Stay closer.20

※この先の内容には性的な表現があります。苦手な方、未成年及び架空と現実の区別がつかない方は観覧をご遠慮下さいませ。


2018年、9月。



七海たちと別れた後、は東京の自宅へと向かった。数年前、五条が二人で過ごす為に購入したマンションだ。
マンションの目の前にある大きな公園を歩きながら、は深い溜息を吐いた。
どんよりとした気分がそのまま足取りにも表れている。
いつもの軽快なヒール音は鳴りを潜め、字のごとく引きずるような足取りだ。
ツギハギを逃した焦燥感は未だ尾を引いているかのように、彼女に重く圧し掛かる。
自分だけならまだこの燻っている塊を消化できる。
けど今回は虎杖の心に最初から沈殿していたかのような殺意を目の当たりにした時、取り戻せないものの大切さを知った。
それは呪術師として生きていく上で虎杖には必要な経験だったのかもしれない。
けれど純真でひたむきなあの瞳が少しでも翳る事になるのは、にとって辛い事でもあった。

「はあ…悟に会いたい…」

青々と生い茂る木々を見上げながら、ポツリと弱音が零れ落ちる。
一週間前、笑顔で旅立って行った恋人を思い出し、深い溜息が漏れた。
こんな最低な気分の時は、愛する人の腕の中で眠りたいと思う。
知り合った頃はまだ知らなかった、甘い蜜月はをまた一つ欲張りにさせたかもしれない。
オートロックのドアを開け、受付の方からいつものように「お帰りなさいませ。五条様」と声をかけられる。
五条の名義になっている為、の事も"五条様"と呼ぶのだが、最初は照れ臭くて慣れなかった。
今はそれが少しだけ空しく感じるのは、結局その名で呼ばれる未来など叶えられない夢だからだろうか。
声の主に軽く会釈をしてエレベーターに乗り込むと、また一つ溜息が漏れた。
先ほどから何度となく振動しているケータイが再び震えだしたが、は出す事もなくスルーした。
どうせまた学長が文句の電話をかけてきたんだろう。

「最近は正道も小言が多くなってきたからなぁ…」

学生の頃よりはマシにはなったものの、たまにがやりすぎると、生徒達の手前、きっちり指導しなければいけないと考えているようだった。
もまさか自分が人を教える立場になるなど、昔は想像すらしていなかった。
五条の夢の為に力を貸して欲しいと言われて、ただ頷いただけだ。
でも皆が言うように自分が教師の器に値する人間だとは思っていない。
だから傷ついた虎杖にかける言葉など、見つからなかった。口を開けばきっと厳しい言葉をぶつけてしまいそうで。
呪術師をやっていれば好む好まないに関わらず、人の死には何度も直面する。
ハンターとして生きてた頃からそれはにとって当たり前のように身近にあったものだ。
未だに罪のない人の死に慣れはしないが受け止めなければならない。現実として。
そこを乗り越えなければ呪術師すらなれはしない。

(七海くんに預けて正解だったよ、悟…)

七海に虎杖を預けると決めた五条の選択に笑みが零れる。
そしてきっと五条は乙骨にも虎杖の事を頼んだんだろう。
でも何故そこまで、とふと思う。
確かに宿儺の器である虎杖は諸刃の刃ではあるが、五条が傍にいれば何の問題もないはずなのに。

(何か心配事でもあるのかな…)

五条は一人で色んな事を考えているから、その賄いきれない部分は自分がフォローをしたいとは思っている。
ただ如何せんこの適当な性格故にやらかしてしまう事が多々あるのが困りものだ。
数年前も何も考えずに出張先へ前乗りしたはいいが、結局、法則がある可能性も考えずに一晩中呪霊を探す羽目になった。
あげく大雪に阻まれ帰る事が出来なくなり、五条が迎えに来てくれたのは嬉しかったが、彼の誕生日に小さなラブホテルで過ごした事は今でも笑い話の一つになっている。

「そう言えばあの後だっけ…皆にバレたの…」

ふと当時の事を思い出して苦笑する。
まあ、あの時の五条の不自然な行動を考えれば、当たり前だったのかもしれない。
でも心身ともに疲れ切っていた時に来てくれた時は、本当に嬉しかった。

(今日もあんな風に目の前に現れてくれたらいいのに…。そしたら思う存分に甘えてこの心の重たい塊を取り除けるのにな…)

