Stop the time.11

※この先の内容には性的な表現があります。苦手な方、未成年及び架空と現実の区別がつかない方は観覧をご遠慮下さいませ。




2018年、7月。



特級呪霊に逃げられた後、五条は虎杖に今後行う修行プランを伝え、京都姉妹校との交流戦までに復帰させると言った。
その後は三人で高専へ戻り、スカートが焼けたと嘆くを着替えさせた五条は、待ちくたびれているであろう夜蛾の待つ店へと行った。
案の定こってり絞られたが、特級相当の呪霊に襲われた事を報告したら、まあ大幅に遅刻をした件は許して貰えた。
ただ逃がした事への説教は延々続いたが、は特に気にする事もなく好きな料理を食べまくり、ご満悦。
夜蛾もその様子を見て諦めたのか、本来の目的通り、今度行われる交流戦の打ち合わせを五条と話し始めた。
明日は京都姉妹校の楽巖寺学長も打ち合わせの為、顔を見せるとのこと。
―――ちょうどいい、あのジイさんには借りがある…と五条は内心黒い笑みを浮かべた。

とりあえず一通り話し合い、明後日からの七海との出張の件などを簡単に報告した五条は、と無事帰路へと着いた。
そしてお腹いっぱい、と満足げなを五条は自分の部屋へ連れ帰り、「汗かいたからシャワー入りたい」という彼女を先に風呂へ入れた。
一日の汗を洗い流し、スッキリしたを待っていたのは五条のいつものドライヤーサービスだ。
慣れた手つきで髪を乾かしていく五条に体を預け、は子供のように目を擦った。
五条と付き合いだしてから、傍にいる時はいつも何かしら世話を焼いてくれる。甘えさせてくれる。まさに、が望んでいた、愛情。
子供の頃に与えてもらえなかった、が一番欲しかったソレを、五条は容易く与えてくれる。
それが何とも心地良くて、出来る事ならずっとこうしていたい、と願った。

五条の事を一人の男として好きだと気づいた時、あれほど悩んだのが、まるで嘘のようだ。
いや、最初に会ったあの瞬間から、それは始まっていた。
互いに殺せない相手だと、分かった時、にとっても五条は特別になったのだ。
友達だとか、仲間だとか、そんな言葉を並べ立てても、本当はずっと"特別な存在"ではあったのだ。だからこそ、怖かった。
自分の呪われた運命に、大切な人を巻き込みたくはない。なのに―――。

、寝ないで待っててよ?」
「…ん」

の髪を乾かし終えた五条は彼女の頬へキスを落とすと、「絶対一緒に入った方が時短なのに」と苦笑気味に言いながらバスルームへと消えた。
それも分かるが基本、風呂は一人で入りたい。その方が断然早いと分かっている。
もし五条と入ろうものなら、すぐには出られなくなるからだ。

「悟がすぐ襲って来るせいじゃない…」

閉まったドアに向かってボヤいたところで、五条には届かない。
は未だほんのり熱が残る髪をかきあげると、ベッドに上がってカーテンを少しだけ開けた。
暗い夜空にはだいぶ細くなりつつある月が霞んで見える。

「あ、明日から新月、かあ…」

すぐにケータイのカレンダーを見ながら溜息をつく。
ヴァンパイアの力は月に大きく影響される。
満月の時は倍以上に力がみなぎる反面、新月の時期は力が半減し、通過自在の力も消えるのだ。
なので再生は早いが普通に怪我はするし、戦闘力も落ちるので、この時期の重めの任務はあまり出来ないと言っていい。

(あ…だからかな。北海道に一緒に行こうなんて言い出したの…)

ふと先ほどの五条の誘いを思い出し、は苦笑した。
自分が傍にいない間、それも新月の時に任務が入ったら、と心配したのかもしれない。
特級相手じゃ少しキツい、程度で、普通の任務ならそれほどでもないのに、と思う。

