Red and blue.23

※この先の内容には性的な表現があります。苦手な方、未成年及び架空と現実の区別がつかない方は観覧をご遠慮下さいませ。




君と初めて出会うその瞬間までは、一人で生きていけると思っていたんだ。
あの頃、抱えていた迷いも、心残りも、無邪気な笑顔で、全て吹き飛ばしてくれたね―――。




2014年2月。

この日、五条とは定期的に様子を見に行っている少年の元を訪ねていた。
御三家、禪院家の血筋だが、両親ともになく、義理の姉と二人暮らしをしている少年だ。
二人が付き合う前から、五条は何度かに会わせた事がある。
出会う前、五条の身に起きた事はも簡単な説明をされていたが、未だにその少年の父親に五条が殺されかけたという話は信じられない思いだった。

「まーだ疑ってるの?」
「だって…呪力が一切ない相手に悟がそこまでボコボコにされるとか意味わかんないし」
「ボコボコって…」

五条は苦笑しながらも「まあ、あながち間違ってはないけど」と過去を振り返る。
本当なら思い出したくもない初めての敗北。
最強という自負が脆くも崩れ去った瞬間の、苦い記憶だ。
あれ以来、どんな相手でどんな状況でも油断はしないよう、五条は自分を律してきた。
"絶対"はないのだと。

「あ、恵じゃない?あれ!大きくなってる」
「ああ、ほんとだ。まあは一年前に会って以来だもんな」

小学校から出て来た少年を目ざとく見つけたは「恵!」と声をかけ、笑顔で手を振った。
少年、伏黒恵はと五条の姿を見つけるとギョっとしたような顔で走り寄って来る。

「学校には来るなよ…っ。二人とも目立つんだから」
「いーじゃないの、別に」
「良くないよ。次の日、皆から誰だって色々聞かれるしウザいんだよ…」
「もう…久しぶりに会ったってのに相変わらず生意気」

頬を膨らませ、は指で伏黒の額を小突いた。
伏黒は「いてーな…」と文句を垂れながらも、少し恥ずかしそうに頬を赤くし、唇を尖らせている。
以前よりは話してくれるようになったのはいいが、最近は反抗期なのか生意気な口を利くようになってきた。
二人のやり取りに五条も苦笑しながら「久しぶりだな、恵。元気してた?」と、その頭に手を置いてクシャリと撫でる。

「アンタは一か月前も来たろ…新年の挨拶とか言って」
「一か月も絶てば色々変化もあるでしょ。恵の歳ならさ」
「別に…ねーよ」

その鋭い目を細めて、スネたようにプイっと顔を背ける伏黒を見て、五条も笑いながら肩を竦める。
低学年の頃から定期的に会い、勉強の為と言ってはこっそり自分の任務に連れては行っているが、未だに懐く気配はない。
でもと一緒に来た時はその態度が軟化するのを思い出し、今日久しぶりに彼女も連れて来たのだ。

「津美紀ちゃん元気?」
「…相変わらず説教ばっか」
「説教されるような事してんだろ、恵が」
「してねーよ。ガキ扱いすんな」
「実際ガキでしょーよ」

五条は笑いながら身を屈めると、ムっとしている恵の顔を覗き込んだ。
伏黒は五条のこういう人を舐めた態度が昔から気に入らないのだ。

「…何しに来たんだよ」

相手にするのも面倒になり、伏黒は家に向かって歩き出した。
当然、五条ともその後に続く。

「恵、暇でしょ?デートしようよ」
「はあ?」

ニコニコしながら自分の手を勝手に繋いでくるを見上げ、伏黒は徐に顔をしかめた。
しかしその頬はほんのり赤い。

「勝手に暇とか決めつけんな」
「えーじゃあ用事あるの?あ、友達と遊びに行くとか?」
「…行かねえけど」
「じゃあ暇じゃない」
「…ぐ…」

にアッサリ言われて、伏黒も言葉に詰まる。

「素直じゃないね~恵は」
「…うるせぇ」
「オマエ、生意気度アップしてね?」

五条はしかめっ面の伏黒を見て苦笑いを浮かべた。
あまり笑わないのは昔からだが、ここまで口が達者になるのはいい傾向なのか悪い傾向なのか、五条にも分からない。
だいぶマシになってきたとはいえ、五条も人の事は言えないほどに昔は口が悪かった。

