Celebrity......Love only of ten days












「んぅ~・・・」

ゴロンと寝返りを打った際にゴツンっと何かに頭がぶつかり、私は意識が戻った。
一瞬、ロスの家かと思って目を瞑ったままその何かを手で触ってみる。
すると壁のような感触がして私は"あれ・・・こんなとこに壁なんてあったっけ・・・?"と思いながらゆっくりと目を開けた。

「ん・・・何ここ・・・・?」

何だかフカフカのベッドに寝ているし目の前にはやっぱり壁がある。

「あ・・・・あれ?!」

そこでガバっと起き上がり部屋の中を見渡した。

「ここ・・・日本だ・・・」

そこでやっと思い出しホっとするも、夕べはいつ部屋に戻ってベッドに潜り込んだんだっけ?と暫し考える。
だがその辺思い出せない。
思い出せるものと言えば昨日は何だか有名な映画監督の勘違いで連れて来られて・・・
その上、助監督かと思ってた人が俳優だった・・・
そして夕べは一緒に食事をした後、飲みに行って・・・

「私・・・どうしたんだっけ?」

確か、彼・・・そうレオとバーへ行ったのは覚えてる。
何だかドンペリなんて初めて飲む高級なシャンパンをご馳走になって・・・
そこから記憶がぷっつりと途切れていた。

(やだ・・・私・・・もしかして酔いつぶれちゃったとか・・・?!)

そう思いながら慌てて自分の格好を見てみれば、何だかワンピースのようなパジャマを着ている。
これは昨日、レオが買い物の際に買ってくれたやつだ。
いったい、いつ着替えたんだろう・・・
そんな事すら思い出せない。
でも別に襲われもせず無事に戻ったようだ。
そこで時計を見てみればすでに昼近かった。

「いけない・・・起きて帰る用意しなくちゃ・・・」

私は慌ててベッドを抜け出しバスルームへと走って行った。
だいたいバスルームに行くのでさえ、ちょっと遠いなんてさすがスィートルームだ。

急いでシャワーを浴びてバスローブを羽織り出てきた。
午後には荷物が届く事になっている。
それを受け取れば、この夢みたいな部屋ともおさらばだ。
濡れた髪をバスタオルで拭きながらソファに座り、広い部屋を見渡した。

「はぁ・・・もう、こんな部屋に泊まる事なんて一生ないわね・・・」

苦笑交じりに呟いたその時、部屋の電話が鳴った。



「Hello......?」
『おはよう。お寝坊さん』


受話器の向こうから聞こえてきたのはレオの声だった。













The second day... Dream...








―11月1日。今日も私にとって大変な一日になろうとしていた―






「あ・・・レオ・・・?」
『ああ、よく眠れた?』
「う、うん・・・。あの・・・・夕べの事あんまり覚えてないの・・・。いつ部屋に戻ったの・・・?」
『あ~やっぱりね。そんな事だろうと思った。夕べは夜中の3時ごろかな?』
「え・・・?そんな時間まで飲んでた・・・?」
『そうだよ?がまだ飲みたいって言うからさ』
「嘘・・・私が?」
『こんなシャンパン飲める機会はないからまだ飲むって騒いだろ?覚えてないの?』
「・・・・・・・・・・えっ!」

受話器の向こうからクスクスとレオの笑い声が聞こえる。
だが私はそんなこと言ったの?と顔が赤くなってしまった。

「ご、ごめんなさい・・・。覚えてないの・・・」
『そりゃそうだよ。シャンパンは酔うって言ってるのに"大丈夫!って言って結構飲んでたし・・・気持ち悪くない?』
「え・・・?あ、ああ・・・大丈夫・・・みたい。グッスリ寝てたわ?」
『そう。なら、いいけど、でも・・・そっかぁ。ほんとに何も覚えてないんだ・・・・』
「え?」

レオは何だか意味深な口調で、そう呟いた。

『じゃあ、俺との事も全く覚えてないって事なんだ』
「・・・・・・はぃ?」
『あーっそ~ふ~ん。ちょっと悲しいかも』
「な、な、な、何が?!あなたとの事って何?!」

その言葉にドキっとして動揺してしまった。

(だ、だって、ちゃんと自分の部屋で寝てたしパジャマだって着てたし・・・何もされてないはず・・・!)

「も、もしかして・・・レオ、部屋まで送ってくれた・・・とか?」
『ああ、そりゃまぁね。フラフラしてて危なかったし?』
「・・・・・・っっ」

(そ、その時、何かあったとか?!)

一人そんな事を考えて焦っていると受話器の向こうで軽い溜息が聞こえてきた。

、ほんとに覚えてないの?』
「な・・・何を・・・・?」
『何をって俺とのや―』
「わーわー!やっぱり聞きたくないっ!!言わないで!」
『え?』

私は慌ててそう言うとレオは驚いたような声を出した。
だが動揺した今の私はドキドキする胸を抑えつつ、

「夕べは酔ってたし何かの間違いよ!だ、だから忘れて!」

と叫んだ。
だが一瞬、シーンとなり、その後にレオのバカ笑いが聞こえてきた。

『あははは・・・・!、何言って・・・ははははっ』
「な、何で笑うのよ!何がおかしいの?!」
『だ、だって・・・・あははは・・・さ、勘違いしてるだろ?』
「は?!」
『夕べは俺、ちゃんと部屋の前まで送っただけだけど?』
「・・・・な・・・っ」
『あ~、もしかして俺と何かあったんじゃないかって・・・勘違いしちゃった?』
「・・・・・・・・・っっ」
『そうなっても良かったんだけど酔ってフラフラしてる子をベッドに連れこんでもつまんないからね。やめておいたよ』

ケロっとそんな事を言ったレオに私は顔が真っ赤になった。

「な、何よ!じゃあ、俺との・・・って何の話?!」
『え?ああ、それはだから・・・今日の舞台挨拶の事だよ』
「・・・・・・・は?何それ・・・」
『ほら、忘れてる。夕べ、が、俺とジェームズで作った映画ってどんなの?って言うから話したら見たいって言ってたろ?』
「そ、そう・・・なの・・・?」
『はぁ~。そこも忘れてるんだ』
「ご、ごめん・・・・・・」
『ま、いいけど。それで今日、映画祭で上映されるから一緒に行く?って聞いたら行きたいって言うから、じゃ席用意するよって言っただろ?』
「え・・・えぇ?上映・・・?」

その話を聞いて唖然とした。

(そ、そんな話したっけ?!ってか、どんな映画だったのかも覚えてないんだけど・・・)

・・・?聞いてる?』
「あ、う、うん・・・。あの・・・映画祭って・・・?」
『毎年、東京で行なわれる国際映画祭だよ。それに俺達の映画が開幕作品として選ばれたんだ』
「そ、そう。それで・・・舞台挨拶に・・・」
『そういうこと。で、も行きたいって言ったから席は用意してもらったけど?』
「え・・・え?!で、でも私、荷物受け取ったら帰るつもりで・・・・」
『え?帰るの?でも夕べ、そんなに急いで家に帰らなくてもいいって言ってただろ?ほんとは帰りたくないって』
「・・・・・・・・・」


