A surprising gift.17



2018年、9月。


"里桜高校での事件後、吉野順平の自宅から実母、吉野凪の遺体と剥き出しの宿儺の指(服左腕小指)が見つかる。
宿儺の指に寄せられた呪霊に襲われたとみられる吉野凪の遺体は腰から下が欠損していた。
現場には目視で確認可能な血痕はなく、吉野凪の遺体は寝室に横たわっており、掛布団をめくるとあるだけの保冷剤と氷嚢が敷き詰められていた―――"


あれから待てど暮らせど七海から「HELP」という連絡が入らず苛立っていた
七海が映画館の犯人と思われる特級呪霊と接触し、戦闘、からのケガをして一度家入の元へ戻って来た時は散々嫌味を言ってやったものの。
それが原因で更に七海の機嫌を損ね、置いて行かれそうになった。
それでも七海の戦った特級呪霊は予想よりも相当ヤバイヤツだったらしく「次はさんにも手伝ってもらいます」と言って来たので、一緒に現場まで戻って来たのだが…。
そこでも「さんは待機してて下さい」と言われ。
イライラしながら近くのカフェでコーヒーを飲んでいた時、待ちわびていたケータイが鳴った。

『虎杖くんを止めて下さい』

七海のHELPは至極シンプルだった。
説明をしている暇はないという七海も"何か"と戦っているようだったが『私もすぐ向かいます』と行き先を告げて来た。

『ああ、でも。もしツギハギだらけの人型呪霊と遭遇したら決して近寄らないで下さい。触れられたら危険なので』

理由はすぐに分かった。
が家入の元へ運んで来た異形の正体は元人間だと聞いている。
それも呪力で姿形を変えられたようだ、とも。

(なるほど…そいつは触れた対象をアレに出来るって事か…)

すぐに理解し「roger that.」とこちらもシンプルに返すと電話を切った。
だが再びケータイが鳴り、は移動しながらすぐにスマホの画面をスライドさせた。

『あ、さん!』

相手は虎杖と行動を共にしていた伊地知からだった。

「分かってる。悠仁の事でしょ?七海くんから連絡あった。今そっちへ向かってるから」
『は、はい…すみません!再三止めたんですが―――』
「悠仁に何があったの?私がいなかった間のこと聞かせて」

はカフェから飛び出すと、七海が教えてくれた場所に走っていく。

『実はさんが高専に向かった後、監視カメラに映っていた男子高生と虎杖くんが接触しまして―――』

伊地知は端的にあの後何があったのかを話し出した。

「つまり、その吉野順平?って子の学校が今、私が向かってる里桜高校ってわけね?」
『そうです。そこに先ほど"帳"が下ろされまして…虎杖くんが単独で向ってしまって…』
「悠仁とその吉野って子の間に何があったの?」
『ああ、それが…彼が呪術を扱えるのか調べる際に接触してしまった後、仲良くなったようなんです。家で夕飯をご馳走になったとかで』
「えぇ?監視対象者なのに?…って、まあ悠仁の性格じゃあり得るか…」

あの人懐っこい笑顔を思い出しながら、は苦笑した。
ともかく虎杖は吉野の学校で異変が起きて助けに向かったらしい。
ただ"帳"が下りたという事は七海の話していた特級呪霊がいるかもしれないという事だ。
そのツギハギ呪霊と吉野という少年がどう関わっているのかは知らないが、は現場に行けば分かるでしょ的なノリで指定された学校へ走る。
そして目的の場所に近づいた時、伊地知の話してた通り"帳"が下りているのを目視。
は風を操り一気にスピードを上げると、その勢いのままふわりと空へ飛んだ。

「ふーん…。外からは入れる仕様か…」

"帳"に触れ、中へ入ると上から校舎を見下ろした。
今のところ呪霊の姿は見えないが、校舎内から気配はしている。
一つは虎杖、そしてもう一つのデカい気配は七海が懸念してた特級呪霊だろう。

「悠仁が戦ってる…特級相手に無茶な事するなぁ、相変わらず」

このままでは虎杖が危ない。彼は一度死んでいるのだ。
宿儺の気まぐれで生き返ったようだが二度目があるとは限らない。
それに学校で戦闘しているが、あれでは一般人を巻き込んでしまう。

「それにしても学生たちの気配が小さいな…」

意識がない状態という事だろうか。
は虎杖の気配がする場所まで飛んで行った、その時。
ドゴォッという破壊音が響き校舎の壁が吹き飛んだ。
そこから飛び出して来たのは―――。