「そう言えば…この話した後からだっけ。悟が心配性になったのって…」

ふと過去の事を思い出し、は笑った。
が高専に来てから数年ほどは、その事を黙っていた時期がある。
高専がどういう場所で、どんな相手がいるかも分からないのに、最初から自分の手の内をさらけ出すバカはいない。
それゆえ高専側に申告した自分の能力のうち、弱みとなりそうなものは黙っていたのだ。
だが自身もそのまま申告するのを忘れたていた為、バレた時はこっぴどく叱られた。
あれは、そう。が五条に告白された後の話だ。

「…懐かしい」

ベッドに横になりながら夜空に浮かぶ月を見上げ、は小さく笑みを零した。
あの頃はまだ二人とも不器用で、本当に大切な相手に対し、どう接すれば良いのか分からなかった。
失いたくない相手だからこそ、人は余計に臆病になる。
そう思い知らされた、あの春から梅雨にかけての数か月は、にとって忘れられない思い出となった―――。












2013年、3月。


"ホワイトデーのお返しついでに告っちゃえばいいじゃない。の好きそうなものプレゼントしてさ"

家入にそう言われてから半月。
アレコレ考えた五条は、とりあえずが好きそうなプレゼントの用意だけはした。
はアクセサリーも沢山持っているが、ブランド物はプレゼントで欲しい、と話していたのを思い出し、五条はソレに決めた。
ただのお返しで指輪はハードすぎる、と思い、結局ブレスレットにした。
の細い手首に似合うだろうな、と想像しつつ、店員から袋を受け取った時、自分が初めて女に、いや人にプレゼントを買ったという事に気づく。
だから情けない事にそれを上手く渡す術を、五条は知らない。
そして3月14日、ホワイトデー当日は、奇しくも京都高の教師となる庵歌姫の送別会だった。

「あー、それ二度付け禁止だから!」
「んー?」

五条に止められ、串カツを両手に持ち、特製ソースに突っ込もうとしているは、もぐもぐと口を動かしながら振り向いた。

「にほふけって?」
「いや、飲み込んでから話して」

何を言っているか分からない上に子供みたいな顔でキョトンとしているを見て、五条は軽く吹き出した。
送別会がスタートしてから一時間、いい感じに酒も入っても少し酔っているようだ。
今日の主賓の歌姫はすでにビールから焼酎へと変え、家入と何やら楽しげに話している。
その隣では七海が相変わらず表情のない顔で淡々と日本酒を飲んでいた。
高専の時とは違い、今は普通にスーツ姿で、こうして見るとちゃんとした社会人に見えるから不思議だ。
硝子に言われた通り、に連絡させ「歌姫さんの送別会なら行かせてもらいます」と返信してきたと聞いた時は、少しだけイラっとした五条だが、まあコイツはこういう奴だと諦めた。
そして七海の向かいでは、これまた酒の強い冥冥が夜蛾に日本酒を注いであげている。
日下部は任務で来れなかったが、今揃っている顔ぶれを見ても濃いメンバーだなと、五条は思った。しかも皆が酒豪。
五条は下戸なのでソフトドリンクで充分だが、そのせいで幹事とかいう面倒な事をやらされやすいのが困りものだ。

「でも五条、いい店見つけたねー。アンタにしちゃー上出来だわ」

家入がほろ酔いで言いながら、賑わう店内を見渡した。
ここは某人気店の串カツ屋で、酒飲みが集まるにはうってつけの店だ。歌姫や家入はこういった店を好むのも知っている。

「え、この店って悟が予約したの?」
「…強制的に幹事やらされて。でもま、も気に入ったみたいだねー」

相変わらず串カツへ手を伸ばしているを見て、五条が苦笑する。
すでに10人前くらいは食べてる気がした。

「うん、気に入った!このソースも美味しいし」
「あーだから二度付けはダメだって」
「え、これ私専用のソースじゃないの?」
「いや最初に説明したでしょ。僕の話はちゃんと聞こうね?」

