I want to eat you.05




2009年、10月。


うだるような暑さも落ち着き、少しずつ秋が深まって来た頃、五条はの様子が少しおかしい事に気づいた。
任務中でも時々ボーっとしていたり、かと言えばケータイを見ながらニヤついたり、任務も学校も休みの時は昼まで寝ていた彼女が早起きをして朝からどこかへ出かけて行ったり。
明らかに前とは違う行動が増えた。
そして、その答えとも言うべき話を五条はこの日、同級生の家入硝子の口から聞く事になる。

「―――は?彼氏が出来た?」

任務もなく、今日は教員免許を持っている補助監督から一般教科の授業を受けていた五条と硝子。(は一つ下なので普通科目の時は七海と同じ三年扱い)
授業終了後に自販機コーナーで飲み物を買っている時、何となくの話題が出た。
そこで最近様子がおかしい、と五条が漏らしたところ、硝子は意味深な笑みを浮かべ、「ああ、何か一般人の彼氏が出来たみたい」とアッサリ教えてくれた。

「一般人って…どこで知り合ったんだよ」

ここ最近は任務などで忙しかったはず。出会いなんてあったようには思えない。
五条はこれまでのの予定を思い出しながら、訝しげに眉を寄せた。
だが硝子は笑いながら、指を鳴らすと、

「ああ、ほら。前がカラオケボックスで暴れた時があったじゃない。あの時にを逮捕した刑事さんだよ」
「……は?刑事?カラオケボックス…」

首を捻りながら腕を組み、うーんと唸る五条の脳内で、これまでの出来事が順番に巻き戻って行く。
そして二か月前のあの夜のところまで巻き戻した時、ある光景で一時停止をした。

「あ!に名刺を渡してたアイツか…」

五条の頭上に電球マークが光った。
顏はあまり覚えていないが、が気にった様子だったのは何となく覚えている。
だが、まさか付き合うところまで行くとは考えてもいなかった。

「あの後、が彼に連絡したら逮捕しちゃったお詫びにって食事誘われたんだって。で、その後も何回か会ってるうちに告白されたみたい」
「へー」

全く興味が持てなくなった五条は素っ気ない返事を口から、ただ吐き出した。
死ぬ為の方法を探しながら色んな国を渡り歩いて来たでも時々はそういう事があったという話は五条も聞いている。
また今回も似たような感じなんだろう、と納得した。
ただ、あの刑事はどう見ても25歳以上だった気もする。
一社会人、いやその前に一刑事として高校生に手を出すとはけしからん、とは思った。

「あれれ?五条悟くん」
「あ?」

硝子はベンチに座っている五条の方へ歩いて来ると、隣に腰を下ろし足を組んだ。

「何か不機嫌そうだけど、ショックだった?に彼氏が出来て」

少しばかり身を乗り出し、五条の顔を覗き込んだ硝子の顏は、どこかニヤニヤしている。
その顔が癪に触り、五条をイラっとさせた。

「んなわけないでしょ。が誰と付き合おうが僕には関係ない」

言いながら自販機で買った糖分たっぷりのミルクコーヒーを口へ運ぶ。

「ただ一つ言うなら、が一般人と付き合うにはリスクがありすぎる」

刑事とは言え普通の人間が、あのの相手を出来るとは思えない。
それに今はコントロール出来ているとは言っても、いつダイアナが暴走するかは未だ分からない段階なのだ。

「んーまあ、そうなんだけど。ダイアナも今のとこは大丈夫みたいだし、何か可愛い付き合いしてんのよねー」
「…可愛い?」
「向こうも刑事って職業柄、忙しいみたいだけど時間作っては水族館とか遊園地に行ったり?相手は大人なのに学生デートみたいよね」

硝子はクスクス笑いながらブラックコーヒーのプルタブを開けて、それを口へ運ぶ。
そんな硝子を横目で見ていた五条は軽く息を吐いて、残りのコーヒーを飲み干した。

「どーせに合わせてるんだろ。そのセレクトはどう考えてもだし」

五条は空になった缶を呪力で潰すと、ゴミ箱へ放り投げた。
も最近は今の環境に慣れてきたせいか、行った事のない場所へ行きたがるようになった。
それも動物園だの遊園地だの、ケータイで調べては連れてって、と言って来たのを思い出す。
だが夏の間は任務で忙しいのもあり、毎回また今度な、と言ってそのままだった。
でもそれは最近出来たという恋人が付き合わされてるようだ。

「もう戻るの?」

不意に立ち上がった五条を見上げて、硝子が尋ねた。
五条の手にはケータイが握られている。
僅かに振動してたとこを見るとメールが届いたんだろう。

「ああ。つーか僕もデート」
「は?ああ、いつものアレね。ってか、今度はどんな女だよ」
「大学生のお姉さま」
「へえ。ま、疲れない程度に頑張って」

ケラケラ笑いながら手を振ると、硝子も立ち上がって教室の方へ歩いて行く。
それを見送りながら、五条は今届いたメールを開いた。

”じゃあ部屋で待ってる”

それを確認してケータイをポケットに突っ込むと、五条は三年の教室がある階へ向かう。
も任務がない今日みたいな日は普通に一般教科の授業を受けている。
と言っても彼女はこれまで学校というものに行った事がないから普通の勉強などは苦労しているようだ。

