【第十五話】肌を洗うと同じ純粋は―前編



※性的描写あり



任務を終えての帰り道、ケータイの着信音が鳴り、表示を見ると硝子からだった。

『あ、五条?アンタ、今どこ?』
「帰りの車ん中。んー、もうあと10分くらいで着くけど。の様子は?」

窓の外を眺めながら、心配してた事を訪ねると、受話器の向こうから小さな溜息が聞こえて来た。

『それが…昼間、急に泣き出しちゃって…。そのまま寝ちゃったようだからそっとしておいたんだけど…さっき起きたら吐いちゃったみたいで…多分、うなされてたっぽい』
「……そう。今、彼女はどうしてる?」
『今はお風呂に入ってる。あ、それで私ちょっと夜蛾先生に呼ばれたから高専に戻るとこなんだけど…』
「ああ。後は僕が付いてるから大丈夫だよ。硝子も部屋で休んで」
『分かった。あ、でも何かあったらすぐ呼んでね。アンタも夕べはあまり寝てないでしょ?休むなら私が付いてるから』

心配そうに言いながら、硝子は電話を切った。
硝子も相当キツイくせに、気遣ってくれるその気持ちが今はありがたい、と素直に思う。

「篠田さん、少しスピード出してくれる?」
「あ、はい」

が心配になりそう告げると、篠田さんはすぐにアクセルを踏み込んだ。
霧がかった月を見上げていると、ケータイを持つ手が、力なく膝に落ちる。
硝子の言うように、夕べはあまり眠れず、少し瞼が重たい気がする。
常に反転術式を回してるおかげで肉体的にはどうって事もないが、これも精神的なものかもしれない。

(とにかく今はの身体の事を一番に考えないと…このままじゃ衰弱していくだけだ)

どうにか以前のような生活に少しでも戻してあげたい。
だが、例え体調が戻ったとしても、学校や仕事に行けたとしても、傑がいる限り、が危険にさらされている状態には変わりはなく。
上層部は彼女を前のように生活させ、そこを狙ってきた傑を叩く気だ。
本格的な護衛はそこからになるが、一般人に紛れて仕事や学校に行かせるとなるとリスクが多すぎる。

(あの爺どもはそんなこと気にもしてないけどな…)

苦い思いがこみ上げ、軽く息を吐く。
窓の外を見れば、ちょうどの別荘近くだった。
この一本道を上がって行けば、すぐに高専へ着く。
が、ふと視界の隅に捉えたものが気になり、すぐに「止めて」と声をかけると、篠田さんは何も聞かず、すぐに車を止めた。

「ここで待ってて」
「は、はい」

車を降りると、そのまま通った道を戻るように坂道を下り、の別荘近くまで歩いて行く。
先ほど、この辺りに人影を見た気がしたのだ。
それも、この時間、こんな場所にいる事が不自然な、幼い少女のように見えた。

(二人いたよな…?呪詛師にしちゃガキすぎる…)

自分の眼が捉えたものを思い出しながら、警戒しつつ別荘へ近づく。
だが辺りを見渡しても、今は何の気配もなく、シーンと静まり返っている。

(気配が…消えた?)

薄っすら残穢のようなものはあるが、先ほど見えた少女達の姿どころか気配も消えている。

「僕に気づかれたことに気づいて逃げたってとこか…」

(知らない顔だった。呪詛師かどうかも分からないが、呪力を持つ人間がこんな場所にいるのは偶然とも思えない…)

そう思いながら、目の前の別荘を見上げる。
一葉さんがに会いに来る時に泊まる以外、誰も使っていない為、今は真っ暗だ。
エントランスの上にある彼女の部屋を見上げ、ふと懐かしさがこみ上げた。
ここへ初めて来たのは二年前の冬だ。
傑と泊まり込んで、24時間、を護衛したあの頃の事を思い出すと、かすかに胸が痛んだ。

「今のガキんちょ…まさか傑の仲間、か…?」

ふとそこに気づき、首を捻る。
だとして、何故あんなガキだけ寄こしたのか。
偵察か何かだろうか。
傑もが高専に保護されてる事くらい承知の上だろう。
少し気にはなったが、が心配になり、すぐに篠田さんの待つ車の方へ歩き出す。
その時、乾いた風が吹いて、ぼやけた月が雲に隠れるのが分かった。








