This moment.15




2018年、9月。


北海道旅行から一か月後―――は七海、虎杖と一緒に小さな映画館の前にいた。

「キネマシネマ…?ここで誰かが呪いに襲われたの?」
「そうみたいですね…」

七海は溜息交じりでその古びた建物を見上げる。

上映終了後、男子高生3名の変死体を従業員が発見。
死因:頭部変形による脳圧上昇、呼吸麻痺。


前日――虎杖は五条に連れられて久しぶりに例の地下室から地上へと出て来た。
紹介したい人がいる、と五条に言われたのだが、やっと地上に出たと思ったのに高専敷地内にある薄暗い御社に守られた洞窟へと連れて来られた虎杖は、灯篭でのみ照らされた薄暗い道を歩きながらまたどこかへ閉じ込められるのではと少々不安に感じていた。

「今回僕は引率出来なくてね」

訝しげにしている虎杖に気づいた五条が笑顔で説明を始めた。

「でも安心して。信用出来る後輩を呼んだから」
「…後輩?」

五条の後輩という事は当然ここ高専時代の、という事だろう。
この軽薄そうな担任の後輩なら同じようなノリの人かもしれないと内心思いつつ、とりあえず歩いて行く。

「そう言えば…先生は?」

虎杖の記憶上、普段なら常に五条の傍にいる彼女が今日は珍しく見当たらない。
どこか別の任務で出かけてるのか?と思っていると、五条は「その後輩と向こうで待ってる」とだけ告げる。
少し歩いて行くと木製の重厚な扉が現れ、五条はそれを押し開いた。
扉が開くとそこには虎杖の副担任で五条が溺愛している恋人、が笑顔で出迎える。

「悠仁、おはよ」
「あ、さん、おはよーっす」

そしてそのの後ろから歩いて来た人物の肩へ五条が腕を回して虎杖を見た。

「脱サラ呪術師の七海くんでーす」
「その言い方やめて下さい」

五条の紹介の仕方に表情一つ変えない七海を見て、虎杖はまたサングラス…と内心呟いた。
呪術師は意外に目を隠してる人が多いなと虎杖は思う。
そして五条の後輩というからもっとチャラチャラした人物を想像していた虎杖は、きっちりスーツを着こみ、どこか堅苦しささえ感じる七海を見て、"五条先生の後輩なのに全然チャラさがない"と、内心驚いていた。

「呪術師って変な奴が多いけど、コイツは会社務めてただけあってしっかりしてるんだよね~。一級呪術師だし」
「他の方もアナタには言われたくないでしょうね」

またしても五条の軽口を無表情で切り返す七海を見ながら、虎杖は「脱サラ…」と不思議そうに首を傾げた。

「何で初めから呪術師にならなかったんスか」
「まずは挨拶からでしょう。初めまして、虎杖くん」
「あ、ハイ。ハジメマシテ」

先に名乗る七海に、虎杖も慌てて頭を下げる。
何か真面目な人だなと思ってると、後ろで見ていたが軽く吹き出しながら、

「相変わらずクソ真面目ね、七海くんは」
「うるさいですよ、さん」

後ろで笑うを睨むと、七海は再び虎杖に向き直り「私が高専で学び気づいた事は――」と突然話し始めた。

「――呪術師はクソという事です!」

「………」(フリーズする虎杖)

