「…ぐは…っ」
最後の一体を"神鎗"が貫いたと同時に、それは肉の塊となり、その場に崩れ去った。
冷めた目でその全てを眺めていたギンは、口元に飛んだ血しぶきをぺロリと舐めとりながら、部屋全体を見渡す。
広い会議室、四十六室。そこは先ほどまで尸魂界の最高司法機関だった場所――
それが今は真っ赤に染まり、血の海の中には、四十人の賢者と、六人の裁判官達。
いや、今はもう、ただの肉の塊と化した者だ。
その光景を眺めながら、ギンは小さく息を吐くと、一瞬だけ、フラついて壁に凭れかかった。
「はぁ……しんど」
市丸隊長が姿を消した―――――買い物に行った、ほんの僅かな間に、忽然と。
数時間前――――
「もしかしたら…今、流行のインフルエンザかもしれないわね」
救護詰所に薬を取りに行った際、卯ノ花隊長に「市丸隊長の具合はどうですか?」と聞かれ、様子を説明したらそう言われて驚いた。
あまり尸魂界では聞きなれない、その病名も、元々は流魂街で流行っていたものだ。
霊力の弱い者がよくかかる病気で、酷いときは死に至る場合もあると言われていた。
でも最近は尸魂界でも流行りだし、体力が弱っている者なら、例え死神でもかかるらしく、卯ノ花隊長も困っていると言う。
「インフルエンザ…ですか…。あの…それで治るんですか?」
「インフルエンザは普通の菌よりも強力なウイルスというものなの。だから通常の薬では熱は下がりません。それに今のところ、すぐに治せる薬はないし…ウイルスが死ぬまで安静にさせて下さいね」
弱っていると言っても、市丸隊長ほどの方なら命に関わる事はありませんよ。多少、霊力が落ちるかもしれませんけど。
と、卯ノ花隊長はニッコリ微笑むと、途方にくれている私にそう言った。
そして体力が弱っている市丸隊長に飲ませてあげて、と栄養剤ををくれた。
でもその病気は感染しやすいらしく、暫くは隊舎にも戻らない方がいい、と忠告を受け、報告もかねてその足で吉良副隊長のところ詳しく事情を説明しに行った。
「え…インフルエンザ…?!」
「はい…。なかなか隊長の熱が下がらないので、卯ノ花隊長に尋ねたら、そう言われました」
「…そうか…ここんとこ市丸隊長も徹夜続きだったからな……」
その仕事をさせていたのは吉良副隊長だからか、彼は申し訳ないといった顔で頭をかいた。
「…それじゃ悪いけど、君に任せてもいいかい?仕事は休んでいいから」
「はい。それに私も移ってしまうかもしれないから、あまり他の人には近づかない方がいいと、卯ノ花隊長に言われましたし…」
「えっ?そうなの?」
ギョっとした顔で、吉良副隊長は一歩、後ずさる。
それには僅かに半目になったが、「まだ大丈夫だと思いますけど…」と言えば、彼はホっとしたように胸を撫で下ろした。
「と、とにかく…隊長の事、宜しく頼むよ。僕は隊長の代わりにやる事が沢山ある」
「はい。分かってます。一度様子を見に戻ってから買い物に行って来ます」
それだけ告げて、私は一度、隊長の部屋まで戻ろうと、執務室を後にした――――
「はぁ…ちょっと遅くなっちゃったかな…色々買いすぎちゃった…」
インフルエンザなら長引きそうだ、と必要なものを買いすぎて時間がかかった。
小さな雪が降りしきる中、瞬歩を使い、市丸隊長の部屋へと急ぐ。
そこでふと、先ほどの来訪者の事を思い出す。
(藍染隊長…もう帰ったかな…ちょっと様子がおかしかったけど…)
二人でコソコソ話してたようだったのに、私には「彼は眠っていた」と言った藍染隊長。
何か人には聞かれたくない事でも話してたんだろうか、と思いながらも、あまり詮索しない方がいいような気がしていた。
財布を取りに戻った私を見ていた藍染隊長の目は、どことなく冷めたもので、いつもとは少し雰囲気が違うように感じたのもある。
盗み聞きをしていたのがバレてたのかもしれない、と思うと、少しだけ自分の行動を後悔していた。
隊長ともなれば、部下には知られたくない大切な用件とかがあったのかもしれない。
(でも別に市丸隊長が高熱で寝込んでいる時に、そんな話をしに来なくてもいいのに…)
そんな事を思いながら、藍染隊長の見せる、あの柔らかい雰囲気も、もしかしたら見せかけなのかもしれない、とふと思った。
桃には悪いけど…私は藍染隊長の方が胡散臭い気がするなぁ…
そんな事、桃に言えば、きっと市丸隊長の方が胡散臭いとか言われそうだけど…
3番隊舎が見えてきて、一気に速度を上げると、隊長の母屋がある裏手へ回って、玄関ではなく、庭のある塀を越えた。
行儀が悪いが、そうした方が無駄な時間は省ける。
何となく、そう、ただ何となく藍染隊長の事も気になっていた。
庭先から市丸隊長の眠る部屋へいける。
それで怒られたとしても心配だったからと言えばいい。
市丸隊長は苦笑いしながら許してくれる。
私は先に隊長の様子を見ようと、締め切ったままの木戸を、静かに開けた。
「…隊長…?」
そう声をかけながら中の襖をゆっくりと開ける。
「あの…すみません、私――――」
そこで息を呑んだ。
外の光が少しづつ薄暗い部屋を照らして行く中、部屋の中に敷かれた布団には、隊長の姿がなかった――――
「え…いなくなった?」
吉良副隊長は驚いたように振り返った。
市丸隊長がいないのを見て、慌てて報告しに来たのだ。
