【第二十話】 10年目の冬―後編



「えっ?樹さん、来てたの?!」

仕事が一段落して、離れに戻って来た時、からその話を聞いて、私は思わず声を上げた。

「うん。でもまた海外飛ぶみたいで、さっき直接空港に向かった。ほんと、何しに来たんだか」
「うっそー!私も会いたかったなぁ、樹さんにー!」
「…また、そんなこと言って。柊くんに怒られるよー」

嘆いてテーブルに突っ伏す私を見て、は笑いながらご飯をよそってくれた。

「はい」
「あ、ありがと。え~だってこの前来たのは半年前じゃない。次いつ来るか分からないでしょ?樹さん神出鬼没だしさー」
「そうだけど、お父さんのどこがいいの?ただの娘バカだよ?」
「そこも可愛いじゃない。それに樹さんは大人で冷静で気が利くし、たまに見せるあの優しい笑顔に何度もキュン死させられた事か ♡ 今や私の癒しよ、癒し。まあ、柊も好きだけど、それとこれとはまた別なの」

柊、とは私の目下の恋人だ。
ご飯を食べながら、樹さんの好きなとこを上げていると、は思い切り顔をしかめて振り向いた。

「大人?どこが?さっきだって夜蛾学長の前で散々娘バカ発揮して、ほんと恥ずかしかったんだから」
「えーでもに変な虫がつかないか心配してるからでしょ?優しいじゃない」

そう言ってから、ふと先ほどの話を思い出した。

「あ、それでサポートの件はホントにやるの?」
「うん。さっき夜蛾学長にだいたいの事は聞いたけど、それなら術師じゃない私にも出来るし、少しでも伊地知さんの負担を減らしてあげたいの」
「あぁ…伊地知は五条にコキ使われてるからね~。まあ高専での後輩の運命ってやつね」

伊地知は私達の二つ下で高専の出身でもある。
術師ではないが、頭がよく機転も利くのでサポート役に向いているが、如何せん優秀なだけに五条に頼まれごとをする事が多く、アイツの無茶ぶりで最近はかなり疲れている様子だった。
でもがそのサポートとして高専で仕事をしてくれるのは、私にとっても嬉しい事だ。
そう思いながらも、さっきから気になっていた事を思い出し、ソファに座ってスマホをいじっている少年へ目を向けた。
帰って来た時に軽く会釈はしたが、私は樹さんが来てた、という話でそっちに気が向き、彼の事を訊くのをすっかり忘れていた。

「ここ最近、パンダとか変な生き物がこの部屋に入り浸ってたりするけど…あそこの目付きの悪い美少年は……誰?」
「え?」

空いたお皿を片付けていたは、ふと顔を上げて、その子の方へ視線を向けた。

「ああ、やだ。伏黒恵くんだよ。前にも何度か遊びに来てたでしょ?」
「…えっ?あのガキんちょ?嘘、もう中学生になったの?」
「あれ、中学入ってから硝子ちゃん顔合わせてなかったっけ」
「多分…まあ私も卒業してからは真っすぐ帰って来る事も減ったからなあ」
「すーぐ飲みに行っちゃうもんね、硝子ちゃんは」

はそう言いながら笑っている。
が、私はその伏黒恵を見ると、「で、今日は何でいるの?」と訊いてみた。
この少年は、五条があの術師殺しから「好きにしろ」と言われたから、という理由で、あれこれ面倒を見ているのは知ってるが、そこまで五条と仲良しになったようには見えない。
でも数年くらい前から、こうして思い出したように顔を見せるようになった。

「ああ、今日いきなり暇だったからって来てくれたの」
「え…そんな理由で、わざわざ都内からここまで来たの?」
「多分五条くんにも会いに来たんじゃないかな。高専入る前から色々教えてるみたいだよ?」
「へえ、あの五条がね~。え、でもそんな仲良くなったの?」
「……さあ。そんな感じにも見えないんだけど…。あ、もしかしたら前にご飯誘ったから思い出して来てくれたのかな」

は嬉しそうな顔で言いながら、キッチンへお皿を下げに行く。
言ってたように、どうやら私の前に、あの少年もここで夕飯を食べてたようだ。

(何か…家族増えてない?この家)

