26 days for me and her

Ran Haitani




12年の夏、某日。

この日の夜、と会う約束を取り付け、六本木の駅前で待ち合わせをした。彼女の働く恵比寿の店から六本木まで電車で約五分。彼女の仕事が終わったであろう時間から30分は優に過ぎた頃、駅からちょこまか走って来るプレリードッグみたいな女を見つけた。スーツ姿の大人達にもまれながら、人にぶつかっては「すみません!」と大きな声で謝りつつ、こんなとこでも彼女のがらっぱちな性格が存分に出てる。絶対、小学生の頃は通信簿に"落ち着きがない"と6年間書かれ続けたタイプに違いない。

オレは駅の入り口から少し離れたところに立っていた。数分前に話しかけて来た以前から顔見知りの男の挨拶を聞いていたから暇は十分に潰せた。男の話題はもっぱらマイキーと三途が立ち上げた"梵天"に入りたいといった趣旨のことだったと思う。今から3年前、東卍の規模がデカくなり、反社として本格的に動き出す時に名前を改めた組織だ。オレも竜胆もそのまま幹部として残り、これから更にこの日本を裏から牛耳る為、今は悪どいことに精を出してる日々だった。

「あっ蘭さん!」

彼女は目ざとくオレを見つけ手を振って来たものの、オレのそばにいかにもって強面の男がいるのを見て、頬を引きつらせた。イチヤの彼女やってるクセに、アイツ以外の不良は苦手だと前に話していた。

「あ~ツレ来たからオマエ、どっか行け」
「は、はい!彼女…さんすか?可愛いっすね」
「あ?テメェはあのちんちくりんがオレの女に見えるワケ?余計なこと言ってねえでサッサと消えろ」
「す、すんません!」

男はサっと顔を青くしながら慌てて走って行った。それを確認してから、少し離れたところで何気にビビっている彼女へ手招きすると、そろりそろりといった表現が見事にハマるような動作でオレの前へやってきた。オマエはトムを警戒してるジェリーかっつーの。やっぱ面白い女だ。

「遅かったじゃん。また居残りさせられてたん?」
「…い、いえ…片付け中にパーマ液を床にぶちまけまして…後片付けしてました」
「まーたドジしたんかよ。オマエも成長しねえなぁ」
「す、すみません…」

冗談で言ったのに彼女はシュンとした顔で俯いてしまった。いや違う。落ち込ませてどうする。今日はそんなことをする為に彼女を誘ったわけじゃない。気まずい空気になり、オレは溜息まじりで彼女の頭へ手を置いた。

「いちいちヘコんでんじゃねえよ」

ついでにグリグリ撫でてやると、彼女はやっと顔を上げた。昼間見た時は腫れてた瞼も、だいぶ元に戻っている。

「あーつーことで行くぞ」
「え、あ、あの!どこ行くんですか?オレに付き合えって言ってたけど…」
「ゴチャゴチャ言ってねえで黙ってついて来い」

言いながら歩き出すと、彼女は慌ててオレを追いかけて来た。横に並んだ彼女をチラっと見れば、今日は仕事帰りのせいか、いつもの地味なTシャツにジーンズ。オレが連れ歩く女にしては地味すぎる。彼女もそれに気づいたのか、そわそわと辺りを見渡し始めた。

「あ、あのぅ…」
「あ?」
「わたし、もしかして浮いてます?蘭さんと歩くと何故かすれ違う人が蘭さんの次にわたしを見て変な顔してますけど…」
「もしかしなくても浮いてるっつーの」
「…ですよね」

またしてもシュンと項垂れる彼女を見て溜息が出る。きっと今はネガティブ過ぎて、いつもの倍以上ダメージを受けてしまうんだろう。仕方ねえからそのまま行きつけのショップに連れて行った。彼女は心底驚いてたけど今日の目的の為には効果ありかもしれない。

「こん中から好きな服と靴とバッグ…あとアクセサリーを適当に選べ」
「え……で、でもここ…ググググ…っち…というやつでは…」
「どもりすぎだろ。オマエは何とかはるみかっつーの」
「蘭さん、それ古い…」
「うっせぇ。いーからサッサと選べよ」

