【第十五話】肌を洗うと同じ純粋は―後編



※性的描写あり



「……くっ」

何度か動きを速めた後、五条くんは切なげに顔を歪ませ、軽く身震いしながら、私の隣に倒れこんだ。
肩で息をしながら呼吸が乱れている口元は、少し苦しそうだ。
そういう私も、全身で息をしてるかと思うくらい胸が上下して、未だに全身が熱い。
特に、下腹部の奥がジンジンとした鈍い痛みを、脳に伝えて来る。

……大丈夫…?痛くない…?」

自分も苦しそうなのに、こんな時でも私の事を気遣ってくれる事に、小さく胸が鳴る。
体を起こし、私を見下ろす五条くんの瞳は潤んでいて、いつも以上に綺麗だから、やっぱり宝石みたいだ、と思った。
そして、男の人が達した時はこんな顔をするんだ、と、五条くんの艶のある、その表情にドキっとさせられる。
同時に、可愛い、なんて思ってしまった。

「だ、大丈…夫…」

震える声で何とか応えて、息を整えようとゆっくり目を瞑れば、不意に頬へ手を添えられた。
ドキっとして目を開ければ、すぐに唇を塞がれる。

「…ん…っ」

少し角度を変えながら、触れては離れ、優しいキスをされると、また体が震える。
それに気づいたように、ゆっくりと入って来た舌で口内をほぐすように愛撫され、まだ整っていない息が、更に乱れてしまう。
行為が終わった後でも、こんな風にキスをしてくれるなんて、思いもしなかった。
そこで以前、夕海が彼氏について話してた事を、ふと思い出す。

"アイツ、エッチした後、すーぐ背中向けて寝ちゃうんだよ?男って出すもん出したら、だいたいのヤツは態度変わるしマジ、萎える"
"も彼氏が出来てエッチする関係になったら、そういうとこちゃんと見た方がいいよ?前戯やベッドの中で優しいのは当たり前。終わってからの後戯が大事なんだからね"

なんて力説されて、経験のない私には少し刺激が強い話だったから軽く聞き流してた。
でも今、終わった後でも優しく抱きしめてキスをしてくれる五条くんは、夕海が大事だと言ってた事をしてくれてる。
それだけで、何故か泣きそうになった。
恋人でもないのに、愛情があるわけじゃないのに。

私が初めてだと気づいた時、五条くんは酷く驚いて行為をやめようとさえしてくれた。
あんなにチャラいと思ってた彼のその行動に、少なからず私も驚かされて。
特定の恋人がいない、と言っていた事を思いだして、あんなバカなお願いをしてしまったけど、正しかったんだろうか、と少しだけ不安になる。

"初めてが僕でいいの…?後で後悔されても困るんだけど"

困ったような顔でそう言われた時、少なからずドキっとした。
私がやろうとしている行為に、愛情はないんだ、と、僕にも、愛情がないんだと、そう言われた気がして。
でも、それは最初から分かっていた事で、それでも不快な記憶を消してもらいたくて、後悔なんかしない、と改めて思った。
五条くんにとったら、恋人でもない女の、初めての相手になるのは重荷だと思ったのかもしれない。

だから、不安になった。
五条くんにとっては、迷惑だったんじゃないかって。
だから、驚いた。
こんな風にキスをしてくれる事に。

「ご…五条…くん…?」

唇が解放されたと思った次の瞬間、首筋にちゅっと口付けられ、そのまま唇が下降していく。
肩や鎖骨にもキスをされ、それがくすぐったくて、僅かに首を窄めた。
でも彼の手が、胸の膨らみに伸びて、敏感になっている部分を指で擦って来た時、ビクンと肩が跳ねた。

「ん、…ご…五条…く、…ぁっ」

不意に硬くなった部分を口に含まれ、舌先で転がされた刺激で、思わず声が漏れる。

"終わってからの後戯でキスしたり、軽く愛撫してくれたりするのは主に愛情表現って感じだけど、してくれる男なんか会った事ない"