「よーし!じゃあ遊園地いこ!」
「は?遊園地って…」
「私が行きたいのー!付き合ってよ、恵」

ね?と言っては伏黒の手を引っ張って行く。
その後を五条も苦笑交じりでついて行った。

「ま、今日は任務も終わらせたし、たまにはいっか」
「このクソ寒いのに何で遊園地なんだよ…」
「だーってバレンタインじゃない、今日」
「……だからっ?」

さすがの伏黒もと話してると、自分より年下と話してる気分になる事がある。
大人のクセに脈絡のない事ばかり言って来るからだ。
そこが面白いと思ったりもするが、疲れる事もしばしば。

「どーせ恵は愛想もなくてチョコ貰えないだろうし寂しく帰るだけだろうなと思って。だから遊園地でパーっと遊んでチョコ貰えなかった事を忘れさせてあげようっていう私の優しさじゃない」
「…余計なお世話だよ!別にチョコなんか―――」

と伏黒がを見上げて文句を言おうと口を開けた時、中へ何かを放り込まれた。

「…甘」
「美味しいでしょ?」

がニッコリ微笑む。彼女の手にはいつの間にかチョコの箱が乗せられていた。

「あー!それ僕が食べたいって言ったやつ!」
「え?ああ、でもまだ沢山買って来たし」

五条が騒ぎ出したのを見て、は手に持っていた紙袋から新しいチョコを出した。
は日本のバレンタインの仕組みが好きじゃないので人にあげる気もさらさらなかったが、去年五条に感謝チョコとして初めてあげた事で、今年は恋人としてチョコが欲しいと言われた。
そこでチョコを二人で買いに行ったのだが、小学生くらいの女の子がチョコの袋を持っているのを見かけて、はふと目つきの悪い少年の顔を思い出したらしい。
いきなり「恵にもあげに行こうよ」と言い出し、五条はせっかくのデートを子連れでする事になり、少々不満げだ。
しかも手を繋ぎたいのは自分なのに、の右手には伏黒の手が繋がれてる。
これで五条が反対側の手を繋げば、何となく親子に見られてしまいそうだ。
こんな目付きの悪い子供の親と思われるのは心外ではあるが、でもそう見られるのもまんざら嫌な気分でもない。

(って言っても恵も11歳?いくら何でも親子には見えないか。せいぜい年の離れた兄弟だな)

内心苦笑しがら、手を繋ぐ以前にの左手はチョコの入った紙袋で埋まっているので五条がそれを持つことにした。

「…悟?」

不意に紙袋を奪われ、ふと顔をあげれば、五条がニッコリ微笑んだ。

「こうすれば手を繋げるでしょ」
「あ、そっか」

ぎゅっと握り締めた後で指を絡めれば、も照れ臭そうに笑う。
こうして二人の時間が同時に空いたのは久しぶりで、だからのんびり出かけるのも久しぶりだった。
その行先が伏黒少年に会いに行く、というのは五条としてはかなり不服ではあったが、と一緒に遊園地というベタな場所でデートするのも悪くない。
そう思っていると、反対側にいる伏黒から訝しげな目で見られている事に気づいた。

「なーんだよ、恵」
「…何だよってこっちの台詞。何でと手ぇ繋いでんの…?」
「あー…」

明らかに敵意剥き出しといった目つきの伏黒を見て、五条はニヤリと笑った。
伏黒がを連れて行くと少しだけ態度を軟化させる意味を今、五条は理解したのだ。
それが男女の間に生まれるものなのか、それともまたそれとは違うものなのかは分からないが、伏黒少年は少なからずに好意を抱いてるという事を。

(歳もひと回りは離れてるってのにませてるねえ…。ああ、でもガキの頃って幼稚園の先生とかに憧れたりするもんか)

そんな事を考えつつ、子供相手だからと言って容赦しないのが五条悟だった。

「何でって、僕とは付き合ってるから」
「…………は?」

たっぷり数十秒は経った後で感情のない一言が伏黒少年の口から零れ落ちる。
それを聞いていた五条は密かに笑いを噛み殺した。
伏黒少年にを初めて紹介した時は確か「僕の後輩。今僕は彼女の指導係してんの」と説明した気がする。
それから数年はその関係に変りなかったし、その間に何度か会っていた伏黒も二人はただの先輩後輩の間柄という認識であっただろう。
それを一気に崩されたのだから驚くのも無理はない。

「付き合ってる…?」

五条の言葉だけじゃ信じられなかったのか、伏黒は自分の隣を歩いているを見上げた。
それは今、五条が言った事は本当かと促すような表情だ。
もそれに気づき、少し照れ臭そうな笑顔を見せると、小さく頷いた。