「あれが五条悟…?夏油さまの"元親友"の」

帰りの道中、黒髪おかっぱの少女が尋ねると、茶髪をお団子にしている少女がニヤリと笑った。

「そうみたいだね。さすがにめざといなあ。あの視力の良さと一切迷いのない行動…見つかったら確実にやられてたよ、ウチら」
「じゃあって女に近づくのも無理じゃない?」
「うーん…出かけてたとなると、今のとこは五条悟が四六時中、傍にいるわけじゃないみたいだけど…」
「その人、高専結界内で保護されてるかもって夏油さまも言ってたし今は私達だけじゃ無理だよ」

おかっぱの少女は不安そうにお団子の少女を見上げた。
その腕には不気味な人形のようなものを大事そうに抱えている。

「まあでも、一生その中ってわけじゃないだろうし、いつかチャンスはくるって」
「うん…そう、だね」
「私達は夏油さまに救われたんだから、夏油さまの望みを叶える事だけ考えてがんばろ」

お団子の少女の言葉に、おかっぱの少女も嬉しそうに頷く。

「とりあえず、偵察終わり!早く、夏油さまのとこ帰ろう」
「うん!」

互いに顔を見合わせ、嬉しそうな笑顔を浮かべると、二人の少女は足早に林の中を走り去っていいた。









ポタ、ポタ、と血が落ちる音と、じりじりとした痛みを感じる指先。
風呂場に座り込み、窓の外に浮かぶおぼろ月夜を見上げていた私は、すでに乾いた涙の後を手の甲で何度か擦った。
その手には剃刀。
濡れた髪が首や背中に張り付き、着替えたばかりのキャミソールを濡らしてくのが気持ち悪い。
その不快感に、私は手の中の剃刀を握り締めた。
そして自分の長い髪を手にすると、顎の辺りから無造作に剃刀を当てた。

"の綺麗な髪が好きなんだ。触れたくなる"

彼の、好きだった髪なんか、いらない。
躊躇することなく、剃刀を持つ手に力を入れた。
長い部分を次々に削ぎ落していくと、太ももの上に湿った髪が落ちていく。
何度も、何度も、剃刀を当てて、彼の触れた髪を切り裂くように―――。

「……何やってんだよ…!!」
「――――ッ」

突然、大きな声がしたと思った時、後ろから伸びて来た手が剃刀を持った私の手首を掴んでいた。

…!」
「放してよ!!」
「ケガする!それ寄こせってっ」
「…やだっ!いらないの!こんな髪…っ」

後ろから羽交い絞めにされ、私の手から剃刀を奪おうとする五条くんの腕を振り払おうと体を捻った。
それ以上の力で手首を引き寄せられた瞬間、パンッという音と共に、頬に痛みが走る。

「バカなことすんな!ケガしたらどうすんだよっ」

手から剃刀が落ちて、カラン、と音が鳴る。
ゆっくり顔を上げると、五条くんの綺麗な瞳が暗い室内で悲し気に揺れているのが見えた。
殴られた頬は熱を持ち、ヒリヒリとした痛みを伝えて来る。
熱のある部分を手で触れようとした時、先に五条くんのひんやりとした手が頬へ触れた。

「悪い…痛かった…?」

申し訳なさそうな顔でそんな事を言う五条くんは、私の切り落とした髪を拾うと深い溜息をついた。

「何やってんだよ…。せっかく綺麗な髪なのに、こんな―――」
「…っ綺麗なんかじゃないっ!こんな髪…もう、いらないのよ…っ」
…?」

五条くんの胸元を強く掴んでそう叫べば、彼は戸惑うように私を見つめた。

「こんな事してもどうしようもないって分かってる…でも彼が触れたもの全て、この身体から切り離したい…!そんな気持ちばっかり溢れてきて苦しいよ…ッ!」

幸せだった頃の記憶が私を苦しめる。
あの残酷な夜の記憶が、私を痛めつける。
こんな結末を迎えるなら、私に触れないで欲しかった―――。

…」
「気持ち悪いの…っ!触れられたとこ全部…!思い出すたび……彼を受け入れた自分を殺したくなる―――っ!」

そう叫んだ瞬間、強い腕に引き寄せられ、背中がしなるほど抱きしめられた。

「死なせない…」
「五条…く…」
「どうしたら……は楽になる?前みたいに、笑ってくれる?僕に…どうして欲しい?」

抱きしめる腕は強いのに、五条くんの肩はかすかに震えていて。
それに気づいた時、頭の中のうるさい記憶が少しずつ遠ざかっていくのを感じて、涙が溢れた。

「苦しい……もう嫌なの…思いだしたくない…」
「…うん」
「……消して欲しい…嫌な記憶全部……」
「……うん」

腕の力を強めながら、五条くんは私の言葉を黙って聞いていた。
五条くんの体温で冷えた身体が少しずつ温まってきて、背中に彼の腕の強さをハッキリと感じる。
それだけで嫌な記憶が薄らいでいく気がして。
五条くんにもっと触れて欲しくなった。

