6章 / 薄月



だんだんと意識が戻るにつれ、頭や身体の気だるさがハッキリしてくる。
そこで自分が熱を出して寝ていた事を思い出し、小さく息を吐いた。
同時に甘い香りが鼻をつき、ゆっくりと目を開ければ、布団の敷いたすぐ脇に、小柄な少女が毛布に包まり眠っているのが見えた。

「……」

横を見れば水の入った洗面器と、換えのタオル。
それを見て一晩中、看病してくれてた事を悟った。
開け放してあった木戸と襖も閉められ、今は外の景色も見えず、今がいったい何時なのかも分からない。
まだ熱は下がっていないが、一応、起きなければ、という思いが過ぎる。
でも、もう少しだけ少女の寝顔を見ていたいと思った。

「…ん…」

毛布の中に丸まっていた身体がモゾモゾと動いたかと思えば、子供のような声を出す少女に、つい笑みが零れる。
少しだけ出ている指先に手を伸ばせば、冷えた空気と同様、少し冷たかった。


「ん…ぁれ…」


指先に触れた事が刺激になったのか、不意に少女の目が開いた。
それでも、まだ寝ぼけ眼でゆらゆらと視線を彷徨わせている。
けどすぐに自分がどこにいるのかを思い出したのか、小さな声を出すと、ガバっとその身を起こした。


「あ…」
「おはよう、ちゃん」


横になったまま身体を彼女の方に向けながら、いつも通りの笑顔を見せれば、彼女は驚いたように目を見開いた。


「た、隊長…!あれ、私いつの間に寝て――――」
「よお寝てたで?徹夜してくれたん?」


慌てて正座する彼女に苦笑しながら、軽く手を引き寄せ、傍へと来させた。
はちょっと驚いたような顔をしたが、素直に傍へ来ると、「熱、下がらなかったから…」と、ボクの顔を覗き込んだ。


「具合、どうですか?」
「ん〜よくはないけど…でも寝起きにちゃんの可愛い寝顔が見れたし少しは元気になった気がするわ」
「なっ何言って…か、勝手に見ないで下さいっ」
「そんなん言うたって、ちゃんがそこで寝とるから、しゃあないやん」


頬を赤くしながら苦情を言ってくる彼女に、苦笑する。
すぐムキになるのは、いつも彼女の方やった。


「そ、それより…熱計りますね…」


小さく咳払いをすると、小さな手が伸びてくる。
彼女の冷たい手が、額に乗せられるのを感じながら、ボクは軽く目を瞑った。


「…まだ下がってませんね…ダルイですか?」
「う〜ん、まあ…でもちゃんがおるし平気や…」


本当はかなり気だるかった。
でもそれも本心。
そんなボクの言葉に彼女は呆れたように溜息をつくと、


「そんな冗談言ってる場合ですか…薬も効いてないし、普通の風邪じゃないかもしれないのに…」
「…ほなら下がるまでちゃんが看病してくれたらええよ。もちろん、ずーっと泊り込みでな?」
「そ、そういうわけにはいきませんっ。私にだって仕事があるんですからねっ」
「えぇぇ…冷たいやん…」
「そんな元気なら一人でも大丈夫でしょっ隊長はっ」


頬を赤くしながらも、は怖い顔でそんな事を言う。
でも熱が出た時は、いつもより寂しさが増すという事を、少しは知って欲しい。


「ほな…大人しうしとるし…今日もお粥、作ってくれへん?」
「ちょ…」


そう言って目の前にある手を握り締めれば、一瞬で彼女の頬が赤くなった。
こんな事くらいで赤くなるが可愛いくて、つい意地悪したくなるのは、ボクの悪いクセや。


「手ぇ冷えてるなぁ…毛布一枚は寒かったんと違う?」
「は、離して下さい…」
「何ならボクの布団に入ってきてくれても良かったのに…」
「な、そ、そんなこと出来るわけ――」
「…はあ…でも惜しい事したわぁ」
「は?」
「…せっかくちゃんと一晩、一つ屋根の下で過ごしたのに眠ってたなんて、何やもったいなかったなぁ」
「―――――ッ」


ボクの一言、一言に反応し、今では耳まで赤くなってる彼女に、笑いを噛み殺した。
乱菊とかならボクの性格を知り尽くしてるし、他の子やって、ここまでボクのいう事を本気で受けとらへん。
がいちいち反応するのは、彼女が凄く素直やから…
そこが可愛くて、またボクを煽るなんて事、彼女は気づいてもいない。


「な、な…何バカなこと言ってるんですかっ!からかうなら看病しませんよっ」
「え、じゃあ今日もしてくれるん?」
「…うっ」


間髪入れずに言えば、彼女は"しまった"というような顔で言葉をつまらせた。
それでもウルウルした目で見つめれば、渋々といった顔で頷いてくれる。
なんて純粋で、なんて素直なのか。
こんなボクに簡単に騙されるなんて。