縁側で寝ている少し大きくなったパンダと、寄り添うようにして寝ているマリンを見ながら、一瞬動物園にいるような気分になった。
すると、不意に少年と目が合った。

「どーも。伏黒くん、だよね」
「はあ」
「今日はどうしたの?五条ならもう少しで戻って来るけど、何か修行でもするの?」
「いえ、別に」
「え、五条に会いに来たんでしょ?」
「…………」

私の問いに、伏黒少年は口元を引きつらせ、何とも言えないような顔をした。
まさか、とでも言いたげだ。

「違うの?じゃあ、何か別の用事?」

素朴な疑問を口にすると、伏黒少年はしばし視線を天井に向け、すぐに私へと戻した。

「…に…ご飯食べにおいでって言われたから」
「え、に?いつ?」
「少し前に…メールくれて」
「メール?え、君、とメールのやり取りしてんの?いつから?」
「…前に五条さんに呼ばれてここへ来た時に…色々心配してくれて、その時にメアド聞かれたんで」

伏黒少年は照れ臭いのか、淡々と話しながらも視線は左右に泳いでいる。
でもその説明を聞いて、私も納得した。
以前、五条と一緒に、この伏黒恵に会いに行ったというのもあるが、その後にきちんと詳しい事情を五条から教えてもらったは、彼の事を酷く心配していた。
その後、禪院家との約束を反故にした五条は、伏黒少年が将来、呪術師として働く事を条件に、高専から彼と義姉二人の資金的援助を約束させ、その際も彼はここへ顔を出している。
まだ小学生だった伏黒少年の事を気にかけていたが、時々彼にメールで近況を聞いていたとしても不思議じゃない。

「そっかぁ。でも大きくなったねー。私が前に会った時は、まだ小学生だったし。背も伸びたんじゃない?」
「まあ…この半年で10センチ以上は伸びましたね」
「マジか。成長期だもんね。あと二年ちょっとで高専来るんでしょ?」
「はあ、まあ」
「………(相変わらず不愛想だわ)」

でも、まあ子供の時よりは話してくれるようになった気がする。
そこへが暖かい紅茶を淹れて戻って来た。

「はい、どうぞ」
「どーも」
「はい、硝子ちゃんも」
「あ、ありがとー」
「パンダくんもおいで。寒いでしょ?」
「おぉ~俺も紅茶飲もうかな」
「………(声変わりしてきたな、パンダ)」

しばし居間のコタツ(五条のだけど)に入り、おかしな顔ぶれで食後の紅茶を飲んでいる、という妙な光景になった。

「あ、そうそう。伏黒くん、にご飯誘われたから来たんだって。ね?」
「………」

あ、何で言うんだって顔だな、これは。
内心そう思いながら苦笑してると、は嬉しそうに「あ、やっぱり、そうなんだ」と伏黒少年に微笑んでいる。
その笑顔を見た伏黒少年は少し照れ臭そうに視線を反らし、

「暇だったから」

と、またしても愛想のない言葉を返している。
でも言葉とは裏腹に、その表情は私に見せていたものより柔らかい。
少なくとも伏黒少年はに対し、好意的な気持ちがあるようだ。

(ほほう…こんな不愛想な少年の心まで開いちゃうなんて、さすが私の(ここ大事)。パンダばかりか思春期真っ盛りの少年まで懐くなんてムツゴロウより大物かも)(!)

何とも勝手な事を思いながら、美味しい紅茶を飲む。
任務は入ってなかったはずだから、そろそろ五条も仕事を終えて帰ってくるはずだ。
言ってみれば、五条もに心を開かされた一人、と言ってもいいだろう。
元がめちゃくちゃだった奴だから、最初こそ意外過ぎて気持ち悪かったけど(!)今じゃすっかり恋する男の仲間入りしてるし。
長年、片思いをしてたようだが、今や両想いになってるとも知らず、一人悶々としてる五条が面白くて、最近はもっぱら高みの見物をさせてもらってる。
いつ二人が互いの気持ちに気づくのか、それはそれで下手な恋愛ドラマを見ているより、面白い、なんて密かに思ってたり。
も未だ気持ちを伝える勇気が出ないようで、以前と変わらない関係を続けているけど、過去に裏切られた恐怖が強いのかもしれない。
そこは心配しなくていいのに、と、ついお節介を焼いてしまいそうになるのを必死に我慢してる私がいる。
二人の問題だから、大事なところは口を出してはいけない。

