悲しき愛を消して-27



自動ドアが開いた先は無駄に広い広い空間。一瞬視界が真っ白になり、乙骨は僅かに目を細め、手を翳して顔を背けた。だが直後――肉体が痺れるような感覚に襲われる。よく知った呪力を肌で感じたせいだ。

「……リカ、ちゃん?」

先ほどもすぐ近くにリカのいるような感覚があったことを思い出す。へ預けてきた半分の力が、すぐ傍にある強い感覚。
乙骨は軽く目を瞬かせながら、目の前の広い空間へ視線を戻した。

「これは……」

真っ白い壁に囲まれた広い空間には、大きな機械が天井へ向かって聳えていた。その上部にある特殊なケースの中には――。

「あれは……脳……?」

無数のチューブに繋がれた脳が液体の中で浮いている。それを見た時、乙骨は自分の予想が当たっていたことを悟った。
レイターに殺され、脳を取り出されたペレスはアメリカの研究機関へ運ばれ、そこで研究されていたんだろう。この光景は過去のものだと理解する。
しかし理解した途端、目の前の部屋は一瞬で消え失せ、白いノイズが走る。次に姿を現したのは白いフードを被った男だ。
男の手には見覚えのあるものが握られていた。"黒縄"だ。乙骨は本来の任務を思い出した。

「クソ……っまた景色が変わった?」

男と"黒縄"に気をとられていた刹那、乙骨が立っていたのは朽ちてボロボロになった研究室のような部屋。そこは屋敷の地下に作られたであろう、最初に目指していた場所だと直感的に思う。百年もの間、換気もされずにこもった空気は何とも言えない悪臭だった。魚
よく聞けばミゲルやラルゥの乙骨を呼ぶ声が、遥か頭上からかすかに聞こえてきた。急に消えた乙骨に戸惑い、動揺しているような声だ。

「……僕なら大丈夫です!」

とりあえず心配させないよう生きていることを大声で伝えておく。どういう理屈は分からないが、乙骨だけ地下の地下へ移動出来ていたらしい。

「入口で呪力出力を上げたせいか……?」

それが下へ移動する手段だったのかは分からないが、それしか心当たりがない。当時なら呪力をコントロール出来る人間しか入れなかっただろう。すなわち、百年前ならペレスしか入れないということだ。
ただ現実に戻されたはずなのに目の前の男は消える気配がなかった。尚且つリカの気配も色濃く感じたままだ。

「どういうことだ……?」

視線だけを動かし、部屋の様子を確認していく。そこは上の研究室よりも広く、また多彩な機器が揃っていた。ただ異様だったのは手術台と思わしき台の周りはどす黒いシミで汚れており、手枷などの拷問器具のようなものまで転がっていることだった。そして台や床には無数の骨。それは人骨のように見える。

「ここで……研究してたのか」

目の前に佇む男へ問いかける。無表情なその顏はケロイド状に爛れ、目はガラス玉のように感情は見えない。このペレスは本体が見せている幻影でしかないのだろう。

「レイターから"素材"と称した人を手配してもらい、実験してた……そうなんでしょう?ペレス」

もう一度、核心を突く問いを投げかけた瞬間、再び景色が変わる。そこはあの白く広い部屋だった。大きな機械の中にペレスの脳が浮いている。

<オマエは誰だ……何故僕を探している>

目の前の男が話しているわけではなく、頭へ直接響いてくる。その声が不快で思わず顔をしかめた。

「オマエが僕の大切な人をこの世界へ連れ去ったからだ!」
<オマエのものじゃない。ララは……僕のものだ>

その声が届いた瞬間、男の背後に白いノイズが走る。そこに信じられない光景が移った。

さん……!リカ!」
「え……ゆ、憂太くん……?」

同じ場所、同じ空間にありえない存在が現れた。いや、見えるようになったというのが正しいのかもしれない。視認できていなかった存在が突然見えるようになった感覚だ。
乙骨は思わず駆け寄ろうと走りだす。しかし物凄い速さでペレスが動いた。バチンっと激しい火花が散って、乙骨の体がペレスによって弾かれる。