(そんな事まで話しちゃったんだ・・・今度からシャンパンは控えよう・・・)

軽く落ち込んでると、『?ほんとに帰るの?』とレオが聞いてきた。


「う、うん。だって・・・舞台挨拶って夜でしょう・・・?」
『ああ、まあ・・・』
「だったら電車もなくなっちゃうし・・・」
『だから、また、ここに泊まればいいじゃん』
「ダ、ダメよ・・・!一日だって恐縮しちゃうのに二日も、こんな高い部屋に泊まるわけには・・・」
『何で?別に気にしないでよ。ジェームズだって、そう言ってたろ?』
「え?ジェームズ・・・・?」
『もしかして・・・・夕べジェームズがバーに来たのも覚えてないの・・・?』
「嘘・・・彼、来たの?」
『来ただろ?食事の後に。それでが映画見たいって言ったら"じゃあ、明日も泊まって行けばいい"って言ってたよ?』

それを聞いて唖然とした。

(やだ・・・私、ほんとに何も覚えてないし・・・!で、でも泊まっていいって言われても、こんな高い部屋・・・)

?あーもう。話にならないから今から行くよ。待ってて』
「え?!あ、ちょ・・・っ」

いきなりそう言われて慌てて呼んだがすでに電話は切れていた。

え・・・え?今から来るって・・・・ここに?!
だ、だって私、寝起きだしメイクだって何もしてないってば!!
髪だって濡れたまま・・・ってか、その前にバスローブ姿だし・・・っっ

私は部屋の中を右に左にと走り回り一人で慌ていると、すぐに部屋のチャイムが鳴らされドキっとした。

(・・・ぅわ!もう来たの?!)

部屋は隣だから早いのは当たり前なのだが、私は何も出来なくて焦っていた。

~?開けてよ」
「ちょ・・・ちょっと待ってよ・・・!」

私はそう怒鳴るとバスローブの上から何か羽織るものがないかとベッドルームに行ってみた。
するとクローゼットにナイトガウンが入っていて急いでそれを羽織る。
バスローブの上からガウンなんておかしな話だが、この際そんな事も言っていられない。
私はそのまま急いでドアを開けに行った。

「遅いよ~」
「ご、ごめん・・・」

ドアを開けると、レオがそう言いながら私の額を小突いてきた。
そして部屋に入ってくるとニヤっとしながら私の事を見ている。


、シャワー入ったばっかりだった?」
「え?あ・・・」
「あーメイクもしてないね」
「あ、あんまり見ないでよ・・・っ」

ノーメイクを男の人に見られると何だか妙に照れくさい。
はっきり言えばバスローブ姿を見られるよりも恥ずかしい気がする。
しかも寝起きで、きっと顔だって普段よりもボワーっとしてると思う。
それに夕べはかなりシャンパンを飲んだんだから浮腫んでるかも・・・

だがレオはニコニコしながら私の頭を撫でた。

、ノーメイクだと子供みたいで可愛いよ。隠すことないんじゃない?」
「え・・・?」
「普段もナチュラルメイクで充分だと思うよ?」
「・・・・・・」

レオにそう言われて不覚にも顔が赤くなってしまった。
今はノーメイクなのでそれはすぐにバレてしまう。

「あはは・・・、顔が赤くなった。ほんとシャイだよな?」
「う、うるさいわね・・・っ」

慌てて顔を背けてソファに座るとすぐにレオも隣に座った。

「そ、それより・・・今日の事だけど、私やっぱり・・・」
「何で?来てよ。に映画見て欲しいんだけど」
「な・・・何で・・・?」
「何でって・・・夕べ楽しそうに映画の話聞いてたしさ。それに別に急がないんだろ?」
「そ、そうだけど、でも・・・」
「何?部屋のこと気にしてる?」
「そ、そりゃ・・・部外者の私がこんな豪華な部屋に泊めてもらうのは気が引けるわよ・・・」
「部外者って・・・はもう部外者じゃないだろ?」
「え・・・?」
「ジェームズも言ってたようにもう友達なんだからさ」
「と、友達ってあんなの社交辞令に決まって・・・」
「そんなはずないよ。ジェームズも俺も社交辞令なんて嫌いだからね」
「・・・・・・」

レオはそう言って笑うと煙草に火をつけて煙を吹かした。
その横顔は本当に見惚れるくらいカッコ良くて思わずドキっとする。

さすが俳優・・・
煙草を吸うだけで絵になるんだから・・・
それにカジュアルな格好でもカッコいいなんてほんとずるい。

レオは黒い長袖Tシャツに黒のパンツ姿という昨日とは少し違った軽めの服装だった。
それに柔らかそうなブロンドに近いブラウンの髪が映えて男性ながらに奇麗だなぁなんて思った。
すると不意にレオが私を見て首を傾げた。

「どうした?。ボーっとして」
「な、何でもない・・・。とにかく・・・荷物が来たら帰るから・・・」
「え~?何で?いいじゃん。気にするなって。それかそんなにこの部屋に泊まるのに抵抗あるなら俺の部屋に泊まってもいいし」
「・・・・・・は?」
「ね?そうしなよ」

そ、そうしなよって・・・そんな笑顔で言われても・・・!
それにそっちの方が抵抗あるってば!

「あれ?、顔真っ赤だよ?何か変なこと想像してる?」
「な・・・バ、バカじゃないの?してないわよ!」
「ふ~ん。あ、俺の部屋に来たら襲われるとか思ってる?」
「お、思ってません!」
「へぇ、俺ってそんな紳士に見えるんだ」
「はぁ?それは全然、見えないけど」
「うわ・・・・ひど・・・・!そこまでハッキリ言っちゃう?」

思わず言った言葉にレオも苦笑いを浮かべている。

「そ、それにレオの部屋に泊めてもらってまで居座ろうと思ってないから。映画は公開されたら見に行くわよ・・・」
「いや、俺が言ってるのは、そういう事じゃなくてさ」
「だったら何?」
「もう・・・頑固だなぁ・・・」
「・・・悪かったわね」
「それにひねくれてる・・・・」
「・・・・あ、あなたに言われたくないわよっ」

そう言ってレオを見れば何だか悲しそうな顔で私を見ている。

「ごめん。怒らせるつもりはないんだ。俺はさ・・・・ただ、こうして日本の子と話すのって初めてだし、
せっかく知り合えたんだから次の日にバイバイってのも何だか寂しいだろ?変な縁だけどこうして一緒にいるワケだし」
「そ、そうだけど・・・・私はただの一般人で、あなたはハリウッドの俳優さんでしょ?」
「それが関係あるわけ?ハリウッドの俳優が一般の子と友達になったらいけないんだ?」
「そ、そういう事じゃないけど・・・・」

