
Eternal blood.07
それは想像以上にデカかった。
"鳩人間"と名付けられたその呪いは、ふざけたネーミングを払拭するほどにパワーが桁違いだった。
町外れの民家が立ち並ぶ一帯に姿を現したその呪いは、一歩足を進めるだけで次々に建物を破壊していく。まるでゴジラかキングコングだ。
事前に住民は避難させているものの、サッサと祓わなければ、家をなくす人が続出してしまう。
五条とは50メートルという巨体を見上げながら、二手に分かれて空中へ飛んだ。
「!アイツの口から出る光線がヤバい!風で囲める?!」
「OK!No problem!」
は鳩人間の巨体を囲むような大きな大きな風を発生させ、それはすぐに巨大な竜巻へと変わる。
はなるべく鳩人間を民家から遠ざけるよう、竜巻を操るとその塊を林の方へ押しやった。
竜巻と呪いの巨体のせいで大きな木々が次々になぎ倒されていくのを見て、今度は五条が術式を発動しようと印を結んだ、その時。
竜巻のせいで動きを封じられた鳩人間が、大きな悲鳴を上げた。
《…コレダモンナー-!!》
見事に状況と鳴き声が一致。
そして生でそれを聞いたも、これにはたまらず吹き出した。
「ぷ!ぁあはははははっ!ほんとに鳴いたぁぁぁ!!コレダモンナー!ぷはははっ」
「オイ!笑ってる場合じゃねぇ…ぷっ…はははは…っ!やめろって…!マジ、ウケるっ」
空中で竜巻を操りながらも、盛大に爆笑しだしたを見て、五条もついつい釣られて笑う。
いや、鳴き声を聞いた時から、すでに笑うベースは出来ていた。
が、五条が爆笑したその瞬間…チーンという残念な音が鳴った気がした。
「……あ、やべ」
笑った反動で手元が狂い、発動した"赫"は鳩人間の足元へ落ち、地面をえぐり取っていく。
だが、そのせいで鳩人間の足がよろめき、巨体がゆっくりと傾いて行くのが見えた。
あの巨体が倒れてしまえば、その振動で民家が崩壊してしまう。マグニチュード7は行きそうな気がした。
五条は頭を切り替え、今度は己の最大術式を発動するべく、印を結ぶ。
「術式順転"蒼"。術式反転"赫"…」
その瞬間、五条の周りに収束と発散が同時に現れる。
もそれに気づき、呪いから距離を取ると、天高く浮かび、五条のその術式を黙って見つめていた。
話には聞いている。
順転と反転、それぞれの無限を衝突させる事で生成される仮想の質量。それを押し出す―――。
「―――虚式・"茈"」
蒼いエネルギーと赫いエネルギーが一つになったように感じた時、見えない塊が鳩人間の巨体を巻き込み、それは一瞬で消滅した。
「Wow! amazing!!」
初めて見た五条の最強術式に、は興奮したように叫んだ。
が、五条は「やべぇー」と頭をかきながら、ふと自分よりも上に浮かんでいるを見上げると、口元を引きつらせて微笑んだ。
「これ、お仕置き案件ですよ、さん」
「…what?」
「この、バカモー--ンッッ!!」
ドンっとテーブルを叩き、顔を真っ赤にして怒鳴ったのは、五条の恩師でもある夜蛾正道その人だった。
「呪いを祓えたのはいいが、民家10軒、近所の山半分を消滅させるとは何事だ!!おかげで賠償するはめになっただろーが!!」
「……だって仕方なくない?アイツが倒れちゃったらそれこそ山ごと消えてたし」
「くっ!悟…オマエに言ったよな?術式はなるべく被害のないよう使えと!なのにあの町の至る所にボコボコ穴を開けおって―――」
「い、いや、だからそれはさー」
確かに手元が狂い、余計な被害を出したのは事実。
五条がどう言い訳しようかと口を開いた時、が庇うように前に出た。
「ごめんなさい!それ、私のせいなの、正道…」
「な、何…?!」
泣きそうな顔で自分を見上げるに、夜蛾が僅かに動揺した。
今はサングラスも外し、その綺麗な赤い瞳を惜しげもなく自分に向けているに、夜蛾は言葉を詰まらせる。
「な、何故、オマエのせいなんだ…っ。歴史ある町をボコボコにしたのは悟だろう?」
「だからそれ…私が笑っちゃったから悟も釣られて笑っちゃったの…」
「わ…笑う?とは何だ…?一級の呪い祓ってる時に笑うシーンなんかないだろう」
「だって…鳴き声が面白過ぎたから……ぷッ…」
「…ぷ?!」
説明しながら鳩人間の鳴き声を思い出したのか、も最後は声を震わせ、小さく吹き出してしまった。
それを見た夜蛾は徐に目を吊り上げたが、すぐにが「Sorry...」と呟き、シュンとすると、またしても真っ赤な顔で言葉を詰まらせた。
要するに、強面の教師、夜蛾正道は、にめっぽう弱かった。
それを知っている五条は、夜蛾の狼狽する姿を見て心の中で舌を出した。
部屋に入る前、のサングラスを外させておいて正解だった、と黒い笑みを浮かべる。
夜蛾はに甘い。
彼女の境遇を聞き、同情し、今では娘のように可愛がっている。
そんなから涙目で謝られたら、本気で怒る事など出来ない、という事も、五条はよく分かっていた。
「ま、まあ、いい…。やってしまったものは仕方ない…。今度から気を付けるように」
「……OK」
「悟!オマエもだ!呪い祓徐の現場で先輩のオマエまで釣られて笑うなどあり得んっ」
「はーい…」
「ふざけた返事をするなっ」
「はいはい…」
「く…っ。そんな態度をするなら、こちらにも考えがあるぞ、悟」
夜蛾はそのサングラス越しに五条を見て、ニヤリと笑う。
何だかとても嫌な予感がした。
「五条悟。今月から再来月まで減・俸!だ!」
「は?!何で?!」
いきなり減俸と言われ、さすがの五条も目が点になる。
「何で、じゃない。町を破壊した賠償金の半分はオマエの給料から引かせてもらうぞ」
「…マジで?」
「マジで」
それは高専に入学して以来、五条悟が受けた初めて味わう屈辱的な処罰だった。
2018年、6月。
「減俸ってマジで?」
「マジよ…。あれはキツかった…」