「…わ、分かりました…ここまで看病したんですから放り出すような事はしません。吉良副隊長からも頼まれてますし…」
「ほんま?」
「でも!熱が下がるまでは、ちゃんと大人しく寝ててくださいね!私のいう事も聞いてもらいます」
「分かってるて〜。でも病人のいう事もちゃんと聞いてな?」
「病人じゃなくても、隊長のいう事は私、いつも聞いてますよ?」


彼女は苦笑しながら困ったように微笑む。
そんな事を言われると、ちょっと嬉しくなるんやから、ボクも単純ってところか。
彼女は少しだけボクの方に屈むと、


「じゃあ…今、何かして欲しい事、あります?お腹空きませんか?」


そう尋ねてくる彼女を見上げる。
綺麗な髪が、ボクの目の前にサラリとたれて、先ほどした甘い香りが漂ってきた。


「そやなぁ…ほな、まずは…」
「何ですか?」


そう言って素直にボクの言葉に耳を傾ける彼女を見ながら、内心苦笑すると、かけていた布団を少しだけ捲った。


「――――?」


ちゃんが添い寝してくれたら――――」 


「しません!!」



真っ赤になりながらそう怒鳴ると、彼女は「薬もらってきます!」と言って、部屋を出て行ってしまった。
思い切り閉じられた襖を見ながら、彼女の素直すぎる反応に、小さく噴出した。


「クックック…ほんま……かわええなぁ…」


上半身だけ起こすと、軽く前髪をはらい、笑いを噛み殺す。
そんなつもりじゃないのに、あんな反応をされると、気づけばいつもこんな調子になってしまう。
呆れられてるやろうな、と思うのに、つい同じ事を繰り返してしまう。


その時、鼻がムズムズして、「…ックシュ!」っと小さくクシャミが出た。


「…さむっ」


冷え切った部屋の空気に思わず身震いして、肌蹴た胸を直すと、すぐに布団に潜る。
彼女の前では何とか明るく振舞ったが、熱のせいで全身がだるいのには変わりない。
身体が冷えたせいで、首筋の辺りがゾクゾクしてきた。


「はあ…やっぱ添い寝してもらおかなぁ…」


寒気と戦いながらも、そんな莫迦な事を呟く。


それでも普段の誰もいない部屋よりは、彼女の明るい存在が暖かくしてくれてるようで、感じた事のない安心感に包まれて、ゆっくり目を瞑った。











足早に救護詰所へ向かいながら、私は熱くなった頬を冷ますように、そっと手を当てた。
慌てて飛び出してきたせいで羽織りを忘れ、手がやたらと冷えている。
それでも熱くなった頬には気持ちがいい。


「全く…いっつも人をからかうんだから…」


急いでいた歩を緩め、そんな事をボヤいてみる。
本当は熱の下がっていない隊長が心配だったから、言われなくても看病するつもりだった。
なのに、からかわれ、ついムキになった自分に呆れる。
もっと普通に接したいのに、と思いながら溜息をついた。


"ちゃんが添い寝してくれたら――――"


市丸隊長のいう事は殆ど冗談なんだから軽く聞き流せばいいのに、と分かっているのに、あんな事を言われると、どうしてもドキッとしてしまう。
さっきも同じで、あんな風に布団を捲られた時には顔が一気に赤くなってしまった。
というよりも…布団を捲った際に、隊長の着物が肌蹴けていて、その思った以上に逞しい胸板が視界に飛び込んで来た事でひどく慌てた、と言った方が正しいかもしれない。
あんな風に着物や帯を乱してる市丸隊長は何ていうか………男の色気といったものがあって、本気でドキドキしてしまったのだ。


「……やっぱり、大人だなぁ、隊長ってば…」


女性を誘うのは慣れてるといった感じの彼を思い出し、息をつく。
それとも、あんな事くらいで真っ赤になって慌てている私が、子供なんだろうか。


(…そう言えば乱菊さんに、男に免疫ないわねって言われた事があったっけ…)


以前、八番隊・隊長でもある京楽隊長に、「君、可愛いねぇ♪どう?僕のとこに来ない?」なんて言われて、頬にキスをされた事があった。
男の人にあんな事をされるのは初めてなのもあり、私が真っ赤になって大騒ぎした時、助けに来てくれた乱菊さんに笑われたのだ。


「あんなの軽くかわせばいいのよ〜」


なんて、乱菊さんは呑気に言ってたけど、護廷十三隊に入る前は殆ど大人の男の人と接する事もなかったし、傍にいた男と言えばシロちゃんだけ。
どうやって、軽くかわせばいいのか分かるはずもない。


