【第十八話】 過去の清算―後編




2010年、春―――。


「え?七海くん、就職したの?」
「ああ。マジ、ビックリ。ありえねー」

五条くんはそう言うと、ソファの背もたれに頭を乗せて盛大な溜息をついている。
それもそうだろう。
多分、五条くんが後輩の中で最も信頼してた優秀な術師が七海くんだったはずだ。
なのに卒業後、アッサリ術師を辞め、普通の会社に就職したと聞けば、私でも驚いた。

「何で…術師やめちゃったんだろ」
「まあ…才能があっても心が付いてこなきゃ無理だろうな、続けるのは」
「…心…?」
「呪術師は時と場合によってキツイ選択を迫られる場面もあるし…後輩にもそれを強要しなきゃいけない事もあるし、な」
「そっか…。七海くんは…同級生も失ってるもんね…。何か思う所があったのかも」
「…そう、だな。は~でも七海がいないのは流石にきちーな」

諦めきれないのか、五条くんはそう言いながらガックリ項垂れている。
そこへノックの音が聞こえてスタッフが呼びに来た。

さん、そろそろお願いします」
「はい。あ、代わりのカメラマン見つかったの?」
「はい、何とか!そろそろ来られると思います。あ、じゃあ第四スタジオまでお願いしますねー」

そう言って、再び忙しそうに走って行く。
撮影当日になり、カメラマンが車で事故ってケガをしたとかで、急いで代わりの人を探してくれてたのだ。

「やっと始まるの?撮影」
「うん。ああ、ごめんね?これじゃ帰り、遅くなっちゃうかな。篠田さん、待たせちゃうよね」
「いや、メールしといたから、時間見て来ると思う」
「そっか。あ、じゃあ行って来るけど、五条くんはここにいる?撮影中は誰も来ないと思うし寝ててもいいよ?」

軽くメイクを直して立ち上がると、五条くんはソファでゴロゴロしながらも、「いや」と言って体を起こした。

「それじゃ護衛の意味ないだろ?」
「でも…スタジオだと人が多いし大丈夫だよ。五条くんも落ち着かないでしょ?また他のモデルさん達に囲まれちゃうかもだし」

先月も撮影中、スタジオの隅にいた五条くんをめざとく見つけた子達が、キャーキャー騒ぎながら彼を囲んでしまったのだ。
目立つ容姿だから仕方ないが、五条くんもいちいち相手にするのが大変そうだった。
そう思って言ったのに、五条くんは笑いながら歩いて来ると、

「いや、可愛い女の子に囲まれるのは嬉しいから平気」
「………ふーん」

何だろう、何か今、モヤっとした。
ふと彼を見上げれば、五条くんは欠伸をしながら溢れた涙を拭うのにサングラスを外している。

(そんなに眠いなら控室で寝てていいのに)

何となく気分が沈み、手にしているサングラスを指さした。

「それ、スタジオで外さないで」
「え?」
「……してる方が目立たない」

スタジオは薄暗いから、サングラスをしていればワンチャン、あの派手な容姿が一発でバレる事はない。
そう思いながら廊下に出ると、第四スタジオまで歩いて行く。
五条くんはその後から慌てて走って来ると、「待てよ、」と、私の腕を掴んだ。

「な、何…」
「何か、怒ってない?」
「お…怒るわけないでしょ」
「そーお?何か…言い方に棘があるような…」
「そんな事ないってば。急がないといけないから早く行こ?」

五条くんに掴まれた腕を外し、私は少し早歩きで廊下の角を曲がった。
その時、正面から歩いて来た人がいて、思い切りぶつかってしまった。

「きゃっ」

お互い急いでいたようで、勢いよくぶつかった拍子に反動で体が後ろへとよろける。
その瞬間、私の体は後ろから来ていた五条くんが受け止めてくれたが、ぶつかった相手は思い切り尻もちをついたようだ。

「いった~い!」

その声にハッとし、慌ててしゃがむと、「大丈夫ですか?」と声をかけた。
が、その女の子が顔を上げた時、知っている人物だったから驚いた。

「んも~気を付けてよね~っ。アミ、お尻ぶつけたじゃない」
「ご、ごめんなさい…」
「あれ、アミちゃん…?」

謝っていると、こちらへ歩いて来た五条くんは案の定、驚いている。
ケータイの待ち受けにしているほど好きなグラビアアイドルが目の前にいるんだから、当然と言えば当然だ。