「まあ…そういう事になりまして」
「……へぇ。、趣味悪い」
「お、それは僕にケンカ売ってるって事でいいのかな?伏黒恵くん」
「いってぇな…」

五条が拳を固め、それを伏黒の旋毛辺りでグリグリする。
でもまあ、そう言いたくなる気持ちも分からないでもない。
しかし言われた当人は「え、そう?悟と付き合うと趣味悪いの?」と首を傾げていた。

「恵はただヤキモチ妬いただけだよなあ?」
「は?何それ。妬くわけねーじゃん」
「アンタが誰と付き合おうと俺には関係ないし」
「……僕かよ」

自分を見てキッパリ言い切る伏黒を見て、五条は苦笑した。
妬いてるというのは、に五条を取られたから、という意味で言われたと勘違いしたらしい。
その辺はより五条の方が伏黒との付き合いも長く一緒に過ごした時間も長いのだから、多少の勘違いをしてもおかしくはない。

「ねーそれよりどこの遊園地行く?やっぱディズニーランド?」
「え、今からディズニーは無理だろ。ミッキーは次って事で、今日はそうだなぁ…近場で後楽園かな」
「恵は何乗りたい?」
「…マジで行くわけ?」
「もちろん」
「それが行きたいだけじゃねーの」
「えへへ、バレた?恵、付き合ってよ」
「仕方ねぇなあ…」

に笑顔で頼まれ、伏黒は溜息交じりで応える。
その大人びた態度には五条も苦笑しながら、たまにはこういうのもいいか、と思う。
でもまさか、この時あんな事が起こるとは、五条も思っていなかった。

近くで待機していた安田に車で遊園地まで乗せてもらった三人は、到着して早々、何から乗る?何か食べようと騒いだ後、まずは定番のジェットコースターから手を付けた。
伏黒もここ数年でだいぶ身長が伸びていた事もあり、難なく身長チェックもクリア。
と最前列を陣取り、ジェットコースターが上がって行くのをワクワクしながら待っている。
一人ぶーたれていたのは恋人をすっかり小学生に取られた形の五条だった。
二人の後ろの席で一人寂しく絶叫マシーンに乗ったのだが、よくよく考えれば五条にとってこんなものは怖くもなんともない。
それはも同じだろうが、己の力で飛び回るのと、自分で制御できない乗り物に乗るのとでは気分も違うらしく、何だかんだと楽しそうだ。
下って行くスピードに叫んでいるを後ろから眺めつつ、五条は隣に座って顔を強張らせている伏黒を見ては笑いを噛み殺した。
生意気な少年と言えど、こういうものは少し苦手のようだ。

「あー楽しかったぁ~!次、何乗る?」
「まだ乗るのかよ…」
「えーまだ序の口でしょ。ね?悟」

一通り乗り物を乗った後で、がパンフレットを見ながら振り向く。
五条も特に疲れてはいなかったが、伏黒が少し疲れてるようだったので、頭に手を置きグリグリと撫でてやる。

、恵が疲れてるから少し休もう」
「疲れてねぇし…」

頭に乗せられた手をウザいと言いたげに払う伏黒に、五条も僅かに目を細める。

「せっかく気ぃ遣ってやったのに」
「頼んでない」
「あーっそ。じゃあまた絶叫系いくー?」
「………」

五条の意地の悪い言葉に、伏黒も更にムっとする。
その時が「あ、あれ乗ろ」と観覧車を指さした。

「あれなら少し休めるし飲み物買って乗ろうよ」
が乗りたいんならいいよ。恵はどーする?嫌なら待っててくれても構わないけど。僕もと二人きりで乗りたいし―――」
「乗るよ」
「…あっそ」

二人きりにしてなるものか、と言わんばかりに伏黒が前を歩いて行く。
その後ろ姿を見ながら、五条は笑うしかなかった。

「素直じゃないねぇ、どうも」
「ん?悟、何か言った?」
「いや…んじゃ乗りますか」

にニッコリ微笑み、彼女の手を繋ぐと、五条は途中の店で飲み物を購入した。
だいぶ日も沈み、観覧車から見る夕日は絶景と言えるくらいに綺麗だ。

「うわぁー何かドームのライトと相乗効果で幻想的…凄く綺麗だね」
「…うん」

窓の外を眺めながらはしゃぐに、伏黒もこの時ばかりは素直に相槌を打つ。
そしてそんな二人を仏頂面で睨みながら、ズズっと音を立ててはストローでコーラを飲んでいるのは五条だ。
観覧車と言えば恋人同士のメイン的乗り物といっていいはずなのに、何故かの隣には自分ではなく伏黒少年が陣取っている。
五条は向かい側の席で恨めしそうに伏黒を見ていたが、ふと外へ視線を向けた。
確かに沈みかけた夕日がやけに眩しくて、幻想的というよりは逢魔が時という言葉の方がしっくりくるな、と五条は思う。