「シロちゃんなら軽くあしらえるんだけどなぁ……」


どんよりとした空を見上げながら、溜息をつく。
が、その時、ビリビリとした霊圧を感じて、ギクっとした。


「誰を軽くあしらえるって……?」
「う…っ」


その身体全体を冷やすほどの低い声に、恐る恐る振り向けば、思ったとおりの人物が、苦虫を潰したような顔で、腕組をしながら立っていた。


「シ、シロちゃん…」
「"日番谷隊長"だ」


以前、よく言われていた台詞に、顔が引きつる。
そんな私を睨みながら、シロちゃんは小さく息を吐いた。


「羽織も着ないで…風邪引くぞ。また午後からは雪だ」
「あ…う、うん」


確かにさっきよりも気温が下がってきたのか、吐く息は白さが増していく。
それに気づいた途端、軽く身震いした。


「ったく…お前まで風邪引いたらどうするんだ。せっかく足も治ったんだろ?」


シロちゃんはそう言うと、自分の首に巻いていたマフラーを外し、私の首に巻いてくれた。


「い、いいよ――――」
「いいからしてろ。見てるこっちが寒そうだ」


シロちゃんはそう言いながら、しっかりマフラーを巻きつけると、ふと視線を上げた。
彼は私よりは少し身長が高いものの、至近距離で目が合う。
シロちゃんの瞳は大きくて切れ長で、とても綺麗な色をしているから、つい見惚れてしまう。
そんな私に気づき、シロちゃんは一瞬、瞳を見開くと、気まずそうに視線を反らした。


「何…見てんだよ」
「え?あ…綺麗な目だなぁと思って」
「…は?」
「それと…こんなに近くで目が合っても、シロちゃんなら平気なのになって」
「…どうーゆー意味だ」


ムっとしたように目を細める彼に、怒らないでよ、と苦笑する。


「乱菊さん曰く…私は男の人に免疫ないみたいだから、それってどうしたら免疫できるようになるのかなぁって思ってたの」
「はあ?!何言ってんだ、お前…つか、免疫つけてどーすんだよっ。お前まさかまた市丸に変な事吹き込まれたんじゃ――」
「別にそうじゃなくて…っていうか少しは市丸隊長も関係あるけど…」
「な…何が関係あるんだっ?まさか夕べ何か変なこと――」
「何、焦ってるのよ、シロちゃん…。私はただ、よくからかわれて、まともに受けちゃうから、それを直したいなって思ってるだけ!」


そう説明する私に、シロちゃんは眉を思い切り寄せると、今とは違う意味で怖い顔をした。


「な………んだよ…驚かせんな…!」
「シロちゃんが勝手に驚いたんじゃない…。っていうか何そんなに驚いてたの?」


素朴な疑問をぶつければ、シロちゃんは「何でもないっ」とそっぽを向く。
でもその頬はかすかに赤くなっていて、私は首を傾げた。
その時、よく知った霊圧を感じ、私も、そしてシロちゃんもハッと振り返る。


「男の免疫のつけ方…私が教えてあげましょうか?」
「ら…乱菊さん!」
「松本!お前…仕事してろっつったろ!」


そこに現れたのは、ニコニコした乱菊さんで、シロちゃんは急に隊長の顔に戻った。


「あーら、何言ってるんですかぁ。隊長の分の仕事も溜まってるから呼びに来たんですよ〜。っていうか、どこ行く気だったんですか?」
「う…べ、別に……ちょっと散歩だっ」
「へぇ〜♪私はてっきり、ちゃんが心配で、ギンのとこに行ったのかと思ってましたけど〜」
「う、うるさい!」


乱菊さんの言葉に、シロちゃんの頬が赤くなっていくのを見て、私は軽く噴出した。
ホント、昔からこの心配性なとこだけは変わってないみたいだ。


「心配って…ただ看病してただけだよ?」
「…オ、オレは別にお前の心配なんか――」
「じゃあ、どこ行くつもりだったの?この先は救護詰所しかないけど」
「だ、だからオレは…その…く、薬をもらいに」
「何の?」
「……腹痛!!」


そう言って怒鳴るシロちゃんに、乱菊さんも笑いを堪えている。
私や、乱菊さんの前では、シロちゃんも立場が弱い。
これは私が十番隊にいた頃から同じだ。


「ま、いいですけど!それより…面白そうな話してたわね、さっき。男に免疫がどうのって」
「あ…」
「免疫つける簡単な方法、教えてあげましょうかー」
「え…?」
「お、おい松本!」
「いいじゃないですか〜。ちゃんだって年頃なんだし、それくらいないと、あのギンの事だってあしらえないもの」
「そ、そうなんです…!さっきもからかわれて、私――」


そう言いかけると、乱菊さんがケラケラと楽しそうに笑い出した。
笑い事じゃありません、と目を細めれば、乱菊さんは「ごめんごめん」と微笑み、ニヤリと唇の端を上げる。


「じゃあ教えてあげる。免疫つける方法はね」
「は、はい…」
「ちょ、お前ら――」


耳元に口を寄せる乱菊さんに、シロちゃんはギョっとした顔。
でも私は真剣に耳を寄せ、彼女の次の言葉を待っていた。



「男と…深い関係になること!」


「へ?」



その言葉に顔を上げると、乱菊さんはニッコリ微笑み、後ろで聞いていたシロちゃんは更にギョっとしたように目を剥いた。
そして私はといえば、一瞬その意味が分からず、軽く首を傾げた。