虎杖の問いに五条は苦笑交じりで肩を竦めると、隣で嬉しそうにお肉をしゃぶしゃぶしているを見る。
結局あの後、が夜蛾に直談判してくれて、賠償金の半分は私も支払う、と言い出した。
おかげで五条も言うほど給料を削られたわけではないし、そもそも特級術師として貰ってる額が桁違いなのだから半分引かれようと痛くはない。
ただ、初めて任務絡みで処罰を受けたという苦い思い出として残っているだけだ。
「え、でも高専って学生でも給料もらえんの?」
「もちろん。悠仁達も任務をこなせばもらえるよ」
「マジかー!バイトでもしよーかと思ってたけど、貰えるならいっか」
「術師やってりゃバイトなんかする時間もないって。まあ、受ける任務や階級によって金額は変わって来るけど、その辺のバイトよりは給料いいと思うよ」
五条はそう説明しながら、再びの餌付けよろしく、肉を取ってあげている。
そこへ最後のデザート"黒糖羹"なるものが運ばれて来た。
要は黒糖で味付けされた寒天で、ぷるぷるとした食感と黒糖の上品な甘みが絶品のデザートだ。
生徒たち三人もそろそろお腹が膨れて来たが、デザートはやはり別腹。
釘崎はそれを口に運びながら、感動したように「美味しいぃぃ!」と味わっている。
虎杖や伏黒もさほど甘い物が好きではないが、この店のデザートは甘さ控えめで苦手な人でもペロリと食べられるほど美味しかった。
「んま!ぷるぷるで、んま!」
「五条先生には物足りない甘さらしいけどな」
「え、五条先生って甘党なの?」
「ああ、かなり」
伏黒は苦笑しなが五条の方を見ると、今度はに「食べさせて」と甘えているようだ。
も恥ずかしそうにはしていたが、自分が食べさせてもらうよりはマシなのか、スプーンでデザートを掬い、五条の口元へそれを運んでいく。
が、五条が食べようとしたその瞬間、何を思ったのか、はそのスプーンを自分の口へと運び、「もーらい」と言ってパクリとそれを食べてしまった。
「あ!、僕のでしょ、それは」
の思いがけない行動に、五条が軽く吹き出している。
だが満足そうにデザートを味わっている彼女を見て、意味深な笑みを浮かべた、と思ったその時。
五条はの唇へ自分のそれを押し付け、濃厚なキスをし始めた。
と言っても生徒達には背中を向けている為、伏黒達には見えていない。が、何をしているかはわかる。
その瞬間、釘崎の手からスプーンが落ち、テーブルの上でカランっと音を立てた。
「んうっ」
そして驚いたのはも同じだった。
ふざけたつもりが、まさかの反撃にあい、ジタバタ暴れている。
だが五条はの体を抱き寄せ、更に深く口付けると、の口内に残るデザートの味を堪能するように舌を絡めた。
そして最後にちゅっと音を立ててを解放すると、満足そうに自分の唇をペロリと舐めた。
これにはも首まで真っ赤に染めて、その赤い唇を震わせながら目の前の五条を睨む。
「ななな、何して…っ」
「だってが意地悪するから」
「だ、だだだからって、キ、キスする事ないでしょっ!しかも、あ、あんなエッチなやつっ」
「は僕のデザートだから ♡」
「……っ」
とんでもない事をサラリと言って微笑む五条に、は口をパクパクさせながら未だ震えている。
が、ハッと我に返り、後ろを急いで振り向いた。
「「「…………」」」
そこにはと同じように顔を赤くした生徒三人。
二人から視線を外し、黙々とデザートを食べている姿があった…。
2012年、6月。
が高専に来て三年が過ぎ、無事に卒業も出来た。
だいぶ呪術界の事についても分かってきて、高専の関係者とも打ち解けた。
皆がの正体とそこに至った経緯を知り、驚愕してたのも今では懐かしく思えるくらいには良い関係を築けている。
一応"特級過呪怨霊"扱いになり、人に害を加えないか、という観察対象ではあるが、彼女の言う通りヴァンパイアとして誰かを襲う事もなく、今のところは平和に仲間たちと過ごしていた。
高専で教鞭を取る夜蛾正道も例外ではなく、むしろの境遇に同情し、そして涙した内の一人だ。
虐待とも思える行為の果てに、先祖の指を一気に食べてしまうほど彼女を追いこんだ実の母親の事を考えると、夜蛾は未だに怒りが沸いて来る。
まあ本人はとっくの昔にその報いを受けているが。
だから、というわけではないが、他の生徒より、に対しては親身になって接してきた、という夜蛾なりの自負がある。
そしてもまた、夜蛾の事を父のように慕ってくれている、と自惚れてもいたし、夜蛾なりに可愛いがってもいる。(は本当に可愛いが)
愛用のサングラスを貸してと言われれば貸し、それが真っ二つに壊れて返って来た時も笑って許した。(こっそり泣いたが)
五条と行った任務先では呪いの鳴き声に笑い転げ、それを五条に伝染させたあげく、町を破壊しかけた時も苦笑いで終わらせた。(五条は減俸したが)
丹精込めて作った呪骸を勝手に持ち出し、五条と二人で後輩の七海に罠を仕掛けて遊んでいた時も他愛ないイタズラだ、と笑って許した。(五条はシバいたが)
または五条と二人で悪ノリし「夜蛾センセーの似顔絵」と称したゴリラの絵を黒板に描かれても、まあ苦笑いする程度で許した。(五条だけは二度シバいたが)
だが、しかし―――!
今回だけは許せない、と夜蛾正道は時計を確認しながら怒りで体を震わせた。
「おい!はまだか!もう昼だぞ?ホントに伝えたんだろうな?!指導係はオマエだろ、悟!」
目の前でケータイをいじっている五条を睨み、夜蛾はバンっと机を叩く。
その拍子に”夜蛾学長”と書かれた真新しいデスクネームプレートが勢いよくひっくり返った。
先日、念願の学長に就任した夜蛾は慌ててそのプレートを元に戻すと、未だケータイをいじっている五条へ「聞いてるのか、悟」と声をかけた。
「聞いてますよ。だからにメールしてんの。早く来ないと夜蛾学長のドラミングが始まるよーって」(!)