またしても食べかけの串をソースに突っ込もうとしているの手を止めれば、不思議そうな顔で聞いた。
と言っても目の前のソースは殆ど五条と用になっているし、「ま、いっか…」と五条も苦笑気味に肩を竦める。
座敷席は貸し切りにしている為、他の一般客が間違えて使う事もない。

、ここソースついてる」
「…ふんん?」

たっぷりとソースを付けた串カツを頬張るの唇にソースがついている。
だが本人は食べるのに夢中で特に気にしていない。
五条は仕方ねーなと笑いつつ、指を伸ばすとの唇についたソースを拭い取り、そのソースのついた自分の指をペロリと舐めとった。

「…………」

五条のとった行動に驚いたは思わず、口の中にある物をゴクンと飲み込む。
恋人にすらしてもらった事のない行為だったが、子供の頃に一度、父からされた事を思い出したのだ。
それを五条が自然にしてくれた事に、は少しだけ驚き、またドキっとしてしまった。

「……あ…ありがと」
「どーせ、またすぐつくだろーけど」

と、言いながら五条が笑う。
そしての頬がかすかに赤いのはアルコールのせいだけではないようだ。
はバッグの中からティッシュを出して、ソースを舐めとった五条の指を拭いた。

「ああ、サンキュ」
「…ううん、こっちこそ」

五条の嬉しそうな顔を見ながら、こういうのっていいな、とは思った。
もちろん五条は父ではないし家族でもないが、さりげない今の行動に家族のような親しみを感じたのだ。
自分が一人ではない、と思わせてくれるようで胸がほんわかと暖かくなった。

「あれ、グラス空じゃん。は次、何飲むの?」

五条に顔を覗きこまれ、は赤くなった頬を隠すように、「えっと…冷酒…?」と応えた。
最初は苦手だったが、冥冥と飲みに行った時に付き合って飲んでいたら意外と好きになった酒だ。

「冷酒ぅ?よくあんなもん飲めんね、オマエ」

下戸の五条からしてみれば酒と名のつく物は全てダメだが、日本酒の匂いは特に苦手だった。
それでも店員に声をかけて冷酒を頼んでいる。

「あまり酔っぱらうなよ?どーせ、この後は歌姫がカラオケ行くって言いだすだろうし」

歌姫や家入が飲みだすとだいたい最後はそのコースだという事は五条も知っている。
特に今日は主賓という事で歌姫の飲むペースが速いのは見てて分かった。
そして―――五条の予想通り、一時間後にはいい感じに酔った歌姫が「カラオケ行こう!」と騒ぎ出した。
会計を済ませ、とりあえず外へ出た面々は、いつも行くカラオケ店へと向かって歩いて行く。
が、その中で一人、七海だけは「明日の朝早いので、私はここで失礼します」と言い出した。

「マジ?七海、帰んの?」
「一応、社会人なので」
「えー七海くんもカラオケ行こうよ~っ」
「…さん、酔ってますね。あまり飲み過ぎないように」

自分の腕を引っ張っているに苦笑いを零しつつ、七海は五条を見た。

「では五条さん。お元気で」
「なーんか嫌な言い方だな。ま、気が向いたら戻って来いよ」
「……今更でしょう」
「だから気が向いたらって言ってんでしょ。その時は僕に電話して」
「………」

笑いながら七海の肩を叩くと、五条は七海に絡んでいるを連れて皆の後を追っていく。
二人の後ろ姿を見送りながら、七海はふと笑みを浮かべ、ゆっくりと歩き出した―――。

「おい、…大丈夫か?フラフラして」

七海と別れた二人は、歌姫たちが向かったであろう道のりを歩いていた。
は酔っているのか、だいぶ左右にふらついている。

「だーいじょうーぶー」
「…全然大丈夫じゃないだろ、それ」

夜の繁華街を歩きながら、は足元がおぼつかない。
五条はの肩を抱いて支えながら歌姫たちを追いかけて、とある店の前まで来た時。が「げ」と一言、呟いた。
目の前にあるカラオケ店は、以前が男四人相手に暴れた、あの時の店だった。