そもそも今の恰好じゃこの店内ですら浮いている。気取った店員達も最初は戸惑った顔をしてたけど、オレの言葉を聞いてやる気を出したみたいだ。

「お客様にはこちらのワンピースがお似合いです」
「その服ならこちらの赤いヒールサンダルを合わせると映えますよ」
「そのコーディネートならバッグはこちらの赤いショルダーバッグが合いますね」
「そのお洋服でしたらアクセサリーはピアスがいいですね。これなんかどうでしょう」
「え?は?いえ、あの――」

次々に商品を持ってやってくる店員に囲まれ、彼女は軽くテンパっている。仕方ねえからオレが後押ししてやった。

「ソイツ、それ一式身につけさせて」
 「えっ」
「「「畏まりました~!」」」

彼女が何かを言う隙を与えず、店員達は彼女をそのまま奥のフィッティングルームへと連行していった。まるで捕らえられた宇宙人みたいで笑える。彼女は泣きそうな顔で振り返っていたけど、そこは満面の笑みを浮かべて手を振ってやった。
それから待つこと10分――。彼女が見違えるほど可愛くなって戻って来た。

「ど…どう…ですか」
「すげー可愛いじゃん。よく似合ってる」

アイボリーのノースリーブワンピースは襟もとに黒のラインが入った赤のリボンがポイントだ。童顔の彼女には大人びた服よりも、こういった甘い感じの服が似合う。ピアスはブランドのロゴを象った小さめのもの。合わせたヒールやバッグもマッチしてて、店員の見立ては上出来だと言える。ひっつめてた髪も下ろせば、完璧なレディの出来上がりだ。店員は彼女の着ていた服を店のロゴが入った紙袋に入れて渡している。それを見ながらオレはサッサと会計を済ませた。

「「「「ありがとう御座いました~」」」」

入店した際、を見てツンケンしてた女どもが、帰りは満面の笑みを浮かべて外まで見送りに出て来た。ゲンキンなヤツらだと苦笑していると、彼女までが恐縮したように頭を下げ返してる姿を見て軽く吹いた。

「あ、あの…本当にいいんですか…?こんな高級なもの…」
「あの恰好でいられたらオレまで下に見られっからなー。これはオマエじゃなく自分への投資だよ」
「は、はあ…そんなもんですか」

彼女は首を傾げつつ頷くと、ふとオレを見上げた。

「でも…ありがとう、蘭さん。全身グッチを身につける日が来るなんて…何かセレブになったみたいで感動しちゃった」
「………」

彼女は本当に嬉しそうな笑顔を見せた。その笑顔を見た瞬間、この顔が見たかったんだと気づいた。何かドジをやらかしても、最後はいつも元気いっぱいの笑顔で見送ってくれる。そんな彼女の笑顔が、オレは好きだった。この笑顔をたかだか40万ぽっちで見れるなら安いもんかもしれない。

「やーっと笑ったな、オマエ」
「…え?」
「さっき店で会った時はこの世の終わりみてーな顔してただろ」

言いながら隣を見ると彼女がいない。ふと振り返れば、彼女は途中で立ち止まり驚いたような顔でオレを見ていた。

「何だよ。どした?」
「え…もしかして…蘭さんが誘ってくれたのって…わたしが落ち込んでたの気づいてたから…ですか?」
「…そりゃ…オマエが元気ねえとオレの火傷が更に増えるからな。あんな暗い顔でシャンプーされても気持ちよくもねえし」

そう、彼女を誘ったのはそんな小さな理由だ。言ってみれば、これも全部自分の為であって決して彼女の為じゃない。

「す…すみません、さっきは…」
「別に謝って欲しいわけじゃねえし。つーか次、行くぞー。サッサとついて来い」
「え…どこに…」

戸惑い顔でオレの後を追いかけて来た彼女に、にやりと笑ってみせた途端、彼女は首を傾げている。こんなにも警戒心がない女は見たことがない。

「男が女に服をプレゼントする意味って知ってる?」
「…え、意味…とは」
「脱がせるため♡」

オレの一言で、今度こそ彼女の笑顔が固まった。