と、そこへ案の定、騒がしい足音が聞こえて来て、玄関からコタツの持ち主が走りこんで来る。
もっと静かに帰ってこれないのか、コイツは。

!」

帰って来た第一声がそれか。ただいまくらい言えよ、五条…。
そもそも何をそんなに慌ててるんだか。

「あ、五条くん、お帰り―――」
!―――あ、恵、来てたの――今、夜蛾学長から聞いたんだけど、僕のサポートの仕事するってマジ?」

五条は帰って早々、目隠しを外すとの隣にしゃがみこみ、一瞬、その場にいるメンバーへ視線だけ向ける。
が、少年に一声かけただけで、再びの方へ笑顔を向けた。(分かりやすい奴)

「え、五条くんのサポートじゃなくて伊地知さんのだよ?」
「えぇぇっ?何で?何で伊地知?がアイツのサポートすんのおかしくない?」
「おかしくないよ。だって五条くんが無茶ぶりするから伊地知さん疲れて辞めちゃうとこだったんだから」
「あんな事くらいで根を上げる方がダメでしょ」
「あんな事って…さっき夜蛾学長から見せてもらったけど、かなりの仕事量だったよ?他の補助監督さんの倍以上の仕事を伊地知さん一人でやってたんだから、そりゃ根を上げるわよ」
「え~普通だと思うけどねー」

五条は納得いかないと言うように目を細め、唇を尖らせていて、に至っては呆れたように溜息をついている。
まあ、ただでさえ術師も補助監督も人手不足なのだから、一人でも辞められたら私も困るし、今後入学して来る生徒たちにだって影響が出るのだ。
この五条のパワハラぶりでは他の補助監督も恐れをなして、誰も近寄りたがらないだろう。
だからこその人選なんだろうな、とふと思う。
もちろん伊地知の仕事を少しでも軽くすることが一番の目的だろうけど、そのサポート役にを付ければ、五条の伊地知への無茶ぶりも少しは減るかもしれない。
夜蛾学長も何気に、五条を良く見てるな、と内心苦笑した。

「ま、でも伊地知のサポートだろうと、が一緒に高専で仕事してくれるのは、嬉しい事だから、いっか」
「……最初はミスするかもしれないけど、なるべく早く慣れるようにするから」
「いいの、いいの。出来ない事があれば伊地知に任せて」
「……サポートの意味」
「あ?何だよ、恵。何か文句でも?」
「別に」

ふと口を挟んだ伏黒少年は、五条に睨まれようが、どこ吹く風で、の淹れた紅茶を飲んでいる。

「っていうか恵、久しぶりじゃん。どうしたの、僕に会いに来たの?」
「まさか」
「…じゃあ何」
「あ、私が前にメールしたの。津美紀ちゃんも来年、三年生で勉強も大変になるし家事するのも大変かなと思って二人でご飯食べに来られる時はいつでも来てって」

五条の食事を用意しながら、がキッチンから応えた。

「あ?マジ?で…その津美紀ちゃんは?」
「津美紀は今日、友達とご飯行くって言うから俺一人で来た」
「ふーん……」

五条は途端に面白くなさげな顔で伏黒少年を見ると、

「恵ってさ、の言うことは良く聞くよね?僕の言うことには反抗的なのに」
「……反抗したくなるような物言いをするからでしょ」

伏黒少年も負けじと言い返し、五条の口元が更に引きつっていく。
きっと昔に対峙した彼の父親の面影を見ているのかもしれない。(私は顔を知らないけど激似と言ってたし)

「はい、五条くんのご飯」
「お、生姜焼き?」

自分の食事が運ばれてきて、一瞬嬉しそうな笑顔を見せる五条だったが、

「うん。恵くんが食べたいって言うからこれにしてみた」

というの一言で、再びイラっとオーラを放ちだした。

(あーあ。あんな事くらいでスネちゃって大人げない…。でも…ウケる)

