【第五話】 慟哭-前編



ふと睡眠から目が覚めたような感覚で意識が戻り、ゆっくり目を開けると、視界がぼんやりとしていた。
少しずつ焦点が合っていくのを感じながら、次第に真っ白い天井と照明がハッキリと輪郭を現すように見えて、私は軽く瞬きをした。

(あれ…ここ…どこ?)

見覚えのない部屋で寝ている事に気づき、一瞬混乱した。今朝も事務所へ行った事は覚えている。でも何故こんな知らない部屋で寝ているんだろう。
そう思った時、左手に温もりを感じ、ふと視線を向ければ、夏油くんが私の手を握っていて。彼は私と目が合うとホっとしたように息を吐き出した。

「気が付いた?」
「夏油…くん…?私…どうして…」
「さっき意識を失って倒れたんだ…。今はもう夜だよ」

夏油くんはそう言うと、私の頭に手を置いて困ったような笑みを浮かべた。その表情を見た瞬間に、私はさっき聞いたことを思い出していた。

「綾香……」

その名を呟けば、いつもの明るい笑顔が浮かぶ。夕海に似てイケメン好きでミーハーだった綾香は、会うたび好きな人の話をしていた。私とはそれほど仲が良かったわけじゃない。どちらかと言えば夕海と気が合っていたように思う。だけど琴音さんに続いて綾香までが殺されたなんて、やはりショックだった。

「ここは…?病院…?」
「うん。事務所の近くのね。具合はどう?」
「もう大丈夫…。ごめんね、夏油くん」
「何で謝るの。仕方ないよ。立て続けにツライ事が重なりすぎた」

夏油くんはそう言って微笑むと、また手を握ってくれた。その温もりが、今は素直に嬉しかった。

「でも良かった。気が付いて」
「ずっとついててくれたの?」
「もちろん。一人にしない約束だろ。悟と硝子も廊下にいる。ついさっきまで起きてたけど今は寝てるよ」

そう言って夏油くんは笑った。

「心配してたよ。二人とも」
「そっか…悪いことしちゃった」
「だからそんな事は思わないで。あ、何か飲む?」

夏油くんはそう言って立とうとした。でも私は言って欲しくなくて握っていた手を強く引いた。

「いい…ここにいて」

そう言うと夏油くんは察してくれたのか、「わかった」と再び椅子に腰を下ろした。

「あれから…どうなったの?皆は…」
「うん…」

夏油くんは少し目を伏せ、言いにくそうな顔で俯いた。その様子を見て何となく分かった気がした。

「もしかして…」

と言いかけた時、病室のドアが静かに開いた。

「…!気が付いたの?」
「お母さん…?」

入って来たのは憔悴しきった様子の母だった。夏油くんは椅子から立ち上がると、母をベッドの方へ促すよう後ろへ下がった。

「来てたの…?」
「当たり前でしょ?夏油くんが連絡をくれてね。今、先生と話して来たんだけど心身ともに参ってるから今日と明日は様子見で入院させて下さいって」
「え、入院って大げさだよ…」
「何言ってるの。この際だから簡単な検査を受けておきなさい。モデルは体力勝負でしょ?先生が少し貧血気味だって言ってたし」
「…貧血?」

私が驚くと、母は呆れたように息を吐いて椅子に座った。

「無理なダイエットなんてしてないでしょうね?ダメよ?きちんとバランスよく食べないと。それでなくても、あなたは太らない性質なんだから」
「ちゃんと普通に食べてるよ…。お母さんから散々言われてるんだから」
「モデルの子たちは皆、無理に痩せようとする子が多いから。バランスの良い食事と適度な運動で体型を維持しないと綺麗な身体に仕上がらないのよ」

ガリガリの身体で着られても、せっかくの洋服が台無し、と母は笑った。これも昔から母が言ってた事だ。

「…分かった。あ、玲子さんは…?大丈夫なの?」

心配だった事を尋ねると、母は小さく息をついて首を振った。

「琴音に続いて綾香まで酷い殺され方をしてショックを受けてるわ…。ここに心療内科はないと言うから別の病院に入院させたの」
「え…」
「心身ともに疲れたのよ…」
「そう…そうだよね。玲子さん、琴音さんと綾香のこと可愛がってたから」
「そうね…。あの二人は玲子が見つけて育てて来たようなものだし…」