「……抱いて、欲しい」

それは、自然に零れ落ちた言の葉だった。
背中へ回った腕の力が弱まって、ゆっくりと顔を上げれば、宝石みたいな綺麗な瞳がゆらゆら揺れて、その中に泣き虫の弱い私が映ってる。
五条くんは戸惑うような顔で私を見つめた。

「…それ…本気で言ってるの…?」

彼の声は、少しだけ震えてたかもしれない。

「…本気、だよ」

おろかな行為だと笑われてもいい。
私の身体に刻まれた過去の記憶全てを、消し去って欲しいと本気で願った。

「私を、助けて――――」

初めて救いを求めた瞬間だったかもしれない。
刹那―――首の後ろに腕が回り、引き寄せられたと思った時には唇が塞がれ、全身が震えた気がした。
触れては離れ、優しく啄むようなキスが降って来る。
私の知らない、唇、あの人とは違う、口付け。
甘い香りが鼻を衝いて、それは、唯一、あの頃の、私の中に優しく刻まれた記憶だった。
ゆっくり唇が離れ、背中の腕が解かれたのを感じ、ふと目を開けたのと同時に、体を抱き上げられた。
五条くんは私を抱えたまま、自分の部屋まで行くと、ベッドの上に、そっと寝かせる。
私に覆いかぶさるように五条くんも上がると、ギシっとベッドが軋む音がして、ドキっとした。
窓際にあるベッドは薄っすらと月明りが照らされ、そこでキャミソールと下着だけという自分の恰好に気づき、今更ながらに恥ずかしくなった。
自分で抱いて欲しい、と言ったくせに、無意識に隠そうとしてしまった手を、不意に拘束された。
視線だけ上げると、五条くんの手が頬に添えられる。
少し冷たい手が、火照った顔に気持ちいいと思った。

「…ん、」

五条くんはゆっくり屈むと、触れるだけのキスをして、ふと私を見つめた。
霧で霞んだおぼろ月の光の中、鮮やかで優しい碧が、私を射抜く。

…」

切なげに私の名を呼ぶ五条くんの頬にそっと手を伸ばすと、その手を逆に掴まれ、五条くんは私の指に軽く口付けた。

「ケガしてる…」
「…んっ」
「…切ったの?」

次の瞬間、五条くんの綺麗な形をした唇に、私の指が吸い込まれていくのを見て、かすかに鼓動が跳ねる。
指先に彼の舌が触れるたび、自然と頬の熱が上がっていく。
その時、不意に五条くんと目が合い、彼の熱の帯びた目にドキっとした。
それは、初めて見せた、彼の男の顔だったかもしれない。
ちゅ…っと音を立て、口に含んでいた指を解放すると、五条くんは自分の指を絡めて、私の手をそのままベッドへ固定した。
そして顔を傾けながら、優しく唇を塞ぐ。
さっきよりも、深く、交わるようなキスに、心臓がドクドクと早鐘を打つのが分かった。
僅かに開いた隙間から、熱い舌がゆっくりと入って来て、更に体がビクリと跳ねる。
ゆるゆると口内を愛撫され、少しずつ呼吸が乱れて来た頃、五条くんは舌先で器用に私の舌を捕まえると、やんわりと絡めてきた。
舌が動くたび、くちゅくちゅと厭らしい水音が耳を刺激して、体が熱くなっていく。

「ん…ぁ」

軽く吸いあげ、何度も舌を絡める長い長いキスで、次第に体の力が抜けて来た時、唇を解放され、呼吸が楽になった。
そう思った瞬間、首筋にちゅっと口付けられ、くすぐったいような甘い疼きが走る。
そのまま五条くんは唇を下降させ、絡めていた手を離すと、肩から鎖骨、胸の膨らみへと滑らせていく。