いるー?」

教室を覗くと、そこには七海だけがいて、ちょうど帰り支度をしているところだった。

「あれ、五条さん?」
「おー七海。は?」
「彼女なら一足先に帰りましたよ?」
「マジ?」
「何やら人と約束があるんだとかで」
「……あっそ。んじゃーいったん寮に帰ったかな」
「だと思います」
「分かった。じゃーねー」

五条は七海に声をかけると、そのまま寮へ向かって歩き出した。
昼休み、学長から任務の話を受け、それを伝えようと思ったのだ。
人と約束、というのは彼氏の事だろう。
まあ誰と付き合おうと構わないが、結局別れを前提にした付き合いしかはしない。
今が楽しければいい、と前に話していたのを五条は知っている。
例えば、この先本気で誰かを愛したとして、その相手と結婚の約束をしたとしても、その先は不老不死のにとって別れに向って行くようなものだ。
相手が年老いても自分は若いままなのだから、普通の相手と普通の恋愛など出来るはずもないし、まして結婚ならなおさら。
だからは誰と付き合おうと、そこまで深入りしないんだろう。

本当にそんな付き合いが楽しいんだろうか、とふと思ったが、人の事は言えない今の自分に気づき、失笑した。
五条にとっても誰か一人と恋愛する、という考えはない方だ。
呪術師なんてものをやっている以上、いや六眼を持って生まれてきた以上、一般人を恋人にしようものなら、その相手が狙われる。
子供の頃から呪詛師に何度狙われたか知れない。
子供の内に殺してしまおうと思ったのだろうが、それらは全て返り討ちにした。だがそれで狙われなくなったわけではない。
相手も五条を殺せないのだから、今度はその弱点を必ずついてくる。
それが分かっているだけに、五条もと同じく、その場だけの付き合いを楽しむようにしていた。
そもそも頭の中は半分以上、呪術関連の事で埋まっている。
ついでに言えば自分が特定の女と誠実に向き合うというイメージすら、五条自身も湧いてこなかった。
硝子が五条のことを「クズ」とよく言っているのは、そういうところも指しているというのは五条も分かっている。
それを考えると、恋愛に至っては五条ともある意味似た者同士かもしれない。

「あれ、悟?」

寮に入っていくと,がちょうど廊下を歩いて来るところだった。
いつもの派手な服装ではなく、相変わらず大きなサングラスはしているものの、どこか大人しめの白いワンピースに黒いジャケットを羽織っている。
大方、刑事の彼氏に合わせてるんだろう。

、今日デートなんだって?」

目の前に歩いて来たに、そう切り出すと、「あ…硝子に聞いたの?」と恥ずかしそうに笑った。

「あの時の刑事なんだってねー」
「うん。今日は大きな事件もないし早く上がれるって言うから、映画観に行くの」
「へえ。で、今夜は泊まって来ると」

五条がニヤっと笑いながら言えば、は意外にも顔を赤くした。

「と、泊まらないよ。そんな関係じゃないし」
「そーなの?ってか、あの刑事よく我慢してんね」

ふと思い出して、笑う。
の傍にいれば少なからず惑わし効果で、男ならそういう欲が出て来るはずだ。
アレは性欲を掻き立てるというより、強くに惹きつけられる効果があるのだが、対象が男の場合、あの高揚するような感覚が性欲に結びついてしまう事が多いからおかしな事になるらしい。

「彼とは室内で二人きりにならないようにしてるから。デートもなるべく外でしてるし」
「なるほどね。まあ、でも付き合ってるんだし別にそこまでする必要なくない?」

五条は何の気なしに言ったのだが、は一瞬言葉を詰まらせ、困ったように俯いた。

「いいの…そんな関係になる気はないから」
「…?何で?好きなんだろ、アイツのこと」
「…いいの。今のままで」
「……ふーん」

よく分からないが、がいいなら五条もそれ以上、何も言う事はない。

「ああ、それでさ。さっき学長から次の任務の打診があったんだけども行く?地方だから出張って形になるけど」
「あ、うん、行くよ。それいつ?」
「今、その地方の”窓”が調査してるらしいんだけど、明日には補助監督も現地入りして詳しく調べるみたいだから、その報告来てからになる」
「そっか。じゃあ準備だけはしておく。それ明日でも大丈夫?」
「ああ。ま、というわけで今夜は思う存分デート楽しんで来たら」
「うん。じゃあ、行ってくる」

は笑顔でそう言うと、ウキウキしたように出かけて行った。
その後ろ姿を見送りながら、五条も出かける用意をする為、自分の部屋へと歩いて行く。

「そんな関係になる気はない、か…。よくわかんねぇな、女って」

五条はふと先ほどのの言葉を思い出し、苦笑した。
お互いに好きで付き合ってるのに、そんな関係を望んでないと、付き合ってもいないのに体の関係だけで五条と繋がっている大学生の女。
対照的すぎて、五条には女という生き物が更に分からなくなる。
結局、複雑な女心なんてものは、男にとって永遠に理解できないものなのかもしれない、と思いながら、五条は小さく溜息をついた。












「夕べのデートは楽しかった?」

次の日も任務は入らず、一般教化の授業を受けていたは、授業の後で分からない箇所を七海に教えてもらっていた。
そこへ同じく授業の終わった五条が教室に顔を出したのだ。
後頭部を軽く小突かれたは、ムっとしたようにズレた眼鏡を直すと、「おかげさまで!」と言いながら五条を睨む。
今はサングラスではなく、先日買ったという薄い色の入った伊達メガネをしている。少しでも惑わし効果を減らしたいという理由らしい。
五条は特に気にするでもなく、余っている椅子を引いての隣に座り、彼女の教科書を覗き込んだ。