「あー恵…口についてる」
「え、あ…さんきゅ」

が伏黒の唇についたクリームを指で拭う。
別に伏黒が頼んだわけじゃないのにクリームソーダなる物を買って来たのは五条だ。
ガキだと煽られてる気がしてイラっとしたものの、も同じ物を嬉しそうに受け取っているのを見て、拒む事が出来なかった。
伏黒は目の前で自分の口元を拭いてくれるの吸い込まれそうなほど輝いている赤い瞳をつい眺めていた。
日中は眩しいといってかけているサングラスも夕焼けを見る時に外したようで、こんなに至近距離での瞳を見るのは伏黒も初めてだ。
普段は身長差があり、直接目をマジマジと見れるわけでもないので、その赤い瞳を見てふわふわしてくるのが、一度忠告された事のあるソレだとは気づきもしない。
あまりに綺麗で少し恥ずかしくなってきた伏黒は、ふと視線をハズした時、今度は彼女のふっくらとした唇が視界に入り、ドキっとする。
ついでにそこに付いているものに気づいた。

もついてんじゃん」
「え、嘘。ここ?」
「違う。こっち」

が慌てたように舌で唇の端についたクリームを舐めとろうとしている。
それを教えるように手を伸ばした伏黒だったが、この時本当に無意識にの唇へ自分のそれを近づけていき、そして気づけばキスをしていた。

「……っ?!」
「あー!!」

いきなり伏黒にキスをされ、固まると、夕焼けを見ていた視線を前に戻した五条が叫ぶ。
そしてハッと我に返った伏黒が慌てて唇を離した時、頭頂部にガンっと衝撃が走った。

「僕のに何してんのっ!!」

奇しくもに惑わされた被害者の一人になり、伏黒は小学6年にしてファーストキスの味を知ってしまった。










2018年、9月。


「えぇー-!!観覧車でしたの?!したのね?!伏黒!」(釘)
「マージーでー!彼氏の五条先生の前でするなんて命おしくねーの?!ってか殴られてんのか!ぶっはは」(虎)
「ってかそれ完全にクリームソーダの味じゃない!ウケる~!」(釘)
「え、でもファーストキスはレモン味って言わねぇ?」(虎杖)
「はあ?誰よ、そんなこと言ってる奴!伏黒は完璧にクリームソーダ味でしょ」(釘)
「…だー-!うるっさい!!そして五条先生!余計な話しないで下さいっ!」(伏)
「そ、そーだよ、悟!あれは恵のせいじゃなくて私がサングラス取っちゃったから―――」
「だからって何も僕の前で堂々とにチューすることなくない?理性がないガキの典型だね、恵は」
「あぁっ?!アンタに言われたくねーよっ!!年中に盛ってんだから!」(!)
「まあ、それは認めるけど」
「認めんのかい!」(虎)

交流会が特級呪霊や呪詛師などの乱入で中途半端に終わった昨日、とりあえず一日の休みを挟んで個人戦をやる事になり、特級と戦い負傷した伏黒や真希、狗巻と加茂はそれぞれ家入の治療を受けて一日安静にしていろと言われた。
伏黒も特に心配したような後遺症もなく元気にはなったが、寮の部屋で休んでいたところに虎杖と釘崎、そして五条とがピザを持ってお見舞いに来たので、皆でそれを食べていた時。
何故か昔話で盛り上がり、その流れで五条がや伏黒と遊園地に行った時の事を思い出したのだ。
そして前にポロっと皆にバラした伏黒のファーストキス話を聞きたがっていた虎杖釘崎に、五条が当時の事をペラペラと皆に話してしまった。
おかげで当事者の伏黒とは気まずそうに頬を染めながらも視線を反らしている。

「まあ、でも先生の目を至近距離で見たらヤバいってのは分かるな…。エロい事に興味なさそうな伏黒までをも惑わせるなんて恐るべし!」
「はあ?虎杖アンタバカなの?エロい事興味ない男がいるわけないでしょ!コイツはムッツリなのよ」
「…誰がムッツリだよ…!」
「あら、アンタ、その顔でムッツリじゃないとでも?現に先生にチューしちゃってんじゃない」
「…ぐ…っ」

それを言われると伏黒は何も言えない。実際にキスしてしまっているのは確かなのだから本当に何も言えない。
だからこそ、この二人には話して欲しくなかった、と呑気にピザを頬張る五条を睨む。
もそこは同じようで、呆れ顔で五条に文句を言っていた。

