【第二十三話】まるでそれは呪いのような―後編




「お、すげー呪力量…」

校舎の中で一気に膨れ上がった大きな大きな塊。
憂太が里香ちゃんを呼び出したのか、それとも憂太の危機を察知して、自ら姿を現したのか。
どちらにせよ…

「凄まじいね。これが特級過呪怨霊、折本里香の全容か…。女は怖いねぇ…クックック」

憂太は里香ちゃんに呪霊の相手を任せ、子供たちと真希を抱えて此方へ移動してるようだ。
その間も、校舎で破壊音が響いて来る。
そして数分後、憂太が姿を見せた。
今朝、見た時よりも、その表情には生気が宿り、感情が現れていて。
必死に、人を助けようとしている。
一歩、一歩、震える足を進めながら、憂太は門の方へ歩いて来た。
同時に、"帳"が消える。

「おかえり」

限界が来た憂太は、僕の顔を見るなり、その場に崩れ落ちた。

「頑張ったね」
「…はい」

たった一人で三人を抱えて来た憂太は、全身から汗が噴き出している。
子供二人、そして真希もケガをしている為、そのまま全員を近くの病院まで運んだ。

「問題ないってさ。真希も、子供も」

医者からケガの状態を聞いてから戻ると、憂太は廊下のソファに疲れ切った様子で座っていた。

「良かった…」
「何かスッキリしない顔だね」

憂太は何かを考えこむような顔をしていたが、ふと左手にはめた指輪を上へかざす。

「…初めて自分から里香ちゃんを呼びました」
「そっか。一歩、前進だね」
「僕、少し思い出したんです」

"約束だよ。大人になったら、里香と憂太は結婚するの"
"いいよ。じゃあ僕らは、ずーっとずーっと一緒だね"

「里香ちゃんが僕に呪いをかけたんじゃなくて、僕が里香ちゃんに呪いをかけたのかもしれません…」

ふと、寂しそうな顔で呟く憂太に、僕は、何となく、その気持ちが理解できる気がした。

「これは持論だけどね。―――愛ほど、歪んだ呪いはないよ」

ふと、胸に広がる苦い記憶。
誰もが、心の奥に、何かしら歪んだものを抱えてるのかもしれない。

「五条先生にも…そんな経験が?」

憂太が不思議そうに顔を上げ、僕を見る。

「まあ…痛い…初恋、かな」
「初恋…?」
「そ。現在進行形、のね」

自嘲気味に笑うと、憂太は何かを察したような表情を見せた。

「今も…その人のこと、好きって事ですか」
「僕、こう見えて意外と一途なんだ」

そう言った僕を見上げて、憂太は「素敵…ですね」と、かすかに微笑んだ。

「先生…僕は呪術高専で、里香ちゃんの呪いを解きます」

決意したように、ハッキリと自分の意思を告げた憂太を連れて高専へ戻ると、離れへ帰る前にジジイどもの待つ部屋へ足を運んだ。
案の定、ジジイどもは怒り心頭といった様子で、食って掛かって来た。

「特級過呪怨霊、折本里香、422秒の完全顕現」
「このような事態を防ぐために、乙骨を君に預けたんだ」
「申し開きの余地はないぞ、五条悟」
「まあ…元々言い訳なんてするつもりもないですし」
「何をふざけている!折本里香があのまま暴走していれば町一つ消えていたかもしれんのだぞ!」
「…そうなりゃ命がけで止めましたよ。あのね、私らがあの呪いについて言える事は一つだけ。"出自不明"。術師の家系でもない女児の呪いが、どうしてあそこまで膨大になったのか。
理解できないものを支配する事はできません。ま、トライ&エラーってね。しばらく放っておいて下さいよ」

頭の固いジジイどもにそう告げて、部屋を出て行こうとした時、それまで黙っていたジジイの一人が呟いた。

「乙骨の秘匿死刑は保留だという事を忘れるな」
「…そうなれば。私が乙骨側につくことも忘れずに」

軽く殺気を向けて言い放ち、その部屋を後にする。
手に負えないと分かれば、簡単に死刑だなんだと、騒ぎ立てるジジイどもにウンザリしていた。

「ったく野暮な年寄りどもめ。ああはなりたくないね…気をつけよ」

サングラスを外し、いつもの目隠しをすると、暗い建物から明るい校庭へと歩いて行く。

「若人から青春を取り上げるなんて許されてないんだよ。―――何人たりともね」









昨日、高専に戻って来た後、五条先生から刀を渡された。
先生曰く、里香ちゃんくらいの大きな呪いを祓うのは、ほぼ不可能、でも"解く"となれば話は別らしい。
指輪を通して、僕と里香ちゃんとのパイプは出来てると言う事だった。
そこで、この刀に里香ちゃんの呪力を少しずつ溜めて支配していく。

