【第四話】 襲撃




「きゃあぁぁっぁあ!こ、来ないで…!いやあぁ!」

、下がってて!―――悟!またそっち行ったぞ!退路を立て!」

「任せなさい…って、あぁ!こいつ飛びやがったっ」

「きゃぁぁぁっ!こっち来た!」

、動くな!ここのまま仕留める!」

五条くんがそう言った直後、バシっという音がして恐る恐る目を開けた。

「対象死亡で任務完了♪」

五条くんはそう言うと大きなゴ●ブリを、持っていた雑誌に乗せて思い切り庭先へと放った。
それを見て一気に力が抜けた私はその場にへたり込むと大きく息を吐き出す。

「良かったぁぁぁ…」
「大丈夫?」

その声に顔を上げると、夏油くんは笑いながら私の前にしゃがんだ。

「な、何とか…」
って虫が苦手?」
「………大嫌い」

思い切り顔をしかめると、夏油くんは楽し気に笑い出した。

「じゃあ窓は閉めておこうか。冬でもあいつらは隠れてるだけで暖かい場所に寄って来るから」
「そうだね…」

みんなで夕飯を食べた後、部屋に戻ってきたら黒い物体が動き回っていて、大のG嫌いな私は呪霊に襲われた時以上に大騒ぎをするはめになってしまった。冬だから、と油断していた私は開け放したままの窓を見て溜息をつく。マリンをリビングに置いてきて正解だった。この場にいたら奴を追いかけまわして、また外へ出てしまうかもしれない。
そこへ五条くんが戻って来た。

「大げさだな、オマエは。あんなの怖いか?攻撃してくるわけじゃあるまいし」
「襲って来るじゃない!今だって顔に向かってきたし!」
「あいつが飛んだ先にたまたまがいただけだろ」

五条くんは笑いながら手にしていた雑誌を「ほら」と私に差し出してきた。でもそれはさっき奴を退治する時に使ったもので、とても触る気になれない。

「い、いい。捨てて。Gが触れた雑誌なんか読めない」
「はあ?ったく…。これが特集組まれた時のやつだろ」
「同じの何冊かもらってるからいいの」

そう言ってソファに座ると、五条くんは「ふ~ん」と雑誌をめくりながら向かい側のソファに座った。

「んじゃこれ俺がもらうわ」
「え?」
「お守り当番の間、これ読んでるし」
「お、お守りって、私は子供じゃないし」

言い方にムっとして目を細める私を見て夏油くんは笑いながら隣に座り、ポットからコーヒーを注ぐ。

「今夜は三時間おきに交代するから、は悟のお守り頼むね」
「え、あ…うん」

差し出されたコーヒーカップを受け取り、軽く吹き出せば、向かい側からすぐに苦情が飛んできた。

「誰が俺のお守りだよ。お守りすんのは俺だから」
「術師なら非術師を守るのは当然の事だろ」
「まーたお説教?」
「そうじゃない。弱気を助け、強きを挫く。呪術は非術師を守るためにある。当たり前の事を言ってるだけ」

夏油くんはそう言って苦笑した。五条くんは「はいはい」と面白くもないといった顔でソファに横になって雑誌をめくっている。その様子を見ていると、普段からこんな風に注意されてるんだな、と内心おかしくなった。そして夏油くんの言った言葉を聞いて、改めて呪術師という存在が頼もしく思える。

(弱い人を助ける為に、夏油くんは術師をやってるんだ。彼の優しさは…そこから来てるのかな)

ふと隣にいる夏油くんを見ながらそんな事を考えていると、部屋の電話が鳴りだした。横にあるチェストの上の電話で着信表示を確認すると母からで、私はすぐに子機を取り通話ボタンを押した。

「もしもし。お母さん?今どこ?」
『ああ、…。警察を出たとこよ。聴取が終わって…今夜は玲子を連れて東京の家に泊まるから』

さすがに疲れたのか、母の声はいつもより元気がないが、玲子さんの方が一人で帰すには心配な状態なんだろう。母以上に、社長である玲子さんはモデルたちと接する事が多いのだから精神的に参るのは当然だろうと思った。

