交差する世界-26

ごうごうと燃え盛り、炎はあっという間に納屋の中を埋め尽くした。梯子を使って二階へ逃げたペレスとララは互いを庇い合い、最後は火に包まれたペレスをララが窓から突き落とした。しかしその際、火は彼女に燃え移る。炎でララも焼かれ、断末魔の悲鳴を上げて転げ回ったあと、やがて動かなくなった。
その一部始終を見せられていたは、炎の中に立ち尽くしながら茫然と涙を流すことしか出来ない。今見たものは全て過去の幻影。今の彼女にはどうすることも出来ないのだ。現に燃え盛る炎の中に立っていても暑さは全く感じなかった。
目の前には黒焦げになったララの遺体が転がっている。
気づけば納屋までが炎に焼かれて崩れ落ち、塵のような黒い浮遊物が無数に空気中を舞っていた。
どういうこと――?
自分とよく似たララの存在、また目の前で起きた現実がを混乱させる。同時に、ララと酷似してることが自分に起きた異変の原因なのだと無意識的に理解していた。
ここにいちゃダメだ――!
本能でそう思うのだが、どこへ逃げればいいのかも分からない。
「どうしたら……」
燃え落ちた納屋を見渡し、次にどこへ向かえばいいのか考える。しかし、そこでふと気づいた。納屋が倒壊して遮るものがなくなれば、見えるのは青空と向日葵畑のはずだ。なのに辺りはどす黒い赤と黒の入り混じった夕暮れの色に染まっていた。火を放ったはずの村人たちもいない。炎で赤に染まった光景を見ていたせいか気づくのが遅れたようだ。
「え……向日葵畑がない?」
振り返っても先ほどまで鮮やかに咲き誇っていた花はない。またどこかへ移動したのかと驚いていると、リカがある方向を指した。釣られてそちらへ視線を向ければ、目の前を浮遊していた黒い塵がララの焼死体へと集まり出す。風もないのに浮遊しながら集まるそれは、まるで意志を持っているかの如くララへ吸い寄せられていた。
「あれは……」
塵が集まれば集まるほどに少しずつ形になっていく。黒い塊になったソレが赤いモヤのようなものへ変わり、ゆらゆらと揺れ始めた。の喉からひゅっとかすれた声が漏れる。
また来るのだ。アイツが――。
「リカちゃん。こっち!」
考えるより先に足が動く。しかし走りだした刹那。彼女が走っていたのは薄暗く狭い天井のパイプが剥き出しの一画。不気味なオレンジ色が薄っすらと照らしているその場所は、最初にいた施設の地下を思わせる。天井に何本も走る細いパイプの一部からは一定のリズムで炎が噴き出していた。オレンジ色に光っていると感じたのは、その炎が辺りを照らしていたせいだ。
「また移動した……?アレに触れたら火だるまになる……気を付けて、リカちゃん!」
吹き出すタイミングを見ながら火が消えた時にその下を走り抜ける。しかしララの焼死体から生み出された例の蜘蛛女は執拗にを追いかけて来ていた。逃げ場のない狭い一画は同じ場所をぐるぐると回りながら走るしかない。
よく見れば奥の壁には一ヶ所だけ出口らしきものはある。だが、ただでさえ狭い場所。部屋の真ん中にも太いパイプが天井から地面に向けて何本も通っていた。それが壁となり、入り組んだ今の場所から出口の奥が見えない。もしそこへ逃げたとして行き止まりだったら、と思うと、すぐには動けなかった。
「何でララの遺体からアイツが……」
ペレスの意識の中なのだとしたら理屈など通じない世界だ。ただ背後に迫っている蜘蛛女を見た時、思わず息を呑む。
姿かたちはもちろん違う。だけど――。
「まさか……ララ?」
長い黒髪を振り乱し、恐ろしい形相で追ってくる化け物。この蜘蛛女の正体はララかもしれないと直感的に感じた。
これもペレスが創り出したと思っていたが、そうなると違和感を覚える。
「アァァアアア……」
「殺ス!殺ス!」
「リカちゃん!」
苦しげに呻きながら追って来る蜘蛛女の攻撃をリカが弾くたび、キィィンっという甲高い音が響く。その音を聞きながらは天井から噴き出してくる炎を見上げた。
あの蜘蛛女は火を怖がっていた。もしあれがララなのだとしたら、その理由は――理解できる。
「リカちゃん、こっちに誘導して!」