男子中学生にまで嫉妬丸出しの五条を酒の肴に飲むのも、悪くない。

、ビール冷えてる?」
「あ、うん。あるよ」
「俺も飲みたーい」
「パンダくんは未成年だからだーめ」
「パンダに未成年も大人もねーよ」
「ワシントン条約に引っかかるでしょ」
「………マジ?」

(何だか"五条とゆかいな仲間たち"みたいになって来たな、この家…)

そんな事を思いつつ、たまにはこんな賑やかなのも悪くない。

(五条は邪魔者が増えて不満だろうけど)

内心、苦笑しながら、の運んできたビールへ、手を伸ばした。








小1の時、俺の父親と、津美紀の母親、それぞれがくっついて、蒸発した。
白髪の怪しい男が言っていた。
俺の父親は、いいとこの呪術師の家系だと。
そして金で俺をその家に売ったのだ、とも。
五条悟と名乗ったその男が言った。

「ムカつくでしょ」

ああ、ムカついたさ。
勝手に俺を売って消えた父親も、アンタのデリカシーのなさにも。
だけど、そのムカつく男が、禪院家との約束を帳消しにし、俺が将来、呪術師として働くことを担保に俺と津美紀の高専からの資金的援助を通してくれたらしい。
最初は何が呪術師だ、と思った。
この俺が誰を助けるんだ、と。

でも何度か五条悟の元へ通う内、津美紀と似たような空気を持つ彼女と再会した。
あの男が初めて俺に会いに来た時、一緒にいた女性だ、とすぐ気づいた。
遠慮のない言葉をぶつけてくるアイツを、止めようとしてくれた人だ。

アイツは"親友の彼女"と言っていたが、その彼氏だとかいう親友は一度も姿を見かけた事がない。
そして彼女と暮らしてるのは、やっぱりアイツで。
子供の俺は少し混乱したけど、"親友の彼女"なんて言うわりに、どう見たってアイツは彼女に惚れてるようにしか見えなかった。
そもそも最初に会った時、彼女にキスしようとしてたのを、俺はハッキリ覚えている。
彼女の方は全くといっていいほど、アイツの気持ちに気づいてないみたいだったけど。
子供心に複雑な関係なんだという事は何となく分かった。

「久しぶりだね、恵くん。私の事、覚えてる?」

少し緊張気味に話しかけて来た彼女は、ガキの俺をバカにするでもなく、舐めた態度をするでもなく、ただ、心配してくれた。
来るたび、やたらと世話を焼いて来る彼女に、最初は素直になれず素っ気ない態度をとってしまったけど、本当は、凄く嬉しかった。
どんな態度をしようと、いつも変わらない笑顔をくれて、美味しい物を作ってくれる。
10歳くらいしか違わないけど、母親がいたらこんな感じなんだろうか、とバカな想像までした事がある。
彼女に言えば、そんな歳じゃないって怒るかもしれないけど。
だから何度となく、足が向くようになって、何だかんだ理由を作っては、こうして彼女に会いに来てしまう。

中学に上がった頃、彼女がモデルの仕事をしてるのを初めて知った時は、津美紀に頼んでファッション誌なるものを買ってきてもらった事もある。
そこで初めて、カメラに向かって強い意志を宿した眼差しを向けている彼女が、とても綺麗なことに気づいた。
いや、綺麗な人だとは思っていたけど、ガキだった俺はきっとそんな風に見てなかったんだと思う。
津美紀もそうだが、心の綺麗な人は、独特の美しさがある。
変に着飾らなくても、内面から滲み出るような、そんな美しさ。そして彼女は傍にいるとホっとするような暖かさがある人だ、と思った。
俺がどうしても呪術師をやらなければならない運命なら、こういう人を助けたい。そう思った。

だから、不思議だった。
どう見ても善人にしか見えない彼女が、何故、このデリカシーの欠片もない男と、一緒に暮らし、傍にいるのか。

「何だよ、恵。その文句のありそうな顔」

つい思っていた事が顔に出てしまったのか、五条悟は俺の視線に気づいて、徐に目を細めた。
彼女の手料理をペロリと平らげ、更に手作りだというわらび餅を食後のデザートとして美味しそうに食べながら、俺を睨むこの人は、彼女のいったい何なんだろう?