「あー今日はシャワー入ってビール飲んで寝ちゃおう。どうせ一人だし」

まだ夕方だというのに、頭に浮かんでしまった誘惑には抗えない。
確か冷蔵庫にビールを冷やしてあったはず、と少し軽くなった足取りでエレベーターを降りると、は自宅のドアを軽快に開けた。








2013年12月。


「本当に送らなくていいんですか?」

安田は念を押すように振り返り、五条とを交互に見た。
東京、とりあえず無事に都内へ辿り着いた事に安堵し、は関東らしい晴天を仰ぎ見た。
大雪が止むまでラブホテルに滞在し、次の日にやっと運行を再開した電車を乗り継いだ3人は、新千歳空港から即羽田へ飛んだ。
そして安田の運転する車で都内に戻って来たところで、五条が「あ、ここで僕達は降りるから」と言い出した。
そこは港区の一画であり、安田は訝しげに首を傾げた。

「高専、戻らないんですか?」
「うん。腹が減ったからと食事してから戻るよ」
「では僕、待ってましょうか」
「いや、いい。その後は買い物とかもあるし、時間かかるかもしれないから。安田さんも疲れたでしょ。早く帰って休んでよ」
「はあ…」

その無駄に愛想のいい五条の笑顔を見ながら、安田は少し違和感を覚えた。
いや、今だけじゃなく。五条が室蘭の駅に現れた時から何か小さな違和感がずっとあったように思う。
確かに五条とは学生時代から仲が良かった。
それでも出張先まで援護に来るなんて、五条はそんな面倒な事をするような性格ではない。

(もしやこの二人…付き合っているのか…?)

以前にも安田は何度かそう感じた事があったのを思い出す。
五条のに対する態度に変化が出てきた事に気づいたのは、二人と仕事をする回数が多い安田ならではだったのかもしれない。
今では伊地知という補助監督の後輩を指導する立場にある安田は、その辺の自分の目に自信があった。

(そう…今朝、確かにさんは五条さんの部屋から出てきたよな…?あの二人は隣同士の部屋だったから一瞬、見間違えたと思ったけど、やっぱり…)

頭の中で悶々としていると、五条はあっさり車を降りて、運転席を覗き込んだ。

「じゃあ安田さん、お疲れ様ー」
「あ…はい。お疲れ様でした」
「安田さんもお疲れ様!気を付けて帰ってね」

も少しは回復したのか、元気な笑顔で手を振ってくる。
安田は軽く会釈をして車を発車させた。
バックミラー越しに二人を見れば、道路を渡って大きな公園へと入って行く。

「…どこ行くんだ?あっち側に食事するような店なんかないけどな…」

二人が向かった方向、その公園を抜ければ、あるのは高級マンションが立ち並ぶ居住区くらいしかない。

「これは…付き合ってるというより、あの二人まさか…ど、同棲…?!」

キキキッとブレーキを踏み、後ろを振り返る。
すでに二人の姿はないが、安田は自分の勘が当たっているのを確信した。





「はぁ…スッキリした」

クタクタになりながらマンションに着くなり、は先にシャワーを済ませた。
今は五条が作っておいてくれたダージリンティーを口に運びながらソファで寛ぐ。
その五条もと入れ替わりでバスルームへと入って行った。

「しばらく雪はいいな…。海に降る雪景色は綺麗だったけど、やっぱり私には演歌な人生よりもロックな人生がいい…」

と、どうでもいい事を思いながら、ソファに凭れた。
一時はどうなるかと思ったが、案外どうにかなるものだ、と思いながらケータイのメッセージを確認する。
先ほど無事に東京へ着いた事とお礼のメッセージを室蘭の松本へ送っておいたのだ。
早速返信が届いていてメッセージを読むと、またおいでという言葉と一緒に可愛らしい絵文字が添えられていた。
もし松本が泊めてくれなければ、大雪の中、野宿をするところだった。

(どこか…グランマに似てたな…松本さん)

ふと遠い昔に亡くなった祖母を思い出す。
日本人の祖母もどちらかというと松本のようにあっけらかんとした性格で、とどこか性格が似ていたかもしれない。
の持つ力を、誰かの為に使いなさいと言い残し、最後まで誰かの事を思っていた優しい祖母が、は大好きだった。

「そっか…グランマの故郷にいるのよね、私」

今更ながらにその事を思い出し、ふと笑みが零れる。
不幸な運命を背負ってしまった孫の事をいつも案じてくれていた。

(グランマ…私にも…本気で好きになれる人が出来たよ…)