「はい…!部屋のどこにも姿がなくて…どうしたらいいのか分からないし、とにかく吉良副隊長に報告を、と――」
「わ、分かった…ったく…何考えてるんだ、あの人は。まだ熱も下がってないんだろ?」
「はい…下がるどころか少しづつ上がってたはずです。あんな身体でこの雪の中、出かけては、いくら隊長でも倒れてしまうんじゃ…どうしよう…私のせいで――」
「ちょ、ちょっと落ち着いて。くん…何も君のせいじゃない。君は隊長の世話をしてくれてただけだ」
「でも私が出かけなければ…」
「大丈夫。隊長の事だから、すぐ戻ってくるよ…」
吉良副隊長は優しくそう言うと、私の肩にポンと手を乗せた。
それでも、どことなく心配顔なのは、また降り出してきた雪のせいだろう。
窓の外はすでに一面、銀世界で気温もぐっと下がったようだ。
「とにかく…僕はまだ仕事が残ってる。だから申し訳ないけど、くんは隊長が戻るまで、部屋で待っててやってくれないか?」
「それは構いませんけど…探さなくて本当にいいんですか?」
「市丸隊長も自分の体調はよく分かってるだろうし…しんどくなったら戻ってくるよ。市丸隊長が抜け出すのはいつもの事だしね」
そう言いながら苦笑いを零す吉良副隊長に、少しだけ違和感を感じた。
自分の隊の隊長が姿をくらましたというのに、それほど驚きもせず慌てた様子もない。
まるで彼の行き先に心当たりでもあるかのようだ。
「あ、あの…」
「ん?」
「吉良副隊長は…市丸隊長の行き先に…心当たりとかあるんですか?」
「えっ?あ、いや…」
私の問いに、明らかに動揺し、視線を泳がせる吉良副隊長を見れば、どうやら勘は当たっていたらしい。
でも、何故それを私に隠す必要があるんだろう。
もし行き先を知っているのなら、心配している部下に、その事を教えてくれればいいのに。
「あの…吉良副隊長。市丸隊長はどこに行ってるんですか?知ってるなら教えて下さい」
「え…いや知ってると言うか…」
「お願いです!行き先さえ分かっていれば安心出来ますしっ」
「う…そ、そうなんだけど…僕の口から言うのはちょっと…」
「何ですかそれ…吉良副隊長は抜け出した隊長のかたをもつんですか?」
「う…」
そう言って吉良副隊長に迫れば、彼は渋々といった様子で息を吐き出した。
「はあ…怖いなあ、くんは…」
「隠し事をするからです!市丸隊長はどこにいるんですか?」
「あ、いや、でも必ずしもそこにいるとは限らないけど…抜け出した時、以前はよく、その人のところへ行ってたらしいから…」
「その人…?誰ですか?市丸隊長が会いに行くような友人でも――」
「い、いや友人…ってわけじゃないと思うよ。だってその人は……」
私の追及に、吉良副隊長は、降参と言ったように肩を竦めて苦笑した。
「…もう!ホント信じられない!」
バンっと扉を閉めて、買ってきたものを台所へと運びながら、私は溢れ出てくる怒りに任せ、そう毒づいた。
先ほど聞いた話を思い出だすだけで、その怒りは更に増幅するようだ。
「僕から聞いたって言わないでくれよ?」
困り顔で口を開いた吉良副隊長は、溜息交じりで私にそう言った。
その話によると、市丸隊長は時々、会いに行く女性がいるらしい。
仕事をサボっていなくなる時は、たいてい、その人のところへ行ってるそうで、その事を知っているのは吉良副隊長だけだという話だった。
「…女性って…まさか恋人…とか?」
「いや違うよ。だって彼女はその…」
驚いて尋ねる私に、吉良副隊長は更に言いにくそうな顔をして――――
「その人は、いわゆる、その…そういう仕事をしている人みたいだから」
「……そういう…って?」
「だっだからほら……」
何気に顔を赤くした吉良副隊長は、困ったように頭をガシガシかきながら、横目で私を見ると、「男を相手にする仕事って言えば分かる…?」と言った。
それには一瞬、脳が固まり、そして吉良副隊長の言葉の意味をハッキリ理解した時、私は思わず赤面してしまった。
「…市丸隊長がまだ五番隊にいた時、その女性を隊長が助けた事があったんだ。虚に教われてた時、たまたま通りかかったらしくてね。それで何となく隊長と馴染みになったというか…。ほ、ほら。市丸隊長には決まった恋人もいなかったし……だから時々息抜きをしに彼女のところへ行くみたいなんだ」
吉良副隊長はそう言って困った人だよね、と苦笑した。
でも私は、その話を聞いて、居場所が分かったとホっとするよりも先に、何故か気持ちが沈んだ。
そう言えば、市丸隊長は女性にとても慣れている…そんな印象を受けた事もあったし、今決まった人がいなくても過去には色々とあったりもしたんだろうと思う。
子供じゃないんだし、男には色々と事情があるのも少しだけど分かるから、息抜きにそう言う場所へ行くというのも分かる。
だけど何も熱がある時に行かなくても…、とそう思った。
「…隊長の莫迦…心配して損したわよ…」
看病している私の身にもなって欲しい。
そんな事を思いながら、買ってきたものをしまっていった。
隊長のために栄養のなる食事を、と思って買ってきた食材を見つめながら、何となく気分が重くなり、小さく溜息をつく。
そこで、先ほど寝ぼけて襲ってきた隊長を思い出した。
「…もしかして…欲求不満だったのかな…」(!)