「…深い…関係って…?」
「だからぁ」


キョトンとしている私に、乱菊さんはニヤリと笑い、耳元でゴニョゴニョ…っと耳打ちをした。
そしてそれを聞いた瞬間、一気に顔が赤くなる。


「……セッ…ッ?!」


そこで慌てて口を押さえる。
とても最後まで言えない言葉を、今、聞いてしまった。


「あらぁ…ホントに純なのねぇ。ちゃん、耳まで真っ赤っ赤」
「な……」
「ま、松本!に変な事を吹き込むな!!」


乱菊さんが私に耳打ちした事を、シロちゃんは分かっていたのか、顔を真っ赤にして怒鳴った。
が、当の本人はケロっとした顔で、


「あら、大事な事ですよ〜隊長!何事も経験ですから!」
「な…っ」
「あ、そうだ!何なら隊長とどう?ちゃん」
「はっ?」
「ほら、隊長もモテるとは言え、女にあまり免疫ないし〜ちょうどいいじゃない。ね?」
「お、おま…何言って――」
「あ、でもいきなりセックスは無謀だから…免疫ない同志、二人はまず手始めにキスからした方がいいかもしれないわね〜」
「えっ?!」
「な…お…ま、松…っ」


乱菊さんのぶっ飛び発言に私はギョっとし、シロちゃんなんかは首まで赤くなりながら、言葉にならない声を出している。
そんな私達を見ながら乱菊さんは一人、楽しげで、「ね?いいアイデアでしょ?」とニッコリ微笑んだ。


「あ、そうだ!来月、ちょうど隊長の誕生日だし、その時に初エッチなんかいいんじゃ――――」
「い、いいわけあるかーーっっ!!」
「――――ッ?!」
「こら、待て、松本!!好き勝手しゃべりやがって――――」
「きゃーーーっ!」


とうとう爆発したシロちゃんは、真っ赤になりながら怒鳴ると、慌てて逃げていく乱菊さんを追いかけて行ってしまった。
それを呆然としながら見ていた私は、自分がシロちゃんとキスをしているところを想像しかけて、慌てて首を振る。


「あ、ありえない…ありえないでしょ、乱菊さん…!」


すでに見えなくなった二人に思い切り溜息をつくと、私は再び歩き出した。
だいたい免疫つけるために、何でエッチなのか、よく分からない。


って言うか、シロちゃんと初エッチとか、考えられない。
だいたい私達は幼馴染なのに、何でいきなり話が飛躍するわけ?!




"………愛してるよ"



"私もよ…冬獅郎…"






「―――ッ!!!(ぎゃーーっっ)」



突然、脳裏にそんな甘い光景(ベッドシーン)が浮かんで、私は思い切り心の中で叫んだ。




(ホント、ありえない!って言うか、私はシロちゃんの事、そんな風に見てないし――――)




「………相談する人、間違えたかも…」




やっと、そこに気づき、私は深々と溜息を着いた。












「……ったく!!お前は莫迦かっ!に何てこと教えてんだっっ」
「痛ぁい…何も殴らなくたって…」


散々冬獅郎に追いかけまわされたあげく、ゲンコツを一発くらった乱菊は、頭をさすりながら唇を尖らせた。


「あまりの痛さにおっぱい、零れそうになりましたよぉ〜」
「黙れっっっ!!(ピキッ)」 (※怒りで血管ブチ切れそう)


痛いと言いつつ、ケロっとしている乱菊に、冬獅郎は額をピクピクさせながらも、書類で埋もれそうな机を見て溜息をついた。
思わぬ展開で長い外出となってしまった事で、この書類を片付けるには夜中までかかりそうだ。


「おい…松本も今夜は残業だからな」
「えぇぇ…そんなあ…。っていうか、せっかく協力してあげようと思ったのに…」
「あぁっっ?!」


渋々自分の机につく乱菊に、冬獅郎は消えかかっていた怒りマークを再び浮き上がらせた。
それでも乱菊は書類を一枚一枚、確認しながら苦笑すると、


ちゃんのことですよー。ああ言えば彼女も隊長のこと、意識するかもしれないし?」
「ふ、ふざけんな!!つか、勝手な事するんじゃねぇっ!!オレとアイツは――」
「幼馴染、でしょ?分かってますって。でも……隊長は…」
「言うな…」
「………っ」


