【第二十三話】まるでそれは呪いのような―前編



、今後は里香ちゃんが出て来たとしても、あまり近寄らないで、触れてもダメ。この二つを絶対守って」

教室に入る前、五条くんが真剣な顔で言った。

は僕達と違って呪いに耐性がないから里香ちゃんの強すぎる呪力に中てられて、肉体を蝕まれるんだ。これだけはどうしようもない。里香ちゃん自身がの事を好きでもね」
「…分かった」

いつもより真剣に話す五条くんを見て、素直に頷いた。
言ってる事は分かる。
さっきも近づいただけで一瞬、意識が遠のいて行くような感じがしたから。
五条くんがあれだけ警戒してたという事は、きっと本当に危険なんだろう。
私が頷くと、五条くんはホっとしたように笑顔を見せて、憂太くんにも、「そういう事だから憂太もその辺は気を付けてあげて」と言った。

「は、はい」
「よし。じゃあ、皆に報告してくるから、ちょっとここで待っててね」
「分かり…ました」

憂太くんは少し緊張気味に返事をしている。
新しい環境に入っていくのは怖い事だと、私も知っているから少しでも安心してもらいたかった。

「大丈夫だよ?みんな、いい子ばかりだから」

私がそう言うと、憂太くんはかすかに笑顔をみせてくれたように見えた。

「んじゃー行こうか、

憂太くんを廊下に残し、まずは二人で教室に入る。
三人の生徒たちは、すでに席へ着き、入って来た私達を見て、驚いたような顔をした。

「おい、悟ー。同伴で出勤か?も大変だな、自分の仕事あんのに悟の相手させられるなんて」

そう言って皮肉めいた笑みを浮かべたのは、禪院真希ちゃん。
この子も恵くんと同じ禪院家の家系らしい。
と言っても、呪力がない事で蔑まれ、禪院家とは物凄く仲が悪いから、苗字である禪院で呼ばれる事を凄く嫌う。
でも真っすぐで自分をしっかり持っているカッコいい女の子だ。

「うるさいよ、真希。相手させられてるって言うな。それだとが嫌々僕の相手してるみたいでしょーがっ」

五条くんはスネたように真希ちゃんを睨むと、彼女の左隣に座っている、顔を襟で半分まで覆ったツンツン頭の男の子が、「おかか!」と声を上げた。

「何だよ、棘。ほんとの事だろ?が悟に振り回されてるのは」
「…しゃけ」

この変わった語彙しかない男の子は狗巻棘くん。
呪言師の家系らしく、自分の発した言葉に呪力を込める彼は、不用意に喋って誰かを呪う事のないよう、普段はオニギリの具で会話をしてくる一見変わってるけど、本当は凄く優しい子で、私はいつも棘くんに癒されてる。

「でも連れて来るなんて、珍しいな、悟。俺の為を思って連れて来てくれたのか?」
「誰がパンダの為にを連れて来るかよ」

パンダくんは…説明いらないだろう。(!)
五条くんは彼(?)の言った事に苦笑いを浮かべると、隣で笑いを堪えている私を見た。

「何笑ってるの、…」
「だって…五条くんに振り回されてるのは当たってるし」
「…そんな風に思ってたわけ?」

ジトっとした空気を出す五条くんの、目隠しに隠された綺麗な目は、絶対細くなってるんだろうな、と想像しながら、軽く吹き出した。

「だって今日も来ちゃダメって言ってみたり、やっぱ来てって言ったりしたでしょ?」
「まあ…まさかが呪怨霊まで手なずけるとは思ってなかったしね」

思い出したように笑う五条くんに、今度は私の目が細くなる。
が、そのやり取りを見ていた三人、特に真希ちゃんは呆れたように、「何の話だよ」と溜息交じりで頬杖をついた。

「そもそもは今日、何の為に連れて来たわけ?いつもはウチらを甘やかすから来ちゃダメなんて言うくせに。嫌いな書類仕事を丸投げしようって魂胆か?」
「あのね、僕をサボり魔みたく言わないでくれる?まあ…デスクワークは嫌いだけど」

苦笑気味に言いながら、五条くんは、「では本題…」と、軽く咳払いをすると、

「転校生を紹介しやす!!!テンション、上げて、みんな!!!」
「………」
「………」
「………」
「上げてよ」

無常にも、しーんとした教室内の寒い空気に、五条くんは寂しげに呟く。
すると転校生が来る、という話は知っていたのか、真希ちゃんが不満げに足を組んで椅子へと凭れ掛かった。