そんな虎杖にかまう事無く七海は言葉を続ける。

「そして一般企業で働き、気づいた事は…労働はクソという事です!」
「そうなの?」
「同じクソならより適正のある方を―――」

「暗いね…」(虎)
「ねー」(五)
「病んでるよねー」

「――出戻った理由なんてそんなもんです」

後ろで3人がヒソヒソやる中、七海はキリっとした顔で言い切った。
そして再び虎杖の方へ視線を向けると、

「虎杖くん。私と五条さんが同じ考えとは思わないで下さい」
「…はあ」
「私はこの人を信用しているし信頼している」
「……」

虎杖が目を細めると、五条は顎に指をかけドヤ顔をしてくる。
だが次の七海の言葉で五条の顏が引きつった。

「――でも尊敬はしてません!」

「あぁん?!!」
「ぶ、ぁはははっ」

七海の余計な一言で、五条がヤンキーかと思うような返しをしたのと同時に、は思い切り吹き出している。
そんな二人を更に無視して七海は虎杖に言葉を続けた。

「上のやり口は嫌いですが、私はあくまで規定側の人間です。話が長くなりましたね」

と一呼吸置くと、七海は虎杖と初めて目線を合わせた。

「要するに、私もアナタを術師と認めていない。宿儺という爆弾を抱えていても己は有用であるとそう示す事に尽力して下さい」

大人らしく締めくくった七海に、五条とは余計な口を挟む事なく見守っている。
虎杖は僅かに俯いたが、すぐに顔を上げると、真っすぐに七海を見返した。

「…俺が弱くて使えない事なんて、ここ最近嫌と言うほど思い知らされてる」
「……」
「でも俺は強くなるよ。強くなきゃ死に方さえ選べないからな」

言い終わると同時に虎杖は明るい笑顔を見せた。
虎杖のこういう前向きな所は五条とが彼の事を好きな理由の一つでもある。
術師にしては珍しいくらいに根明で前向きな性格は、呪術界にどっぷり浸かっている二人にとっても救われる思いがするのだ。

「言われなくても認めさせてやっからさ。もうちょい待っててよ」
「…いえ、私ではなく上に言って下さい。ぶっちゃけ私はどーでもいい」
「あ…ハイ」

虎杖の持ち前のひた向きさも、初見の今回はこの七海建人という男には届かず、あっさり撃沈した―――。


「ところで…何故さんまでついて来たんです?」

前に立つ背中を見ながら虎杖が昨日の事を思い出していると、不意に七海が口を開いた。
は今回虎杖の引率ではない。
虎杖の事は五条があの北海道での出張の際、七海にお願いしていた。
七海とゆっくり話す時間もなかった為、本来なら七海一人で足りる任務なのに五条もついて行ったのだ。
しかも恋人同伴で。
公私混同もいいところだ、と七海は後で呆れ顔で言っていた。

「だって悟もまた憂太んとこだし、今日は任務も早々に終わっちゃったし暇だったんだもん」
「はあ…。後で五条さんに叱られても知らないですからね」

虎杖と任務に出る際、ちょうど戻って来たとバッタリ会ってしまった事を後悔しながら、七海が溜息をつく。

「大丈夫だよ。それほど大きな案件じゃないんでしょ?」
「さあ…それを今から調べるんです」
「じゃあ私はサポートのサポートって事で。一応悠仁の副担任だし」
「五条さんに任されたのは私なんですから、さんは余計なことしないで下さいよ?」
「む…何よ。余計なことって」
「一人で勝手にどこかへ行ったり、大きな力を使いすぎて建物を破壊したり、吹っ飛ばしたり、潰したり―――」
「って殆ど、破壊行為っスね」
「む…」

虎杖に笑われ、は不満げに唇を突き出すと七海を睨む。

「べ、別にわざとじゃないもん」
「そんな顔をしたってダメです。五条さんならすぐデレデレして許すんでしょうが私は彼のように甘くはありませんからね」
「七海くんが甘くないのは学生の頃から嫌ってほど見てるし知ってるよ」

何だかんだと長い付き合いの同級生の二人。
互いの性格など知り尽くしている。

「ならいいです。今回は私の指示で動いてもらいますので、それで良ければ同行して下さい」
「はいはーい」
「………」

ぶーたれた様子のを見て七海は僅かに目を細めたが、軽く息を吐くと目の前の映画館を見上げた。

「凄惨な現場です。覚悟はいいですか?虎杖くん」
「おう」
「では行きましょう」

虎杖の返事を合図に、七海は静かに映画館の扉を開けた―――。








2013年7月半ば―――夏。


梅雨も明け初夏とは思えない程、日本全国の気温が上昇したこの日。
は半月以上ぶりに日本の地へ降り立った。

「OMG...hot...」

ウンザリしたように呟きながら、はキャリーバッグをゴロゴロ引いて迎えの車を探す。
ある程度の暑さは覚悟して薄着にしておいたものの、暑いものは暑い。
カラっとした、それこそロスみたいな暑さならまだ耐えられるが、何故日本という国はこうも蒸し暑いのか。
ギラギラと照らしてくる太陽より何より、この息苦しいほどの湿度がは苦手だった。
まるでサウナの中を歩いているようだ、と思う。
―――ああ…氷の海を泳ぎたい…。
脳内にまず大きなカキ氷が浮かび、そこへ飛びこむ妄想をしていたその時。
不意に頭へ何かが乗せられ、はハタっと足を止めた。