「玲子さん落ち着いた?」
『ええ、少しはね。そっちは?夏油くんたちと帰ったんでしょ?』
「うん。今一緒にいる。私なら大丈夫よ。それより…今後はどうなりそう…?」

私がそう尋ねると、母は重苦しい溜息をついた。

『事件の捜査に協力しながら、一応ショーの準備はこれまで通り進めていくって事で玲子とも話してたの。琴音ちゃんの代わりの子も決めないとね』
「そう…」
『とりあえず明日は今日出来なかったリハをやる事になったからも午後1時までにはスタジオへ行きなさい。明日は小滝くんを迎えに行かせるから』
「分かった。お母さんは?」
『私と玲子は他に色々とやる事が出来たから、スタジオには顔を出せないわ。でも…。あなたも十分に気を付けて二人の傍から絶対に離れないで。分かった?』

母は琴音さんを殺したのが呪霊の仕業だと気づいてるようだ。多分、私の事情を知ってる玲子さんにもその話はしてあるんだろう。これまでの漠然とした不安も琴音さんが殺された事によって、急にリアルに感じたんだろうか。いつになく母の言葉は真剣だった。

「うん、分かってる。心配しないで」
『じゃあ、ちゃんと休んでね。寝不足は――』
「肌に悪い、でしょ?分かってる」

いつもの調子に戻った母に笑って返すと、向こうも少しだけ笑ったようだった。

「じゃあ、お休み」

と言って電話を切ると、隣で聞いていた夏油くんが「大丈夫だった?」と訊いて来た。

「玲子さんも少し落ち着いたみたい。あと明日リハはやるから昼までにはスタジオへ行けって。夏油くんたちもやる事になるかも」
「そうか。じゃあまた…股関節が痛くなりそうだな」

ふと真剣な顔でそんな事を言う夏油くんに、思わず吹き出した。
彼もちょっと笑いながら、コーヒーを口に運ぶ。その横顔を見て気づいた。

(ああ、そうか…。きっと暗い顔をしてた私に気を遣ってくれたんだ…)

そう思うと胸の奥が暖かくなった気がした。

「じゃあ私は先に休むから、後は頼むね、悟」
「りょ~かい。つーか硝子はどこまで着替え取りに行ったんだ?」

雑誌を読んでいた五条くんがふと顔を上げた。硝子ちゃんは夕飯後、寮まで着替えなどを取りに行く、と言って出て行ったきりだ。すると夏油くんが思い出したように、

「ああ、そうだ。さっき硝子からメールが来てて、ケガをした先輩の方へ呼び出されたらしいから、また朝にここへ戻るってさ」
「あっそ。忙しいな、あいつも」
「反転術式を使える術師が少ないからな。仕方ないよ」

そんな二人の会話を聞いて、他の任務でも忙しいのに私なんかの護衛に来てくれるのは申し訳ないなと思った。でも硝子ちゃんは琴音さんの事件があったことで「絶対を守らなきゃ」と更に張り切っていたから無理をしてるんじゃないかと心配になって来る。

「硝子ちゃん、大丈夫かな」
「ん?」
「朝から私に付きあって東京まで来てくれて殺害現場も調べに行ってくれたのに、また帰って来て他の任務だなんて…休む時間あるの?」

そう尋ねると、夏油くんと五条くんは顔を見合わせ、同時に吹き出した。

「あいつなら大丈夫だって。自分自身がエネドリみたいなもんだから」
「硝子は普段、それほど危ない任務に出るわけじゃないしね。今回は彼女がの傍にいたいから勝手に参加してるだけだし」
「そうなの?ならいいんだけど…」

それを聞いて少しホっとした。
私としても男の子二人に囲まれている中で硝子ちゃんみたいな女の子が傍にいてくれると心強い。
そんな事を考えていると、不意に夏油くんと目が合った。

は優しいね」
「…え?」
「護衛の任務を何度か受けた事があるけど、私たち術師の事を心配してくれるような依頼主はいなかったからね」
「え、でも命がけで守ってくれてるんだから色々心配だよ…。いくら任務だったとしても無理させちゃう事だってあるし…」