「別に…」
「言いたいことがあるなら言えばー?」

最後のわらび餅を口に放り込むと、五条悟は意味深な笑みを浮かべて、俺を見た。

「別に…何もないっスよ」

最初こそ外していた目隠しも、今ではその六眼なる目を覆い隠しているから、あまり表情は分からない。
でも口角が上がっているところを見れば、またあの嫌味な笑みを浮かべているんだろう、というのは想像出来た。

「何っスか」
「いや、何か恵、前より丸くなったよねー」
「……別に変ってないけど」
「いやいやいや…最初に会った頃より何つーか…感情を出す事が多くなった」

何が言いたいんだ、と思いながら、視線を向けると、彼は僅かに目隠しをズラし、その碧い眼で俺を見つめた。

「呪力も安定してきてる。何気に扱える式神、増えてない?」
「まあ…それなりに」
「その分だと、高専入る頃にはもっと増えそうだね。楽しみ」
「楽しみ?」
「だって生徒の成長は嬉しいもんでしょ。センセーとしては」
「俺、まだアナタの生徒じゃありませんけど」

素っ気なく言った途端、五条悟は楽しそうに笑って、コタツから出ると、俺の頭をクシャリと撫でた。

「今日泊まってけば?もう遅いし」
「え…?」
、俺の部屋に布団敷いてー。恵、泊まってくって。僕はお風呂入るから宜しくねー」
「ちょ、勝手に…っ」

慌てて立ち上がろうとした俺の制服が、いきなり何かにグイっと引っ張られ。
振り向けばパンダのデカい顔が目の前にあって顔が引きつった。

「泊ってけよ、恵」
「………(パンダに呼び捨て?)」
「俺、オマエの先輩だから」

俺の考えてる事が分かったのか、パンダ…先輩は、そう言ってニヤリと笑った。

「俺も時々泊ってくんだ。大勢の方が楽しいだろ」
「い、いや、でも…」

さっきから存在は気になっていたが、何でパンダと会話が出来るのか、聞く勇気がなくてスルーしてた。(!)
でも、こうして話しかけられると、普通に気になって来るのは人間の心理だろう。

「パンダ…先輩は何で話せるんスか」
「ああ、俺、突然変異呪骸だから」
「突然変異呪骸…?」
「ま、いいじゃん。―――あ、、俺も泊ってくから布団敷くの手伝うぜ」

パンダ先輩は俺の布団を出している彼女の方へドタドタ走っていく。
そして言った通り、布団を敷くのを手伝いだして、実は中に人間が入ってる着ぐるみなんじゃないかと思えて来た。

「あ、パンダくん、枕ってこれ?」
「うん。俺はこっちのビーズ入りがいいんだ」
「へえーシャカシャカうるさくない?」
「あのシャカシャカがいいんだ。気持ちいいから」
「………(パンダが枕を選んでる)」

普通に会話をしてる彼女を見ていると、小さく笑みが零れた。
彼女はどんな相手に対しても、分け隔てなく優しくて。
そういう姿を見てると、ホっとする。

(ああ…だからきっと…)

ここへ足を運んでしまうんだ。

「あれ、恵くん、どうしたの?」
「俺も手伝います」

そう言って、彼女の手から布団を受け取ると、彼女は「ありがとう」と、その柔らかい笑顔で、俺に微笑んだ。








パンダくんと恵くんとで布団を敷き終えて、明日の仕事の準備をした後で、お風呂に入っている五条くん用に新しいバスタオルを置いておこうと脱衣所のドアを開けた。
その時、同時に風呂場のドアが開き、一瞬だけ目が合う。

「ご…ごめんっ!!あ、あのこれ、新しいバスタオル…!」

慌てて後ろを向き、手だけを後ろへ差し出す。

「あ、ああ…サンキュ」

五条くんがバスタオルを取った感覚が伝わって来て、すぐ出て行こうとした。
が、いきなりガシっとその腕を掴まれ、強引に振り向かされる。

「な、何…?」

振り向くと、五条くんは腰にバスタオルを巻いていて、少しだけホっとしたものの、当然上半身は裸だ。
視線を反らしていると、五条くんは、「恵、泊ってくって?」と訊いて来た。