「ったく…悟ってば余計なこと言って…」
「余計な事じゃないよ。あれは今でも僕の中ではショックな出来事として記憶にこびりついてるからね」
「忘れてよっ!恵も子供の時の事なんだからそんな落ち込まないでね」
「…落ち込んでは…いませんけど…」

伏黒にとっても忘れたい過去のうちの一つではあるが、落ち込むというより恥ずかしいだけなのだ。
子供だったとはいえ、あの惑わしに抗えなかった自分が一番恨めしい。

「でもまあ、伏黒のケガも大した事がなくて良かったな」

と虎杖が気を遣って話題を変える。
特級呪霊の術式で体内に根を植え付けられ、伏黒の呪力が完全な状態だったら実際マズい事になっていたのだ。

「あの時、呪力カラカラだったのが逆に良かったみたいだ」
「ああ、その前に京都の加茂って天然キザ野郎と散々戦ってたんだっけ」
「まあ……根を取り除いた時点で家入さんの治せる程度だった(釘崎…それは本人の前で言うなよ?)」
「へ?そういう事もあんの?」
「虎杖…アンタ、ソイツと戦ったんでしょ?」

呑気にピザを食べている虎杖を見て、釘崎が呆れ顔で溜息をつく。
その時、ふと伏黒が「虎杖」とその名を口にした。

「オマエ、強くなったんだな」
「んあ?」
「あの時、俺達それぞれの真実が正しいと言ったな。その通りだと思う。逆に言えば俺達は二人とも間違ってる」
「答えがない問題もあるでしょ。考えすぎハゲるわよ」
「そうだ…答えなんかない。後は自分が納得できるかどうかだ。我を通さずに納得なんか出来ねえだろ。弱い呪術師は我を通せない」

伏黒はそう話すと、真っすぐ虎杖を見た。

「俺も強くなる。すぐに追い越すぞ」
「ははっ。相変わらずだな」
「私抜きで話進めてんじゃないわよ」
「それでこそブラザーの友達だな」

「「「「「「―――ッ!!!」」」」」

もしんみり生徒達の会話を聞いていたのだが、突如沸いたこの場(伏黒の部屋)に見慣れない男の存在にギョっとしたように固まった。
五条は呪力の気配で気づいていたのか、笑顔で「葵~お疲れ~」と声をかけている。
そして虎杖だけは窓から外へと物凄い速さで逃げて行った。

「五条さん…っと、さん!!!」
「…げっ」

を見つけて目をハート型にした東堂葵に、は慌てて五条の背中に隠れた。
だが今は親友の虎杖を追わないといけない、と心を鬼にした東堂は、涙ながらに「さん…また今度ゆっくり」とだけ言って、窓から飛び出して行く。

そこで全員が窓の外を見ると、塀や建物の上を逃げ回る虎杖と、「待ってくれ!ブラザー!」と必死に追いかける東堂の姿があった。

「感謝はしてる!でも勘弁してくれ!あの時の俺は正気じゃなかったんだー!」
「何を言っている?ブラザーは中学の時からあんな感じだ!」
「だから俺はオマエと同中じゃねえ~~!!!」

すっかり京都校の曲者と名高い東堂に気に入られた様子の虎杖。
と五条は苦笑しながら、その追いかけっこを眺めていた。
そして事情の知らない釘崎は首を傾げつつ、

「な…何で仲良くなってんの?あのゴリラと」
「ゴリラって野薔薇、面白い事いうね~。ま、葵と悠仁は気が合うだろ。それに葵は人を教える才能があると思わない?
「うん。何か凄く意外だけど…悠仁の潜在能力を実際あそこまで引き出したのは葵だもんね。…凄く、意外だけど」

大事な事は二度言っておくスタイルのに、五条も「ひでぇ」と軽く吹き出した。
が、そこで五条は時計を見ると、の手を引いて立ち上がる。

「んじゃ僕らは帰るけど…恵。今日はまだ安静にしててね。明日の交流会は続行になったんだから」
「はい…」

それだけ告げると、五条はと部屋を出た。二日目の個人戦は明日、行われる。
だが、五条は通常通りの個人戦をやる気はなかった。
さて、何をやらせようと、と考え始める。

「はあ…でも皆、ケガが大したことなく終わって良かった…」

二人で教師専用の寮がある建物へと歩きながら、は軽く息を吐いた。
高専の敷地内を難なく突破され、特級呪物を盗まれた事は前代未聞。
11人が犠牲になってしまったが、生徒は誰ひとりとして死者が出なかったのは教師としてはホっとするところではある。