母の言うように、二人は玲子さんがスカウトして一からモデルとして育てたと聞いたことがある。二人とも気が強くて、よく衝突してたけど、そのたびに玲子さんが間に入って宥めている姿をよく見かけたっけ。きっと手のかかる娘みたいに思ってたんだろうな、と思う。そんな二人を一度に亡くした。玲子さんの心情を思うと、胸が痛んだ。

「それでね、…」

不意に母は私の手を握ると、

「残念だけど…ショーは延期にしたわ。再開はいつになるか今は決めてない」
「…うん。だと思ってた」
「まだ皆には話してないんだけど、明日全員に連絡がいく事になると思うわ」

母の決断に私は何も言えなかった。出演するモデルが立て続けに殺されたのだから当たり前だと思う。玲子さんがそうだったように、一緒に仕事をしてきた人たちにも動揺が広がってるはずだ。スタッフ全員、そんな精神状態の中でショーを成功させる事は難しいだろう、と思った。

「ごめんね、…。あんなに出たがってたのに」
「いいの。お母さんの方がツライでしょ?せっかくの十周年なのに。…私もこんな気持ちのままランウェイなんて歩けない」
「そう…そうね…。ほんと何でこんな事に…」

母も辛そうに目頭を押さえて深い息を吐く。私も同じことを考えていた。最初は私だけの問題だと思ってた。なのに同じ事務所のモデルたちが次々に呪いに殺された。
こうなってくると他の人たちが心配になる。特に夏油くんたちが呪われてる、と教えてくれた夕海のことも。ただ夕海には五条くんがさりげなくケータイの電源を切っておくよう言ったらしいから、そこは少し安心した。

「じゃあ。私もそろそろ家に帰って休むわ。明日も色々やる事があって…。玲子が少しの間休むから事務所のスタッフの事を頼まれてるの」
「事務所はどうなるの?」
「しばらくは規模を縮小して雑誌やイベントの仕事をしてもらうんじゃないかしら。その辺は小滝くんや岸くんが管理してるから任せるって」
「そっか」
「じゃあ…も今はゆっくり休んで。その呪いを祓ってもらえば、こんな事も終わるから」

母はそう言って立ち上がると、後ろで話を聞いていた夏油くんに声をかけた。

「じゃあ夏油くん。を頼むわね。あ、あと例の鍵なんだけど、なるべく急いで玲子の家から持ってくるわ」
「宜しくお願いします」
「ええ。じゃ、を宜しくね。――も、またね」
「うん。気を付けて」

そう声をかけると母は静かに病室を出て行った。それを見送ると軽く息をついて、再び椅子に座った夏油くんを見上げた。

「例の鍵って?」
「ああ、あの金庫のね」
「あ、藁人形…」
「そう。番号は聞いたんだけど鍵も必要らしくて、それを一葉さんに頼んだ。玲子さんの自宅にあるとかで」
「そっか…」

ふと車の座席に刺さっていた藁人形を思い出し、気持ちが沈んだ。あの時から変な事が起き始め、今ではモデル仲間が二人も殺された。誰かの悪意で呪いが生まれ、その事で本当に人が死ぬなんて恐ろしい事だと思った。

「人形を調べて、置いた犯人が分かったとしても呪いが消えるわけじゃないのよね…?」

何となく気になって尋ねると、夏油くんは困ったように目を伏せて頷いた。

「本人を説得したところで、負の感情から生まれた呪いは消えない。改心して消える場合もあるらしいけど、そんな事は稀なんだ」
「そう…」
「呪いの元となった人物でも自分がそんな化け物を作り出してるなんて微塵も思ってないからね。ただ怒りや妬みの感情が強ければ強いほど周りへの被害も大きくなるけど、最後は必ず自分に返って来る。それでも…人は人を呪う生き物なんだよ」

彼の言葉は、私の心臓を貫くような、そんな痛みをもたらし、ハッとした。夏油くんはそんな私を見て悲し気に微笑む。人間がいる限り、その数だけ呪いは発生し、この世からなくならない。そう言ってる気がした。

悲しそうな夏油くんを見ていると、私まで胸が痛くなって、そっと彼の手を握る。呪術師をやっていれば、そういった人間の嫌な部分をたくさん見るんだろう。理不尽な死を、いっぱい見せられるんだろう。夏油くんは優しいから、そのたびに心のどこかに傷を作って。でもまた誰かのために、戦いの場へ行かなければならない。
呪術師をやっている限り、人間の汚い部分を見続けなければならなくて。そんな事をしてたら、いつか心が壊れちゃうんじゃないか、と心配になった。

