I still don't know.08




2012年、11月。


秋も深まって来たある日の朝、部屋のドアが激しくノックされる音で、五条は目が覚めた。
そして覚めた瞬間から、この騒音の元が誰なのかという事を、脳が把握。
案の定、ノックの次に聞こえて来たのは、五条の頭の中に浮かんだ人物の声だった。

「悟ー!起きてるー?悟ー!」

そんな声と共に、ドンドンドン、ドンドンドン、と何度となく叩かれるドア。
五条にこんな事をする人物は、この高専で一人しかいない。

「悟ってばー!起ーきーてー!」
「…………」

いくら五条がショートスリーパーと言えど、目覚める時くらい自分のペースで静かに起きたい。

「ふぁ…」

のっそり起き上がった五条は小さく欠伸を噛み殺すと、頭をガシガシかきつつ枕元のスマホを手に取った。
"AM.7:15"
あと15分は寝れたな、と思いつつ、ベッドからゆっくりと立ち上がり、ドアの方まで歩いて行く。
その間もドアの向こうの人物は「悟ぅぅぅーッ!!」と五条の名前を呼んでいる。他の生徒にとっては迷惑極まりない。
まあ、それでも例の力を使って勝手に飛び込んでこないだけマシだな、と、溜息をつきながら五条は思う。
そのままのテンションで五条は鍵を外し、ドアを思い切り開け放った。
ゴンッという音がしたが、この際気にしない。

「…何の用だよ、こんな朝っぱらから」
「…いったぁい…」

ドアに顔面をぶつけたのか、騒音の主であるは涙目で鼻を押さえている。
その顔が子供のようで、五条は小さく吹き出した。

「何も思い切り開けなくても…」
がうるさいからだろ…って、おい、

文句を言いつつも五条を押しのけ、は勝手に部屋へ入っていく。
そして徐に振り向くと、今度こそ本気で涙目になった。

「正道にカード没収されたぁーっ」
「は?って、おい!」

いきなり抱き着いて来たにギョっとした五条は、「没収って何だよ?つーか離れろっ」としがみついて来るの肩を掴み、引っぺがそうとした。
が、両腕を五条の体に巻き付け、顔を押し付けて泣いているは一行に離れようとしない。
五条は若干バンザイ状態のまま手を上げていたが、「きちんと説明して」と軽く溜息をついた。
するとが顏を上げ涙目で五条を見上げる。最悪な事に今の彼女はサングラスをしていない。

「あのね、昨日買い物して帰ってきたら正道にバッタリ会ったから荷物を部屋まで運んでもらったの…」
「……オマエ、仮にも学長だぞ、あの人…。荷物持ちさせんな」
「でね、部屋の中まで運んでくれたのはいいんだけど…」
「……(聞いてないし)」
「私の部屋にある戦利品を見て、正道が毎月どんだけ買い物してるんだって聞くから、100万くらいって答えたら凄く怒り出して…」
「…あー。だろうな…」

なるほど、と五条は苦笑いを零した。
のいう戦利品とはショッピングをして買って来た品物たちだ。洋服や靴、バッグ、アクセサリーに化粧品、その他小物類に電化製品と山のようにある。
は親の遺産があるとかで、最初から金遣いが荒かった。プラス、今は高専からも高額の給料が入るのだから金には困らない。
だから余計に金遣いの荒さが増していく。
おかげで今の彼女の部屋は手つかずのままの荷物が所せましと積まれていて、それでも新たにまた何かしら買って来るから更に部屋が凄い事になっている。
あの惨状を夜蛾が見れば怒るのは当然だろうな、と五条は思った。

「それで今朝、学長室に呼ばれてたから行ったら、クレジットカードとキャッシュカードを渡しなさいって言われて…」
「あぁ…それで没収か」
「そーなの!それで今日から三か月はお小遣い制だって言うのよ?金銭感覚が普通になるまでカードは預かるって!」
「ぶははっお小遣いって…ガキじゃねーんだから」
「でしょー?」

はよほどショックだったのか、文句を言いながらも目には涙を溜めている。
まあ、にとって欲しい物を買うのは空気を吸うのと同じくらい自然の事であり、それが出来なくなるというのは精神的にキツイものがあるんだろう。
とりあえず事情が分かったところで、五条は変な気を起こす前の防衛策として自分に張り付いているの体を無理やり剥がすと、溜息交じりでベッドへ座った。

「で、お小遣いっていくら?」
「一か月で……10万」
「10万?!少な!」
「でしょ?少ないよね?!せめて50…ううん80万は欲しい…」
「それじゃ没収の意味ねーじゃん」

だんだん金額が上げていくに、五条は思わず吹き出した。
だがにとっては切実なのか、笑っている五条の足をバシっと殴って来る。

「だって10万なんて靴一足買ったらなくなるもん!」
「それはオマエが高級なもんしか買わないからでしょーよ」

肩を竦めつつ五条が言えば、今度はジトっとした目で睨んで来た。

「何よ、悟だって高い服ばっか買ってたでしょ?」
「まあ、僕はみたいに買いあさるって事はしないんで。必要なものだけ買ってる」
「……む」
「で、その事と僕を起こした事がどう関係すんの」

が夜蛾にカード類を没収された経緯は分かったものの、何故自分が朝から起こされたのか分からない。
今日はと別々の任務なので、こうして起こされる理由もない。
そう思って尋ねたのだが、はふと真面目な顔で五条を見つめ、たかと思えば何故かその場に座って三つ指をつき、深々と頭を下げた。

「というわけで…お金を貸して下さい。五条悟さま」
「は?」

そんなお願いの仕方をどこで覚えたのか――大方ドラマか何かだろう――丁寧に頭を下げるを見て、五条は目が点になった。

「お金って…お小遣い貰ったんだろ?」
「…10万だよ?足りないもん」
「無駄な買い物しなきゃそれでしのげるだろ。一か月くらい。ま、僕には無理だけど」
「……私もムリだし」