「……ッ(怒)」
誰がゴリラだ、と怒鳴ろうとした、その時。突然学長室のドアが勢いよく開いた。
「Hey Guys!Good morning!」
元気よく入って来たのは、夜蛾お待ちかねの。
彼女はウエスタンハットをかぶり、どこかウキウキしながら二人の方へ歩いて来た。
「ねね、見て見て。新しい夏服作って貰ったの。可愛いでしょ」
そう言ってその場で一回転する。
言われてみれば、確かに昨日まで着ていた制服とデザインが違う。
それはシャツワンピース風のデザインだったが、夏服用というので肩から袖がなく、ウエスト部分は太いベルト型の飾りが付いていた。
そして相変わらずのミニスカートで、制服の色に合わせたソールの赤い黒のヒールを履いている。
ついでに耳には黒のタッセルピアス。まあ本人が言うように、確かに可愛い。
が、夜蛾はそれでもに言いたい事があった。
「喜んでるところを悪いが…。もう”おはよう”の時間じゃないだろ?”こんにちは”だ」
「Oops...コニチハー」
可愛く口に手を当て、最近見た日本のコメディアンがコントで使用している挨拶をすれば、夜蛾の額がピクリと動く。
「まあいい……。で……責めたくなるほどの大遅刻の理由はなんだ?」
ある程度の事は許せても、時間にルーズな相手には心が狭くなるのが、この夜蛾正道だ。
も遂に夜蛾の説教を喰らうか?と五条は内心ほくそ笑んでいた。
だが当の本人はそんな空気を読んでいるのかいないのか。
軽く首を傾げながら「録画してあったドラマを遅くまで観てたら寝坊しちゃって」と笑って舌を出した。
その仕草がまた可愛い。普段ヤンチャな子がやるから余計に可愛い。
夜蛾も例に漏れず、彼女のフェロモンに惑わされる一人の男だった。(!)
「そ…そう、か。それなら仕方ないな。疲れてたんだろう…」
「は?ちょっと夜蛾学長。僕には数分でもブツブツ嫌味言うクセに、にはそれだけ?そもそもドラマ観てただけで疲れるわけないでしょーよ」
明らかに贔屓をしている夜蛾に、さすがの五条もサングラス越しに目を細めた。
突っ込まれた夜蛾はそれでも「オマエは毎回だろ」と五条を睨む。
そして目の前に歩いて来たに、本日の任務を告げた。
二年前からも独り立ちし、単独での任務が許されるようになっていた。
「今日、に行ってもらう任務だが、K事務所からまた依頼が来て、スタジオにいる一級相当の呪霊祓って来て欲しい」
「え、K事務所って言えば大手じゃん。人気俳優や大物バンドとか抱えてる」
「ああ、そのK事務所だ。まあ、大手だけに人が集まって来るわ妬まれる事も多いわで、呪いも集まりやすいんだろうな。最近依頼が多いお得意さんだ」
「そうなの?K事務所は良く知らないけど、その一級を払えばいいのね」
五条と夜蛾の会話を聞きながら、はとくに興味もないといった様子で頷いた。
「これまでは強くても二級くらいだったんだが、今回先行で行かせた術師から自分には手に負えんやつだったと言われてな」
「あ、この前、事務所の社長が誰かに襲撃されてなかった?」
「良く知ってるな、悟。社長も裏では黒い連中と繋がってるらしいから色々揉め事も多いんだ、あそこは」
「へえ。ま、成功者は何かしらスネに傷を持ってるだろ。つーか、大丈夫かよ?をそこに行かせて。所属してる奴らイケメン揃いだし、またダイアナが悪いクセ出したら…」
だいぶ減ったものの、若くて好みの男を目にすると、未だにダイアナの方が強く出て来る事が時々あるのだ。
去年も一度、任務中にダイアナが好みの男を見て出て来た時があったが、その時に彼女が気に入ったのは呪詛師の男だった為、特に問題はなかった。
「前は呪詛師だったからダイアナが操ってくれたおかげで仲間の情報吐かせる事が出来たけど、今回は一般人でしょ」
「まあ、そうだがその時は一瞬だったろ。それには殆どコントロール出来てる」
「そりゃ、出来てるけど万が一って事も―――」
「だーいじょうぶ!」
と、五条の言葉を遮り、は腰に手を当て、誰かさんのようなどや顔で二人を見ると、
「―――私、失敗しないので」
と何故かキメ顔を作った。
そして軽快な足取りで学長室を出て行くに、夜蛾はポカンと口を開けている。
「な、何だ。今の」
「ああ、のヤツ、最近日本のドラマにハマっててさ。今のは主人公が言う決め台詞だよ」
五条は笑いを噛み殺しつつ説明すると、「んじゃ、僕も任務行ってきまーす」と歩きながら、ふと立ち止まると、
「僕も失敗しないので 」
と、どや顔で振り向き、夜蛾に笑顔で手を振り、部屋を出て行った。
二人が出て行った事で途端に静かになった学長室に、夜蛾の深い溜息が響く。
「最近…悟が二人増えたみたいな錯覚に陥るのは気のせいだろうか…」(!)