「邪魔をするな!」
<オマエこそ、ララに近づくな>

ほんの僅かながら姿を現わした彼女も幻影かと疑った。だが今の動揺した様子を見る限り、彼女はペレスが創り出したものではないと判断する。
ならば――。
と自分の間に立ち塞がるペレスを見上げ、乙骨は小さく舌打ちをしながら素早く刀を抜いた。

「そこをどけ!」
<僕が彼女に干渉できないのはオマエのせいか……?ならオマエを殺せば新しいララを手に入れられる>
「何を言ってる……?」

干渉できない?何が?と思った時だった。

「憂太くん……!」

が乙骨に向かって走って来る。しかし本物の彼女のはずがない。肉体はアパートにあるのだから、目の前にいる彼女が本物ならば連れ去られたの意識、ということになる。
そんなバカな、と思った。現実に干渉してくる意識などあるはずがない。姿かたちが見えるはずもない。
ただ、そうでなければリカが彼女の傍にいる理由の説明がつかない。
ペレスはこの場所にも自分の領域を組み込んでいたからこそ、乙骨に幻影を見せられているはず。だからこそ目の前に存在するもペレスの領域内にいると思っていた。なのにそのペレスが干渉できないということは、彼女がまた別の力でこの場所へ姿を現したということになってしまう。

「いや……何でもいい。僕はさんを――」

彼女が本物なら今この場で助ける――!
そう決心して手を伸ばしかけた時、信じられないことが起こった。
駆け寄ってきたの体は乙骨との間に立っていたペレスの幻影をすり抜けたのだ。
実体がないのだから当然かもしれない。だがそれ以前に彼女はペレスへ全く意識を向けていない。まるで乙骨しか見えていないかのようだった。

「どうして憂太くんがここにいるの?!」

彼女も乙骨がいることに相当驚いているらしい。乙骨すら何がどうなっているのか分からず、唖然とした様子で目の前に駆け寄ってきたを見つめた。今の現象がどういう意味を持つのか少しだけ混乱する。
自分のことは認識できているのに、彼女からはペレスが見えないらしい。

、さん……会いたかった」

彼女へ手を伸ばしたのは無意識だった。愛しい彼女が目の前にいたらいつでもそうしてきたように、乙骨はを抱きしめようとしたのだ。なのに伸ばした手はの体をすり抜ける。まるでそこには誰もいないかのように。

「え……」

乙骨が息を呑むのと同時にも戸惑い顔で瞳を揺らした。目の前にいるはずなのに、互いに触れられない。

「な、何で……」

が困惑したように自分の手を見下ろした。だが乙骨にはその理由が分かっている。の姿をしていても、これは彼女の意識に姿が反映されているだけなのだと。触れられる肉体が、ここにはないのだと。それでも手を伸ばしたのは、彼女に触れたかったからだ。
その時、いち早く乙骨に気づいていたリカが「ゆうたぁ!」と声を上げた。にばかり意識を向けていたせいで気づかなかったが、視界に入れた半分のリカは乙骨の目に僅かながら薄まって見えた。

「マズい……リカへの呪力の供給が減ってる……」
「え……?」

の傍にいるリカは伏黒からもらった呪符へ乙骨が自分の術式を上書きしたもの。しかしそれを顕現するのはの呪力というスイッチが必要だった。そのの呪力がリカの膨大な力のせいで使い果たしそうになっている。

「詳しいことを説明してる暇はないから、よく聞いて」
「う、うん……」

動揺しているものの、は何かを察してすぐに頷いた。

「僕は今、ウィンザー家へ来てる。そこにペレスの本体があると思ってたけど、どうやら違うようなんだ」
「ペレスの……本体って……あの脳のこと?」

が言いながら機械の中にある脳を指さす。それを聞いた乙骨は小さく息を呑んだ。彼女の指す方向を見れば、確かに脳はそこに見える。ペレスの幻影がそれを守るように宙を浮遊する姿も。
どういう原理か分からないが、の意識は乙骨が今、この場で見せられている部屋にあると気づいた。