正座をしながら、しょんぼりと項垂れているを見て、五条は小さく息を吐き出した。
別にお金を貸すのはいいが、それが夜蛾にバレれば没収期間が更に伸びるだけだろう。

「Please, Satoru...」

潤んだ綺麗な瞳で五条を見ながら、両手を組んでお願いしてくるは反則的に可愛い。五条もぐっと言葉が詰まった。
それを夜蛾の前でやれば一発で返してくれるのでは?と思わなくもないが、多分夜蛾もの為に心を鬼にしたんだろう、というのは五条にも分かる。
ここは自分も鬼になるべきか否か―――。

「…やっぱダメ」
「…Why?!」
の為を思って夜蛾学長も没収したんだろうし、僕が貸したら意味ない気がする」
「……悟のケチー」

唇を尖らせ、不満げに目を細めるに、五条は苦笑いを浮かべた。

「あのね。ケチで言ってるわけじゃないから」
「もういいよ…。私が路頭に迷ったら悟のせいだからね」
「…迷わんでしょ?つーか何なら彼氏にでも借りれば?アイツも金持ってんだから」
「……そんな事、頼めないよ」
「何で?」
「…だって…恥ずかしいじゃない。カード没収されたなんて」
「ふーん…」

彼氏には恥ずかしくって言えないのに、僕には言えるのか、という言葉が五条の脳内を駆け巡る。
それは"恋人"と"友達"。または"仲間"枠の違いなんだろうか、と五条は思う。そして無性にモヤっとした。
前の任務がキッカケとなり、はあの後も何度かK事務所へ呪いを祓いに出向くことが増え、結局あの後、千尋と付き合いだした。
人気のミュージシャンなんか遊ばれて終わるか、またエッチさせてくれない等で、すぐに別れるだろうと思っていたが、今のとこまだ続いているらしい。(と言っても三か月ほど)
千尋も派手な仕事をしているわりに意外と真面目な男かもしれないという事で、の事を羨ましがっていた硝子や歌姫が更にファンになったと騒いでいた。
が恋愛を呪術界という組織に持ち込むつもりはない、と話していたのは硝子から聞いて知っているし、自分も本気で誰かと恋愛するなんて頭はない五条でも、ここ最近はやけにモヤっとするな、とは感じている。
それが何なのかは五条にも分からないが、ただ一つ言えるとすれば、と一緒にいると楽しいということ。
任務中でも、二人でご飯を食べている時でも、一緒にテレビを見てる時でも、気づけば二人でバカみたいに笑ってる事が増えた。
一緒にいて楽しい―――。
それが仲間だろうと、友達だろうと、その延長線上は"好き"という感情に繋がるんだろうか、とふと目の前のを見ながら五条は思う。

「じゃあ任務行って来る…」

は諦め顔で立ち上がると、トボトボとドアの方へ歩いて行く。
そんなにカード没収がきついのか、と苦笑しつつ、五条は「」と声をかけた。

「もしどうしても必要なものが出て、お金が足りない時は僕に言って。ほんとに必要かどうか確認して必要そうなら僕が買ってあげるから」
「え…いいの…?」

驚いたような顔でが振り返る。

「ま…に10万で一か月過ごせってのは無理そうだしね」
「なるべく無駄遣いしないよう気を付ける…」
「なら、良し」

にも夜蛾の気持ちは伝わってるようだ。
少し元気になったを見送りながら、五条はふと優しい笑みを浮かべた。












2018年6月。


日曜日の昼下がり、虎杖、釘崎にとっては入学してから二度目のお休みという事で、二人は再び東京観光よろしく、案内役として嫌がる伏黒を無理やり付き合わせ、新宿へと繰り出して来た。
先週の休日は釘崎がアメ横、虎杖と伏黒は秋葉原へ繰り出したが――伏黒は付き合わされた――そこで虎杖が一人で歩く五条を見つけたのが運の尽き。
興味本位で五条を尾行し、彼の奇行を目の当たりにする事になったのだが、それも全ては虎杖たちに経験を積ませる為のダンジョン探し――要は呪われたスポット探し――と判明。
結果、そこへ釘崎も招集され「三人揃った事だし、丁度いいや。今日挑戦させちゃおう!と思って」という五条の無茶ぶりで、せっかくの休日がパアになった。
その為、今日こそは遊び倒す!と心に決めて、虎杖、釘崎は足取りも軽く新宿駅のホームへと降り立つ。(※渋々顔の伏黒だけ例外)
今日は休日という事で三人はいつもの制服ではなく、それぞれ私服で出かけて来た。
新宿はさすが繁華街だけあって、駅構内はたくさんの人、人、人―――。

「すっげー!原宿とか六本木も人が多かったけど、新宿はやっぱ色んな人種が混ざってるし異様な雰囲気だなー!日曜だから?」
「ちょっと虎杖。あまりキョロキョロしないでよ!恥ずかしいでしょ?」
「……何で俺まで」

新宿駅、構内をキョロキョロしながら歩く虎杖、それをウザそうに睨む釘崎、そしてすでに疲れ切った顔で項垂れている伏黒。
三人は溢れかえる人混みを抜けながら、釘崎は勝手に案内役に任命した伏黒に「どっち行けばいいの?」と尋ねた。

「どこ行きたいかによる」
「んー。新宿だとやっぱり―――」
「あ!俺、アルタ!アルタ行きたい!タモさん、タモさん」
「はあ?これだからおのぼりさんは…。とっくに終わってるでしょ、その番組!」

虎杖の提案に釘崎がつかさず嫌味を言う。
だが伏黒は内心"オマエもだろ"と突っ込みつつ、「アルタは東口出てすぐ」と教えてやった。

「お、じゃあコッチから出たらいーんだな?」
「ちょっと虎杖!私、買い物したいんだけど!」

勝手に走り出した虎杖の後から、文句を言いつつ釘崎も追いかける。
伏黒は本日10回目の溜息をついて、そんな二人について行った。
東口を出て徒歩三分のとこに、某バラエティでも有名になった新宿アルタはある。
そのビルの前は相変わらず人が集まっていて、待ち合わせスポットとして未だ健在だ。

