【第十話】 月は見ていた-後編


※性的表現あり




「前からやってた掌印の省略は完璧。"赫"と"蒼"それぞれの複数同時発動もボチボチ。後の課題は領域と長距離の移動かな。
高専を起点に障害物のないコースをあらかじめ引いておけば可能だと思うんだ。―――硝子、実験用のラット貸してよ」
「えぇ~」

あれ以来、悟は自分の術式の研究に余念がない。
無下限呪術を最大限に生かす方法をずっと模索している。

あの日、悟は"最強"に成った。

今では任務も全て一人でこなす。
硝子は元々危険な任務で外に出る事はない。必然的に私も一人になる事が増えた。
そんな事を考えていると、また、いつもの痛みを頭に感じた。
あれ以来、何度となく、襲って来る。

「あれ?傑、ちょっと痩せた?大丈夫か?」
「ただの夏バテさ。大丈夫」
「ソーメン食いすぎた?まあ、今日は別荘に泊まるんだろ?に美味しいもん食わせてもらえよ」
「ああ…そうするよ」

悟はそう言って笑うと、硝子に実験用のラットを借りる、と言い、二人で校舎の方へ歩いて行った。

「夏油くん」

そこに、心配そうな顔でが歩いて来る。

「大丈夫?ほんと顔色良くないよ」
「…平気だよ。ただの夏バテだから。それより…時間がもったいないから、そろそろ別荘に行こうか」
「…うん」

私の言葉に、は嬉しそうな顔で頷くと、私の手をそっと握って来た。
その手を握り返し、彼女と二人で別荘まで歩いて行く。
周りの木々が熱い風でざわざわと揺れるのを見ながら、と他愛もない話をしていると少しだけ頭の痛みも和らぐ気がする。
ただ、蝉の声が、やたらと五月蠅かった。

「夕方になると更に暑いね~。外にいただけで汗かいちゃったしシャワー入って来るね。あ、夏油くんもシャワー使って」

別荘へ着くと、はそう言いながらリビングのクーラーを入れた。
そのまま二階へ上がっていくを見送りながら、私は一階のバスルームへと歩いて行く。
護衛任務後も何度かここへ来ているから、着替えなども置いてあった。

「暑い…」

じっとりと肌にまとわりつくシャツを脱ぎ捨て、私は少し温めのシャワーを顔から浴びた。
髪や汗ばんだ体を綺麗に洗い流すと、少しだけ気分も良くなる。
梅雨明けと共に夏日が続き、八月を過ぎると、全国的に猛暑日となる事が多くなった。
今日も熱帯夜になりそうだ、とふと思う。

この夏は特に忙しかった。
昨年頻発した災害の影響もあるんだろう。
蛆のように呪霊が沸いた。

祓う。
取り込む。
その繰り返し。

祓う。
取り込む。

皆は知らない。
呪霊の味。
吐瀉物を処理した雑巾を丸のみしているような…。

祓う。
取り込む。

(誰のために―――?)

ふと浮かぶ、幸せそうな笑顔で拍手をする信者たち。

あの日から、自分に言い聞かせている。
私が見たものは何も珍しくない。
周知の醜悪。
知ったうえで私は、術師として人を救う選択をしてきたはずだ。

(ブレるな。術師としての責任を果たせ―――)

頭の中で、もう一人の私が叫ぶ。
その声を覆い隠すように、もう一人の、私が―――呟く。

「……猿め」

シャワーの温度を下げ、頭から水を浴びると、体内の熱が少しだけ下がるような気がした。

「―――夏油くん?新しいバスタオル、ここに置いておくね」

不意にの声がして、ハッと息を呑む。

「ああ、ありがとう…」

咄嗟にそう応え、栓を回しシャワーを止めた。
同時に、軽い眩暈を感じ、暫く動かず目を閉じる。
時々、自分が自分じゃなくなるような、そんな感覚に襲われた。

(しっかりしろ…。明日から、また任務がある…)

そう言い聞かせながらも、今だけはそれを忘れたい、と思った。
今日、が来てくれて良かった。
こんな暑い日は、一人じゃ眠れないから。

バスルームを出て髪や体を拭き、置いてある服に着替えると、リビングへ向かう。
私がドアを開けると、が笑顔で振り向いた。
涼し気な真っ白のキャミソールワンピースに着替えた彼女が眩しくて、僅かに目を細める。