五条くんに齎される刺激で朦朧としながらも、また夕海の話を思い出した。
経験がない私には、あまり想像できない話だったけど、今、彼にされてるのが、その後戯なのだとしたら、それは何でなんだろう、と頭の隅でぼんやりと思う。
愛情表現だと夕海は言ってたけど、五条くんが私に対してそんな事をするはずがない。
抱いて、と言ったのは私の方で、五条くんはその願いを聞いてくれただけだ。
だからこんな風に、恋人にするような行為を、私にする必要もない。

(もしかして、私が初めてだったから気を遣ってくれてる、とか?……)

そんな事思いながら、再び襲って来る甘い疼きのようなものに戸惑った。

「…んっあ」

いつの間にか、私に覆いかぶさっている五条くんに、胸の尖りを舐められ、もう片方の胸をやんわり揉まれていると、体の中心がじわりと熱くなってくるのを感じた。
その甘い刺激に流されてしまいそうで、慌てて彼の肩を掴むと、五条くんはふと顔を上げて、私の頬へ手を伸ばし、また強引に唇を塞ぐ。
啄むように深く交わる唇に、心臓が早鐘を打ち、息が苦しくなってきた。

「……ごめん」

ゆっくり離れた五条くんの濡れた唇を、ぼんやりとした視界の中、見ていると、彼が小さく呟いた。

「また…襲っちゃいそう…」
「……え?」






「ん……」

何だろう、凄く、心地いい。
久しぶりに、頭の中が静かで、それでいてスッキリ晴れているような、そんな気分だ。
少しずつ意識が戻って来て、私はゆっくりと目を開けた。

「………っ」

びっくり、した。
目の前に五条くんの寝顔が見えて、つい声を上げそうになった。
同時に夕べの事を思い出して、ハッと自分の恰好を確認した。

「………はだ…か」

見事に何も身に着けていない姿に、寝起きから心臓に負担がかかるほどドキドキしてきた。
よく見れば、互いに腰まで布団がかかった状態で寝ていて、五条くんも当然、裸だった。
ベッドの下には脱ぎ散らかした服が見えて、それすらドキっとさせられる。
五条くんは腕枕をしてくれてたようで、身体をこっちに向けたまま、完全に熟睡してるようだった。

「……五条くんも疲れてたんだよね…」

ここ最近は私のせいでろくに寝てなかった気がする。

「ごめんね……」

そっと、頬に触れながら、そんな言葉が零れる。
夕べも私の我がままな願いを受け入れてくれて、最後まで、抱いてくれた。
恥ずかしい気持ちが吹き飛ぶほどの痛みを思い出し、軽く苦笑が漏れる。
でも、不思議と怖くはなくて。
想像以上に痛かったけど、五条くんの辛そうな顔を見てたら、受け入れられた事で私も満たされた気持ちになった。
そのせいか、夏油くんとの記憶が薄れた気がする。
今のこの感覚が、累子さんの言ってた記憶の上書きなのかは分からない。
でも、それくらい、今の私の心は穏やかだった。
初めての行為を、五条くんと共有した記憶の方が強いのかもしれない。

ふと、窓の外を見れば、薄っすらと明るくなってきている。
このまま眠ってしまいたい気持ちもあるけど、今は起きて、今日まで出来なかった事をしたい気分だった。
五条くんを起こさないように、そっと体を起こし、腰に回された彼の手をゆっくりと外した。

「五条くんでも…こんな風に優しいことするんだ…」

私を抱きしめるように寝ていた姿を見て、つい苦笑が漏れる。
何となくこういった行為が終わったら背中を向けて寝そうなイメージだったのに。(!)
でも、実際はそんな姿とは真逆で、行為が終わった後も凄く優しかった事を思い出した。