「随分、尖った奴らしいじゃん。そんな奴の為に空気づくりなんてごめんだね」
「しゃけ」
「………」
「ま、いっか…」

三人のシラケた様子に、五条くんは小さく溜息をつくと、廊下で待つ憂太くんに、「入っといでー!」と声をかけた。
するとすぐに扉が開く。
が、憂太くんが入って来た瞬間、真希ちゃん、棘くん、パンダくんが、突然臨戦態勢に入って驚いた。

「乙骨憂太です。宜しくお願いします」

普通に彼が挨拶をした瞬間、真希ちゃんの呪具が黒板に突き立てられ、パンダくんと棘くんまで憂太くんをいつでも攻撃できるよう、囲んでいた。

「真希ちゃん…!ダメだよ、攻撃しちゃ!」
にはこの禍々しい呪力が見えないだろうけど、コイツは―――」
「これ…なんかの試験…?」

自分を囲んでいる三人に驚いたのか、憂太くんは戸惑うように視線を泳がせている。
そんな彼に呪具を突きつけたまま、真希ちゃんが言った。

「オマエ…呪われてるぞ。ここは呪いを学ぶ場だ。呪われてる奴が来るとこじゃねーよ」

そこで五条くんは溜息をつくと、憂太くんにも分かりやすいよう、説明を始めた。

「日本国内での怪死者、行方不明者は、年平均10'0000人を超える。その殆どが人の肉体から抜け出した負の感情"呪い"の被害だ。
中には呪詛師による悪質な案件もある。呪いに対抗出来るのは同じ呪いだけ。ここは呪いを祓うために呪いを学ぶ、都立呪術高等専門学校だ」
「………(先に言ってよ…!)」(乙)

五条くんの説明を聞いた憂太くんは、明らかに教えて欲しかった、というような顔をした。
そして生徒たち三人と五条くんは互いに顔を見合わせると…

(((今、教えたの?!)))
(…メンゴ!!)

と、無言のまま、やり取りをしている様子に、私も苦笑するしかない。
まさか何も話さず、ここへ連れて来るとは思わなかったし、その辺が、先生になった今でも、五条くんらしいなぁ、と思う。
すると、五条くんが何かを思いだしたように、憂太くんを囲んでいる三人を見た。

「あっ早く離れた方がいいよ」
「「「……??」」」

その瞬間、黒板の向こうから里香ちゃんの手が伸びて来ると、真希ちゃんの呪具をガシッと掴んだのが見えて、思わず息を呑む。

「真希ちゃん!危ないから離れて!」
「……?!」

《ゆう゛だをををを…》

「待って!里香ちゃん…!」

《虐めるな!!!》

憂太くんの制止を聞かず里香ちゃんは、そう叫ぶと、三人に向かって、その大きな手を伸ばし、三人も慌てた様子で後ろへ飛びのいた。
それより速く、里香ちゃんは並んでいた机を勢いよく三人へ投げつけ、それが皆に当たってバラバラに砕け散る。
その時、唖然としてる私に、「、里香ちゃんに話しかけて!」と、五条くんが叫んだ。

「待って、里香ちゃん!!」

《…ぁあっぁ……?》

「あのね、虐めてたわけじゃないの!ちょっと勘違いしただけだから大丈夫だよ?ね?真希ちゃんも武器、しまって」

机が頭に当たったのか、真希ちゃんは頭をさすりながら立ち上がると、仕方ないと言ったように呪具をしまう。
他の二人もそれぞれタンコブを作りながら立ち上がり、五条くんの方へジトっとした目を向けた。
説明しろ、と言いたいんだろう。五条くんは苦笑いながら、「ごめんごめん」と頭をかくと、憂太くんと里香ちゃんについて、皆へ説明をし始めた。

「……ってな感じで、彼のことがだーい好きな里香ちゃんに呪われている、乙骨憂太くんでーす!みんな、よろしくー!あ、あと憂太に攻撃すると、里香ちゃんの呪いが発動したり、しなかったり…なんにせよ、みんな気を付けてねー♡」
「……早くゆえや…」
「………しゃけ」
「………」

憂太くんに始まり、生徒にまで詳しい事を説明してなかったらしい五条くんに、私も呆れていると、三人は更にジトっとした顔で彼を睨んでいる。(そりゃそうだ)
そんな空気に気づかず、五条くんは憂太くんに、今度は三人の事を紹介していく。

「コイツら、反抗期だから、僕がちゃっちゃと紹介するね」
「……(この先生が悪い気がする)」(乙)
「呪具使い、禪院真希。呪いを祓える特別な武器を扱うよ。呪言師、狗巻棘。オニギリの具しか語彙がないから会話頑張って」
「こんぶ」