「おぉー!あのスクリーン見るとアルタって感じ!入ってみようぜ」
「はあ?あのビルってスタジオ以外に何があんのよっ」
「…買い物したいんだろ?中は色んなショップ入ってるけど」
「……マジ?」

案内役として伏黒がボソっと言った言葉に、釘崎は驚いたように振り返る。
どうやらアルタにそういう店が入っている事を知らなかったようだ。

「虎杖、行くわよ、アルタ!」
「おし、来た!」
「………(おのぼりコンビ)」

買い物が出来ると知り、がぜん張り切りだした釘崎が虎杖を先導してアルタへ走っていく。
伏黒は溜息交じりでついて行きながら、早く帰りたい…と溜息をついた。
その後、アルタへ入ると、そこは釘崎の独壇場だった。
目当てのものが意外と多かったのか、あっちの店、こっちの店と走り回る。

「あ、この服可愛い!買っちゃお。あ、これもいいなぁ」

女子高生らしく、瞳を輝かせながら服を選ぶ釘崎。
そして虎杖も興味津々といった様子でビル内を探索していた。

「お、これ安くない?!Tシャツとかすげーあるなあ」

虎杖は釘崎と別行動で他の店を見て回り、目につく服を手に取り迷っている様子。
伏黒もそんな二人とは途中で別れ、目につく店に立ち寄ると、靴下などの日用品を買ったりして時間を潰していた。
本来なら休みの日は部屋でのんびり読書をしたり、部屋の片づけ等、普段出来ない事をしたかった伏黒も、ここまで出て来たなら諦めの極致だ。
ビル内を一時間ほど探索して回った頃、ケータイに釘崎から喉が渇いたからカフェにいる、とメッセージが届く。
ついでに写真が添付されているとこを見れば、ここへ来い、という事だろう。

「はあ…つーか虎杖はどこ行ったんだ?」

互いに違う階をウロついていた事で、虎杖が今どの階で何を見て回っているのかは分からない。
とりあえず居場所がハッキリしている釘崎と合流しよう、と伏黒は添付されたカフェへ足を向けた。
だがカフェの前まで来た時、中から釘崎が出て来るのが見えた。

「あれ、伏黒。どうしたの?」
「どうしたって…お茶してるって言うから来た」
「え、もう飲んじゃったし、次は違うとこ案内してもらおうかと思って」
「………」

どうやら釘崎は伏黒にメッセージを送って来る前からカフェで寛いでいたようだ。
すでに喉を潤し復活したのか、「次は伊勢丹に行ってみたいのよね~」などと言いながら勝手に先を歩いて行く。
そこへ虎杖もやって来た。

「あれ、お茶すんじゃないの?」
「…次は伊勢丹だとよ」
「えー俺、喉乾いてんのに」
「…俺もだよ」

ウンザリした様子で伏黒が応える。
だが釘崎のあの様子だと男二人がお茶する時間さえ与えてくれそうにない。
仕方ない、と伏黒は虎杖を促し、釘崎の後からついて行った。

「行った先で何か買おう」
「そーだなー。つーか腹も減って来たし」

虎杖は素直に伏黒へついて行くと、「てか、釘崎のヤツ、先に行ったって伊勢丹までの道、知らねーんじゃね?」と首を傾げている。
案の定、アルタのビルを出たところで待っていた釘崎は、怖い顔で「早くしなさいよっ」と怒鳴って来た。

「はあ…もう休みの日はアイツに付き合わない」

伏黒は溜息交じりでボヤきながら、やいやい怒鳴って来る釘崎の方へ重たい足を引きずり歩いて行った。
そのまま人混みの中を伊勢丹へ向けて伏黒が道案内よろしく歩いて行く。
だが、その時、伏黒の視界に見てはいけないものが飛び込んで来た。

「あ」
「え?」
「何よ」

思わず声を上げてしまった伏黒に、虎杖と釘崎が反応した。
仕方なく、今も視界に入っている人物の事を二人に教える。

「いや…俺らの前方に五条先生とが歩いてる…」
「えっ?マジ?」
「嘘!何で?」

虎杖と釘崎は伏黒の隣に並ぶと、二人がいると言っていた方向へ目を向ける。
休日の新宿という事で、三人の前にもたくさんの人が行きかっているが、確かにその人混みの中でひと際目立っている白髪が二人見えた。

「あ、ほんとだ。あれ、五条先生とさんだわ」
「身長高いから目立ってるねー。え、てか何で二人が新宿にいんの?」
「さあ…。デートじゃねーの」

そう言いながらも伏黒は、珍しいな、と思っていた。
五条はああ見えてかなり忙しく出張も多いため、例え休日であってもそれは例外じゃない。
出張がない時は伏黒達の引率があるし、それがない時でさえ関東地方での任務も多いのだ。
そしてそれはも同様で、五条がいない時のフォローをしているのが彼女だ。
今の高専で五条の代わりを出来るのはだけであり、五条不在の時のフォローをする為に、教師の中でも五条にだけ副担任がつくという異例的措置が取られている。
それも五条が我がままを通したのは言うまでもないが、それは必要な事だと上も認めたうえだと伏黒は聞いている。
だから実際、この前みたいに五条とが二人揃って生徒の引率をする事じたいが久しぶりで――多分、宿儺の器である虎杖が原因だろう――だからこそ五条も半分デートまがいな事をしたんだろう、と伏黒は思っていた。
普段あまり一緒にはいられない分、彼女の我がままを聞いてあげたい、と思ったのかもしれない。

「あ、確かにデートっぽい!二人とも私服みたいだし、五条先生、目隠ししてない。サングラスしてるけど」
「普段プライベートではサングラスだぜ、あの人」

伏黒が応えると、釘崎は人混みの中、背伸びをしたりジャンプをしたりと、前を歩く二人を観察している。

「そーなの?ってか、ここからじゃ顔が良く見えないなあ」
「あ、そっか。俺も目隠し取ってる五条先生は初めてかも」

虎杖もそう言いながら、不意に伏黒を見る。
それはこの前見た時と同じような顔をしていた。つまり―――"尾行しようぜ"と言っている顔だ。

「…オマエ、懲りねーな」

虎杖が好奇心旺盛ボーイだというのは、この前の休日に嫌と言うほど気づかされた伏黒は深い溜息をついた。

「え、だって今日は私服だしさんいるし大丈夫じゃね?今度こそ完璧にオフだろ」
「まあ…そうかもしれねーけど…」
「行きましょ」
「は?」
「二人を尾行するのよ。都会のカップルがどんなデートをするか勉強のためにも見ておきたいし!」
「………(何の勉強だよ)」

