キラキラの日常に潜む罠-05




三月七日は乙骨の十七歳の誕生日だった。少し前に念願だったとも付き合いだし、初めて迎える誕生日ということ。それに合わせてが「明日はふたりでお祝いしよう」と言ってくれたこと。その全てをひっくるめて、乙骨は前日の朝からかなり浮かれていた。
ふたりでお祝いって、どこでしてくれるんだろう。外で食事とか?それって初デートなのでは…
そんな想像をしながらニヤけていたせいで、真希からは「キモい」だの、パンダからは「エロい」だの、棘からは「梅こんぶ!」などと新しいおにぎり語でけなされたのだが、乙骨には痛くも痒くもなかった。
そうだ。初めてのデートなんだから、彼女に何かプレゼントを渡したい。
自分が主賓なのを忘れ、乙骨はそう思ってしまった。となれば、何をあげれば彼女は喜ぶんだろう、と頭を悩ませることになり、散々考えたものの、さっぱり思いつかない。そもそも付き合いだしたばかりなので、のことを何も知らないのだ。そこに気づいた乙骨は何を血迷ったのか、彼女の同級生に頼ることを思いついた。
普段はあまり近寄りたくないほど、クズ臭のするふたりだが、愛するの大事な同級生。ならば少しでも歩み寄るのが、彼氏・・としての役目だと思い込んでしまった。
そこで意を決して、金次と綺羅羅が寝泊まりしているという、都内某所のビル――五条から聞いた――を任務帰りに訪れた。

――あ?の好きなもの?

久しぶりに顔を合わせた金次は、いきなり尋ねてきた乙骨に驚きつつも、事情を話すとやけに協力的になった。

――は何でも持ってるから今は特に欲しいもんなんかねえんじゃねえ?まあ…しいて言えば…"ピエールなんちゃら"って店のチョコだろうな。あいつ、そこのチョコに目がねえんだよ。三度の飯より好きなはずだぜ。

金次の口から有益な情報を教えてもらい、乙骨は本気で彼に感謝をした。ちなみに、その店の正式名称は"ピエール・ショコラトリー"だと、綺羅羅が教えてくれた。スマホで調べてみると、港区の一等地にあるチョコレート専門店らしい。なら今日の帰りに寄って買って行こうと心に決めた。

――ああ、そうだ。乙骨、明日は誕生日なんだろ?これは俺達からのささやなプレゼントだ。あと、こっちはが好きなシャンパンカクテルだから一緒に飲めよ。シャンメリーみたいなノンアルのシャンパンだから、お前でも飲めんだろ?ふたりで乾杯すりゃいい。

乙骨がお礼を言って帰ろうとしたとき、金次は普段とは別人のような笑顔を見せて、彼の手に小さな紙袋と、カラフルな色の瓶が入った手提げ袋を渡してきた。まさか彼らが自分の誕生日を祝ってくれるとも思っていなかった乙骨は、素直に感動してふたりにお礼を言った。
苦手意識なんて持って悪いことをしたな、と反省もした。まさか、それが金次と綺羅羅の罠だとは、全く疑いもせずに。

そして――誕生日当日の朝。から「お誕生日おめでとう」というメッセージが届くと共に、"任務で遅くなりそうだから帰ってから部屋でお祝いしない?"という誘いを受けた。最初は外で食事に行きたいと思っていた乙骨だったが、自分も山梨の方で任務が入り、帰りはと同じ時間帯になりそうだった。それ以前に、乙骨はと一緒ならどこでもいいので、即「分かりました。じゃあ夜に僕の部屋でどうですか」と返事を送る。その数秒後、からもOKの返信が届き、乙骨は浮かれながら『今日も大好きです』とお約束の報告メッセージを送り返し、その日の任務へと出かけて行った。

出向いた先の場所には、一級相当の呪いが湧いていたものの、この日は特に絶叫調だった乙骨は、だいぶ使いこなせるようになってきたリカの術式で呪いを一撃で仕留め、秒で任務を終わらせてしまった。
帰りの道はそこそこ渋滞はしていたものの、予定よりは早く帰校することが出来たのも運が良かったのかもしれない。任務報告も終わらせた乙骨はその旨を彼女へメッセージで送ったあと、今夜のデートの場になる自室の掃除をしながら待つことにした。と言って、大した物も置いてない殺風景な狭い部屋。それほど時間もかからず、を入れても恥ずかしくない程度に綺麗になった。そこで机の上に置いたままの小さな袋と可愛い手提げ袋を見つけた。昨日、金次と綺羅羅からプレゼントされたものだ。