琴音さんが殺されてよく分かった。これは遊びじゃない。私は二人に守られているけど、琴音さんは呪いの存在に気づく事もなく、何も知らず、無防備のまま呪霊に殺された。私だって一歩間違えれば琴音さんのように殺されていたかもしれない。それは化け物を相手にしている呪術師の人たちだって同じことで、どう呪いを祓うのかは分からないけど同じくらい命がけなはずだ。こうして同じ時間を過ごせば過ごすほど、二人のことも心配になって来る。だって人間だから。依頼した側だから守ってもらうのは当然だなんて割り切れない。

「任務だからって二人は言うかもしれないけど…でも…やっぱり心配だよ…。ケガとかしたら――」

と、不意に頭へ手が乗せられ、ハッと顔を上げれば、夏油くんが困ったような顔で微笑んだ。

「そういうとこ」
「え?」
「相手の立場にたって考えられるのそういうところが優しいと思うよ」

夏油くんはそう言って、いつものようにポンと頭へ手を置いた。それだけで胸の奥がぎゅっと何かに掴まれたように音を立てる。
懐かしいその感覚に一瞬戸惑った。

「言ったろ?俺たちは最強だって。何も心配すんな。絶対は殺させない」

それまで黙っていた五条くんはソファから起き上がると、

「だから…そんな顔すんな。辛気臭せぇ」

それだけ言うと、五条くんは再びソファに寝転がって不機嫌そうに雑誌を手に取った。信用されてないと思って気を悪くしたのかな、と思っていると、私の気持ちを察したのか、夏油くんは軽く笑って、

「気にしなくていいよ。悟は怒ったわけじゃないから」

と小声で言った。

「悟はまあ、ああいう奴だから」

夏油くんはそれだけ言うと、「じゃあ三時間後に交代するけどは寝てていいからね」と言って部屋を出て行く。でも私は夏油くんの言う、"ああいう奴だから"という言葉の本当の意味が分からなかった。五条くんは確かにデリカシーもないし口も悪い。でも今の言葉はそういう部分を言ってるんじゃない気がした。

「寝ないの?」

考えごとをしていると、五条くんは立ったままの私に気づいて顔を上げた。

「あ、ああ…うん。シャワー入ってから寝る…。あ、五条くんは?」
「俺は傑が戻ってきたらゲストルームのシャワー借りるから大丈夫」
「そっか…じゃあ…お先に」

五条くんは雑誌から目を離さないまま軽く手を振った。私は着替えを持つと部屋に設置されているバスルームに入ってドアを閉めて、そこでふと気づく。

(あれ…?五条くんと二人きりって何気に初めてかも…)

何だかんだといつも夏油くんが一緒にいたから、あまり気にしてなかったけど、あの五条くんと二人なんて何か気まずい。飄々としてて何を考えているか良く分からない上に、扱いづらい性格だから尚更どう接していいのか分からなかった。

(まあ…あまり会話しなければいいか。寝ちゃえばいいんだ。うん)

そう思いながら念の為、鍵をかけて服を脱ぐ。でも裸になってから更に気づいた。ドア一つ隔てた向こう側に同じ歳の男の子がいる、と思うと何も身に着けていない状態が妙に落ち着かない。別に見られているわけじゃないのだから何故?とも思うけど、こういう状況になるのが初めてだから気分的な問題かもしれない。

「サッサと入っちゃお…」

いつもと違う感覚が落ち着かなくて、私は新しいバスタオルを手にシャワーブースの方へ入った。この別荘は私の部屋、両親の部屋とゲストルームにだけバスルームが設置されている。私の部屋のバスは広い空間に洗面台、奥にバスタブとシャワーブースが左右に分かれて設置され、間にトイレがあった。温度を熱めにしてお湯を出すとすぐにガラス張りのブースが曇りはじめる。少し冷えた肌にピリピリと来る熱さが気持ちよくてメイクを落とし顔からシャワーを浴びた。長い髪も全体的に濡らして全身を温めながら、少し屈んで足元にあるシャンプーへと手を伸ばす。

―――そこでギクリとした。
ガラス張りのブースも今はシャワーの熱で上部は曇っていてよく見えないが、足元は水滴が跳ねているだけで僅かに向こう側が見える。いつからいたのか、そこには人の足らしきものがあった。所々にシミのようなものがあり、良く見るとそれは血のように赤黒い。そう気づいた瞬間に足が震えて来た。

(もしかして…呪霊…?)