一人でも大変なのに、二人となればストレスも倍は襲って来る。
学長になったばかりで、早くも夜蛾は心が挫けそうな気持ちになったのだった…。
「ふむ…ここかー」
安田に車で送ってもらった都内某所。
チュッパチャプスを舐めながら、はサングラスをズラし、大きく派手な建物上部に掲げられている”Office-K”の、これまた派手な看板文字を見上げる。
場所は繁華街で人も多く、事務所前には大勢のファンらしき女の子達。
一見、華やかに見えるが、はすでに目の前のビルから呪いのどんよりとした気配を感じ取っていた。
「このビルにあるスタジオに出るそうです」
「OK。それで話は通ってるの?」
「はい。社長がゲストパスを出してくれてるそうなので、受け付けでそれを受け取って下さい」
「Roger that.」
りょーかい、と軽く英語で返し、はそのビルのエントランスへと歩いて行く。
それを見た安田は「では"帳"を下ろします」と言って、ビル全体を覆うようにソレを下ろした。
これで出待ちをしているファンにもビル内で起こる事は視認できない。
中に入ると警備員が数人、出迎えた。
先日、社長が襲撃された事で、少しだけ厳戒態勢といった空気だ。
「Hi!」
昼下がり、突然派手な髪色のサングラスをした怪しい女の来訪に、訝し気な顔でジロジロ見て来る警備員たち。
だがが笑顔で挨拶すれば、全員が厳しい表情から一転、一斉に緩んだ顔になり、手を振る警備員までいた。
がそのまま受付へ歩いて行くと、綺麗な女性がスっと立ち上がり、「お待ちしておりました」と、笑顔でゲストパスを差し出す。
何度か高専に依頼しているとの事なので、受付の女性もの制服を見て一目で術師だと気づいたらしい。
それを受けとり首に引っ掛けると、は広いロビーをぐるりと見渡す。
無駄に広いロビーには来客用の大きなソファとテーブル、ウオーターサーバー、自販機、観葉植物が数個、トイレ、奥にはエレベーターが見える。
そして壁には所属アーティストのポスターがあちこちに貼ってあった。
ざっと見てみると、俳優やタレント、そしてその中に見覚えのあるバンドもあり、は飴を口からだし、「JOIN?」と首を傾げる。
それは最近人気のバンドで、でも知っている名前だった。
「そちらのエレベーターをお使いください。スタジオは五階になります」
「Thanks...」
言われた通りエレベーターに乗り込むと、五階のボタンを押す。
上がるにつれ、空気も次第に重たくなって来るのが分かる。
夜蛾の話してた通り、色んな人間から妬まれているような悪意があちこちに漂っているような雰囲気だ。
「サッサと祓って買い物でも行こうかな」
時間を確認すれば午後3時になろうとしている。
は欲しい口紅があった事を思い出し、帰りはショップに寄って行こうと呑気に考えていた。
チンという音と共にエレベーターの扉が開くと、少し広い空間に出る。
ここにも大きなソファが置いてあり、自販機などが並んでいるところを見ると、休憩所といった雰囲気だ。
そこにはスタッフらしき人間が数人集まっていて、を見た瞬間、30代くらいの小太りな男が笑顔で歩いて来た。
「霊媒師の方ですか?」
「あーはい。えっと…」
呪術師、という事は伏せているのか、何故か霊媒師になっている。
まあ、呪いの存在など知られないに越したことはない、と言っていた夜蛾の言葉を思い出し、も相手の話に合わせる事にした。
「ああ、僕はJOINのマネージャーの高槻と言います」
高槻と名乗った男は名刺を出すと、「普段メンバーが使用しているスタジオに変なものが出るんですよ」と青い顔で怯えながらも苦笑いを浮かべた。
「私はよ。で、被害は?」
「ああ、スタジオで片づけをしてたスタッフが二人も大怪我をして重傷で…」
「即死じゃなかっただけマシか…」
「…は?」
「ううん、何でもない」
夜蛾は一級相当だと話していた。
一級の呪いと遭遇して生きているのは奇跡と言ってもいい。
「それで…どこ?その出るって言うスタジオ」
「ああ、こっちです」
高槻はを奥の通路へ案内した。
同じような扉がいくつかあり、その内の一つを高槻が指をさす。
「スタッフが襲われたのはこの部屋なんですが…その隣でも何か見たって奴もいて…」
それを聞いてはドアの前に立つと、中の気配を探る。
向こうもの気配には気づいている為、警戒しているのか今のところ目立ったような動きは感じられない。
「なるべく速やかに祓うよう努力はするけど、念の為、スタジオにいる人は全員、ロビーに避難させて」
「え?そ、そんなに危険なんですか…?悪霊、とか?」
「あくまで念の為だから気にしないで」
あまり不安を煽ってもいけないという事を思い出し、はニッコリ微笑んだ。
すると高槻も頬を赤らめ、「わ、分かりました」と素直に頷く。
「今日はメンバーも千尋しか来てないんで、すぐ避難させますね」
「千尋…ああ、ギターの?」
の脳内にふと中世的で綺麗な顔の男が浮かぶ。
この前何かの音楽番組を見ていた際、家入と歌姫が騒いでいた事を思い出した。
二人が騒ぐだけあり、確かにイケメンのギタリストではある。
「あ、知ってます?千尋はメンバーの中でも一番人気ですしね」
高槻は自慢げに話すと、では彼を呼んできます、と別の通路へ走っていく。
それを見送りながら、は呪いが出るというスタジオ付近で”帳”を下ろした。
ビル外と中で二重に結界を作る。無関係の者に極力、呪いの存在を気づかせないのも術師にとって大切な事らしい。
「さて、と。出て来たわね」
”帳”効果であぶり出された呪いの気配を感じ、は徐に扉を開けた。
中は薄暗く、どんより湿った空気が充満している。
窓はあるが、それは防音用になっているらしく、換気は壁にある小さな換気扇のみが設置されているだけのようだ。
「くっさ…。呪いってホント嫌な臭い…」
ヴァンパイアの嗅覚は凄まじく優秀で、眼に見えない物の匂いすら嗅ぎ分ける事が出来る。
「そんじゃーサッサと終わらせようか」
口の中で舐めていた飴をガリっと砕き、残った棒を後ろへ放ると、は両手に雷を付与した小さな竜巻を作り出し、それをある方向へ向けて飛ばした。
次の瞬間、バチバチと音を立て天井から黒い物体が落ちて来る。
その体は未だピリピリと電気が走り、所々光っている。どうやら感電して痺れているようだ。
呪いと言った肉体のない負のエネルギーは大半が電気に似ている。
勝手に電化製品が動く霊的現象と言われているものは、だいたいがその影響を受けているに過ぎない。
「Hello~」
隠れていた姿が電気をまとい視認出来るようになったところで、は楽しげに呪いへ声をかけた。
黒く、どこか獣の姿にも似たその呪いは、低い唸り声をあげながらを睨んでいる。体長はの倍はある巨体だ。
「あーこれ、獣臭か…。通りで臭いわけだ」
鼻をつまみ、手を左右に振りながら顔を顰める。
だがその瞬間、黒い塊が物凄い速さでに向かって飛び掛かって来た。
「You're a bad boy....」
そう呟いた瞬間、の左手の爪が鋭く伸びる。
呪いが牙をむくのと、が爪で切り裂くのはほぼ同時だった。
(チッ…掠った?)