「そうだ、中身まだ見てなかったっけ」

忙しくて何をもらったかまでは確認してなかったのを思い出し、まずは手提げ袋に入っているノンアルコールだというシャンパンの瓶を取り出した。しかし放置していたせいか当然、温い。こういったノンアルの酒類の知識はないものの、温いのは美味しくないということは乙骨でも分かる。せっかく乾杯するのだから冷やしておいた方がいいと気づき、部屋に後から設置したミニ冷蔵庫へ瓶を入れておいた。

「あとは…コレか…」

金次からもらった、もう一つのシンプルで小さな紙袋。それを手に取り、乙骨は天井にかざして下から眺めてみた。部屋の電気が当たると少しだけ中身が透けて見える。それは小さな袋の中に、これまた小さな四角い袋のようなものが、何個もびっしり入っているように見えた。

「…何だろ、これ。軽いし…薄いし…」

紙袋の上からでは触ってもいまいち分からない。一応、彼女の同級である金次からもらった物なので、こっちはが来たとき、金次からもらったことをちゃんと伝えて一緒に中を見ようと思っていた。けれども何となく気になった乙骨は、入口を止めてあるテープを剥がして、おもむろに袋を逆さまにし、中身をベッドの上へぶちまける。

「………え、」

バラバラと落ちてきたのは、やはり手のひらサイズの小袋。それを見た瞬間、乙骨の思考が停止する。例え実際に見るのが初めてだったとしても、ソレが何なのかは乙骨にだって分かるのだ。

「こ、こここれって…コ、コ、コンドー…――」

そのときだった。コンコンっという小気味いいノック音がして、乙骨は飛び上がらんばかりに驚いた。叫ばなかっただけ、まだ良かったかもしれない。

「乙骨くん?わたし」
「……っ!!」

よりによって、こんなときに!と、乙骨は頭を抱えながらベッドの上に散らばっているブツを見た。今はまだ"何故こんなものが?"と頭が混乱してる真っ最中。そこへが来てしまった状況にプチパニックになる。もし彼女にこんな物を見られたら「そんなつもりだったの?乙骨くんのエッチ!」という恐ろしい誤解を受けてしまうだろう。しかもこの尋常じゃない数。軽く五十個はある。どう考えてもやる気満々にしか見えない。

「ちょ…ちょっと待って下さいねっ!今、着替えてるんで!」

どうにか返事をすると、乙骨はまず散らばった袋を急いでかき集めた。そして袋の中へ戻そうとしたのだが、何せ元の袋も小さい。なかなか上手く入ってくれず、だんだん焦ってきた乙骨は、制服の上着のポケットへそれを突っ込んでいく。入りきらなかった分はまとめて机の引き出しへと放り込んだ。そのとき、不意に金次のニヤけた顏が脳裏を過ぎる。

――乙骨、明日は誕生日なんだろ?これは俺達からのささやなプレゼントだ。

きっとこんな状況を想定して渡してきたに違いない。何を考えてるんだ、あの人は!と、怒りを発散するのに髪を掻きむしる。もし見つかってにフラれでもしたら、乙骨は必ず金次を抹殺しよう、と心に決めた。
とにかく今は、彼女を中へ入れないと。でもその前に、と乙骨は急いで室内を見渡した。普段からマメに片付けてる方なので散らかってはいないが、ベッドの布団カバーが若干よれている。さっきアレをかき集めたせいだ。すぐにシワを伸ばして綺麗にすると、乙骨は数回ほど深呼吸をしたところで、やっとドアを開けることが出来た。

「ご、ごめんなさい…待たせて」
「いいけど、なに?慌てて片付けてたとか?」
「そ、そんなところです。あ、ど、どうぞ…」

幸いは怒った様子もなく、「お邪魔します」と少し遠慮がちに部屋へ入って来ると、室内を見渡しながら「言ってた通り何もないねー」と笑った。この部屋へ彼女を入れるのは今日が初めて。密室にふたりという状況も初めてだ。さっきの焦りが落ち着いてくると、今度はじわじわと緊張感が増してきた。

「えっと、あ…椅子これしかないからさんはベッドに座って下さい」
「あ、うん。あと――これ。お誕生日プレゼントとケーキ」
「えっ!」

は手に持っていた紙袋から、綺麗にラッピングされた箱と、都内でも美味しいと評判のケーキ屋"ノエル"の箱を差し出した。彼女が自分のためにプレゼントとケーキを用意してるとは思わず、感激のあまり乙骨の目頭が熱くなっていく。