「悠仁!!」

呪霊の攻撃を受けたのか、虎杖は体勢を整え着地した後、の方を仰ぎ見た。

「…先生?!」
「危ない!余所見しないで!」

虎杖が飛び出して来た場所から何かドリルのような形の物体が飛んでくる。
虎杖は寸でのところで先端のドリルを回避すると、それに繋がっている長くグニグニと伸びた紐状の箇所を掴んで引っ張り出した。

「どこまでも伸び続けるわけじゃねぇだろ…!」

が空中から校舎の方を確認すると、今の物体を操っている髪の長い男を視界に捉えた。
確かに七海の言ってた通り、顏がツギハギだらけだ。

「アレか…七海くんの言ってた呪霊は…自在に自分の肉体の形を変えられるみたいね」

悠仁の所まで伸びている物体を見て「きしょ…」と顔をしかめる。
その時、虎杖が掴んでいた紐状のものが剣山のように鋭い針へと変貌した。

「…悠仁!」

数本の尖った針が虎杖の手を貫き、血が吹き出す。
だが虎杖は手を放す事なく、逆にそれを力いっぱい引っ張った。
人型呪霊は虎杖の予想外の行動であっけなく引っ張り出され、宙を舞って反対側の校舎の窓に激突する。

「放すだろーフツー!」

人型呪霊は虎杖の方へ呆れたような言葉を投げかけた。
その様子を見る限り、人間と普通にコミュニケーションが取れるようだ。
はそんな呪霊に心当たりがあった。

「へえ…コイツもこの前の火山頭と同じって事か…」

一か月前、五条に奇襲を仕掛けて来た特級呪霊もしっかり会話が出来ていた。
このツギハギはアイツの仲間かもしれない、とは警戒しながら虎杖に声をかけようとした。
直後、虎杖は拳に呪力を溜めると力任せに地面を殴りつけ、その攻撃で派手に土煙が上がる。
人型呪霊の姿と虎杖の姿が一瞬、見えなくなったが、は気配で虎杖の位置を把握した。

「悠仁!むやみに突っ込んじゃダメ―――!」

と忠告し、風を操り土煙を払う。
が、煙が晴れて見えたのは、またしても形を変えた人型呪霊に腹を貫かれた虎杖だった。

「悠仁…?!」

人型呪霊は自分の腹から先ほどと同じような針を突き出し、殴りかかって来た虎杖を貫いたのだろう。
虎杖の腹からボタボタと血が落ちて、完全に動きが止まっている。

「ぐぁぁ…っ」
「はあ、君じゃ俺に勝てないよ。さっさと変わんなよ。宿儺にさ」

人型呪霊は溜息交じりで虎杖の胸元へと手で触れる。
それを見たは二人のいる場所へ素早く移動した。

「―――無為転変」

と人型呪霊が呟いたその時、一瞬だけ固まったように見えた。
今の内に、とは虎杖の体を人型呪霊の針から引き抜こうと引っ張る。
だが虎杖は「先生は手を出すな!」と叫んだ。

「はあ?何言ってんの?コイツは特級!悠仁が敵う相手じゃない!」
「コイツだけは…許せねぇんだよ……」
「悠仁…」

普段とは違う、剥き出しの殺意を見せる虎杖に、は小さく息を呑んだ。
虎杖は何故か放心している人型呪霊の頭を両手で掴むと、

「宿儺になんか代わんねーよ…。言ったよな…ぶっ殺してやるって」

言うや否や、虎杖は人型呪霊の顔面に強烈な頭突きをお見舞いした。
体を針で貫かれたまま、何度も、何度も顔面に頭を打ち付ける。
人型呪霊の体から血が飛び散り、ゆっくりと倒れていく際に、虎杖は針から自身を引き抜き、最後に強烈な蹴りをその男の顔面に入れた。
そして再び殴るため両拳に呪力を溜める。

「悠仁、そっちじゃない!」
「―――っ?」

の声が聞こえたのと同時だった。
今の今まで目の前にいたはずの人型呪霊が消え、服だけがパサリと地面に落ちるのを、虎杖は信じられない思いで見ていた。
そして背後で呪霊の気配を感じた時、が人型呪霊を攻撃したのと、ほぼ同時にキィンっという金属音が響く。