虎杖だけじゃなく、釘崎までそんな事を言い出し、伏黒はそこで考える事をやめた。
この二人には何を言っても無駄だ、と理解したのだ。
そこで急遽、五条とを尾行する事になったのだが、それにはこの人混みも都合が良かった。
都合がいいついでに、二人が向かってる方向には釘崎が行きたがっていた伊勢丹がある。
三人は何とか人の間をすり抜けて、二人がよく見える距離まで近づいた。

「…また手、繋いでるわね…」
「そりゃデートなんだから繋ぐだろ」
「は?虎杖、アンタ、誰かとデートして手ぇ繋いだ事あんの?」
「……ないけどさ」
「だったら経験者ヅラすんな」
「……すんません」

釘崎は怖い顔で虎杖を睨むと、再び前方を歩く五条とへ目を向けた。
二人は何やら楽しそうに話しながら、時々笑い声をあげている。
見た目は派手だが、こうしてみるとこの前同様、やっぱり仲のいいバカップルにしか見えない。
二人は真っすぐ伊勢丹の中へ入っていくと、一階フロアにある雑貨などを扱うショップを覗きながら何やら選んでいる。
三人も少し遅れて中へ入り、先ほどよりもハッキリ二人の姿を捉えることが出来た。

「やっぱ目立つな、あの二人」

虎杖がコッソリ二人を見ながら苦笑いを浮かべた。
五条も今日は高専規定の制服ではなく、前がジップアップになっている黒のトップスに黒のパンツと普段と同じ黒づくめではあるが、スタイルがいいだけに只者ではない雰囲気がめちゃくちゃ出ている。
逆には真っ赤でレトロなミニワンピ―スだが、五条と同じく前はジップアップになっていて、夏らしく大胆に肩を出すデザインだ。
足元はソールの赤い黒のハイヒール、しかもヒールのボディには蹴られたら絶対に痛そうなスタッズ付きだが、そのロック風なデザインは彼女にとても似合っていた。

「二人とも足ながっ!股下何センチあんのよ…」
「ってか、五条先生、すっげーイケメンじゃね?!え?マジ?」
「はあ?顔ぉ?…って、ほんとだ…!」

最初は普段とは違う服装が新鮮で目がいった二人だったが、目隠しをしていない五条を観察していた虎杖は、僅かにサングラスをズラした時の五条の素顔を見て驚愕の声を上げた。
釘崎も虎杖に釣られ、その視線を五条の顏に向けた途端、口をあんぐり開けて驚いている。
初対面の時から恋人バカのエロ目隠しと思っていた担任の意外な素顔を見て、釘崎は思い切り固まってしまった。

「嘘でしょ…全然イメージ違う!もっとスケベ感の溢れるたれ目くらいに思ってたのに!」(!)
「ほんとそれな!さんもめちゃくちゃ美人だし、絵に描いたような美男美女だな、あの二人」

虎杖は素直に感動しながら二人を見ていたが、こうして傍から見ていても、周りの視線を二人占めしているのが分かる。
対応している女性店員ですら頬を赤くして、どことなくテンションが高い。

「なーんか芸能人とかに間違われてそうだな、あの二人」
「いや、その辺の芸能人よりオーラあるでしょ」
「二人って20代後半だっけ?見えなくない?」
「見えねー。22~24くらいに見えるな…。さんは分かるけど五条先生もある意味、化け物じゃね?」
「あ、そっか。って老けないんだっけ!それも羨ましいっぃーっ」

釘崎もの素性は後に五条から説明され、すでに知っている。
最初は驚き、信じなかったが、実際、とある任務での力を見せられ、信じざるを得なかったようだ。
興味津々で二人を観察している虎杖と釘崎を見ながら、伏黒は苦笑いしつつが選んでいる物を見ていた。
は先ほどから傘を選んでいるようで、手にとっては首を傾げつつ、五条と何やら話をしている。
今はちょうど梅雨時期という事もあり、傘の品揃えも豊富で迷っているようだ。
その時、五条が一本の赤い傘を手に取り、を呼んでそれを見せている。
もそれが気に入ったのか、何度か開いて傘を差し、どう?という感じで五条に聞いている。持ち手の部分が細く、淡いピンク色で見た目も可愛らしい。
今日の赤いワンピースとマッチしていて、派手だがにとても似合っていた。
二人がその傘を持ってレジへ向かったところを見ると、あれに決めたようだ。
が嬉しそうに五条に何かを話しかけている。が、その時、五条が身を屈めたと思った瞬間―――。

「あ」
「あ」
「…はあ」

五条がの頬にキスをした。
、そして当然レジで対応していた店のスタッフも頬がどことなく赤い。
それを見ていた虎杖と釘崎は、この前の事を思い出したように苦笑いを浮かべた。

「生徒の前でも平気でアレだったんだから、そりゃ知らない人相手でも気にしないか…」
「…五条先生、恐るべし」
「ま、いつもの如くは困ってるけどな」

頬とはいえ、目の前に店員がいるのにキスをされたは、真っ赤になりながらも五条に文句を言っている様子。
でも五条はどこ吹く風で、支払いを済ませると傘を受け取り、それをに渡した。
も単純な性格なので、今まで文句を言っていた態度が一変、今度は素直に喜んでいる。そしてそんな彼女を見て、五条の顏は緩みっぱなしだ。

「はあ…やっぱバカップルね」
「つーか、確実に五条先生、好きな子にはとことん貢ぐ勢だな…」

釘崎と虎杖は失礼な事を言いつつ、その顔はどこか微笑ましいといった顔だ。

「あ、またどこか行くみたいよ」
「お、今度は何見に行くのかな」
「おい、まだ尾行すんのかよ…」

歩き出した五条とを更に追いかけようとする二人に、伏黒がウンザリしたように問いかける。
が、釘崎から返って来た答えは「当たり前でしょ!面白いじゃない」というものだった。