「あ…ありがとう御座います…めちゃくちゃ嬉しい…」
「そ、そんな大したものじゃないから…」

放心状態でプレゼントを見つめる乙骨に対し、も照れ臭そうに笑うと、部屋の棚にある小皿を見つけて「これ使っていい?」と尋ねてきた。

「あ、はい。えっと…これ開けてもいいですか?」
「もちろん」

は買ってきたケーキをお皿へ乗せながら、可愛い笑顔を見せる。乙骨は幸せを噛みしめながらリボンを丁寧に外すと、モスグリーン系の箱の蓋をそっと開けてみた。するとそこには黒とチャコールグレーがワンポイント入ったシックなストールが入っている。思わず手にとると、やけに手触りがいい。

「え、これ…僕に?」
「う、うん…ほら、乙骨くん、特級に返り咲いたら任務であちこち行くことになるだろうし、意外と夏でも寒い場所ってあるから、どうかなって…必要なかった?」
「い、いえ!すっごく嬉しい!ありがとう、さんっ」

早速ストールを首に巻いて破顔すれば、の頬がほんのり赤く染まる。「お、大げさだよ」とは言いながら、彼女もどこか嬉しそうだ。

「ああ、これ、こうした方がもっとカッコいいよ」

手にしていたお皿を机に置くと、は乙骨が巻いたストールを少しだけ直して整えてくれる。目の前で彼女が自分の首元を直してくれる姿に、乙骨はまたしても感激した様子だ。出来ることなら、このまま彼女の細い腰を抱き寄せ、ぎゅうっと抱きしめたいという衝動にかられたものの、まだ付き合って日も浅い。そんなことをして嫌われたくないので、頭に浮かんだ煩悩を必死に打ち消し、我慢しておく。

「はい、出来た」
「あ…ありがとう御座います」
「じゃあケーキ食べる?」
「あ、はい。あ、そうだ…僕も渡すものがあって…」

そこで思い出した乙骨は、が好きだと教えてもらった"ピエール・ショコラトリー"の箱を机の引き出しから取り出した。その際、先ほど突っ込んだアレが見えたので、慌てて引き出しを閉める。

「え、何?渡したいものって」
「あ…これ、なんですけど…」

僅かな動揺を悟られまいと必死に笑顔を取り繕いつつ、チョコの箱を彼女へ差し出す。するとそれを見たが目に見えて嬉しそうな顔をした。

「これ、ピエールのチョコ?!何で?」
「…えっと…秤さんにさんがその店のチョコが好きだと教えてもらって…」
「……金ちゃんに?いつ?」
「こ、この前、偶然都内で会って…」

そこまでの言い訳は考えてなかったので、ついそんな嘘をついてしまった。まさか、わざわざ五条に場所を聞いてまで金次に会いに行ったとは言いにくい。はそれを信じたのか、「そうだったんだ。でもホント好きなの。だから嬉しい」と可愛い笑顔を乙骨に向けてくる。その笑顔を見れただけでも、乙骨にとっては最高のプレゼントになった。

「わ…しかも桜のチョコ~!わたし、これ大好きすぎて毎年この時期になると買いに行ってるの。今年はまだ行けてなかったからすっごく嬉しい」
「そうなんですか?」
「え、これは金ちゃんから聞いたわけじゃないの?」
「ああ、はい。ただ桜のチョコを見てさんを思い出したので買ってみたんですけど…好きなら良かったです」

彼女から香る桜の香りを思い出したのがキッカケだったのだが、は恥ずかしそうに頬を染めながら、もう一度ありがとう、と呟いた。その可愛さといったら、乙骨の心臓に何本も矢が刺さるほどで、ちょっとだけ胸の辺りが苦しくなってしまった。

「あ、そ、そうだ…シャンパン風のジュースもらったんですけど飲みます?」

どうにか冷静を保つため、そう声をかけると、は「喉乾いたから飲みたい」と笑顔で頷いた。
ここで、もし乙骨がそれを誰からもらったのかに話していたら、結果も違ったのかもしれない。ただこの時の乙骨は彼女からプレゼントをもらい、舞い上がっていたことで、ついうっかり話しそびれたまま、そのシャンパンで乾杯をしてしまった。更に良くなかったのは、緊張も相まって酷く喉が渇いていたこと。
乙骨は何の疑いもなく、グラスに注いだそれを、一気に飲み干してしまった。
そのあとくらいから酷く曖昧で、途中すっぽり記憶が抜け落ちていたのだが、次に意識が戻ってきたとき。乙骨はを抱きしめながら、彼女のくちびるを堪能しているところだった。