誰かの妬みがエスカレートして、私は呪われた、らしい―――。


【第二話】 護衛




"まあ、どっちにしろ呪いが発動したら―――ターゲットは、死ぬ"

五条くんに言われた言葉が、いつまでも耳に残っていた。



「はあ…すっきりしたあ」

バスルームから出ると、簡単に化粧水や美容液で肌を整え、濡れた髪をドライヤーで乾かした。
呪霊に襲われ、酷い状態だったが、シャワーに入って綺麗にした事で何とか気分も落ち着く。
と言って、未だ呪われてる事には変わりはない。
先ほど五条くんに問題のケータイを眼てもらったものの、そこに呪霊本体がいるわけではなく、祓う事は出来ないと言われガッカリした。この手の呪いは本体を祓わない限り、どうしようもないと言う。

「本体ってどこにいるわけ?呪いってほんと意味が分かんない…」

文句を言いながらもロングテーシャツとレギンスというパジャマ代わりのルームウエアに着替え、溜息をつく。
とりあえず母も帰ってきたら、二人からその話をしてもらう事になっていた。
リビングに夏油くんと五条くんを待たせたままななので、ケガをした足をかばいながらゆっくりと一階へ向かう。二人はまた呪霊が襲って来ないとも言えないから、と母が呪術師を連れて戻るまではいてくれるそうだ。

「呪われてるだけでも呪霊を引き寄せやすいからね。さっきにも呪霊が見えたとなると少なからず君の呪力が上がってるのかもしれないし」

なんて夏油くんまでが怖い事を言ってきて、私もそこは彼らの好意に甘える事にした。呪力がどうとかは分からないが、さっきの死の恐怖は消えたわけじゃない。

(お母さんが呪術師の人を連れて来てくれないと、私は…)

ぶるっと身震いがして憂鬱な気分になりながら階段を下りていく。するとダイニングの方から騒がしい声が聞こえて来た。

「うまっ!榊さんのグラタン最高!」
「あら、五条さんたらお上手ね~」
「悟って呼んでよ。俺も友恵って呼ぶし」
「あらやだ!いい歳なのに名前で呼ばれるなんて恥ずかしいですよ」

「…………(榊さんの事まで呼び捨て…?)」

ダイニングのドアを開けると、楽し気に会話をする五条くんと榊さん、そして苦笑いを浮かべている夏油くんの姿があり、思わず半目になってしまった。

「あ、あらさん!シャワー浴びて来たんですか?」

私に気づいた榊さんは顔を赤くしながら笑うと、

「先にお二人には夕飯勧めたので、さんも一緒に食べちゃって下さいね」

と言いながら、いそいそとキッチンへ戻っていく。若い男なんて小滝さんくらいで、私と同じ歳の子なんか家に来たことがないから、少し浮かれてるようだ。五条くんはそんな榊さんに笑顔で手を振り、澄ました顔でグラタンを食べていた。

、ケガの方は大丈夫だった?」

呆れ顔で五条くんを見ている私に、夏油くんは椅子から立ち上がると手を貸してくれた。その仕草が何とも自然で、最初に会った時も思ったけど夏油くんは同じ歳のわりにシッカリしてるし紳士だなあと改めて感動した。

「あ、ありがとう。濡らさないようにしたから大丈夫」
「なら良かった。遠慮したんだけど榊さんがどうしてもって言うから先に食事をさせてもらったよ」
「あ、うん。それはいいけど……」

と言いながら未だグラタンに夢中の五条くんを見た。

「ウチの榊さんを誘惑しないでもらっていいですか?」
「別に誘惑してたわけじゃないし。美味しい料理を御馳走になったから素直に誉めてただけ」

シレっとした顔で言うと、五条くんはスプーンを咥えたまま、隣の椅子を指さした。

「冷めちゃうし早く座って食べれば?」
「言われなくても」

いちいち癪に障るやつ、と思いながらも隣に座ると、夏油くんも反対側の椅子へと腰を下ろした。しばし静かに食事をして、食べ終わる頃に榊さんがデザートを運んできた。

「はい、どうぞ。わらび餅」
「おぉ!これも友恵が作ったの?」
「友恵って…」

思わず横から突っ込んだが、五条くんはデザートに夢中のようで綺麗な瞳を更に輝かしている。(やっぱり甘党?)