「あれ、あなた、モデルの?」
「はい…」
「えー嘘!同じスタジオで撮影なんだね~。アミ、今終わったとこなの」
「あ、そう、なんですか」
「何か、そっちのカメラマンがケガして、急遽、私を撮ってくれてたカメラマンが呼ばれたみたいね?」
「あ…そうだったんですか?」

通りで見つかるのが早かったはずだ、と思いながら、立ち上がるのに手を貸すと、アミちゃんは後ろにいる五条くんを見て、「うわっイケメン」と口に手を当てた。

「え、ちゃんの彼氏?」
「えっ?…いえ、違います、けど」
「そうなんだー。初めまして、アミですー ♡」
「あ…どう、も」

アミちゃんに挨拶され、五条くんはどういった顔をしていいのか分からないような表情で私を見ている。
その顔を見てたら、つい意地悪をしたくなった。

「彼、ケータイの待ち受けにしてるくらいアミちゃんのファンなんですよ」
「え?そーなの?」
「は?、何、言っ―――」
「私、撮影あるから、五条くん話してたいなら、アミちゃんと話してたら?」
「…あ、おい!」

早口で言って、一気にスタジオまで走り出す。
時間がないというのもあるけど、何となくその場にいるのがいたたまれなかった。
何だろう、さっきから胸の奥がモヤモヤして気持ち悪い。
グラビアアイドルの彼女がスタジオ撮影してるのは珍しいなと思いながら、第四スタジオへと入った。

「宜しくお願いします」

周りのスタッフに挨拶をしていると、雑誌編集者の女性が歩いて来た。

「ああ、ちゃん、待たせてごめんね」
「いえ」
「もう、急にケガしたって連絡が来て。あ、でも隣のスタジオでちょうどウチの姉妹雑誌の撮影しててね。そこに何度か頼んだことのあるカメラマンがいたから終わったらこっちもお願いって無理言ったらOKしてくれて」
「え、でも撮影してたのってアミちゃん、ですよね?グラビアの…」
「ああ、そうよ。でも彼女、グラビア卒業して普通のモデルに転向したいんですって。で、ウチの編集長が試しにって姉妹雑誌の方の撮影に呼んだらしいの」
「え、グラビアやめちゃうんだ」

その話に驚きつつ、ふと振り返ったが、五条くんはまだスタジオに顔を見せない。
本当に彼女と話してるんだ、と思うと、また何となくモヤモヤしてきた。
そこへアシスタントの子が、「カメラマンの方、入りますー」と、言いに来た。
挨拶しなきゃ、と、そのスタッフの後ろから歩いて来る人物に、笑顔を見せて歩いて行った。
が、その顔を見た瞬間、笑顔が凍り付く。

「やあ、。久しぶり」
「……高居…さん?」

全身の血の気が引いたような気がして、自然と声が震える。
何で彼がここに?と思いながら、小さく喉を鳴らすと、高居さんは嘘くさい笑顔を見せて、

「光栄だよ、ピンチヒッターとは言え、またが撮れるなんて」
「……お久し…ぶりです」

ダメだ、足が震える。
だけど、この撮影を私の我がままで止めるわけにはいかない。
全て準備され、後は撮るだけなのだ。
動揺して撮影を飛ばしてはいけない、と強く手を握り締める。

「はい、じゃあちゃんはこっち来て。ああ、メイクと髪、ちょっと直してあげて」

フラつく足で指定された場所に立つと、メイクさんが軽くパウダーを叩き、肌になじませていく。
その間、冷静になろう、と軽く深呼吸を繰り返す。

「はい、じゃあ始めまーす!」

その合図と共に、高居さんがカメラを構えて私の事をファインダーに捉える。
いつもなら自然にカメラの方を見れるのに、高居さんに見られているかと思うと、顔の筋肉が固まったように上手く表情を作れない。