「七海くん…」
「遅くなりました」

人型呪霊の攻撃を弾いた二人は、そのまま虎杖を庇うように前に立つ。

「ナナミン…」
「…ななみん?」
「虎杖くん…その呼び名をこの人の前で言わないで下さい」

七海は顔をしかめつつ、隣にいるを見る。

「む…何よ、その言い方。私に聞かれたらマズい事でも?ナナミン♡」
「…ほら。すぐそうやってからかうでしょう。だから嫌なんですよ…」

小さく溜息をつくと、七海は肩越しに虎杖へ視線を向けた。

「説教は後で。現状報告を」
「………」

虎杖は一瞬言葉を詰まらせたが、悲しげな顔で目を伏せると「二人…助けられなかった…」と呟いた。
どこまでも他人の事を優先して考えている虎杖に、七海、そしても溜息をつく。

「まずは君の体の事を」
「…俺は平気。いっぱい穴あいてっけど」
「……平気の意味」
「あと学校の人らは全員体育館でぶっ倒れてる」

虎杖か簡単に七海へ説明すると、目の前に人型呪霊が歩いて来た。

「何だ。ピンピンしてるじゃん、七三術師。お互い無事で何よりだね。それに…もう一人の"器"まで来てくれるなんて感激だなぁ」

人型呪霊はの方へ視線を向けて楽しげにペロリと唇を舐めている。
それを聞いて少なくともこちらの情報が洩れている、と、七海は気づいた。

「器って人をただの入れ物みたいに言わないでくれる?勝手に居座られてるだけだし」
「君の魂に触れたら、その居座ってる存在に会えそうだね。君より気が合いそうだ」
「おあいにく。ダイアナはアンタみたいなガキ、ましてや餌にもならない呪霊になんか興味ないって」
「あ、はははっ。さすが最強術師の恋人なだけあるね、君」
「アンタは色々とよく知ってんのね。どうやって調べたのかな」

人型呪霊はニヤニヤしながらたちの様子を伺っている。
だが余裕そうなその呪霊の鼻から、不意にじわりと血が零れたのを見て七海は訝しげに眉を寄せた。

「虎杖くん、あの鼻血は?」
「え、俺が殴った」
「いつ」
「いっちゃん最初」
「奴の手に触れましたか?」
「うん」

それを聞いて七海は何やら思案している。
は人型呪霊から目を離さないようにしながら「七海くん、何か気づいたの?」と声をかけた。

「あくまで私の推論ですが…あの呪霊は①虎杖くんに術式が効かない。②虎杖くんを殺せない理由がある…かもしれない」
「殺せない理由…って」
「さあ。どちらもあくまで私の想像。でもどちらにせよ好都合です。ただ…」
「ただ?」
「私の術式はヤツには効きません」
「…そうなの?」
「は?!なん―――」
「理由は説教の時に」

驚いている虎杖に冷静に応えると、七海は「しかし動きは止められます」とだけ言った。

「私と虎杖くんが作った隙に攻撃を畳みかけて下さい、さん」
「お、やっと私に助けを求める気になった?」

がニヤリと笑みを浮かべれば、七海は小さく息を吐いた。

「最初から頼りにしてますよ。たださんがふざけるから―――」
「説教は後、なんでしょ?」

の突っ込みに、七海はコホンと咳ばらいを一つ。

「…そうでした。では…奴をここで確実に祓います」
「応!!」










2013年12月。


秋の気配も弱まり、だいぶ寒さも増して来た初冬、この日は久しぶりに家入梢子と庵歌姫に女子会へと誘われ新宿へ来ていた。
日本ではこの時期になるとイルミネーションがあちらこちらで光り出し、徐々にクリスマスムードが高まって来る。
まだまだ半月も先なのに気が早いと思いながらも、はキラキラと点滅している光を眺めながら待ち合わせ場所まで急いだ。
軽快にヒールを鳴らしていると、呼び込みの男達から声がかかる。
どれも居酒屋やカラオケ等、今なら初回半額なんて甘い言葉で誘う客引き行為だ。
それらを無視して通り過ぎると、今度は外国人の男達がナンパを仕掛けて来る。
相変わらず多種多様であり騒々しい街だな、とは苦笑した。

「I have a lover. sorry...」

恋人がいると言って断ると、男達は何だ残念、と笑い、最後はお幸せに!と笑顔で去っていく。
本来のナンパ師とはこういったスマートさが大事なのだが、時々しつこい男達がいるのは確かだ。

"え、女子会?新宿?夜の新宿なんてナンパされるでしょ。ダメ、ダメ"