未来は明るいとは決して言えない。
でも今この瞬間、大切な人と共に過ごせる時間は、やはり掛けがえのないものだというのはにも分かってきた気がする。
これまで怖がってばかりいた自分が、どれほど臆病者だったのかという事も。
前に五条に言われた"まだ来てもいない未来がそんなに怖いってんなら勝手にしろ"という言葉は戒めとして忘れないように心の奥に留めてある。

「あ、そうだ…悟に買ったプレゼント…」

ソファから立ち上がり、は寝室へ入ると、クローゼットの奥からラッピングされた箱を取り出した。
これまで五条の誕生日にあげていた友達としてのプレゼントとは違う。
付き合ってから初めてプレゼントするものは、特別な物にしたかった。

「…?寝ちゃった?」

ふと後ろから声がしてハッと顔を上げると、五条がバスタオルで髪を拭きながら歩いて来た。

「…こっちにいたの。静かだから寝ちゃったのかと思った」
「あ、うん」
「まだバスローブ着てんの?風邪引くよ」
「悟もじゃない」
「僕は出たばかりでしょ」

五条は笑いながらバスタオルを椅子に引っ掛け、ベッドに腰を掛けるとすぐにの手を引き寄せた。

「わ…」

急に引かれたせいで五条の方へ倒れ込むと、手にしていた箱がベッドの上で弾んで床へと落ちる。
カツンという音がして、五条が落ちた箱に気づいた。

「ごめん…って、これは?」
「あ、それ、悟の誕生日プレゼントなの」
「え、マジ?大丈夫かな。壊れたりしてない?」

落としてしまった事で心配になったのか、五条は箱を軽く振って確認している。
は苦笑しながら「大丈夫だから開けてみて」と言って、五条の顔を覗き込んだ。

「何だろ。楽しみ♡」

五条は嬉しそうに微笑むと、の頬へちゅっと口付け、箱のリボンをスルスルと解いて行く。
そして中から出て来たジュエリーケースを見て「え」と声を上げる。

「アクセサリー?」
「まあ、そんな感じ。開けてみて」

に促された五条はその高級そうなクリスタルのケースをゆっくりと開けた。
そこには綺麗な宝石が施された細いブレスレット上のアクセサリーが入っている。
ぱっと見はプラチナのチェーンに見えるが内側には深い蒼色の石が埋め込まれていた。

「え…これ…宝石…?綺麗な色」
「それはブルーガーネット」
「ブルーガーネット?」
「ガーネットは本来赤いものしかないと思われてた石だけど青い石が後から発見されたレアストーンなんだって。人の悪意とか負のエネルギーから守ってくれるんだよ。呪術師にはピッタリの石だと思って」

はそう説明しながらブレスレットを取ると、五条の手首にそれをつけた。
逞しい手首にさりげなく飾られた、上品なそのブレスレットを見て、五条は嬉しそうに微笑む。

「悟…お誕生日おめでとう」
「…こういうプレゼントを貰ったの初めてかも…何かすっごく嬉しい」

五条は珍しいほど高揚した様子でを強く抱きしめた。
男の人に宝石はどうかと迷ったが、こんなに喜んでくれるとは思わなかった。
内心ホっとしながらも嬉しく思う。

「そ、それ…アクセサリーっていうよりお守りなの。悟を色んな悪意から守ってくれるようにと思って」
「うん…ありがとう、。大事にする」
「悟は最強だからお守りなんていらないかなって…思ったんだけど、でも―――ん、」

恥ずかしそうに顔を上げた瞬間、五条がの唇を塞ぐ。
ふわりと後ろへ倒され、背中にキングサイズのベッドの感触。
は驚いたように何度か体を捩ろうとしたが、五条の力には及ばない。
その間も唇を何度も啄まれ、舌先でなぞられ、また次第に深くなる口付けに頬の熱が上がっていく。

「んぁ…」

五条の舌が僅かに開いた隙間から侵入しての口内をゆるゆると愛撫していく。
その舌を受け入れるように絡ませれば、くちゅりと淫靡な音が漏れた。
軽く舌を吸い上げられ、上顎をなぞられると、の体がかすかに震える。
気づけば互いに呼吸が乱れて、求め合うようなキスへと変わっていた。