「…悟?!」

振り向いた瞬間、久しぶりに見る顔が立っているのを見て、は驚いた。
頭に乗せられてるのは五条の手で、そのままぐりぐりと撫でられる。

「お帰りーん」
「た、ただいま。っていうか、どうしたの?」
「どうしたって迎えに来たに決まってんだろ」
「えっ悟が?私てっきり安田さんが来るのかと思ってた」
「ああ、安田さんはあっちで待ってる」

そう言って五条は駐車場の方へ歩き出した。
ついでにの持つキャリーバッグを彼女の手から奪っていく。

「Thanks...」

五条のその行動に驚きつつ、自然に繋がれた手にドキっとする。
あの日以来、久しぶりに会うせいで少し照れ臭い。

「え、悟、今日は休みなの?」
「いや、朝一で静岡。帰りに横浜駅で安田さんに拾ってもらってきた」
「何で?」
「何でって…午後一で帰国するって言ったろ、昨日」

言った。確かに昨日、いきなり五条から電話が来て『オマエ、いつ帰国すんだよ』と言われ、明日の午後一と言ったのは覚えてる。
まあ、そんな五条からの電話が一日おきくらいにかかって来てたのは確かだ。

「だからって迎えに来るとは思わなかった」

のピンク色のキャリーバッグを引きながら――ピンク似合わないな、オマエ――隣を歩く五条を見上げる。

「お土産をいち早く貰おうと思って」
「…土産目当てか」

五条らしい理由に、が呆れたように笑う。
するとすぐに「…嘘。ほんとは早くに会いたかったから」と五条が言った。
その不意打ちの言葉にドキっとして顔を上げると、五条が身を屈めての唇へちゅっとキスを落とす。

「な…何して―――」

更に不意打ちのキスをされ、の頬が暑さとは別の意味で赤くなる。
ここは空港の到着ロビー前であり、大勢の人が行きかっているのだ。
いや、これまで付き合った相手なら海外と言う事もあって普通にしてた頃もあるが、ここは日本。
しかも相手はが初めて友人と言う関係を飛び越えて本気で好きになった五条であり、そんな相手から人混みの中でキスをされれば、いくらでも恥ずかしい。
そんな気持ちを知ってか知らずか、五条は繋いでいた手を軽く引き寄せると、の腰に両腕を回し、額をくっつけた。

「ほんとは会ってすぐにしたかったけど?」
「な…何言ってんの?それにこんなとこでくっつき過ぎ―――」

と言いかけた時、腰をグイッと抱き寄せられ、またもや唇を塞がれた。

「ん…ちょ、ちょっと…」
「だって思いが通じ合った次の日には海外出張に行ったんだよ?どんだけ俺がの帰り待ちわびてたと思うの」
「だ、だって仕方ないでしょ?急にアッチの仕事が入ったんだし…」
「分かるけど…」

五条は少し拗ねたように唇を尖らせると渋々腕を放し、再びの手を繋いで歩き出す。
すれ違う人たちが人混みの真ん中で抱き合う二人を見て「二人ともカッコいい!」「外国の人かな?お似合いだねー♡」などとコソコソ言ってるのが聞こえて、が恥ずかしそうにしているからだ。
目立つ二人がそんな事をしていれば嫌でも視線を集めてしまうらしい。
とは言え、物足りない五条は「後でいーっぱいキスするから」とに耳打ちして、はギョっとしたように顔を赤らめている。
そのまま二人で駐車場に行くと安田が車から降りて手を振っていた。

「お帰りなさい!さん」
「安田さん、ただいま!迎えありがとう。助かっちゃった」
「いえ、このくらい。では帰りましょうか」

五条はのキャリーバッグをサッサとトランクに詰めて、すでに後ろの座席へ乗り込んでいる。
助手席と後部座席、一瞬どっちに乗ろうかと迷ったが「、早く」と五条が自分の隣をポンポンと叩いたので素直に後ろへ乗る事にした。
想いを告げ合ったあの日からすぐが海外へ飛んだ事もあり、二人が付き合いだしたという事はまだ誰も知らないはずだ。
はなるべく前と同じように振舞わなくちゃと思いながら五条の隣へ座った。