ふと、そこに気づき、一瞬頬が赤くなる。
隊長は夢だと思ったみたいだったけど、でも、あれで目覚めちゃったとか…だから、その女性のところに…
「…それにしたって、一言、言ってくれたらいいのに…勝手に抜け出すなんて」
実際、部下にそんな場所へ行ってくる、なんて正直に言えるわけなどないとは分かってる。
でもやっぱり心配した分、そんな文句が出てしまう。
食材をしまった後、もう一度、寝室を覗いてみる。
でも当然のように隊長の姿はなく、少しだけ捲れた布団があるだけだ。
そっと敷布団に手を乗せると、そこは冷んやりとしていて、隊長が随分と前に出て行ったのが分かる。
きっと私が買い物に出てすぐに、抜け出したんだろう。
「そう言えば…藍染隊長、いつ帰ったんだろ…」
隊長が抜け出す前に帰ったのなら、何も知らないはずだ。
でも、もし何か知ってるなら…
そこが何となく気になり、私は再び隊長の部屋を飛び出した。
このままジっと待っていても落ちつかない。
吉良副隊長はああ言ってたけど、でも本当はそんなところに行ってないかもしれないのだ。
だいたい、あんなにつらそうにしてたのに、そういう時に女に会いに行くだろうか、とも思う。
それに私はやっぱり、何となく藍染隊長と市丸隊長の会話が気になっていた。
その後に隊長が姿を消した事も、それに関係してるような、そんな気がした。
そう思えば思うほど、心が逸り、瞬歩で五番隊・隊舎へと急ぎながら、吹き付けてくる風と雪に顔を顰める。
先ほどよりも気温の下がった瀞霊廷を、雪が風に舞いながら、白く染めて行った。
「あれ、…っ?」
五番隊・隊舎へ行くと、五番隊副隊長でもある幼馴染の桃が、驚いた顔で出迎えてくれた。
「どうしたの?珍しいね、ここに来るなんて…何か用が――――」
「…うん…あの…藍染隊長、いるかな」
「え…?」
「会いたいの。会わせてもらえない?」
私の言葉に、桃は更に目を丸くした。
それも当然で、普通はいくら席官といえど、他の隊の隊長に、直々に会いに来る者はそうそういない。
よほどの用があったとしても、それはまず最初に、副隊長へと話を通すのが通例だ。
でも今の私には、詳しい事情を説明している暇もなければ、この小さな不安を、桃に上手く伝える自信はなかった。
「何…が藍染隊長にどんな用事?」
「…ちょっと聞きたい事があるだけなの。お願い、すぐ済むわ?」
「聞きたい事って…それは私じゃダメなの?仕事の話とかじゃ――」
「仕事の話じゃないの。ちょっと市丸隊長の事で聞きたい事があるだけ。お願い、桃…ううん、雛森副隊長」
「…」
小さく頭を下げると、桃は驚いた様子で言葉を詰まらせた。
それでも気持ちを察してくれたのか、小さく息をつき、「分かった。こっちよ」と、藍染隊長がいるという執務室まで案内してくれる。
「…ここよ?ちょっと待っててね」
「うん、ありがとう」
先に執務室へと入っていく桃にお礼を言って、軽く深呼吸する。
別に藍染隊長に聞いたところで、市丸隊長の行き先を知っていると言う根拠などなかったが、それでも小さな期待を持って、ドアが開くのを待っていた。
少ししてドアが開き、桃が顔を出した。
「どうぞ?藍染隊長が会うって言ってくれてる」
「…ありがとう…」
「いいの。じゃあ…帰る時は声をかけてね」
聞きたい事はあるのだろうけど敢えて何も問わず、私と入れ違いで桃は部屋を出て行った。
それを見送った後、「失礼します」と声をかけ、ゆっくりと中へ足を踏み入れる。
藍染隊長は窓の前に立っていて、雪の舞う景色を眺めていた。
「やあ。どうしたんだい?こんな所にまで。買い物は終わったのかな?」
「…突然、すみません」
さっきと同様、にこやかな笑みを浮かべて振り向く藍染隊長に、軽く頭を下げる。
彼は「堅苦しい事はいいから座りなさい」と、私にソファを進めてくれた。
少し遠慮がちに、ソファへ腰を下ろすと、藍染隊長はゆっくりとこっちへ歩いてくる。
そして、私の向かいに座ると、「お茶でも飲むかい?」と、優しく微笑んだ。
「い、いえ。お構いなく…。それより…藍染隊長に聞きたい事があって来ました」
そう言って顔を上げる。
藍染隊長は未だ笑みを浮かべたまま、表情を崩す事はない。
メガネの奥の優しげな瞳は、どこか心の奥を見透かしているような、そんな輝きを放っていて、少しだけ怖く感じた。
「何かな?」
「…実は…市丸隊長が…いなくなりました」