「…面白いか?」
「面白いでしょ?特にあの二人はその辺の恋愛ドラマ観てるより面白い。刺激的だし」
「……この前は散々困ってたクセに」
「あ、あれは急にイチャつくの見せられたからよっ!田舎もんの純情ナメんなっ」
「………どういう理屈だよ」

そうこうしている内に五条とは別館であるメンズ館5Fにやって来た。

「今度は五条先生が買い物するみたいだな…」
「何、この大人空間…」

メンズ館というだけあり、どのショップも男性物の小物や洋服がディスプレイされている。
それも若者というよりは大人の男が身に着けるようなものが多く、ハッキリ言って虎杖たちは浮いていた。
あげく本館よりも人は多くない為、下手に動けば見つかる可能性まである。
その時、伏黒が「ああ、ここ前に五条先生に付き合って来た事あるな」と呟いた。

「え、そーなの?」
「虎杖達が来る少し前に任務引率してもらった帰り、付き合ってーって言われて。あの時確かシャツをオーダーしてたから取りに来たのかも」
「「シャツをオーダー?!」」
「あの人、何でもだいたいオーダーメイドらしいぜ。身長あるから正規品で合う奴がないって言ってたし」

伏黒の説明に、虎杖と釘崎はまたしても口をポカンと開けている。
おのぼりさんの二人でも、品物をオーダーメイドで買うのが、正規品より高額なのは知っているのだ。

「ス、スーツならまだしも、たかがシャツをオーダーする人なんているんだ…」(釘)
「いや、そりゃいるんじゃねーの?手の長さとか肩幅とか、微妙に合う合わないってあるし」(虎)
「だって大会社の社長とかなら分かるけど、五条先生は先生じゃん!」(釘)
「つーか先生の前に三人しかいない特級呪術師だから。しかも現代最強だから」(伏)
「…特級の最強術師ってそんなに儲かるのか」(釘)
「いや、そういう問題じゃなくね?」(虎)
「でも確かシャツの値段は20万くらいだったぞ…」(伏)
「「……マジで?!」」

伏黒の説明に釘崎と虎杖は驚愕した顔で、五条が入った店の方を伺う。
すると渋い男性店員が笑顔で出て来て、五条に何やら話しかけると店名のロゴが入った紙袋を手渡している。
伏黒の言ったようにオーダーしていたシャツが出来上がったのだろう。
五条はその店員にお礼を言うと、再びの手を繋いで歩き出した。

「やべ、こっち来るぞ!」
「か、隠れて!」

二人が歩いて来るのを見て、虎杖と釘崎が慌てて目の前の店に飛び込む。
伏黒も見つかりたくはないので、二人の後からついて行き、マネキンの陰に上手く隠れた。
その前を五条とが楽し気に話しながら通っていくのを、三人は静かに息を潜めながら見ていた。
近づいて来ると、二人の会話もハッキリ聞こえて来る。

「思ったより早く出来て良かったね」
「採寸データ登録してあるから二回目からは早いの。まあ、がアイロンでシャツ焦がした時はどうしようかと思ったけど。しかも3着も」

そんな事を言いながら五条が楽しげに笑っている。

「…だ、だからアレは…ほら…クリーニングから戻って来てたのに気づかず上から座っちゃってシワになったから私なりに直そうと思って…」

それを聞いていた三人。
"20万もするシャツを3着も焦がすとは恐るべし…"
…と、思ったかどうかは定かではないが、に対し、ある種の尊敬の念が生まれたのは間違いなかった。

「だからって何も隠そうとしなくても。いざ着ようと思って広げたら綺麗にアイロン型の焼き印があったから目が点になったし」

その時の光景を思い出したのか、五条が爆笑しだし、はますますシュンとした顔で「ごめん…」と項垂れている。
すると、五条は顔を綻ばせ、「別に責めてないから」との頭へキスをした。

はいつも僕の予想を遥かに超えてくるなあと思って」
「……それっていい意味で?」
「もちろん。のおかげで僕は毎日、楽しい」
「……シャツが焦げたのに?」
「いや、あれは芸術でしょ。僕、写メ撮ったし」
「えっ!」
「まあ、あれ着て憂太に会いに行っても良かったんだけど」
「き、着れないでしょ、あれは…!」

頬を赤くしながら唇を尖らせるに、五条はまた楽しそうに笑う。
二人はそのままエスカレーターの方へ歩いていき、三人はその後から再び尾行を始めた。

「…何か…五条先生って本当にの事が好きなんだね」

二人の後を追いながら、釘崎が顔を赤くしながらもポツリと呟く。

「会話だけでも伝わって来るし、ほんとこっちが照れるわよ」
「俺、吹き出しそうになった。アイロンマーク写メ撮るとか、五条先生も可愛いとこあんじゃん」
「ま、その写メ、俺に送り付けて来たんだけどね」

そこで伏黒が苦笑いを浮かべながら言った。

「え、伏黒に?」
「ああ。まだそれあるよ。しかもメッセージ付き」

伏黒はそう言ってケータイを取り出すと、五条が送ったという写メとメッセージを二人に見せた。

「ぷ…っ!マジで焦げてるし!ある意味斬新なデザインにも見えるところがジワる!」
「ぶはは!これは……芸術だわ、ほんとに」

が焦がしたという白いシャツにくっきり浮かぶアイロンマークを見て、虎杖と釘崎が思わず吹き出す。
が、写真に添えられたメッセージを見て、「やっぱバカだ」と釘崎が笑った。
そこには、

"作の焦げマークが尊すぎてムリ ♡(≧◇≦)"