「若い方に和菓子はどうかと思ったんですけど、お好きですか?」
「俺は甘いものなら何でもだーい好き」
「なら良かった。夏油さんは?」
「私も好きですよ。悟ほどではないけど」

早速わらび餅に手を伸ばしている五条くんを見ながら、夏油くんは苦笑いをうかべると、榊さんへ視線を戻した。

「ところで…のお母さんはまだ戻りませんか」
「先ほど連絡があったのでそろそろだと思うんですけどね~」

ふと時計を見ながら榊さんが溜息をつく。今は午後9時になろうとしていた。

「榊さん、お母さんはなんて?」
「それが、護衛を頼もうと思っていた方を待ってたらしいんですけど、何でも他の仕事が入ったとかで…。まだ待ってらっしゃるんでしょうか」
「そっかぁ。やっぱり無理っぽい感じなのかも…」

そう言った時、エントランスの方から「ただいまー!」という母の声が聞こえて来て、私と榊さんは顔を見合わせた。

「噂をすれば、戻られたようですね」

榊さんはそう言うと急いでエントランスへ向かった。母が戻った事でホっとはしたものの、さて、この状況をどう説明しよう、と考える。いきなり見も知らぬ、それも高専の生徒が二人もいたら驚くだろう。
そこへ榊さんが戻って来た。

「奥様がリビングでお待ちです。お二人もご一緒に、と」
「え…お母さんに二人のこと話したの?」
「ええ、簡単に。転んでケガをしたところを助けて頂いたと。そしたら奥様がお二人にお礼が言いたいと言ってらして」
「そっか。分かった」

そう言って立ち上がると、二人も一緒に席を立つ。五条くんはしっかりデザートも間食していて、「ご馳走様~」と榊さんにお礼を言っている。

「じゃあのお母さんに挨拶して…今後の事を話そうか、悟」
「りょーかい」
「え…?」

三人でリビングに行こうとした時、夏油くんの言葉に驚いて振り向いた。

「今後のこと…って?」
「もちろん、を呪ってる呪霊を祓うってこと」
「でもさっきは祓えないって…」
「それはケータイからじゃ無理って話。そこに本体はいないからな。だから俺たちがそれを見つける」

五条くんはそう言って笑みを浮かべると、さっさとリビングに入っていく。それには驚いて夏油くんを見上げると、彼も笑顔で頷いてくれた。どうやら今回の件は彼らが引き受けてくれるみたいだ。

「あ、あの…本当にありがとう。会ったばかりでこんな事に巻き込んじゃったのに…」
「それが私たちの仕事だから気にしないで。それにさっき学長にも連絡してのお母さんに話してもらってある」
「えっ?」

それには驚いて顔を上げると、夏油くんの手が頭にポンと乗せられた。

「だからお母さんも慌てて帰って来たんだと思うよ」
「嘘…じゃあ…」
「聞けば学長が紹介する予定だった私たちの先輩術師は他の任務が入ってしまったようなんだ。だから私と悟が任務の帰りに偶然を助けて今一緒にいる、と言ったら喜んで任せてくれたよ」
「そっか…。良かった」

知らない呪術師の人より、夏油くんたちが今回の件を担当してくれればいいのに、と少しは思っていたからこそ、その話を聞いてホっとした。結果的に二人を今回の件に巻き込んでしまったが、半分諦めていたのだ。さっきよりは気持ちも楽になり、私は二人を母に紹介しようとリビングのドアを開けた。

「や~だ、五条くんってお上手ね~」
「いや本当綺麗だし、俺と同じ歳の娘がいるようには見えないって」
「そういう五条くんも、ほんっと綺麗な顔ね~!身長も海外のモデル並みに高いし、呪術師辞めてウチの専属モデルにならない?絶対人気出るわよー」
「え~どうしよっかな~。この際転職しちゃおうかな、俺」
「そうしなさいよ―――あ、、何してるのあんた、そんなとこで」
「…………お母さんこそ(…騙されてる)」

二人の会話を聞きながら思い切り目を細めると、母は楽し気に笑いながら隣に座っている五条くんの肩を抱き寄せた。

「何ってスカウトしてたのよ」
「しないでよ!」
「何でぇ?だって男の子のモデルでなかなかいい子は少ないし、しかもこーんな美形な子を放っておく手はない…って、あら!あなたもいい男ね」