ここはハッキリ言った方がいい、と、思い切ってそう切り出した。
藍染隊長は僅かに眉を上げると、「何だって?」と驚くような素振りを見せた。
その表情からは本心は伺う事が出来ない。
本気で驚いているのか、それとも何もかも知っていてとぼけているのか。
「…いなくなったって…でも彼は今、熱があって動けないはずだろう?さっきだって眠っていたしね」
「はい。そうなんですけど…買い物から帰ってみたら市丸隊長の姿がなくて…それで私――」
「ああ、それで僕のところに何か知らないか聞きに来たと言うわけか…」
「はい…市丸隊長は私が買い物に出てすぐに抜け出したらしいんです。なので藍染隊長が帰り際、何か気づいた事があれば、と…」
「いや…申し訳ないけど…気づかなかったな。僕は君を見送って、すぐに帰って来たからね。その時も市丸くんは眠っていたはずだよ」
「…そう…ですか…」
藍染隊長の言葉に、小さな期待が脆くも崩れていく。
彼のいう事が本当かどうかは分からないけど、これ以上、何も聞き出せないと思った。
ではやっぱり吉良副隊長が言ったとおり、馴染みの女性のところへ行ってるんだろうか。
それなら、それで、やっぱり体の事も心配だ。
「…大丈夫かい?」
「………ッ」
ほんの一瞬、考え事をしていた間に、気づけば藍染隊長は私の肩に手を乗せていた。
その気配に気づかなかった私は、ハッと息を呑み、ゆっくりと顔を上げる。
藍染隊長は心配そうな表情で私を見下ろしていたけど、その瞳はやっぱり見透かすような、そんな輝きを持っていた。
「は、はい…いえ、あのすみませんでした…。心当たりを探してみます…」
これ以上、ここにいても仕方がない、と立ち上がる。
そんな私を見て、藍染隊長は軽く首を傾げた。
「心当たりがあるのかい?」
「…あ…はい。一応……」
「本当かい?それはどこかな?僕も一緒に――」
「い、いえ…そんな…これ以上、藍染隊長の手を煩わせるようなこと出来ません。桃に…いえ、雛森副隊長にも怒られてしまいます」
「ああ、君は雛森くんと幼馴染だったね」
「はい」
「それじゃ尚更だ。部下の幼馴染をこんな雪の中、一人で彷徨わせるわけにもいかない。それに市丸くんがいなくなった事は他の人たちにはバレない方がいいだろうし」
「え…?」
「隊長格が一人、行方不明だなんてバレれば、ちょっとした騒ぎになるしね。まして病人だ。大騒ぎになったらそれこそ彼が戻ってきた時、困る事になるだろう?」
「あ…」
藍染隊長の言葉に、確かにそうだと頷く。
でも、だからと言って、藍染隊長と一緒に捜しに行くのも困る。
「で、心当りとはどこかな?」
「え?あ、あの…それは…」
「…そんなに言いにくいことなのかい?」
「い、いえ。あ、というかその……」
なんて説明しようかと思っていると、藍染隊長は訝しげに眉を顰めた後、ふと笑みを零した。
「ああ…もしかして…馴染みの女性のところかな」
「え…っ?な、何で――」
「ああ、いやチラっと小耳に挟んだ事があるんだ。彼がまだ僕の部下だった頃に知り合ってる人だからね」
「そ、そう…だったんですか…」
「彼女のいる場所なら、だいたい分かる。僕も一緒に行こう」
「えっ?い、いえ、いいです、そんな!藍染隊長にはお仕事が――――」
「いいんだ。これでは僕も心配で仕事にならないよ。後の事は雛森くんに任せるから気にしないでいい」
「で、でも…」
サッサと書類を片付け、羽織りを着込む藍染隊長を見ながら、私は口篭った。
藍染隊長と一緒に探すとは思ってなかったし、仕事を任される桃にも悪いと思ってしまう。
そこへノックの音がして、藍染隊長は静かにドアを開けると、書類を抱えた桃が立っていた。
「あ、藍染隊長…お話中のとこすみませんが、この書類――――」
「ああ、雛森くん。悪いんだが僕は少し出かけてくる。後のことは頼めるかな?」
「え…出かけるってどこへ…」
桃は驚いたように顔を上げると、私にチラっと視線を送った。
「ちょっとくんと行く所がある。そんなに時間はかからないで戻るよ」
「…あ、はい…分かりました」
「ありがとう。では――くん、行こうか」
「あ、は、はい…」
藍染隊長に促され、私は急いで後を追う。
その際、桃に「ごめんね」と一言、告げれば、桃は訝しげな顔ながらも笑顔を見せてくれた。
事情は後で話そうと思いながら、先を行く藍染隊長を追いかける。
その女性の居場所を知っているという事に、少しだけ驚いたが、それでも案内してくれる事は助かる、と思った。