天井から炎が噴き出し、消えたタイミングで前へ走ると、リカが蜘蛛女の攻撃を交わしながらの方へ飛んでくる。それを追ってきた蜘蛛女が炎の吹き出すタイミングでその場所を通った時、上から落ちてくる火が蜘蛛女を頭から焼いた。
「ギィィァァァアッ」
再び断末魔の叫びがの鼓膜を襲う。思わず耳を塞ぎながら出口へ走った。そこに扉のようなものはない。どこかに繋がってくれていれば逃げ切れるはず。吹き出す炎のせいで今いる場所の熱が上がっていく。
しかし蜘蛛女は火だるまになりながらもを追いかけてきたようだ。すぐ後ろで女の呻き声がする。それに気づいたリカが体を張って蜘蛛女の攻撃を止めようとした時、燃え盛る炎に焼かれていた蜘蛛女の体が、黒い塵と化して一瞬で消失したように見えた。
――逃げて。
その言葉だけを残して。
「え……消え、た……?」
リカが何かをしたわけじゃない。蜘蛛女は炎と共に塵になって消滅したように見えた。
「しかも逃げてって言ったような……」
言いながら隣に立つリカを見上げると、リカもまた首を傾げているかのように大きな頭を傾けていた。よく分からないが助かったらしい。
更に進もうとした先を見れば、そこは焼却炉のようだった。未だ蜘蛛女の気配が色濃く漂っている気がする。
火を恐れながらも火に囚われているララの心の内に、彼女は少しだけ触れた気がした。
「もしかしたら……わたしを引き込んだのはペレスだけじゃないのかも」
ふと蜘蛛女の言葉を思い出す。あの一言はペレスに囚われそうなを救おうとしてくれたのではないかと思わせた。
「もしかして……」
と呟いた時だった。瞬きするにも満たない間に視界が反転したと思えば、最初に放り込まれた施設へ戻されていた。しかも目の前には長い通路。今まで逃げ回っていたような薄暗い場所ではなく、煌々と照らされた近代的な通路だ。正面には大きな扉が見える。
「あそこへ……行けってことかも」
恐々と一歩踏み出す。先ほどまで仕掛けられていたような罠の類はないようだ。何故か分からないがそんな気がして、は扉に向かってゆっくりと歩き出した。そのあとをリカも着いて行く。
天井や壁を見てもやはり何かの施設のようだ。しかし相変わらず人の気配はない。
これは誰の記憶なんだろう。
一歩、一歩と歩を進めながら考える。
ミゲルの話によれば、ペレスが姿を消す前、あのレイターという医者はララの遺体をアメリカへ運んだということだった。そこの機関で何を研究していたのかは知る術もないが、ララの遺体は研究者たちによって細かく調べられたのは間違いないはずだ。呪力や術式という概念がない外国人からすれば、不思議な力を使う姉弟は興味をそそる研究対象だったことは想像に容易い。
人の尊厳など、不可思議な力を前にした研究者たちからすれば小さな問題でしかないんだろう。
「ここに……何があるの?ララ……」
導かれるように廊下を進んだは、扉の前に立ち深呼吸をする。
扉に鍵はかかっていない。自然とそれだけは分かっていた。
「行こう、リカちゃん」
隣にいる存在に声をかけ、がもう一歩だけ足を踏み出すと、自動式の扉が音もなく開いた。
|||
<――オマエは誰だ>
白いフードを被った男――ペレスを目の前にした乙骨は頭で考えるよりも先、秒にも満たない動きで斬りかかっていた。しかしノイズと共に男は姿を消し、静寂だけが残る。
まるで狐につままれたようだった。
「幻影か……?それにここは一体――」
目の前には近代的な通路が伸びていて、正面には大きな扉が見える。あの屋敷の地下の地下にこんな施設があるはずもない。
そう考えた乙骨は、まず正面の扉を目指すことにした。理屈は分からないが、ここはペレスの領域内、幻覚を見せられているという前提で動く。
しかし乙骨が扉に近づいた刹那。視界が反転。気づけば屋敷内の一階ホールに立っていた。
「……え」
二度目ともなると最初よりは落ち着いていたものの、やはり瞬きをする間に場所が変われば混乱して体が固まる。脳が状況を処理しきれないせいだ。
「ここは……屋敷の一階ホール?」
まるで振り出しに戻るだな、と乙骨は自嘲気味に辺りを見渡す。もう何故?とは考えない。