「はー涼しいー!生き返るー!」
、ほんと暑いのダメだよな」

グッタリしているを見て、五条が笑う。

「日本の夏が蒸し暑いのがいけない…向こうは涼しかったなー」

シートに凭れながら、はホっと息をつく。
すると五条は冷えたスポーツドリンクをへ渡した。

「わ、ありがと。冷た」
「さっき空港の自販機で買った。ここから道中長いし」
「助かるー」

は嬉しそうに受け取ると早速一口飲んで、ホっと息をついた。
すでに車は高専に向けて出発し、はふと窓の外を眺めた。

「日本出る時はどんより空だったけど、もうすっかり夏雲だなぁ」
「そりゃあ半月以上も戻ってこないんだから当たり前だろ」
「ごめん。思ったより増えてて」
「増えてたのかよ。で、ちゃんと減らせたの?」

五条が苦笑交じりで訊けば、は「バッチリ」と親指を立てる。
先月半ば、は久しぶりに自分の国へと帰った。
その理由として定期的に数が増えて来るヴァンパイアを減らす為だ。
日本にいる呪霊よりは数も少ないが、しばらく放置していると当然だが、増える。
予定としては一週間、と読んでいたが、思った以上に増えていて時間がかかってしまった。
巡り巡ってキッカケは自分の先祖がしでかした結果という事で、はそっちの"祓徐"も疎かにする気はなかった。
なので困っている国から依頼がくれば、は高専の学長に頼み込んで数年に一度、こうして帰らせてもらう事にしたのだ。

「それより、高専の皆は元気?」
「ああ、皆、元気。この時期は呪霊も増えるし忙しくしてるけど。も明日からまた任務入ると思うよ」
「What?」

ニヤリと笑う五条の言葉に、は驚きの声を上げた。

「嘘でしょ…時差ボケあるのに」

と言ってる傍から欠伸が出る。
機内では出発と同時に寝入った為、半分は寝て来たものの、その後は目が冴えて結局日本に着くまで起きていたのだ。 おかげで今頃睡魔が襲って来る。

「眠いなら寝てていーよ」
「え、でも今寝たら起きられるかな…」
「高専に近くなったら俺が無理やり起こしてやるから」
「わ…っ」

腕を引っ張られたと思えば五条の膝の上に寝かされ、は「悟?」と抗議の声を上げた。
だが五条は笑いながら「コッチのが楽だろ?膝枕してやるよ」と言っての頭を撫でる。
確かにシートへ凭れて眠るより横になった方が何倍も楽だ。楽だけど…
と思いつつは運転している安田を見た。
安田は特に後ろの二人を気にしていないようで「何か音楽でもかけます?」と五条に聞いている。

「ああ、って音楽聴きながら眠れる人だっけ」
「うん、まあ…」
「あ、じゃあ何か適当にかけて」
「分かりました。さんが持ち込んだCDが結構あるんで、それかけますね」

安田はそう言って笑うとが好んで聴いているCDをプレイヤーにセットした。
任務先に行く間の道中は暇なのでは常に何枚か好きなCDを車に置いてあるのだ。
安田もよく分かっているようで、流れて来たのはが大好きなアーティストのアルバム曲だった。

「あぁ…眠れるかも」
「なら良かった」

は五条の膝の上に頭を置いて体を横にすると重たい瞼をゆっくりと閉じる。
日本に帰って来た事と、傍に五条がいる安心感で時差ぼけのダルさも手伝いすぐに睡魔が襲って来る。
だが不意に頭を撫でる五条の手にドキっとして目を開けた。
優しく撫でられる感触で勝手に心臓が早くなっていくものの、少しするとそれが心地いい安堵感と変わっていく。
こんな風に頭を撫でられながら寝るのは子供の時以来だ。

「悟…」
「ん?」
「それ気持ちいい…」
「そう?」
「子供の頃にお父さんやお祖母ちゃんがよく頭撫でてくれたの」
「そっか…」

何故こうして頭を撫でられるだけでこんなにも安心するんだろう。
ふとそう思ったが、きっと子供の頃、親にしてもらった事を思い出すからかもしれないな、とは思った。
大人になれば頭を撫でてくれる人なんて滅多にいない。
でもこうして好きな人からしてもらうのも悪くない。いやむしろ幸せを感じる。
出来ればずっとこうしてて欲しい。
五条の体温を感じながら、はゆっくりと意識が落ちて行くのを感じた。