「あ、夏油くん。アイスコーヒー作ったから飲む?」
「ああ、もらおうかな」

彼女の笑顔にホっとして頷けば、は嬉しそうに、私の前にグラスを置いた。

「夏油くん、今夜何が食べたい?暑いから軽めの方がいい?」

ソファに座ると、彼女も隣に座り、そんな事を聞いて来る。
この暑さで食欲はそれほどないが、の手料理なら食べられる気がした。

「ん~そうだな。軽めがいいかも」
「だよね。管理人さんが食材は用意してくれてたんだけど…。あ、レモンラーメンってどう?」
「レモン…ラーメン?って…どんなの?」

初めて聞くその名称にギョっとして、恐る恐る尋ねると、は笑いながらケータイで画像を見せて来た。

「これこれ。モデルの間で流行ってるの。サッパリしてカロリーも低いし夏にはおすすめ」
「へえ。見た感じは凄く美味しそう」
「味も美味しいよ?思ったより酸っぱくないの。冷やし中華やソーメンに飽きたら絶対コレ!」

はそう言いながらレシピを確認している。
その楽しそうな表情に、ふと笑みが漏れた。

「その前に…髪は乾かさないと」

濡れたままの髪を見てそう言うと、はかすかに顔をしかめた。

「だってドライヤー使うと暑くて。でも濡れたままだと髪が痛んじゃうから、やっぱ乾かさないとなぁ…。あ、夏油くんも乾かしてない」
「私も暑くて夏のドライヤーが憂鬱」
「私と同じじゃない」

は笑いながら立ち上がると、不意に私の腕を引っ張った

「来て。乾かしてあげる」
「え、いいからが先に乾かして」

洗面台まで引っ張って行かれた私は、彼女より早くドライヤーを手にしてを前に立たせた。

「で、でも私、長いから乾かすの大変だよ…?」

気にするように私を見上げるに、「痛むの嫌だろ?」と笑って、ドライヤーのスイッチを入れた。

「ひゃ…熱いっ」

ブォォっという音と共に熱風が彼女の髪を吹き上げ、は笑いながら首をすぼめる。
私も笑いながら全体に風が当たるよう髪を乾かしていく。
長い髪を手で掬い、内側にも風を当てると、は「ちょっと待って。首の後ろ暑くなってきた」と笑いながら、手で髪を全体的に右へ寄せてしまった。

「まだ少し濡れてるよ」

苦笑しながらも一度ドライヤーのスイッチを切った。
が、髪を片側へ寄せた事で、の白い項が視界に入る。
私の目に無防備にさらされた、細く綺麗な曲線は、少なからずドキっとさせられる。
引き寄せられるよう、そこへ唇を寄せて軽く口づけると、の肩が僅かに跳ねた。

「げ、夏油くん…?」

照れ臭かったのか、は驚いたように振り向き、私を見上げた。
その表情が可愛くて、ふと笑みがこぼれ、ゆっくり屈み、唇にもそっと触れるだけのキスを落とせば、更に彼女の頬が赤く染まった。

「あ、あの…夏油くんも乾かして」

僅かに唇を離した途端、目を泳がせながらそんな事を言ってくる彼女が可愛くて、小さく笑う。

「私は自分で乾かすから、はその…レモンラーメン?の準備してていいよ」
「う、うん。分かった…」

この場から離れる理由が出来てホっとしたのか、は恥ずかしそうな笑顔を見せると、私の腕から逃げるようにキッチンへと走って行った。
その後ろ姿を見ながら苦笑すると、再びドライヤーのスイッチを入れる。
と出会った頃に比べて伸びて来た髪は、この暑い時期では、少し、煩わしく感じた。




「ど、どう…?」
「うん、美味しい!」

レモンラーメンを食べるのは初めてだという夏油くんの反応にドキドキしながら訪ねると、彼は驚いたような声を上げた。

「良かったぁぁっ」

自分でよく作っているものでも、誰かに作るのは初めてだった私は、夏油くんの一言でホッとした。

「え、こんなにレモン入ってるのに思ったより酸っぱくない…何、この不思議感」
「でしょ?出汁スープと中和されて丁度いいサッパリした味になるの」
「へえ~これホント夏にはいいね。レシピ教えてもらおうかな」
「あ、じゃあ後でメールする…って、え、夏油くん料理とかするの?」