ただ、小さく息を呑んだのは違和感を覚えたからだった。
「……さっきと違う」
床も、壁も、天井も、キッチンへ続く扉さえ、先ほど見たボロボロのものとは違う。ハッキリ断言できるほどに家全体が綺麗だ。
乙骨の脳内がまた少し混乱しかかった時、正面の大きな扉の奥からピアノを弾く音がしてきた。
誰かいる――。
額から汗が伝い落ちるのを感じながら、乙骨は慎重に歩を進めて扉へと近づく。位置的に扉の向こうはリビングのはずだ。先ほど確認したダイニングにも扉があり、そこから覗いた時に古ぼけたグランドピアノらしきものがあったのを思い出す。ただ、乙骨が見たピアノはとてもじゃないが演奏出来るような代物ではなかった。年月と共に朽ちかけていたはずだ。
なのに中から演奏する音が聞こえ、空き家とは思えないほど綺麗になった室内。
今、自分の視界に映っているのは過去のウィンザー家ではないかと思った。
ならピアノを演奏している人物はペレスかもしれない。乙骨は慎重にドアを開けた。その際、視界に再びノイズが走り、頭の中で声が響く。
<……皮質領域への強烈な刺激は期待ほどではなかった。被験者は叫び続け、あっけなく死んでしまう。設定の調整次第で良い結果が得られるはず。唯一の問題はどの領域に集中するかだ。恐怖、希望、承諾、信頼、嫉妬……この中の重要な三つが心の扉を開ける……>
頭に直接響く話し声は乙骨の神経を逆なでするほどに不快だった。何かの実験記録を残した音声のようだ。
しかし唐突に声が途絶え、再びノイズが走ると、目の前には若く美しい青年が立っている。年の頃は乙骨と同じくらいだ。
咄嗟に攻撃を仕掛けようとした乙骨は、その青年が幻影だと気づいた。まるでホログラムのような感覚で見せられている気がしたのだ。現に目の前の青年は何かの資料を読みふけっていて、乙骨にまるで意識を向けていない。
「これは……ペレスか?」
先ほど見たフードの男と雰囲気が酷似していることに気づく。その青年が朧気に揺れたかと思えば、今度は姿を変えた。いつの間にかピアノを弾く姿が乙骨の視界に映る。さっきの青年とは別人かと思うほど、美しかった顔には痛々しいほどに包帯を巻かれ、ピアノを演奏する指の先まで皮膚は爛れていた。
<綺麗に切る。最後まで。君を治す方法なんて他に存在しない。綺麗な皮膚を剥がす……>
うっとりとした様子で話しながら、包帯の男はピアノを弾く。
<窓際に立つ彼女を見た。月光を浴びた長い黒髪。色素の薄い肌に淡い水面のように揺れる瞳。彼女の好きな夜を思わせる漆黒のドレスが薄れゆく光のなかで……ララ。やっぱり死んでなかったんだ>
一瞬、目の前で火花が散った。その瞬間、乙骨の脳内にの姿がぼんやりと映る。それは書斎の窓の前で立ち尽くす彼女に、自分が駆け寄っていく光景。いや、ペレスが見た光景を乙骨は見せられていた。
そこで再びバチンと火花が散り、目の前には包帯の男――ペレスが再び現れる。
「まさか……さんをララと勘違いしたのか……?」
一瞬、ペレスの意識とリンクしたことで、その時の感情が乙骨にも伝わってきた。そこで思い出す。最初にの様子がおかしくなった時のことを。
「まさか……さんが目を覚まさなかったあの時、彼女はこの世界へ入ってペレスに見つかった……?」
最初のキッカケはが"黒縄"に触れたことだった。あの時、てっきりペレスにマーキングをされたのだと思っていた。でもそれは間違いなのではないか。
ペレスは"黒縄"を作り出すことは出来ないし、ミゲルが持っていたのはララが編みかけだった"黒縄"をミゲルの祖先が盗んだものだ。
「まさかララがさんを……」
いや、この場合ララの未練を、ペレスに対する何らかの想いを、が受信してしまっただけなのかもしれない。
少なくともペレスの意識の中では意図したものじゃなかった。
或いはララでさえ意図したものではなかったのだとしたら――。
(ダメだ。今考えても仕方がない。どういう理由にせよ、さんはペレスに見つかってしまった)
混乱する頭の中で乙骨はどうするべきかを考える。今はとにかくペレスの本体を見つけ出さなければ。