冬獅郎は深い息を吐くと、椅子に座り、疲れたように凭れかかった。


「オレは…そんなに急いでねぇ…っていうか…急ぎたくねーんだ」
「……隊長…」


窓の外を眺めている冬獅郎に、乱菊も軽く息をつく。


「そんな呑気なこと言って……他の男に浚われても知りませんよ?その時になって慰めてって言っても慰めませんからねー」
「…うるせぇ。黙って仕事しろ」


乱菊の言葉に苦笑いを零しながら、冬獅郎も仕事にかかる。


窓の外では、小さな雪が舞い始めていた。












「隊長?お薬とって――――」


寝室を覗いて、慌てて言葉を切る。
部屋の主は気持ち良さそうに眠っていて、長い腕が布団からはみ出しているのを見れば、熟睡しているようだ。


「何だ…寝ちゃったんだ…」


静かに部屋へ入り、薬を枕元に置くと、私は小さく息をついた。
これから食事の用意をして、その後に薬を飲ませようと思ってたのだ。


(起こすのも可哀想だし…いつでも薬飲めるように食事だけ作っておいてあげようかな…)


そんな事を思いながら、市丸隊長の額にそっと手を乗せる。
そこは熱く火照っていて、まだ熱があるみたいだった。
時折、市丸隊長が苦しげな顔をするのを見て、少し胸が痛む。
さっきは元気なように振舞ってたけど、ホントはツラかったのかもしれない。


「…う……ん…」
「……ッ」


熱で火照って熱かったのだろう。
不意に市丸隊長が布団の中にあった方の手で、煩わしそうに上掛けを捲った。
その瞬間、着物が肌蹴ている胸が視界に飛び込んできて、ドキっとした。
今朝よりも更に肌蹴ていて、上半身は殆ど裸に近い。
しかも上掛けを思い切り捲ったせいか、腰の辺りまで見えている。
それも帯が解きかけていて、思わず目を反らしてしまった。
少し苦しげな表情で、肌を露出している隊長は、やっぱり妖しい色気があって、男の人でもそんなものがあるんだって事を初めて思い知らされた。
一気に顔が赤くなり、あたふたとしながら部屋を出ようと立ち上がる。


「ど、どうしよ…あ、そうだ…布団直さないと風邪ひどくなっちゃう…」


目のやり場に困りながら少しづつ近づくと、隊長の方を見ないようにしながら捲れた布団へと手を伸ばした。
が、見ないまま指先だけを伸ばした事が最悪の事態を招いた。
指先に上掛けが触れたと思った瞬間、体勢を崩し、あろう事か隊長の身体の上に倒れてしまった――――


「…ふぐっっ」 「―――――ッ!!」


潰すような形で市丸隊長の身体に倒れこんだ瞬間、苦しげな声が彼の口から漏れる。
それを聞いて慌てて起き上がろうとした。
が、突然、腰に何かが絡みつき、再び隊長の上に覆いかぶさってしまった。


「ちょ…隊長…っ?」


裸の胸に抱きつく形になり、ギョっとする。
見れば腰に絡み付いていたのは、彼の腕だった。
隊長は薄っすらと目を開けると、かすかに笑みを浮かべている。


「……ん〜…夢ぇ…?」
「……は?」
「……ちゃんから…夜這いしに来てくれるやなんて…何や嬉しい夢やわぁ…」
「ちょ…な、何言って…あの、離して下さ…ひゃ…っ」


寝ぼけているのか、それとも高熱で意識が朦朧としているのか。
市丸隊長は何やら呟くと、抱きしめる腕に力を入れた。
そのせいで更に頬が隊長の胸に密着して、その体温に心臓が飛び跳ねる。


「た、隊ちょ…ちょっとっ」
「…ええ匂い…」
「…ひゃっ」」


突然、身体を引き上げられたかと思った瞬間、首筋に何かが触れて、ビクっとした。
ちゅっという音が耳に響いて、カッと頬が熱くなる。


「ちょ、ちょ、何してるんですか…っ寝ぼけてるんですかっ?」
「…ん…?ん〜」
「…い、市丸隊長…っ?…ゃ…」


首筋に優しく触れる彼の唇にパニックになり、足をジタバタさせた。
その時、首筋から唇が離れ、ホっと息を吐き出した……のもつかの間。
いきなり視界が反転し、何が起こったのか分からずに何度も瞬きをした。


「な…た、隊ちょ…う?」


瞳に映るのは、どこか熱っぽく私を見つめる切れ長の瞳。
まだ熱があるからか、市丸隊長の顔はほのかに赤く染まっていて、それがやけに艶っぽく見える。
でも彼の顔がゆっくりと近づいてきた時、自分が押し倒されている事に気づいてギョっとした(遅)


「ちょ、な…何する…ひゃっ」


パニックになって思い切り身体を捩った。
が、そうする事で彼の唇が頬に触れ、ドクンと鼓動が跳ねる。


「た、隊長…っや…わ…っひゃ」


頬、額、鼻先、そして唇のすぐ横に隊長の唇が触れて変な声が出る。
それでも熱っぽく見つめてくる隊長は、私の声など聞こえていないように見えた。
もしかしたら本当に寝ぼけてるのかもしれない…そこに気づいて本気で焦ってくる。


(こ、このままじゃ私の操が――!!)