「は?オマエ、まだ中3のベンキョーしてんの?ダサっ」 
「It is noisy...学校行ってないから勉強しなおしてるの。悪い?」

ジトっとした目でなお睨んで来るに、五条は苦笑しながら肩を竦めた。
は祖母が生きてた12歳までは学校に通ってたらしいが、その祖母が他界し、すぐに九十九と国を出たせいで、その後の受けるべき一般教育は受けていない。
そこで高専側がに必要最低限の教育も義務として受けさせているようだ。
術師として日本に住む以上、ある程度の知識は必要だし、が日本に住めるよう手続きをした高専側にとっても、こちらのルールにも従えという事らしい。
元々自由に好きな事をして生きて来たにとって、組織の中のルールは窮屈に感じるのか、最初はサボったりもしていたが、ここ最近は素直に授業を受けているようだった。
その理由について、は「日本が好きになったから」と言っていた。
好きな国のルールには従う。
何ともらしい答えだな、と五条は思ったが、今更戦闘に関係のない事を頭に詰め込むのは、それなりに大変そうだった。

「どれどれ。今は何、教えてんの?七海」
「Leave it alone!」

五条が横から教科書を奪っていくと、は不満げな顔で放っておいて、と苦情を言った。
だが五条はその教科書を見て、苦笑いを浮かべた。

「今さら日本の歴史知る必要あんの?」
「一応、授業項目にあるものはやらないといけないみたいですよ」

七海も苦笑交じりで応える。
そんな二人を見て、は椅子へ凭れ掛かると、やってられないとばかりに肩を竦めた。

「戦国武将がどこで何したーとか呪い祓うのに関係あるわけ?」
「まあ、そういう呪いが発生した時は情報として必要かもな。織田信長辺りは民から恐れられてたわけだし」
「五条さん…そんな適当な事を言って…」

ケラケラ笑いながら相変わらずの軽薄さで応える五条に、七海は溜息をついた。
戦国時代ならいざ知らず、この現代では恐れられるどころか織田信長も未来を見据える事の出来た孤高の存在として語られる事が多い。
現にも笑顔で、「Oh!I like Nobunaga」なんて言っている。

「お、は時代のカリスマがお好み?」
「強くて頭のいい男が好き」
「いやーは運がいいな。傍に僕っていう強くて頭のいいカリスマがいて」
「………(自分で言ってるよ)」

五条の戯言に七海の目が静かに細められる。
で、「あ、勉強しなきゃ」と五条をスルーして教科書と歴史書を開いた。

「無視すんなよ、
「もー悟、邪魔。勉強できないってば」
「こんなの術師に必要ないからいいのいいの」

勉強しようとするの頬を指でつつき、また読んでいる歴史書を奪っては笑っている五条を見て、七海ははあ、と溜息をついた。
せっかくがやる気になって来たというのに、とでも言いたげだ。

「で、昨日はどんな映画観たの?」

歴史書を取り返そうと手を伸ばすに、五条は手にした本を更に高く上げながら訊いた。
その問いにの手がはたっと止まる。そして思い出すように首を傾げると、

「えっとね…。"エスター"ってサスペンスホラーかな」
「あーあれ、僕も気になってたやつ!面白かった?」
「うん。ハラハラしっぱなしで、エスターがまた不気味なの」
「ふーん。じゃあ盛り上がっただろうね~。映画観ながら怖ーいとか言って手を握ったりして」
「……そ、そんな事してないし」

五条がからかうように言えば、はかすかに頬を赤らめ、そっぽを向く。
ああ、これは図星だな、と七海でも分かった。
五条も笑いを噛み殺し、に歴史書を返すと、「、わっかりやす!」と、またしても赤くなった頬を指でつつく。

「すーぐ顔に出るよね、は」
「な、何が?」
「ぷっ。素直すぎ」

からかわれた事で次第に真っ赤になっていくを見て、五条は軽く吹き出した。
気が強いわりに照れ屋なをからかうのが楽しくて仕方ないといった様子の五条を見て、七海の頭に小学生男子のあるある的な構図が浮かぶ。
好きな子にかまって欲しくて、わざと意地悪をしてしまう、という永遠に報われないループへ陥る男子特有のアレだ。
だが、五条はだいたい先輩術師に対しても素でからかったりする事がある。
まさかな、とすぐにそれを打ち消し、勉強の続きを教えようと教科書へ手を伸ばす。

「五条さん、邪魔するなら帰って下さいね。彼女、やっとやる気になってるんですから」
「とか言って七海~と二人きりでお勉強したいんだろー。でもと二人きりじゃ色々危ないから僕が防波堤になってあげるよ」
「………(引っぱたきたい)」

ぐりぐりと肘で突いて来る五条に、七海はイラっとした空気を出す。
そもそもフェロモン効果の事を聞いてから、七海はきちんと対策をしている。
二人の時は極力、彼女に近づかない。そしてなるべく目を見ない。
それだけで防げるものなのかは分からなかったが、今のところ五条が心配するような事態にはなっていない。
時々、ふと目が合い、ふわふわする感覚にはなるが、その都度もサングラスをしたり、離れたりと気を遣ってくれていた。