そう思った時、再び目の前の光景が変化した。ピアノを弾く包帯を巻いたペレスの背後に見たこともない初老の男が立っている。
初老の男はピアノを弾くペレスへ、何やら話しかけていた。
<まだ私の研究所への寄付が入金されていないようだが……>
<寄付?なぜ寄付をする。僕はもうアメリカには行かない。研究費も必要なくなるはずだ>
<ご両親は研究の為に多額の寄付をすると約束してくれたんだが。どこへ行ったのかな?>
<あいつらは……もういない>
<いつ戻るんだね>
その問いの直後、ペレスがバァァンと激しくピアノの鍵盤を叩く。
<僕にはもうアンタ達の力は必要ない。ララを返してくれ>
<……ひとつ君に言っておかなくてはならないことがあってね>
<何だ>
<君がアメリカに来ないのなら、我々は君の研究を支援することは出来ない。"素材"の提供もね。君の研究ももう終わりだよ>
<よくも……この僕を脅迫出来たな――>
包帯の男の目の色が変わる。しかしその時、部屋に黒スーツを着た男達が数人ドカドカと入って来た。ペレスがそっちへ気をとられた瞬間、初老の男は手にした注射針をペレスの首元へと刺す。
<ぐ……レイター……!貴様――>
<私が君と対峙するのにひとりで来ると思うのかね。自分の力に過信した結果がこれだ>
包帯の男が首元を手で抑えながらふらふらと立ち上がった。だが足に力が入らないのか、すぐに床へ崩れ落ちる。初老の男はそれを確認すると、倒れた男を足蹴にしながら持っていた注射針を放り投げた。
<すぐにペレスを地下の施設へ運べ>
<……このまま運ばないのですか?レイター博士>
<ペレスを生きたままアメリカまで運ぶのは危険すぎるからな。ある程度の処置をして身軽にする>
<は。では地下へ運びます>
部下らしき黒スーツの男達が意識を失ったペレスを抱えて運んでいく。
その光景を――ただ見ていた乙骨は言葉を失った。
「この男が……レイター……?」
呟いたのと同時に目の前の光景が消え、気づけば先ほどの通路に戻っている。しかし乙骨はもう驚く気力もなく、先ほど見せられたものを、その後の結末を、想像することしか出来なかった。
「……ある程度の処置……身軽にする?まさか……」
突然行方不明になったペレスの身に起きた、誰も知らない真実。それを自分は見せられたのだと悟った。
「やっぱり……ペレスは身を隠したんじゃない。レイターに殺されたんだ」
話を聞いた時から考えていた疑問。ならレイターはどうやってペレスをアメリカまで連れて行ったのか。
「生きたままは危険……確かにそうだ」
ペレスは自身の領域内へ他人を閉じ込めただけで殺せる恐ろしい術式を持っていた。いや、術式そのものが領域だとすれば体を拘束されていても人を殺せる。レイターはそれを薄々気づいていたからこそ意識を失わせたのだ。
「なら運ぶ方法は――ひとつだけだ」
目の前にある扉を見据え、乙骨は軽く深呼吸をした。ここへ入れ。そう言われてる気がする。
乙骨は扉の方へそっと一歩を踏み出した。
|||
「え……何これ」
自動ドアの開いた先。そこはだだっ広い空間だった。天井は高く、見上げてみても先が分からない。ただその広い部屋の真ん中に大きな大きな何かの機械が置かれている。下部分には目的の分からない無数のスイッチやレバー。上部はガラスなのかよく素材の分からない透明のケース状になっていて、中には無色透明の液体が入っている。
異様だったのは、その液体の真ん中に浮いているモノだった。
「……げ、あれって……人の脳みそ……?」
恐る恐る近づいたは液体の中に浮いているモノに気づき、徐に顔をしかめる。どう見てもそれは人間の脳だった。何本もチューブらしきものが繋がった脳は機械と接続されているらしい。ただ、その脳の一部は黒く変色していて、まるで火に焼かれたように溶けていた。
「趣味悪い……いったい誰の――」
そう独り言ちた時、視界が歪み、気づいた時にはすでに人が大勢いる中で突っ立っていた。
「え、また幻覚かな……」
急に現れた大勢の人を見てギョっとする。納屋の時と同じく、彼らにの存在は認識されていないらしい。