「あれ?さん、もう寝ちゃったんですか?」

声がしなくなった事で安田がバックミラー越しに五条を見る。

「うん。時差ぼけもあるだろうけど疲れてたんだろうな」
「ですよね。じゃあ少し飛ばしますね」

安田はそう言ってアクセルを踏み込むと、思い出したように再びバックミラーを覗く。

「そう言えば…彼女が来た事、さんに伝えなくていいんですか?」

その問いに五条はふと窓の外を見る。
五条の脳裏にあの強気の女の顏が浮かんだ。
がこの日本に来るキッカケを作った女――九十九由基。
二日前、彼女は突然何の前触れもなく高専へ現れた。

"君が五条悟くん?以前は会えなかったから会えて嬉しいよ"

そう声をかけ、歩いて来た九十九を見て、五条は前に夏油から聞いた話を思い出していた。

「で、君はどんな女が好みかな?」
「ああ、やっぱ聞くんだ、それ」

軽く笑った五条に九十九は「夏油くんには答えて貰えなかったけどね」と苦笑した。

「で、僕に何の用?」
「別にただの挨拶さ。同じ特級同士、仲良くしてもらいたくてね」
「…ふーん。それでに僕の事を話したの?」

五条が尋ねると九十九は意外にも楽しげに笑いだした。

はあの後ちゃんと高専に来たみたいね。まあ良かったよ。ただ…君の話をしたのはが興味を持つと思ったからさ」
「興味?」
「もう聞いたかな?が不老不死なのは」
「まあ、最初に聞いたけど」

五条が答えると、九十九は軽く頷いた。

は死ぬ方法を探して世界中の国を旅してた。でも私は彼女の力を呪術界に欲しいと思った。それで何度か誘ったんだがもなかなか強情でね。いくら言ってもはぐらかされて逃げられてた」

九十九が溜息交じりで言うのを聞いて、五条も思わず吹き出した。
を口説き落とすのが一筋縄じゃいかない事は五条も身を以って実感したからこそ、九十九の歯がゆさは理解できる。

「まあ、そこで君の事を利用させてもらった」
「利用?」
には高専に現代最強の呪術師がいると伝えたんだ。そう言えば絶対に興味を持つと思ってね」
「なるほどね…」

五条はと初めて会った時の事を思いだした。
はあの時「殺してもらおうと思って来たの」と確かに言っていた。
最初こそ驚いたが、少なくともの存在はあの時の五条にとってもいい刺激になったのだ。
それに普段なら自分が利用された事に苛立ちを感じたかもしれない。
だが九十九がそう言ってくれたおかげでと出逢えたことになるのだから、五条としては九十九に感謝したいくらいだった。

「ところでそのはどこに?任務にでも出てるのかな?」
「ああ…彼女は今、里帰り中」
「え?」
「依頼が来てヴァンパイア退治に行ってる」
「ああ…何だ。じゃあ入れ違いみたいだな。残念。どれだけ成長したか会っておきたかったんだが…話もあったしね」

と九十九は肩を竦めると、不意に「で、五条くんはと上手くいってる?あの子は我がままだから大変だろう」と笑った。
確かに大変かと聞かれれば、今日まで大変な事はいくつもあった。
何度振り回されたか五条にも分からない。
でも今はそれすら愛しいと感じてしまうんだから自分でも笑ってしまう。

「ああ、そう言えばさっきの質問、答えてなかったな」

不意に五条が九十九へ意味深な笑みを浮かべた。

「え?」
「どんな女が好みかってやつ」
「ああ、答えてくれるの?」

九十九は嬉しそうに笑う。

「現代最強の五条くんがどんな女が好みなのか気になる―――」

「…え?」
「俺の好みは。アンタが日本に寄こしてくれて感謝してるよ」

あっさりと言い切った五条を見て、九十九はポカンとした顔をしていたが、突然大きな声で笑いだした。

「まっさかそう来るとは思わなかったな!そーかそーか」

九十九は心底楽しそうに頷くと「いい趣味だ」と言ってニヤリとした。

「あの子の生い立ちは聞いてるだろうが…そのせいで人一倍寂しがり屋なガキがそのまま育ったような子だから心配してたんだ」
「心配?」
は誰にも本気で甘えられなかった。色々付き合ってみても誰の事も好きじゃなかった。いつか本気で向き合える相手が出来たらいいなとは思ってたけど…」