「ありがとう…

何か言ったわけじゃない。だけど、私の思いが伝わったかのように、夏油くんは手を握り返してくれた。その大きくて優しい手の温もりが愛しく感じて、彼のツライことを全て、消してあげられる存在になれたらいいのに。
ふと、そんなバカな事を考えた――。






何か言葉を言われたわけじゃない。
だけど、彼女の優しい思いみたいなものが、握られた手から伝わって来るような、そんな感覚だった。人から悪意を向けられるだけでもつらいだろう。でも彼女は他人の悪意に負けたくないというように、当たり前のように前を向く。呪術師でもない、抵抗する術を持たない彼女が、強い意志を持って。人の悪意の究極が殺人だ。怖くないはずはないのに、自分よりも他人を心配するのその強さと優しさはどこから来るんだろう、と思った。ここ数日、彼女と過ごして、笑ったり、泣いたり、怒ったり、忙しくて。気が強いのかと思えば、ふと見せる弱さだったり、そういった姿が自然に胸に刻まれていく。まるで切り取った一枚の写真のように、の表情一つ一つが私の心にすんなりと入り込んでは色んな彼女を映し出す。
それは不思議な感覚だった。

「寝ちゃったか…」

私の手を握ったまま、安心したように寝息をたてるを見て、子供みたいだ、と笑みが零れる。冷えないよう、握っていた手をそっと外し、布団の中へ入れると、彼女の顔にかかった髪を指でよけた。長い綺麗な髪に指を通すと、それが刺激になったのか、は僅かに顔を傾けた。そうする事で見えた細い首筋にドキっとさせられる。
「モデルやってると日焼けは天敵なの」と言ってたように、他の人に比べてかなり白い首筋の曲線は素直に綺麗だと思った。

(綺麗な髪もいいけど…首筋もありだな。…いや、変な意味じゃなく)

先日、悟と話した内容を思い出し、そんな事を考えた自分に苦笑する。硝子の治癒で呪霊に絞められた跡が綺麗に消えているのを見て、改めてホっとした。同時に、彼女を呪っている相手に激しい怒りを覚える。

確かにはモデルとしても人より恵まれた環境なんだろう。だけどそこに甘えるのではなく、自分自身で努力して工夫して今の形を作り上げた。今回のショーでも母親からの忖度など一切なく、自らオーディションを受けて手に入れた。だが周りからすれば、娘だから贔屓した、と見られる。それまでに母親が関わっていたオーディションで落ちた事もたくさんあったらしいが、そういう事実をバカな奴らは見ようとしない。自分の都合よく解釈をし、人のせいにして誰かを妬み、悪意を向ける。
そこから生まれる化け物の事など何も知らず、ただ他人を、呪う―――。

下らない、と思った。
普段こんな事を考えて呪いを祓っているわけじゃない。
でものような善人が苦しめられているのを目の当たりにすると、どうしようもない憤りみたいなものを感じる。

ふと、親友がショーに出る事が決まったと言って、とても喜んでいた彼女を思い出した。
――夕海がいっぱい努力して頑張ってるのを見てたから、余計に嬉しいの。
親友が出られる事になったのを聞いて、彼女はそう言っていた。

「みんな、みたいに他人の幸せを喜んであげられる奴ばっかりだといいのにな…」

そうすれば呪いなど生まれないんだろうか。
なんてバカな事を考えた。

――その時、病室のドアが静かに開いた。

「一葉さん来てたみたいだけど…は?」

寝起きらしい悟が欠伸を噛み殺しながら入って来た。

「さっき意識が戻ったけど、今はこの通り」

眠っている彼女を見ながら肩をすくめると、悟はかすかに笑ったようだった。

「寝る元気があるなら良かった」
「まあ…元気でもなかったけどな」

隣に椅子を持ってきて座った悟にそう言えば、「そっか…だよな」とだけ返って来る。

「硝子は?」
「まだグースカ寝てる」
「硝子も疲れたんだろ。あれから警察署に行って現場見たりと慌ただしかったし」
「まあ、でも今回の事で警察の手は離れたし、あとは俺ら次第じゃね」
「そうだな…」

二人が異常な状態で殺され、特に綾香というモデルは警察署で被害にあった事で、この事件は手に負えないと思った警察は私たち呪術師に全て任せると言ってきた。警察から学長にも話がいったようで、この事件は呪い案件として私たちが処理する事になる。

