26 days for me and her

Ran Haitani



「うわぁぁ!すっごく広ーい!凄い!あ!こっちにも部屋がある!」

ホテルの部屋に入った途端、さっきまでビビって青ざめてた顔が、何とも太陽を浴びた向日葵みたいに一気に元気になった。
彼女の名誉の為に付け足しておくと、イチヤとは夕べ派手にケンカをして別れたそうだ。泣きはらした顔はそれが理由だと来る途中、簡単に教えてくれた。本当は少しでも元気になるならとレストランを予約してたけど、この分だと公の場所じゃない方がいいかと思い直した。

「脱がすため」

というのは軽い冗談だったが、彼女の話を聞くのに落ち着いた場所でディナーをご馳走してやろうと、オレが今、住んでるホテルのスイートルームに招待した。

「え、何で蘭さんホテルに住んでるんですか?実はどこぞの御曹司とか?」

一通り室内を見て回った彼女はオレが寛いでるリビングに戻って来た途端、興味津々といった顔で隣へ座った。冷えたビールを彼女に渡すと、美味そうに飲んでいる。意外といける口らしい。

「…てか、オレが御曹司に見える?」

オレもグラスにビールを注いで一気に煽ると、彼女は少しだけ身を乗りだし、顔をマジマジと見つめて来た。何だ、その観察するような顔は。

「え、見ようによっては…見えます。綺麗なお顔だちだし…ちまたで三つ編み王子とか呼ばれてそう」
「テメ、ちょいちょいシツレーな女だな」

半目になりつつ、その三つ編みで彼女の鼻っ面を叩くと、彼女は声を立てて笑った。いつもの元気な彼女だ。

「去年タワーマンション買ったんだけど、今リフォームしてんだよ。隣の空き部屋も買い取って今の部屋と繋げんの」
「えっ!蘭さん、マンションとか買える人なんですか!やっぱり御曹司じゃないですか」
「……御曹司じゃねえけどな。つーかイチヤからオレのことはある程度聞いてたんだろ?」
「あ、そうだ。すんごい昔から六本木を仕切ってるって言ってた…。ってことは御曹司じゃなくて…やっぱりマフィアのドンですか?」

と顔を引きつらせて、オレから距離をとっている。さっきからマジで失礼な女だ。

「すんごい昔って…人をオッサン扱いしてんじゃねーよ。まだ25だし」
「25?!ってことはわたしより3つしか違わないんですね」
「は?ってことはオマエ、22歳かよ…見えねー。小学生くらいかと思ってたわ」
「む!蘭さんの世界線では小学生が美容師なれるんですか」
「面白いこと言うな、オマエ」

はむぅっと口を尖らせて睨んで来る。その顏が小学生みたいだって言ってんのに。

「まあ…小学生は冗談としても、二十歳そこそこかとは思ってたわ」
「どーせ童顔ですよ!」
「まあ、体型も小学生だしなー?」

言いながら頭を撫でると、の頬はますます膨らんでいく。オレの前でこんな顔をする女は初めて見た。恥じらいってもんはないのか、コイツは。

「こ、こう見えてわたし着やせする方だし、脱いだら凄いんですからねっ」

頬をパンパンに膨らませながら、胸を持ち上げて突き出してくるを見て思い切り吹き出してしまった。表情と動作がまるで合ってない。ってか色気ってもんがゼロだ。

「何笑ってんですかっ」
「…じゃあ…脱いで見せてみろよ」
「……へ?」

目尻に浮かんだ涙を指で拭いつつ言えば、の顏からサっと笑顔が消えた。その顏を見てたらオレの中のSの部分が刺激されて、わざと体をに寄せれば、彼女の口元がかすかに引きつった。

「見せらんねーの?」
「み……見せる必要性が――」

後退してソファの背もたれにベッタリ張り付いてるの顔を覗き込むと、彼女の可愛らしい顏がますます引きつっていく。

「ふーん。じゃあやっぱ小学生体型っつーことで」
「ち、違いますー!」
「はいはい。とりあえずルームサービス取るし、何食いたい?小学生はやっぱお子様ランチか?」

メニューを広げてニヤニヤしながら聞けば、の頬がまた膨れて来た。単純すぎてウケる。

「そっそんなに言うなら見せます!」
「あ?」
「見せればいーんでしょ、見せれば」

言いながらは背中のファスナーを下ろそうと手を後ろへ回している。どうせはったりだろ、と苦笑が洩れた。

「オマエ、ビールで酔ったのかよ――って、何やってんの……?」

ふと視線を戻せば、が上半身を折るようにしながら未だ手を後ろへ回そうとしている。自分で服が脱げなくてジタバタしてる子供のそれだった。

「手…手が届かなくて…」
「ぶ…っあっはっはっ」

背中のファスナーに手が届かなかったらしい。たまらず吹き出すと、彼女の顔が見事に真っ赤になった。

「はーマジでオマエ、期待を裏切らねえな。店でもそうだし」
「な、なんですか、それ…」
「いや、店でオマエがちょこまか走ってるの見て、そのうちコケそうだなぁと思ってると絶対コケんだよな」
「そ…そんな期待しないで下さい」

