分かっていた。
最初から愛などないと。
でも、時々見せるあの人の優しさが、小さな幸せをくれるから、それでもいいと思ってしまっただけ。
護廷十三隊の隊長でもある藍染惣介と、彼の部下である市丸ギン。
彼らに出会ったのは、今夜と同じような寒い寒い、冬の夜。
虚に襲われ、もう確実に死ぬんだ、と諦めた時、彼らが私を助けてくれた。
それからは空しい日々の始まり。
二人は時々会いに来て、私を抱いて、また帰っていく。
霊力もない、ただの魂魄でしかない私では到底、足の踏み入れる事の出来ない、高い塀の向こうに。
それでも、夢を見たかった。
「…ギン、戻らなくていいの?そろそろ定例集会の時間じゃ――――」
「…ん〜まだ眠い…」
「しょうがないわね、隊長さんともあろう人が」
子供のような駄々をこね、私の腰を抱く彼を、愛しいと思うようになったのは、いつからだったのか。
どこか冷めている藍染とは違い、時々こんな風に素の表情を見せてくれるようになった彼に、感じてはいけない情を深く感じてしまっていた。
二人は何か密談があると、私のところへやって来る。
その話の内容を詳しく知っているわけではない。
そう言う時は決まって、奥の部屋にいるよう言われていた。
それでも時々は二人の会話も耳に入ってくる。
五番隊・隊長である藍染と、副隊長でもあったギンは、多分、この尸魂界にとって、よくない話をしていた。
それに気づいていても、私ごときがどう出来るわけもなく、またどうにかしようとも思わなかった。
形はどうであれ、私の命は彼らによって救われた。
その恩は、こんな私でも持っている。
だからこそ、二人を売ろうなどと微塵も思った事はなかった。
それに藍染とは別に、こうして会いに来てくれる彼との時間を、自ら壊す勇気もない。
ギンが会いに来る理由がどんな些細なものであろうと、私には彼と過ごす、つかの間の時間がとても大切だった。
それはギンが三番隊の隊長になってからも、変わりはなかった。
「ああ…雨が雪に変わったわ…帰りは暖かくして帰らないと…」
少し寒くなった事で、ギンから離れ窓を閉めに行く。
彼は未だ布団の中で、眠いとボヤいていた。
「夕べ、寝ないからよ?」
窓を閉め、振り返ると、ギンがモゾモゾと動き、やっと顔を出す。
その顔には、いつもの笑みが浮かんでいた。
「しゃぁないやん?駒子が寝かせてくれへんし」
「…嘘つき。ギンが何度も――」
そこまで言って顔が赤くなった。
夕べの彼は、どこか激しくて、何度も何度も求められながら、それでも幸せな時間だった。
「こっち、おいで。駒子」
うつ伏せになりながら、頬杖をついているギンは、甘い声で私を呼ぶ。
その声に逆らえない事を知っていて、わざと優しく、私を引き寄せる。
閉めきった窓のせいで、再び薄暗くなった部屋の中には、男と女。
そうなれば、求める事は一つだ。
「あ…っ」
傍まで歩いて行くと、不意に手を引かれ、布団の上に押し倒された。
上から見つめてくるギンの瞳を見ていると、まるで生娘のように頬が熱くなる。
彼はどこか、妖しげな魅力があって、女を熱くさせる何かを生まれつき持っているのかもしれない。
「ええなぁ、その顔……そそられるわ」
「……ん、」
ギンの細く、綺麗な指先が、唇をすっとなぞっていく。
それだけで身体の中心が燃えるように熱くなり、次の愛撫を待ちわびるように、私を濡らして行った。
ギンの着物は乱れ、そこから見える裸の胸には、私がつけた赤い跡。
着物を着れば見えない場所だけど、それでも私なりの愛情の印。
彼は「こんなんつけて…」と渋い顔はしたものの、それ以上怒る事はなかった。
それは彼に、特定の恋人がいない事を現しているかのようで、下らない期待をしてしまう。
「…ん…ぁあ…っ」
胸の蕾がギンの口に含まれ、甘い刺激に背中が跳ねる。
そんな私を楽しそうに見ながら、ギンはわざと赤い舌を出し、ゆっくりと硬く尖ったそれを舐めとっていった。
「…気持ちええ?」
「ん…っ意地…悪…」
それだけの愛撫で腰をくねらせる私を、ギンは笑顔で見下ろしている。
その余裕が悔しいけれど、結局は彼の望むように、私の身体は弄ばれるのだ。
そして私自身、それを望んでいるのも、ギンは知っている。
私も、知ってしまっている。
「…あ…っ」
熱く潤った中心に、ゆっくりとギンの指が埋められていき、身体がビクンと反応した。
もうこんなに濡れてるん?好きやなあ、駒子は。
そんな意地悪な言葉を言いながらも、次第に指の数を増やし、少しづつゆっくりと抜き差しし始める。