「…ん、」

優しく揉まれる刺激に、思わず漏れてしまう声が恥ずかしくて、顔を背けた。
もう片方の手が、するりとキャミソールの中へ滑り込む。
それ以外、何も身に着けていないせいで、彼の手が脇腹から撫でるように動き、胸の膨らみへ直接触れた時、僅かに跳ねた体を押さえるように、五条くんの唇が胸元へ移動する。

「…ぁっ」

キャミソールを胸上までめくられ、硬くなっている部分を彼の舌が掠めたと思った瞬間には口に含まれていて。
ビリビリとした甘い刺激に今度は背中が跳ねた。
敏感な部分を舌で転がされ、片方の尖りを指で擦られるたび、声が漏れる。
五条くんの好きなように体を触られてる事が、死ぬほど恥ずかしいのに、頭の芯が熱くなって、何も考えられない。
この甘い疼きは、さっきまでの不快な感情を消し去るくらい、全身が痺れるような、そんな感覚に襲われる。

「ん…ぁっ」

優しく胸を揉みしだきながら、唇を更に下降させ、お腹にも口付ける五条くんの肩を、軽く掴んだ。
その時、彼はふと顔を上げて体を起こすと、私の唇に触れるだけのキスを落とした。

「…これ以上しちゃうと…止められなくなるし……逃げるなら、今のうちだよ?」

呼吸を乱している私を見つめながら、そんな事を言う五条くんも、少しだけ息が乱れている。
こんな風に、男の人に抱かれるのは初めてで、あんな事は言っても、もっと怖いものだと思っていた。
なのに、今、月明りに見える碧い眼を見ていると、不思議と恐怖はなく、心のどこかで安堵してる私がいる。
私の我がままなのに、五条くんはらしくないほど、優しい。
ううん、本当は、彼が優しい人だって、私は知っている。
ごめんね。今はその不器用な優しさに包まれたい。
だって、他の人じゃダメなの。
私の痛みを全て知っている五条くんだからこそ、バカなお願いをしてしまった。
私のこと、好きじゃなくていいから、抱いて欲しい、なんて思ってしまった。

「……逃げない」

言った瞬間、涙が溢れ、その涙を五条くんの唇が掬っていく。
顎を持ち上げられ、今度は少し強引に唇が塞がれた。
でもそれはすぐ離れ、首筋、鎖骨へと下がっていく、

「…どこに触れられた?どこに触れて欲しい…?」
「…んっ」

そう言いながら、彼の目に晒している肌、全てに口付けていく。
そのたび、唇の触れたとこが疼いて、息が苦しくなる。

「…どうして欲しい?」
「…ぁ…や…ぁっ」

胸の尖りを舌先で愛撫しながら、太ももへ滑らせた手が、一番敏感な部分へ触れた。
優しく撫でるような動きに、恥ずかしさで、思わず強く目を瞑る。
胸元、脇腹と口付けながら下がっていく唇に、苦しいくらいにドキドキする。

「…んぁ…っ」
…言って。どうして欲しい…?」
「…五…条く…んっ」

太ももに口付けられ、下着をゆっくりと脱がされていく初めての感覚に、自然と腰が引けてしまう。
下着を取り去ると、五条くんは私の腰を抱き寄せ、自分の身体を少しだけ下げたように見えた。
その時、片方の足を持ち上げられ、何も身に着けていない部分が、彼の目に晒されていると思うと、羞恥で震える。

「…や…ぁっ」

足の間に顔を埋める彼を止めようと思わず手を伸ばせば、その手を強く握られ、涙が零れ落ちた。

「言って、どこに触れて欲しい…?」

太ももの内側にキスを落としながら、彼が囁く。

「……ん…っ」
「消したい…の嫌な記憶全て…。忘れて欲しい……アイツにされたこと全部…」

五条くんの声は聞こえてるのに、応える余裕など、今の私にはなかった。
恥ずかしい部分に口付けられ、大きく背中が跳ねる。

「…や…ぁっ」

敏感な部分を優しく舐められ、その初めての刺激に全身が震えた。
自分でも触れたことのない、その部分を舌先で転がされ、口に含まれた瞬間、背筋がゾクリとするような甘い痺れが走る。

「あ…っん…ゃあ…っ」

くちゅくちゅという淫靡な音が静かな室内に響いて、恥ずかしさで身を捩る。
普段は隠れてる部分を見られている、という事すら凄く恥ずかしいのに、その甘美な刺激で自然に声が上がってしまう。
同時に、お腹の奥までジワリと熱くなり、舐められてる部分がくすぐったさとも違う甘い疼きに変わっていった。