「と同時にぃ。刃物の扱いも覚えなきゃだし、何より君、超貧弱だから徹底的にシゴキます」

と、何とも爽やかな笑顔で言われ、今日は朝から教室ではなく、校舎裏にある広場へ来るよう言われた。

「ここでいいのかな…?」

まだ誰も来てないなぁ、と思っていると、すぐにパンダくんと狗巻くんが歩いて来るのが見えた。

「おっはよぉ、憂太。悟はまだか?」
「しゃけ、しゃけ」
「お、おはよう…。パンダくん、狗巻くん。五条先生はまだ……あ、来た」

二人の遥か後方に、あの長身と白髪が見えて、ホっと息をつく。
その隣にはさんもいて、二人で何やら楽しそうに笑いあっていた。

「あ、みんな、おはよう」
「おー。今日も悟の手伝いか?」
「うん。まだ伊地知さんが戻ってないから細かい事は私がやらなきゃ、五条くん、すぐ伊地知さんにやらせちゃうし」
「それが伊地知の仕事だろ?」
「そうだけど、量が多すぎるの!」

さんに睨まれた五条先生は、不満げに唇を尖らせていて、どこか子供みたいだ。
そんな二人を見ているパンダくんと狗巻くんは、どこか楽しそうで、さんがいると何となく場が明るくなる気がした。

「あ、憂太くん。これね、体力づくりのメニュー作ってみたから、参考にしてみて」
「え?僕に、ですか?」
「うん」

笑顔で歩いて来たさんが、僕にメニュー表を差し出すと、五条先生は「どれどれ」と、それを覗き込んだ。

「へぇー!さすが。体力づくりの基礎から仕上げまで、きっちり書かれてる。え、夕べ遅くまで何かしてると思ったら、コレ作ってたの?」
「うん。やった事ない人って体力づくりって言われても最初は何からしていいのか分からないもんだから。こういうハッキリしたのがあればいいかなって」
「あ…ありがとう、御座います」

僕の為にわざわざ作ってくれたんだ、と思うと、感激した。
そのメニュー表は僕にでも分かりやすく書かれている。
彼女の言う通り、これまで運動の類は苦手でした事もなかったし、五条先生に貧弱だから鍛えると言われても、どうしていいのか分からなかったのだ。

(これを僕のためにさんが遅くまで…)

と、思いながら眺めていると、ふと何かが気になった。

(ん…?遅くまで…さんがこれを作っていた事を、何で五条先生は知ってるんだ?)

遅くまで、という事は夜遅くって意味だろう。
で、夜遅くにさんが作業していたのを、五条先生が見ていたわけで…。
と、そこまで考えて、ちょっと驚いた。

(え…?まさか…二人は一緒に住んでいる、とか?)

ドキっとしつつ、五条先生を見れば、パンダくんと狗巻くんに何やら話していて、さんはそれを聞きながら、時折「それじゃ危ないよー」と何やら突っ込んでいる。
二人は恋人かな?とは思っていたけど、でも待てよ?
昨日、五条先生は"痛い初恋"の話をした後、"現在進行形"と言っていた。
何となく、その言い方が片思い的に聞こえたから、深くは考えず、そうなんだ、と思っていたが、さんの事を考えると、どうも少しおかしい気がしてきた。

(二人はどういう関係なんだろ…。恋人同士なら五条先生の初恋の相手はさんで、今は一緒に住んでる仲って事になるけど、昨日の感じはどう聞いても…)

これまで里香ちゃんの事があったから普通の恋愛事情に疎い僕には、ちょっと複雑すぎて余計に混乱してきた。
そこへパンダくんと狗巻くんが歩いて来た。

「憂太。まずは基礎体力を上げるんだろ。俺達が手伝ってやるよ」
「え、いいの?」
「しゃけ、しゃけ」
「……」

(狗巻くんは笑顔で頷いたから、しゃけってのは"そうだよ"って意味かな?語彙がオニギリの具しかないから難しいけど…)