「う、うん…今、一緒にお布団敷いたよ?」
「そっか。ありがとね」
「…あ、あとパンダくんも泊まるって言うから五条くんの部屋に…」
「マジ…?アイツ、すっかり我が家のように寛いでるよな。ウケる」

五条くんは楽しげに話しているが、風呂上りの彼からは良い匂いがして、勝手に心臓が速くなっていく。
ついでに風呂場からの湯気で少し息苦しくなってきた。

「じゃ、じゃあ私、戻る―――」

再び脱衣所を出て行こうとすると、動いた瞬間、腕を掴まれたままだったせいで、少し後ろに引き戻される形になった。

「な、何?」

驚いて顔を上げると、五条くんは苦笑いを浮かべて私を見ている。

、耳まで真っ赤」
「だ、だって」
「そういうとこ、変わんないね」

私の目線まで屈み、顔を覗き込んで来る五条くんに、ドキっとして後ずさる。

「…そんな恰好なんだし…当たり前でしょ?放してよ」
「んーそんな顔されると意地悪したくなるんだよなぁ」
「な、何よ、それ」

五条くんを見上げれば、確かにからかいモードの意地悪な顔をしている。

「だって、可愛いから」
「……そ、そういうこと言うのやめて」
「何で?」
「だ、だから……恥ずかしい」

言った傍から顔が熱くなって、掴まれた腕を放そうとした。
その瞬間、僅かに引き寄せられて、気づけば裸の胸に顔を押し付けられていた。

「ひゃっな、何―――」
が僕を煽ったんでしょ」
「あ、煽ったつもりはないけどっ」

腰を抱き寄せられ、カッと顔の熱が一気に上がる。
何とか離れようと体に力を入れると、不意に頭へ口付けられたのが分かった。

、倒れそうだから、これくらいで勘弁してあげる」
「な、何それ…!」

腕から解放されてホッっとしたのと同時に、ムっとして五条くんを睨むと、彼は笑顔で、私の頭を撫でた。

「まあ、がそういう反応するってことは、僕のことちゃんと男として意識してるって事だよね」
「……え?」

ドキっとして五条くんを見上げると、優しい瞳が私を見つめていた。

「今はそれだけで満足」
「な、何が…?」

何が言いたいんだろう、と思っていると、五条くんは再び私の顔を覗き込むと、

「ま、少しずつ意識してってよ」
「ど、どういう意味…?」
「そういう意味」

五条くんはニヤリと笑うと、不意に私の頬へちゅっとキスをした。

「………ッ」
「ぷ…、ゆでだこみたいだよ?」
「…タ…タコじゃない!」

私の顔を見て吹き出した五条くんにムっとして、そう怒鳴ると、そのまま脱衣所を飛び出した。
心臓がうるさいくらいに鳴っていて、顔全体が熱い。
その時、後ろから、五条くんの笑い声が聞こえて来た気がした。

(五条くんてば…また私をからかったんだ…)

そう思うと腹が立った。
でも、さっきの五条くんの言葉を思い出し、ふと足を止める。

"がそういう反応するってことは、僕のことちゃんと男として意識してるって事だよね"
"少しずつ意識してってよ"

あれは、どういう意味だったんだろう。
あの夜以来、意識する方がダメなんだって思って接してきた。
変に意識したら、五条くんも困るだろうって思ったからだ。
なのに、いきなり意識して欲しいみたいに言われて、戸惑った。
これまでも散々からかわれた事があったけど、あんな風に言われたのは初めてだ。

「……どういう、意味?」

その答えを知るのが、怖いくらい、心臓がドキドキしてる。
もうすぐ、五条くんと出会って、10年目の冬が来る―――。





今回は伏黒くんも登場。入学前から多少交流あったみたいだけど最初のイメージ最悪だから今も頼りたくなさげですよね笑
次から一年後にまた飛びます。