「心配しなくても私は大丈夫です」
「ほんとにぃ?」
「本当です。そもそも教室で何が危ないって言うんです?しょっちゅう補助監督やら先生方が通るというのに」

そう言い切る七海を見て、五条は「七海らしい答えだな」と苦笑いを浮かべた。

「では勉強を―――」
「あ、七海。今日暇?"ファイナル・デッドサーキット"観に行かない?映画の話聞いてたら観たくなってきたし」
「………行きません」

あくまで勉強の邪魔をしてくる五条に、七海は今日一、深い溜息をついた。
でも、こうしてが来てくれて、時々は五条も教室へ顔を出してはどうでもいいような雑談をするようになり、教室が以前よりは賑やかに感じる。
それは七海にとって意外にも嫌な空間ではなかった。
灰原がいなくなってからは、一人で過ごす苦痛な場所だったから。
ここに灰原がいたら、きっと五条の下らない話に耳を傾け、時には一緒に馬鹿笑いをしていたんだろうか。
ふと、そんな思いが過ぎり、七海はかすかに笑みを浮かべた。











それから一週間後、現地の調査を終えたと連絡が入り、五条と、そして補助監督の安田の三人で山形へと向かう事になった。
三人は東京駅から山形新幹線に乗り、そこから"かみのやま温泉駅"~"山形駅"~"天童駅"と移動していく事になる。
今回、呪いの発生は複数という事らしく、全ての呪いを祓うまで東京へは戻れない。

「泊りの出張なんて久しぶりだな。は日本で泊りって初めてだっけ?」

窓の外を流れていく景色を眺めながら、五条は隣に座るへ声をかけた。
が、はボーっとした様子で窓の外を見ている。
サングラスで表情はよく分からないが、いつもより元気がないように見えた。
というより、今朝顔を合わせた時から、思えば元気がなかったかもしれない。

?どうした?」
「…え?」

様子がおかしい事に気づき、もう一度声をかけると、はハッとしたように五条を見た。

「どうした?腹でも減った?」

はだいたいお腹が空いて来ると機嫌が悪くなるとこがある。(子供と同じ)
そこで五条は、が朝から何も食べてない事を思い出した。

「そう言えば珍しいじゃん、が駅弁買ってないなんて。いつもは乗る前にアレコレ買いこむのに」
「あ…忘れてた」
「忘れてた?オマエ、大丈夫か?」

がご飯を忘れるなんてありえないと言わんばかりに五条が苦笑する。
普段の食いっぷりを散々見ているだけに、が駅弁もオヤツも買わずに手ぶらで新幹線に乗り込むのは異常事態だ。(そんなに?)

「具合でも悪い?」
「え?ううん。何で?」
「いや…何か大人しいし…弁当買うのも忘れるって今までなかったろ」
「人を食い意地はってるみたいに言わないでよ…」

は不満げに唇を尖らせると、プイと顔を反らし再び窓の外を眺め始めた。
その様子を見ている限り、やはりおかしい、と五条は思う。

「ああ、五条さんこれを」

通路を挟んで反対側の席に座っていた安田が、今から向かう現場、そして呪いの情報が載った資料を渡して来た。

「一応、目を通しておいて下さい」
「げ、こんな祓うの?」

資料を見れば呪い4~5体分の情報が載っている。通りで調査に手間取ったはずだ。
『ヤマノケ、鳩人間、夜陰の入道、雪女郎、手之子大明神』
ズラリと並ぶ名前に五条が溜息をつく。

「ヤマノケ等はネットで広まった怪談話から生まれた呪いで、まず最初にソレを祓ってもらう事になります」
「はいはい…ったくネットで嘘の怪談話なんか広めんなよな…」
「そんなんでも呪いが発生するの?」

も資料に目を通しながら、五条に尋ねる。

「まあネットで沢山の人の目に触れれば、それだけ不安や恐怖といった感情が広まってくしね」
「あ、そっか」
「まあ手ごわそうなのもいるけど、僕となら余裕だと思うよ」
「うん…そうだね」

相変わらず元気のない声で頷くに、五条もだんだん心配になって来た。
いつも出張となると旅行気分ではしゃぐ性格なだけに、こんなに大人しいなんておかしい。
やっぱり体調が悪いのか?と思い、もう一度聞いてみようと思った時、新幹線がスピードを落とし始めた。
窓の外を見ると、"かみのやま温泉駅"という駅名標が見えて来る。
とりあえず話を聞くのは後にしよう、と、窓の向こうに広がる田舎町の長閑な風景を眺めていた。

「じゃあレンタカー借りてきますね」

新幹線を降りて人の少ない駅を出ると、安田は駅前にあるレンタカー店へ走っていく。
駅前は何台かタクシーが止まっているものの閑散とした雰囲気で、その風景の中に長身で白髪の男女が立っている、という絵面はかなり目立っていた。
時間は午後2時すぎ。
これから呪いが出るという山奥まで向かう事になる。
ここからどのくらいの場所にあるのかは分からないが、今日はこの町に一泊する事になりそうだ。

「Wow... it's the countryside」

は駅前をぐるりと見渡し、ポツリと呟く。
まあ、普段活動している東京と比べたら、この町は相当田舎に見えるだろう。
そこへ安田がレンタカーを借りて戻って来た。

「じゃあ行きましょう」
「ここからどのくらい?」

と共に車へ乗り込みながら、五条が尋ねる。
安田はバックミラー越しに五条を見ると、「そんなにかからないですよ」と笑った。

「んじゃーサッサと行って祓っちゃおうぜ。温泉入りたいし」
「そうですね。では今日泊まるところはホテルじゃなく温泉宿にしましょうか」

安田は頷くとゆっくりと車を発車させた。
閑散とした駅前を進んで行けば行くほど更に人気がなくなっていく町並みを見て、が「Wow...」と驚いたような声を上げている。