そんな事を思いながら、五条先生とさんを見ると、二人は仲良く石段に腰を掛けてメニュー表を見ている。
そして僕に気づくと、五条先生は笑顔で手を振って来た。

「頑張れよー。パンダは何気にスパルタだから」
「は、はい…(スパルタ?)」

恐る恐る振り返ると、パンダくんはニヤリと笑い、

「まずはこの広場を100周」
「えっ?走るってこと?」
「いや、まずは早歩きから。そのメニュー表に書いてるだろ?今まで運動もしてこなかった奴が、いきなり走ったら体に良くないからな」
「あ…ほんとだ」

さんの作ってくれたメニューに、そう書いてある。
そして運動のメニュー表の裏には食事のメニューなんかも書かれていて、バランスよく食事を摂ってね、とメモまでしてある。

「ほら、憂太。行くぞ」

パンダくんと狗巻くんは早速歩き出していて、僕は慌てて二人の後をついて行った。
どうやら彼らも僕に付き合って歩いてくれるらしい。
最初は怖かったけど、実際は優しいんだな、と思うと、嬉しくなった。

「で、でも…早歩きも結構疲れるね」

一周歩いただけで早くも息切れがしてきた。

「そうだろ?なかなかいい運動になる」
「しゃけ~」
「二人もこういうのやったの?入学した時」
「いや、俺達は元々鍛えて来たから、こういう基礎なんかはやらなかったかな。いきなり課外授業って感じ。悟は本来のんびり教えるってより、実戦やらせて経験を積ませるやり方だし」
「へ、へえ…。ああ、そう言えば昨日はまさにそれだった…」
「だろ?呪い祓除の経験ゼロだった憂太を、軽めの任務とはいえ行かせたのは、まあ里香ちゃんがいたからだろうけど、無茶ぶりではあるよな」
「しゃけ…」

パンダくんと狗巻くんは苦笑気味に言って、さんと楽しそうにお喋りしている五条先生へ視線を向けた。

「あ~あ、悟のやつ、俺達に憂太の面倒みろとか言って、ほんとは自分がと一緒にいたかっただけじゃねーの」
「すじこ!高菜!」
「だよなあ?棘もそう思うだろ」
「………(パンダくんは狗巻くんの言ってる意味が理解できるのかぁ)」

スムーズに会話をしている二人を見ながら、凄いなあと感心してしまう。
が、そこで気になっていた事を思い出し、パンダくんに訊いてみる事にした。

「あ、あの…パンダくん」
「ん?値を上げたのか?まだ20週しかしてないのに」
「い、いや…そうじゃなくて…。五条先生と…さんの事なんだけど…」
「あの二人がどうした?」
「ちょっと気になって。えっと、二人は恋人同士…なの?」

思い切って尋ねると、パンダくんはふと足を止め、狗巻くんと顔を見合わせた。
そして盛大に吹き出すと、

「いや、二人はそんな関係じゃないよ」
「えっ?そ、そう…なんだ…。じゃ、じゃあ…ただの同僚、とか?同じ歳だって言ってたし…」
「いや、は元々モデルやってんの。でも今は補助監督のサポートやらされてる」
「え、モ、モデル?モデルって…あのモデル?綺麗な服を着て写真撮ったりする…」
「そう、そのモデル」
「…通りでスタイルいいはずだ…。え、でもますます謎なんだけど…モデルのさんが何で高専でサポートなんか…」
「ま、その辺は話すと長くなるな。簡単に言えば、はある呪詛師に命を狙われてる。んで、高専で保護対象になってて、彼女の護衛任務を任されてるのが悟ってわけ」
「しゃけしゃけ!」
「……保護対象?」

パンダくんは割とサクッと説明してくれた事で、全体的に何となくは理解できた。
でも細かいところで言えば、何故モデルの彼女が呪詛師――己の利益や快楽で呪殺をする悪い奴らってのは聞いた――なんかに命を狙われてるんだろう、という疑問はある。

さん…命を狙われてるなんて感じしないのに…」

ふと思った事を口にすると、パンダくんは楽しげに笑った。

「まあ、昔は大変だったみたいだけど、今はすっかり元気になったんだ」
「え、昔って…いつくらい?」
「10年前」
「えっ!」

10年前、と聞いて、僕もさすがに驚いた。
という事は、そんな長い間、彼女は命を狙われ続け、今も五条先生に護衛されてるって事なんだろうか。
そんな僕の気持ちを察したのか、パンダくんは、「は10年、この高専の敷地に住んでる」と言った。