と九十九は言うと不意に真剣な顔で五条を見た。

「五条くんは本気なの?のこと」
「もちろん」
「それはの傍に一生いてもいいって思うくらいに?」
「僕はそのつもりでに告白した。これでも僕から女に告白したのは初めてだったんで」
「それでは―――」
「まあ一度目は見事に振られたけど…この前やっと手に入れたとこ」
「じゃあ…は五条くんを受け入れたってこと?今までみたいな恋愛ごっこじゃないのか」
「そうじゃないと僕は信じてるけど」
「そうか…」

九十九は何か考え込むように黙りこんだが、ふと「じゃあ君にも関係してくるかもね」と一言呟いた。

「関係…?」
「そこまでの関係になったなら聞いてるだろ?が何故今まで本気で誰とも向き合えなかったのか」
「ああ…」
「自分だけが生きている世界なんてにとっては地獄だからね。だけど…遂に見つけたんだ」
「見つけたって…」

九十九は真っすぐ五条を見つめると、

を…殺す方法さ―――」





「――条さん?五条さん?」
「……ッ」

名前を呼ばれ、ハッと我に返ると、安田が心配そうに「どうしました?」と訊いて来た。

「あ、いや…何でもない」
「ならいいですけど…。着きました」
「え?」

言われて窓の外を見れば、そこは高専の門の前だった。
気づかないうちに五条も少し寝てしまったようだ。

「悪い」
「いえ。話してる途中で眠ってしまったようで。五条さんも疲れてるじゃないですか?さんがいない間、彼女の分も任務こなしてたんですから」
「まあ…でも明日から少しは楽になるから」

五条はそう言って膝の上で未だ眠っているを起こそうとした。
が、ふと顔を上げると、

「安田さん」
「はい?」
「さっきの話だけど、には俺から話すから何もその事については言わないでおいてくれる?」
「はあ。分かりました」

理由は分からないが、五条から真剣な顔で頼まれれば断る理由もない。
余計な事は言わない方がいいと安田は考えた。
安田が頷いたのを見ると、五条は安心したようにを起こしにかかった。

「おい、。ついたよ。起きて」
「……ん~」
、ついたよ」

肩を揺らして声をかけると、は何度かモゴモゴと返事をするが目は閉じたまま。
五条は苦笑いを浮かべながら「!ピザ食べない?」と耳元で声をかけた。
すると今までウダウダしていたの目がパチリと開く。

「…ピザ?」
「ぷ…マジか」

その嘘のような起き方に、五条は小さく吹き出した。
はすぐに体を起こすと途端に「お腹空いた…」と呟く。
相当空腹だったらしい。

「んじゃー早く帰ろう」

五条はドアを開けての手を引っ張ると、未だ少し寝ぼけているのか目を擦りながら下りて来た。
安田が車から降りてトランクからのキャリーバッグを出したのを五条が受けとり、

「じゃあお疲れさん」

と声をかけて寮の方へ歩いて行く。
は少しずつ目が覚めて来たのか、五条に手を引かれながらも「あれ、高専だ」と辺りを見渡している。

「いつの間に…」
「ぐっすり寝てたもんな、
「え、ほんと?」
「ほんと。すっげーイビキだった」
「え、嘘!」
「嘘」

そう言って舌を出す五条に「もー!」とがムッとしたように五条の腕を殴って来る。
その手を掴むと五条は自分の方へを引き寄せ抱きしめた。

「さ、悟…?」
「早くこうしたかった…」
「…え?」
「早くに触れたくてうずうずしてた」

少し体を離すと、五条はサングラスを外しながら微笑んだ。
そしてのサングラスもそっと外す。

「さ…悟?ここ外だし通り道…」
「でも誰もいない」

ゆっくりと顔を近づけてくる五条に、は落ち着かないのかキョロキョロと辺りを見渡している。
だが鳥居が立ち並んだ寮までの細い道には全くと言っていいほど人の気配はない。