さんにも見えるの?あれが」
「う、うん……気づけばこの部屋に……え、何で憂太くんまで……ここはウィンザー家の中にある施設なの?」
「施設……?」
「え、ここ例の研究機関でしょ……?さっきレイターの幻影が見えてそんな話をしてたから」
「レイターの幻影だって?」
「それだけじゃないの。ペレスとララに起きた過去の出来事をいっぱい見せられて……それはペレスの能力かと思ったけど、たぶん違う」
「違うって、じゃあ誰の――」
「意図したものかは分かんないけど……きっとわたしをこの世界へ引き込んだのはララだと思う。彼女はわたしに逃げてって言ったの――」

そう告げられた瞬間、乙骨の方へペレスの攻撃が飛んできた。咄嗟にから離れて跳躍すると、それまで立っていた場所が黒焦げになっている。どうやら手にしていた"黒縄"で攻撃してきたらしい。しかしには見えないのか、「ど、どうしたの?」と急に離れた乙骨に驚いているようだ。
ペレスの攻撃がへ干渉していないことを確認した乙骨は、刀を構えながらへ自分の状況を端的に説明した。

僕の方に・・・・ペレスがいる」
「えっ」
「今のでよく分かった……ペレスがさんに干渉できない理由も」
「な、何の話……?」

乙骨が刀をかまえる姿を見ながら、が困惑気味に応える。しかし今は細かい説明をしている暇はない。
の断片的な話を考えつつ、乙骨は再び攻撃を仕掛けてくるペレスへ意識を向けた。
おそらく目の前の男に自分の攻撃は効かないし倒すことも不可能だ。機械の中にある脳ですら破壊は出来ないだろう。視えていてもあれはペレスの記憶にある幻影であり、ここに彼の脳はないのだから。
だけどの方からならどうだろうか――?
乙骨のいる空間との意識がある空間。交差している過去と現在が鍵のような気がした。

さん!」

ペレスから仕掛けられる"黒縄"での攻撃を刀で弾きながら、乙骨は導き出した答えのようなものに賭けてみることにした。

「そっちに脅威になる敵は?!」
「い、いない!もういない!」
「ならさんの呪力が残っている間に、リカにペレスの脳を破壊するように言って!」
「えっ?」
「理由を説明してる暇はないけど、僕からはペレスの脳に干渉することは出来ない!でもさんの方からなら破壊できるかもしれない――!」
「憂太くん!」

ギリギリで交わした攻撃の爆風で飛ばされた乙骨の体が床に転がる。ある程度の防御はしたものの、縮小された領域内とはいえペレスの攻撃はすさまじく、肋骨が何本か折れてしまった。それでも反転を回して回復しながら、乙骨がゆらりと立ち上がる。
空間に亀裂のようなものが見えたからだ。

「……ララがさんを守ってくれてる間に脳を破壊しないと……彼女の力が消えればあっちの空間とペレスの空間が混ざって・・・・しまう」

そこに気づいた乙骨は目の前のペレスを睨みつけた。ここにいるのはもう過去に生まれた悲劇の呪術師なんかじゃない。ララへの愛情を暴走させた呪いの塊なのだ。
ララを生き返らせる為、何人もの命を実験に使い、自分の能力を試してきた化け物。
脳だけにされても、ペレスは現代まで生き延びているのだ。おそらくは、誰もいなくなった研究施設の地下深くで。
そしての意識があるのは本物の脳がある空間かもしれないと乙骨は考えた。
ララがそこへ彼女の意識を導いたのだとしたら――もう迷っている時間はない。

さん……いや、リカ!ペレスの脳を破壊しろ!」

声が聞こえているなら自分が命じる方が強い。乙骨の予想通り、リカがすぐに反応して一瞬で空中へと移動する。 その間も少しずつ空間の亀裂は大きくなっていた。


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突然、その部屋へ乙骨が入って来た時、は幻かと思った。

さん……!リカ!」
「え……ゆ、憂太くん……?」

また幻影を見せられている、と思ったのもつかの間。乙骨が突然たちに気づいたように声を上げたのを聞いて、それが本物だと理解できたのは、リカが反応したおかげだった。
だが現実的な話、の肉体はここにないのだから触れられない。そこを理解するまで数分を要した。
ひとつ気づいたのは、自分をこの空間へ閉じ込めたのはペレスではないということ。
最初のキッカケが"黒縄"であったことを考えれば、それはやはりララが関係していると気づいた。乙骨にもその話を伝えようとしたが、会話をしていた最中、乙骨が突然、跳躍して刀を抜く姿に唖然とする。まるで何かの攻撃を交わしたかのように見えた。しかしの目には何も映らない。映っていない。広い空間に倒れていた研究員たちの無惨な死体ですらいつの間にか消えてなくなり、その場所には人骨のような残骸が転がっていた。