「え、ここ?」
「そう。んで悟も一緒に住んでる。あ、でもあと家入硝子って悟の同級生も住んでるんだ」
「ああ…そうだったんだ」
「何?まさか悟とが同棲でもしてると思ってた?」
「い、いや…まあ…」

さっきチラっと頭を掠めた事を思いだし、笑って誤魔化すと、狗巻くんは「おかか…」と目を細めて首を振った。
この雰囲気は、どこか否定的な感じに見える。
するとパンダくんは、「ま、でも悟はに惚れてるけどね」と、言ってニヤリと笑った。

「えぇそ、そう…なの?やっぱり…」
「やっぱりって事は昨日初めて会った憂太も気づくくらい分かりやすいって事だな。気づいてないのはくらいだな」

パンダくんはケラケラ笑うと、「ってことで、憂太も知らないフリしてやって」と肩を竦めた。

「そ、そんな事は言わないけど…。え、さん、気づいてないんだ。五条先生、分かりやすいのに」
「まあ、は鈍感なとこあるしな。でも、そもそも悟とは別の護衛任務で知り合って、ずっと友達だったらしいから、その辺も関係してるんじゃないか?」
「あ、友達…」
「んで…は元々悟の親友の恋人だったらしいけど、実はの命を狙ってる呪詛師ってのが、その元恋人なんだ」
「えぇっ?……そんな…元恋人が…命を…?しかも五条先生の親友だなんて…」

驚いてる僕に、パンダくんは自分の知ってる事の経緯を簡単に話してくれた。
それはさんにとっても、五条先生にとっても、きっと辛い出来事だったんだろうな、と感じた。
二人は、恋人と親友を失った、いわば同じ痛みを持つ"同士"みたいな関係だと思う。
そこでふと、昨日の五条先生の話を思い出した。
やっぱり初恋の相手はさんの事だったんだ。
という事は、五条先生は10年もの長い間、親友の恋人だったさんに片思いしてるって事になる。

(だから…あんなこと言ったのかな…)

そう思いながら五条先生を見ると、隣に座るさんに何やらちょっかいをかけては逃げられ、スネたような顔をする。
でも、また楽しそうに話しては、時折笑いあう二人に、そんな過去があるようには全然見えない。
それは二人で色んな事を乗り越えて来たからなのかもしれないな、と、ふと思う。
もし…里香ちゃんが生きていたら…僕らもあの二人みたいに、今も仲良く笑いあえていたんだろうか。

「おい、憂太、ペース落ちてきてるぞ」
「おかかー」
「あ、ご、ごめん」

気づけば僕より先を歩いてる二人に気づき、慌てて走っていく。
ただ早歩きをしてるだけで、すでに汗だくだった。

「憂太くん、頑張って!あともう少しだよ!」

さんが笑顔で手を振ってくる。
そんな彼女を見て、五条先生は何を思ったのか、不意にさんの頬へキスをした。(!)

「…えっ?!(ななな何してんの?五条先生っ!)」

その光景にギョっとして、つい足を止めて二人を見ていると、さんが真っ赤になって五条先生に文句を言っているようだ。
でも怒られてるはずの五条先生は何故か楽しそうで、あれはどう見てもデレデレしてるようにしか見えず、何故か僕が赤くなってしまう。
するとパンダくんも見ていたのか、呆れ顔で溜息をついた。

「まーた悟のヤツ、セクハラしてる」
「おかか!ツナマヨ。高菜ーっ」(めっちゃおこ)
「え、またって…アレ、普段もああなの?」
「まあ…憂太もそのうち分かるよ。悟は究極の構ってちゃんだから、自分と一緒の時に、の意識が他に向くと、ああやって気を引こうとすんの。ある意味子供で、ただのバカとも言う」
「そ…そう…なんだ…(ってか生徒の前とか気にしないんだな、五条先生…素直すぎ)」

なのにさんだけ五条先生の気持ちに気づいてないんだから、ちょっと面白い、なんて思ってしまう。

「告白…すればいいのにね、五条先生」
「ああ、そう思ったこと何回もある。でもまあ…最近の悟は前より、かなり好き好きアピールしてるから、そのうち告るんじゃないかと、俺は思うな」
「…おかか、こんぶ…」
「あー棘も大好きだから悟とくっつくのは、どっちかと言えば嫌なんだよな?」
「しゃけ…」
「え、狗巻くんも…さんのこと、好きなのっ?」