、もっと自然にカメラ見て。もう少し体は右向いて、そう」

何事もなかったように、高居さんは昔のようにそんな声をかけてくる。
それだけで不快な気持ちになっていくせいか、どんどん表情を作れなくなっていく。
何枚か写真を撮ってはみたものの、何度もダメ出しをされ、いったん休憩しよう、と言われた。

「どうしたの、ちゃん…今日はちょっと表情が硬いわよ?」
「すみません…」
「具合でも悪い?」
「い、いえ。少し休んだら…大丈夫です」
「そう?なら、一時間後に再開するから控室で休んできて」

編集部の人にそう言われ、私は「すみません」と頭を下げると、高居さんを見ることなく、足早に控室へと戻った。
心臓が苦しいくらい早くなっていて、息苦しい。
控室に入り、深く息を吐き出すと、ぐったりとソファに座り込んだ。

「…ダメだ…。今日だけは我慢してちゃんとしなきゃ…」

自分に言い聞かせるよう何度もそう繰り返し、気持ちを落ち着かせるのにコーヒーを淹れて一口飲んだ。
その時、ふと五条くんの事を思い出した。
どう見ても控室にはいないし、先ほどのスタジオにも来た様子はなかった。

「どこ行ってるの…?」

(まさか本当にアミちゃんと話し込んでる、とか?)

今、通って来た廊下にも二人はいなかった。
ではどこに行ったのか。

「信じられない…。仮にも護衛中なのにアミちゃんに会ったらフラフラどっか行っちゃうなんて…」

そんな文句を言ってみても本当は心細かった。
いつも傍にいる相手がいなくなる、という不安は、嫌な相手に会ったという不快感と混ざり合い、どんどん大きくなっていく。

(早く戻って来て――――)

そう願いながら両手で顔を覆った。
その時、不意にドアが開いて、五条くんが戻ってきたのかと思った。

「五条く―――」
「やあ、

控室に入って来たのは五条くんではなく、高居さんだった。
高居さんは控室のドアを閉めると、同時にカチッという鍵を閉めた音がして、ハッと息を呑んだ。

「何…してるの…?で、出てって下さい…」
「いいじゃん。久しぶりなんだし少し話そうよ」
「…は…話す事なんてありませんっ」

勝手にソファに座る高居さんを見て、私は慌てて立とうとした。
が、強く腕を引かれ、ソファに引き戻される。

「や…っ」
「さっき、五条、とか言ってたけど、あのサングラスのヤツだろ?」
「……っ」
「噂で聞いたよ。の傍にはナイトくんがいるって。でも彼氏じゃないんだって?」
「関係ないでしょ…っ?放して―――」

腕を強く引き寄せられ、体が密着するだけで鳥肌が立ち、私は思い切り力を入れて抵抗した。
高居さんに掴まれてるだけでも気持ちが悪い。
なのに引き寄せられたと思った体を急に押され、私の体はソファに倒れこんだ。

「や、やだっ」
「何だよ、話そうって言ってるだけなのに、そんな怯えた顔するのが悪いんだろ?」
「放してっ」

圧しかかって来る体重で、体が動かず、ただ足をばたつかせてみても、高居さんはビクともしない。

のせいで撮影もストップしちゃうし、あまり露骨に態度に出されると俺としても困るんだよなあ」
「……やっ」

言いながら顔を近づけてくる高居さんに、思い切り顔をそむける。
こんなスタッフが来るかもしれない場所で、気でも狂ったのかと彼を睨みつければ、高居さんは余裕のある笑みを浮かべて私を見下ろした。

「誰か来ること期待してるなら無駄だよ。皆、休憩でランチに出たからな」
「……っ?」
「って事で、ここに来る可能性のあるやつはいない。アシスタント達はスタジオで作業してるしな」
「な…何する気ですか…?大きな声出しますよ…?」
「いいよ?困るのはだろ」
「何言って―――」
「オマエから誘ってきたって言えば、嘘でも何でも噂は広まる。こんなこと面白おかしくネットで書かれたら、真実なんて分からなくなるからな」
「…最低…っ」

ズルいところは昔と少しも変わってないようだ。
だからと言って、このまま好きにされるのは死んでも嫌だ。
両手を掴まれ、お腹にまたがって来る高居さんを睨みつけると、彼は楽しげに笑った。