「…ああ、雪が深くなってきたね。寒くないかい?」
「大丈夫です」
藍染隊長の少し後をついて行きながら、先ほどシロちゃんから借りたマフラーをしっかりと首に巻きつける。
吐息の白さが物語るように、夕方にもなると、かなり寒い。
「それにしても…市丸くんも幸せだね」
「え…?」
不意に口を開いた藍染隊長に、ふと顔を上げれば、優しい笑顔がそこにあった。
「部下にこんなに心配してもらえて」
「…と、当然です。私の隊の隊長ですし…それに高熱があるのに出かけるなんて…普通心配します」
「ははは…本当だ。まあ、でも彼は以前からフラっとどこかへ行くクセがあったからね。それは今も直っていないようだ」
「…無事ならいいんです。ただ…市丸隊長の病気はインフルエンザらしくて、卯ノ花隊長にも絶対安静と言われてますから…」
「インフルエンザ?そうか…また、やっかいだね、それは。薬もないらしいし…普通なら歩く事すら困難だろう」
「はい。なのに隊長は何で出かけたりなんか……」
そこで言葉を切ると、私は溜息をついた。
「そんなに…その女性に会いたかったんでしょうか」
「くん…?」
何だろう。
胸がさっきからチクチクする。
市丸隊長があんな身体で忽然といなくなって…小さな不安がこの雪みたいに、心の中に降り積もっていくようだ。
市丸隊長の事だから、大丈夫、という思いと裏腹に、どこに行ったのか、何故いなくなったのか、という分からない不安。
それらが交差して、胸をぎゅっと締め付けてくる。
こんな思いをさせる市丸隊長に怒りを感じながらも、それとは別の苛立ちを覚え、少しだけ戸惑っていた。
「…くんは…市丸くんの事が凄く好きなんだね」
「…えっ?」
不意にそんな事を言われて、ドキっとした。
藍染隊長は苦笑いを浮かべながら、ゆっくりと歩いていく。
「す、好きってそんな…隊長として尊敬してるし、色々とお世話になってるから感謝してるだけで、私は別にその――――」
「ははは!君は本当に素直な子だ。まあ、そういう事にしておこう」
「あ、藍染隊長…っ」
クスクスと笑う藍染隊長の言葉に、顔が赤くなる。
何かとてつもなく勘違いされたようで一気に恥ずかしくなった。
「だから私は別に――――」
「まあ、その女性に会いに行ったからといって、市丸くんが特別な感情を持っている、とかそういう事ではないと思うよ?」
「……え?」
「あ、いや…女性の君には言いにくいんだけどね…。その…男は時に女性が必要な時があるというか…だからその…」
少し頬を赤らめ、照れ臭そうに話す藍染隊長を見て、私までその意味が分かり赤くなった。
「い、いいです。あの…分かってますから…」
「そ、そう…かい?なら…良かった…」
頭をかきながら、困ったように笑う姿に、藍染隊長の人の良さが見え隠れしていて、私はつい苦笑した。
目の前で照れながらも笑顔を見せてくれている藍染隊長からは、先ほど感じた違和感など一切感じられない。
やっぱり桃の言うように、藍染隊長はいい人なんだ。
さっきのは私の勘違いだったのかもしれない。
彼の瞳が、一瞬だけひどく冷たいものに見えたのは――――
「確か、この辺りだったはずだが…ああ、あれだろう」
そう言って藍染隊長は足を止めた。
その店は瀞霊廷を出て、流魂街の中でも一際賑やかな通りから一本裏道に入ったところにあった。
深紅という艶やかな色の建物は、一目でそれと分かるような雰囲気で、店の前にも、それらしき女性が多数見える。
私はすぐに店の方へ歩きかけたが、藍染隊長の「死覇装だと目立つから裏からまわろう」という言葉に、素直に従った。
裏に回り、店の人を呼ぶと、すぐに市丸隊長の馴染みの女性と言う人の事を尋ねる。
すると、少しして濃い化粧をした派手な着物の女性が、姿を現した。
「あんた達?ギンの事を聞きたいってのは」
「あ、は、はい。あの…あなたは…」
「駒子」
「え?」
「こまこって言ったの。私の名前よ」
「あ、はあ…」
煙草を吹かし、ニヤリと笑うその女性に、私は思わず顔が引きつった。
大きく肌蹴た胸元におしろいを塗り、大胆に出した細い肩が妙に色っぽい。
長い髪を無造作に束ねてはいるが、凛とした雰囲気を持っていて、凄く綺麗な人だ。
「で…あんた達は何者?ギンの何が聞きたいの」
「あ、あの、私は護廷十三隊、三番隊・第五席、と言います…」
「へえ、あんた、ギンの部下?で、そっちの色男は?」
