙に響く。
私はそっと顔を出すと周りを見渡した。
…が、何も見えない。
私は屋上へと出ると、「…マーク…?いるの?」 と声をかけてみた。
さっきよりは大きな声のつもりだが、屋上も広いのでマークに届くかは分らない。


「…マーク……?!私…よ? ――いたら…返事して…?」


屋上なので思い切って大きな声で呼んでみた。
すると、かすかに後ろの方で何かが動く気配がして、ドキっとして振り向こうとした、その瞬間―
いきなり後ろから何かが覆い被さってきて私は驚いて叫んでしまった。


「キャー―っ!!やだーーーー!!!」


そして思いきり暴れた。
もう一種のパニックになって手足をジタバタと振り回す。





「シィ!シィー!……!俺だって!レオ…!」


「キャァァァァ…!」


何か声が聞こえた気がしたが頭の中が真っ白で、まず後ろから覆い被さってる影を振り払うのに必死だった。


「は、離してっ!やだぁー!」


そう叫んだ瞬間、口を何かで塞がれた。


「ふんんんーーっ」


「シィー、…!俺だって…!!」
「……ッ?!」


自分の声で途切れ途切れしか聞こえてこなかったが、耳元でした声に私は思わず叫ぶのをやめた。
それと同時に知っている香りに包まれているのに気付いた。


(この香り…レ、レオ?!)


私は驚いてゆっくり顔を後ろへと向けた。
すると月明かりの中で、優しい瞳と目が合う。


「んん…?!」 レオ?と言ったつもりが塞がれてるので変な声になった。


レオはそっと手を離すと私を放した。


「はぁ……っ…苦しかった…!」


私は思い切り息を吸い込むと、目の前で苦笑しながら立っているレオを睨みつけた。


「あ、あ、あ、あなた…!い、いったい、ここで何を…!!こんな時間に…忍び込んだのね?!」
「そうだよ?僕が呼んだんだ」
「マーク?!」


その声に私は振り向くと、マークがイタズラっ子のような顔で私を見ていた。
私はマークのところまで走ると思い切り抱きしめた。


「良かった…!あなたに何かあったのかと思ったのよ…?!もう…ベッドから抜け出すなんて…!!」


無事な姿に安堵するも、やはり抱きしめる腕に自然と力が入る。


「く、苦しいよ……」
「何言ってるの!こんな…こんな…心配させないで……?!」


そう怒りながらもホっとしたからか、ふいに涙が零れた。


…ごめんなさい……」 


マークが小さな声で謝った。
私はそっとマークを離すと涙を拭いて、「一体、どういう事?」 と聞いた。
マークは上目遣いで私を見ると、


「僕…夜、外に出られないから…お兄ちゃんに頼んだんだ…。一緒に…星を見て?って…」 
「え?星?」
「うん…。それに…お兄ちゃん、昼間来てくれた時にがいなくて寂しそうだったから…僕が夜、会いに来たらって…」


私は少し呆れてレオを見た。
レオはちょっと苦笑して私を見ている。


「あ、あなた、いくらそう言われたからって子供の言う事を鵜呑みにして忍び込むなんて…!」
、お兄ちゃんを怒らないでよ!僕が…我儘…言ったんだ…。お兄ちゃんはに怒られるからって言ったのに…
僕がどうしても…って…。お兄ちゃんは僕に星空を見せてやるって言ってここに連れて来てくれたんだ…だから怒らないであげて…!」
「マーク…」


私の腕にしがみ付いて涙を浮かべながら必死にそう言うマークを初めて見た。
いつも…涙なんて見せずに笑顔でいてくれたから…


私はそっとマークを抱きしめると、


「…分った…。もう怒ってないわ?でも…今度から星が見たいなら…私に言って?」 


と言ってマークの頭を撫でた。


「うん…分かったよ…。ごめんなさい…」


私は腕の中の小さな温もりを愛しいと感じた。
マークに何かなくて…本当に良かった…。




「マーク…ほら、今夜は星がいっぱいあるぞ?」


ふいにレオが夜空を指差してマークと私を見た。
マークは、「ほんとに奇麗だねぇ…」 と小さな体で必死に夜空を見上げている。
その時、レオがマークを抱き上げて肩車をしてあげた。


「うわぁ~!!凄い高い!星に近くなったよ、お兄ちゃん!」
「どれか一つ…とれそうだな…?」


レオもそんな事を言いながらマークと一緒に星空を眺めている。
私はそんな二人を見ながら、近くのベンチに腰をかけた。


(ほんと…レオも毎回、驚かせてくれるわ…!)