と五条のふざけた顔文字付きメッセージ。
これを受け取った伏黒も、「俺がムリだっつーの」と苦笑いを浮かべた。

「でも失敗してもこんな風に言ってくれる彼氏っていいかも」
「え、釘崎、五条先生がタイプなの?」
「はあ?!そういう話じゃねーだろ!」

虎杖のボケた返しに、釘崎が思い切り殴る。
が、伏黒が「先生たち上に行ったぞ」とエレベーターの先を見上げた。

「あ、見失っちゃう!」
「まだ尾行すんのかよ、オマエら…」
「ここまで来たら行けるとこまで行こうぜ」

虎杖はそう言うとエレベーターで上がっていく。
6Fに上がり、五条とを探すと、二人が本館連絡通路へ歩いて行くのが見えた。

「あ、いた」
「目立つから見つけるの楽でいいな」

釘崎と虎杖は見つからないよう、態勢を低くしながら通路の方へ近寄っていく。
むしろオマエらのその動きが目立つ、と伏黒は思いながらも、その後から気配を消して歩いて行った。
だが、前を行く虎杖と釘崎が突如、回れ右をして戻って来たのを見て、後ろを歩いていた伏黒はギョっとした。

「な、何だよ…」
「ヤバい雰囲気よ…」
「ヤバいな、あれは」
「…ヤバい?」

二人揃ってヤバいと言い出し、まさか見つかったのか?と思った伏黒が通路の方を覗き込む。
すると、そこにはの腰を抱き寄せ、額同士をくっつけている五条の姿。
あ、と思った時には遅かった。
人気のないその通路で、五条はの唇を塞ぎ、熱いキスをし始めた。
慌てて顔を引っ込めた伏黒を見て、虎杖と釘崎が苦笑している。

「伏黒、顏赤ーい」
「……ぐっ」

釘崎にからかわれ、伏黒の目が吊り上がる。
が、虎杖は笑いながら、

「いや、アレはそうなるっしょ。忘れてたわー。五条先生がスキンシップ魔だって」
「あ、また歩き出した…行くわよ!」
「ったく…もういいだろ?」
「いや、ここまで来たら、せめて伊勢丹出るまでは尾行しようぜ」

虎杖はすっかり尾行モードで、この見つかるか見つからないかの緊張感を楽しんでいるようだ。
だが伏黒や釘崎みたく気配を消す、という事が出来ない虎杖を見てると、五条先生も実はこの尾行に気づいてるんじゃないだろうか、と伏黒は思う。

「あ、今度は本館の下に向かってる」

五条達の後ろから少し離れてついて行く釘崎は、二人が4Fへ向かうのを確認し、伏黒と虎杖に手招きしている。
三人が少し遅れて4Fへ向かうと、二人はある店の中へ入っていくところだった。
そこは女子の憧れ"TIFFANY&Co"。

「うわ、ここってティファニー?」
「え、あの有名な…俺でも知ってる」
「嘘~いいなあ。私もティファニー欲しい…」

都会に憧れる釘崎が、店の入り口に掲げられた"TIFFANY&Co"というロゴを見ながら、ウットリした顔で見つめ、瞳を輝かせた。
だが、すぐにハッとしたように振り返ると、

「っていうか、まさか五条先生、プロポーズするために婚約指輪を買う気なんじゃ―――」
「いや、それならあげる本人連れて買わねーだろ、普通」
「え、そうなの?何で伏黒にそんなこと分かるのよ」
「分かるわけじゃねぇけど…もしプロポーズする気なら、そういうのってサプライズ的にやるもんなんじゃねぇの?」

伏黒が少し恥ずかしそうに答える。
特に五条がそういったものを好むのは伏黒も知っていた。
あの人が普通に本人を連れて行って普通にそういう物を買うわけがない、と何故か変な確信があった。
そこで、ふと思い出す。

「あ…アレだ」
「アレ?」
「ブレスレット…」
「ブレスレットって?それ買いに来たって事?」
「いや、修理だよ、それも」

伏黒は先月の事を思い出して、苦笑いを零した。

「五条先生が初めてにプレゼントしたティファニーのブレスレットをが戦闘中に壊したみたいでさ。それ修理に出したって言ってた気がする」
「え、ティファニーつけて戦闘ってありえないでしょ」

釘崎は驚いたように顔を顰めたが、伏黒はその時の事を思い出した。

「いや、不可抗力だったっぽい。プライベートで飲みに行った帰りに突然呪詛師に襲われたみたいで」
「え、呪詛師?何で?」
「あー多分、五条先生絡み。あの人、ガキの頃から呪詛師に命狙われまくってたらしいけど全部返り討ちにしててさ。最終的には殺せないからってんで…」
「まさか…本人殺せないからって恋人のを?」
「まあを人質にして五条先生を殺そうとしたみたいだな。ま、でも逆にがそいつら返り討ちにしたって言ってたけど。その時にブレスレットが壊れたって落ち込んでた」
「へえ…。でも卑劣な奴らね。恋人を人質にしようだなんて」

釘崎が怒ったように拳を握り締め、「そんな奴はボコボコにしたい」と指を鳴らす。
そんな事を話していると、二人が店から出て来るのが見えて、三人は慌てて商品棚の陰に隠れた。
見ればは嬉しそうに左腕を上げて、腕に光るブレスレットを眺めている。
伏黒もそれには見覚えがあった。

「あ、やっぱそうだ。あのブレスレット」
「うわ、可愛い…。さりげないパールが素敵」

の細い手首に鎖型のチェーンにパールをあしらったブレスレットがよく似合っている。
そのブレスレットにはアクセントとして小さな南京錠の形をしたアクセサリーが付いていて、それがキラキラ光っていた。

「パールロックブレスレットって言ってたかな。カジュアルでも付けられるのがいいって」
「い、いや普段着でアレ付ける勇気ないわ…」
「でも五条先生、そんな高いやつじゃないって言ってたけど?何か付き合う前にホワイトデーのお返しで買ったらしいし」
「は?付き合ってもないのにホワイトデーのお返しでティファニーって!ってか、そもそもティファニーだよ?安くはないでしょ」