「ここか…」
「あーここってが暴れたとこだよな、確か」
「嫌な思い出…」
「ま、今日は僕達がいるし何かあっても大丈夫でしょ」
「もう、あんな事しないし…」

一瞬、酔いが覚めた様子のが唇を尖らせる。

「ま、部屋は間違えないでねー?」

五条は笑いながら店へ入ると、歌姫たちはすでに受付を終えた後だった。

「あれ?七海は?」

と、いち早く気づいた家入が訊いて来る。

「明日早いからって帰った」
「マジー?今日こそ歌わせてやると思ったのにー。さては感づいて逃げたな?」
「アイツが歌うと思う?」

五条は苦笑しながら皆について行くと、はぐれないようの手を引っ張った。
不意に手を握られ、が驚いたように五条を見上げる。

「な、何?」
「何って、迷子にならないように」
「…子供じゃないってば」
「大きな子供でしょーよ、は」
「…む」

笑いながら子供、と言われ、さすがのも目が細くなる。まあ多少ドジだとは自覚しているが。
とりあえず広い部屋に全員で入り、歌姫を筆頭にカラオケが始まった。
串カツ屋で散々食べて飲んで来たにも関わらず、またしてもフードやアルコール類を頼みまくり、飲むわ歌うわのどんちゃん騒ぎ。
そして一時間は過ぎた頃、先に酔いつぶれたのは冥冥と飲み比べをしていた夜蛾だった。

「あーあ。寝ちゃったよ。チャンポンするから…」
「帰りは誰が担ぐんだろうねぇ。ふふふ」

冥冥が意味深な笑みで五条を見る。
その視線に気づき、「いや、何で僕?」と思い切り顔を顰めた。

「飲ませたのは冥さんでしょーが」
「彼が勝手に飲んだのさ。それに実際、ガタイのいい彼を運べるのは五条しかおらんだろ?それとも私に運べと?高くつくよ?」

冥冥は親指と人差し指で丸を作りながら、ニヤリと笑みを浮かべた。
相変わらずの守銭奴だな、と五条は呆れ顔で笑う。

「はあ…七海、帰すんじゃなかったな…」

頭をガシガシかきつつ、ゴリラみたいなイビキをかいてソファに横になっているデカい図体を見下ろした。
だが、まだ歌姫と家入はマイクを放す気配もなく、この五月蠅い中ならそのうち起きてくれるかも、という淡い期待をしつつ。
五条はもう一人手のかかる存在を確認するのに隣を見た。やけに静かだったからだ。

「…あれ。は?」
「さあ。私は見ていないよ。どうせトイレだろ」

冥冥が曲を選びながら応える。
五条は手にしたソフトドリンクの入ったグラスを置くと、「んじゃー僕もトイレついでに探してくるよ」と立ち上がって部屋を出た。
大丈夫だとは思うが、今日は少し酔っている。また違う部屋を開けてしまってもおかしくはないほどに。

「はあ…これじゃマジで保護者だっつーの…」

苦笑気味に言いながら、五条はトイレの方へ歩いて行く。
だが本当に行くつもりはなく、ただが心配で出て来ただけだ。

「まさかトイレで寝てないだろうな…」

トイレの前で足を止め、耳を澄ませてみたものの、特に人の気配はない。というかの気配がここにはない。

「アイツ、どこ行ったんだよ…」

自分たちの部屋からトイレまでの道のりに、の気配はなかった。
となれば反対側のトイレか?と思いながら、踵を翻す。
もう一つのトイレは少し距離があるから行く意味もない気がするが、酔っ払いにそういった常識が通用しないのは五条も分かっている。