今日の事を話した時、五条は明らかに不機嫌そうな顔でそんな事を言って来たのを思い出し、はふと笑いを噛み殺した。
五条も一緒に来たがってはいたが、結局地方での日帰り任務が入り不貞腐れたまま出かけて行ったのは今朝の事だ。
女子会というのを差し引いても、五条とが付き合っている事は未だ内緒にしているのに一緒に来たら確実にバレる。
あの五条が家入や歌姫の前で以前のような友人関係を演じきれるのかはにも謎だった。

「あ、、こっちこっち」

すでに先に着いていた家入と歌姫が笑顔で手を振って来る。
今年の春、京都高へ赴任した歌姫は今日、学長のお使いで高専へ来たらしく、一泊するから久しぶりに飲もうと言う話になったのだ。

「久しぶりー!歌姫さん」
「ほんと春以来?、元気だった?って具問か、アンタには」
「ちょっとーいきなり失礼ですよー」

が笑いながら返すと、家入は「いい店見つけたんだ。早く行こ」と二人を案内するように歩いて行く。
待ち合わせ場所のさくら通りを抜けて一分ほどのAビル1Fに、木目調の壁に囲まれた小洒落た居酒屋があった。
何でも美味しい焼酎と新鮮な魚介料理を出してくれるお店らしい。
歌舞伎町にありながらも都会の喧騒から離れた一角で居心地が良さそうだった。

「硝子にしたら珍しく洒落たお店ね」
「ちょっと歌姫さん、私だっていつも赤ちょうちんの店ばかり選ぶわけじゃないですよ」

家入は苦笑気味に言いながら出迎えた店員に「予約した家入です」と告げた。
3人は奥の個室に案内され、靴を脱いで掘り炬燵テーブルへと座る。
店内も和の空間を演出しており、全体的に落ち着いた雰囲気の店内はすでに満席に近い状態だ。
3人は適当に料理や酒を頼み、ほどなくして注文したものが次々に運ばれてくると酒席の準備が整ったとばかりに家入がグラスを掲げた。

「ではでは久しぶりの女子会にカンパーイ」
「「カンパーイ」」

グラスを合わせるとカチンと小気味いい音が響き、それを合図にはビールを口に流し込んだ。

「ぷはー美味しい!久しぶりのビール!」
「えー?酒好きのが久しぶりって、そんなに忙しかったの?」

運ばれて来た刺身の盛り合わせの中から刺身をつまみ、歌姫が美味しそうに食べながらも問いかけた。
その問いに一瞬言葉を詰まらせたは、すぐに笑顔で「まあ…」とだけ返す。
下戸の五条と一緒にいると、必然的にお酒を飲む機会は減るのだ。
だがその事を言えば五条との関係がバレる気がして言えなかった。

「うわ、このお刺身美味しい!」

も色とりどりの刺身へ箸を伸ばしながら満足げに口へ運んでいく。
家入と歌姫もまずは腹を満たそうと、それ以上の質問はせずに暫し料理と酒を堪能した。
その様子を見て内心ホっとしながら、はこっそりケータイを確認する。
先ほど振動する音が何度か聞こえていたのだ。

(あ…やっぱり悟だ…)

表示された名前を見てかすかに笑みが零れる。
五条からは今年から使いだしたメッセージアプリに何通か小分けにされたメッセージが届いていた。

"任務終わったよ。今から帰る"

"はもう新宿?"

"あまり飲み過ぎないでね"

そんな文章が並んでいるのをチェックして、は簡単な返事を送っておいた。

「あれー?ってば遂にスマホに変えたの?」

向かい側に座っている歌姫が驚いたように身を乗り出した。
ここ数年で世間はガラパゴス携帯、いわゆるガラケーからスマートフォンなるものに移行していき、もやっと重たい腰を上げたのは五条に言われたからだ。
そこまでケータイ依存でもないは電話やメールが出来ればいいや的な考えで――ババ臭いと五条に笑われた――ガラケーでも特に不便と感じた事はなかった。
だが流行りものをいち早く取り入れるのが好きな五条に「スマホの方が便利なアプリいっぱい使えるしもコレにしよ」と無理やりお揃いのスマホを持たされたのだ。

「あ、これ使ってみたらなかなか便利なの。歌姫さんも変えたらいいのに」
「えー?私は無理だよ。そういうの昔から苦手で…。でもそっかー。ガラケー仲間のまでスマホにしたか~」