「僕の方にペレスがいる」
「えっ」
「今のでよく分かった……ペレスがさんに干渉できない理由も」
「な、何の話……?」

乙骨のいうことはサッパリ分からなかったが、ペレスがいるという事実はかろうじて信じることが出来た。ウィンザー家を調べるとなった時点で危惧していたことだ。
そこでペレスが自分に干渉できないという言葉を考える。
の場合、ララにこの世界へ引き込まれたというよりは、"黒縄"に触れたことで、そこに残っていたララの残滓のような強い想いと同調してしまった可能性もある。
しかしそこで何故かペレスの意識が干渉してきた――。

さん!」

そこで乙骨に呼ばれ、ふと我に返る。

「そっちに脅威になる敵は?!」
「い、いない!もういない!」

脅威と思っていた化け物は全てララが見せたもの。それはへの忠告だったのか。ペレスの狙いはララによく似た自分であることを気づかせようとしてくれたような気がした。

「ならさんの呪力が残っている間に、リカにペレスの脳を破壊するように言って!」
「えっ?」

乙骨は何かと戦っているようだが、の目には何も見えない。ただ乙骨が焦っているのは感じ取ることが出来た。
残量。呪力の残量――?
そこで自分の呪力が大幅に減っていることに気づく。思わず隣を見上げた先にはリカがいて、リカは乙骨の動きを心配そうに追っていた。

(そうか……憂太くんが呪符に込めてくれた術式を顕現しているのはわたしの呪力だ。リカちゃんのような膨大な力を顕現させるにはそれなりに呪力を消費してしまうのかも――)

そこに気づきかけた時、再び乙骨が叫んだ。

「理由を説明してる暇はないけど、僕からはペレスの脳に干渉することは出来ない!でもさんの方からなら破壊できるかもしれない――!」
「憂太くん!」

何かの攻撃を喰らったのか、乙骨が派手に吹き飛ぶ。脇腹を抑えているのは怪我をしたせいかもしれない。今この瞬間もペレスから攻撃を受けているようだ。なのにからはどうすることも出来ない。目の前に見えているのに、乙骨のいる空間へ自分は干渉できないのだ。

「何も見えないって歯痒い……!」
「ゆうたぁ~!」

リカが乙骨の方へ行きたそうにするのだが、の傍で彼女を守れという命令があるので動こうとはしない。ついでに何か気づいたのか、ある一点を指さした。そこを見れば空間に亀裂が入っている。

「え、何あれ……」

空間に亀裂などできるはずがない。一瞬驚いたものの、そこを壊せば乙骨の方へ行ける気がした。でもそれは良くないことだと本能が訴えてくる。現にリカはその亀裂を凝視するだけで動こうとはしない。
は立ち尽くすリカを見上げながら、ふとあることに気づいた。

「え……リカちゃん、何か薄くなって――」

その時だった。

さん……いや、リカ!ペレスの脳を破壊しろ!」

乙骨が言った言葉をよりも早く理解し、動いたのはリカだった。

「リカちゃん?!」
「あぁぁぁあああっっ」

上空へ飛んだリカは拳を振り上げ、大きな呪力の塊を拳へ集中させていく。それを脳の入ったケースへ向けて大きく振り被った。

「あ……っ」

圧倒的な力がケースを粉々に破壊し、中の液体が一気に飛び散る。ざばぁぁっという音と共に頭上から降り注いでくるそれを慌てて避けたが次に見たのは、リカがペレスの脳へ呪力を込めた拳を叩きつける光景だった。
その圧は凄まじく、ひっそりと息づいていた脳が一瞬で破裂。血しぶきや肉片がリカの体へ飛び散るのを茫然とした様子で見上げる。ツンとした饐えた匂いが部屋中に充満して、今まさに起きた現実のようだった。思わずまた餌吐きそうになる。
その時、すぐ近くで誰かの気配がした。