(もう・・・何て言っていいのか分からない・・・)

私が困っているとレオは軽く息をついて肩を竦めた。

「OK...。もういいよ。分かった」
「・・・・・・レオ・・・・・・」

そう言って黙って煙草を吸ってるレオの横顔が何だか怒ってるように見えて妙に悲しくなってきた。

だって・・・一緒にいると、本当に夢のような事ばかりで現実に戻るのが怖くなるのよ・・・
腹も立つけど彼といると楽しいし、それに普段体験できないような事ばかり起こる。
だから早く現実に戻った方がいいし、これ以上彼らの好意に甘えるワケにはいかない。

少し顔を伏せてその気持ちを伝えるべきかどうか悩んでいると、レオが不意に私を見た。

「荷物・・・いつ届くの?」
「あ・・・・午後に・・・・」
「じゃあ、もうそろそろだね」
「うん・・・・」

小さく頷くとレオは軽く息をついてソファに凭れた。
その時、部屋のチャイムが鳴ってドキっとする。
チラっとレオを見れば彼もまた私を見てからすぐに目を伏せた。

「きたんじゃない?」
「う、うん」

私はソファから立ち上がるとそのままドアの方に歩いて行った。

「はい?」
「フロントの者ですが荷物が届いております」
「あ、はい・・・」

(やっぱり荷物だった・・・)

あんなに待っていたものなのに何となく素直に喜べないのはレオを怒らせてしまったからだろうか。
それでもすぐにドアを開けるとピシっとスーツを着た男性が笑顔で紙を差し出した。

「代金引換になっていまして立て替えておきましたので、こちらにサインを」
「あ、はい・・・。あの・・・料金はいくらでしたか?」

サインをしながら顔をあげると、その男性は笑顔で、

「いえ。このサインだけで結構で御座います。料金は全て宿泊の料金と一緒にチェックアウトの際に払うよう、こちらの部屋は指示されています」
「え・・・?で、でも私は関係者じゃなくて・・・その・・・これは個人の物だしそういうわけには・・・っ」
「そう言われましてもそう指示を受けているので・・・申し訳御座いません」
「え?あの、ちょっと・・・・っ」

その男性はそう言うと軽く頭を下げて歩いて行ってしまった。

「嘘でしょ・・・」

呆然として自分のスーツケースを見下ろした。
そして仕方なくそれをゴロゴロ転がしながら部屋へ戻ると、レオが苦笑しながら私を見た。

「この部屋は映画会社がとってくれてるから宿泊の際にかかる費用は全てサインでOKなんだよ」
「そ、そうなの?でも、それじゃ悪いわ・・・?」
「いいんだって。はもう俺達の身内って事になってるんだし夕べもそう紹介したろ?
その分、俺達の映画がヒットすればこの部屋だって何年も泊まれるくらいの収入が入るんだしさ」
「そ、そうなの?」

その事に驚き目を丸くした。
レオは笑顔で頷き、「ヒットすればね?」と肩を竦める。


はぁ・・・さすがハリウッドだわ・・・映画って、そんなに儲かるんだ・・・(!)
じゃあ、こんな荷物の料金くらい小金なのね・・・・

なんて変な事を思いながらも、やっと手元に戻って来た自分のスーツケースを抱きしめる。

「はぁ・・・。一時はどうなる事かと思った・・・」
「良かったじゃん。念願の荷物が戻って来てさ。これで心置きなく帰れるね」
「・・・・・・・・・」

レオは嫌味っぽくそう言うと腕を組んで顔を反らしている。
私は口を尖らしジロっと睨むも、彼はそっぽを向いたままだ。

(全く・・・意地悪・・・・)

軽く息をついてスーツケースについている番号札を外そうとその紙を手にした。
だが何だか違和感があり、手が止まる。

(あれ・・・この番号だったっけ?私の荷物の番号・・・)

何となく違うような気がして私は首を傾げた。
そして自分が持っている番号札の半券を急いで財布から出してみる。

「あ・・・・っ!!」
「な、何だよ。どうした?」

私が大きな声を出したのでレオは驚いたように体を前に出した。
だが私は自分の目が信じられなくて何度も番号を確認した。

「ち・・・違う・・・」
「え?何が?」
「違うわ・・・・番号・・・」
「は?」
「こ、これ・・・・私のじゃないかも・・・」

そう言ってレオを見ると彼も立ち上がって私の方に歩いて来た。

「違うって・・・何が?このスーツケースなんだろ?」
「そ、そうよ?私のと同じスーツケース・・・。でも見て?預ける時につける番号札の番号が違うの」

そう言って半券をレオに見せると、レオもそれとスーツケースの番号をチェックしている。

「ほんとだ・・・。え?何で?」
「し、知らない・・・。でも・・・どう見ても私のスーツケースだし・・・」
「開けてみれば?」
「あ、そ、そうね・・・」

そう言われて慌ててスーツケースを開けてみた。
すると中に入っていたものは・・・

「何、これ・・・私の服じゃない・・・・」
「だな・・・。これ、どう見ても男物だよ・・・」

レオは肩を竦めて息をついた。

そう、中に入っていたのは男性用の靴下や下着、それにネクタイ。
他に何やら沢山の書類に洗顔セット(カミソリからハブラシまである)
あげくにスーツケース内に設置されてる内ポケットからは・・・・・・

「こ、これ・・・財布・・・?」
「ああ。きっと大きな金はこっちに入れたんだろ?札入れだよ、それ」
「う、うん」

確かにそれは札入れで中を見れば、お札と色々なカードが入っている。
その他にも名刺入れとか定期入れがポケットから出てきた。

「日本の人だわ・・・。金城・・・裕二・・・?」
「おい、その定期入れに入ってるの免許証じゃない?」
「あ・・・ほんとだ・・・」

そう言われて名刺入れを置くと免許証を出してみた。
そこには若い男の人が映っていて何だか濃い顔の人だな・・・と思った。

「で、でも何でこの人の荷物が来るの?」

私が訳が分からなくてレオを見ると、彼は苦笑しながら私の頭を撫でた。

「きっとこいつが同じスーツケースだったから間違えての方を持って行っちゃったんだろ?で、こいつのが空港に残った」
「あ・・・・っ!」
「昨日、電話した時、この番号札で確認しなかったの?」
「う、うん・・・。スーツケースが一つあるって言われて、てっきり私のだって思っちゃったしデザインも一致してたから・・・」
「そっか・・・。困ったなぁ・・・。どうする?こいつに連絡しないと・・・。こいつも困ってるだろ?今頃さ」
「そ、そうね・・・。えっと現住所は・・・・沖縄・・・・?」