ムっとしたように言いながらも、疲れた、と言ってソファに座る。どうやら服を脱ぐのは諦めたらしい。まあ脱がれても困るけど。

その後はルームサービスで料理と酒を頼み、の愚痴を聞くはめになった。イチヤと別れた原因はアイツの浮気。まあ、そんなことだろうと思ったけど、何であんなチャラいのと付き合ったんだと聞くと、彼女は「付き合ってって言われたから…」と言った。ガキの頃は一緒に遊ぶ仲だったらしいが、互いに大人になって特にが社会人になってからは疎遠だったようだ。でもふとした時に再会して、「前から好きだった。付き合おう」と言われた時、幼馴染としか思っていなかったイチヤを意識するようになったらしい。イチヤが本気だったのかどうかは知らないが、結局は何度も浮気をして、がそれに耐えられなくなり、夕べ別れを切り出したと言った。

「しんじられまふ~?散々わたしを振り回して、浮気ばっかりして、もう男なんかこりごりっ!」
「……はいはい。それ3回目な?」
「え~?そんな話しましたっけー?」

2時間も飲んでると、彼女は分かりやすいくらいの酔っ払いになった。まあ、元気になってくれたのは狙い通りだが、ここまで愚痴を聞かされる羽目になるとはオレも思っていなかった。

「も~蘭ちゃん、聞いてるぅ?」
「聞いてんだろ?さっきから…つか蘭ちゃんって何だよ…オレは男だっつーの」
「らって蘭なんて綺麗な名前、ちゃん付けの方が可愛くないれすか~?」
「別に可愛いとか思われたくねえし…って、大丈夫かよ、オマエ。フラフラじゃん」

オレにしなだれかかってきたに苦笑しつつ、体を押し戻す。オレには弟しかいねえけど、妹がいたらこんな感じなのかもしれねえなと、ふと想像してみる。もし竜胆が妹だったなら、今の倍は可愛がってたと思う。それこそ近づいて来る男どもは全て排除するくらい。イチヤみたいな男なんてもってのほかだ。

「げ、あぶね」

気づけばの体が後ろへひっくり返りそうになっていた。慌てて腕を伸ばしたものの、体勢が崩れたせいで、オレもそのままの上に倒れそうになった。ギリギリ腕で体を支えたものの、はソファに倒れ込んでひじ掛けに後頭部をぶつけたみたいだった。

「いったぁーい…」
「ったく…大丈夫かよ…オマエ、飲みすぎ。いくらやけ酒していいっつったからって――」

の体を起こそうとした時、彼女の腕が首に巻き付いた。

「ちょ、何して――」

まさか抱きつかれるとは思わず、彼女の腕を外そうとした。でも彼女はガッチリとオレの首をホールドして、肩越しに顔を埋めて来た。かすかに肩が震えているのは泣いているせいだろう。

「ご…ごめんらさい…もう少しこのまま…甘えていいれすか…」

グスっと鼻をすすりながら、が呟いた。その瞬間、オレの体のどこかが鳴って、やけに優しい気持ちになった。オレは女に泣かれるのは嫌いだ。恋人相手でもそうなんだから、まして付き合ってもいない女が泣いた瞬間、いつもならソッコーで引きはがして追い返してる。なのに、彼女がオレの胸で泣いてるのを見てると、甘えさえてやりたいとガラにもないことを思った。とりあえず彼女の背中に腕を回して、あやすようにポンポンと軽く叩いてやると、首に回された腕に力が入ってぎゅっとされた。その時、オレの心もぎゅっとされたように感じて自分でも驚いた。

後から思えば、この時、すでにオレは彼女の何かに惹かれてたんだと思う。この日以来、オレはを何かにつけて食事に誘うようになった。何故か会っていないと顔が見たくなる。店に行って顔を見れば見たで、また一緒に食事をしたくなって、延々それの繰り返し。要は彼女と過ごす時間が楽しい。理由はそれだけのはずだった。
なのに――好みの対象から完全に外れていたドジで落ち着きのない彼女に、オレはうっかり本気で惚れてしまった。
最初は自分で自分が信じられなくて、何かの病気かと思った。(!)でもいくら考えてもその答えに行きついてしまう。そもそも他の男と話してるのを見るだけでイライラする。その対象が竜胆でも同じだった。

竜胆に彼女を紹介した時から、アイツはオレがとご飯に行ったり、飲みに行ったりするのはそういうアレじゃないと思ってたようで、「って可愛いよな」と突然、言い出した。それを聞いた瞬間、モヤっとして「アイツはオレんだから」と牽制したくらいだ。竜胆には驚かれて、あげくぶーぶー言われたけど、それはオレの拳が解決してくれた。(!)
その時に気づいた。オレはのことを"妹みたいな子"じゃなく、ちゃんと女の子として好きだということに。

それからは、オレが本気なんだと彼女に分からせるために、あの手この手で口説いた。最初は信じてもらえず苦労はしたものの、やっと彼女からOKを貰った時は梵天幹部全員にドンペリをおごったくらい嬉しかった。まあ三途には「らしくねえ」と気持ち悪がられたけど。