棘くんが憂太くんに挨拶をする。
五条くんは最後に、後ろにいるパンダくんを見ると、

「パンダ」
「パンダだ。宜しく」

パンダくんもさっきりよりは愛想よく、挨拶をした。

「と、まあ、こんな感じ」
「……(一番欲しい説明がなかった…)」(乙)

五条くんは満足げに皆の顔を見渡すと、

「さぁ、これで一年も四人になったね」
「つーか、悟…」
「ん?何、真希」
「さっき…その里香ちゃんがの言うこと聞いてたけど、何で?その説明はなしか」

真希ちゃんが不満げに目を細めると、五条くんはキョトンとした顔で、ふと私を見た。

「ああ…はさっき里香ちゃんと友達になったから」
「はぁぁ?ふざけてんの?」
「いや、マジで。僕もびっくり」

五条くんは笑いながら、「ね?」と私を見る。
でも真希ちゃんは未だ理解できないのか、「どういうこと?」と、今度は私に訊いて来た。
どういうこと、と言われても、私にだってよく分からない。
ただ、里香ちゃんの話を聞いて、さっきその姿を初めて見た時、私に嫉妬する里香ちゃんの気持ちが何となく伝わって来たのだ。
ああ、この子は本当に憂太くんの事が好きなんだな、と思った時、自然に話しかけていた。
まさか意思疎通が出来るなんて思わなかったし、彼女が私の気持ちを理解してくれるとも思ってなかったけど、きっと、ちゃんと気持ちを込めて語り掛ければ、憂太くんの言う事も聞くだろう、とそう感じたのだ。
力をコントロール出来ない、と五条くんは話してたけど、憂太くんがその気になれば、里香ちゃんの事は止める事が出来るはずなのだ。

「何で非術師のの言うことを、里香ちゃんは聞いたわけ?」
「私にも…よく分かんないけど…普通に話しかけただけだし」
「話しかけた?!」

真希ちゃんは心底理解できないといった顔をしたが、パンダくんが「あーなるほどね」と不意に笑い出した。

「どうせの事だから、里香ちゃんに同情したんだろ」
「ま、まあ…」
「ツナマヨ」

棘くんも同じような事を言って、ニヤっと笑っている。
真希ちゃんもそこで何かを察したように苦笑すると、

「ったく…ってマジで猛獣使いだな…。悟だけじゃなく呪いにまで効果あんのか」
「おい、真希。今さり気に僕をディスったよね」
「さり気じゃなく堂々とディスった」
「……真希の今日の実習、倍にするね♡」
「…ぐっ」

ニッコリ悪魔の微笑みを浮かべた五条くんに、さすがの真希ちゃんも言葉を詰まらせる。
職権乱用じゃないの、と内心思っていると、五条くんはふと私を見て、

「やっぱ連れて来て正解だったろ?」
「え…?」
「一度里香ちゃんと気持ちを通じ合ったの言葉は、里香ちゃんも聞くって分かったし。まあ憂太もそれが出来れば里香ちゃんの力は良い方へ使えるようになるんじゃない?」

五条くんはそう言って、憂太くんを見た。

「良い方に…?」
「そ。それに今までは怯えてばかりで里香ちゃんを本気で止めようとか思ってなかったろ」
「それは…」
「まあ、みたいに人と話すのと同じように呪いに話しかけるとか、自然に出来るのは稀だけどね」
「ちょっと…人を変わった人みたいに言わないでよ…。里香ちゃんは元々人間なんだし話せば伝わるかなって思っただけだもん」
「いや、僕達呪術師はそんなこと考えないからさ。新しい視点だなと感心してる」

五条くんは笑顔でそう言うと、何故か嬉しそうに私の頭を撫でている。
よく分からなかったけど、五条くんが嬉しいならいいか、と納得したが、ふと呪術師にはない発想、と聞いて少し違和感を覚えた。
そして何故、先ほど自分が憂太くんなら里香ちゃんを抑制することが出来る、と思ったのか、それは過去に聞いた知識のせいで、その根拠があったからだ。

「私はいまいち呪われてるとか、どういう状態なのかは分からないけど、結局は憂太くんと里香ちゃんとは主従制約みたいな形なんじゃないのかなって。
里香ちゃんの様子を見れば分かるように憂太くんを守ろうとしてるから、どっちが主か従は私にも分からないけど…でももし憂太くんが里香ちゃんにとっての主なら従うんじゃないかって思ったんだけど」