駒子さんが藍染隊長に視線を向ける。
彼は普段の笑みを浮かべながら、「僕は五番隊・隊長の藍染だ」と名乗った。
その名を聞いて、駒子さんは少し驚いたように目を見開くと、持っていた煙草を指で弾いた。
「あら…あなた隊長さんなの?そりゃ凄いわねぇ。どう?今夜、私を買わない?」
「…遠慮しておくよ。実は元部下を探しててね」
そつのない笑顔でやんわり断ると、駒子さんは苦笑交じりで、「残念」と微笑んだ。
そして私を見ると、
「…ギンの何が聞きたいの?可愛い部下の女の子が」
「…あ、あの…市丸隊長、こちらに来てませんか?」
「何…アイツ、また抜け出したの?」
「……は、はあ…」
隊長の事を"アイツ"と呼ぶ彼女に唖然としていると、
駒子さんはクスクス笑いながら、再び煙草を取り出して咥えた。
「悪いけど…ここにはいないわ。っていうより…暫く来てないの」
「え…来てないんですか…隊長」
「ええ。ここんとこ、ずーっと、ね。こっちが会いたいくらいよ」
彼女の言葉にガッカリし、藍染隊長と顔を見合わせる。
駒子さんは煙草に火をつけると、美味しそうに煙を燻らせた。
その仕草もさまになっていて、大人の女性といった色気が彼女を包んでいる。
(この人が市丸隊長と…)
ふと、今朝、寝ぼけて私に覆いかぶさってきた市丸隊長を思い出し、顔が赤くなった。
今もハッキリ、頬や首筋に唇が触れた感触、そして優しく見つめてくるゾクリとするような視線を覚えている。
あんな顔を、この人に見せているのか、と思うと、また胸の奥がチクリと痛み出した。
「なぁに?私の顔に何かついてる?」
「え?あ、い、いえ…」
ボーっと見ていると、駒子さんは訝しげな顔で私の顔を覗き込んできた。
彼女からは、おしろいの香りと、煙草の香り…そしてかすかに石鹸の香りが漂ってくる。
それが彼女の色気を引き立たせてるようで、私は思わず視線を反らした。
「…あんた、ホントにギンの部下ってだけ?」
「え…?」
その言葉にドキっとして顔を上げれば、彼女は意味深な笑みを浮かべている。
「どういう、意味ですか?」
彼女の問いかけの意味が分からず、眉を顰めれば、駒子さんは煙草の煙を私の顔に吹きかけてきた。
思わず煙くて咽ると、藍染隊長が慌てたように、「君!失礼だろうっ」と怒鳴る。
それでも彼女は楽しそうに笑いながら、
「アイツが行方不明になったからって、こうして探しに来た部下はあんたが初めてだよ、お嬢ちゃん」
「…え?」
「それも、そんな泣きそうな顔しちゃって…そんなにギンの事が心配?」
「…わ、私は…」
「もしかして憧れちゃってる?アイツに。隊長に憧れてる女は腐るほどいるって聞くし、三番隊に至っては9割がアイツのファンだっていうしね」
「私は部下として――――」
人を小ばかにしたような物言いにカッとなり、そう言いかけた。
が、彼女は私の耳元に口を寄せると、「でもギンはやめときな」と囁くように言った。
「アイツはあんたみたいなお嬢ちゃんの手に負えるような男じゃないわよ」
「な…何を――――」
「どう見たって…あんたは男を楽しませられるようには見えないしね」
「…………ッ」
クスっと笑われ、頬が赤くなる。
彼女の言葉に、また胸の奥が痛み出した。
「君、いい加減にしないか!」
そこに藍染隊長が割って入り、彼女から私を引き剥がした。
「どうやら市丸くんの事は知らないようだ。帰ろう、くん」
「…は、はい…」
肩を抱かれ、そのまま歩き出せば、後ろから彼女の笑い声が聞こえてきた。
「ギンに言っておいてよ。駒子が会いたがってるって。ああ、でももしギンが来ても、迎えになんか来ないでね?お楽しみを邪魔されたくないから!」
思わず耳を塞ぐと、藍染隊長は「気にしなくていい」と優しく頭を撫でてくれる。
その優しさに、ここへ一人で来なくて良かった、と心から思った。
「全く…市丸くんも困った奴だな…。ああいった女性と付き合いがあるとは…」
珍しく温和な藍染隊長が怒ったような声で言った。
顔を上げれば、彼は少し照れたように笑い、「いや、差別するつもりはないんだけど…」と微笑む。
でも彼女があんな態度を見せたのは、何か意味があるんだと思った。
「…彼女…きっと市丸隊長のこと、好きなんだと思います」
「え?まさか…心配してるくんをちょっとからかっただけじゃないかな」
「それもあると思いますけど…でも何となく…そんな気がして」
人をバカにするような笑みを浮かべてた間の、ほんの一瞬。