「…

長いキスが終わりをつげ、僅かに離れた互いの唇はしっとりと濡れている。
五条の息も乱れ、その碧眼は熱を灯した輝きに変り、の赫い瞳を優しく見下ろしていた。

「…いい?」

五条が切なげに尋ねる。
何に対しての問いなのかはも分かっていた。
先ほどから熱を持った男の劣情が主張して脚に触れているのを感じている。
情欲の浮かぶ碧い双眸が、五条の恐ろしいまでの造形美を引き立たせ、バスローブが乱れている胸元からは妖しくも男の色気を漂わせていた。
男の人をこれほどまでに綺麗だ、と感じたのは初めてだった。
が小さく頷くと、五条はふと微笑み、赤い唇にちゅっと軽いキスを落とす。

「……怖く、ない?」

怖くないと言えば嘘になる。
これから先、自分の心がどう変わっていくのか。二人の未来はどうなるのか。
考え出したらキリがない。
ただ五条が訊いたのはにとって初めての行為であり、その事に対しての怖くないかという問いだというのは理解している。
確かにそれも怖い。女性にとって初めての交わりは誰でも痛みがあると聞くからだ。

「こ…怖くない…」

言った矢先から目尻が潤んで来る。
そこへ口付け零れ落ちそうな雫を掬うと、五条は「嘘つきだな」と微笑む。

「だ…大丈夫だから…。は…早く…」

決心が鈍る前に、と思って言った言葉だった。
だがその途端、脚に当たっていた熱が更にその存在を主張するかのように硬くなった気がした。
ギョっとして五条を見上げると、

「…から涙目で早く、なんて強請られたから興奮する」
「……悟のエッチ」
「そんな僕と今からエッチなことしようとしてるのだーれ?」
「……ぐ…」

くくくっと笑われ、の頬が羞恥で赤く染まる。
その火照った頬へキスをすると、五条は額をくっつけ微笑んだ。

「……出来るだけ優しくする」
「うん…」

その返事を合図に再び口付けられる。
先ほどよりも深く交わる唇は、すぐに二人の熱を上げていった。




「……痛い?」
「…ん…ぁっ…」

ふるふると首を振りながら、初めて異物を飲み込んだ場所からトロリと蜜が溢れるのを感じた。
最初の言葉通り、五条に優しく丁寧に愛撫された肉体は、すでに蕩けきっている。
今も中を解そうと長い指がゆっくりと抽送していて、初めこそ異物感のあったその行為も、今では蜜を溢れさせる甘い刺激に変わっていた。

「…ぁあ…っん」

中指で抽送しながらも主張している芽を親指の腹で撫でると、の肩が跳ねて背中が僅かにしなる。

「ここ…気持ちいい?」
「…やぁ…」

先ほどより強く撫でられると腰が引きつるように揺れて、は頭を振った。
くすぐったいような、むず痒いような、そんな強い刺激が脳に伝わる。

「そ…そこ…や…だ…」
「…ん?ここ?」

五条が意地悪をするかの如く再び芽を撫で、軽く押しつぶすと、ビクビクと体が震えての声が跳ねる。

「…や…!くすぐったい…てばっ」
「くすぐったいところは性感帯だから気持ちいいってことだよ?」

苦笑しながら説明すると、五条は涙目で睨んで来るの唇を塞ぎ、すぐに舌を絡ませた。
その間も指の動きは止めず、重なった唇の隙間から、のくぐもった声が上がる。
ずるりと指を引き抜き、浅い溝を指で往復させれば、また蜜が溢れてきた。

「だいぶ濡れてる…」
「…んっ…ん」

蜜を指に絡めながら何度も往復させ、主張した芽を撫でると、だいぶ慣れて来たのかがくすぐったがる事はなくなった。
代わりに甘く控えめな嬌声が漏れ聞こえて来る。

「…可愛い声…気持ちいい?」
「き…きかな…いでよ…」

未だ恥ずかしそうに顔を背けるに、五条はふっと笑う。
愛おしそうに頬へ口付け、もう片方の手で顔を自分の方へ向けると、やんわりと唇を重ねる。

…も…う我慢出来ない…挿れていい?」

本来ならすぐにでもそうしたい衝動を押さえながら、が怖がらないよう事を進めるのは意外と辛かった。
これまで何度も抱きたいと思わせられた相手であり、五条も初めて経験するかのような昂りに限界が来ている。
僅かに唇を離して問いかけると、呼吸を乱したが薄っすらと目を開ける。
その誘うかのような扇情的せんじょうてきなな美しさに、五条は小さく喉を鳴らした。
は恥ずかしそうに目を伏せながらも小さく頷き、それをOKと受け止めた五条は熱く滾るものを濡れた場所へ押し当てた。