何気なく思った事を口にした。
すると、五条くんは小さく息を呑み、驚いたように私を見る。

…何でそんな事を知ってるの…?」
「え…?」
「いや、誰かから聞いたの?」

いつになく真剣な五条くんの様子に少し戸惑ったが、過去に、その話を教えてくれた人の名を口にするかどうか一瞬、迷った。

「…?」
「え、えっと…だから…夏油くんに…」
「…傑にっ?」

予想以上に驚き、怒ったような口調の五条くんに、私の方が驚いた。
てっきり、五条くんは知ってる話だと思っていたからだ。

「傑に…何を聞いたの?」
「だ、だから…彼の呪霊操術は主従関係にある呪霊を取り込めないから、取り込むには主従制約の主を殺して自分を上書きしなきゃダメだって…」
「……っ相手を殺せば自分のものに出来るってわけか…。それ、いつ聞いたの?」

強張ったような表情の五条くんに戸惑いながら、あの話を聞いたのはいつだったのかを考える。
確かあれは…

「あ、ほら。星漿体の任務の後だと思う」
「……あの任務の…あと?」
「うん…。それまで夏油くんも知らなかったらしいんだけど、その時戦った敵についてた呪霊を取り込もうとしたけど出来なかったって…。でもその敵が死んだ後、その呪霊を取りこめた事でその力に気づいたみたいだった」

当時を思い出し、なるべく詳しく説明すると、五条くんは何やら考え込むように黙ってしまった。

「その話を聞いてたから…憂太くんと里香ちゃんも、その主従制約ってものがあるんじゃないかって思ったの。でも…五条くんも夏油くんのそういう話は知ってるんでしょ?」

呪術師なのだから知らないはずはない。
すると、五条くんは深い息を吐き出し、「やられた」と言うと、苦笑いを浮かべた。

「その主従制約の話、多分、傑は高専の関係者に話してない」
「…え?」
「アイツが高専に報告してる術式効果は主従制約のない自然に発生した呪霊を取り込める。それだけだ。もし後から他の効力に気づいたなら報告をする義務があるんだ。でも僕も聞いてない」
「え、じゃあ…夏油くん、何で私に…」
「多分、に話しても呪術の事はよく知らないから大丈夫だと思って口を滑らしたんだろう。でも主従制約があろうとなかろうと、首をすげ替えれば取り込める…この違いは大きい」
「大きい…?」

五条くんは苦笑交じりで憂太くんへ視線を向けると、

「言ってみれば…憂太を殺せば里香ちゃんをも取り込めるってこと」
「……え?」
「多分、の言うように、憂太と里香ちゃんにはその制約があるんだろうね。それも憂太が主って形でさ。なら、憂太が死ねば、傑は里香ちゃんを自分のものに出来る。危険だよ」

五条くんはそう言って溜息をつくと、私の頭にポンと手を乗せた。

「ありがとう。その話を思い出してくれて助かった」
「…ううん。まさかそんな大事な話だなんて思わなかったけど…役に立ったなら良かった」

五条くんは、「重要な情報だよ」と微笑むと、

「その話、僕から上層部へ伝えておく。あ、あともし傑からそういった術式関連の話を他にも聞いてたこと思い出したら僕に教えて」
「う、うん…。分かった。でも多分その時だけだった気がする。私に術式の話するの珍しいから覚えてただけだし…」
「そっか」

五条くんは頷いた後、しばし何かを考えているようだったけど、ふと時計を見ると、

「いけね、もうこんな時間だ。―――じゃあ、午後の呪術実習は2-2のペアでやるよ?」

不意に教師の顔に戻った五条くんは、後ろで待機していた四人を見ながら、

「棘、パンダペア。真希、憂太ペア」
「げっ」
「……(げって言った…)よ、宜しくお願いします…」

憂太くんが恐る恐る真希ちゃんに声をかけると、真希ちゃんは不機嫌そうな顔で彼を睨んだ。

「……オマエ、イジメられてたろ」
「………ッ?」

真希ちゃんにそう言われた憂太くんは怯えたような顔で固まった。

「図星か。分かるわぁ。私でもイジメる」
「ちょっと真希ちゃん…そんな言い方…」
「私はみたく優しくないんでね。こういう奴が気に入らない」

真希ちゃんは憂太くんを見ると、

「呪いのせいか?"善人です"ってセルフプロデュースが顔に出てるぞ。気持ち悪ぃ」
「………っ」
「何で守られてるくせに被害者ヅラしてんだよ。ずっと受け身で生きて来たんだろ。何の目的もなくやってるほど呪術高専は甘くねぇぞ」