彼女の私を見る目つきがするどくなった。
あの目は以前にも見た事がある。
三番隊に入って間もない頃…直属の上司でもある橘副官補佐が、あんな目で私を見た事があった。
男女の違いはあれど、あれは――嫉妬の目だ。
「まあ…情婦が客に惚れるといった事もあるようだけど…だからって部下の君にあんな態度をするなんて許せないよ」
藍染隊長はそう言いながら、本当に怒ってくれている。
その、あまり見られない姿につい笑みが浮かぶ。
が、藍染隊長に肩を抱かれたままなのに気づき、慌てて身体を離した。
「す、すみません…」
「あ、ああ、いや…。それより…手がかりもなくなったね。市丸くんはどこに行ったんだか…」
「…そうですね…。でも一度帰ってみます…もしかしたら戻ってきてるかもしれないし…」
手がかりがなくなったとはいえ、市丸隊長があの女性のところへ行ってないと分かり、内心ホっとしていた。
それに長い間あの店に行ってもいないらしい、と分かって、その事でもホっと胸を撫で下ろす。
いくら男の性とはいえ、部下としては隊長に、あんな店には行って欲しくない。
死神でもない彼女が、彼の事を"ギン"と呼ぶことでさえ、何となく嫌だった。
あの時、私も明らかに嫉妬していたのかもしれない。
でもそれは、肌を合わせているからといって、自分の隊の隊長に馴れ馴れしくしている彼女に対してであって、彼女と同じ理由なんかなどではない……はず。
「あ、藍染隊長…戻らないんですか?」
雪の降りしきる中、瀞霊廷に戻ってきた時、五番隊舎がある通りを過ぎて歩いていく藍染隊長を見て慌てて追いかけた。
「いや…僕も心配だからね。市丸くんの家に一緒に行くよ。そこで戻っていれば安心出来るからね」
藍染隊長はそう言って三番隊・隊舎のある方へと歩いて行く。
それには正直ホっとしていた。
もしこれで家に市丸隊長が戻っていなければ、やっぱり私だって不安と心細さでいっぱいになるだろうし、その時、藍染隊長がいてくれれば安心だ。
そのまま二人で市丸隊長の部屋へと向かう。
途中、数人の部下たちとすれ違ったが、彼らは一様に不思議そうな顔で振り返っていた。
五番隊の隊長と、三番隊・五席の私が何故一緒にいるんだろうといった顔だ。
「ああ…鍵がかかってるね…」
「…出かけた時のままです…」
部屋の鍵を開けながら、溜息をつき、中へと入る。
すぐに台所や寝室を覗いてみたけど、やっぱり隊長の姿はなく、ガッカリした。
「…まだ帰ってないみたいです…」
「ああ…本当にどこに行ったんだ、市丸くんは…」
二人で蛻の殻となっている布団を見ながら、溜息をつく。
それでも薄暗い部屋を一度、照らそうと、襖を開け、庭へと続く木戸を開け放った。
瞬間、私は息を呑み、藍染隊長が「市丸…!」と叫んだ。
「い、市丸隊長…っ?」
木戸の前の縁側に倒れている市丸隊長を見て、私は青ざめた。
慌てて彼を抱き起こすと、荒い息遣いが聞こえてくる。
この寒さの中、どれくらい倒れていたのかは分からないが、相当、熱が上がってるようだ。
それと同時に私は目を見開いた。
「…血が…っ」
「何だと?」
市丸隊長の羽織りの袖に、どす黒い血液のようなものが沁みている。
どこか怪我でもしたのかと慌てた私に、藍染隊長が叫んだ。
「くん、すぐ四番隊を呼んできてくれ!彼は私が見ている」
「は、はい!」
その声にハッと我に返ると、私は急いで部屋を飛び出した。
何がどうなってるのかなんて、考える余裕もない。
すでに外は暗く、空には寒そうな月が翳っている。
その中を、私は必死に走りながら、市丸隊長の無事を心の底から祈っていた――――
「…はあ…藍染…隊長?何してはるんです?ボクの部屋で」
布団に寝かせられ、ギンは少しづつ意識を取り戻し、弱々しげに微笑んだ。
そんな彼を見て、藍染は苦笑いを浮かべると、彼に上掛けを黙ってかけてやる。
「大丈夫かい?」
「…いやぁ…さすがのボクも熱には敵わへんみたいですわ…頭がボーっとしとるし…どう戻ってきたかも覚えてへんし…」
腕を顔に乗せ、苦笑気味に話すギンに、藍染も笑みを零す。
その時、ふと思い出したように、ギンは藍染を見た。
「あれ…そう言えば…ちゃんは…」
「困ったね…ギン。思ったよりもだいぶ時間がかかったようだ。おかげで彼女に見つかって一緒に探すハメになったよ」
「…ああ…すんません…」
藍染の言葉に、すぐ状況を把握したのか、ギンも苦笑いを零すと、つらそうに息を吐き出した。