「もうハタチだっけ?さすがに処女じゃないよな?」
「……やだっ」

私の両手首を片手で掴み、空いた手で衣装のスカートをゆっくりとまくってくる感触にゾっとした。

「いい感じに短くてそそられるよなあ。いい女になったな、…」
「触らないで…っやだってば!―――五条くんっ」

太ももを撫でながら、ゆっくりと上がって来る手が気持ち悪くて、思い切り彼の名を呼ぶ。
だが、高居さんは薄ら笑いを浮かべると、私の耳元に口を寄せて、

「ソイツ、さっきアミと二人で歩いてったぜ?きっと今頃あっちも宜しくやってるさ」
「――――ッ?」

驚いて高居さんを睨むと、彼はギラギラした目つきで私を見下ろし、ニヤリと笑う。
五条くんが護衛中、女の子と二人でどこかへ行くなんて信じられない―――。
高居さんはそんな私の心を見透かすように、意味深な笑みを浮かべた。

「アミは気に入った男は絶対に逃さない。まあ、あの体で迫られたら、どんな男も逃げるわけないけどな」
「……っ」
「あれ、何で涙が浮かぶわけ?そんなに悲しいか?アミにアイツ取られて。もしかしてアイツに惚れてるとか?」

違う、と叫びたかった。
なのに、勝手に涙が溢れて、頬を濡らしていく。
ただ、怖いのと、よく分からない喪失感が襲ってきて、一瞬、体の力が抜けそうになる。

「お、やっと諦めた?大人しくしてたら気持ちよくさせてやるから」

抵抗する力が緩んだのを勘違いしたのか、鼻息を荒くして再び手を動かし、太ももの付け根まで撫でられ、鳥肌が立った。

「…やだっ!」

その手が中心部に触れようとしてるのが分かった時、思い切り体を捩って抵抗する。

「大人しくしろッ!暴れたって無駄―――」

高居さんがそう言った時だった。
物凄い音がして、控室のドアが開き、私に圧し掛かって来た高居さんが勢いよく引きはがされた。
と、思ったら彼は宙を浮いて壁まで吹っ飛んでいき、ドーンッという大きな音と共に、そのまま床へと落下した。

「…誰の許可得てに触ってんの?」

驚いて体を起こすと、そこには見た事もないくらい怖い顔で高居さんの方へ歩いて行く五条くんが、いた。

「ご…五条…くん…」

五条くんはサングラスを外して放ると、倒れて唸っている高居さんの首を掴み、そのまま持ち上げている。

「つーか、オマエ、誰。…殺すよ?」
「ぐぁ…っ」

五条くんは本気でキレてるのか、掴んでいる手で首を締めあげている。
それを見た瞬間、ハッと我に返り、五条くんのその腕にしがみついた。

「五条くん、ダメ!手、放して!ホントに死んじゃう!」
「あ?コイツはに乱暴しようとしてただろっ?」

更に力を入れている五条くんを見て、本気で怖くなった。
五条くんが、じゃない。
彼が私の為に人を、非術師と呼ばれる人を傷つけてしまう事が、怖かった。

「ダメ!!五条くんにそんなことして欲しくないっ!」

高居さんを掴んでいる彼の腕に思い切りしがみついて叫ぶ。

「私は平気だから…。五条くんに人を傷つけて欲しくないよ…」




そう呟いたの泣き声は、かすかに震えていた。
彼女の体の震えも、しがみついて来る腕からも伝わって来て、熱くなった頭がゆっくりと静まっていく。
力を入れていた手を一気に離すと、高居とかいう男はその場に崩れ落ちた。
どうやら気を失ったようだ。

「よ…良かった…」

はそう言って、いきなり抱きついて来た。
首に腕を回し、僕にしがみつくようにして泣いている。
そのくぐもった声が耳元で聞こえて、我慢も限界になり、彼女の背中へ腕を回すと、強く抱きしめた。