「こんな平和そうな町にホントに呪いがいるの?」
「あーまあ。人が多い都会の方が数はいるけど、こういう場所には人が怖い、と思うような昔ながらの妖怪伝説とか怪談話とか結構あるから」
「へえ…でも確かにそんな雰囲気よね」

初めての場所だと少しは刺激になったのか、も先ほどよりは元気が出て来たようで、長閑な風景を見ながら「何か落ち着く」と笑っている。
が、山道へ入って更に奥へ進んで行くと、木々が鬱蒼としていて昼間だというのに薄暗く、空気もそれなりに重たくなってきたのを感じた。
サングラスをズラして辺りを確認すれば、あちこちに呪いの気配がある。

「ここからは歩きになります」

山道をある程度走らせたところで安田が車を止めた。
見れば山道横に狭い脇道があり、ここから歩いて更に奥へ行くという。

「りょーかい。行くよ、
「うん」

二人で車を降りると、安田の案内で脇道を入っていく。
五条の六眼はすでに呪いの残穢を捉えていた。

「安田さん、ここで待ってて」
「は、はい」

これ以上、進むと危ないと感じた五条は、その場に安田を残し、と一緒に奥へと進んで行く。
空気がザワザワしているのは、相手もこっちの気配に気づいたせいだろう。
特にの禍々しいオーラに反応しているのかもしれない。

「悟…」
「ああ…」

二人同時に足を止めると、前方に大きな白っぽい影が姿を現した。
話に聞いた通り、頭部がない代わりに胸に顔があり、足は一本しかない。
それは意味不明な言語をブツブツ話しながら、おかしな動きをして此方を威嚇している。

「Oh ...It feels bad...」

はその呪いの見た目が受付けないのか、気分が悪いとボヤいている。
だがそうこうしているうちに、同じような呪いが数体ほど二人を囲んでいた。

「んじゃーはそっち祓って。僕は奥のやるから」
「OK...」

あまり近づきたくないとでも言いたげにが片手を上げる。
その様子に五条は苦笑しながらも、奥にいる呪いの方へ歩いて行く。五条一人でも余裕の任務。
でも今はに少しでも術師としての経験を積ませる為に上が同行させるのを決めたようだ。
しかしには術師の経験がなくてもハンターとしての経験があるのだから、そろそろ一人で祓徐をさせてもいいんじゃないか、と五条は思っていた。
術師もハンターもやる事は同じ。要は外敵駆除さえ出来れば問題ない。
とりあえず今回は数個所を渡り歩かないといけない分、二人というのは最適だった。
次からは二手に分かれて行けば、その分早く終わる。

「さて、と。そこのだらしない顔なんだか体なんだか分からないオマエら。面倒だからまとめてかかってこい」

指をチョイチョイと動かし、呪霊を呼ぶ。だが先に仕掛けたのはだった。
風を操り自身のスピードを上げると、一気に詰めてアっという間に呪い二体をその長い脚で蹴り飛ばす。
そしてめちゃくちゃな動きをしているもう二体に、発生させた小さな竜巻をぶつければ呪い二体が吸引されたように回転しながら空へ舞い上がっていく。
呪い二体を巻き込みながら次第に威力が上がっていく竜巻は速い回転を始める。
その勢いに耐え切れなくなった呪いの体は千切れるようにバラバラになっていった。
は最後の一押しでその竜巻の中に雷を発生させると、バラバラになった呪い全ての部位が雷に打たれ一瞬で消滅した。
その時、先ほど蹴り飛ばされた二体が攻撃態勢に入り、に向かって呪力の塊のような攻撃を飛ばしてくる。だが彼女には当たらない。
呪力の塊はの体をすり抜け、山肌をえぐった。

「動きが不規則すぎ…」

足が一本しかないくせに、その二体の呪いは予測がつかない動きで近寄って来る。

「ヴァンパイアの方がマシね…。見た目だけで言えば」

どう見ても気持ち悪いとしか言いようのないフォルムと動き。
は再び顔を顰めると、二体の周りに竜巻を発生させて小さな領域の中で一つにまとめると、まずは二体の不規則な動きを封じる。
そこで今度は細かい雹を作り出し、それは高速回転の中、呪霊二体を貫き一瞬でその体が消滅した。

「おぉ~やるじゃん」

五条は楽し気に口笛を吹く。
そして自分の周りにいる呪霊が逃げようとしたのを見て、すぐさま"蒼"を発動した。
ゴリゴリゴリっという音と共に地面ごと二体が見えない力で引き寄せられ、瞬間その体が破裂する。
残りの呪霊も逃がす時間さえ与えず、術式を発動させ、その体をねじ切った。
ものの数分で全てを終わらせた二人は、互いに顔を見合わせ苦笑いを浮かべる。

「これ、二人で来る必要あったの?」
「いや、最初のコイツはしょせんネットが原因で生まれたやつだからな。ま、こんなもんでしょ」

笑いながら五条が肩を竦めた時だった。
突如、木々の奥からデカい気配を感じ、二人はその場を飛びのいた。
次の瞬間、巨大な足が今まで二人のいた場所へ落ちて来ると、地面にめり込むように大きな大きな穴を開ける。