歌姫は未だガラケーを使用している。
最近は周りがどんどんスマホにしていくから肩身の狭い思いをしているとボヤいていた。

「で、そのスマホで誰にメッセージ送ってたの?」

それまで黙々と隣で焼酎を煽っていた家入に手元を覗き込まれ、は慌ててスマホをバッグに突っ込んだ。

「と、友達…」
「ふーん。ああ、新しい彼氏とか?」
「えっ?な、何で?」

家入の突っ込みにドキリとしつつ、はなるべく普通にしようと焼酎を注ぎながら笑顔を見せた。

「だって最近ってば彼氏が出来た―とか言わなくなったけど、ここ半年くらいは何か恋愛モードでしょ」
「…そ、そう?(さすが硝子、鋭い…)」
は分かりやすいもん。元々お洒落で色んなとこに気を遣ってるけど彼氏が出来ると変化するのが…」
「…へ、変化…?」
「口紅」
「………ッ」

その鋭い指摘にはさすがにも笑顔が固まってしまった。
それを聞いていた歌姫は「え、どういう事?」と首を傾げていたが、家入は更に意味深な笑みを浮かべている。

はね、彼氏がいない時はド派手な口紅を好んでつけてるけど、彼氏が出来ると淡い色のグロスのみになるのよね」
「え、何で?」
「そりゃあ…キスした時に相手に移らないように、でしょ?」
「……そ、そういう…わけじゃ…」

と言いつつ、の頬が赤くなっているのは図星と言っているようなものだ。
家入は内心苦笑しながら「何で彼氏が出来たこと隠すのよ」と更に追い打ちをかけた。

「か、隠したってわけじゃ…」
「だって今までは彼氏が出来たらすーぐ教えてくれてたじゃない?」
「確かに…そうよね」

家入の言葉を聞いて歌姫も思い出すかのように頷いている。
まさか久しぶりの女子会で、こんな追及を受ける事になるとは思っていなかったは変な汗が出て来て顔が引きつって来た。
五条と付き合いだした事を皆に内緒にしようと言い出したのはだ。
五条は相当不満そうではあったが、やはりも今まで仲間内で恋愛はしないと散々皆に豪語してきただけに言いづらいという気持ちもある。
それに五条とはずっと仲間として接してきた手前、それを見て来た仲間の前で今更恋人モードになるのも照れ臭い。
だから今はまだ内緒にしていたい、とは五条に頼み込んだのだ。
でもやはり付き合いの長い家入には恋人が出来た、というとこまでは些細な事でバレていたらしい。

「それ、その彼氏に貰ったんでしょ」
「え?あ…」

家入はの腕で輝いているブレスレットを指さした。
普段壊さないように任務の時は付けないが、こういったプライベートの時は必ず付けている。

「ま、まあ…」

ニヤニヤしている家入に、は更に笑顔を引きつらせながらも仕方なく頷く。
どこか尋問を受けているような気持ちになりながら落ち着こうと焼酎を一口飲んだその時、再びケータイが振動する音が聞こえた。

「また彼氏からじゃない?」
「う、うん…」
「あれ、見ないの?メッセージ」
「あ、後で見るから…」

今ここでメッセージをチェックしたら、隣にいる家入にスマホ画面を覗き込まれる気がして、は料理を食べるフリをして誤魔化した。
さっきの流れでは五条も急用といったメッセージじゃないだろう。
それでも家入は笑みを浮かべながらを見ている。

「な、何よ、硝子…」
「そう言えば私、それ見た事ある気がするのよねー」
「え…?」
「そのブレスレット」
「……っ?」

どこか意味深な家入の物言いにドキリとした。
こういう時の家入はすでに何かを知っている事が多い。
もしかして、と思えば思うほどの鼓動が速くなっていく。
家入は焼酎を注ぎ足して一口飲むと、不意にを見てニッコリ微笑んだ。

「今年のホワイトデーに五条がそれ見せて来て、好きな子にプレゼントするって言ってたの」
「―――ッ」
「は?五条…?!」

家入の言葉に歌姫も驚愕した表情で咄嗟にを見る。
そしてと言えば分かりやすいくらい顔が真っ赤になっていた。

「ぷ…っほんと分かりやすいね、は」
「な…何が…」
「だから…五条と付き合ってるんでしょ?」
「…う…」
「う、嘘でしょ?!嘘よね、!あの五条となんてまさか―――」

ショックを受け過ぎたのか、身を乗り出していた歌姫は軽い眩暈を起こしたように、ふらふらとその場に座り込んだ。
歌姫にとって五条悟は昔からの天敵であり、その五条と可愛がっている後輩が恋人同士になっていようとは、まさに悪夢だったろう。