母は私の後ろで笑いをかみ殺している夏油くんに気づき、笑顔で立ち上がった。

「初めまして、夏油傑です」
「初めまして。一葉です」
「一葉さんにお目にかかれて光栄ですよ」
「あら、じゃあ夏油くんもどう?モデルやってみない?五条くんと同じくらいの高身長でイケメンだし大人っぽいムードもあるから絶対映える―――」
「お母さん!もう、いい加減にしてよ…」

知らないとはいえ、ついさっき娘が死にかけたというのに、母のその緊張感のない態度に深い溜息が出る。母は少々マイペースな上に強引なところがあるから娘としても苦労する事が多いのだ。

「ごめんごめん。冗談だって」
「お母さんが言うと冗談に聞こえない」

そう言いながら私は母と五条くんを引き離すよう二人の間へと座った。

「だから、ごめんね。まさか高専にこ~んなイケメンくんがいるなんて思わなかったから」
「そう言ってもらえると光栄ですが…そろそろ本題に入っても?」

夏油くんは笑いながら向かい側のソファに座ると、話を切り出した。

「あ、そうね。えっと…二人がの護衛に就いてくれるってとこまでは学長に聞いたんだけど本当なの?」
「はい。こうして知り合ったのも何かの縁ですし彼女から詳しい話も聞きました。なのでその呪い、あと呪いの原因となっている元を調べたいと思ってます」
「そう…。ただ…ねえ。私としては年頃の娘を預けるわけだから学長には女性の呪術師さんをお願いしてたのよ」
「え、そうなの?お母さん」

そんなの初耳だ、と思いつつ母を見れば、「そりゃ一日中護衛してもらうんだし女性の方が安心でしょ?」と肩をすくめた。

「い、一日中って、そんな大げさな…」

呪いと言っても本体を見つけたらパっと祓ってもらえるものなのだと思っていた私は護衛と聞いて驚いた。母は急に怖い顔をすると、

「あのね、。呪い相手に大げさも何もないの。本当に危ないのよ?複数の呪いだった場合、元の原因を全て絶たなきゃ同じ事の繰り返し、その間もいつ襲われるか分からないんだから」
「……う、そ、それは…」
「それは身をもって実感したよな?
「五条くん…」

隣でニヤリと笑う五条くんに思わずむっとした。でも確かにあの化け物に襲われ死にかけたのは事実だ。

「え、何のこと?…」

母は私が襲われた事を知らないからか、訝し気な顔をした。そこでさっき自分の身に起きた事を簡単に説明すると、いつもは楽観的な母の顔が真っ青になった。

「そんな事があったなんて!何でもっと早く言わないの!」
「だ、だって言う暇なかったんだもん。お母さんスカウトに忙しそうだったし」

敢えて嫌味を言うと、母はう、と言葉を詰まらせ、盛大な溜息をついた。

「二人とも…娘を助けてくれて本当にありがとう…。この子に何かあったら私、樹くんになんて言えばいいか…」
「いえ、今回は偶然通りかかっただけで。でも呪いの本体とその原因を見つけなければ今後も同じような事が起こる可能性は高い」
「ええ、そうね…」
「っつー事で、俺と傑が今夜から24時間、の護衛に就くこと許してくれる?一葉さん」
「に、24時間?!」

五条くんの言葉に驚くと、夏油くんも「そうなるね」と肩をすくめて微笑んだ。いきなりそんな事を言われても、と返事に困っていると、その気持ちを察したのか、五条くんは身を乗り出し、私の顔を覗き込む。

「呪いってやつは神出鬼没。規則性なんて一切ない。いつ、どこに現れ襲って来るかも分からない。一瞬でも目を離せば――」

パチンと指を鳴らし、「あっさり殺られる事もある」と五条くんは真剣な顔で私を見た。

「でも大丈夫。――俺たち最強だから」

彼の、その強気な視線とたった一言で、さっきまでの不安が和らいでいくの感じた。私を射抜くような碧い眼が、俺たちを信じろと言ってるようで、次第に鼓動が速くなっていく。口が悪くて、チャラくて、いちいち癪に障るのに、この時の彼の言葉は心から信用できる気がした。