その時、虎杖がスマホで何かを調べ始め…

「げ…パールロックブレスレット…26万…?!」
「どこが高くないってのっ?」
「いや…あの人、金銭感覚おかしいから…もだけど」

値段に驚愕する二人に、伏黒も顔が引きつった。

「誰が金銭感覚おかしいって?」
「だから五条先生――――」

と言いかけてハッと息を呑む。
それは目の前の二人が発した言葉ではなく、伏黒の背後から聞こえて来た。
虎杖と釘崎の顔を見れば、後ろに誰がいるのか、伏黒にも容易く想像できる。

「……どーも」

恐る恐る振り返ると、そこには苦笑いを浮かべた五条と驚いたような顔のが立っていた。

「まーた尾行してきたの?飽きないね~」
「い、いや…俺達、偶然二人を見つけて、どこ行くのかなぁ~なんて。先生休みなんだろ?」

頭をかきながら虎杖が笑うと、五条は呆れ顔で三人を見下ろした。

「そ。今日は完全オフだからとデート。僕も明後日から暫く海外出張だし無理やり休みもらったんだよ」
「あーなるほど…」
「でも皆で新宿に来るなんて仲がいいのね。恵も打ち解けた?」

不意にに訊かれ、伏黒は僅かに顔を顰めた。
別に来たくて来たわけではない。

「俺は無理やり案内係にされただけ」
「そーなの?どこ行ったの?」
「ここの前はアルタっす」

虎杖が嬉しそうに応えながら買い物袋を持ち上げた。

「え、何買ったの?」
「あーTシャツとか靴下とか…」
「あそこ結構色んなショップあるから楽しいよね。私も学生の時に硝子と行ったなあ」
「え、さんも?」
「うん、色々揃ってるから便利だし」

は懐かしいなあと笑いながら、当時の事を思い出しているようだ。
その時、五条がスマホで時間を確認すると、「いけね」と呟いた。

、そろそろ行かないと時間が迫ってる。一時間前に行って寛ぐんだろ?」
「え?あ…ほんとだ」
「え、二人はまだどこか行くんすか?」
「僕とはこれから映画観に行くの」
「あ、映画!」

ここ新宿にはピカデリーがある。そしてこの伊勢丹とピカデリーは目と鼻の先だ。
その映画館は沢山の映画が上映してるのは虎杖でも知っている。

「先生たちは何を観るの?」
「ウインチェスターハウス。ホラーだよ。が観たいって言うから」
「ホラー大好き!」
「え、でも一時間も前から行くの?ってか入れるわけ?」

釘崎が疑問に思った事を口にすると、五条は「ああ、プラチナルームで観るから」とにっこり微笑んだ。

「プ、プラチナルームって?!」
「二人用の個室っていうのかな。まあ、そこは少し早めに入れるし飲み物とかスイーツ出してくれるから寛ぎながら待てるの」
「どこのセレブよ!」
「あはは!でも私と悟が普通の席で観ると、後ろの人に文句言われるから…頭が邪魔だって。ね?」
「まあ、そういうこと」
「……な、なるほど」

そこで釘崎も納得したように頷いた。確かにこの二人が前に座っていたら、とてつもなく邪魔だろう。

「映画館で観るのも久しぶりなんだ」

は嬉しそうに言うと、「悟、早く行こ」と五条の腕を引っ張る。
そこで五条の表情が一気に緩んだのを、三人は見逃さなかった。

「んじゃー君達、もう着いて来るなよ?尾行したら、またダンジョン行きね」
「げ!も、もう尾行しねーよ。腹減って来たしさー」

お腹を押さえながら顔を顰める虎杖に、五条も笑うと、「ま、迷子にならないように」と言いながら最後に伏黒を見た。

「恵、二人のこと頼むね」
「……俺は帰りたいっす」
「せっかく来たんだから恵も楽しめよ」

五条は苦笑しながら伏黒の肩を叩くと、もう一度時計を見た。

「んじゃー僕達は行くから。あまり遅くまでウロつかないようにねー」
「じゃあ、またね」

五条とは三人に手を振ると、仲良く手を繋ぎながら歩いて行く。
それを見送りながら、伏黒は大きな溜息をついた。
まあ、あんな適当な尾行してたんだから見つかるよな、と苦笑が漏れる。
とりあえず今日のダンジョン行きは免れてホっとした。

「は~映画デート、いいなあ」

釘崎は二人を見送りながら、羨ましそうに呟いた。

「おし!私も早くイケメン彼氏見つけよ!それも金持ちの!」
「そんな都合のいいヤツいるかよ…」
「うるさいわね!ティファニーくらい買ってくれる男じゃないと嫌なの!」
「はあ……すっかり影響受けてんな…あの二人に」

伏黒は本日十数回目の溜息をつきながら、腹減ったーと叫んでいる虎杖と釘崎を連れて、夕暮れの新宿を歩き出した。









一方、三人と別れた後、五条とはすぐ近くの映画館に向かって歩いていた。

「はあービックリした。悟、いつから気づいてたの?皆がついてきてるって」
「んー。メンズ館に行った時くらいかな?あそこ、そんな人多くないから気配で気づいた」
「えー私、全然気づかなかった」
は前しか見てないからね」
「何よそれ。バカにして」
「バカになんてしてないよ。そこがいいとこだろ。の素直なとこは僕にないものだしね」

五条はそう言って笑うと隣で膨れているの頬を指でつついた。
それでもは「何かバカにされてる気がするなあ…」とブツブツ言っている。
が、目当ての映画館が見えて来て、「早く行かなきゃ」と五条の手を引っ張った。
上映一時間前なのだが、プラチナルームは少し早め入れる、かつのんびり寛げるのが嬉しいようだ。
直接専用のエレベーターで上がっていけば、5Fに受付があり、そこでチケットを渡し、そこから長い通路を進むとウェイティングルームがある。

「久しぶりだね。のんびり映画観るの」

ウェイティングルームのソファに座り、サングラスを外すと、が嬉しそうに言った。
そこで早速スタッフがウエルカムドリンクとスイーツを運んできてくれる。
スイーツはロブション、ポップコーンはククルザだ。
ドリンクは別でも頼めて高級シャンパンなどの酒類が多いが、五条は下戸の為、常にソフトドリンクで、もそれに付き合っている。