「…ぁぁあっんぁっ」

腰を押し進めた矢先、の体と声が跳ねる。
濡れてはいても初めて異物が体内に入って来る痛みは抑えられなさそうだ。
は歯を食いしばり、五条の腕を強く掴んでいる。

「…やっぱ痛いか」
「…だ…だいじょ…ぶ…」

途中で動きを止めた五条は辛そうに息を吐きながら、激痛に耐えるを見下ろした。
処女の子を抱くのは五条も初めてで、こんな時どう声をかければいいのか分からない。
そしても想像以上の痛みに内心驚いていた。
先ほど五条が与えてくれた甘い刺激とは全然違う強烈な痛みに、大事な部分が裂かれるのでは、という恐怖が先に来る。
薄っすらと目を開ければ、五条も辛そうな顔をしていて、一瞬男も痛いんだろうか?とは思った。

「…さ、悟…痛いの?」
「え?」
「だって…悟…も辛そう…」
「あーそれは…そうなんだけど…痛いのと違う」
「…違…う?」

では何でそんな辛そうな顔をしてるんだろうと思っていると、その気持ちを察したのか、五条がかすかに笑った。

「僕は痛いとかじゃなくて凄く気持ちがいいから困ってる…」
「き…きも…ちいい…?」

私はこんなに痛いのに?とが驚く。
それも顔に出ているだけに、五条は軽く吹き出すと、

の中が気持ち良すぎて…今、動きたくてうずうずしてるから…我慢してるのが辛いの。…分かる?」
「………ッ」

困ったように眉尻を下げる五条に、案の定の顏が真っ赤に染まる。
ただでさえ火照っている体の熱が更に上がり、汗ばんだ肌から甘い香りが誘うように流れだす。
それは特有のフェロモンで、今の五条にとっては媚薬に等しい。

「…っはあ…やば…頭の奥が熱い…」
「…さ…悟…大丈夫だから…動いて…」

痛みを我慢しながら、そっと指先で五条の頬に触れる。
その手を握ると、五条はその指先に口付けた。

「…

甘く切なさを含む声が耳元で名を呼ぶ。
普段よりも低く、少しだけ掠れた声が、五条の余裕のなさを伝えて来る。

「…愛してる…そんな言葉じゃ足りないけど…」
「…私も…悟を…愛してる…よ」

額をくっつけて子供のような目で見つめて来る五条に、は優しく微笑んだ。
そしてゆっくりと目を瞑れば、目尻から涙が流れてシーツを濡らしていった。
それが合図かのように、再び腰を押し進めれば、が短く声を上げた。
ズクリという感覚の中で熱い塊が蜜路を押し開いて行く。

「ひぁ…っ」

とうとう最奥まで五条を受け入れた痛みは、繋がった部分から脳まで一気に駆け抜けた。
深く繋がり、二人の距離がゼロになる。
まるで一つになったような初めての感覚で、それは痛みよりも喜びをに与えた。

…大丈夫…?」

まだ全てを受け入れただけに過ぎない。
なのに涙が溢れて止まらなくなった。

「だい…じょうぶ…」

辛そうに、それでいて愛情深い碧色に見つめられ、の心の奥の好きが溢れた。
触れている全ての場所が、愛おしくてたまらない。
それはが恐れていた想いであり、もうここから後戻りはできないのだと悟った―――。








2018年9月。



「お帰り~!」
「……は?」

開けた瞬間、両手を広げ、満面の笑みで出迎えてくれたのは、海外出張に行ってるはずの五条悟その人だった。

「な、何で?!アフリカは?」
「もーまずはお帰りのキスでしょ。出張帰りは必ずキスで出迎える事!そう決めたよね?」

玄関口で驚きのあまり固まっているを見て、五条は不服そうに唇を尖らせた。
その約束は過去に五条が勝手に決めたものだ。
は未だ了承した覚えはないのだが、五条の中ではシッカリ決められた"約束事"になっているようだ。
未だ動こうとしない恋人を出迎えるように、五条はの手を引っ張ると、自分の腕の中へと収めた。