「ま、今回の事は始まりに過ぎないだろうけどね」
「…うん。でも誰なんだろうね、スパイって」

ポツリとが呟いた。
生徒、教師、補助監督、その他の呪術師たち。疑い出せばキリがない。
敵が知っている情報は今のところ高専の関係者であれば誰でも知り得るものだ。
ただ何の目的があって呪詛師や呪霊と手を組んでいるのか分からない。

「ま…調べて行けば分かるでしょ。京都の方は歌姫に任せよう」
「うん…」

ゆっくりと五条が屈んで赤い唇に軽くキスを落とすと、も照れ臭そうに目を伏せながらも頷いた。

―――その日の夜だった。の元に一本の電話が入る。

「え?ペンシルベニア?」
「うん…」

少し驚いたように、五条はベッドから起き上がった。
明日の交流戦最終日の為、今日は寮に泊り、五条の部屋でのんびり映画のDVDを観ながら寛いでいた時。
にもう一つの仕事を依頼する電話が入ったのだ。
その国は暫く行っていなかった事もあり、被害が広範囲に及んでいるらしい。
他のハンターにも依頼したが人手が足りず、今すぐにも来て欲しい、との事だった。

「だから長期出張になりそうなの…」
「え、いつ発つの?」
「一応こっちの事情を話したら来月頭からって事になった」
「来月頭って…明後日じゃん」
「うん…明日の交流戦が終わった後にしてもらったから」

は少し目を伏せ、小さく溜息をついた。
その表情を見る限り、行きたくないんだろうというのは五条にも伝わってくる。
確かに今、高専の周りはゴタついていて、姿の見えない敵がいつ襲って来るかも分からない。
皆の事が心配なんだろう、と五条はの心情を察した。

、おいで」

ケータイを手にしたまま項垂れているの腕を引っ張ると、自分の足の間へ座らせ、後ろから抱きしめた。

「皆が心配なのは分かるけど、そっちも大事なの役目でしょ」
「うん…そう、なんだけど…」
「だったらそんな顔しないで。僕も心配で送り出せなくなる」
「…ごめん」

頬にそっと口付ける五条の方に顔を向けて、も僅かに笑みを見せる。
今は互いにトレードマークの目隠しやサングラスはしていない。
薄暗い室内で輝きを放つ赫と蒼が一瞬だけ絡み合い、そして自然と二人の唇が重なった。
そのまま、どちらからともなくシーツの波に倒れ込み、また唇が重なる。
きっと言葉に出さなくても、小さな不安を消し去りたいのは同じだろうという事は、五条もも分かっていたのかもしれない。

「…

いつものように熱の灯った低音に呼ばれ、の体がかすかに震える。
五条から与えられる甘い疼きの波がよりいっそう、全身を駆け巡り、の思考を乱していく。

「…んぁあ…っあ、さと…る…」

硬く主張した熱の塊に貫かれ、そこから更に甘い刺激が体を走り抜けた。
これまで何度となく受け入れたそれが、今ではにすっかり馴染んでいて、一番いいところを狙っているかのように刺激して来る。

「…ぃ…ぁあっ」
「ここ…弱いよね…は」

ゆっくりと抽送しながら五条はのけぞったの白い喉元へ口付けた。
わざと何度も同じ場所を突いてくる五条を、恨みがましい目で睨みながらも、甘く強い快感に襲われ、嬌声だけが漏れる。
五条からの甘い攻めに、それでもが何かを言いたそうに唇を開きかけるのだが、すぐに小さな喘ぎに変わってしまう。
そんな彼女が可愛いとでも言うようにかすかに微笑みながら、五条は優しくの快楽を引き出そうと少しずつ動きを速めていった。

「あ…ぁあ…っさと、る…だめ…イっちゃ…」
「いいよ…イって」

涙が溢れたの目尻に口付け、最後に薄っすら開いている赤い唇へ、五条は引き寄せられるように口付ける。
その間も抽送を繰り返し深く奥まで突いた時、の蕩け切った場所がうねるように収縮し始め、五条のものを強く締め付けた。

「…く…っ…」

頭の芯が一気に熱くなり、汗が噴き出してくる。

「悟…」

同時に絶頂を迎えた事で、は薄っすらと笑みを浮かべて高揚した五条の頬へそっと手を伸ばした。
五条はそのままの唇を塞ぐと、隙間から舌を侵入させ、やんわりと絡み取っていく。
しばし無言で深いキスを交わしていると、挿れたままの熱が再び復活して硬くなったのが分かった。