「うーわ、コイツ本体じゃね?」
「そうみたいね。大きいと更に…キモい」

目の前に現れた巨体を見あげ、は思い切り顔を顰めて舌を出した。
先ほど倒した呪いは分身だったようだ。
ビリビリとした呪力を肌に感じながら、はそのまま空中へと飛び、手に雷を発生させ、その手を天高く上げた。
五条も巨大呪霊の目線まで浮かぶと、指に術式を発動させ、迷わず”赫”を放つ。
示し合わせたわけではないが、五条の”赫”が呪霊を木っ端みじんにしたのと、の放った雷光が呪霊の頭部に落ちたのは、ほぼ同時だった。
その瞬間、空から激しい雨が降り出し、辺りを白く染めた。

「っておい!何だ、これ!つーか攻撃するならするって言え!」
「えー?」

土砂降りに近い雨に驚き、五条が叫ぶ。だが未だに雷鳴が鳴り響いていて、雨音とあいまって声が聞き取りにくい。

「だーかーらー!攻撃するなら合図しとけ!」

五条の声を何とか拾うと、は髪をかきあげ、その雨を顔に浴びながら「be surprised!」と楽しげに笑った。

「サプライズじゃねーよ!このままじゃ風邪ひくって。雨、止めろ!」

目も開けられないほどの雷雨だが、無限のおかげで五条は濡れない。
しかしは足の先までびしょ濡れで、地面に着地した瞬間、派手なクシャミをしている。

「ごめん。領域外でこれやると、一度降り出したら暫く止まらないのよね、これ」
「はあ?」
「いくら天候が操れるといっても、ホイホイ止める事は出来ないから普段は風で領域を作るんだけど、急にアイツが現れたから忘れちゃった」

舌を出して可愛く笑うに、五条は心底呆れた視線を向ける。

「ったく…僕はいいけど、びしょ濡れじゃん。自分の力で風邪なんて引いたら洒落になんねーって」

言いながら五条はの前に飛び下りると、その腕を自分の方へ引き寄せた。

「な、何?」

と聞いた瞬間、当たっていた雨が全て弾かれてるのを見て、驚いた。

「これ…」
「ああ、無限は僕が触れた対象にも有効なの。とりあえず安田さんとこ戻るぞ」
「へえー便利」

五条に腕を引かれながら、は楽しそうに弾かれる雨粒を見ている。
その無邪気な様子に、五条は小さく溜息をつき、僅かに笑みを漏らした。

「少しは元気になったようだな」
「え?」
「いや、オマエ、朝から元気なかったから。飯も食わないし体調でも悪いのかと」
「………」

その話をした途端、は急に俯いてしまった。
何か地雷でも踏んだのか?と思いつつ、「?」と声をかける。
するとは不意に五条を見上げた。
互いのサングラスのせいで分かりにくいが、五条の六眼でかすかに見える彼女の目は僅かに潤んでいるように見えた。

「振られちゃって…」
「…は?」
「昨日…電話で…もう会うのよそうって石崎さんが」

石崎、とはが付き合っているという刑事で、五条もそれを知っている。
だがつい一週間前までは映画デートをしたと楽しそうに話していたばかりなのに。

「何で―――」
「五条さん!さん!大丈夫ですか?!」

理由を聞こうとした時、安田が傘を差しながら走って来るのが見えて、五条はハッとしたように振り向いた。

「突然、地鳴りとか雷雨になって焦りましたよ。ああ、さんずぶぬれじゃないですか!とにかく車に乗って下さい」

一人慌てたように言うと、安田は車の方へと再び走っていく。
今はとにかくの体を温めないと風邪を引いて――ヴァンパイアが風邪を引くかは分からないが――しまうかもしれない。

「行こう」

再び元気のなくなったの肩を抱き、五条は安田の待つ車へと急いで歩いて行った。










2018年、6月。



「君たちがどこまで出来るか知りたい。ま、実地試験みたいなもんだね」

呪いがいるという廃ビルを見上げながら、五条が言う。
だが、釘崎と虎杖の脳内は――――。

(いいいい今、あのオネーさんのく、唇にキキキキキす…してなかった?!このセンセー!)(釘)
(ま…またキスした…つーか外でも関係ないんか、五条先生!)(虎)

ドラマや映画でしか見た事のないキスシーンを、白昼堂々見せられ、二人の顏が真っ赤に染まっていく。
その時、不意に五条が振り向いた。

「野薔薇、悠仁。二人であの建物内の呪いを祓ってきてくれ」
「………(げ。ってか何?その"僕、何もしてませんよ"的なノリ。オンオフの切り替え早すぎ!)(釘)

教師モードに戻っている五条を見て、釘崎の眉間に皺が寄る。(でも未だ顔は赤い)
が、切り替えの早い人物はもう一人、釘崎の隣にいた。

「ああ、でも呪いは呪いでしか祓えないんだろ?俺、呪術なんて使えねーよ?」
「君はもう半分呪いみたいなもんだから。体には呪力が流れているよ。でもま、呪力の制御は一朝一夕じゃいかないから、これを使いな」