「ごめん…アイツがに触れてるの見てカッとなった…」

言いながらさっきの光景を思い出し、再び怒りがこみ上げる。
でも、腕の中で何度も首を振る彼女はまだ震えていて、胸の奥の方が熱くなった。

「…どこ…行ってたの…っ?怖かった…んだからっ」
「ごめん…」

泣きながら怒って来るに、その言葉を繰り返す。
すると、彼女は少し体を離すと、涙に濡れた瞳で真っすぐ僕を見上げて来た。

「アミちゃんと…何してきたの」
「え…っ?」
「話してていい、とは言ったけど…二人で消えることないじゃない…」
「あ、いや…消えた、とかじゃなくて」
「じゃあ…どこ行ってたの…?」

少しスネたようにそんな事を言って来るが可愛くて、つい口元が緩みそうになり、慌てて手で隠した。

「実は…アミちゃんに低級呪霊がくっついてて、それ祓おうと思ったら、転んだ時に打ったお尻が痛くて歩けないって言うから控室に送って行って―――」
「…そんな見え見えの嘘、信じろと?」
「いや、嘘じゃないって!マジでついてたんだって…!だから呪霊祓ってスタジオ行ったら誰もいないから控室に戻ってきたらの悲鳴が聞こえて―――」
「またドアの鍵を壊したんだ…」
「う…ってか仕方ねーだろ…。悲鳴聞いて焦ってたんだよ」
「前に別荘のバスルームのドアも壊したよね」
「…そんな古い話、今、思い出す?」

苦笑しながら、を見下ろすと、彼女も僕を見上げていて。
そこでふと冷静になり、このままじゃマズいと体を離そうとした。
なのに、は、未だに僕に抱きついている状態で。
このままだと変な気を起こしてしまいそうになる。
ただ、彼女の体は未だ震えていて、凄く怖かったんだろう、と思うと、腕を解くことが出来なかった。
同じ男に二度も襲われかけたんだから、仕方ないのかもしれない。

(高居って、どっかで聞いた事があると思ったんだ…。まさか同じやつとはな)

ふと、そう思いながら、床に転がってる男を見る。
以前、夕海が呪いに転じた時、病室で言い争っている二人の会話が廊下まで聞こえて来た。
あの時、夕海が言っていた男が、この高居という男なんだろう。

(マジ、殺してやろうか…)

この男が彼女に二度も乱暴しようとした事を考えると、一度は消えた殺意が再び溢れて来た…が、そんな事をしたらが悲しむ。
僕のことを思って、止めてくれた彼女の気持ちを考えると、そこは我慢するしかない。
の背中を軽く叩きながら、気分が落ち着くのを待つ。
が…さっきから僕のお腹に彼女の胸が当たっていて…。

「………」(ムラッ)(!)

…やはりこの状態が続くのはダメだ。
さっき変に煽られたせいで多少、体が危ない状態なのは間違いない。

(はあ…アミちゃん、積極的すぎだろ…)

先ほどの行為を思い出し、内心苦笑した。
彼女に低級呪霊が付いてたのは本当で、顔を合わせた時にすぐ気づいた。
でも、それをに伝えて、この場で祓おうか迷っていた時、彼女は何か勘違いしたように、二人で話してていい、と言い出し、一人でスタジオに行ってしまった。
仕方なく、サッサと祓って追いかけようとした時、アミちゃんがお尻が痛くて歩けない、と言い出した。
だから本当に控え室まで送って行ったのが、部屋に入るなり、絡めていた腕にあの巨乳を押し付けられ。
「五条くん、凄くタイプ。今度デートしない?」と明らかに誘っている様子で、どうやって逃げようか考えていると、いきなりキスをされ、あげくソファに押し倒され、襲われかけたのは僕も同じだ。(!)
あげく彼女は積極的に僕の体を触って来て、それには本気で焦った。
いや、禁欲生活を余儀なくされている今、多少その気になりかけたが(!)何とか押しのけて逃げて来たら、これだ。

(ったく…目が離せない…)

そう思いながら、少し体を離すと、の顔を覗き込んだ。

…?落ち着いた…?」
「……ん」

小さく頷き、がふと顔を上げた時、至近距離で目が合い、ドキっとした。
も同じような顔をしたのを見て、勝手に鼓動が速くなっていく。
頭ではダメだと分かっていても、にキスをしたくなった。
ゆっくり屈んで、彼女の唇に、もう少しで触れそうになった時。
が不意に僕から離れた。
…と思った次の瞬間。