ちょっと驚くと、パンダくんは笑いながら、「のこと、好きじゃない奴なんて、この高専にはいないよ」と言った。

「ま、上は知らんけど。と接したことのある生徒はみーんなの事が大好きになるんだ」
「しゃけしゃけ」

狗巻くんも笑顔で頷く。

「あ…そういう、意味か…」

でもそれは何となく分かる気がした。
きっとさんは生徒、いやそれ以外でも、一人一人と向き合って接してくれる人なんだろう。
高専の教師でもないのに、僕なんかの為にこんなメニューを考えてくれる人だから。
里香ちゃんの為に泣いてくれるような、優しい人だから。
きっと、五条先生は、彼女のそういうところに、強く惹かれたんだろう。
あんなに素直に表現している先生が可愛く思えて、ちょっとだけ羨ましく思った。






「もうー!何でそういう事するの?生徒の前なのにっ」

いきなりキスをされた頬が一気に熱くなり、隣で済ました顔の五条くんを睨む。
仕事中でもたまにこうやってふざけてくるとこがあるから、地味に困ってしまう。

「だってが憂太に笑顔で手を振るから」
「……それで何でキスしてくるわけ?」
「僕を見て欲しいから?」
「………」

思わずジトっとした目で睨むと、五条くんは「え、何で睨むの」と不思議そうな顔をする。
そこで先日七海くんから聞いた話を思い出し、小さく溜息をついた。

「五条くん…この前七海くんにも何かしたでしょ」
「え?七海?」
「七海くん言ってたよ?誘いを断ったら、五条くんにつきまとわれて大変だったって。あげく変なメモ渡したんだって?絶対私には見せられないって言って教えてはくれなかったけど、七海くん相当ダメージ負ってたよ?」」
「あ~あったな。そんなことも」

五条くんは思い出したように吹き出すと、

「まあ…あのメモはに見せられないだろ」

と意味深な笑みを浮かべる。
そんな顔をされると、どんな内容だったのか気になって来た。

「なんて書いたの?あの七海くんにあそこまでダメージ負わせるなんて、かなり酷いこと書いたんでしょ?」
「いや…っていうか、そのメモはメッセージじゃない。僕が描いたのは絵だから」
「……絵って、何の?」
「……には…見せられない」
「何でよ…」
「だって怒るから」

ますます気になる。
でも怒る、という事は、どうせろくな物を描いてないんだろうな、と理解した。(!)

「それよりさ、今年のクリスマスなんだけどー」
「あ、話そらした!」
「いや、そらしたわけじゃないけど」

五条くんは困ったように笑うと、

「真面目な話。クリスマスは二人で…食事しない?」
「……え?」

ドキっとして顔を上げると、五条くんの顏は意外にも真剣だった。

「な…何でクリスマス…?っていうか、まだまだ先じゃない」
「だから先に予約しておこうと思って。は何か予定ある?」
「な…ないけど…」
「じゃあ決まり!」

五条くんは笑顔でそう言うと、スマホを取り出し予定表をチェックしている。
その、どこか嬉しそうな空気を出す五条くんに、少しドキドキしてきた
これまで、こんな風に誘われた事はない。
いや、去年もどこか外で過ごそう、と言われた気がするけど、結局二人とも仕事が入ってダメになったのだ。
密かに、高専の外で、五条くんと二人きりのクリスマスを過ごせる、なんて喜んでいたから、あの時はガッカリした。
だから今年も誘ってもらえて凄く嬉しい。

嬉しいけど…急にどうしたんだろう。ここ一年、ずっとこんな調子で何となく調子が狂う。
最初はからかってるだけなんだ、と思ったりもしたけど、最近はそういう事でもない気がしてきた。
ただ、生徒の前でも同じノリだから、やっぱり私の反応を見て楽しんでるんだ、と思ってしまう。
ふざけてキスしたり、思わせぶりな事を言ったり、でも肝心な事は何も言わない五条くんの気持ちが、どこにあるのか、私には分からなくて。
本当は、もっとハッキリした何かを、欲しくなってきてる私がいる。
未だに特定の恋人を作ろうとしない五条くんにホッとはしてるけど、それは彼が単に忙しいだけだから、という気もしてきた。
それに、もしこの護衛任務が終わったら私たちはどうなってしまうのかも考えると怖い。

五条くんが私の傍からいなくなる―――。

そう思うだけで、足元から鈍い痛みが這い上がって来るような感覚になった。