「…いつの間にか…五条くんも変わったのかな」

ふと、そんな事を思った。
ここ最近は、自分の事でいっぱいいっぱいで、周りにいた人たちの事なんて見ていなかった気がする。
よく考えたら、硝子ちゃんだって、五条くんだって辛いはずなのだ。
信じていた仲間に突然裏切られて、平気なはずがない。
なのに、私は自分が辛いからって、そんな気持ちすら気づいてあげられなかった。

「ごめんね……」

自分の弱さに泣けて来て、そっと五条くんの柔らかい髪に指を通した。
親友を失って、どれだけ傷ついたのか。
あの強気な五条くんが、最近はいつも辛そうだった。
そんな時に、私の傍にいて支えてくれてた事を思い出し、彼の頬に、そっとキスをした。

「…ありがとう……」

軽く頭を撫でて、起きる気配のない五条くんの寝顔をしばらく見ていた。
が、ふと唇に目がいき、ついでに夕べの事まで思い出して、ドキっとする。
今まで見た事もないような艶っぽい顔で私に触れて来た彼を思い出し、やたらドキドキしてしまう。
最初の行為が終わった後も、何度となく求められ、だいぶ痛みが消えてきた頃、繋がっている部分がじんわり熱くなって全身に甘い痺れが走った。
最初の方も一度、似たような感覚になったが、それ以上に身体が震えるような甘い痺れで、意識が飛びそうになった。
その後は指も動かせないくらい気だるくなって、でもそれが心地よくて、そのまま眠ってしまったようだ。

"ちゃんとイけたね"

行為の後、私にキスをしながら、五条くんがそんな事を言ってきて真っ赤になったが、あれが話に聞くアレだったんだ、と少しだけ驚いた。
普通初めての時はそうならない、と夕海に聞いたことがあっただけに、不思議に思ったけど、今思えば、きっと五条くんが凄く優しくしてくれたからだと思う。
時間をかけて、私の中の嫌な記憶を、消そうとしてくれたから。
最初で最後だからこそ、きっと私にとって、嫌な記憶にならないよう、恋人を抱くように、私を抱いてくれた。
それが本当に嬉しかった。
今日からまた前の二人に戻って、これ以上、みんなに心配かけないように、私も自分の生活を少しずつ戻して行かなきゃならない。

「…頑張らなきゃ」

改めてそう思いながら、五条くんを起こさないよう、今度こそベッドから抜け出した。
まだあまり力は入らないから、ゆっくりと歩いて風呂場へ向かう。

「うわ、ホラー映画みたい…」

そこで夕べ自分が切り落とした散乱した髪を見て、顔をしかめる。
鏡を見れば、全体的に顎辺りまで髪が短くなっていて、剃刀で削ぎ落したせいか、毛先がバラバラだった。

「美容室…行かなきゃ…」

なんて、今まではそんな事すら考えられなかった事を思い出す。
でも、今は身だしなみを気にするくらい、気持ちが穏やかで心が落ち着いている。
うるさいくらいの不快な音も、今は止んだ。

「片付けちゃお」

お風呂に入るにしても、このままじゃダメだ、と床に散らばった髪を全て掃いてゴミ箱へ捨てる。
その時、過去の自分も捨てられたような気がした。

本音を言えば、まだ辛い。
何故、あの優しい夏油くんが突然あんな事をしたのか、全然分からない。
護衛してた少女を殺されてしまった頃から、少しずつ異変を感じていたけど、彼は何も話してはくれなかった。
もっと、心の内を話してくれていたら、と思ったが、呪術師でもない私には理解できないと思ったのか。
でも、本当にまだ私を狙っているなら。
もう一度、彼と会った時に、訊いてみたい。
簡単に手放せるくらい、捨てられるくらい、私達の存在は軽かったのか、と。
私を捨て、親友の五条くんを捨て、友達だった硝子ちゃんを捨てて、何を得ようというのか。

「負けない……」

負けたくない。
初めて、そう思った―――。