「分かったわ」

その時、不意に母が口を開き、ハッと我に返った。

「こんなイケメン男子が24時間、娘と共にするのは色々心配だけど…」
「お、お母さん…っ」
「絶対に……守ってね?のこと」

それまでと打って変わって真剣な母の言葉に、二人は笑顔で頷いた。

「というわけだけど、はいい?」
「えっ?あ、あの…」

夏油くんに訊かれ、一瞬言葉に詰まる。当事者である私を抜いて、どんどん話が進んでいく現状に、何て応えていいのか分からなかった。彼らに護衛してもらうのは助かるが、問題は常に一緒に行動しなければならないということで即答出来なかった。

(マネージャーの小滝さんでさえ24時間ずっと一緒なんて事はなかったし大丈夫かな…っていうか、完全にプライベートな時間はなくなるって事よね…)

でも…またいつ襲われるか分からないんだ、そう思うと、やっぱり一人になる時間の方が何倍も怖い。そういう点では彼らの存在が心強いのは確かだ。

「よ、宜しくお願いします」

そう言って素直に頭を下げると、母が嬉しそうに「決まりね」と言った。

「じゃあ…二人の部屋を用意するわね」
「ありがとうございます。あ、でも…夜は私と悟、交代で彼女の部屋で見張りに就きますがいいですか?」
「あら、そうなの?まあ…その方が安心っちゃ安心だけど…樹くんに怒られないかしら。男の子と同じ部屋にを寝かせるなんて発狂しそう」
「えっ?ちょ、ちょっと待って…それって…」

(私が寝てる間、どちらかが必ず傍にいるってこと――?)

「24時間ってそういう事だろ?気にしないではぐっすり寝てていいからな?」
「な、寝てていいって言われても…」

ニヤリと笑う五条くんに頬が赤くなった。そもそも同じ歳の男の子が傍にいてぐっすり寝てられるかっと内心思う。着替えだってあるし、シャワー入るのだっていちいち気を遣うし、細かい事をあげればもっと――。

「寝てる間に呪いに襲われても嫌だろ?たった一秒遅れただけでやられる場合もあるし?」
「う……」

さっきの恐怖が残っているだけに、そこは言い返せず、不敵な笑みを浮かべる五条くんを睨む事しかできない。

「あまりからかうな、悟。これは任務なんだから真面目にやって」
「俺はいつでも真面目だけど?」
「………(嘘っぽい…)」

母はそんな二人に笑いながらも、私の肩を抱くと、

「大丈夫。高専の術師は学生でもみんな優秀だからきっとあなたを守ってくれるわ」
「お母さん…」
「まあ…でもが私のショーに出る事が原因のうちかもしれないし…やっぱり辞退する?」

やはりそこを気にしていたのか、母は私が心配してた事を言い出しドキっとした。

「…それでも私は出たいの。誰かの妬みになんか負けたくない」
「でも…」

心配そうに溜息をついている母を見て、私はもう一度「お願い」と母の手を握る。ここで辞退なんかしたら私を呪った相手に屈する事になる。当人は呪いの存在なんか知らないだろうし、ここまで酷くなると思ってやったのかは分からないけど、藁人形を使ってくる辺り悪意があった事だけは確かだ。私が怖がってショーを辞退する事を期待してるなら、逆に平然としていた方がいい。
そう決意してもう一度母に「ショーに出させて」と言った。すると黙って見ていた夏油くんが、ふと思い出したように口を開いた。

「その事ですが…呪いの原因が仕事絡みならその辺も調べたいので、出来ればには普段通りの行動をしてもらいたいんです」
「え?普段通りって…学校や仕事にも行っていいって事?まあ学校は今は冬休みだけど…」
「出来れば。その場合、私と悟もついて行くことになりますが、そこは了承願いたい」
「そんな事なら全然かまわないけど…。あ!じゃあやっぱり二人にモデルやってもらおうかしら」
「は?」