ちょっと溜息をつきつつも、楽しそうな二人を見て思わず微笑んでしまう。


(マークの…お願いを聞いてあげるなんて…案外、優しいじゃない…)


「あ!流れ星!お兄ちゃん、流れ星だよ、ほら!」
「あ~落ちちゃった!マーク、何か、お願いした?」
「一瞬で、忘れちゃったよ~…」
「アハハ、じゃあ、次のチャンスを待てばいいよ」


レオは、そう言うとマークを下ろした。
マークはさっき流れ星が落ちた方向へと歩いて行って夜空をキョロキョロとしながら流れ星を探している。
レオはそんなマークを笑顔で見つつ、私の方へと歩いて来て隣へと座った。
私は少し警戒しながら、「…ほんと…あなたって毎回、人をビックリさせるのね?」 と嫌味を言った。
いつもなら、そこでレオも不敵な笑みでも浮かべるはずなのが、今夜は黙ったまま夜空を見上げている。


「ごめん…」  レオは少し小さな声で、そう言った。
「…へ?」


予期していなかった言葉に私は思わず気の抜けた声を出してしまった。
それでもレオは私の顔を見て真剣な顔で、もう一度、「昨日の事も…さっきも…本当、ごめん」 と言った。


「ど、どうしたの?何だか…そんな素直に謝られると…。 ―気持ち悪い…」 


と、つい本音を言ってしまった。
その言葉にレオはやっと笑顔を見せた。


「ぷっ…アハハハハ…! き、気持ち悪いって酷いな…!あんまりだ…っ」


その笑顔は私の好きだった、彼の笑顔だった。
あまりに楽しそうに笑っているので私もつられてしまった。


「な、何よ…自分が普段の行い悪いからじゃないの…!」
「ま、まあね…で、でも…謝って気持ち悪いって…言われたの初めてだよ?」


レオは笑いすぎて目に涙が浮かんだのか手でそれを拭うと私を見た。


「…ご、ごめんなさい…」


つい私まで謝ってしまった。
それにはレオも少し驚いた顔で見て、


「何だよ…そっちこそ、今日はやけに素直だな…。―気持ち悪い…」 


と、ボソッと呟いて私も思わず吹き出してしまった。


「ひど…っ。…ぷっ…そ、そっちこそ、あんまりじゃないの…アハハ…」


私はそう言うとレオの胸を軽く押した。
するとレオはその手をそっと掴み、私は少しビクっとした。


「な…何?」
「ごめん…」
「え?……何の、"ごめん"なの…?」
「今から、する事に、最初に謝っておく」
「…は?」





そう言った瞬間、軽く手を引き寄せられて、気付くと彼の腕の中に抱きしめられていた。
いつもと少し違ったのは、今日は強引にじゃなく、優しく抱きしめてくれている事だった。




「ちょ…ちょっと……っ」 


いつもと少し違うレオに戸惑って私は何だか怒鳴る事が出来なかった。


「もう少し…このままで…」
「こ、このままって…」


レオは私の頭に頬を寄せてきて軽くキスをした。


「あ、あの…っ」
「なんだろ…」
「え?」
「こうしてると…凄く落ち着く…」
「………」


(そ、そんな事を言われても…!)


私はほんとにいつもと違うレオに戸惑ってどうしようかと思っていた。
その時、レオがそっと私を放した。
そして私の目をじっと見てくるから私は何だか恥ずかしくなって目を反らしてしまった。
その瞬間、レオは私の額にそっと口付ける。


「ちょ…!」
「さっき、先に謝ったろ?それとも…また引っぱたく?」


レオは何だかニヤっと笑うも、それはいつもの不敵な笑みとは少し違うように見えた。


「ひ、引っぱたかれたいならリクエストに、お答えしますけど?」 


私は、そう言うと手を振り上げた。


「わ!ちょ…待って…!嘘!嘘だって…ほんと怖いな…は…」


レオはそう言うとちょっと笑いながら、ポケットから何かの包みを出した。


「はい、これプレゼント!」
「は?」
「夕べ…プレゼントするって言ったろ?に似合う香水。この香り、絶対に似合うから」
「そ、そんな…あなたにプレゼントしてもらう理由が…」
「俺があげたいんだよ。いいだろ?プレゼントくらい」
「……。 で、でも…」
「いいから。気に入らなかった誰かにあげれば?あの金髪の受付の子とかさ。 ―じゃ…俺、そろそろ行くよ」
「は?!」
「今から約束あるんだ」
「…ああ、"また"!デートですか…?」


