求愛行動-02



一つ下の学年に途中入校してきた乙骨憂太は、子供の頃に結婚を約束した折本里香を事故で亡くしたことがキッカケで、彼女に呪われたという何とも悲しい不幸を背負い、鳴り物入りで五条悟が連れて来た男の子だった。まあ蓋を開けてみれば、実は五条の遠縁だった乙骨が、里香ちゃんを失いたくない一心で呪ってしまった結果、彼女を特級過呪怨霊にまでしてしまったという悲劇だったわけだが、その後は無事に里香の解呪も出来て、最後はハッピーエンド風に終わりを迎えた。

達二年も去年は京都へ出張だったこともあり、そのまま百鬼夜行に駆り出されたのだが、乙骨の悲しい恋物話は五条に聞いていたので、解呪に成功したと聞いた時は本当にホっとしたし、そんな純愛の形もあるのかと、彼女は内心感動すらしてしまった。どう頑張っても自分にそんな恋愛はできない。そう感じたからこそ、余計にふたりの絆が羨ましかったのかもしれない。わたしもそんな風に誰かに愛されたい。そう思ってしまった。でもそれが出来ないことは、自分が一番分かっている。どうせ将来は親の決めた相手と結婚しなければならない。だからつい目先の恋に飛びついては、寂しさを紛らわすような恋しか出来なかった。

そんな思いを抱えたまま東京へ帰ってきた時、百鬼夜行の後始末をするのに休校となったのを聞いて、ならばそれを利用して、一、二年合同でお疲れ会をやろうという話になった。提案したのはだったが、音頭をとったのは京都で保守派とモメて停学を喰らったばかりの金次と綺羅羅。ふたりは単に鬱憤晴らしが理由で騒ぎたかっただけだろうが、名目は一、二年を集め、寮の娯楽室で親睦会もかねたパーティという形になった。

乙骨とは、彼が里香を上手くコントロールできるようになった頃、何度か二年の任務に助っ人で来てもらったことがあるので、彼女も言葉を交わしたことは何度かあった。随分と礼儀正しい、きちんとした子だなという印象しかなかったが、笑うと可愛いのは知っていた。その乙骨が特級呪詛師となった夏油傑を瀕死にまで追い込んだと聞いた時は酷く驚いたし、その時の話を色々と聞きたかったのは、きっとだけじゃないはずだ。
しかし、乙骨はそんな話ができる状態じゃなかった。里香を解呪したことでホっとしたのか、乾杯して少し経った頃、何故か急に泣き出してしまったからだ。それは半分、金次のせいでもある。クズ街道まっしぐらの金次は、後輩が参加するにも関わらず、用意したコーラに自前の酒を入れやがったのだ。

【※未成年の飲酒は固く禁じられています。】

そんな注意書きすら無視するような男に飲み物担当を任せるんじゃなかった、と後悔したけれど、あとの祭り。いや、普段なら彼女も一緒になって飲んでるので、そこは別にいい。あの日はもラムコークなる物を飲んでほろ酔いだった。でもそこは後輩が飲まないよう分けろよと、彼女は言いたかった。いや、速攻で言った。

「んなもん飲む前にフツー気づくだろが」

と金次はほざいてたし、確かに匂いですぐに察知した真希や棘、パンダは上手く回避をしていたようだ。しかし乙骨は例外だった。素直にそれを飲んでしまったらしい。それも、何杯も。
おかげで乙骨は「里香ちゃんに悪いことをした」とグスグス泣き出し、真希に「男が泣いてんじゃねえっ!成仏したのを喜んでやれよ!」と怒られる始末。その言葉すら初めてお酒を飲んでフラフラだった乙骨には届くはずもない。最後には「だる」と真希に一蹴され、放置された彼は部屋の隅で膝を抱えてひとり泣いていた。未だ指にはめたままの、形見の指輪を見つめながら。

そこでは気づいた。乙骨はホっとして泣いたわけじゃない。子供の頃から一緒にいた「里香ちゃん」が急にいなくなったことが寂しくて泣いているんだと。
解呪ができてホっとしたのは本当だろう。ただ、そういう思いは理屈じゃない。里香とは無関係のみんなより、彼の方が断然ツラいはずだ。ずっとそばで守ってくれてた「里香ちゃん」が急に消えて、まだ心がついていけてないのもあるだろう。
でも仲間が喜んでくれている空気に水を差すのも悪いからと、もしかしたら最初は我慢してたのかもしれない。そんな思いが予期せぬお酒入りのコーラを飲んでしまったことで、溢れてしまったんだろう。寂しげに指輪を見つめる乙骨を見て、は何となくそう思った。

ひとりで泣く姿はどことなく寂しそうに見える。だから、つい絆されてしまった。ほろ酔い気分だったはみんなから離れ、黙って乙骨の隣へと座った。水の入ったグラスを渡したあの時、凄く驚いた顔をした乙骨は、うるうるした目で彼女を見つめていた。ガラにもなくキュンとさせられてしまったのは覚えてる。とにかく何とか場を明るくしようと、アレコレ話しかけながら彼の濡れた頬をハンカチで拭いてあげて、ついでに――酔いに任せ、いつもの軽いノリでちゅっと彼のホッペに口付けてしまった。男の子はだいたいコレで元気になるはず、という安易な気持ちで。彼女のお嬢様気質なところは、こんな場面で発揮される。要は自分の行動を深く考えない。

――元気出してね、乙骨くん。

ついでにそんな励ましの言葉もかけたかもしれない。それがいけなかったのか、とは後で思ったことだ。
そのお疲れ会から年が明けて一カ月は過ぎた頃、は乙骨から猛烈アプローチを受けることになる。

――さん、僕と…結婚を前提にお付き合いして下さい!