頭の隅でそんな事を考えた。今、見えてるものは明らかに人間の足のように見える。この前襲ってきた気持ちの悪い化け物も恐ろしかったが、普通に人の形をしているものがガラスの向こうにいると思うと余計に恐ろしくて全身が総毛だった。

「ご…五条くん…」

すぐ近くにいる彼に助けを呼ぼうとしたが思った以上に声が出ない。私はゆっくりと移動してシャワーブースの扉の方へ移動した。
幸いにもそこの扉は閉めていない。身動き一つしていない呪霊らしきものが私を認識する前に一気に飛び出し、部屋にいる五条くんのところへ行けたら。そう思いながら、そこで今の自分が裸だと気づく、

(どうしよう…脱いだ服は洗面台の横の棚だ…。あそこまで行くには呪霊の前を通らないといけない…)

そんな事を気にしてる場合じゃない事は分かっていても恋人でもない相手に裸を見られるのはさすがに抵抗がある。仕方ない、と私は入り口に引っ掛けたバスタオルを取って素早く身体に巻き付けると、ドアの方まで一気に走ろうとブースを飛び出した、その時――。

《ねぇ…》

背後から聞こえたその不気味な声にビクっとなり足が止まる。それまで黙って立っていたものが人の言葉を発した事が信じられなくて、身体が金縛りにあったように動かない。視線だけで声の主を見れば、俯いた人型の何かが視界に入る。

(長い黒髪、トレンチコート…女性の、呪霊?)

そう認識した時、再びソレが言葉を発した。

《わ…わタ…わたし きれい?》

「…な、何言ってるの…?こ…来ないで…っ」

ゆっくりと首を動かし、私を見る女性の姿をしたものが不気味な問いかけをしてきた事で、思わず応えてしまった。瞬間、女の、耳まで裂けている口が大きく開き、叫びそうになった。

!!下がってろ!」

突然ドアの向こうから五条くんの声がして、私はハッと我に返った。その瞬間、向こう側からドアを蹴破って五条くんが飛び込んできた、と思った時には強い力で押し倒され、そのまま床に転がる形で倒れた私は、腕に痛みを感じて顔を上げた。

「きゃ…」

目の前の床には糸切りバサミのようなものがいくつも突き刺さっていて、それを見た時、五条くんが入って来る寸前、何かが私の腕にかすったのを思い出した。見れば右腕から血が流れていて、後ろを見れば体で私を庇うように覆いかぶさる五条くんがいた。

「チッ、かすったのか?」
「だ、大丈夫…」

そう言って周りを見たが、さっきまでいた不気味な女の姿がない。

「傑!!外だ!」
「……?!」

驚いて顔を上げると、いつの間に来たのか、テラスの方に走っていく夏油くんの姿が見えて、思わず立ち上がればいきなり腕を掴まれ引き戻される。

「バカ、俺から離れるな!またケガしたいのかよっ」
「……ちょ、痛いってば…」

凄い力で腕を掴んでいる五条くんに文句を言おうとした瞬間、そのまま抱き寄せられて驚いた。

「な、何して…放してよっ」
「うるせーな!俺にくっついてたらあいつの攻撃当たらねーから少し大人しくしてろ!」

攻撃、と言われて、そこで気づいた。頭上には糸切りバサミが大量に浮かんでいて、その刃が全て私と五条くんに向いている。

「な…何、これ…」
「アイツは仮想怨霊だ。オマエ、さっき何か言わてれたろ?それに受け答えしたら攻撃が飛んでくる」
「か…仮想怨…?きゃぁぁッ」

突然勢いよく糸切りバサミが私たちに向かって飛んできたのが見えて、思わず目を瞑り五条くんにしがみついた。でもそこで気づいた。てっきり刺さったかと思えば、痛みがない。恐る恐る目を開ければ、そのハサミ全てが当たる寸前で止まっていた。