「…ん、」

やんわりと唇を塞がれ、の鼓動が僅かに跳ねる。
先ほど空港でされたキスよりも少しだけ深く交わる唇に、頬が自然と熱くなった。
何度か啄むように唇を重ねて、名残惜しげに離れると、五条はの首筋へ顔を埋めた。

「…ひゃ、ちょ、ちょっと悟…っ…んっ」

耳の後ろ辺りでちゅっと音がして、そのくすぐったい刺激には思わず首を窄める。
それでも五条は何度か耳や首筋、顎へとキスをしながら、再び唇を塞ぐ。
強く抱き寄せられ、その手が腰を撫でて行く感触で、の背中にゾクリとしたものが走った。

「…ん、さと…る」

抗議をしようと開いた口からぬるりとした舌が侵入して上手く絡み取られる。
軽く吸われるとの鼓動が一気に速くなり、顔全体が熱くなった。

「…ん、ダ、ダメだよ…」
「ん…もう少し」

僅かに唇を離して文句を言ったが、そんな弱々しい抵抗は無意味で、すぐに追いかけて来た唇が重なるとの声は五条に呑まれた。
静かな場所にのくぐもった声と水音が響く。
五条の手が背中から腰へ滑り落ち、その下の丸みへ伸びると、の体が僅かに強張った。

「も、もう…悟…」
「んーだってに触りたい…」

唇や頬、そして首筋へちゅっと音を立てて口付けながら、五条が甘えるように呟く。
その時、の太ももに何やら硬いものが当たりドキっとした。

「ちょ、ちょっと悟?!何でこんなとこで発情してんの…?!」
「言ったじゃん。にキスしてると勝手にこーなるの。今、僕の体は絶賛欲求不満中だから♡」
「な、絶賛の使い方おかしいから…っ…」
「おー日本語をだいぶ理解してきてるじゃん」
「…ひゃ」

首筋に口付けながら、少しずつ下がっていく唇に、の声が上がる。

「さ、悟…ちょ、ちょっと…外ですんのやめて…っ恥ずかしいってば…!」
「じゃあ部屋の中ならいいの?」
「…う…」

ふと顔を上げた五条がニヤリと笑う。
だがよくよく考えると、この盛りのついた状態で五条と室内へ行けば更に襲われそうでは一瞬言葉に詰まった。

「よ、よくない…」
「え~…」
「だ、だって悟、我慢出来なさそうだし…」
「してるよ。ずーっと我慢中じゃん。まだ23なのに、この溢れる愛情を持て余してる」
「…愛情っていうより性欲じゃない」
「え、愛情でしょ。性欲だけなら他の子で満たせるだろうけど、僕は他の子じゃ勃たなくなったんで無理」
「………」

あっさり言い切られ、の頬が赤くなる。

「と、遠回しに責めてる…?」
「責めてないよ。僕が我慢するって決めたんだし。ただマジで我慢比べな気分だけど。それも自分との戦いってウケる」

五条は苦笑しながらに軽くキスをすると「とりあえず帰ろっか」と手を繋ぎ直す。
も黙って頷くと、五条の手をぎゅっと握り締めた。

「…どうしたの?」
「…悟のことが好きだなって思って」
「………」
「悟…?」

急に無言になった五条に、はふと顔を上げる。
五条は何故か顔を反対側に向けていて、その表情が見えない。

「どうしたの?」
「うーん…今、僕きっと顔が赤いから見られたくない」
「え…?」

そう言われてみると、僅かに見えている頬がかすかに赤い。

「…何で?」
「そりゃ……に好きだって言われて嬉しいから?」
「………」

今度はの頬が赤くなる。
そしてどちらからともなく顔を合わせると、軽く唇を合わせた。
たったそれだけで心臓がドキドキうるさくなってくる。
まるで付き合い始めたばかりの中学生みたいだな、と五条は内心苦笑したが、それもまた悪くないと思う。
このまま、と同じ時間を過ごしていけたら、もっと心が満たされる気がした。
永遠じゃなくてもいい。
こんな世界にいたら、明日何が起こるか分からない。
だからこそ、が傍にいるこの瞬間を、どこかへ閉じ込められたらいいのに―――。




   


今、日曜の夕方、再放送してますね(*'ω'*)
虎杖にナナミン紹介する時の下り、好きです笑