「ゃあ…ご…じょう…くんっ」

名前を呼んだと同時に、体内へ何かが入って来る感触に、鼓動が跳ねた。
鈍い痛みを感じ、それが彼の指だと気づいた時、またしても腰を引いてしまいそうになる。
それでも五条くんは舌先で愛撫しながら、ゆっくりと指を埋めていく。

「あぁ…っ…んんっ」

自然に動いてしまう腰を抱き留められ、動くことも出来ず。
強い刺激に背中を反らせ、声を上げる事しかできず、また涙が溢れてシーツに零れ落ちた。

「ゃ…あ、ああ…っ!」

ゆっくりと指を出し挿れしながら、あくまで優しく舐められ、軽く吸われた時、つま先から何かが上がって来るようなビリビリとした甘い痺れが襲ってきて、無意識に体が跳ねる。
そしてゆっくりと波が引くように、それがおさまった時には、すでに全身で呼吸をするように、胸が上下して、体全てが一気に気だるくなった。
室内は寒いはずなのに、肌はじっとりと汗ばんで、足の先まで痺れる感覚だけが残っている。
ゆっくり体を起こした五条くんは、自分の唇をペロリと舐めると、呼吸を乱し、グッタリしている私を優しい瞳で見つめた。
私の知らない、男の顏を見せる五条くんは、どこか艶っぽく淫靡に見えて、すでに熱い顔が更に熱を持つ。

「…、可愛い」
「……っ」

かすかに微笑み、触れるだけのキスを落とすと、五条くんは足の間に体を入れて、私を見下ろした。
前髪の間から見える碧い眼は、どこか熱を帯びていて、妖しくゆらゆら揺れている。
すでに全身がだるく、腕すら上げられない私は、ただ彼を見上げる事しか出来ない。

「……挿れて、いい?」
「……っ?」

私に覆いかぶさり、そんな事を訊いて来る五条くんに、耳まで赤くなった気がした。
私が知ってる彼じゃない気がして、変にドキドキしてくる。
そもそもこういう事は初めてで、今、自分の体に起きた事すら、よく分かっていないのに。

「…ダメ?」
「…………ッ」

応えるのが恥ずかしくて、小さく首を振ると、五条くんは優しく微笑んで、ちゅっと唇にキスを落とした。
まるで、恋人を抱こうとしてるような、そんな愛情のあるキスに感じ、それはありえないと分かっていても、心の奥が小さく音を立てる。
この時の私は、心を蝕んでいた、あの鈍い不快な感情が、和らいでいる事に、まだ気づいていなかった―――。








真っ赤な顔で首を振るに、僕は自然と笑みが零れた。
彼女はそんなつもりで抱いてと言ったんじゃない、と分かっているのに、勝手に体の熱は上がっていく。
帰って早々、自分の髪を乱暴に切っていく彼女を見た時、このままじゃいつかが死んでしまうんじゃないか、と怖くなった。
これ以上、の心が壊れないよう、願った。
こんなにの心を蝕んでいる傑が、初めて憎い、とも。
アイツの全部を、の中から消してあげたい、と、本気でそう思ったんだ。
が望むなら、彼女の心が少しでも穏やかになるよう、前みたいに笑えるように。
何より、僕に救いを求めてくれたのが、嬉しかった。
の心から、身体から、傑の記憶を消しされるなら―――を抱く痛みくらい、我慢できる。

潤んだ瞳で見上げて来るの唇に、優しく口付けながら、彼女の中へゆっくりと自身を埋めていく。

「…んあっ」

その時、の身体が大きく跳ねて、ドキっとした。
涙を浮かべ、歯を食いしばるようなその表情に、一瞬動きを止める。

「……痛い?」

さっきイったおかげでちゃんと濡れていたのに。
そう訝しく思いながらも尋ねると、は左右に首を振った。

「だ…大丈…夫…平気…だから…」

僕の腕を強く掴みながら、震える声で言うは、哀願するような目で僕を見つめた。
そんな顔で見られると、僕の理性も限界で、「力、抜いて…」と言ってから涙を浮かべる目尻に口付ける。
久しぶりの行為では女の子も痛みを感じる、と聞いた事があるから、そのせいかもしれない。
が小さく頷いたのを見て、もう一度、今度は少し強めに腰を押し進めた。