左肩にピりっとした痛みを感じ、は思わず舌打ちをした。
だが腹を切り裂かれた呪いは壁づたいに逃げ、再び天井へと張り付く。
「はあ。今日、新月か。しばらく攻撃すら受けてなかったから油断した…」
左肩に出来た呪いの牙で出来た傷を見て、が溜息交じりで天井を仰ぐ。
だが高速再生ですぐにそれは塞がりつつある。しかしそれは相手も同じことだ。
「…You are a really bad boy」
の瞳が更に妖しい光を放つ。
久しぶりに肉体を傷つけられ、ダイアナが目覚めたのか、自分の中に彼女の怒りを感じた。
呪いの獣は低い声で唸りながら、先ほどよりもスピードを上げ、再び跳躍する。
大きな黒い塊が全体に鋭い棘を出し、見えない程の高速回転をしながら不規則にスタジオ内を飛び回るのを、は黙って見ていた。
それが当たるたび、壁が崩れ落ち振動で足元が揺れる。まるで地震みたいだ。
だがある一定の範囲に呪いが入った瞬間、の左手が再度呪いの気配を捉えた。
軽く跳躍したは、気配だけで呪いを蹴り上げ高速回転を止めると、そのまま真っ二つに切り裂いた。
ついでに自分の血液を混ぜる事も忘れない。
呪いの体内に入れば、ヴァンパイアの血は猛毒になるようだ。
獣の形をした呪いは再生することが出来ず、低い唸り声から一転、怒り狂ったように咆哮している。
「Unfortunately....」
不運ね、とかすかな笑みを浮かべ、が呟くのと同時に、呪いは黒い塵となって消滅した。
「The end...」
軽く肩を竦めたのと同時に、"帳"が消える。
そしては不機嫌そうに、息を吐き出した。
「ちょっとダイアナ…。邪魔しないでよ。血を混ぜなくても勝てたってば」
《あなたが体に傷をつけるからよ。今の蹴りで足もズタズタ…あんなものに接近戦なんてバカな真似しないで》
「それは悪かったけど、忘れてたのよ…」
は溜息交じりで痛みに顔を歪めながら肩を竦める。
今の呪いが全身を鋭い牙のような棘で覆っていた為、蹴った瞬間、足に何本かそれが刺さり、今も出血をしているのだ。
《悪いと思うなら可愛い男を私にちょうだいな。たまには若い血を吸わないと干からびそう…》
「はあ…干からびないってば。昔の感覚でそう感じるだけでしょ?」
《……融通の利かない子ね、相変わらず》
クックっと笑うダイアナに、どっちが?と思ったが、とりあえず祓徐を終えたので報告しなければならない。
「もう出てこないでよ?ったく新月の時は殆ど寝てるクセして…」
と言っても久しぶりに負った傷のせいで起きてしまったのは油断していたのせいでもある。
今度から気を付けよう、と思いながらスタジオを出た。
「あーやっと塞がって来た」
見れば足のケガも治りつつある。
は先ほど人が集まっていた休憩所へ足を向けると、避難したはずの高槻が男と二人でエレベーターから降りて来た。
「あれ?終わったんですか?」
「もう祓ったし大丈夫よ」
「そ、それはありがとう御座いました!いやあ、良かったな?千尋」
高槻はそう言いながら後ろにいる男へ声をかけた。
もふとその男を見ると、「あ…」という声を上げる。
「え、君が霊媒師…?」
酷く驚いたような顔で歩いて来たのは、人気バンド”JOIN”のギタリスト、千尋だった。
中世的で綺麗な顔をしているせいか、バンドの顔とも言えるボーカルより人気がある。
「もっと陰陽師っぽい人が来たのかと思ってたけど、まさかこんなに可愛い子だとはね」
「………(か、可愛い?)」
千尋に褒められ、の頬がかすかに赤くなる。
可愛い、とはあまり言われない誉め言葉だけに、少しドキっとした。
「ああ、もうスタジオに入っても大丈夫?」
「え?あ…どうぞ」
ボロボロだけど、と内心思いつつ、笑顔も引きつる。
あの呪いが暴れ回ったせいで、スタジオの壁が殆ど崩れ落ち、天井の電気等も全て破壊されていた。
地縛霊を祓った、くらいにしか思ってないだろうから、かなり驚くはずだ。
その時、千尋が手にしているギターに目が向いた。
「Wow...!Gibson Les Paul Standard...?」
「え、君、ギター分かるの?」
千尋が驚いたようにを見た。
そこでハッとしたは笑顔で頷く。
「ギター大好き」
「へえ、そうなんだ。あ、これ弾いてみる?」
そう言って手にしたギターを持ち上げた。
「いいの?」
「もちろん」
千尋は笑顔で頷くと、「じゃあスタジオで」と言いながら通路を歩いて行く。
が、先ほど呪いを祓ったスタジオはボロボロなのを思いだし、は慌てて千尋の腕を掴んだ。
「え、えっと…除霊は終わったけど、まだあそこは使わない方が…」
「え、そうなの?じゃあ…別のとこにするかぁ」
千尋はそう言いながら別の部屋へ歩いて行きかけ、ふと自分の腕を掴んでいるの手を取った。
「じゃあ、こっちのスタジオで」
の手をさりげなく繋いで、千尋は綺麗な顔で微笑んだ。
「あれ、は?」
その日の夜、一人で戻って来た補助監督の安田に校舎前で遭遇した五条は訝し気な顔で尋ねた。
安田は昼間、を任務先まで送って行った人物だ。
「あ、いや、それが…」
五条に呼び止められた安田は苦笑交じりで立ち止まる。
「さん、任務後に食事に誘われたようで、帰りはその人が送る、と言ってきかないので私一人で帰らされたというか…」
「…食事って誰に?」
「え?あ…あの…それ、は……(な、何か五条さん怒ってる?)」
「誰?」
「は、はい。えっと…千尋、ですね。(怖い)」
「千尋?ああ…JOINのギターか」
その名は五条でも知っている。
K事務所に所属してる今、人気のバンドのメンバーだ。
「そ、そう、です…。任務に行ったら千尋がちょうどスタジオを使ってまして…さんの事を凄く気に入ったみたいで―――」
「だろうね」
「…………っ(ひっ!今、絶対イラってした。この人!)」
「分かった。お疲れ」
「は、はい…(ホッ)」