ちょっと驚いて尋ねると、彼は「そりゃー多少はね」と笑った。

「一応、寮の部屋にもキッチンはあるし、冬は悟や硝子と鍋したり」
「そっかー。いいなあ、みんなでお鍋」
「悟の部屋にはコタツがあるから、だいたいそこに集まるって感じ」
「え、五条くんの部屋、コタツなんてあるの?意外すぎる」

あの五条くんがコタツに入ってる姿を想像して、思わず吹き出した。

「悟はだいたい冬になるとコタツでゴロゴロしてるよ」
「あはは、似合わない」
「そんなこと悟に言ったら、"コタツに似合う似合わないってあんのかよ"とか言ってスネるな」
「それ言いそう!しかも夏油くん、五条くんのマネ、上手すぎ」

想像できてしまう辺りがおかしくて、また吹き出すと、夏油くんも楽し気に笑っている。
その笑顔を見て、少しだけホっとした。
さっき硝子ちゃんに言ったように、あれ以来、夏油くんは時々辛そうな顔をする事がある。
気づけばボーと遠くを見てたり、溜息をつく事が増えたように思う。
やっぱり心の奥に、あの時の傷が残っているんだろうか。
ふと、そんな事を考えては心配してしまう。

「はぁ~美味しかった。ご馳走様」

夏油くんは食べ終わると、お皿を下げにキッチンへと歩いて行く。
それを見て慌てて追いかけた。

「いいよ。私がやる」
「ああ、いいよ。作ってくれたんだから片付けは私がやるし、はコーヒー淹れてくれる?」
「そう?じゃあ…任せちゃおうかな。ありがとう」

そう言うと、夏油くんは笑顔で頷き、手際よく食器を洗っていく。
それを見ながら暫しアイスコーヒーを作っていると、出来上がる頃にはちょうど洗い終わったようだった。

(何かこうしてると新婚みたい…)

なんて事を想像してかすかに赤くなる。
この一年、こんな風にゆっくり二人で過ごす時間が殆どなかったから、今になって少しだけドキドキしてきた。
二人で忙しい仕事をしているせいで、上手く休みが合わないと一か月は会えないなんてザラだった。

(今回は予定ズラせる仕事で良かった…)

そう思いながら夏油くんを見ると、彼は小さく欠伸を噛み殺していて、やっぱり疲れてるのかな、と少し心配になった。

「夏油くん、眠たい?」
「ん~お腹いっぱいになったから少し。でも大丈夫だよ」
「でも…」
「今日は一緒にのんびり映画を観るんだろ?」

不安げな顔をした私を見て、夏油くんは笑いながら頭を撫でてくれた。
そしてアイスコーヒーのグラスを持つと、私の手を繋いで二階へと向う。

「ところで何を観るの?」
「あ、この前買ったやつ、何個か持ってきたの。えっとジャンルはね、アクションとサスペンスとホラー映画。どれがいい?」

夏油くんを見上げながら訪ねると、彼は意味深な笑みを浮かべながら、

「ホラー映画」
「え…」
「あれ、嫌?」
「い、嫌じゃないよ」
「あ~、怖いんだ」
「こ、怖くない…けど…夏油くんはホラー映画平気なの?」
「誰に言ってるの」

夏油くんは軽く笑うと、「これでも普段から化け物にはよく会う方なんだ」と澄ました顔で言った。
そこで彼の仕事を思い出し、私も笑ってしまった。

「確かにそうだよね。本物見てるんだし、映画なんて怖くないか」

そう言って部屋に入ると、バッグから持ってきたDVDを出した。

「あ、これ観たい」

夏油くんがいくつかある映画の中から実話を元にしたホラー映画を手に取った。
私も実話というので気になって買ったものの、一人では怖くて未だに観れてない作品だ。

はこれ観たの?少し前のやつだけど」
「えっと…まだ。怖くて観れてないの。夏油くんは?」
「私も観たことなくて、悟が面白かったって言ってたから、そのうち観ようと思ってたやつ」
「へえ、五条くんもこんな映画観るんだ」
「悟はかなり映画を観てるな。気になった作品は悟に訊けばだいたい知ってる」
「え、そうなんだ。じゃあ買うの迷ったら五条くんに訊いてみよ」
「あ~でも訊かない方がいいかも」