免許証に書いてある現住所を見て私は唖然とした。

「オキナワ・・・?ああ、南の方にあるとこ?」
「え?あ・・・うん・・・・・」
「じゃあ、電話してみろよ。まあ、こいつも今頃空港に電話してるかもしれないし、そのうち、ここに連絡入るかもしれないけど」
「そ、そんな、いつ来るか分からない電話を待ってられないわ?そ、そうだ・・・名刺に携帯番号が載ってたはず・・・」

私はもう一度名刺を見ると、そこには何の会社なのかよく分からない名前とパソコンのアドレス、そして携帯番号が記されていた。

「ここにかけてみるわ?」

私はそう言ってすぐにそこの番号に電話をしてみた。
すると少しして相手が出る。

『もしもし・・・・?』

ホテルの電話からかけたので見た事もない番号だからか、相手の声はどこか伺うような声だった。

「もしもし、あの・・・・金城さんですか?」
『・・・・あなたは?』
「え、えっと・・・・私、あなたのスーツケースを持ってるんですけど・・・」
『え?!ほんとですか?!』

それだけで分かったのか、その金城という男は驚いたように声をあげた。
そこで何とか全て説明すると金城の方も困ったように苦笑した。

『そうでしたか・・・!いや、すみません。てっきり自分のだと思って番号なんて確めずに持ってきてしまって・・・
開けたら女性物の服とかが出てきて驚いてたんですよ・・・』
「はあ・・・。私も驚きました・・・」

何だか知らない男性に自分のスーツケースの中身を見られたかと思うと少し嫌だったが、この際仕方ない。

(ああ・・・下着とか見てないよね・・・?)

そんな気持ちがバレたのかその金城という男は慌てたように、

『あ、あの開けただけで中の物には一切、触れてませんから!荷物開けたのは実はさっきでして・・・』

と言い出した。

「あ、そうなんですか・・・」
『ええ、昨日はもう疲れて荷物もそのままにしてたものですから。
今朝、起きて片付けようとして初めて開けて驚いたんです。どうしようと思ってたらあなたから電話が来たんです』
それを聞いて少しホっとした。

「あ・・・じゃあ・・・どうしましょう?この荷物、そちらの住所に送りますけど・・・」
『ええ、お願いします。着払いでいいですから』
「はあ・・・。じゃあ私のは・・・」
『ああ、それは僕が払って送ります。僕の間違いのせいでこんな事になったんですし・・・えっとさんでしたよね?』
「はい」
『これ、どこに送れば・・・』
「あ・・・えっと・・・今は東京のホテルなんですけど・・・」
『そうですか。じゃあ、そこのホテルに送ればいいですか?』
「はあ・・・お願い出来ますか?」
『ええ、もちろんです。じゃあ住所教えて下さい』
「はい。えっと・・・」

そこでこのホテルの住所を教えてあげた。
だが、その後その男性の一言で固まってしまった。

『じゃあ、これから、すぐに送りますけど・・・届くのは多分、4日の午後・・・くらいになると思います』
「・・・・・は?!よ、4日って・・・そ、そんなにかかるんですか?!」

(同じ日本なのに何でそんなにかかるのよ?!)

私が驚いてそう聞き返すと、金城という男は軽く苦笑を洩らした。

『ここは島国なんで・・・荷物を送るにも最低2日3日はかかるんですよ。
今日はもう午後だし今から荷物を出しても明日の朝に荷積みされて運ばれるんで、どうしてもそのくらいは・・・』
「そんな・・・困ります・・・。私、今日、地元に帰ろうかと思ってたのに・・・・」
『ほんと、すみません・・・。僕が間違えたばっかりに・・・』

その金城という男は本当に申し訳なさそうに謝ってきて、私もそれ以上何も言えなくなってしまった。

「分かりました・・・。じゃあ・・・荷物、お願いします・・・。私もこれからあなたの荷物送りますので・・・」
『はあ、すみません。じゃあ、お願いします』

その後、金城は何度も謝って電話を切った。

「はぁ・・・・・・」
・・・?どうした?そいつ何だって?」

レオは今まで黙って電話を聞いていたが日本語で話してたので内容は分からないからか心配そうに聞いてきた。
私は溜息をついてまたソファに座ると、レオも隣に座る。

「荷物・・・送ってくれるって」
「そっか。良かったな?でも・・・何で、そんな暗い顔して・・・」
「それがね・・・。今日出しても届くのは4日くらいになるかもって・・・・」
「え?何で?そんなにかかるものなのか?」

それにはレオも驚いて私の顔を覗き込んできた。

「それが・・・沖縄って同じ日本でも、ちょっと遠いし運ぶのに時間もかかるのよ・・・。だから・・・」
「そうなんだ・・・」

レオは少し驚いたような顔をして息をついた。

そうよね・・・だって前に、よく見た通販の送料のとこでも配送料無料って書いてても沖縄とかは別負担とか書いてあったっけ・・・
日にちも確か一番、かかるって書いてあった。
そんな事を思い出しつつ、4日までどうしようと考えていると不意に肩を抱き寄せられ、ドキっとして顔を上げた。

「な、何?」

見ればレオは何だかニヤニヤしながら私を見ている。

「じゃあ、とりあえず4日まではここにいるしかなくなったってわけだ」
「え・・・・?」
「仕方ないよな?荷物届くまでいなきゃいけなくなったんだし」
「・・・・ぅ・・・っ」

そのレオの言葉に何も言えなくなってしまった。
確かに荷物が届くまではこのホテルにいないといけない。
ここの住所を言ってしまったのだから・・・

「じゃあはそれまでここに滞在するって事でいい?」

レオは何だか楽しげに笑っている。
そんな彼を軽く睨んで息をついた。

「分かったわよ・・・。届くまではこのホテルにいなくちゃならないんだし・・・。でも部屋は変えてもらうわ?」
「え?何で?」
「だ、だって・・・こんな部屋に何泊も出来ないわよ・・・」
「だから、それはいいって言ったろ?ジェームズには俺から事情を話しておくからここにいろよ」
「・・・・・・わっ」

レオはそう言って私の頭を自分の胸元に引き寄せた。
それにはさすがに胸がドキンと跳ね上がって体が固まってしまう。
それに気付いたのか、レオがクスクス笑って顔を覗き込んできた。

、ほんとに恋人いるの?」
「・・・・・ぇっ?」
「その反応・・・・ほんと男に免疫ないように見えるけど」
「な・・・・っ。し、失礼ね!恋人はいるわよ!ロスで一緒に住んでるのっ」
「へぇ。一緒にねぇ・・・・」
「そ、そうよ」

そう言って私はレオから離れると、彼は苦笑しながら、「今回そいつは留守番ってわけ?」と聞いてきた。
それには言葉が詰まる。

まさか喧嘩して一時帰国したとは言えない。
しかも引き止められもしなかったくらい冷え切ってる恋人関係なんて・・・。

「そうよ。彼は留守番!何か文句ある?」
「別に。じゃあ彼氏も寂しがってるだろうね。こんな事態になったこと連絡した?」
「・・・・・・・・」

(わ、忘れてた・・・・っ)