「せやかて、こんな弱ってるボクにやれぇ言わはったんは藍染隊長やで?仕事済ませた後に暫く動けんようなって時間かかってしもた…」
「それは悪かった。ここまで酷いとは思わなかったんだ。先ほどくんから聞いたんだが…その熱の正体はインフルエンザらしい」
「…え…そらアカンわ…」
高熱の正体を知ったギンは深々と息を吐き出し、また熱が上がった気がする、と目を瞑る。
そんなギンを見て微笑むと、藍染は彼の着ていた白い羽織をそっと手に持った。
そして袖口についた血をそっとなぞる。
「仕事は無事に終わったんだね?」
「…滞りなく」
「そうか…ありがとう」
満足げに唇の端を上げると、撫でていた袖口の血が少しづつ薄くなり消えていく。
「藍染隊長…」
「何だい?」
「彼女…怒ってはった?」
腕で顔を隠しながらも、そんな事を訊いて来るギンに、藍染はふっと笑みを浮かべ、庭先の方へ視線を向けた。
「そうだね…怒るというよりは…とても心配してたよ。僕のところまで聞きに来たくらいだ」
「……はは…やっぱ度胸あるわ」
「とてもいい子じゃないか。ギンが可愛がるのも分かる気がするよ」
「……あれ…藍染隊長にも分からはります?」
「ああ……必死にギンを探していたよ」
「…そら嬉しいなぁ…」
「そうそう…それこそ駒子のところにまで行ったくらいだ」
「……………」
今まで嬉しそうに笑みを浮かべていたギンだったが、その一言にビシっと固まる。
そしてゆっくりと腕を外し、ニコニコと微笑んでいる藍染を見た。
「今……何て?」
「おや…?聞こえなかったはずはないんだが…」
ギンの驚きように、藍染はクックックと笑いを噛み殺している。
「駒子は僕のことを上手く知らないフリで通してくれていたよ。でも…くんには嫉妬丸出しで嫌味まで言っていた。そろそろ用済みかな?あまり入れ込まれても困るしね」
それでもギンは目を丸くしたまま、今度は項垂れるように布団をかぶってしまった。
「最悪や……何でそないなこと知って…って、まさか隊長が彼女に言わはったんじゃ――――」
「まさか。僕が話す前に彼女は知ってたようだよ?多分、吉良くん辺りに聞いたんじゃないかな。彼はギンが会いに行ってる娼婦と思っているんだろう?」
「……!!イヅルゥ……」
恨めしそうな声で呟くと、また熱が上がったと文句を言う。
駒子は元々、虚に襲われかけてるところを藍染が助けた女だった。
仕事もなかった彼女に、娼婦という仕事を与え、自分達の相手をさせるようになったのは、藍染の気まぐれに過ぎない。、
それからギンと密談する時には、必ず駒子のいる宿を使うようになった。
もちろんギンも退屈な時は抜け出して、駒子を抱きに行く事もたびたびあった。
それを吉良に話したのは怪しまれない為だ。
それでもにその事を話すとは思わず、ギンはかなり後悔していた。
そんなギンを見ながら、藍染はどこか楽しそうに笑うと、ゆっくりと立ち上がった。
「そろそろ彼女が四番隊の連中を連れて戻ってくる。後の事は僕に任せてギンはゆっくり休むといい」
「…そうさせてもらいます」
「ああ、それと…駒子の事は僕に任せてくれ。個人的な感情を持った娼婦など、もう娼婦じゃないからね」
「……相変わらず怖いお人やなぁ」
「ギンが悪いんだよ?娼婦になど優しく接するから。それに駒子は…くんを傷つけるような事を言ったんだ。それはギンも許せないだろう?」
ふと振り返ってニッコリ微笑む藍染に、ギンは困った顔で溜息をついた。
「優しくした覚えは…ないんやけどね。まあ…それなりに気のええ女ではあってんけど…ちゃんに暴言吐いたんやったら…お仕置されてもしゃぁないなぁ…」
「だろう?それに…計画は動き出した。もう密談する必要もない…」
「知りすぎた女は邪魔なだけ、やろ…?」
ギンの言葉に答えることなく、笑みだけ浮かべると、藍染は静かに部屋を出て行った。
再び静けさを取り戻した寝室に、小さくギンの溜息が響く。
ギンは残された白の羽織を手に取ると、袖についていたはずの血が消えているのを見て、ふと笑みを浮かべた。
「さすが…気が利くわ…」
熱でボーっとした頭の中で、まずは一仕事終えた事にホっとする。
あとは藍染の言うように計画通りに事を進めれば、間違いなく上手く行く。
そしてそれは、彼女との別れを意味する事でもあった。
「…時間が…ない、なぁ…」
そう呟くのと同時に、ギンはゆっくりと目を閉じた。
■駒子(オマケ)■