「えっと、…まあ…その…まさか、です…」

真っ赤になったは顔面蒼白で自分を見ている歌姫に、渋々家入の話が真実である事を認めた。
その瞬間、歌姫は今度こそ頭を垂れて深い溜息をつく。

「あの野郎…可愛いに手を出すなんて―――」
「や、あの…歌姫さん。私と悟は付き合ってるけど、まだ手は出されてなくて…」
「え、嘘。マジで?」

それは家入でも驚いた。
あの本能のまま生きてる五条が恋人になったに手を出してないなんてありえない。
ただでさえと一緒にいれば惑わされるのだから、あの五条が手を出さないわけがない。
だが「そう言う約束だから…」とが言いにくそうに呟いた。その時ガラっと個室の扉が開き―――。

「そーそー。今時プラトニックしてんだよねー。僕達♡」
「さ、悟?!」

笑顔で個室に入って来たのは、出張に行っていたはずの五条その人だった。







「―――は?付き合う条件がエッチなし?」
「う、うん…まあ…」

向かい側に移動した家入の驚く顔を見ながら、は恥ずかしそうに俯いた。
そのの隣を陣取っている五条は苦笑しつつソフトドリンクを飲んでいる。
実はここへ五条を呼んだのはと付き合いだした事に薄々気づいていた家入だった。
ここへ呼んで二人を追及しようと企んでいたのだが、がアッサリ白状した事で家入の目的は五条が到着する前に果たせた事になる。
だが一番驚いていたのは五条が来ることを知らされていなかった歌姫だった。
今も怖い顔で黙々と焼酎を煽っている。

「ごめんね、歌姫先輩」
「別にいーけど…何も内緒にしなくたって」
「だって五条が来るって言ったら歌姫さん来ないだろうし…」
「う…」

歌姫は図星だったのか、かすかに口元を引きつらせた。
彼女の五条嫌いもだいぶ年季が入っているから困りものだ。

「て、ていうか五条!アンタ、に手を出して、遊びだったらただじゃ―――」
「歌姫、聞いてた?僕はまだ手を出してないの。しかも遊びで術師仲間を選ぶわけないでしょ。それ以前に僕はに対して本気も本気だから」
「そ…それなら……い、いいけど。いや良くないけどっ」
「どっちだよ…」

五条は呆れたように笑うと、隣で固まっているの顔を覗き込む。

、大丈夫?」
「う、うん…びっくりしたけど」
「メッセージ送ったのに」

五条は苦笑しながらの頭をぐりぐりと撫でた。
日帰りの任務から戻って来た頃、家入からこの店にいるから来いとマップ付きでメッセージが送られて来たのだ。
女子会と聞いていたのにおかしいとは思ったが、と一緒にいられるのに断る理由もなく。
その旨をのケータイにも送ったのだが、彼女がそれを見る前に五条が到着してしまったのだ。

「でも私にまで内緒にしなくても良くない?散々相談に乗ってあげたのに」
「いや、だってが恥ずかしいって言うからさぁ」
「え…悟、硝子に相談してたの…?」
「んー?まあ…僕は女心に疎かったし?にはアッサリ振られるわで僕の繊細な心がズタボロだったから硝子に愚痴ってたわけよ」

苦笑気味に肩竦める五条を見て、は頬が赤くなった。
まさか自分の知らないところで家入にそんな話をしてたとは思わない。

「それにしても、まさかエッチなしが条件ってウケる」
「わ、笑わないでよ。こっちは真剣に―――」
「ま、が怖いと思うのは理解できるけどさ。よく五条も我慢してるね」

家入は楽しそうに笑っている。
五条は僅かに目を細めると「そんな事より僕はと付き合える方が大事だからね」と言いつつ不満げに枝豆を口へ放り込んだ。
その隣での頬が更に赤くなる。
ただ、その条件はそろそろ破棄してもいいかな、と思っていただったが、何故か今度は五条がそれほど強引な事はしてこなくなった。
本当なら、いつものキスからボディタッチをされた流れでOKしようと思っていたのだ。
なのに以前のようにキスは求めて来るが、最近の五条は必要以上に体へ触れてくる事はなく。
そうなるともさすがに自分から「してもいいよ」とは言いにくい。
なので未だに二人はプラトニックな関係のままだった。

「ま、でも無事にくっついたなら良かったよ。これでも心配してたからね」
「…ご、ごめんね、硝子…。黙ってて」
「いいよ。今度五条に奢ってもらうから」
「あーそれ今日でもいい?」
「え…?」