「してないの?」

私が黙っていると、レオが呆れたように息をついた。

「し、仕方ないでしょ?色々なことあったから忘れてたのっ。後でするわよ・・・・」
「早くした方がいいんじゃない?日本についたって連絡なくて心配してるかもしれないし」
「・・・・・・・・・」

(そうかな・・・・心配なんてしてないんじゃないかな・・・)

ふと、そう思って寂しくなった。

?どうした?彼が恋しくなっちゃった?」

そう言って笑いながらレオは私の頭を軽く撫でた。
だが私は軽く首を振ると、

「別に寂しくなんてない。それより着替えて金城さんのスーツケース送りに行かないといけないから・・・・」

と言って立ち上がった。
それにはレオも一緒になって立ち上がる。

「ああ、じゃあ、その後に軽くランチでも行こう?」
「え・・・・?」
「何も食べないで寝てたんだし、お腹空いただろ?」
「あ・・・そっか・・・・」
「じゃ、それ出して戻って来たら、俺の部屋に電話して」
「う、うん・・・。分かった」

私が頷くとレオは、そのまま自分の部屋へと戻って行った。

「はぁ・・・。とんでもない事になっちゃった・・・。帰れるかと思ったのに・・・」


そう呟いて素早く着替えると私は自分と同じスーツケースを眺めて軽く溜息をついたのだった。













、デザートは?」
「い、いえ、いいです。もう、お腹いっぱい」

私がお腹を抑えてそう言うとジェームズは楽しげに笑った。

「そうか。じゃあ紅茶でも?」
「はい、それなら入ります」
「良かった。じゃあ紅茶と私はコーヒーを。レオは?」
「ああ、俺もコーヒー」
「畏まりました」

ウエイターが軽く会釈をして歩いて行くと、隣に座っているレオが少しだけ身を乗り出しテーブルに肘をついた。

「今日の映画祭、赤絨毯歩くんだろ?どれだけ人が集まるかな?」
「ああ、そうだなぁ・・・。まあ空港にいた人達くらいは集まってくれるんじゃないか?」
「楽しみだよなぁ。じかに人の反応伺えるんだし」

レオはそう言うと運ばれて来た紅茶を私の前に置いてくれた。

も昨日買った、もう一つのドレス着て一緒に行くんだから部屋に戻ったら用意しろよ?」
「え・・・?ほ、ほんとに私も行くの?」
「当たり前だろ?一人でホテルに残せないよ。それに映画見たいって言ってたろ?」
「で、でも私なんかが言っても大丈夫なの?映画祭なんでしょ?」
「大丈夫だって。通訳のフリして傍にいれば」
「だ、だけど・・・」
。そんな気になくても大丈夫だよ?それより君には是非、我々の映画を見て欲しい」
「はあ・・・」

ジェームズにまでそう言われて私は仕方なく頷いた。
それにはレオもニコニコしながらコーヒーを飲んでいる。

参ったなぁ・・・映画祭なんて、そんな派手な場所に行ったことないし・・・
しかもレオ主演の映画で彼と監督が舞台挨拶までするんだから凄い・・・
そんな場所に私まで一緒に行っていいなんて・・・

何だか夢のような話で少しドキドキしてきた。
それから少し談笑して皆で部屋に戻るとすでに夕方になってしまった。

「はぁ・・・今日は寝坊しちゃったしなぁ・・・。でも・・・明日からこんな風にレオ達に色々と引っ張り出されるのかな・・・」

部屋に戻ってドレスに着替えながら、ふとそんな事を考えた。
どっちにしろ荷物が届くまで時間はあるし暇は暇なんだけど・・・
何だかハリウッドの俳優や監督と行動を共にするなんて変な感じ・・・

「こんなもんかな・・・?」

鏡の前に立ってドレスをチェックする。
昨日のドレスとは少し違って、今着てるのは真っ白で腰の辺りに黒のラインが入ってるタランとした少し可愛らしいデザインだ。
だがこれも少しだけ胸元が開いていてちょっと恥ずかしい。

「こんなの着て公の場に出るの・・・?」

そう呟きながらこれと一緒に入ってたショールを肩からかけてみる。
そうすると少し胸元が隠れるのでホっとした。
だが肩がノースリーブのような感じなのでこの季節には少し肌寒い。

「どうしよう・・・。私が持ってるコートじゃ合わないし・・・」

そんな事を呟いてると部屋のチャイムが鳴ってドキっとした。

「もう迎えに来ちゃったの・・・?」

私は慌てて走っていくとすぐにドアを開けた。

「ワオ、可愛いよ、
「あ、ありがと・・・。もう・・・行くの?」

レオの言葉に照れくさくて顔を少し俯きながらそう聞けばレオが後ろから何か箱を出してきた。

「そろそろ出るけど、その前にこれ!」
「え・・・?」
「そのドレスに合うコートだよ。昨日は外に出るなんて思わなかったから忘れてたけどそれで外に行くと寒いだろ?」
「え・・・?ど、どうしたの?これ・・・」
「今、急いで買ってきた。着てみてよ」
「う、うん・・・。あ、あの、ありがとう・・・」

私は戸惑いつつも、お礼を言って箱を受け取った。

(はぁ・・・さすが気が利くなぁ・・・レオってばルックスだけじゃなくて、その他でも凄くモテそう・・・)

私は部屋の中まで箱を持って行くとレオも後ろからついてきた。
今日の彼は昨日の黒いスーツではなくて少し青っぽいスーツに中の白いシャツにはノーネクタイでラフな感じだが髪はピシっとセットしていた。
私は箱を開けてコートを取り出すと黒のショールみたいな可愛いデザインだった。

「わぁ・・・可愛い・・・」
「だろ?着てみてよ」

レオはソファに座って煙草に火をつけながら笑顔で見ている。
私は少し照れくさかったがそのままコートを羽織ってみた。

「いいじゃん!俺ってセンスあるなぁ」

可愛い・・・と言おうとしたがレオが自画自賛してるのを聞いて思わず口を開けたまま横目で見てしまった。

「何?気に入らない?」
「え?あ・・・ううん・・・。か、可愛い・・・」
「そう?なら良かった。じゃ、そろそろ出るみたいだし行こうか」
「あ、うん・・・。あの・・・どこなの?会場は」
「ああ、シブヤの・・・オーチャードホールってとこらしいよ?」
「渋谷・・・。わ~懐かしい」
「行った事ある?」
「うん。前に学生の時、東京に来て、すぐに行ったわ?あまりの人の多さに驚いたけど」
「へぇ、そっか」

レオは頷きながら部屋を出るとそのまま廊下を歩いて行く。
私はバッグに部屋のキーを入れて慌てて後を追うと、エレベーター前にジェームズとボブが待っていてくれた。
そのまま皆で駐車場へ行くと、リムジンの前に昨日のボディガード二人が立っていてドアを開けてくれる。
そこへ昨日、一緒に食事をした映画会社の人が走って来た。

『えっと、じゃあ、もう出れますか?』

普通に日本語で、しかも私に話しかけてきて皆は一斉に私の方を見る。

(えっと・・・これは訳してくれという事なんだろうか・・・)

そう思いながら辺りを見渡したが昨日の通訳さんがいない事に気付き、私は慌てて皆に今の言葉を訳した。
そして、その人に、「もう出れますけど」と伝えると、「では車に乗って下さい」と言われた。

(はあ・・・何で私が通訳代わりなの・・・?)