隊長の身体は熱くて、触れている部分が熱を伝える。
男の人とこんなに密着した事など、もちろんない。
しかも今、私に覆いかぶさっているのは、自分の隊の隊長であり、しかも半裸状態。
着物が肩から半分下がっている姿が、男のクセに妙に色っぽくて、そして厭らしく見える。
そんな姿の彼にキスを迫られている私は、怖いのと恥ずかしいのとで、心臓が止まるんじゃないかと本気で思った。


「た、隊長!起きて下さい…!ちょ…と隊長〜〜〜っ」
「……っ」


再び隊長の唇が首筋に触れた瞬間、思い切り彼の身体を押しのけた。
この時の私は普段の倍の力が出ていたかもしれない(火事場のばか力)
でも隊長が布団から押し出され、勢いあまって畳に後頭部をゴンっと打ったのを見た時、慌てて起き上がった。


「……痛ぁ…」
「た…隊長…?」


グッタリとしている隊長に、恐る恐る声をかける。
どうやら意識がハッキリしてきたようで、ぶつけた場所をしきりに擦っていた。


「…何やのぉ…?痛いわぁ…」
「だ…大丈夫…ですか?」
「……大丈夫やあらへん…脳みそ出るか思た…」


頭を抱えて、そんな事を呟く隊長は、まるで子供のように目を擦りながら、何度か視線を彷徨わせ、ふと私を見た。


「……ちゃん…?ボク…何でこんな場所で寝とるん?」
「た、隊長…!寝相悪すぎですよ?そんなとこまで転がっていっちゃって…!は、早く布団に戻って下さいっ」(!)
「…寝相て…ほんま…?痛…っ」


そう言って顔を顰めつつも、ゆっくりと身体を起こした彼の姿を見て、私は笑顔が引きつった。


「き…きゃぁぁぁ!!」
「な!こ、今度はなになに?」
「き、着物、肌蹴けすぎです…っ」


ギョっとしたように後退する隊長にそう叫ぶ。
さっきから乱れまくっていた着物が、今では殆ど帯だけでまとっているだけになっていたのだ。
それに気づき、隊長は頭をさすりながらも、呑気に「ああ…何やぁ…」と息を吐き出している。
でも男の彼からしたら大した事ではなくても、こっちは男に免疫のない女だ。
隊長の、そのハレンチ(!)な姿に、「早く直してくださいっ」と思い切り叫んだ。


「…分かったて〜。そない怒鳴らんでも…ボク、病人やでぇ…?」
「びょ、病人なら病人らしく、きちんとした服装で寝てくださいっ」(!)
「…何やそれ…ほんまにちゃんは怖いなぁ…」


ブツブツ言いながらも、着物を直すと、隊長は頭がクラクラするとボヤきながら、布団へと戻った。
それを見た私が、隊長の肩までシッカリと上掛けをかけると、彼はキョトンとした顔で私を見ている。


「何でそない警戒してはんの…?」
「…べ、別にっ」


さっき襲われそうになったからです、とは言えない。
未だ心臓はドキドキとうるさかったが、何とか動揺を悟られまいと、視線を反らす。
隊長は「おかしな子やなあ…」と苦笑しながらも、深く息を吐き出した。


「何や…今めっちゃ、ええ夢見ててんけど…えらい衝撃で起こされたわ…」
「…………」


熱のせいで呼吸が荒いくせに、ニヤっと笑っている隊長に、思わず顔が引きつった。


「……聞きたい?どんな夢やったか」
「べ、別にっ」
「何でぇ?ちゃん、出てきた夢やで?」
「――――ッ」
「あんなぁ…ちゃんが夜這いしにきた夢やねん…突然ボクにのしかかってエッチなことしようとして――――」
「―――――っ?!(って言うか、エッチな事してきたのは隊長で、私じゃないってばっっ)」
「ほんで、もう少しでチュー出来る思たら、急に激痛が――――」
「た、隊長!!そ、それよりお腹空いてませんっ?薬も飲まないといけないし、私、すぐにご飯作りますからっっ」
「……あ、ああ…ほな……頼むわ…」


いくら襲われそうになったからって――隊長は寝ぼけてたし――まさか隊長を突き飛ばしたなんてバレたらまずい。
必死になっている私に、目を丸くした彼は、どことなく怯えたような顔をしながら、頷いた。


「あ…じゃあ私ちょっと出て――――」
「どこ行くん…?」


立ち上がった瞬間、着物の裾を掴まれ、ドキっとした。
隊長は何故か寂しそうな顔をして私を見上げている。
色々問題も多い人だけど、でも…彼のこんな表情に、私はやっぱり弱いのだ。