私は少し呆れた顔で彼を見た。
レオはクスクス笑うと、「…気になる?」 と、いつもの不敵な笑みを見せた。 ―やっぱり変わってはいないようだ―


「ベ、別に!何で私が、あなたがデートするのを気にしないといけないのよ!どんどん、してくださって結構よ?」
「うわ、何だよ、それ…相変わらず冷たいよな?まあ、は俺のこと凄く嫌いなのは分ってるけどさ…
それと…今から会うのは女じゃなくて、男!知らない?トビーって俳優」
「え?あ…知って…るけど…」
「そいつと飲みに行く約束してるの。 ―安心した?」


そう言うとレオはイタズラっ子のような顔で私の顔を覗き込んだ。


「べ、別に安心も何も関係ないって言ったでしょ?!それに私には―」


私がそう言いかけると、レオは私の頬にいきなりキスをした。


「ちょ、ちょっと!!」
「アハハ、それそれ。それでこそ、いつものだろ? それと…あの男はには合わないよ!
あんな大人しそうなやつ、みたいな気の強い女は相手できないと思うけど?」
「な!な、なにを…」
 

私は怒りで言葉が出なかった。
レオはまたニヤリと笑って顔を近づけてくると、私の耳元で、「…には…きっと俺が合うよ…」 と囁く。


「…は…はぁ?!」
「じゃ、そういう事だから!また!」 


レオはそう言って椅子から立ち上がると、まだ空を眺めてるマークの方へ走って行く。
そしてマークの頬にもキスをすると、「じゃ、またな」 と言って屋上から出て行った。
私は呆気にとられて閉じた扉を見ていたが、何だか完全に彼のペースにハマったような気がしてだんだんと腹が立ってきた。


「もぉーーー!!何なのよ、ほんっと、ワケわかんない奴ーー!!」


いきなり夜空に向って叫び出した私を見てマークは驚いた顔を見せたが、すぐにクスクス笑い出した。


「お兄ちゃんは分りやすいよ?が好きなんだよ」 
「そんなはずないでしょ?あれは絶対にからかって楽しんでる顔よ…!」
「そうかなぁ…?」


とマークは首をかしげている。
私は思い切り溜息をつくとレオに最後に言われた、


"あの男はには合わないよ…には俺が合う" 


という言葉を思い出し、一気に顔が赤くなる。


ま、まったく…!好き勝手言っちゃって…!!
ダニーと私が合わないわけないじゃないの…!
何が、"には俺が合う"…よ!
合わないから、毎回、ケンカになってるんでしょーが!!
そこんとこ、早く気づけ!!


真っ赤な顔で怒っているからか、マークは少し笑いながら私から離れると、また夜空を見上げている。
私もそっと見上げるとキラキラと輝く星に、少し心が洗われた気がした。


何億光年先の光が届いてると思うと、少しだけロマンティックな気分になるけど…
これで隣にダニーがいてくれたらなぁ…


そう思いながら何故か、一瞬、頭に浮かんだのはレオナルドで私は慌てて頭を振った。


(な、何で、あんな憎たらしい顔を思い出さないといけないのよ…!)


私は軽く頭を振るとまたベンチに座り、さっきレオから貰った包みを開けてみた。


「わ…ブルガリ…」


思わず驚いてしまう。
こんなのサラっとプレゼントできる辺りが、ほんとにレオらしい。
箱から、その透明の奇麗な瓶を出すとシュっと自分にかからないように出してみた。 (一応、まだ仕事中だもんね)
すると柑橘系の爽やかな香りがして私は驚いた。


あいつ…何で私の好きな香り知ってるわけ…?
確かに…ダニーに貰ったエルメスの甘ったるい香りよりは、こういう爽やかな香りの方が好きだけど…


私はその瓶を見つめたまま、どうしよう…と思っていた。
その時、マークが、大きな声を上げた。


…!流れ星だよ?!早くお願いして!!」


そう言いながら必死に手を組んで星に祈ってるマークを見てちょっと笑顔になる。
そして私も手を組むと―


"レオから解放される日が早く来ますように…!! ―アーメン!!!(?!) "


と思い切り心の中で祈りを捧げたのだった…

















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ACT.4...雨の夜>>


うははvレオ夢第三だーんでございます(笑)
きっとレオは不器用なのね、実はって感じで(笑)
あ~レオと屋上とか高い場所で夜空なんて見上げたいですねぇ。


本日も皆様に楽しんでいただければ幸いです。
日々の感謝を込めて...


C-MOON...管理人:HANAZO