不意に五条が笑顔で会計を手にした。

「ここ払っておくからは連れて帰らせて」
「悟…?」
「まあ…私はいいけど…って歌姫さんもいいか」

五条が帰ると言い出し、途端に機嫌が良くなった歌姫を横目に家入が苦笑した。
だけがキョトンとした顔で五条を見ている。

に見せたいものがあって」
「…見せたいもの?何?」
「それは行ってからのお楽しみ」

五条はニッコリ微笑むとの手を繋いで立ち上がった。

「んじゃーお二人さん。あまり飲み過ぎないように」
「はいはい」
「ちょっと五条…を泣かすんじゃないわよ?」
「僕が泣かされてるんだよ」

歌姫の言葉に五条が笑って返すと、は「泣かしてないもん」と口を尖らせる。
そんな二人を見て、家入も安心したような笑みを浮かべた。
これまでに色々あった二人だが、無事にくっついたのはめでたい事だと思う。
まあ問題児二人が付き合った事で更に最強タッグになってしまった感は否めず、夜蛾学長は嘆くかもしれないな、と家入は苦笑した。

「あ、じゃあ…歌姫さん、また女子会しましょー。今度はカラオケでも」
「そうね。あ、五条が浮気したら思い切りぶん殴るのよ?」
「そうします」
「ちょっと。僕が浮気出来ないの知ってるでしょーよ」
「さ、悟!余計なこと言わないで!」
「「……??」」

苦笑気味に振り返る五条の背中をは思い切り叩く。
家入と歌姫はその意味が分からなかったのか、訝しげな表情で首を傾げていたが、はえへへと笑って誤魔化してすぐに個室を出た。

「もー何であんなこと言うのよ」
「だって浮気するとか思われたくないでしょ。まー僕としても原因はバレたくないから言わないよ、そんなこと」

五条は笑いながら言うと、これまでの分の料金を支払いの手を引いて店を出る。
そして大通りに出るとタクシーを拾った。

「え、ほんとどこ行くの?」

五条に続いてタクシーに乗り込んだは「港区南麻布五丁目」と運転手に告げた住所を聞いて驚いた。

「だからついてからのお楽しみだって」

五条はそれだけ言うと、の頬にちゅっとキスをした。
そしてしっかり指を絡めて手を繋ぐと、どこか楽しそうに流れる景色を眺めている。
その口元は緩やかな弧を描いていた。任務帰りだというのに疲れた様子もない。
この様子では何も話してくれなさそうだと、も黙ってついて行くことにした。
そして目的地に着いた頃、は「起きて」という五条の声で目を開けた。

「ん…ごめん。寝ちゃってた…?」
「いいよ。酒入ってるのに車乗っちゃ眠くなるよな」

五条は苦笑気味に言いながら支払いを済ませると、の手を引いて車を降りた。
は外の冷たい風に首を窄めながら、辺りを見渡すと、そこは大きなマンションの前。

「え…ここ、どこ?」
「いーからおいで」

五条は答えることなく、の手を引いて目の前のマンションに入って行く。
豪華なエントランスにの眠気も一発で冷めた。
五条はポケットから鍵を取り出すと、オートロックのガラス扉を開ける。

「こっち」
「ちょ、悟…何で鍵なんか…」

扉の中へ入ると、これまた大理石の床が広がった広いロビーがある。
そこにはホテルのような受付があり、コンシェルジュのような服装をした男性が二人を見ると笑顔で立ちあがった。

「お帰りなさいませ。五条様」
「…え?お帰り…?」

丁寧に頭を下げる男性をよそに、五条がサッサとエレベーターへ乗り込んだ。
はただただ驚きながら、最上階のボタンを押す五条を見上げていた。

「えっと…悟?そろそろ説明を…」
「あーうん。実はさ…」

と五条が口を開いた時、チンという音と共にエレベーターが開く。
あまりに滑らかに動くそのエレベーターは普段乗っているものより数倍速く感じる。

「うわあ…ここにもロビー?」

エレベーターを降りると、そこには豪華なソファやテーブル、絵画などが飾られ、一面窓の外は綺麗な木々が広がっている。
最上階には二部屋しかないようで、半分に仕切られたガラス扉には更に鍵が必要だった。
五条はその鍵を開けると「こっちだよ」と外の景色を眺めているを呼んだ。

「え、もしかして、ここ悟の家?」
「んーちょっと違う」

苦笑しながら歩いて行く五条は部屋のドアの鍵を開けると、手を玄関の方へ向けて「中へどうぞ、さん」と笑顔を見せた。
その様子に少し緊張しながら中へ入ると新築のような香りがして、広いエントランスが現れる。
電気をつけると更に奥には廊下があった。