自分たちの部屋を通り過ぎ、反対側の通路を歩いて行くと、奥に非常階段用の扉があり、その前の角を曲がったところにもう一つのトイレがある。
だが通路を歩いて角を曲がろうとした時、手前にある非常階段へ続くドアが気になった。かすかにの気配が残っていたのだ。
扉に鍵はかかったままで開けた形跡はないのだが、にとっては鍵など開ける必要もない。
まさかな、と思いながら鍵を外し、そのドアを開けて外へ出ると、やはりと言うべきか、上の方からの気配がした。
階段を五段ほど上がっていくと、案の定、はそこに立っていて、渋谷の街並みを見下ろしている。

「なーにやってんの」
「……悟?」

階段の手すりに両手を乗せて、街のネオンを眺めていたが振り返る。
五条が階段を上がっていくと、は笑顔で「風に当たりたくて出てみたら、ここからの眺めが最高だったの」と言った。
のいる場所から一段下がった辺りで五条も同じように景色を眺めると気持ちのいい風が吹いて来た。

「こんな時間でもここはネオンが消えないな」
「…うん」

は再びキラキラしているネオンを見た。
沢山の車が通り、大勢の人が闊歩している下界は、二人のいる世界とは別の世界のようにも見えて来る。
その時、ふとが五条を見た。

「歌姫さんたちは?」
「まーだ歌合戦してるよ。夜蛾学長は寝ちゃったけど」
「え、正道また寝ちゃったの?」
「飲み過ぎだよ、あの人。冥さんと同じペースで飲めば潰れるのは当たり前」

五条は苦笑しながら、を見ると、「は?大丈夫?」と訊いた。

「んーさっきまでフワフワしてたけど風に当たってたら少しスッキリしてきた」
「そう?何か目が潤んでるけど」

今は夜、しかも周りには誰もいない事でもサングラスを外していて、その赤い瞳がかすかに潤んで見える。
それがネオンに反射していて、綺麗だと五条は思った。プラス、至近距離で見たせいで少しだけフワフワしてくる。
その時、が五条のサングラスを取った。

「悟も目が少し潤んでるよ」
「そう?酒飲んでないんだけどな」

笑いながら言って、の手にあるサングラスを取り返す。
が、そこでふとを見つめた。
こんなに近く、それも互いにサングラスをしていない状態で彼女と目を合わせるのは久しぶりだった。
徐々に頬が高揚し、からは甘い誘うような香りがしてて、それが五条の鼻腔を刺激して来る。
その時、ポケットに入れたままの存在を思い出した。

「悟…大丈夫?」

惑わしてしまう事を心配してるのか、が自分のサングラスをかけようと自分の胸元へ触れる。
が、「あ、部屋に忘れて来ちゃった…」と慌てたように五条を見た。

「別にいいよ。何なら惑わしてくれてもいいんだけど」
「え…?」

笑いながら本音を言えば、は少し驚いたように五条を見上げた。
いつもなら視線を外す五条も、この時ばかりはの赤い瞳を見つめる。
今日は無理かとも思ったが、今なら、この場所なら、自分の気持ちを伝えられそうだ、と五条は思った。
が、何せ初めての事で、どう切り出していいのかが分からない。
どうでもいい女にならスラスラ出て来る言葉が、の前だと何一つ気の利いた台詞が思い浮かばない。

「悟…?」
は、さ」
「うん?」
「もう恋はしないって言ってたけど…その後はどうなの?」

無言のままが気まずくて、聞きたくもない事を口にしてしまった。
は少し驚いたような顔をしたが、すぐに、「最近は任務一筋だからそんな暇ないよ」と言って目を反らす。

「それに…やっぱり私みたいな女が、一時でも誰かに甘えていいわけなかったんだよ」
「…私みたいなってことはないでしょ」
「だって…好きな人が出来ても本当の事は言えないから、どっちみち嘘の付き合いになっちゃうでしょ?そういうの少し疲れてきたかなって…」
「千尋のこと、まだ気にしてんの?」