「…ぁあぁっ!」
「……っ」

再び悲鳴のような声を上げたにも驚いたが、彼女の中が思った以上にキツくて更に驚いた。
同時に、一つの可能性が頭に浮かび、思わず息を呑む。

「……もしかして…初めて、とか…」
「……ッ」

その問いに、ハッとしたような顔をしたに、僕は本気で固まった。
いや、血の気が引いた。

「嘘…だろ?何で…っ」

思わず腰を引いて身体を離そうとした。
が、は慌てたように僕の腕を掴んだ。

「お…願い…!やめないで…っ」
「何言って…っていうか、初めてだって分かってたら、こんな―――」
「いい…の!やめないで…お願…い…」
……」

ポロポロ泣きながら哀願するに、僕はどうしたらいいのか分からなくなった。
初めてなら、には好きな男に抱かれて欲しい。
こんな風に、治療の一環みたいな形で僕に抱かれるなんて、いいわけがない。

(…っていうか、一年以上付き合ってて何で傑とはしてないんだよ…?!)

そこが一番驚いた。
てっきり二人はそう言う関係だと思っていた。
硝子だって何となくそんな事を思わせるようなそぶりを見せてたし、累子さんも確か彼女の記憶で根深いのは触覚、それも性行為がどうのと言ってた気がする。
なのに何故―――?

「五条…くん…お願い…」

は相当辛いのか、呼吸を乱し、それでもなお涙目で僕を見つめてくる。
正直、この状態は僕も蛇の生殺しみたいでかなり、いや相当、辛い。
ぶっちゃければ、好きな子が潤んだ瞳で、しかも裸で、「お願い…」と言って来るのを拒める男なんて、この世にいないと思うんだ。(!)
けど簡単に、ハイ、そうですか、と抱けるほど、僕はに対して、軽い気持ちにはなれない。
の望むことは全部、叶えてあげたいって思っていても、彼女が少しでも傷つく可能性があるなら、やっぱり、それは。

「ほんとに……初めてが僕でいいの…?後で後悔されても困るんだけど」

溜息交じりで、少し意地悪な言い方をしてしまうのは、に少しでも気づいて欲しいから。
自分が今、しようとしてる行為に、愛なんてないって事に。
例え僕にあっても、にその気持ちがなければ、意味はない。
なのに―――。

「五条…くんが…いい」
「…………」

凄い殺し文句だ、と思った。
そんな嬉しい事を言われたら、僕の小さな理性なんてアッという間に消し飛んでしまうほどの破壊力を持ってる。

「……じゃあ、もう遠慮はしない。途中でビビってやめてって言ってもシカトするけど、いい?」

そう言って最終確認するようにを見下ろすと、彼女は恥ずかしそうに小さく頷いた。

「…………(くそ…っ…可愛い)」(!)

は無自覚で煽って来るから、困る。
そんな事は言えないから代わりに優しく唇を塞いで、体の緊張をほぐすように口内を舌で愛撫していく。
時折くぐもった声が漏れ聞こえて、その艶のある可愛い声に、我慢の限界が、来た。

「……動くよ?」
「…ん」

の中は凄く熱くて、キツく絞められてる状態のままというのは本当に辛い。
でもの方は逆に少し馴染んだのか、ゆっくり腰を動かすと、さっきのように顔を歪める事はなかった。
それでも少しは痛いのか、僕の腕をぎゅっと掴んでくる。
全身が敏感になっているせいで、彼女に触れられると、そこから熱を持って、甘い疼きへ変わっていく。
とっくに限界が来てるってのに、それは反則だと思いながら、少しずつ動きを速めていく。

「…んぅっ…ぁあ…っ」
……」

苦しげに呼吸を乱す彼女の名を呼んで、その濡れた唇を塞ぐ。
無意識に「好きだ」と言いそうになるのを、キスで誤魔化しながら、理性を蹴散らして、彼女を抱いた。
熱くて、頭の奥が溶けそうになる。
本当に、こんな行為で、の痛みや辛い記憶が消えるんだろうか、とふと思う。
でもは本気でそう信じているかのように、僕に救いを求めた。
その手を、振りほどけるほど、僕は大人じゃない。
こうなって、初めて知った自分の弱さとか、隠し切れなかった想いとか、そういうものを僕だって持て余していて。
少しでも、に癒して欲しかったのかもしれない。
たとえ、そこに彼女の気持ちが、なかったとしても、救われたのは……僕の方だ―――。