忙しくなく動き回る彼らは皆が皆、白衣をまとっていた。何かの研究員といった風貌だ。
<おい!薬物投与はまだか!>
<してる!してるが機能していない!>
<くそ!この検体を無駄にしたらレイター博士に何と言われるか……>
<しかし、この人物は焼死した時点で脳も一部が焼けていた。ここまで持たせたのは奇跡だ>
<それに次の検体はもうすぐ届くさ。こんな機能しないものを調べても無駄だろう>
<まあ、そうだが……もったいないな。能力の違う姉弟を揃って調べてみたかったが……>
研究員らしき人物たちはそこで消えて、次にの視界に映ったのはどこか威厳のある初老の男だった。
<どうだ?ペレスの脳は>
<はい。姉の検体とは違い、きちんと機能しています。これなら力の根源を調べることが出来るかと>
そんな会話を聞いていたは恐る恐るケースの中身へ視線を向けた。先ほど見た時と同様、真ん中にはチューブで繋がれた人の脳らしきものがある。しかし少し違うのは色だった。さっき見たものより、今見えている脳の方が綺麗なピンク色をしており、変色してる部分がない。
同時に後頭部を殴られたかのような衝撃が走ったのは「ペレスの脳」という言葉を聞いたせいだ。
「ペレスって……嘘でしょ……?」
目の前で研究材料として使われている脳の正体。それがあのペレスだというのだ。思わず言葉を失う。
そして最初に見た検体の脳こそ、ララのものだったと気づいた。
「あれが……あの脳がララ……?」
う……っと胸がムカムカして急に餌吐いた。慌てて口元へ手をやり、落ち着けと心の中で何度となく呟く。
相変わらず目に映る研究員たちは、ペレスのことを検体と呼び、何かの実験をしてるようだった。
ララもペレスも生きていたのに。脳だけにされてしまっても、人なのに。
研究員たちはそれを忘れてしまったかのように、ペレスたちをモノ扱いしている。
気持ちが悪かった。何故そんな惨たらしい真似ができるのか、何一つ理解出来ない。
しかし研究員とレイターの会話を聞いて一つだけ分かったことがある。このレイターという男はペレスを殺し、脳だけを取り出してアメリカの研究所へ運んだのだ。
「これが……真相……最悪っ!」
もし生まれる時代や国が違えば、自分も同じことをされたかもしれない。呪術師という存在は、彼らにとってみればただの研究材料でしかないのだ。
こみ上げるものを言葉にして吐き出すと少しだけ吐き気はマシになってきたが、気分は重く沈んでいく。
だが、やっとの思いで顔を上げた時、ペレスの脳へ微弱の電気を流していたらしい研究員が悲鳴を上げた。近寄るな!そう叫びながら両腕を振り回し、近くにいる仲間を殴り飛ばす。そのうちそれは他の研究員へも伝染していくようだった。
「こ、これは……」
その場にいる研究員たちの大乱闘を唖然とした様子で眺めていると、そのうち拳ではなく鉄製の物を武器にしての殴り合いに発展していた。綺麗な研究室は血で染まり、大金をかけたであろう当時最新だったはずの機器類が火花を散らして破壊されていく。
当然のように警報が鳴り、そこへ警備員たちが駆けつけたことが事態を更に悪化させた。彼らの持つ拳銃が無作為に放たれる。この場にいる全ての人間がペレスによって操られていた。脳だけにされても彼の力は凄まじく。気づけば研究員や警備員全員が死んでいた。
「……もしかして……この組織が瓦解した理由って……これ?」
中の異変に他の人間が気づく。そこへまた人が来る。しかしペレスの領域は想像以上に大きいらしい。機械に繋がれているせいなのか、電気の通す場所全てが彼の領域内だと、は感じた。
「でもやっぱりわたしには影響がない」
目の前で凄惨な殺し合いをしている中で、は無傷のまま。傍観者である彼女は誰からも認識されなかった。
その時、再び自動ドアの開く音。また誰かが殺されに来たのかと絶望的な気持ちで振り返る。しかし入室してきた人物を視界に入れる前に、それまで大人しく傍にいたリカが一際大きな声で叫んだ。
「ゆ、ゆ~たぁぁぁああ!」
その名前を聞いた瞬間、弾かれたように振り向けば、そこには乙骨が唖然とした表情で立ちつくしていた。