「あ~癒される♡」

の頭に頬ずりをした後、五条は彼女のサングラスを外すと、身を屈めてふっくらとした唇を塞ぐ。
そこで我に返ったは軽く五条の体を押し戻した。

「ん…何で離れるの…」
「だ、だって…帰国するの明日じゃ…」
「意外と早く憂太と会うことが出来てさ。だから帰国も一日早くなったんだ。まあそれでサプライズしようと思ったんだけど、なかなか帰ってこないから、さっき電話しちゃったけど」

そこで先ほど何度かケータイが鳴っていた事を思い出す。
あれは悟だったのか、とは思わず項垂れた。

「あれ…嬉しくないの?愛しい恋人が早く帰って来たのに」
「嬉しいよ…。だって…凄く会いたかったから」

少し挫けそうになっていた心を癒すかのように、は五条の胸に顔を埋めた。
いつになく素直なの態度に、五条も少し驚いたように固まる。

「どうしたの?何か素直…」
「私は素直だもん…」
「まあ…確かにね。は自分の欲望には素直」
「よ、欲望って…何よ」

むっとして顔を上げると、五条は目隠しを指で下ろして、その綺麗な碧眼を僅かに細めた。

「だってまーた買ったでしょ」
「…え?」
の部屋、また洋服が増えてたし。それも未開封」
「あ…」

先日、家入とショッピングに行った際に買った物を思い出し、はえへへと笑って誤魔化した。
寮の部屋と同様、このマンションの個室にはの物が溢れかえっているのだ。
でもその理由も今は分かっている五条は「仕方ないなあ」と苦笑しながらの額にキスを落とした。

「僕が出張で出かけるたびに増えてくのはもう恒例行事だね」
「…そ、それほど買ったつもりは…」
「はいはい。別にいいけどね」

五条は笑いながらの体を抱き上げた。

「な、何…?」
「帰ってきたらまずはシャワーでしょ。んでその後は冷えたビール」
「………」
「その顔はそのつもりだったな」
「そ、それは…だって…」
「まあシャワーはいいとして。その後は僕にしてもらおうかな」
「…え?」

意味深な笑みを浮かべた五条はを一度下ろすと、再びやんわりと唇を塞ぐ。
角度を変えながら、優しく啄む甘いキスに、体の力も抜けていく。
腰を抱き寄せられ、されるがままに五条の唇を受け止めていると、腰に硬いものが押し付けられた。

「あー何か今すぐが欲しくなってきた…」
「…ちょ…」

ふと唇を離し、耳元で呟く五条に、は慌てて押し付けられた体を押し戻そうとした。
その手をすぐに拘束されて、体を抱き上げられる。

「な…さ、悟?」
「ん?」
「何…する気?」
「え、それ僕の口から聞きたいの?」

ニヤリと笑う五条に、ぐっと言葉が詰まる。
だがここで押し切られてはシャワーも浴びないまま、あんな事やそんな事まで色々されるのは耐えられない。
一度"エッチモード"に突入すると、一度や二度で満足するような男ではない事をは嫌というほど知ってしまっている。
それも一週間はお預けだった事で確実に今、五条悟は欲求不満だろう。

「ほ、ほんと待って…せめてシャワーだけは先に入りたい。私、戦ってきたばかりだし…」
「あーほんとだ。何かその呪霊の呪力がにまとわりついてる…。特級相当だな」

六眼で視ているのか、五条の顏が僅かに曇る。

「ったく…僕のにこんなの残す不届きな呪霊は誰だよ」

さすがに戦闘後では可哀そうだと思ったのか、五条は渋々といった顔でをバスルームへと運んでいく。
そこでやっと下ろしてもらったは顔を上げた瞬間、「え」と声を上げた。

「な、何で悟も脱ぐの…?」

何故か五条も着ていたカットシャツを脱ぎだし、ギョっとした。

「ん?だって一緒に入るから」
「は、入るからって…」

と拒もうとしたが、すぐに抱きしめられた。

「もう一週間もに触れてないんだから…傍にいたいんだよ」
「…悟」
「今夜は寝かせないから」
「…ちょ…っとそれは」
「いや?」
「い…嫌じゃないけど…」

そこでふと顔を上げると、嬉しそうに微笑む五条と目が合う。

「…だと思ってた」

その言葉にも照れたように微笑むと、どちらからともなく口付けた。

本当はもっと触れ合いたい。
明日も、1年後も、10年後も―――。