そんな事を思いながらリムジンに乗り込むと車はゆっくりと発車した。
そこに映画会社の人も乗り込んで来て、携帯でいちいち現場のスタッフと打ち合わせしているようだ。
ジェームズはレオと何やら舞台挨拶の事で楽しそうに話し合っている。
そんな会話を聞きながら私は窓の景色を眺めていた。

東京の街並みって、ほんとビルばっかり・・・
人も多いし、何だか今こうして見ると住みづらそうだな。
ロスだって人は多いし、確かにダウンタウンとかビルも多いけど、もっと緑は多いしこんなに狭くもない。
大学を卒業してもロスに住みたいと思っていた。
何だか向こうの生活に慣れてしまって今さら狭い日本で暮らしたいと思わなくなったのだ。
それに喧嘩中だが一応、恋人もいる。
あのまま一緒に住んでてもいいんじゃないかと思った。
付き合いだした頃はコリーもよく、"卒業してもロスにいて欲しい。離れたくない"なんて甘い言葉を言ってくれたりした。
最近は・・・そんな優しい言葉を言ってはくれなくなったけど・・・
ちょっと倦怠期なのかもしれないなぁ・・・
今回、日本に来て少しの間、離れるのもいいかも。

私は、そう思いながら軽く溜息をついた。
その時、電話をしていた映画会社の男が急に大きな声を出した。

『えぇ?中止?そりゃどうして・・・うん、うん・・・。そうか・・・それはマズイな・・・分かった。そう伝えるよ』

その男性はそう言って溜息をつくと電話を切って私の方を見た。

『えっと・・・ファンが予想以上に殺到しているようで危険なので赤絨毯を歩くのは中止になった、と伝えてもらえますか?』
『え?あ・・・はあ・・・・』

(もう・・・此の人、絶対に昨日ジェームズが言ったこと、間に受けてるわ・・・)

なんて思いながらジェームズとレオの二人に今の話を伝えた。

「へぇ、そんなに集まってるんだ!凄いね」
「今回は宣伝費も、かなりかけたしね」

二人はそんな事を言いながら苦笑している。
私はそれだけ集まってるって、一体、どのくらいの人数なんだろう・・・なんて考えていた。
すると車のスピードが落ちて私は窓の外を見てみた。

「あ・・・・・・」

そこには人の群れとでも言えそうなほどの人の山・・・
裏口の方にまで人で溢れていた。

「うわぁー凄い!ジェームズ、見てよ、この人だかり!」

レオが窓の外に気付き、驚いたように声を上げた。
ジェームズも、驚いたように外を見ている。
そのまま車で裏口から会場内に入り皆で降りると、そこには映画会社の男性と通訳の女性、そして会場の責任者のような男性が立っていた。

『どうも、ようこそ!私は高橋といいます』

会場の責任者らしき男性が名乗り、通訳の人が二人にそれを告げると頷きながらその高橋という男性についていく。
その時、レオは私の手をさりげなく繋いで一緒に歩いてくれた。
その温もりに一瞬ドキっとする。

「何だか緊張してきたよ」
「え・・・?レオでも緊張するの・・・?」
「そりゃするよ。新しい作品を発表する時はさ」
「そっか・・・。やっぱり反応とか・・・気になるんだ」
「ああ。誰でも何かを作って発表する仕事をしてる人は誰でもそうじゃない?絵でも音楽でも映画でも本でも・・・皆一緒だよ」

レオはそう言って、優しく微笑んだ。
皆で連れて行かれたのは会場内の個室で多分、控室なのだろう。
ソファとテーブルとテレビしか置いてないが、何だか重役室みたいな雰囲気だ。
レオとジェームズが入ると、スタッフの女性がすぐにミネラルウォーターとコーヒーを出してくれる。
二人はソファに座りながらこれからのスケジュールの説明を受けているようだった。
私はというと今は本物の通訳さんがいるので何もしないで、ただ話を聞いていた。
内容は今から映画上映の前に二人の舞台挨拶があり、その後、場所を移して簡単な立食パーティが行なわれるという。
二人はそれを聞きながら頷いてるようだった。
その時スタッフの人が部屋に入って来て、『そろそろステージに』と言いに来た。
通訳さんにそう言われると二人は立ち上がって同時に私を見る。

もおいでよ」
「・・・・は?」

私はこの控室で待っていればいいと思っていたので、それには驚いて顔を上げた。

「おいでよって・・・・今から舞台挨拶でしょう?」
「そうだよ?だからステージの袖で見てればいいから」
「で、でも・・・・」
「でも、はなし!」

そう言ってレオは私の腕を掴むと強引に引っ張った。
そのまま手を繋いで廊下を歩いて行く。
後ろからは相変わらずボディガードがついてきていた。

「こちらを真っ直ぐ歩いて行って下さい」

通訳さんがそう言ってだんだん暗くなってきた通路を進んでいく。
黒いカーテンを抜けると狭い通路があり、そこには数人のスタッフらしき人が並んで出迎えてくれた。
そこも進んで行くとまた黒いカーテンがあって、その向こうは何やらザワザワしている。
きっとカーテンのすぐ向こうがステージになってるのだろう。

、この辺から見てなよ」
「う、うん・・・」

何だか私まで緊張してきてレオの手をギュっと握ってしまった。
すると彼は少し驚いたように私を見たが、すぐに笑顔を見せて小さく笑った。

まで緊張する事ないよ?」
「わ、分かってるわよ・・・・・・」

少し恥ずかしくて顔を伏せるとレオはクスクス笑っている。
そこへ何だか派手な女性二人が歩いて来た。

「今晩わ」
「よろしくお願いします」
「ああ、どうも」
「宜しく」

レオとジェームズもその二人と握手をすると、その女性二人はマイクを持って何やら手にはメモを持っている。
そこに他のスタッフが通訳さんに何かを言った。

「この二人が最初にステージに出ますので、お二人は名前を呼ばれた時に出てください」
「ああ、分かった」
「OK」

それを聞く限り、派手な女性二人はどうやら司会のようだ。
見ていると二人で簡単に打ち合わせをしてからステージに出て行く。
そこで会場内で歓声が上がった。

「うわ、凄いね・・・・」
「ああ、どのくらい入ってるんだろう」

レオぱそう言ってステージ袖まで歩いて行くと、カーテンを少し捲って覗いている。

「へぇ、かなり埋まってる・・・。こんなに来てくれてるんだ」

レオは嬉しそうに呟いていて、それにはジェームズもニコニコしている。
きっと自分の作品を見に沢山の人が集まってくれた事が嬉しいのだろう。
そこにステージ上の二人から名前を呼ばれた。
その瞬間、会場内に大歓声が起きる。
私が驚いて耳を塞いだのと同時にレオがこっちを見て、