…度肝を抜かれた。恋多きでも、結婚を前提に、なんて告白をされたのは初めてだったから。
男の子から告白されて、腰を抜かしそうになったのも初めてだ。なんてドストレートなんだ、乙骨憂太!と死ぬほど驚いた。少なからず里香のことを今も引きずってると思っていたので、彼の思いの矛先が自分へ向けられるという想像すらしていなかった。
なので…サクッと断るはずだった。
いや、一度は「ごめんなさい」をした。それはそうだ。年上好きの自分が後輩と彼氏彼女になるなど想像できない。

だがしかし――。乙骨憂太は乙骨憂太だった。里香とのエピソードからも分かるように、彼は今時珍しいくらい一途だった。しかも地味に重い。
さすが子供の頃に婚約してしまうだけはある、と変に感心してしまうくらい、乙骨は諦めが悪かった。
顔を合わせるたび「好きです、さん」と告ってくるし、毎朝モーニングコールと称したラブコールもしてくる。『さん、おはよう御座います。今日も好きです』と、何故か気持ちの報告付きで。

最初は里香が消えた寂しさからくる熱病みたいなものだろうと思った。急に里香という大きな存在がいなくなったのだから、喪失感は計り知れないはず。そんな時に、たまたま近くにいたに優しくされて縋りたくなっただけ。それまで軽い恋愛しかしてこなかった彼女は、そんな風に考えていた。
だけど、乙骨は違った。それまでは偶然会うくらいだったのが、今度は毎日に意識して会いに来るようになった。
任務から戻ると部屋の前に乙骨がいた、なんてビックリ要素のお出迎えも一度や二度じゃない。出張へ行った時ですら、電話やメッセージを一時間おきに寄こすし、最後には必ず「今日も大好きです」と、恒例になりつつある気持ちの報告まで送ってくる。そのうち「今日も好き」というスタンプまで作ってしまうんじゃなかろうか、と心配になるほどに。

このラブ攻撃が一カ月以上は続いた。そうなると人間とは不思議なもので、だんだん乙骨のことが気になってくる。会っていない時に思い出しては「乙骨くん今なにしてるのかな」とか考えてしまうし、連絡がくる時間が少しでも空いた時は「今日ちょっと遅くない?」と不安になる。こうなってしまえば、俗にいうマインドコントロール状態に近い。最初の頃はマメすぎて辟易するほどだったのに、来なければ来ないで気になってしまうのだから、すっかり乙骨という人間が彼女の生活の一部になってきている。

それが顕著に表れたのは、一日彼から一切連絡がこなかった時だ。は言いようのない不安に襲われたり、意味もなくイライラしたり、普段はそれほどチェックしないメッセージさえ、三十分おきに確認するはめになった。
その日、乙骨は狗巻棘と地方へ任務に行っていた。そこで彼らに何かあったんじゃないかと心配になる。こんなに連絡のこなかった日はなく。悪い想像しか浮かんでこない。もうわたしに愛想を尽かしちゃったのかな。それとも手強い呪いと戦って怪我をしたのかも。いや、最悪、死――。
里香を解呪したことで、特級だった乙骨の階級は四へと下がり、まだ術式も前と同じようには使えないと話していたのを思いだす。そうなるといても経ってもいられなくなった。
夜になっても何の連絡もなかったことで、はその時、初めて自分から乙骨に電話をかけた。普段は彼女から連絡することもないくらい、彼がかけてくれるし、アプローチされてる側から、してくる相手へ電話をかけるというのも何となく恥ずかしかったからだ。だが、もう恥ずかしいなどと言ってられないくらい心配だったのと、一番は乙骨の声が聞きたかったんだと、その時になって気づいた。
なのに――、その日乙骨が電話に出ることはなかった。

『おかけになった番号は現在、電波の届かないところにいるか、電源が入っていません。繰り返します――』

コール音すら流れず、空しい機械的なメッセージしか聞こえない。あの時のことを思い出すと、今でも嫌な気分になる。

――え、憂太?いや、僕にも連絡ないけど、まあ大丈夫でしょ。仮にも元特級呪術師だったわけだし。

あまりに心配で、夜になって五条へ電話をしたら、めちゃくちゃ軽い感じで言われて頭にきた。それは里香がいたからで、この世界に「大丈夫」なんてことはない。それを誰より知ってるのは五条先生でしょーが。確かそんな八つ当たり的な暴言を吐いたかもしれない。それくらい、は動揺していた。

――、落ち着いて。憂太は大丈夫だから。無事に帰ってくるのを待っててやって。

きっと動揺が声からも伝わってたんだろう。五条は意外なほど優しい声でそう言ってくれた。最強の彼が言うんだから大丈夫。おかげで少しは不安が和らいだ。
だけど――結局その日は一睡もできなかった。