五条はどこから出したのか、大きなナイフのような物を虎杖へ渡す。

「おぉぉ!」
「呪具"屠坐魔とざま"。呪力のこもった武器さ。これなら呪いにも効く」
「……(ダサ)」

釘崎は呪具を受け取る虎杖を尻目に、サッサとビルの方へ歩いて行く。
虎杖もそれに続こうとしたが、ふと五条が「あーそれから」と声をかけた。

「宿儺は出しちゃダメだよ。アレを使えばその辺の呪いなんて瞬殺だけど近くの人間も巻き込まれる」
「あー分かった!宿儺は出さない」

虎杖が笑顔で頷く。
その時、イライラしたように釘崎が振り返った。

「おい!早くしろよ!」
「はいはい…」
「行ってらっしゃーい」

すでに主導権を釘崎に握られてるかのように、素直に走っていく虎杖を見ながら、五条が笑顔で手を振る。
伏黒はそんな二人を眺めつつ、向かいの塀の前に置かれている箱に座ると、虎杖が今後、釘崎に顎で使われる未来が見えた気がして、内心苦笑した。

「大丈夫かなぁ、あの二人」

伏黒の隣でも塀に寄り掛かると、心配そうに廃ビルを見上げる。
確かに釘崎は経験者らしいが、虎杖はまだこの世界に入ったばかりだ。
伏黒もそこが気になって、自分たちの方へ戻って来た五条に「やっぱ俺も行きますよ」と声をかけた。
だが、五条はの腕を引っ張り、彼女を後ろから抱くようにして伏黒の隣へ座ると、「無理しないの。病み上がりなんだから」と微笑む。
当たり前のようにを自分の足の間へ座らせ、後ろから抱きしめている己の担任に、伏黒の目が僅かに細められる。
虎杖や釘崎よりは、二人のイチャつきに免疫はある方―――とはいえ、やはり心の中でモヤモヤするのは仕方のない事だった。
と言うのも、今、五条の腕の中で恥ずかしそうにしている女性は、伏黒にとって初恋の相手、という特別な存在でもあるからだ。

「……でも虎杖は要監視でしょ」
「まぁね。でも、今回試されてるのは野薔薇の方だよ」

五条はそう応えながらも、の綺麗な髪を自分の指に絡めたり、それを制止する彼女の頬へ軽くキスをしたりと相変わらずのセクハラモードだ。
その間も伏黒の目がどんどん細められていく。

「釘崎…ですか」
「悠仁はさ、イカレてんだよね」

五条は自分の頭を指でトントンと叩きながら話を続ける。

「異形とはいえ生き物の形をした呪いを、自分を殺そうとしてくる呪いを一切の躊躇なくりに行く。君みたいに昔から呪いに触れて来たわけじゃない。
普通の高校生活を送っていた男の子がだ。才能があってもこの嫌悪と恐怖に打ち勝てず挫折した呪術師を恵も見た事があるでしょ」
「………」
「今日は彼女のイカレっぷりを確かめたいのさ」

言いながらの頭に頬を寄せて、髪にキスをする五条。

「……でも釘崎は経験者ですよね。今更じゃないんですか(話が入ってこねぇ…)」
「呪いは人の心から生まれる。人口に比例して呪いも多く強くなるでしょ。地方と東京じゃ呪いのレベルが違う」
「ちょっと、悟…」

後ろからぎゅっと抱きしめられながらアチコチ触らるのが照れ臭いのか、は話の合間にも抗議するかのように後ろの五条を睨む。
でもその頬は赤く染まっており、五条にとって何の制御にもならない。
むしろ自分の方へ振り向いたのを、これ幸いと、そのふっくらとした艶のあるの唇に自分の唇をちゅっと音を立てながら押し付けた。

「……悟…ッ(真っ赤)」
「だって赤くて美味しそうだから (ニッコリ)」
「………(こ、この人わ…ッ)」(伏)

またしても堂々とキスをする五条に、伏黒の口元も引きつる。
だが五条はそんな空気など気にもせず、シレっとした顔で話を続けた。

「レベルと言っても単純な呪力の総量の話じゃない。"狡猾"さ。知恵を付けた獣は時に残酷な天秤を突きつけて来る。命の重さをかけた天秤をね」
「………(話の内容と行動が合ってないんだよな、この人)」

五条の濃厚なスキンシップから逃れようと腕の中でジタバタしているを更に強く抱きしめ、頬を緩めている五条を見ながら、伏黒は深い溜息をついた。
と、その時、廃ビル上階の方から目玉の飛び出した呪いが慌てた様子で壁をすり抜けて来るのが見えて、三人は一斉にソレを見上げた。

「祓います」

と伏黒が立ち上がろうとしたのを、五条が「待って」と制止する。
その瞬間、その呪いが空中で消滅。綺麗に塵となり消え去った。

「いいね。ちゃんとイカレてた」

五条が満足そうに微笑む。かくして釘崎のイカレっぷり度テストは終了。
その後、虎杖と釘崎は助けたという小学生の男の子を連れて出て来た。
お腹が空いたと騒ぐ釘崎や虎杖を残し、五条と、そして伏黒は先にその男の子を自宅まで送り届けると言って、どこかへ消えた。

「私、お腹減ると機嫌悪いの知ってたぁ?」(釘)
「………(不機嫌じゃない時あんのか…?)」(虎)

三人を待ってる間、イライラした様子の釘崎に、虎杖はウンザリしたように顔を反らす。
そこへ男の子を送って行った五条達が戻って来るのが見えて、虎杖はホっと息を吐いた。

「お疲れサマンサー!子供は送り届けたよー。今度こそ飯行こうか」
「ビフテキ!」(板)
「シースー!」(釘)