夏油くんはそう言って苦笑した。

「え?何で?」

DVDをセットしてソファに座ると、夏油くんも隣に座り、徐に顔をしかめた。

「アイツ、すぐネタバレするから」
「……それ…ダメなやつだね」
「だろ?」

お互い顔を見合わせて吹き出した。

「五条くんってほんと…五条くんだよね」
「何だそれ?まあ…何となーく言いたい事は分かるけど」

私の言葉に夏油くんは楽し気に笑っている。
その明るい笑顔にホっとして、私はそっと彼の肩に頭を乗せた。

「…どうしたの?眠い?」
「ううん。こうして夏油くんとゆっくりするの久しぶりだから甘えてるだけ」

そう言って軽く舌を出すと、夏油くんは照れ臭そうに笑った。

「ほんと…久しぶりだな。私もこんな風にのんびりするのは」
「特級?になってから忙しかったもんね…」
「まあ…今の時点で特級術師は私と悟、あと先輩の術師の3人しかいないから仕方ないかな」
「え、3人しかいないの?」
「まあ…それだけ特級になるのは厳しい世界なんだ。才能があっても志半ばで亡くなってしまったり…」

そう言うと夏油くんは少しだけ寂しそうな顔をした。
以前、硝子ちゃんが教えてくれた。
特級になれば、それだけ任務の危険度が上がり、呪霊の強さも倍になる、と。
そんな話を聞くと、やっぱり不安で、いくら夏油くんが強いと言っても心配になってくる。

「ん?どうしたの」

心の中の不安を消したくて、夏油くんの腕に自分の腕を絡めた。

「任務…行って欲しくないなぁ、なんて思っちゃって…ダメだよね、こんなんじゃ」
…」
「呪術師の彼女失格かな」

そう言って笑うと、絡めた腕を強く掴んで彼の肩へ寄り掛かる。
こんな泣き言なんて言ったらダメなのに。
危険な仕事をしてるのは最初から分かっていたんだから、困らせるような事は言いたくないのに。
こんなに傍にいても、夏油くんはどこか遠くて、いつか私の前からいなくなってしまうんじゃないか…って、時々怖くなる。
何か泣きそうだ…と思った時、夏油くんは少し身を乗り出して、私の顔を覗き込んだ。

…?」
「えっと…映画観るなら暗くしないとね」

潤んだ目を見られたくなくて、私は部屋の明かりをリモコンで消した。
そして次にDVDプレイヤーのリモコンを取ろうとした時、その手を掴まれ、引き寄せられた。

「げ…夏油くん?」

気づけば抱きしめられていて。
その腕の強さに、今度こそ涙が溢れた。

「…何で泣くの」
「ご、ごめん…せっかく久しぶりに会えたのに…。こんなに傍にいるのに…寂しい、なんて変だよね…」
…」

腕の力が弱まったと思った瞬間、不意に顎を掬われ、口付けられた。
最初は触れるだけの優しいキスが、少しずつ角度を変えながら啄むキスに変わっていく。
何度も口付けては離れ、そしてまた触れ合う唇から、小さく息が漏れる。
少しずつ呼吸が乱れて来た時、

「ん…」

いつもと違ったのは彼の舌先が唇に触れ、薄っすらと開いた口からゆっくりと舌が侵入してきて、その初めての感覚に体が跳ねる。

「…ん…ぁ」

腰を抱き寄せられ、更に深く唇が交わうと、優しく舌を絡ませてくる。

「…ぁ…んん…っ」

軽く舌を吸われた時、体に痺れる感覚が走り、目尻に涙が浮かんだ。
その瞬間、ソファに押し倒された。
それでも深く口付けられ、私はされるがままに夏油くんの腕を掴む事しか出来ない。

「…んっ…」

彼の手が、腰からゆっくりと上がって来て胸の膨らみへ触れた時、ビクンと体が反応して恥ずかしくなった。
ゆっくりと離れた唇が、今度は顎、首筋へと降りて、触れられた場所に甘い疼きが走る。

「…げ…夏油…くん?」
「ん…?」

鎖骨に口付けながら、応える彼に、「映画…観ないの…?」と場違いな事を訊けば。
夏油くんは僅かに体を起こすと、私の唇へちゅっとキスを落とし、

「観るよ。でも…それは後で」
「…あ、後って…」
「今は…とこうしていたい」

もう一度触れるだけのキスをして、「…嫌?」と訊いて来た。
思わず首を振る。
スタンドライトの明かりを背にしてる夏油くんの顏は良く見えないけど、かすかに微笑んでくれた気がした。
その瞬間、体がふわりと浮き、私は夏油くんに抱きかかえられていた。

「…え、」

驚く私の頬に軽くキスをすると、夏油くんは「ソファじゃなんだしね」と苦笑する。
その言葉の意味を考えた時、一瞬で顔が赤くなった。
同時に、硝子ちゃんに言われた言葉を思い出す。

"って事は、ひょっとしてひょっとするかもよ?"