五条が訊くと、は小さく首を振った。

「気にしてないよ。千尋と楽器や音楽の事を話すのは楽しかったけど会わなくなったら二日で忘れちゃってた。今、悟に言わるまでホント忘れてた」

冷たい女だよね、と言っては笑った。

「でも…私はきっと誰と付き合っても本当の自分は出せないから…もういいの」

そんな事を言うの横顔は、どこか寂しそうに見える。
ただの呪術師ならば、そこまで隠す必要もないが、は違う。
正体を隠さなければ、この先の長い人生にまで影響が出てしまうだろう。
だけど、五条は知っている。の正体も、不老不死である事も、そして誰より寂しがり屋な女の子だという事も。

「じゃあ…僕にしとけば?」
「…え?」

思い切って口にした自分の言葉が、どこか遠くから聞こえてくるようで、五条は小さく深呼吸をした。
念の為、持ってきたプレゼントも、上着のポケットに入っている事を確かめる。
ここまで緊張したのは生まれて初めてで、いつもの調子、いつもの調子で、と早鐘を打つ心臓を落ち着かせるため、心の中で何度も復唱した。

「僕なら…の全てを知ってる。全て受け止められる。だから…僕を好きになれよ、
「…悟」

いつもの調子、なんてものより遥かに真剣な顔で、口調で、を見つめながら言った、はずだった。
なのに、は何度か瞬きをした後、「冗談、だよね?」と言って笑った。

「悟、また私をからかって―――」
「からかってないって」
「あ、また私のせいで変な気分になっちゃった?やっぱサングラス取って―――」

そう言って歩いて行きかけたの腕を、五条は引き寄せた。

「惑わされてもない」
「悟…?」
「僕は真剣に―――」
「やめて!」

は慌てて五条の腕を振りほどいた。

「私、仲間とは恋しないって決めてるの…」
「何で?」
「だ、だって…気まずいじゃない。ダメになっても顔を合わせなきゃいけないし―――」
「別れる前提で話すなよ!僕は今までが付き合って来た男達のようになるつもりはない。そいつらよりの事を理解してあげられる自信があるから」

五条の真剣な言葉に、の瞳が揺れた。
一番欲しかった言葉を、まさか五条が言ってくれるとは思わなかったのだ。
それでも、二人の未来が変わるわけじゃない、とは五条から目を反らした。

「悟だって……本気で好きになっても…いつか先に死ぬじゃない」
「……そりゃそうだけど、でもその時までの傍にいる事は出来るよ」
「でも私はまた一人になる…。ずっと一人でいる事より、二人になった時の方が寂しい事もあるのよ」

の頬に涙が零れ落ちる。
かたくなに自分の方を見ようとしないを見て、五条は無性に腹が立った。
はいつも今を見ない。見えない未来を怖がってばかりだ、と。

「分かったよ…。まだ来てもいない未来がそんなに怖いってんなら―――」
「…悟?」
「勝手にしろ」

それだけ言うと、五条はを置いてその場を立ち去る。
は五条の靴音が遠ざかっていくのを聞きながら、また、一人置いて行かれたような気持ちになった。
でもそれは自分が悪いと分かっている。瞳に涙が溢れて、また頬を濡らしていった。

「…悟」

あんな怖い顔をして、本気で怒った五条をは見た事がない。
だから余計に悲しかった。
大事な仲間を、いや、大切にしてきた五条の事を傷つけたかもしれないと思うと、は心の底から悲しくなった。