「まさか、ここまで大ごとになるとは思ってなかったよな」

悟は頭をかきつつ溜息をついた。

「最初はについた呪いを祓うってだけの話だと思ってたからな」
「呪いだけなら楽勝だったけど、彼女に近しい人間が絡んでるから面倒な事になってんだよなぁ。いっそ藁人形の犯人見つけて、そいつ殺す?」
「悟…」

椅子にもたれ天井を仰ぎながら笑う悟を睨めば、すぐにぶーたれた顔で私を見た。

「でもここまで呪いの被害広がってたら、ソイツだってヤバイだろ。呪い引き寄せまくってるんだし最後は自分が喰われる」
「それでもそうなるまで非術師を殺すのは最終手段だ。私たちはあくまで呪いを祓うことだけ考えて動くべきだ」
「そんなこと言ってたらを危険にさらすだけじゃねーの。今でさえ他の呪いまで襲ってくるくらい負のエネルギー強くなってんのに」

悟はそう言いながら寝ているを見た。その横顔を見ていると、悟なりに彼女の事を心配してるように見えた。

「いちファンとしては心配か?」

私がからかうように言うと、悟は徐に目を細めて睨んでくる。

「…そんなんじゃねぇよ。雑魚い呪霊が何体きたって俺らが傍にいれば守れる。ただ…」
「ただ?」
「根っこ叩かないと、は好きな事も出来ねーじゃん」

ああ、そうか――。
悟はの気持ちを優先に考えてるんだ、と思った。これまで弱者の事など一切考えず、モラルなんてないに等しい悟が、少しでも他人を、それも術師でもない少女の事を気にかけているのは、正直驚いた。悟に唯一足りないそれらのものを与えられる存在がいれば、あるいは、悟も変わるんだろうか――。

「それは…ファンらしい応えだな」
「うるせぇよ」

多分、悟も自分の変化に気づいていないんだろう。
その些細な変化に私も気づかないふりをして言った言葉に、悟は照れたように目を細めながら顔を反らした。







「いや~ほんとカッコいいなあ、君たち」

次の日の夕方、母の使いで病院に来た小滝さんは夏油くんと五条くんを見て圧倒されたように言った。

「ショーで見てみたかったな。絶対映えたのに」
「いや…正直、私はやらずに済んでホっとしてます」
「俺は出たかったけどな~。股関節痛めながらウォーキング練習したんんだし?」
「こ…股関節…?」

五条くんの言葉に、小滝さんは目が点になっている。私は苦笑しながら、小滝さんが持ってきたスケジュール表に目を通した。今は冬休みという事でショー以外にも仕事が入っていたが、事件のせいで急遽延期になった仕事をチェックしておく。朝から一通り検査も終え、今はベッドに入り、座ったままで他にやる事がないから、こんな作業でも少しは退屈しのぎになる。

「ねえ、小滝さん。この写真集って何?」
「ああ、先日玲子さんが決めたやつですね。ほんとはショーが終わった後で撮影に入って来年の夏には出す予定だったらしいです」
「ええ?私、そんなの聞いてない」
「いや話す前に事件が起きたんで…」
「そうなんだ…。で、これも延期に?」
さんの気持ちを考えて一葉さんがそう頼んだらしいです。でも先方も時期はこっちで決めていいと言ってくれたので。カメラマンの方も了承してくれてます」
「そう、良かった。あ、カメラマンは誰がしてくれる事になったの?」
「あ、それはさんもよく知ってる高居さんですよ」

その名を聞いて心臓が大きく跳ねた。一年前の出来事が脳裏をかすめ、かすかに手が震える。

さん…?どうかしました?」
「あ…ううん。何でもない…。えっと……出来れば他の人にしてくれるよう頼めるかな…」
「え?カメラマンをですか?」
「う、うん…ちょっと…前の仕事で高居さんとは意見が合わなくてモメたの。だから…」
「あーそうだったんですね。分かりました。じゃあ先方にそれとなく話してみますね」
「お願い。ごめんね、我がまま言って」
「いえ、さん普段は我がまま全く言わないし、たまには言ってくれていいのにって思ってましたから」