あれから3年――。それなりに紆余曲折あったものの、未だオレの心を捉えて離さないのはだけだ。ちょこまかと危なっかしい彼女を誰かに奪われないようにする方法はこれしか思いつかず、オレは彼女にプロポーズをした。ガラにもなく緊張したけど、彼女の答えは「YES」。ホっとしたオレに、彼女は言った。

「わたし、蘭ちゃんの誕生日に結婚式したい」
「……は?何でだよ」

オレとしてはの誕生日でもあり、女が憧れる"ジューンブライド"ってやつをしようと思っていた。なのに前倒しでオレの誕生日に式を挙げたいと言われ、少しだけ驚く。

「ダメ?」
「いや…ダメってわけじゃねえけど……(可愛いな、オイ)」

困ったように眉を下げて上目遣いで聞かれると、自然と口元が緩むオレってマジでヤバいかも。組織の奴らに見られたら一生からかわれるのがオチだ。

「え、何で兄貴の誕生日がいいんだよ。結婚式なんだし、の誕生日の方がいいんじゃねーの」

1週間後、竜胆も同じことを言ったが、は頑なにオレの誕生日である5月26日がいいと言い張った。

「実はもう式場は予約しちゃいましたー」
「「…は?」」

兄弟で綺麗にハモった「は」だった。が笑顔で見せてきたのは結婚式場のパンフレットだ。場所は六本木にある思い出のホテル。初めてを連れて行った場所であり、オレがこの前プロポーズをした、あのホテルだった。

「え、ダメだった…?」

オレと竜胆が呆気に取られていたからか、不安そうに訊いて来た。

「いや…全然ダメじゃねえけど…マジでオレの誕生日でいいの?」
「うん。蘭ちゃんの誕生日にしたい」
「……(クソ可愛いな…)」

ニコニコしながらそんなことを言うに、未だにキュンキュンさせられてるオレがヤバい。

「まあ…そこまで言うなら…そうすっか。どうせ式に呼ぶのは竜胆だけだし」
「やったー!」

は今度こそ満面の笑みで抱きついて来た。ハッキリ言ってめちゃくちゃ可愛いし愛しい。オレの婚約者、可愛すぎて困ってるわ。と鶴蝶にメッセージを送って幸せのおすそ分けをしてやるくらい、今のオレは浮かれてるかもしれない。

"………良かったな(白目)"

秒でセンスのねえ返事が来たからソッコーゴミ箱に捨ててやったけど。
本当は彼女から式を挙げなくていいと言われてた。結婚式を挙げると、周りが色々関わって来て厄介だからだ。でもオレはやっぱり彼女にウエディングドレスを着せてやりたいと思った。

「じゃあ式はオレの誕生日ってことで」
「まあ、二人がいいなら、それでいいんじゃね」
「うん。あ、それで…明日から5月でしょ?だからー蘭ちゃんにはこれを毎日つけて欲しいの」

が自分のスマホを見せながら、「結婚式まで毎日つけて」とニッコリ微笑む。見ればそれは"Marriage diary"というアプリだった。

「…え、何これ…日記?」
「うん。結婚式までの間、思ったこととかその日やったこととか、何でもいいからこれに書くの。今、流行ってるんだよ」
「え……こんなもんつけてどーすんの」
「だって思い出じゃない。後で見て、あ~結婚前はこんなことしてたねーって懐かしくなるみたいなの。この前テレビで紹介してて、わたしもこれやりたいって思って」
「………」

はニコニコ嬉しそうに話してるが、竜胆はオレの目が虚ろになってるのを見て軽く吹き出してる。一発シバこうと思ったら、は竜胆にまで「竜ちゃんもつけてね」と言い出し、思わず吹いた。

「は?オレも?!」
「うん。どうせなら皆でつけようよ。もうすぐ家族になるんだし」
「あ、いや…オレ、こういうの苦手で…」
「えー…やろうよ…。別に長々書かなくてもいいの。1行だけでも。その1日のことが分かるような一言でもいいし」

は両手を合わせて「お願い、竜ちゃん」と可愛く頼んでる。つか竜胆にそんな顔は見せなくていいっつーの。竜胆も人の婚約者にデレてんじゃねえ。

「…それくらいでいいなら…まあ…やってもいいけどさ」
「ほんと?ありがとー!竜ちゃん!」
「いや、抱き着くのはちがくね?」

竜胆にガバっと抱き着いたを秒で引きはがして自分の腕に戻す。竜胆は呆れ顔で溜息をついていた。何だよ、文句あんなら、いつでも受けて立つぞ、兄ちゃんは。

「はい、これでOK。じゃあ明日からちゃんとつけてね、蘭ちゃん、竜ちゃん」
「「……おう」」

しっかりオレと竜胆のスマホにそのアプリを入れたに、兄弟で顔を引きつらせたのは仕方のないことだった。これまでの人生で日記なんかつけたことがない。でも彼女が望んでるなら、彼女との記録を残すのも悪くはない気がして来た。
こうして、との結婚式までの日々を3人で日記に綴ることになった。