《…バカな子ね、

不意にダイアナが頭の中で呟く。

《…ただの仲間だなんて思ってないクセに。もっと大切に思ってるじゃない。知ってるのよ、私》

「…うるさい」

《どうせ相手が先に死ぬなら…本当に傍にいて欲しい相手を選ぶべきなのよ》

「…そんなの…辛いだけじゃない。それに悟に悲しい思いはさせたくない」

《全部分かってて、それでも五条悟はを好きになったから正直に告白してくれたんじゃない。バカね、ほんと》

「でも嫌なの…!置いて逝かれるのも、置いて逝かせるのも…っ!最期まで愛する人と添い遂げたダイアナにはわかんないよっ」

濡れた頬を拭い、これ以上涙が零れ落ちないよう、は夜空を見上げた。
こんなに明るい街からでも、細く光る月だけは見える。その時、ダイアナがポツリと言った。

《私だって……死にたかなかったわよ。永遠に、彼の隣で生きていたかった》

後悔だらけだわ、と言って、ダイアナは寂しそうに、笑った気がした―――。















月を見上げながら、あの夜の事を思い出していると、不意にバスルームのドアが開いた。

、起きてるー?」

バスタオルで濡れた髪を拭きながら、五条がベッドの方へ歩いて来る。
その気配を感じながら、五条に背を向け、窓際の方を向き、は寝たふりをしてみた。

?寝ちゃったの…?」

ギシっとスプリングが軋む音がする。
ベッドに手をつき、五条が顔を覗きこむ気配がして、は黙ったまま目を瞑っていた。
もう少ししたら急に起き上がって脅かしてやろう、というちょっとしたイタズラ心だ。

「もー…。寝ないで待っててって言ったのに…」

そんな事をボヤきながら、五条は溜息をついている。
はおかしくなってきたが、笑うのを堪えてジっと目を瞑っていた。
こういう時のは、イタズラを仕掛ける前にワクワクしている小さな少女と同じだ。
五条がベッドから離れ、背中を向けたら脅かしてやろう、と思いながら、その時が来るのを待つ。
だが、の予想に反して,五条はベッドへ上がり、そのままの隣に横になった気配がしてドキっとする。
てっきり髪を乾かしに行くのかと思っていたは、五条の予想外の行動に困ってしまった。
フテ寝でもする気なんだろうか、とが思っていたその時。背中に濡れた髪が触れ、ドキっとした。
夏用のワンピース型パジャマは背中が少し開いているタイプで、五条の濡れた髪が直に肌へと触れると冷んやりとする。
同時に、後ろからを抱きしめるように腕が伸びて来ると、お腹の辺りで固定された。

(ど…どうしよう…このまま悟も寝るっぽい)

と、思った瞬間、背中に口付けられた。
僅かに鼓動が跳ねた時、今度はお腹にあった五条の手がゆっくりと胸元へ上がって来て、前を合わせているボタンを外す。
それだけで止められていたパジャマはすぐに前がはだけ、下着さえつけていない肌が露わになる。
え、と思った時には五条の手がスルリと肌を撫でていき、胸の膨らみを包まれた。
ついでに敏感な部分を指で何度か擦られ、の肩がビクンと跳ねる。
マズい、と思った時、またしても背中にキスをされ、軽く舐められた。

「…ひゃ」

敏感な背中を刺激された事で、つい声を上げてしまったは小さく息を呑む。
すると耳元で、「やっぱり起きてた」という五条の笑う声がしたと同時に体を上に向けられ、起き上がった五条がを上から見下ろす。
その蒼い目が、どこか楽しげに彼女を見つめていた。

「さ、悟…気づいてたの?」
「いや…最初は寝ちゃったのかーって寂しく思ってたよ?」

笑いながら五条はの額へ口付けた。

「だからちょっと試してみようかなーと」
「何を…?」
「ほんとに寝ちゃったのかどーか。でもベッドに上がっただけで僅かに体が跳ねたから、すぐ分かったよ」
「ご、ごめん…悟を驚かそうとして―――」

と言いかけた時、唇を塞がれ、言葉が途切れる。
軽く唇を舐められ、僅かに開けばそこから舌が入りこみ、やんわり絡みつく。
歯列をなぞり、貪るように何度も唇で唇を啄み、深く深く口付けた。