五条の"飯"の一言で、虎杖と釘崎が殺気だった顔でそれぞれ食べたい物を主張してくる。

「まっかせなさーい。恵は?」
「…………」

五条が笑顔で振り向くと、伏黒はスマホを何やらいじりながら無言を貫く。
先ほどのへのセクハラに対する苛立ちが、未だ尾を引いているようだ。

「……ん?」

そんな伏黒を見て、五条はスマホを覗き込む。
が、伏黒は五条と目を合わせようともしない。

「じゃあ行こっかー」

五条はの手を引き、虎杖と釘崎を連れて、サッサと歩き出す。
それに気づいた伏黒は「ったく」と項垂れながら、渋々皆を追いかけて行った。

「あ、そうだ。アンタ!私の荷物、取って来てよ」

道中、釘崎が思い出したように虎杖を見る。
当然のように虎杖をパシリにしようとしている釘崎を見て、伏黒は俺の勘が当たったな、と密かにほくそ笑んだ。

「はあ?何で俺が!貸し借りなしって言ったろー」
「私の呪力で勝てたのよ。文句ある?」
「俺の実力、知らねーだろーが」
「ゲテモノ喰い。バカ力!」
「だけじゃねーよー!なあ?伏黒?」

釘崎の言いぐさに文句を言いながら、虎杖が振り返る。
だが話しかけられた伏黒の顏は未だ不機嫌そうに、その視線は明後日の方を見ている。

「あれ?どったの?伏黒」
「……別に」
「出番がなくてスネてんの」(五)
「ぷっぷー!こーどもー」(釘)
「……っ(ってか五条先生のせいだろっ)」

皆にからかわれ、伏黒はイラっとしたように目を吊り上げた。
そして一行は釘崎の荷物を回収した後、代々木駅までやってくると…

「虎杖…私はパーを出すぞ…」
「……うーんんんっ」

ステーキか寿司か、どちらかを決める為、二人の勝負はジャンケンというものに託されたらしい。
殺気だった二人のその様子を、五条、、伏黒が見守る。

「じゃーんけん…!」
「ぽん!!」

パーを出すと宣言した釘崎はグー。
そして釘崎の言葉を鵜呑みにした単純素直な虎杖はチョキ。

「っしゃぁ!おらぁぁ!!」(釘)
「あぁぁぁぁぁっ」(虎)

戦う前から結果は見えていたな、と五条は思う。
とりあえず勝敗が決まった事で、五条はスマホを出すと、

「寿司かあ。銀座のいつものとこでいっかぁー」
「ザギン、ふぅ~♪」(釘)

釘崎は大喜びで一回転しながら飛び跳ねている。
そこへジャンケンに負けた虎杖がやってくると「俺、回転寿司がいい」と切り替え早く、リクエストをしてきた。

「あぁぁん?!」

当然、釘崎は悪魔の如く、虎杖を睨みつけた。

「けっ!虎杖、オマエほんと…!くっ!ってか伏黒も何か言えよ!」
「俺もさすがにどーせなら美味い方がいい。五条先生の金だし」(!)
「カップ焼きそばと焼きそばが別物のように、回転寿司も別物なんだよ!」
「私は寿司が食いて―んだよ」
「寿司は食事だけ!回転寿司はレジャーなんだよ!遊園地なの。TDLなの!」
「ふわぁぁぁ」(伏)

不毛な戦いに飽きたのか、伏黒が大きな欠伸をかましている。
だが熱くなった虎杖は聞き分けのない釘崎を指さし、

「釘崎、ド田舎出身って言ってたけど、回転寿司行った事あんのぉー?」
「…うっ」
「僕のフェイバリットはスシGOだが、初めてなら立派寿司だろうね~」

と、そこで五条も参戦して、そんな事を言い出した。

「先生、分かってんじゃん」(虎)
「おい、まだ行くとは…」(釘)

勝手に決められそうな空気に気づき、釘崎が口を挟む。
が、虎杖は最後の押しと言わんばかりに、真剣な顔で釘崎を見た。

「釘崎、よく聞け。立派寿司はなあ…。寿司が新幹線に乗って来るんだ!」
「………っ?!」

虎杖の言葉を聞いて、釘崎に衝撃が走る。
そこで遂に虎杖リクエストの回転寿司に決まった…かと思った瞬間。
これまで皆のやり取りをボケっと眺めていただったが、ふと五条に向かって一言。

「ねえ、悟。私、シャブシャブが食べたい」
「OK!んじゃー今夜はシャブシャブにしようか」(!)
「Yay~! Satoru, I love you!」
「僕も愛してるよ、

「「「オ~~~~イッ!!!」」」

これまで散々寿司か回転寿司でモメていたにも関わらず、秒で行き先を変え、あげくヌケヌケと愛の告白をしている五条に三人の不満が一斉に向けられた瞬間だった。
が、当の五条はと手を繋ぎ、すでに駅へと歩き出している。

「じゃあ、この前二人で行った店にする?」
「あ、あそこのお肉、すーごく美味しかった」
「飛騨牛のA5ランクだったからね~。、五人前はペロっと食べてたよね。じゃあ今日もそれにする?」
「うん、あれ食べたい。シャブシャブ大好きー」
「りょーかい。じゃあ帰ってからは僕がをシャブシャブして食べてあげる」
「……な、ななな何言ってんのっ?(じゃあって何のじゃあ?!」

「「「…………(エロバカ目隠しめ!)」」」

すっかり生徒の存在を忘れたかのようにイチャつき、あげく未成年の前でR指定が入るような台詞を吐く担任に、三人の殺意が止まらない夜だった。





 
 

 


最後は「じゅじゅ散歩」ネタで笑
五条先生はいつも銀座で寿司食べてるんか、と思ったやつ。