「え…な…何で」
「言ったろ。俺の傍にいれば攻撃は当たらない」
「どういう…」

意味?と聞こうとした時、目の前で止まっていたハサミが床へと落ちてガチャガチャという金属音を立てた。これが全て刺さっていたかもしれないと思うとゾっとした。

「説明はあと。行くぞ」

五条くんはそう言うと、私の肩を抱いたままバスルームを出た。すると庭の方から派手な金属音が響いていて、見れば夏油くんがさっきの呪霊と戦っているのが見えた。

「傑に気を取られてこっちにまで攻撃はしてこないとは思うけど、祓うまでは俺の傍にいろよ?」
「う…うん…」

そう頷いたが、頭に入ってこなかった。呪霊と戦っている夏油くんが操っているものを見て、私は息を呑んだ。

「あれ…は…呪霊?」

女の呪霊とは明らかに違い、夏油くんの周りを囲むようにしている異形の化け物に言葉を失った。

「傑の術式は呪霊操術。屈服させた呪霊を取り込んで操れる。あの仮想怨霊は傑より下だから大丈夫だろ」

驚いている私に気づいたのか、五条くんはそう言いながらも、「傑~手ぇ貸そうか?」と夏油くんに声をかけている。

「悟はから離れるな。コイツは私が取り込む」

夏油くんは操る呪霊に攻撃をさせ、素早く女の背後に回り、自分も攻撃を仕掛ける。
やったように見えた。
が、何かの力で弾かれ、夏油くんは訝し気に眉間を寄せた。

《あァァ あタぁ、あたし…きれい?》

その時、またしても女が不気味な問いかけをした。

「なるほど。さっきからあった違和感はこれか。質問に答えるまで互いに不可侵を強制する簡易領域ね…。やっと的を私に切り換えたようだな」

夏油くんは何かを理解したように笑うと、

「悪いが…君はタイプじゃない」

そう言った時だった。夏油くんの頬が何かに切り裂かれ、気づいた時には女の手に糸切りバサミが握られていた。さっきと同様、空中にもハサミが出現し、それが凄い速さで一斉に彼の方へ飛んでいく。

「夏油くん…!」

思わず体が動いた。
でもすぐに引き戻され、五条くんの腕に拘束される。

「だ~から離れるなって。傑なら大丈夫だ」
「で、でも―――」
「あまり暴れると、それ…落ちるぞ」
「え…?」

指をさされた方へ無意識に視線を向けて、そこで初めて自分の恰好を思い出した。前触れもなく呪いに襲われ、着替える暇もなかったせいで私は今、バスタオル一枚という乙女としてはあるまじき…

「きゃぁっ」

指摘された通り、軽く合わせて前で止めただけのバスタオルがずり落ちそうになり、慌てて手で押さえる。五条くんは「だから大人しくしてろって」と苦笑いを浮かべていて、私は恥ずかしさで真っ赤になった。そんな私を見下ろすと、五条くんは何かを考えるよう顎に手を当てて、ニヤリと意味深な笑みを浮かべた。

「でも…も案外、胸あるんだな…細いからそうは見えなかったけど」
「み、見ないでよ、そんなとこ!」
「はあ?見るなつってもこの状態じゃ見えるだろ、谷間は」
「た…っ?や、やっぱり離して!着替えてくるっ」

シレっとした顔で言う五条くんに耳まで赤くなった私は彼の腕を振り払おうと体をよじったが力では敵うはずもなく。<あっさり彼の腕がお腹に回り、ホールドされた。

「ちょ、ちょっと!何よ、この手!」
「バカかよ?怨霊前にして呑気に着替えてる暇ねーだろ。死にたくなかったら離れんじゃねえ!」
「バ、バカって…」
「ほら。もう終わるから」
「え?」

そう言われて前方に目を向けると、夏油くんは女の攻撃を全て自分の呪霊でガードし、瞬間的に女の横へ回り込むと強烈な一撃を喰らわせた。塀まで飛ばされた女は立つ気配もなく、夏油くんはゆっくり歩いて行くと、その手をかざしている。