「ん…悟…?」

僅かに唇を離し、は五条を見上げようとしたが、すぐに奥まで貫かれ、甘い声が跳ねる。

「んぁ…っちょ…さと…るっ」
「まだ…足りない…もっとが欲しい…」
「で…も…明…日…ぁ…っ」

明日は交流戦最終日なのに、と言いかけたが、それを言わせまいと五条は抽送を速めた。
何度も強く腰を打ち付け、を攻め立てて行く。
拭いきれない小さな不安を消し去ろうとするように、甘く熱い波に自らのまれて行った―――。




どれくらいそうしていたのか、はふと目が覚め、汗ばんだ体をそっとシーツで隠した。

「起きた…?」
「…悟…」

が動いた事で、隣で横になっていた五条がふと目を開けた。

「起きてたの?」
「…うん。の寝顔見てたら寝そうになったけど」
「やだ…起こしてくれれば良かったのに」

抱き合った後、僅かに寝落ちしてしまったは、恥ずかしそうに唇を尖らせると、五条の方へ身を寄せた。
五条もの背中へ腕を回し、自分の方へ強く抱き寄せると、彼女の額にちゅっとキスを落とす。

の寝顔、子供みたいで可愛いから好きなんだ」
「…っこ、子供って…私、もう27なんですけど…」
「大きい子供だろ、は」
「…すぐ子ども扱いする…。どーせ私は生徒と同じで落ち着きありませんよ」
「よく分かってるじゃん」

不貞腐れるの頬にキスをしながら、五条は軽く吹き出した。
そしてふと真剣な顔をすると、その宝石のような瞳を僅かに細める。

…」
「ん?」
「大事な…話があるんだ」
「え…?」

これまであまり見せた事のない五条の表情に気づき、は鼓動が僅かに跳ねた。
雰囲気的にあまりいい話でもなさそうだ、と一気に不安になる。
だいたい男の方から「話がある」という台詞が出た場合、悪い話と相場は決まっている。
と思ってしまうのはの過去の経験から来ている。
軽い付き合いをしていた頃、頑なに誰にも体を許さなかったは、何度もそれが理由で振られた事があるからだ。
そういう時は決まって相手の男から「大事な話がある」と切り出される。
だからこそ余計に悪い方へ考えてしまった。

「な…何…?何か…悪い話…?」
「悪い話…?何で?」
「だ、だって…そんな真剣な顔するから…。もしかして…別れ話…とか…?」
「…………」

頭によぎった不安を口にすると、五条の顏が一瞬固まり、そのキラキラした瞳が何度か瞬きをした後…

「ぶっぁはははっ」
「な…!何で笑うの?!」

突然派手に吹き出した五条を見て、の顏が真っ赤に染まる。
真剣に訊いているのに爆笑されて恥ずかしくなったのだ。
五条はお腹を押さえながら笑っていて、目尻に浮かんだ涙を拭うと、もう一度をぎゅっと抱きしめた。

「だ、だって…別れ話ってありえないこと言うから」
「え…」

未だ笑っている五条に、は驚いたように顔を上げた。
すると、五条は呼吸を整えながら、優しい眼差しをに向ける。
涙で潤んだ瞳はやっぱり透き通った南海の海のように優しい色を放ち、キラキラしていて、は素直に綺麗だと思った。

「僕がに大事な話があるって言ったら…普通別れ話じゃなくてプロポーズかな、くらい思わない?」
「…ぷ、プロポーズ…って…」
「だってさっきまであんなに情熱的に愛し合った後で別れ話する男、いる?最低じゃん。だいたい別れたいって思ってる相手に対してあんなに勃たな―――」
「わーっ!!」

とんでもない事を言いだした五条の言葉を遮るように叫んだの顏は真っ赤に染まっている。
ついでにその赤い瞳が左右に泳ぎ出した。
言われてみれば確かにそうだ。実際そんな男がいたら最低過ぎる。

「じゃ、じゃあ…何よ、大事な話って…」

少しスネたように唇を尖らせ、五条を睨む。
それには五条もふっと笑みを零し、尖っている唇へちゅっとキスをした。

にとって大事な話なんだ」
「…私?」
「実は、さ。だいぶ前にが不在の時、九十九由基が僕に会いに来た事があるんだ。まあ同じ特級って事で一度会ってみたかったらしくて」
「……由基?え、悟に…?」
「うん。で…彼女に言われた」
「な…何を…?」

にとって九十九由基はウザい存在ではあるが、ある意味恩人でもある。
最近は連絡すら取ってないが、彼女がわざわざ五条に会いに来たというのは少しだけ怖かった。

が高専に来る前に探してたものが見つかったって」
「…私が…探してたもの…?」

一瞬ピンと来なかった。
長い間、その事じたい考えるのを忘れていたからだ。
日本へ来て、五条と出会い、呪術師として働き始めたら、思っていたよりもずっと充実した日々だった。
心のどこかで不老不死である自分の未来を恐れてはいたものの、死ぬ方法を探すというのは出口のない迷路へ迷い込むようなもので。
またそこへ戻る事を意識的に避けていたのかもしれない。
誰より死にたがっていた少女は、気づけば五条の傍で生きていたい、と願うようになっていたのだ。