「最低…」
「え…?」
「やっぱり、アミちゃんとそういう事してたんじゃない」
「は?アミ、ちゃん?」

急に怖い顔で睨んで来るに、困惑していると、彼女は僕の首元を指さし、

「それ、キスマークでしょ…?」






「ぶあははっはっはっ!バッカねー、五条ってば!」

帰宅後、昼間に起こった出来事を硝子に話すと、案の定、大笑いされ、僕は本気でふて寝しようと、ベッドへ潜り込んだ。

「好きに笑ってろ…。ああ、でもちゃんとに硝子から説明しとけよ?その為に話したんだからな」
「はいはい。まあ、その高居ってオッサンカメラマンに制裁加えてくれたから、そこはちゃんと誤解を解いてあげるわよ」
「チッ。アイツ、常習犯だったみたいで、スタッフに突きだしたら、他にも被害にあってた子がいてさ。そのまま警察コースだよ」
「マジ?じゃあ良かったよ。もうカメラマンやっていけないでしょ」
「やらせるか。二度とと会わないように、被害者の子、何とか説得して通報させたんだから」

あの後ちょっとしたパニックになり、結局撮影は後日、という事で落ち着いた。
もそこは安心したのか、帰りの車では熟睡してしまった事で、アミちゃんとの誤解を解く暇すらなかった。
おかげで、泣く泣く硝子に頼む事にしたってわけだ。

「でもさー大好きなアミちゃんに誘われたなら良かったじゃん。素直に誘惑されておけば良かったのに」
「…は?それ本気で言ってんの…?」
「えーだってファンなんでしょ?アミちゃん」

硝子は不思議そうな顔でそんな事を言って来る。
やっぱり、昔ついた僕の嘘を、まだ信じてたんだ。
それには溜息交じりで、

「………カモフラだよ」
「は?」
「別にファンでも何でもない」
「……マジ?」
「マジ」
「アンタって…」
「何だよ…」
「可愛いやつ!」

いきなり頭をワシャワシャ撫でられ、思い切り顔をしかめた。

「硝子に可愛いとか言われても嬉しくないんですけどね……」
「まあまあ、そんなに落ち込むなって。の誤解さえ解ければ、まだチャンスはあるかもよ?」
「……何だ、それ」
「え~だってから抱きついて来たんでしょ?なら、ひょっとするかもよ?そもそも一度はエッチしておいて普通にしてる今の方が不自然なのよ」
「そういう事を言うな。あれはそういうんじゃないから。ってか、思い出させないで。体に悪い」(!)

思わず目を細めると、硝子は呆れたように肩を竦めた。

の為だったって言うんでしょ?けど、だって女の子なんだし絶対意識する時あると思うけど」
「そんな事で意識されても嬉しくないけど」
「そりゃ気持ちの方が大事だけど、でも男として見られてないよりはいいじゃん」
「…嫌なこと言うね、オマエ」
「五条が珍しくへこんでるから面白くて」
「……出てけ」

硝子に背中を向けると、後ろで馬鹿笑いする声が聞こえた。
とことんムカつくやつだ。

「まあ、でも私はも五条のこと好きだと思うけどな」
「……ありえねー」
「何で?アミちゃんとの事で怒ったのもヤキモチでしょ、普通に」
「………んなわけ。はまだ僕のことをチャラいって目で見てるからだろ。護衛中なのに女の子と消えた事を怒ってたんだよ…」
「まあ…アンタはチャラかったしね~、実際。でも…今はそう思ってないと思うけどな。五条、私から見ても変わったし」

傍から見てると二人とも歯がゆすぎ、と言いながら、硝子は部屋を出て行った。

「歯がゆい言われてもね…」

本気で好きだからこそ、色々と迷うし悩んだり、考えたりする。
呪いを祓うみたいに、簡単にはいかない。
とことん、らしく、ないけど―――。




フラグ回収編でつなぎ的な短編二つほど(;^_^A
七海くん視点、初めて書いた笑
代わりに護衛してて、うっかりヒロインに癒されちゃうお話