いきなりの母の提案に、さすがの夏油くんも目が点になっている。

「さっき言ったのは本当で男の子のモデルが足りないのよ。だから二人が任務の合間にちょっと着替えてショーに出てくれると助かるんだけどなあ?」
「た、助かるんだけどなあと言われても…」
「今回のテーマは冬の舞踏会。それもティーン向けなの。社交界デビューってくらいの歳だからそんなイメージで作ったんだけど、エスコートする男の子が必要でね」
「い、いや私たちにモデルなんて無理だと思うんですが…素人が付け焼き刃で出来るわけもないし」
「どうして?二人ともそんなにスタイルいいんだし絶対出来るわよ。ね?それならステージ上でもにくっついていられるし何か起きても護衛は出来るでしょ?」

母がまたしても強引にそんな事を言い出だしたせいで、夏油くんも内心焦っているようだ。でも五条くんだけは満面の笑みで「はいっ!一葉センセー」と何故か挙手をした。(生徒?)

「はい、五条くん」
「俺、ショーに出たいです」
「お、おい悟!これは遊びじゃ――」
「いいじゃん。モデルとして潜入して、藁人形置いた奴見つけようぜ~」

五条くんは一人楽しそうに両人差し指を立てて子供みたいにはしゃいでいる。そんな彼を見て夏油くんは徐に目を細めた。

「…いや潜入って…地味に楽しそうだな、悟」
「部外者の俺たちが四六時中にくっついて回ったら周りもさすがに怪しむだろ。犯人に警戒されても困るし?でもモデルとしてならスタジオうろついててもおかしくない」
「……まあ…それも一理ある、か?」

遂には夏油くんまでもが五条くんに言いくるめられ、結果二人は私と一緒に母のショーに出る事が決定した。私は私で半分諦めていただけに、ショーに出られるなら何でもいい。

「じゃあ明日は二人もスタジオに来てね。まずはウォーキングの練習と採寸もして、服のサイズ直しもしなくちゃね」
「そんなにやる事があるんですか」

夏油くんは困ったように「あまりから目を離せないんですが」と笑う。

「大丈夫よ。その間はも近くにいてもらうから。それなら任務と同じでしょ?」
「まあ…そういう事なら」
「決まり!じゃあ早速玲子に連絡しなくちゃ!明日は忙しくなるわよ~。あ、それとも早寝して肌を整えておきなさい」

母はそれだけ言うと、榊さんに二人が使うゲストルームと、あとは私の部屋で警護する用に毛布などの準備を頼み、すぐに玲子さんへ電話をかけている。それを見ながら私は溜息をつくと、温くなったコーヒーを口に運んだ。

「ごめんね、、夏油くん。お母さん強引だし言い出したらきかなくて…」
「いや…まあモデルの件はちょっと驚いたけど、確かにその方が護衛もしやすいし内情も探れる」
「そーいうこと。敵の身近にいた方が何かと気づくこともあるしな」

五条くんは一人楽し気にコーヒーを飲むと、

「それにあの一葉のショーに出られるなんてすげーじゃん。硝子に自慢してやろ」
「……硝子?」
「ああ、硝子は私と悟の同級生で、彼女も呪術師だよ。の出てる雑誌をよく買ってるのもその硝子だ」
「…そ、そうなんだ」

ふと先ほどの会話を思い出し、五条くんを見た。足元に来たマリンと遊びながら楽しそうにしている彼を見ていると、本当に私のファンだったのか?と気にはなってくる。でも実際に会ったらもうファンじゃない、みたいな事を言われたし、そこまで本気のファンというわけではないなら、むしろその方が私も護衛してもらうには気が楽だと思った。

「あの、お部屋の用意が出来ました」

そこへ榊さんが顔を出した。

「あ、ありがとう御座います。じゃあ…今夜はどっちが先に護衛する?」
「俺はどっちでも」
「なら今夜は私が。悟はその間に寮に戻って着替え等を持ってくるといい。しばらくは泊まり込みになるから」
「おっけ。じゃ~サッサと行って来るわ」

五条くんはそう言って徐に立ち上がると、夏油くんの方へ振り向いた。

「傑のも持ってきてやろうか?」
「そうだな。じゃあ頼む」
「りょーっかいっと。じゃ、は明日の為に早く寝なさい」
「言われなくても寝るわよ…」

私がそう言い返すと五条くんは笑いながら手を振り、エントランスへ歩いて行った。

「じゃあ部屋に戻る?明日は大変そうだし」
「あ、うん…。マリン、おいで」

五条くんの後をついて――すっかり懐いている――ドアの前に座っていたマリンへ声をかけると、すぐに足元へすり寄って来た。
マリンを抱き上げると、夏油くんが腕を支えてくれて、そのまま二人で二階の部屋へ向かう。
膝の痛みも多少和らいで来て、これなら明日のリハーサルも何とか出来そうだとホっとした。