「終わったみたいだな。あとは取り込むだけだし、もう大丈――ぶっ!」

夏油くんが勝ったんだと分かった事で心おきなく、思い切り彼の足を踏みつけた。(!)
油断してたのか、五条くんは「いってぇなぁっ」と言いながら崩れ落ちて足をさすっている。

「何すんだよっ」

しゃがみながら五条くんは私を睨んできたが、バカだの何だのとからかわれて腹が立っていた私は「べー」と舌を出してやった。

「散々体を触るからよ」
「触ったわけじゃねえだろっ。いや触ったけども!っつーか人がせっかく守ってやったのに…っ」

怒ってはいてもいつになく焦っている五条くんの姿に、私はだんだんおかしくなって吹き出した。

「それは…ほんとありがとうって思ってるよ?」
「はあ?だったら何で足踏むんだよ…見ろ、真っ赤になってんじゃねぇかっ」
「それとこれとは別だもん」
「なにぃ?」
「ックシュ」

そんな事を言い合ってると体が冷えて来て軽くクシャミが出た。怖さとか色んな事で忘れていたが、冬のさなか、髪も濡れている上にこんな格好でいたら風邪を引く。

「チッ。早く着替えろ。風邪ひくぞ」
「言われなくても――」

と言った瞬間、肩に何かをかけられ、ハッとした。

「何してるの。こんな格好で…」
「夏油くん…」

見れば肩には彼の制服がかけられている。

「あ…ありがとう…」

急に恥ずかしくなり慌てて前を合わせると、夏油くんは視線を反らしながらも苦笑いを浮かべて、

「今のは祓ったから早くお風呂に入ってあったまっておいで。また別のが来ないとも言えないから出るまで私も傍にいるし」
「う、うん……あの…ありがとう」

てっきり寝ていると思っていた夏油くんまで駆けつけてくれた事が、私は凄く嬉しかった。夏油くんはこっちを見ないようにしながら、「お礼はいいから早く行って」と笑う。

「でもケガして――」

そう言って頬に触れようとした手を逆に握られた。

「これくらい平気…っていうか、その恰好でいられると目の毒だから」
「…っ。ご、ごめん」

夏油くんの一言で一気に顔が熱くなり、私は慌ててバスルームへと飛びこんだ。

「はぁぁぁぁ……」

どっと疲れてその場にしゃがみむと思い切り息を吐く。怖いのと恥ずかしいのが一気に来てぐちゃぐちゃだ。だけど…肩にかけられた夏油くんのジャケットに触れると心臓がドキドキするのを感じて、頬にも熱を持った。
さっき握られた、手が熱い――。

「夏油くん…強かったな…」

ふと、先ほどの戦闘を思い出した。初めて呪霊と戦ってるところを見たが、あんなに速い展開で繰り広げられる攻守に加えて、呪術師としての夏油くんの強さに驚かされた。同時に、本当に危険なんだと改めて怖くなる。呪いは神出鬼没、と五条くんの言ってた通り、何の前触れもなく現れ、襲われた。

「呪いにも…色んなタイプがいるのね…。まさか人型まで…」

さっきの怨霊だと言う女を思い出し、軽く身震いした。

「いけない…ほんと風邪ひいちゃう」

シャワーだけじゃ温まらないと、バスタブにお湯を溜めながらバスルームを見渡す。さっきの糸切りバサミも落ちたはずの場所にはなく、祓われた事で消えるんだ、と思った。

「あ、そうだ…。明日ドアの修理頼まなきゃ…」

バスルームのドアは壊れなかったものの、五条くんが蹴破った事で鍵がぽっきり折れてしまってかけられない状態だ。私を助ける為だからそんなのはいいとして、

「よく蹴破れたな…」

と感心してしまった。鍵のかかったドアを蹴破るなんてドラマか映画でしか見た事がない。

「やっぱり二人は凄いんだなぁ…」

トータル的にそんな事を考えながら、お風呂に入るのに夏油くんのジャケットを脱ぎ、ハンガーにかけようとした。でもふと手が止まり、そっと顔を埋めた。彼のこういうさりげない優しさに、いつも救われてる私がいる。

「…夏油くんの匂いがする」

たったそれだけの事なのに、胸の奥が熱くなって、何故か泣きそうになった――。