(こ、、これって、そのひょっとするって状況…?!)

そう思った瞬間、今まで以上に心臓が早まり、息苦しくなってきて。
頭の中はどうしよう、という言葉がぐるぐる回っている。
恥ずかしくて夏油くんの顔すら見られず、焦っているうちに私の体はふわりとベッドの上に寝かされた。

「あ、あの…」

少しだけ体を起こして夏油くんを見上げると、彼は身を屈めて私の頬へ手を添えた。

「…怖い?」
「え…?」

その言葉にドキっとした。
夏油くんは優しい目で私を見つめながら、「怖いなら…無理強いはしたくない」と呟いた。
でも彼の私を見つめる目は、いつもよりどこか熱を帯びていて。
求められてるんだ、と感じ、頬が熱くなった。

「こ…怖いけど…夏油くんなら…怖くない…」
「ぷ…何それ」
「だ…だって…」

自分でも良く分からない事を言った私に、夏油くんは軽く吹き出すと、「怖いって言われたらどうしようかと思った」と言って、

「…でも…ごめん。私も…我慢の限界」
「…えっ?」

ドキっとして顔を上げた時、ゆっくりと覆いかぶさるように、また夏油くんに唇を塞がれ押し倒されると、今度は最初から舌が入って来た。
驚いて逃げ惑う舌を絡み取られ、軽く吸われると、体が勝手に反応してしまう。

「ん…ぁ…」

ゆるゆる動く舌に口内を愛撫され、目尻にじんわり涙が浮かぶ。
いつもより性急なキスに、鼓動が速くなり、体全体が熱くなってくる。
腰から体の線をなぞるように撫でられ、彼の手が胸の膨らみへ触れると、心臓がドクンと音を立てた。

「…ゃ…ん、」

やんわりと揉まれた刺激で身を捩ると、唇を解放され、苦しかった呼吸が楽になったと思った途端、首筋に口付けられくすぐったいような疼きを感じた。

「ん…」

ゆっくりと下降していく夏油くんの唇の感触に神経が集中していく。
その時、ワンピースの胸元のボタンが外されていくのが分かり、かっと顔が熱くなった。
隠れていた部分に外気が触れ、一気に羞恥心が煽られる。

「…ゃ…あ…」

恥ずかしさで僅かに身を捩ると、するりと胸元から入り込んだ手が背中へと回る。
プチっという音と共にホックが外され、胸元が緩んだのが分かり、慌てて手で隠そうとしたが、その手を掴まれ、ベッドに固定された。

「…隠さないで」
「…や……ん、」

また口付けられ、僅かな抵抗も空しく、私の声は夏油くんの口内へと消えた。
角度を変えながら触れる唇と、優しく絡ませた舌が動くたび、ぴちゃりと恥ずかしい音が鳴り、恥ずかしさで掴まれている手に力が入る。
それでもやんわり口内をほぐすように愛撫されていると、次第に全身の力が抜けていくのが分かった。

「…ん、」

ゆっくりと彼の舌が出ていくのを感じ、目を開けた途端、首筋、鎖骨にもキスをされ、次の瞬間、外気に触れ、硬くなった胸の尖りを口に含まれる。
その強い刺激に、背中が跳ねた。

「…やぁ…んっ…」

固くなった部分を舌先で転がされるたび、体がビクッと反応し、聞いたことのない自分の声が口から洩れて全身が熱くなった。
気づけば、もう片方の胸もやんわりと揉みしだかれていて、硬くなった部分を指で擦られるたび、体が反応する。
死ぬほど恥ずかしいのに、夏油くんに刺激を与えられるたび、体の芯が熱くなる感覚に自然と息が上がり、意識が朦朧としてきた。
その時、彼の手が下降してスカートをまくるように中へ入って来ると、太もも撫でながら上がってきたのを感じ、ドキっとした。

「げ…夏油…くん…っ」

彼の手が中心部に触れた瞬間、これまで以上に背中が跳ねた。
恥ずかしい場所を初めて人に触られたという羞恥で一気に顔が赤くなる。
思わず空いてる方の手で掴むと、夏油くんはふと顔を上げ、唇にキスを落とした。