いつもの軽薄な雰囲気ではなく、どこかイラついた様子で五条は学長室へ報告に向かったようだ。
その後ろ姿を見送りながら、安田は安堵の息を漏らした。
(こ、怖かった…)
安田も補助監督になって数年になるが、五条の気性の激しさは良く知っている。
仲間が呪詛師になって以来、多少大人しくはなったし、が高専に来てからは前より雰囲気も柔らかくなったが、キレたら怖いのは今もあまり変わらない。
「でも…何であんな不機嫌になったんだ…?」
と安田は首を傾げる。
そこでふと思ったのは、あの噂は本当なのか?という事だった。
今現在、五条と並んで戦えるのはしかいない。
その為、二人で一緒にいる事も多ければ、出張先が近ければ二人で出かけていく。
もちろん四六時中一緒という事はないにしろ、任務以外では二人でいる事も多く、補助監督の間では「あの二人付き合ってるんじゃね?」的な噂が上がっていたのだ。
だが誰ひとり、真相を知るものはおらず、また当人に「二人は付き合ってるんですか」と聞く勇気のあるやつもいなかった。
なので未だに噂の域を出てない状況だ。
(でも今の五条さんの様子を見る限り、当たってるのでは…)
人気ミュージシャンと食事に行った、と聞いて、あれほど不機嫌になるのだ。
少なからず五条はに対し、特別な感情を抱いてるのでは、と安田は思った。
「これは皆に知らせなければ」
と思うのは当然で、誰でも人の恋路には興味がある。
特に”現代最強”と呼ばれる男の恋路は。
これまで五条には女っ気はあったとしても、彼女っ気は一切なかったから余計だ。
「まあ…確かに綺麗な上に可愛いもんなぁ、さん」
の性格を分かったうえで、安田はそんな事を思う。
少々、いやかなり問題児ではある。
ただ色っぽいのに、あどけないところもあり、そのアンバランスでコケティッシュな魅力がまたいい。
そんな事を思いながら、安田は急いで仲間のところへ向かったのだった。
一方、安田と別れた五条は夜蛾に任務終了の報告をし、その足で寮へ向かっていた。
安田が感じた通り、少々イライラしている。
だが何故こんなに不快な気分になるのか分からない。
分かっているのは、が今、あの千尋とかいう中世的なイケメンと食事をしている、という事だけ。
食事なら自分が連れて行くのに、なんて事を思いながら、ふと足を止める。
どうせ食い意地のはったの事だ。
高級レストランに釣られてホイホイくっついて行ったに違いない。
無自覚で男を惑わすくせに、男の下心には警戒心が薄いところがある。
まあ無駄に強いから、薄れるのは仕方ない事だし、日本では特にの美貌にビビって、早々声をかける奴はいない。
でも芸能人と言う奴は違う、と気づかされた。
モテるだけに変な自信があり、どれだけ綺麗な女でも平気で食事に誘ったりする。
「って何で僕が心配しなきゃいけないんだ」
は強い。
人間の男が彼女を無理やりどうにか出来るはずもない。
が、問題なのはが相手を気に入った場合だ。
これまでも他の国で言い寄られ、暇つぶしに付き合った、と言っていた。
全て深い関係になる前には別れた、と言っていたが。
それにここ数年、は時々任務先で知り合った男と軽いデートはしてるようだったが、ちゃんと付き合うという事はしていない。
刑事の恋人が出来た時に話していたが、不老不死という事で誰かに対し本気になるのを恐れているは、そういった付き合いしかしないと決めているようなところがある。
ただ人の心なんて誰にも、それこそ自分にだって分からない。
本気になれる相手にいつか出会うかもしれない。
そして、それが今夜かもしれない。
「…だから何だって話だけど」
ふと我に返り、失笑が漏れる。
ただ、自分と肩を並べられる唯一の女の子で、五条にとっては例え戦闘中にが傍にいても傷つける心配をしないで本気を出して一緒に戦う事が出来る存在。
そんな人間は貴重、というしかない。
自分だけが強くてもダメだった。
だからこそ、という存在は五条が描く未来に必要な存在でもある。
「そう…それだけだ」
自分に言い聞かせるよう、五条は独り言ちて、夜空に満開の星を見上げる。
こんな東京とも思えないほどの郊外で、唯一素晴らしいのは、この綺麗な星空。
見ている傍から流れ星が次々に落ちていく。
「………」
そんな星空を見上げていた五条は、ふと踵を翻し、任務出立口へと歩き出した。
こんな遠いところまで、本当にあの千尋が送って来てくれるのか、と疑問に思う。
時計を見れば夜の11時。
気づけば走り出していた。
すると、門扉の向こうから聞き慣れないエンジン音がしているのに気づいた。
もしかして、と気になった五条は、そのまま門まで歩いて行くと迷うことなく扉を開ける。
「………はあ」
思わず溜息が出た。
目の前には派手はスポーツカーが止まっていて助手席にはが座っている。
そして運転席の男は何やら楽しそうにと話をしていて。
もまた、笑顔で何か答えているのが見えて、五条は僅かに目を細めた。
「ったく…何やってんだ」
再び溜息が零れ、五条は真っすぐ車の方へ歩いて行くと、助手席のドアを思い切り開け放った。
「…さ、悟?」
「降りて」
驚いた顔で自分を見上げているの腕を、五条が掴む。
すると運転席にいた見た事のある顔が、口元を引きつらせた。
「何だ…ちゃん、彼氏いたんだ」
「えっ?いや、彼氏じゃ―――」
と、言いかけたの腕を引っ張り、無理やり車から降ろすと、五条は屈んで車内を覗きこんだ。
「彼女を遠いとこまで送って頂いてどーも」
「いや…それじゃあ俺はこれで…」
千尋は困ったような笑みを浮かべると、そのまま愛車で走り去って行った。
それを見送りながら、五条は後ろで「何なのよ…」とぶーたれているをジロリと睨む。
「何、アイツに告られた?」
「そ、そんなわけないでしょ!ちょっと話し込んでたら遅くなったし送ってもらっただけ」