と、そこで今まで黙っていたパンダくんが憂太と真希ちゃんの間に割って入った。

「真希!それくらいにしろ!」
「おかか!」

棘くんも同じ気持ちなのか、真希ちゃんに対し、注意をしている。
二人に叱られた真希ちゃんは、盛大に溜息をつくと、

「わーったよ。うるせぇな」

と頭をかいた。
その様子に、彼女なりに憂太くんを試したのかもしれないな、と思って見ていると、パンダくんは面倒みの良さを発揮してへこんだ様子の憂太くんの肩を抱いた。

「すまんな。アイツは少々他人を理解した気になるところがある」
「いや…本当の事だから…」

憂太くんは自嘲気味に応えていて、その気弱そうな彼を見てると、本当に高専でやっていけるのかな、と心配になった。
呪いと関わっていくという事は、常に死が付きまとう。
五条くんみたいに最強無敵な呪術師は稀なんだ、と私もだいたいは分かって来た。
だからこそ、若い世代の子達が、危険な任務に出たり、授業の一環で呪いを祓いに行ったりするのは、やっぱり心配になってしまう事も多々ある。

「じゃあはここで待ってて。夕方には戻るから」
「あ、うん…。ああ、明日からのスケジュール表、作っておくね。伊地知さん今日は他の術師の補助に行くって言ってたし忙しそうだったから」
「え、マジ?いいの?」
「それが今の私の仕事でもあるから」
「さんきゅ。助かるよ」

五条くんは嬉しそうに微笑むと、私の頭をぐりぐりと撫でる。
相変わらず子ども扱いされてるみたいで嫌だし、生徒たちの前だと余計に恥ずかしい。

「イチャイチャするなよ、悟。顔がニヤケてんぞ」
「真希はいちいちうるさいよ…」

真希ちゃんにからかわれ、五条くんは苦笑気味に振り返ると、憂太くんと真希ちゃんの実習の方を引率すると言って、皆と一緒に出掛けて行った。
残された私は、先ほど話してたスケジュール表を作るのに、いったん離れへと戻る事にして、教室を後にする。
まさか、この時の実習で、憂太くんが里香ちゃんを自分の意思で呼び出し、ケガを負った真希ちゃんを救う事になるなんて、私も思っていなかった。








「―――助けてよ、お兄ちゃん!!」

目の前の男の子が泣きながら僕に助けを求めて来る。
初めての実習、小学校で行方不明になった子供を救出、または死んでたら回収して、と、五条先生に言われて、禪院さんと二人で校庭に入った途端、呪いとかいう化け物に襲われた。
禪院さんは慣れてるようで、そんな化け物たちをあっさり倒してた。
だけど、僕なんかに何が出来るって言うんだ。

その後、校内にいた大きな化け物に僕たちは飲み込まれ、禪院さんはケガをしてる。
助けるはずだった男の子も、その腕に抱かれてる小さな女の子も、同じように呪いに飲み込まれたようでケガをしてる。
でも、僕は何もしてあげる事が出来ない。

「そ…そんなこと言ったって―――」

口を開いた瞬間、禪院さんに胸倉を掴まれた。

「乙骨…オマエ、マジで何しに来たんだ…呪術高専によ!!」
「………ッ」
「何がしたい!何が欲しい!何を叶えたい!」

そう問われ、僕はいったい何がしたくて何が欲しいのか、考えた。
こんな僕が何かを望んでいいのなら、ただ…ただ一つだけ。

「僕は…もう誰も傷つけたくなくて…閉じこもって消えようとしたんだ…。でも、"一人は寂しい"って言われて言い返せなかったんだ…」

あの時の気持ちを思い出して、僕は初めて禪院さんの顔を正面から見た。

「誰かと関わりたい。誰かに必要とされて、生きてていいって…自信が欲しいんだ」

禪院さんは苦しそうに呼吸をしながら、掴んでいた僕の服を強く引っ張った。

「じゃあ祓え。呪いを祓って祓って、祓いまくれ!自信も、他人も、その後からついてくんだよ!呪術高専は、そういう場所だ!!」
「――――ッ」

禪院さんはそう言って限界が来たように倒れこんだ。
その時、さんに言われた事を思い出す。

"大丈夫だよ。憂太くんがちゃんと話せば、言うこと聞いてくれるだろうし、そうしたら誰も傷つける事はないと思う"

「……ッ」

ネックレスにした里香ちゃんからもらった指輪。
強く握って引きちぎると、

「里香ちゃん」

《なあに?》

「力を貸して」

指輪を、何の迷いもなく、左手の薬指にはめた――――。