「うわ…広い」
「中も広いよ。ほら入って」

五条は靴を脱いで上がると、の手を引っ張った。
引かれるままも上がると、五条はリビングの方へ歩いて行く。
そこもかなりの広さで、上品なアンティーク調の家具などが置かれていた。

「凄い綺麗な部屋…え?誰が住んでるの?」
「まだ誰も」
「え?」
「っていうか、ここは僕との為に買った部屋だから」
「………はい?」

あまりに突飛な話で、は唖然としたように五条を見上げた。

「い、今…なんて…?」
「だから僕らの家なの、ここは」
「ぼ、ぼくらって…え、買った…って言った?」
「うん」
「な、何で?」

あまりに突然の話で全く頭が追いつかず、は広いリビングを見渡しながら再び五条を見上げた。
そんなを見て五条は楽しそうに笑うと、サングラスを外してソファへ腰を掛ける。

「とりあえず落ち着こうか」
「お、落ち着かないよ…」
「いいからこっち来て。せっかく家具も入れたんだし座り心地もチェックしてよ」
「チェックって…」

と言いながら言われるがままもソファに腰を掛けると、包まれるような滑らかなクッションに驚いた。

「座り心地最高…かも」
「なら良かった。僕が一つ一つ厳選しただけはあるな」
「えっと…悟…そろそろ説明…」
「あ、そうだった」

この豪華な部屋が二人の家だといきなり言われても、はサッパリ意味が分からない。
遠回しのプロポーズだとでもいうんだろうか。
そんな事を考えていると、五条はのサングラスを外し、その赤い瞳を見つめた。

「前から考えてたんだ。都心に寛げる家が欲しいなーって」
「え、でも任務があるから寮に住んでるのが便利って言ってなかった?」
「もちろん今後も寮には住むよ?教師になったら寮の方が便利だし。でも都内とか地方での任務から戻って来た時、高専まで戻るの怠い時あるでしょ」
「まあ…遠いもんね、少し」
「だから前はホテルとか泊まったりしてたんだけど、それも落ち着かないし、なら買っちゃえと思ってさ」
「お、思ってさって!そんな簡単に…」

安い買い物では絶対にないはずなのに、五条はいつものようにあっけらかんとした態度で笑っている。
それも二人の家だなんてが驚くのは当たり前だった。

「いいじゃん。休みの日とかこっちの家で二人で過ごせるし、邪魔も入らない」
「けど…」
「あれ、嬉しくない?もっと喜んでくれると思ったのに」
「う、嬉しいよ?ただビックリしすぎて嬉しいって気持ちが麻痺してる」
「麻痺って」

五条は軽く吹き出すと、の手を引き寄せ優しく抱きしめた。
額に口付け、そのまま唇もやんわりと塞ぐ。

「ん…悟…?」
「僕はとのんびり過ごせる場所が欲しかったんだよ。それに今はそれほど使わなくても将来的に家はあった方がいいでしょ」
「…悟…」
「ま、僕にここまでさせた女はだけ」

五条は笑いながら、もう一度の唇にちゅっと口付けた。

「という事で、俺の誕生日とクリスマスはコッチの家で過ごそう」
「え?あ…もうすぐ悟の誕生日…」
「ここだと外で食事しても近いから帰るの楽だろ」

五条はポケットから真新しい鍵を出すと「これはの鍵」と言って彼女の手のひらに乗せた。
そのキラキラ光る鍵を握ると、だんだん実感が沸いて来る。

「…悟!」
「わ…っ」
「I Love you...!」

五条にしがみつき、耳元で呟く。
胸がいっぱいでそれ以上の言葉が出てこない。

「今頃感動が来た…?」

の背中をポンポンと叩きながら体を少しだけ放すと、身を屈めての唇を優しく塞ぐ。
何度も啄むように口付け、の両頬を手で包むと、ふっくらとした唇を甘噛みする。

「ん…さと…る」

ちゅっと音をさせて名残り惜しげに離れるとの赤い瞳がかすかに潤んでいた。

「…そんな目で見られると今すぐ押し倒したくなっちゃうんだけど」

笑いながら五条がの唇に軽くキスを落とす。
するとは僅かに目を伏せて、

「…いいよ」
「え?」
「悟がそうしたいなら、いいよ」

そう呟くと、そっと五条の頬へ手を添えて、今度はからゆっくりと口付けた―――。




 


お酒飲んだ後のタクシーって何であんなに気持ち悪くなるんでしょうね笑🤮