「ふーん…」
「っていうか悟も今帰って来たの?」
は敷地内を歩いて行きながら、五条を振り返る。
その顔を見る限り、特に今夜の食事で特別な事はなかったんだな、と思った。
「いや、一時間くらい前かな」
「え、じゃあ何であんなとこにいたの?」
「………」
その質問には、すぐ答えられなかった。
自分でも、よく分からないから。
「コンビニ行こうと思ったらが見えたから声かけただけ」
「ふーん。で、いいの?」
「何が」
「コンビニ行かなくて」
「………」
校舎に向かって自然と隣を歩いている五条を見上げ,が不思議そうな顔で訊いて来る。
「あーまあ…」
「あ、私、これから夜蛾学長に報告してこないといけないし、もしコンビニ行くならお弁当買ってきてよ」
「……まだ食うの?オマエ。食事、してきたんだろ?」
呆れ顔で五条が溜息をつくと、は「え、何で知ってるの?」と驚いたように足を止めた。
内心しまった、と思う。
「……安田さんがそう言ってたし」
仕方なく正直に答えたが、は「ああ、なるほどね」と笑って、
「食事、結局行かなかったの」
「え、何で」
まさかの言葉に五条は驚いて足を止めた。
言われてみれば、確かに戻って来るのが早い気もする。
「彼にギター教えて貰ってたら遅くなっちゃって、食事してから帰ったら夜中になっちゃうから。寝る前にドラマの続き観たいし」
はそんな事を言いながら「I'm hungry...」とボヤいている。
五条は少々呆気にとられながらも、思わず吹き出した。
今、人気絶頂のギタリストと食事するより、には大好きなドラマを見る方が大切だったらしい。
「…何で笑うの?」
「…いや、別に」
「変な悟」
「ほどじゃないな」
「えー?どういう意味?っていうか、悟、お弁当……」
「はいはい。買って来てやるよ」
不意にお腹を鳴らしたが可愛くて、またしても吹き出しそうになった。
よほどお腹が減ってるんだろう、と、五条は笑いを噛み殺しながらの顔を覗き込んだ。
「弁当ってどんなの?」
「えーとね、お肉が乗ってるやつ」
「…牛丼ね」
「あ、あとアメリカンドッグでしょ。あとは~スパイシーチキン!あ、それとチーズバーガーもいいなぁ…」
「…太るぞ」
だんだん本気を出して来たに五条は苦笑を漏らす。
彼女はいくら食べても太らないタチなのは知ってるが、ついそんな言葉が漏れる。
「大丈夫だもん。あ、もちろん悟のおごりでしょ?」
「何がもちろんなんだか…。まあ、いーけど」
「Hooray! Satoru, I love you!じゃあ頼むねー!夜蛾学長に報告してから寮に戻ってるから」
は嬉しそうに言って投げキッスをすると、そのまま校舎の方へ走っていく。
その後ろ姿を見ながら、五条はふと笑みを零し、元の道を引き返した。
行くつもりのなかったコンビニに行くはめになったのに、何故か先ほどの不快な気分が晴れて、スッキリしている事に気づく。
「… I love you、ね。サラっと言ってくれちゃって」
頭をかきつつ苦笑しながら、それでも心のどこかがふと、暖かくなった気がした。
2018年、6月。
「はーお腹いっぱい!!そして眠い!」
「釘崎も結局ペロっと食ってたもんな」
満足そうに寮へ歩いていく釘崎を見ながら虎杖が笑う。
六本木で食事をした後、一行はタクシーで高専へ戻って来たところだ。
「んじゃー明日は軽い任務に出てもらうから今夜はゆっくり休んで」
生徒の部屋がある建物まで歩いて来ると、五条が三人を振り返りながら言った。
その手にはしっかりの手が握られている。
釘崎はついその部分を見てはイラっとするものの――ただの嫉妬――今夜は五条のおかげで美味しい物が食べられた事だし、とそこは見て見ぬフリをした。
「じゃあお休みー」
生徒達が中へ入っていくのを確認すると、五条はそう声をかけながらと二人で自分達の部屋がある建物へと向かう。
今は上の生徒や教師も同様に出払っている為、辺りはシーンと静まり返っていた。
「は~。お腹いっぱい」
「、食べまくってたもんね」
お腹を押さえているを見て、五条が笑う。
そのまま自分の部屋の方へ歩いて行くと、部屋の鍵を出した。
「悟のおかげで美味しいしゃぶしゃぶ食べられたし満足」
「そう?」
「うん。ありがとー悟」
嬉しそうに自分を見上げて来るに、五条は妖しい笑みを浮かべると、そっと彼女のサングラスを外した。
「悟…?」
「じゃあ今度は僕を癒してもらおうかな」
五条はそう言った瞬間、部屋のドアを開け、の腕を引っ張ると中へと引き入れる。
そして指で目隠しを下ろし、の唇を強引に塞いだ。
「…んっ」
が驚いたように目を見開き、離れようとした時、僅かに唇が離れた。
五条はの暗闇に光る赤い瞳を見つめると、彼女の額、頬、最後に触れるだけのキスを唇にも落とす。
「さ、悟…?」
「ずっとこうしたいって思ってた」
五条はの耳元で囁くように呟くと、彼女の腰を抱き寄せた。
そうは言っても今日一日、五条はにキスしたり抱きしめたり、いつも通りのスキンシップをしてたはずだ。
一度とはいえ、生徒の前で濃厚なキスまでしてきたのに、とは思う。
が、そんな心を見透かすように、五条は微笑んだ。
「あんなの序の口だから」
「…っ?」
「言ったでしょ。は僕のデザートだって」
「え、んっ」
身を屈めたと思った瞬間、五条の唇がの唇へ重なり、擦るように何度も角度を変えながら次第に啄むような甘いキスへと変わっていく。
電気もつけず、真っ暗な室内にかすかな水音が響いて、は頬が徐々に熱く火照って来るのを感じた。
開けて、と催促するように唇を舐められ、ビクっと肩が跳ねた時、ゆるりと舌が入って来る。
先ほど店でされた時よりも少し性急な舌の動きに、五条の余裕のなさが表れているようで、の体に少しだけ力が入った。
「さ、悟…?」