「普段は家で観ちゃうからね。ま、僕は家でのんびりも好きだけど」
「私もそうだけど、プラチナルームは好き。ここのソファほんと座りやすいしオットマンがあるのも最高」

プラチナルームはイタリア・カッシーナのソファ、最高傑作の一つ"マラルンガ"で座り心地が何とも言えず快適だ。
長時間、映画を観るのに楽な姿勢で観られるのが、この個室のいいとこでもある。

「飲み物もオーガニックってところがいいなあ」

は満足そうに五条が別で注文したオーガニックのジンジャーエールを飲んでいる。

はシャンパンの方がいいんじゃないの?」

五条は下戸でもはいける口で、時々硝子たちと飲み会なんてものを開いているらしい。
だが五条と一緒の時はもアルコールは飲まないようにしていた。

「お酒臭くなったら悟、嫌でしょ?」
「そりゃあ、にキス出来ないからねー」
「そ、そういう意味じゃ―――」

と言った瞬間、五条はサングラスを外しの方へ体を寄せると、やんわりと唇を塞ぐ。
個室はこういう事が出来るのも魅力的だな、と五条は思う。
だがは驚いたように体を離した。

「ん…ちょ、悟…」
「何で逃げるの?スタッフの人はもう上映時間にならないと来ないよ」
「そ、そうだけど…」
「もっとこっち来て」

五条は苦笑いを浮かべながら、いつスタッフが呼びに来るかと落ち着かない様子でモジモジしているの腕を引っ張り、自分の腕の中へ納める。
普段はこんなにゆっくりとした時間もあまり持てないのだから、五条は少しでも彼女の体温を感じていたい、と思った。
は少し恥ずかしそうにしていたが、そのうち五条の肩へ頭を乗せ、先ほど受け取ったブレスレットの飾られた腕を天井に翳した。

「直って良かった」
「ん?」

五条は片腕でを抱き寄せ、もう片方の手での手首を持ち、その腕に光るブレスレットを眺める。
それは数年前、まだ二人が付き合う前に、五条がの為に買った思い出の品だ。

「これ。私のお気に入りだから」
「チェーンが千切れただけだったからね。が大事にしてくれてたから他に傷もなかったみたいだし」

はアクセサリーが好きで、他にも色々持っている。
五条も他にピアスやネックレスなど、もっと高級なものをプレゼントをしているが、ブレスレットだけは何故かこのティファニーを付ける事が多かった。

「今度もっといいヤツ、買って来るよ」

五条がの手を口元に寄せ、細い手首に口付ける。
だがは笑いながら首を振ると、「これがいいの」と言って、五条を見た。

「だって…これは悟がまだ付き合う前に買ってくれたもので初めてプレゼントしてくれた物だから…私にとっては凄く大切なものなの」
…」
「まあ、一回目は受け取りそこねちゃったけど」

の言葉に、五条は軽く吹き出した。

「懐かしいこと覚えてるね。ま、あの時は僕もショックだったから今でもよーく覚えてるけど」
「ご…ごめん…。だって…まさか悟が本気なんて思わなかったし…」

が慌てたように体を起こす。その顔はどこか申し訳なさそうな表情だ。
五条はふと笑みを浮かべ、彼女の背中を抱き寄せると、の口元へ顔を寄せる。
そしてかすかに触れるくらいのキスをして、すぐに離すと、確認するようにの赤い瞳を見つめ、もう一度そっと唇と唇を触れ合わせた。
本当に、撫でるくらいに触れただけのキスは、逆に五条の唇の感触をハッキリと脳に伝えて来るようで、の羞恥心を刺激してくる。
そんな優しいキスの合間に見つめてくる五条の蒼い瞳が綺麗で、の鼓動が次第に早くなっていく。
その時は、五条と初めて気持ちが通じ合った後で交わしたキスの事を思い出した。
あの時は、今よりももっと互いにぎこちないキスだったように思う。
五条も同じだったのか、何度目かのキスをした後、ふと笑みを浮かべた。

「あの後…が僕を受け入れてくれた時はめちゃくちゃ嬉しかった半面、すーごく緊張しててさ、僕」
「…え?な、何で…」
「だって、にキスして、また自分のせいだって思われたくないし?だからの反応が気になって、ビビりながら触れてたんだよ」
「そ…そう、なの?私も…凄く緊張してたけど……」

が僅かに頬を赤らめ呟くと、五条は小さく吹き出した。

「二人して初めてのキスでもないのにガチガチで、今思えば可愛かったねー僕たち」
「そ、そうだね」

ふと、その時の光景を思い出し、も吹き出した。
あの頃はまだ怖くて、五条の気持ちを受け入れた事に不安もあった。
でもあれから五年、と五条はただ、自然に任せて一緒の時間を過ごして来た。
色んな事があって、些細なケンカをした事もあったが、それで別れたい、と思った事は一度もない。
それまで別れを前提にした付き合いしかしてこなかったにとって、五条は絶対に別れたくない相手になった。
それは五条がのそういった気持ちを尊重してくれて、決して無理に体の関係を求めようとはしなかったおかげでもある。

「悟…」
「ん?」
「…大好き」

の、そのストレートな言葉に、五条は一瞬ドキっとしたような表情を浮かべた。
でもすぐ嬉しそうに微笑むと、応える代わりにの頬を引き寄せ、そっと唇を塞ぐ。
何度も角度を変えては口付け、の体をソファに押し付けると覆いかぶさるような深いキスへと変わる。
そして互いの息が乱れて来た頃、突然ノックの音がした。

「もう少しで上映時間となりますので、プラチナルームへとご案内致します」

ドアの向こうからスタッフの声が聞こえたと同時に唇を離せば、現実に戻ったのか、は真っ赤な顔で逃げ出そうとする。
その腕を引っ張り、最後に彼女の唇へちゅっとキスを落とすと、五条は困ったように呟いた。

「……映画よりが欲しくなっちゃったんだけど」

案の定、は更に顔を赤くして、五条の腕から逃げ出したのは言うまでもない…。



 
 

 


現在編は小説ネタ少々。
個室で観る映画はいい。
五条先生が一般席で観たら、ほんと後ろの人が大変そう笑