「ん…ふ…」

五条の唇がもたらす熱さにの息が少しずつ乱れていく。
無意識に五条へしがみつき、僅かに離れた唇を今度は自分から寄せて、まだ足りないというように瞳を潤ませる。
表情で伝えて来るの様子に、五条は満足そうに笑みを浮かべながら、再び唇で唇を擦るように口づけた。
重ね合わせた隙間からちゅっと音が立ち、の頬が紅潮していく。

…」

ゆっくりと離れた唇から熱い吐息が漏れ、頬を紅潮させ、トロンとした顔のは限りなく淫靡でいて五条の欲を煽ってくる。
腰が疼いてゾクリとした。

「……そんな顔されると我慢できないですよ、さん」
「ん、」

苦笑しながら、もう一度艶やかに濡れている赤い唇へちゅっとキスを落とし、五条はの首筋へ顔を埋め、小さな耳たぶをペロリと舐める。
手を胸の膨らみへ移動させ、硬くなった部分を再び指で擦れば、の背中がかすか跳ねた。
耳、そして首筋から移動していく舌は、鎖骨、胸へと下りていき、ツンと主張した突起を口に含まれる。
思わず漏れたの掠れた声が五条の耳を更に刺激して、両足の間に体を入れて覆いかぶさると、お腹から臍へと唇を下降させていく。

「さ…悟…ん、」

の滑らかな太ももにも口付けながら下着を片寄せると、五条は中心部へ舌先を伸ばした。
すでに潤っている場所を舐め上げれば、が声を上げ、体が何度となく跳ねあがる。
主張している小さな突起を舌先で転がしながら、濡れそぼる泥濘へ指を埋めて抜き差しすれば、艶のあるの声が静かな部屋に響いた。

「可愛い…

自分の愛撫に素直に反応するを見て、五条は僅かに口元を綻ばせ、長い指で中をかき回し溢れた蜜を唇で掬う。
二人しかいない部屋にくちゅくちゅとした厭らしい音が響き、の羞恥心を煽っていく。

「さ…悟…ゃあ…っそ、れ恥ずか…しい…」
「…お礼はたっぷりしてあげるって言ったでしょ」

未だに恥ずかしがるに、五条の欲が高まっていく。
彼女へ触れたその時から、すでに高揚し昂っている体は熱が上がっていくばかり。
初めてと結ばれたあの日から、少しも衰えない欲情は更に加速していく。
指で中を丁寧に解し、そこから溢れてくる蜜を舌で掬うように舐め上げながら、ぷっくりと主張した突起を優しく舐める。
くぐもった声を上げたの体がビクビクと何度か跳ねた。
達した事で更に蜜が溢れて来て、まるで五条を誘うかのような甘い香りが鼻腔を刺激し、たまらなくなった。
体を起こし、呼吸の荒いの唇へ口付けながら、すでに熱く昂り硬くなった自身をの濡れそぼる中心へと宛がう。

「…ん、ぁあ…っ」

腰を推し進め一気に貫くと、の声と身体がいっそう跳ね上がる。
自身を抜き差ししながら本能のままに腰を打ち付け、の身体を貪っていく。
何度抱いても溢れるばかりの愛欲は、未だに消えそうにない。

…」

頬を紅潮させ、切なげに眉間を寄せるを揺さぶりながら見下ろせば、更に熱が五条の体を覆っていく。

「さと…る…っ」
「愛してる…」

こんな言葉じゃ全然足りないけど、何度抱いても抱いても、全く足りないけど。
少しでも長く、少しでも深く、と同じ時を刻めるように。

「もう、終わりなんか見るなよ―――」

それは密かな願い。

でも出来る事なら、今すぐ時間を止めて――――。

それは心からの、祈り。



 
 

 


夏油が離反した後から、乙骨と出会うまでの間の8年間の五条外伝的なの読みたい…笑
絶対面白いと思うんだよなあ笑💘🤔