<……ありがとう>
「え……」

慌てて振り向いたへ笑顔を向けていたのは自分にそっくりな少女。安堵の表情を浮かべたその女性に、あの恐ろしい化け物の面影はない。

<ペレスを解放してくれて――>
「ララ……?」

その言葉を最後に彼女は消え、の視界が暗転したように暗くなる。再び見えたのは薄暗い朽ちた研究室。先ほどまでいた場所とは同じはずなのに、今いる場所は何百年も経ったかのようにボロボロだった。

「ここは……今の研究施設?」

驚いて振り返れば、そこには確かに破壊された機械がある。ペレスが閉じ込められていたものだ。たった今、壊されたかのように床はケースからあふれ出た液体で濡れている。なのに――。

「あれ……リカちゃん……憂太くん?!」

そこにリカの姿はなかった。先ほどまで見えていた乙骨の姿さえ、忽然と消えている。
同時に強烈な疲労感がを襲い、その場に頽れる。全身から力が抜けて立つことも出来ない。

「ゆ、憂太……く」

意識が遠のいていく感覚の中、は重たい瞼を閉じることしか出来なかった。


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同時刻――。攻撃を仕掛けてきたペレスが、突然叫び声をあげながら消滅する。その瞬間を乙骨は確かに見ていた。

「リカ……間に合ったんだ」

床へ両手をつき、深い息を吐く。そして再び顔を上げた時、そこは白い部屋ではなく、屋敷の地下にある朽ちた研究室だった。の姿はもう見えない。

「リカも戻ってる……?」

右手を握ったり開いたりしながら確かめる。呪符に込めた半分の力。それが自分の中へ戻っている感覚がある。ただし、残りカスくらいの呪力量だった。

「はは……さんを守る為に無茶したな、リカちゃんは」

体に感じる疲労感で何となく向こう・・・の状況が想像できた。

「でも……終わったんだ……」

その場に座り込み、今度こそ安堵の息を吐く。細かいことは分からない。ただ今はが無事だという現実にただただホっとしていた。彼女の意識はすでに肉体へと戻っているはずだ。

「でもまさかララが彼女を守ろうとしてくれてたなんて……驚いたな」

ふとボロボロの天井を仰ぎながら独り言ちる。先ほどが話していたことを思えば、そこは何となく理解出来たが、何故がララと同調し、意識を飛ばされたのかは分からない。
脳だけで生きながらえていたペレスとは違い、彼女はとっくに亡くなっているのだから真相は藪の中だ。
ペレスに関して言えば、ララを生き返らせたいと強く願うばかりに呪いへ落ちたということかもしれない。まあ、あんな酷いやり方で脳だけ奪われたのだから、すでに呪いは生まれていたのかもしれないが。

「僕の方に本体がなくて助かったな……いや、これもララがペレスを抑えてくれたおかげか……彼女が一時的に空間を交差させてくれたんだ」

確証はないが、乙骨はそんな気がしていた。
ペレスの領域で自我を保てていたのは奇跡に近い。もし、あの時が現れなければどうなっていたのか。
自分の攻撃は全て当たらない中での戦闘。呪力が尽きるまで延々ペレスの幻影と戦わされて力尽きていたに違いない。
そうなればララの力が及ばなくなった時、の意識はペレスへ奪われ、彼の想像の世界で愛する姉の代わりにされていただろう。
最悪な結末とならずに済んだことで、心の底からララに感謝をした。
それは自分の死が原因で、愛する弟を呪いに転じさせてしまったことへの後悔の念だったのかもしれない。その強い思いが残滓となり、"黒縄"へ触れた彼女が運悪く受信してしまった。

「ハァ……何でもいいけど早くさんに会いたい」

グッタリとしながらも自然にこみ上げる想いが口を衝く。
その時――。

「憂太ちゃ~ん!まだ生きてるぅ~?!」

ラルゥの賑やかな声がドアの向こうから聞こえてきた。その明るい声が乙骨をホっとさせてくれる。
だが再会後「で、黒縄の方はどうだった?」と聞かれた乙骨は「あぁ!」と大声を上げながら、頭を抱える羽目になった。