「…それって…もしかして…」
「うん。純血種のヴァンパイアを殺す方法」
「―――ッ」

思わず息を呑んだ。過去の自分が何よりも欲していた答え。それが見つかったというのか。

「ほんと…に…?」
「九十九由基はダイアナとブラドを殺したハンターの子孫を見つけたんだ。その人から聞いたらしい」
「…嘘…」

ポカンとした顔で、は言葉を失った。
あんなに切望していた事なのに、実際に見つかったと聞くと、どうしていいのかすらも分からない。

「そ、それ…悟も聞いたの…?」
「……うん」

暫し無言だった五条が、ゆっくりと頷いたのを見て、は小さく唇を噛み締めた。
何故、今日まで五条がそれを黙っていたのか、分かってしまったから。

「……
「いや…っ聞きたくないっ」

五条が上半身を起こし、身を乗り出して来たのを見て、は慌ててシーツを被った。
それには五条も呆気に取られる。

「何で?、あんなに知りたがってたろ」
「そ、そうだけど…で、でも今は聞きたくないの」
「だから何でだよ」

頑ななの態度に、五条も苦笑いを零す。
するとはシーツを下げて目だけを出すと、五条の顔を見上げた。

「悟こそ…何で今そんな事を言いだしたの?これまで黙ってたくせに」
「そ、れは…」
「何か…嫌な予感がしてるから?今、言っておかないと後で言えなくなるかもしれないから?」
…」
「やだ…!そんな…私の傍からいなくなるかもしれないような事…今、言わないでよっ」

涙を溜めた顔で叫んだは、体を起こすと五条に思い切り抱き着いた。
我慢していた涙が止まらなくなったのか、子供のように嗚咽をあげるに、五条も困ったように笑みを浮かべる。
震えている体を抱きしめ、ポンポンとあやすように叩きながら「泣かないで…いなくなるわけないだろ」との髪に顔を埋めた。

「ずっとの傍にいる。付き合う時に誓ったよね」
「……だ、だって…」
「死ぬまで傍にいる。僕はにそう言っただろ」
「悟…」
「それは今も変わらないし変える気もない。僕は死ぬまでの傍にいる。―――何度でも誓うよ」

優しく微笑み、涙で濡れた頬に口付けながら、五条はそう呟いた。

「だから泣かないで。一人にしないから」
「悟…」
「愛してるよ…誰よりもを。その赤い瞳にずっと僕を映していて」

そっと両手で頬を包み、の瞳を覗き込むように見つめながら、その言葉を伝える。
五条の愛情溢れる告白は、ゆっくりと浜辺に寄せる波のように、の胸に広がった不安を洗い流していった。

「…私も…悟を愛してる…誰よりも。その蒼い瞳に、私をずっと映していて欲しい…」

言い終わると同時に唇が塞がれ、背中がしなるほどに抱きしめられる。
その腕の強さに、また涙が溢れた。

を抱きしめながら、いつから自分はこんなにも弱くなったんだろうと、五条は思った。
昔の自分なら、こんな小さな不安さえ、笑い飛ばせていたはずなのに。
と出会ったあの日から、きっと自分を取り巻く全ての世界が変わり始めていたんだ。

だから、ずっとずっと君の傍で、この世界で、僕は君と生きていく―――。


ずっと傍に 誰より近いこの場所で 僕は君だけ見つめている。





...END
 


***あとがき***

渋谷事変前に、この連載はこれで終わります。
ふと思いつきで始めた連載なんですけど、大好きなヴァンパイアをヒロインにして二人が付き合うまでの話や、付き合った後の話を描きたくて始めました✨
なのでこれと言って特に深い話でもないので終わりがないといえばないんですが、渋谷まで書くとシリアスのみになってしまうので、必要なフラグを回収し終えたキリの良いとこで終わらせて頂きました。
合間の仲間とのやり取りとか、二人のイチャイチャとか、そういうのがメインな連載でした笑
そんな緩いお話でしたが、最後まで読んで下さった方がいましたら本当にありがとう御座います!
また五条先生で連載は書くと思うので、その時はまた目を通して頂けると嬉しいです💑
本当に最後までお付き合い下さり、ありがとう御座いました✨感謝を込めて👏

WEB MASTER : HANAZO