不意に唇を解放され、呼吸が楽になったと思った途端、五条の唇がの首筋へ押し付けられる。
同時に制服のボタンを外され、前が開くと、夏服のせいで中は下着一枚しか身に着けていない。
胸元へ顔を埋める五条に、は「ま、待って…」と、その腕から逃げようと体を動かした。
「…待てない」
ふと顔を上げた五条はを見つめる。
暗闇で見える五条の蒼い瞳は、どこか熱っぽく潤んでいてキラキラ光って見えた。
恐ろしほどに整った顔で見つめられ、の鼓動が一気に早くなっていく。
その時、五条の手が脇腹を撫で上げ、そのまま上へ滑らせると下着を強引に押し上げた。
そうする事での綺麗な胸の膨らみが、五条の目に晒される。
「…ゃ…っ」
敏感な場所が外気に触れ、恥ずかしさで身を捩るの腰を強く抱き寄せると、五条はツンと主張している尖りへ舌先を伸ばす。
「…んん…っ」
軽く舐め上げれば、の体が素直に反応し、それを楽しむように、片方の手で反対のふくらみを包むように揉みしだく。
時折、硬くなった場所を指の腹で擦り上げ、もう片方を口に含むと、の口から艶のある声が漏れ聞こえて来た。
それでも体はまだ逃げようと力が入っているのを感じ、五条は顔を上げるとの濡れた唇をもう一度やんわりと塞いだ。
「ん、」
「…力抜いて」
僅かに唇を離して、火照っている頬にもキスを落とすと、は首を振りながら涙目で五条を見上げた。
「…?」
「ダ…ダメ…」
「ダメ…?」
「シャワー…入りたい」
ダメと言われ不満げに目を細める五条に、は何とかそれだけ伝える。
今日一日、外を歩き回ったのだから、せめてシャワーに入りたい、と思うのは当たり前の事だ。
五条にもそれが伝わったのか、軽く笑みを零すと、
「じゃあ一緒に入ろっか」
「え…?でででも…っ」
いきなり腕を引っ張られ、バスルームに入っていく五条を見て、は慌てて逃げようとした。
だが五条がすんなり逃がしてくれるはずもなく、バスルームに連れ込まれたは、再び五条に抱きしめられ唇を塞がれた。
今度は最初から舌を入れられ、口内をあますとこなく愛撫される。
その時、不意にシャワーが頭から降って来て、が「ひゃ」と声を上げた。
キスをしながらも五条がシャワーの栓をひねったようだ。
「さ、悟、濡れちゃ…う」
「いいよ。このまま洗ってあげる」
「え…っ」
五条はそう言いながら中途半端に脱げていたの服を全て取り払い、自分も着ていたものを全て脱ぎ去る。
そして固まったままのを椅子へ座らせ、後ろから軽く抱きしめた。
「さ、悟…恥ずかしい…」
「だから電気つけてないでしょ。危ないからは大人しく座ってて」
笑いながら五条はのシャンプーを取ると、適量出して彼女の長い髪に馴染ませた。
「どこか痒いとこはありませんかー?」
「な、ない…って何それ」
美容師よろしくそんな事を言いながら髪を洗ってくれる五条に、も少し緊張が解けたのか小さく吹き出している。
されるがまま洗ってもらっていると、優しく動く五条の指が気持ち良くて少しずつ体の力も抜けていく。
その時、頭からシャワーを浴びせられ、またしても驚いた。
「さ、悟…びっくりするから」
「だって寝ちゃいそうだったから」
「ね…寝てないってば」
「ほんとに?」
髪を洗い流しながら五条は軽く笑うと、今度はボディシャンプーを手に取った。
バスリリーを泡立て、綺麗な背中を洗い出すと、はくすぐったい、と言いながら何度となく五条の手を止める。
「こーら。そんな事してたら、いつまで経っても洗えないでしょ」
「だ、だから自分で―――」
振り向いて、そう言いかけた瞬間、唇を塞がれ言葉が途切れる。
すぐに舌が入りこみ、やんわりと舌に絡ませながら、口内を解すように愛撫され、の頬がまた紅潮していく。
その時、腰から胸に五条の手が滑り、後ろから胸を包むように揉まれ、僅かに肩が跳ねた。
「ん、悟…」
「そろそろ我慢できなくなって来たんですけど…」
僅かに見上げれば、五条の蒼い目がを見下ろしていて。
その瞳がかすかに熱っぽく潤んでいるように見えた。
「と裸でくっついてたら、どうしても体が反応しちゃうし洗うのに集中できない」
「な…何言って…」
笑いながらそんな事を言い出した五条に、の顏が真っ赤に染まる。
その時、腕を引かれ、五条に抱き寄せられると強引に唇を塞がれた。
「んっ…」
何度も唇を啄まれ、その場に押し倒されれば唇が深く交じり合う。
二人の上からシャワーが降り注ぐのも構わずに、五条はの首筋、鎖骨とキスを落としていく。
手が太ももを撫でながら敏感な場所へ到達すると、強い刺激がの体を襲った。
「…んぁ…っ」
余裕のない動きで撫でられると、ビリビリと足の先まで疼いて来る。
性急に入れられた指が、中で動くたび、の口から艶のある声が零れ落ちて、五条は小さく息を吐き出した。
「…ごめん。余裕ないかも」
五条がポツリと呟き、の鼓動が跳ねる。
涙が浮かんだの目尻に口付けると、指を引き抜いた五条は、言葉通り少し強引にの中へ入って来た。
「……ぁあっ」
強く突かれ、の背中がしなる。
の腰に腕を回し、自分の方へ寄せれば更に深く繋がって全身に甘い刺激が走る。五条はかすかに身震いした。
激しくを突きながら、何でこんな余裕のないガキみたいに抱いてるんだ、と自分でおかしくなったが、本当に余裕がないのだから仕方ない。
に触れていると、心が満たされて、次に体も満たされたくなる。
それが例の効果ではなく、今は五条自身の心から溢れて来るもので、何年傍にいようと何度を抱こうと、それは変わらない。
いつか別れなければいけない、とが思わないように、に思わせないように、いつも自分を感じていて欲しい、と五条は願った。
"見つけたよ。を殺せる方法―――"
不意にあの女の顏が浮かび、五条はそれを振り切るように、愛しいの温もりをその腕に抱きしめた。
問題児二人に苦悩する夜蛾学長…笑
ぬるめですが一応R-指定(*'ω'*)w