「じゃ、行って来るね?」

と軽くウインクして、ジェームズとステージに出て行った。
その瞬間、今まで以上に大歓声が上がり、何だかお腹に響いてくるようだ。
私はそっとカーテンの方まで歩いて行ってステージを覗いてみた。
レオとジェームズは会場の人達に向かって笑顔で手を振っている。
レオは笑顔で投げキッスまでしていてその度に黄色い声が飛び交う。
客席を見てみると、殆どが女性客で、何だか興奮したように、

『レオ~~!!!!!I LOVE YOU~!!』
『レオ~~~!!!こっち向いてぇ~~~!!!!』

なんて叫んでいて唖然とした。

凄い・・・・・・
レオって、こんなに人気あったんだ・・・。
・・・そう言えば空港でも確か、こんな感じの声援が飛び交ってたもんね・・・
ほんと人気ある俳優さんだったんだ・・・
なのに何で私は知らないんだろ?これでも一応ロスの住人だったのに・・・
ほんと、こういう世界って疎いからなぁ。だいたいコリーも、そんなに映画を見る人じゃない。
だから私も一緒に見なくなってしまったのだ。
そのせいで昔からいる俳優は知っていても、レオみたく若手の俳優さんとなるとサッパリ分からない。

レオとジェームズは簡単なインタビューを受け答えしながら、映画の見所や撮影で大変だった事を楽しそうに話していた。
そんな二人を見ているとさっきまで一緒にランチを食べていた二人とは思えない。
特にレオなんてニコニコと愛想を振り撒いて、あの意地悪な顔なんて、どこへやらだ。
そんな彼を見て私は心の中で苦笑した。

あ~あ。あんな爽やかな笑顔見せて手まで振っちゃって・・・
その度に女性客からキャ~~!!!っと黄色い歓声(雄たけび?)が上がってる。
でも彼女たちはレオは実は意地悪でスケベで口が悪いなんて知らないんだろうなあ・・・

なんて思うと、少しおかしくなった。

レオなんて、ただのセクハラ男なのに(!)
あ~教えてあげたい・・・
あんなに紳士ぶって爽やかくんを気取ってるけど、実はセクシーな下着が大好きで平気な顔して買ってくれるって事や、
その下着を"つけるの手伝おうか?”なんて言ってニヤケてる顔とか、
"寂しいなら一緒に寝てあげるよ"なんて、どっかのオヤジみたいなこと言う事とか、
人の胸元を触るセクハラ男だって事とか・・・探せば色々とあるんだから。
・・・って週刊誌が喜びそうなネタばっかりね。

でも言わない。
ずっと私の中だけに留めておいて、ロスに帰った後に何かの雑誌で見た時やテレビに映った時、一人で大笑いしてやるんだから。

そんな事を思いながら笑いを噛み殺した。
その時、不意に目の前に誰かが立って驚いて顔を上げると・・・

「何、一人でニヤニヤしてるんだよ?」
「レ、レオ・・・っ」

いつの間にか舞台挨拶を終えたようでレオが苦笑しながら立っている。
その後ろからジェームズも歩いて来てステージの方に手を振っているのが見えた。

「あ・・・もう終わったの?」
「まぁね!ほんとステージから見ると凄い人だったよっ」
「そ、そうね。ここからでも分かるわ?」

少し興奮したようなレオにそう言えば、

「だろ?早く、お客の映画観た後の反応とか見たいよ」

なんて言って、まだ名残惜しげにステージの方を覗いている。
そこへジェームズも歩いて来てレオと軽くハイタッチしていた。

「かなり、いい反応だったな」
「ああ。なあ、ジェームズ、俺、と一緒に映画見てくよ」
「ああ、構わないよ?私はちょっと映画会社の人達と打ち合わせがあるし先にパーティ会場へ行ってるよ」
「OK!俺も後ですぐ追いかける」
「ああ。じゃあ、、映画の感想待ってるよ?」
「あ・・・は、はい」

ジェームズは優しく私の頭を撫でるとスタッフの人と廊下を歩いて行ってしまった。
その後からボディガードが一人ついていく。
もう一人のボディガードは残ったようだ。

「じゃあ、。照明落ちたら客席に行こう?」
「う、うん」

レオはそう言って私の手を繋ぐとスタッフの案内で客席の方に回った。
そして照明が落ちて一瞬、真っ暗になった時、急いで関係者席へと座る。
その後にスクリーンが明るくなっても会場のお客さんは誰もレオに気付いてない様子だった。

「結構、バレないもんなんだね」

私はキョロキョロしながら小声でそう言うとレオも笑いながら肩を竦めた。

「映画館って意識はスクリーンの方に行くだろ?いちいち人の顔なんて見ないよ」
「まあ、それもそうね」

私も苦笑しながら、今から始まるジェームズとレオの映画を楽しみに待っていた。
チラっと映画の内容を聞いたところによると、これはあの100年近くも前に海に沈んだタイタニック号の映画化だという。
この船を題材にした映画はこれまでもあったが、どれも完壁に再現したとは言えないものだったらしい。
そこでジェームズが事実にそったものを作りたいと、タイタニック号について3年も調べて今回の製作に乗り出したそうだ。
私でも知ってるその豪華客船の事故を忠実に再現したばかりか、今回は恋愛も絡めてあり、かなり本人にとっては満足な出来だったとか。
上映時間も相当長いらしく一度休憩を挟むと言っていた。
そんな長い映画を見た事がない私は最後まで見れるかな・・・と一瞬、不安になったものの、
それでもレオの演じてる姿が見れると思うとワクワクしてきた。