「…買い物です。ご飯の材料、今日の分は買って来てないから…」
「…ほな…すぐ戻ってくるんやな?」
「はい。すぐ戻ります」


そう言って微笑むと、彼もホっとしたように掴んでいた手を離した。
さっきまで妙に色っぽかったりした人が、今は捨て猫のような顔をする。
ホント、不思議な人だと思いながらも、市丸隊長にまた、少し親近感が湧いた。


「じゃあ…隊長は寝てて下さいね」
「…うん。いい子にしとるよ」


そう言って手を振る彼に、つい笑みが零れる。
可愛い、なんて隊長に向かって失礼だけれど…でも今、そう思ってしまったのは本当で。
色んな表情を見せてくれる市丸隊長に、どれが本当の彼なんだろう、と、ふと思った。


虚に襲われかけた私を助けてくれたカッコいい隊長…
悩んでた私に剣術指南してくれる、厳しいけど優しい隊長…
何考えてるのか分からない笑顔を浮かべて、周りの人をあしらってる隊長…
さっきみたいに、寂しそうな顔をする隊長…


どれも知っているようで、知らない。
どこまでが本当の隊長なんだろう……


「はあ……って、何で隊長のことなんか気にしてるんだろ…」


気づけば隊長の事を考えてる自分に気づき、慌てて首を振る。


「早く買い物行ってご飯作らなきゃ…」


冷蔵庫の中を覗いて、足りないものをメモに書くと、私は急いで隊長の家を出ようとした。
が、ドアを開けた瞬間、ドンっと誰かにぶつかり、慌てて顔を上げる。


「あ…あなた…は…」


目の前に立っている人を見上げ、私は目を見開いた。


「やあ…君は確か市丸隊長のところの……」
「あ…です。藍染隊長」


そう告げると、五番隊・隊長は優しい笑みを浮かべた。


「そうだった。でも…どうして君が?市丸隊長は風邪だと聞いてきたんだが…」
「あ、その…市丸隊長の看病を任されてまして…それでここに」
「ああ…そうだったんだ。大変だね、第五席の君が」
「い、いえ…」


優しい微笑みにドキっとして目を伏せる。
幼馴染で、五番隊・副隊長でもある桃からはいつも話を聞いているけれど、こうして藍染隊長と話をするのは初めてだった。
確かに話に聞いている通り、優しさが滲み出てるような、そんな人だな、と思った。


「あ、でも何故、藍染隊長が市丸隊長のところに…」
「実は…彼は以前、五番隊の副隊長をしていてね。元部下が風邪だと聞いて様子を見に来たんだよ。彼には看病をしてくれる恋人もいないし」
「…そう、だったんですか…」
「まあ、でも、こんなに可愛らしい部下が看病してくれてるなら、大丈夫そうだね。安心したよ」
「い、いえ…」


そんな事を言われて頬が赤くなる。
藍染隊長は本当に優しく、柔らかい雰囲気を持つ人で、これでは桃が憧れるのも無理はないと思った。


「ところで…どこかへ行くのかい?慌てて出てきたようだけど…」
「あ、そうだった…あの私、ちょっと買い物に…市丸隊長に食事を作らないといけないので」
「食事…そうか。では…行って来ていいよ。僕はちょっと顔を出してすぐに帰るから」
「…あ、はい。じゃあ私はこれで…」
「行ってらっしゃい」


藍染隊長は優しく微笑むと、そのまま中へと入って行った。
それを見届けてから、急いで買い物へと向かう。


「はあ…ビックリした…」


いきなり隊長クラスに会えば、誰でも驚く。
私はホっと息をついて、今度、桃にこの話をしようと思っていた。


それにしても…と、足を止め、振り返る。
藍染隊長と市丸隊長が仲がいい、なんて聞いた事がない。
彼の言うとおり、市丸隊長が三番隊の隊長になるまで、五番隊の副隊長をしていたからって、今さらお見舞いにくるようなほど、親しかったのだろうか。
そんな事があれば私が三番隊に移った時点で、桃が「うちの隊長と仲がいいのよ」くらい言ってきそうだ。
でも桃からも、そんな話は聞いた事がない。


「ま、いっか…」


隊長同士だと、部下の知らない付き合いもあるのかもしれない。
そう思いながら、材料を書き留めたメモと、お財布を出そうとした。


「あ…いけないっ」


財布を忘れた事に気づき、足を止めた。
慌てて出てきたから、すっかり忘れてた。


「はあ…戻らなくちゃ…」


踵を翻し、急いで市丸隊長の部屋まで戻る。
そして静かに中へ入ると、台所のテーブルの上に置いてあった財布を手にしてホっと息をついた。


「これがないと何も買えないってのに」


自分のドジに苦笑しながら、再び出かけようとした。
が、ふと奥の部屋が気になり、様子を伺ってみる。
台所の前の廊下奥にある寝室からは、特に何も話し声が聞こえてこない。
まあ、お見舞いに来たのだから、騒ぐわけもないし、まして、あの藍染隊長だ。
彼の静かな声なら、話し声が聞こえなくても不思議じゃない。
それでも何を話しているのか、ちょっとだけ気になり、私はそっと足を忍ばせると、奥の部屋へと歩いて行った。