「ほんとに…ここで護衛するの?」

部屋に戻って歯を磨いた後、ソファに榊さんの用意した毛布を見て何となく尋ねると、夏油くんは困ったように微笑んだ。

「会ったばかりの男が傍にいたら落ち着かないとは思うけど…なるべく静かにしてるから気にしないで休んで」
「……(気にしないで、と言われても気になるんですけど…)」

そんな事を思っていると、夏油くんは私の身体を支えてベッドまで連れて行ってくれた。

「そういえば、さっきも思ったけど、このベッド天蓋付きなんだね。初めて見たよ」
「え?あ、ああ。これは…お父さんの趣味みたい。女の子が生まれたら絶対このベッドがいいって言ったらしくて。私的にはちょっと乙女チックすぎるんだけど」
「へえ。まあやっぱり娘ともなると父親からすればお姫様ってとこなんだろうな」

夏油くんは笑いながらそう言うと、「じゃ、閉めるよ」とカーテンを引いてくれた。

「あ、ありがとう…。えっと…寒かったら暖房のリモコンこれだから好きな温度に設定してね」
「ああ、うん。でも大丈夫だよ。あまり暖かいと眠たくなるから」
「あ、そっか…。じゃあ…私は寝るね」
「お休み」

ベッドへ上がると、マリンはいつもの定位置――枕元――へ座り、私が横になるのを待っている。
それを見て、夏油くんは部屋の明かりを消してくれた。
一瞬、部屋が真っ暗になったが、私はふと気づいてすぐベッド脇にあるライトを付けると、夏油くんに「暗くない?」と訊いた。

「いや、私は大丈夫だけど…あ、暗いと眠れない?」

カーテン越しにそう訊かれ、

「そういうわけじゃないけど…夏油くん大丈夫かなと思って…暗いと不便じゃない?」

何となく気になってそう言えば、彼は再びベッドの方まで歩いて来ると僅かにカーテンを開けて顔を出した。

「私の事なら気にしなくていいって言ったろ?」
「でも真っ暗じゃなんだし…。あ、あっちのライトは点けておいていいから」

そう言ってソファに近い場所にあるスタンドライトを指させば、夏油くんも笑顔で頷いた。

「じゃあ、そうする」
「うん…じゃあ…お休みなさい」

私がそう言うと、夏油くんは「お休み」と微笑んで、ソファの方へ戻っていく。
それを確認してからベッド脇のライトを消せば、すぐにソファの方のライトが点けられた。
暗い中、ぼんやりと見える夏油くんの姿に何故かホっとして、私も布団に潜り込むと、すぐにマリンが入れてくれと言うように頭を突っ込んでくる。

「おいで、マリン」
「ミャァ」

掛け布団を少し持ちあげると、マリンは私の肩の辺りで何度か回転し、落ち着く体勢が決まると横になる。
それを見てからマリンの身体半分に毛布がかかるようかけてあげると、マリンは安心したように目を瞑り、私の顏へ手を伸ばす。
マリンは寝る時、いつも私の顔に触れて来て、そうして寝るのが好きみたいだった。

「お休み、マリン…」

改めて無事に見つかった事に安堵しながら、そっとマリンの額にキスをする。
最初は会ったばかりの彼らがいる部屋で眠れるわけがない、と思ったけど、こうして夏油くんが傍にいるのを見ると、不思議なくらい安心してる私がいる。
もし今夜一人でいたら、襲われた時の事を思い出し、きっと怖くて眠れなかっただろう。
布団に入れば自然と心地よい睡魔が襲ってきて、私は静かに目を閉じた。

(夏油くんの持つ独特な空気のせいかな…。何か…凄くホっとする…)

東京から何時間も車に乗って移動し、着いたら着いたで気持ちの悪い化け物に襲われ、肉体的にも精神的にも酷く疲れていた私は。
気づけばいつものように、深い眠りについていた―――。