「…やっぱり、怖い?」
「……そ…そうじゃなくて…恥ずかし…ぃ」

何とか声を絞り出すと、夏油くんはかすかに笑ったようだった。

「…そんな可愛いこと言われたら…逆効果」
「……んん…っ」

不意に唇を塞がれ、思い切り舌を吸われる強引なキスに、呼吸が出来ない。
同時に、掴んでいた手の力が弱まった時、また中心部を触られ、くぐもった声が漏れる。
ゆっくりと撫でる指の刺激で、体に力が入り、じわりと汗が噴き出て来た。

「……」

耳元で夏油くんの低い声に名前を呼ばれると、ドキドキして全身の力が抜けそうになる。

「…直接、触るよ」
「……ぁっ」

中心部を撫でていた彼の熱い手が下着の中へ吸い込まれ、誰にも触られた事のない部分に触れる。
その恥ずかしさと刺激は想像以上のものだった。

「…ゃあ…っ」

ゆっくりと擦るように動く指の刺激で、思わず腰が引ける。
なのに夏油くんの腕がそれを許さず、元の位置へ戻された。

「…んぁ…っあ」

彼の指が動くたび、感じた事のないビリビリとした痺れが体をめぐり、触れられている部分が少しずつ熱くなるのを感じた。





の身体を優しく愛撫していると、次第に呼吸が乱れて来て、深く息を吐いた。
私の下で羞恥に震え、涙を浮かべるを見ていると、つい暴走してしまいそうなほど欲望が溢れて来る。
とうに限界は来ているが、初めてだという彼女をなるべく怖がらせないよう、ゆっくりと体を慣らしていった。

「ん…んっ」

指で彼女の中心部を優しく愛撫するたび、艶のある声が口から洩れ、私の耳を刺激してくる。
これまでは二人でゆっくり会う時間も取れず、こんな風に触れる事すら出来なかったせいか、余計に気持ちが昂ってくる。
その時、指先が濡れて来たのを感じ、私は彼女の唇に軽くキスをして、

「…挿れるよ」

と耳元で言った。
その瞬間、彼女は怯えたような顔をしたが、もう一度深く口付けながら、ゆっくりと指を埋めていく。
濡れてはいるものの、やはり中はキツくてなかなか入らないせいか、の綺麗な顔が歪む。

「…ぁっ」
「…痛い?」

心配になり、そう声をかければ、彼女は涙を溜めた目で私を見て小さく首を振った。
そのいじらしい姿に思わず笑みが漏れ、再び唇を塞ぐ。

「…んん…っ」

ゆっくりと指を押し進め、浅いところでほぐすように抜き挿しを繰り返す。
そのたびに彼女は苦し気な声を出したが、私にはそれさえ甘い刺激になる。
の呼吸が乱れ、頬が高揚してくるのを見ていると、自然と指の動きも速まる。

「…ぁ…んぅ…っげと…ぅくん」

潤んだ目を薄っすらと開け、苦し気に名前を呼ぶが、無意識に私の欲を掻き立てる。
せっかく我慢しているのに、と苦笑が漏れた。
私としてはとっくに限界で、全身が熱く、頭の芯までが熱で侵されてきた。
そのせいか、軽く眩暈がした気がして、軽く目を閉じる。

「――――ッ」

だが再び目を開けたその瞬間、脳裏にあの日の光景が鮮明に浮かび、小さく息を呑んだ。

「……夏油…くん…?」

私の異変に気付いたのか、が私を呼んだ。
だが彼女の小さな声は耳に届いているのに、頭には入って来なかった。
ゆっくり彼女を見下ろすと、不安げな表情で私を見上げる黒髪の少女―――。

「……っ」
「夏油…くん?!」

慌てて彼女から離れると、が驚いたように体を起こした。
ドクドクとうるさいくらいに心臓が早鐘を打ち、一気に体は冷えていくのに、頭の奥は熱くて、またあの頭痛が襲ってきた。

「……すまない…」

ゆっくりベッドから下りると、私は彼女に背を向け、そのまま部屋を飛び出した。

「夏油くん…!!」

何かに追われるような感覚に襲われ、私を呼ぶ声を振り切るように外へ出る。
途端に湿った熱風が吹き付け、じわりと額に汗が浮かんだ。

(さっきの感情は…何だ…。私は――――)

混乱する意識の中、ふと見上げた先には、上弦の月。

その静かな輝きに、まるで私の罪を見られているような、そんな恐怖を感じた―――。