「………だから…」
「…ってます…」


さすがに襖の前まで行くと、僅かながらに二人の話し声が聞こえてきた。
それでもボソボソと話しているようで、かなり聞き取りにくい。


(…いくらお見舞いって言っても…大の男が二人、小声で何話してるんだろ…)


ゆっくりと襖に近づき、そっと耳をつけてみる。
すると、さっきよりも多少はハッキリと声が聞こえてきた。


「…ろそろ準備をしとくにはいい時期だからね」
「…な…今夜…すか?ボク、まだ熱…んのに…」
「ふふふ……ないよ…。私は今夜…けない。でも四十…室…連中は、ギンなら…単だろう?」
「…軽く…わはるなぁ……みあがりやのに…まあ上手くやりますよ…藍染隊長」


(何の…話をしてるんだろう…?今…四十…とか聞こえたけど、それって……あの?)


切れ切れの会話を拾い、首を傾げる。
全ては聞き取れないが、それでも、何となく二人は凄く親しいような、そんな雰囲気を感じ、違和感を覚えた。


(さっき…藍染隊長ってば、ギン…って呼んでた…。そんなに親しいのかな…さっきの藍染隊長の言い方だと、そんな感じではなかったのに…)


そう思いながら、もっとよく聞こえないかと思ったが、これ以上いれば見つかってしまいそうだ。
そうなると何となく気まずい気がして、私は再び足音を忍ばせると、台所へと戻った。


「…はあ…何かドキドキする…」


二人だけでコソコソ話している藍染隊長と市丸隊長の会話を聞きながら、気づけば緊張していたらしい。
かすかに鼓動が早くなっていて、私はホっと息をついた。


「買い物はどうしたんだい?」
「きゃ――――」


その時、突然背後から声がして、弾かれたように振り向く。
そこにはいつの間にか、藍染隊長が立っていた。


「あ…あの財布を忘れてしまって……」
「…そう。それは大変だ」
「…は、はい。あ…藍染隊長は…もうお帰りになるんですか…?」


こっちに歩いてくる藍染隊長に、動揺を悟られまいと、何とか笑顔を見せる。
が、そこで僅かな異変に気づいた。


「ああ、市丸隊長はどうやら眠ってしまったようなんだ。起こすのも悪いし、もう帰るよ」
「……え?」


ほんの、僅かな違和感。
それは、今、目の前で微笑んでいる藍染隊長と、さっきまでの彼とは別人のような、そんな感覚。
そして……


(寝てた…?でも今まで市丸隊長と話してたのに…)


「どうしたんだい?そんな驚いたような顔をして」
「い、いえ…」


何でそんな嘘をつくんだろう。
そう思いながらも、そんな事を聞けるはずもない。
そんな事をしたら、盗み聞きしてしまった事もバレてしまうし、そう、それに、そんな嘘は大した事じゃない。


「あ…じゃあ行って来ます」
「ああ…気をつけてね。くん」


再び外へと出た私に、藍染隊長はニッコリと微笑んだ。











「どう、思う?ギン…」


彼女が出て行った後、藍染隊長はゆっくりと振り向いた。
ボクはフラつく足で何とか、台所にある椅子へ腰をかけると、「大丈夫ちゃいます?」とだけ言って苦笑する。


「たとえ聞かれたとしても、彼女には何の事やら分からへん思いますけど」
「…念には念を入れておかないとね。僕も心配なんだよ」


そう言って藍染隊長は、ボクにニッコリ微笑んだ。


「…もし…ちゃんが計画の妨げになる事があれば、その時は……」


言葉を切り、藍染隊長を見据える。
出来る事なら、ボクは……


「…何も考え込む事はないよ、ギン。あの子は君のお気に入りなんだろう?」
「……何でもお見通しやね」
「そうでもないよ。まさか君が一人の少女に固執する男だなんて、知らなかったからね」
「また、人をストーカーみたいに」


苦笑しながらそう言うと、藍染隊長も苦笑いを零した。
そして、ふと真剣な顔で、ボクを見た。
メガネの奥にあるその目は、五番隊・隊長のものではなく、"藍染惣介"という、一人の男の目だった。
野望を抱いている、冷たい、目――


「前にも言ったが…僕は別に反対はしないよ?あの子を…上手くコントロール出来るなら、ね」
「…………」


そう言った次の瞬間、彼の顔は普段の優しい"藍染隊長"へと変わっていた。




「ああ、今夜も雪のせいで、月がやけに薄いよ、ギン…また積もるかもしれないね」


「……真っ赤に染まりそうや…」




彼の見上げる先に、ぼんやりと見える月を仰ぎながら、ボクはゆっくりと立ち上がった――――







  
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