「ほら・・・始まるよ」

スクリーンを指差し、レオが微笑んだ。
私はそっちに目をやり軽く深呼吸をする。

主演の俳優を隣にその映画を見る機会なんて、普通なら一生、体験できないだろうな・・・なんて事が、ふと頭の隅に過ぎった。
















「だ、大丈夫・・・・?」
「ぅ・・・ぅん・・・・グス・・・・・」
「あ~大丈夫じゃないだろ?ほら、ハンカチ・・・」
「あ・・・ありがと・・・・」

パーティに行く途中の車の中。
俺は隣でボロボロ涙を流している今まで、こんな風に接した事すらない異国の女の子にハンカチを出しながら軽く苦笑した。

全く・・・気が強いと思えばこんな風に泣くんだから、ほんと、この子って面白い。
凄くひねくれてるような事を言うかと思えば、次の瞬間、凄く素直だったりして今までに会った事がないタイプの子だ。
気取ってないというか、変な見栄とかはらないし、俺の目から見ればこんな子、まだいたんだ・・・なんて思わせる。
普段、業界人の女性と会う機会が多いけど、みたいに自然体で接してくる子は殆どいない。
私は女優・・・という雰囲気を出しているし、どこか構えてるというのか素の自分を見せようとはしない。
本人はそのつもりがなくても、やっぱりどこかでそういう物が出てきてしまうからだろう。
そういう俺だって業界の関係者と会う時はそんなつもりはなくてもどこかで構えてしまうし、相手の様子を伺ってしまう。
信用に値する人間かどうか見極めようとしているのかもしれない。
そんなの業界人じゃなくてもあるんだろうけど、この世界は特に騙しあい、化かしあいの世界だ。
今の歳になってやっと何となく本質を見れるようにはなってきたけど、そのうち自分までが汚れて、
この世界にどっぷり浸かってしまうんじゃないかと時々怖くなる事がある。
ここ最近もそうだった。
今回の映画のせいで色々な人種が近付いて来た。
これは大ヒットになると誰もが睨んで、予想通りいい反応を得ている。
ここ日本でもそれは同じで先ほどの上映後に見た客の反応も予想以上に良かった。
だからこれを利用して一儲けしようなんて輩が色々と近づいてきたりする。
そんな人間ばかりを相手にしていると自分自身を見失いそうで怖かった。
いつも初心でいたいと願うのに、心のどこかで驕りが出てきてしまう。
そんな自分が凄く嫌になる事がある。

だからなのかな・・・
そんな風に悩んでる時に彼女に会って、何だかホっとしたんだ。
俺の事を俳優とも知らず、ごく自然体で接してくる彼女に最初は驚いたけどだんだん楽しくなってきた。
いきなりポンポンと言いたい事を言ってくる彼女が本当に新鮮に感じた。
たった一日で何だか妙に心が軽くなったような気がする。

隣でまだ鼻をグスグス言わせてるを見て、ちょっと苦笑しながらそんな事を考えていた。

「大丈夫?」
「う、うん・・・・ごめんね・・・」
「別にいいよ。そこまで泣いてもらえたら役者冥利に尽きるしね」

俺が笑いながらそう言うとは小さく笑った様だった。

「そんなに泣けた?」
「うん・・・。だって・・・・最後、あんな風に別れるなんて悲しすぎるじゃない・・・・」
「まあ・・・そうだね」

率直な言葉に俺は苦笑しながら彼女の頭にポンっと手を乗せた。
は映画が進むに連れてだんだん真剣な顔つきになっていって、後半途中にかかった時、泣き出してしまった。
ハンカチで涙を拭きながらも何とか見ていたのだが、最後ジャックが海の底に沈んでいくシーンで顔を覆って泣き出してしまって驚いた。
他でも泣き声は聞こえてきたし、俺はお客の反応が気になって様子を見ていたのだが、
が泣き出してからは彼女の事が気になってそれどころじゃなかった。
そして映画が終わったと同時にボディガードに外に出されて車に乗ったのだが、は余韻がまだ残ったままらしく涙が止まらないようだ。

「はぁ・・・久々に映画観て、こんなに泣いちゃった・・・」

やっと少し落ち着いた頃、がそう言って恥ずかしそうに笑った。
その言葉に俺も笑いながら、「どう?ヒットするかな?」と聞いてみる。
するとは真っ赤な瞳で俺を見て、「絶対大ヒット間違いないわっ」と真剣な顔で言ってくれる。
その素直な言葉が嬉しいと感じた。
お世辞や建前じゃない素直で率直な言葉だから・・・

「そっか。大ヒット間違いなしか・・・」
「うん」
はどこのシーンが好き?やっぱりラスト?」

そこが気になってちょっと質問してみると、は暫し考え込んで軽く首を振った。

「そこも好きだけど・・・悲しすぎるから。それより私はジャックが金持ち連中と一緒に食事をするシーンが好きかな?」
「え・・・?、あのシーンが好きなの?」
「うん。ダメ・・・?」
「いや、ダメじゃないけど・・・。初めてそう言われたからさ」
「え?そうなの?」
「ああ。だいたいは・・・そうだなぁ・・・。ローズが一度船に乗ったのにジャックの元に戻りたくて戻ったシーンかな」
「あ、あそこで我慢出来なくて泣いちゃった」
「あはは・・・。そう言えばそうだったね?でもはあのシーンじゃないんだろ?」
「うん。一番ではないわ?あと他には?」
「後は・・・ほら。楽器を演奏してる人達が最後まで残って自分たちの仕事をやり遂げたシーンかな?あれは事実ネタだし」
「ああ・・・そっかぁ。あそこもジーンとしたわ?」
「でもはそれよりも食事のシーンなんだ?」

俺が笑って聞くとは笑顔で頷いた。

「あそこのジャックの台詞が好き。"一日を大切に"って締めくくって終わるとこ。あのシーンでジャックの人柄が凄くよく分かったから」
「・・・へぇ・・・。ほんとって変わってる」
「な、何よ・・・。いいじゃない」
「まあ、俺としては嬉しいけどね?あのシーン好きだなんて言った人はいなかったし」

そう言っての頭を軽く撫でると、ちょうど車が静かに止まって運転手がドアを開けてくれた。
先に下りてに手を差し出すと、彼女は少し照れくさそうに俺の手を握った。
こういう事をされること事態、慣れていないのかもしれない。

「お腹空いたろ?今夜のパーティは立食だし気楽に食べれるよ?」
「うん・・・」

は、どこか緊張したように頷き、不安げに俺を見あげて来る。
そんな彼女にちょっと微笑んで、「何なら、ドンペリニヨンでも出してもらいましょうか?」とウインクすると、はプっと噴出した。

「また飲みすぎちゃうから」
「いいよ。今日も酔ってよ。酔うと面白いからさ」
「な、何よ、それ・・・」
「だって妙にノリが良くなるし」
「・・・・・・飲みません」

は少し顔を赤くしながら口を小さく尖らせた。
そんな顔を見て思わず笑顔が洩れる。

こんな風に女の子を自然と可愛いなんて思ったのは本当に久し振りだった。




彼女との妙な出会いから二日目。








もう少し・・・の事が知りたくなった――

















The third day...>>


またもトラブル発生でした(笑)
舞台挨拶では実際に赤絨毯を歩くの中止になりました。
そして本当にボディガードと舞台挨拶後に客と一緒に映画を鑑賞したけど、
誰も気付かなかったそうな・・・・・(笑) 気付いたら映画より、そっちばかり見ちゃいそうですよねぇ~(笑)


日ごろの感謝を込めて…


C-MOON管理人HANAZO