小滝さんはそう言って明るく笑い飛ばしてくれて、彼の気遣いが嬉しかった。内心ホっとして、「ありがとう」とお礼を言う。もう二度と高居さんには会いたくない。

自分が思っている以上に顔に出ていたらしい。頭に手が乗せられ、ハッとして顔を上げると、夏油くんが心配そうな様子で私を見ていた。

「どうした?顔色が悪い」
「え、そう…?大丈夫だよ」
「でも手が震えてる」

そう言って手を握られ、ドキっとした。出来れば、あのことは夏油くんに知られたくない。

「ちょっと寒いだけ。ほんと大丈夫」

僅かな動揺に気づかれないよう笑顔で応えると、夏油くんは「そう?」と言ってベッドの上にあったショールを肩にかけてくれた。

「あ、ありがとう」

彼のこういう何気ない優しさが好きだな、と思う。するとそれを見ていた小滝さんが「いや~夏油くんって気が利くなあ」と頭をかきながら、

「何か本当にさんの彼氏に見えますよ」

と笑っていて、ドキっとした。
夏油くんも笑いながら、

「いや、光栄ですよ?の恋人のフリをさせてもらうのは」

なんて言い出し、一瞬で顔が赤くなる。

「…それは夕海の前だけでしょ?今はいないし」
「いつお見舞いに来るか分からないだろ?」

夏油くんはシレっとした顔で言いのけると、私の頭に手を置いてぽんぽんとしてくる。そういういつもの行為ですら鼓動が速くなって、昨日から私は少しおかしい。

「あ、そうだ。夏油さんにこれを渡してくれと一葉さんに頼まれたんですけど」

小滝さんはそう言ってポケットから金庫の鍵を取り出した。

「あ、ありがとう御座います」
「いえ。じゃあ僕はこれで帰りますが、さん、何か必要なものとかありますか?」
「ううん。今のとこないわ。入院も今日で終わるし明日には別荘の方に戻るから。榊さんに面倒見てもらってるけどマリンも心配だし」
「そうですか。じゃあ何かあれば連絡してください。とにかく今はゆっくり休んで」
「ありがとう。小滝さんも忙しいと思うけど、ちゃんと休んでね。母にコキ使われたら断っていいから」
「ははは。一葉さんはちゃんと休ませてくれてるんで大丈夫です」

小滝さんは明るく笑うと、次はモデルの皆にショーの中止の連絡をしなきゃ、と言いながら慌ただしく帰って行った。

のマネージャー元気でいい人オーラ全開だな。あ、灰原に似てねぇ?」
「ああ、言われてみれば。似てるな」

五条くんの言葉に夏油くんも笑いながら頷いた。

「灰原って?」
「ああ、灰原は来年高専に来る呪術師で私たちの後輩」
「ああ!それって、どっち?」
「どっち?」
「根暗な人?それとも能天気な人?」

私がそう尋ねると、五条くんが吹き出し、夏油くんは「…情報源は硝子だな?」と苦笑いを浮かべた。

「灰原は能天気な方。傑に心酔してるんだよな」
「小滝さんに似てるっていうから、そうだと思った」

五条くんの言葉を聞いて笑いながらそう言えば、夏油くんは「まあ、可愛い後輩だよ」と笑って肩をすくめた。

「じゃあ、鍵も手に入ったし事務所に行って藁人形を取って来るよ」
「俺が行こうか?」
「いや、悟はの傍にいて。何かあった場合、悟の術式の方が守りやすい。ここは病院だしね」
「まあ、そうか。りょーかい」
「ああ、でもそうなった場合、"蒼"は使うなよ?病室ごと吹っ飛ぶ」
「わーかってるって」

夏油くんの言葉に五条くんはホールドアップして笑った。"蒼"とは何だろう?と思っていると、そこへ買い物に行っていた硝子ちゃんが戻って来た。

「あれ?夏油、どこ行くの?」
「事務所。例の藁人形を取って来る」
「あ、私も事務所に用事あるから一緒に行く」
「用事?」
の着替え取りに行きたいの。男連中には頼めないからさ」
「ご、ごめんね、硝子ちゃん」

さっきこっそり頼んだ事を思い出し顔が赤くなった。服は母が持って来てくれたが、うっかり下着を忘れたらしく、事務所のロッカーにある予備で買っておいたものを硝子ちゃんに持って来てもらえるよう頼んだのだ。夏油くんは硝子ちゃんの言葉を聞いて察したのか、かすかに顔を赤くし、「あ…そう」とだけ言って顔を反らしている。

「じゃ、すぐ戻る。行くぞ、硝子」
「あ、じゃあコレ!の飲み物と五条のオヤツ」

硝子ちゃんはコンビニの袋を五条くんに押し付けると、夏油くんを追いかけて病室を出て行った。