そうやって焦らされる事に私が弱いと知っていて、ギンはわざとするのだ。
「ん…ギン…っも…っと…」
「ああ…そうや…そう言えばボクなあ、昨日、綺麗な光を持つ子ぉと出会ってん」
「…ん…え…?」
もっと早く動かして欲しいのに、ギンは突然そんな話をし始めた。
その間も、私の秘部では、三本に増やされた指が厭らしい水音を立てている。
じれったい、その動きに、私の身体は更にギンを求めた。
「…ギ…ン…ゃ…焦らさ…ないで…」
「…あんな綺麗な光は初めて見たわぁ…もっと…輝かせてあげたいなぁ…」
「…な…に言って…ぁ…んっ」
その時の私は、ギンの愛撫に夢中で、一体何の話をしているのか、考える余裕などなかった。
結局、指と舌で何度もイカされ、朦朧としながらも激しく抱かれた後には、泥のように眠り、ギンの寝物語の事など、すっかり忘れていた。
今日、あの子に会うまでは――
「私は護廷十三隊、三番隊・第五席、と言います…」
一目見て彼女だと思った。
ギンの隊の席官を勤めているという、少女とも言えるような女。
何の曇りもない、澄んだ瞳。
純真で汚れのない身体。
こんなにも汚れた私には、眩しいくらいの光を持つ少女を見て、ギンが話していた少女は彼女だ、と気づいてしまった。
藍染と来た事には驚いたけれど、何とか誤魔化す事には成功した。
ただ、胸の奥から這い上がってくる、どす黒い感情だけは、隠す事が出来なかったかもしれない。
最後に私を見た、藍染の冷たい瞳に、私はもう、必要ないのだ、と言われた気がした。
いつか、言われた事がある。
ふらりと来た藍染が、私を抱きながら言った言葉。
"君に感情などいらないんだ。情なんてものは持ってはいけない。君はただの性欲処理の相手なんだからね。こんな風に抱かれ、綺麗に啼くだけでいい"
その冷たい微笑に背筋が寒くなったのを覚えている。
この男は、私を物としか思っていない。
飼い主に情を移せば、すぐに捨てられる…たったそれっぽっちの存在なのだ、と思い知らされた気がした。
もしかしたら藍染は、ギンに心を移している私に、気づいていたのかもしれない。
そして、もしこれ以上、感情を持つようなら……
「…君一人、消してしまうのは、小さな虫を踏み潰すよりも簡単なんだ。分かるかな?」
そう言いながら、私の首に手を掛け、いつもの優しい笑みを浮かべる藍染が、私には悪魔に見えた。
柔らかい笑み、優しい声。
なのに、身体が竦んでしまうほどの恐怖。
そこで私はとんでもない奴に助けられてしまった、と、初めて後悔した。
「ギンは僕の大切な部下だ。君のような女では役不足だよ」
喉の奥で笑い、私を激しく貫きながら、彼はそんな事を平然と言う。
怖かった。
私は、藍染という男が、心底、恐ろしかった。
なのに…心に芽生えたギンへの想いを諦めきれないのは、私が藍染の人形ではなく、心を持つ女だからだ。
「……ギン…」
彼の声、笑顔、くれた言葉の数々。
夢の中の彼は、間違いなく、私の恋人だった。
「…ギンじゃなくて申し訳ないね」
「――――ッ」
私以外、誰もいないはずの部屋に、静かに響く悪魔の声に、乾いた喉がゴクリと鳴った。
幸せな夢から覚めた途端、現実の悪夢がすぐ傍まで来ている。
「やあ。目が覚めたかい?」
ゆっくりと起き上がれば、窓の近くに黒い影が見える。
姿を確認する必要はない。
やっぱり来たのだ。
藍染惣介が…私を踏み潰しに。
「そろそろ計画が進みそうでね。もうここを利用する事もなくなったんだ」
「…………」
「ああ、それで…最後に君に挨拶を、と思ってね」
黒い影がゆっくりと近づいてくるのを感じながら、私は強く、目を瞑った。
「その前に一つ…言わせてもらうよ」
「…………」
「さっきの君の態度はいただけなかった…」
「………ッ」
「あの子はギンが大切にしている子なんだ。なのに君は酷い暴言を吐いていたね……。ギンも、怒っていたよ?」
「―――ッ」
すぐ傍で彼の吐息を感じ、ハッと目を開けた瞬間、目の前に藍染の顔があった。
「…君はもう…用済みだ、ってね…」
氷のような微笑が私を貫く。
同時に痛みを感じる事もなく、私は布団の上に崩れ落ちた。
生暖かい液体が、布団に赤い染みを作っていく不快感も、もう感じる事はない。
ただ最後に浮かんだのは、愛しい人の顔…
どうせなら、ギンに終わらせて欲しかった。
夢の中と同じように、甘い声で囁きながら。
「さようなら、駒子…。いい夢を―――」
あの人を思いながら寝たから逢えたのね 夢と分かっていたら目覚めなかったのに―――