三番隊隊舎・執務室。
机に向かい、黙々と書類に判を押してるのは、先日完全復帰した市丸隊長だ。
その横の机では副隊長の吉良イヅルが、時折自分の仕事を中断しながら、ギンの様子を伺っている。
「…ふぁ」
不意にギンが欠伸をした。窓の外に目を向けると、温かい日差しが差し込んでいる。
まさに冬晴れといった陽気で、気温もいつもよりは高い。
こんな天気では、どうしても睡魔が襲ってくる。
「…隊長…手が止まってます」
「……ちゃん、遅いなぁ…」
吉良の注意を無視して、執務室を照らしている太陽を見つめながら、ギンがポツリと呟いた。
それを聞いたイヅルは、自分の書類に目を通しながら苦笑いを零すと、「仕方ないでしょう」と一言、返す。
「草鹿副隊長が彼女も是非、"女性死神協会"にって言うんですから」
十一番隊の副隊長でもある草鹿やちるは、その会長をしている。
彼女とはが十番隊に在籍していた頃から仲が良かったようだ。
「女性死神協会のメンバーが足りないの!ちんも入ってよ〜!」
そんな事を言いに三番隊に、良く顔を出すようになったやちるに、が渋々了承したのは、つい昨日の事。
二番隊の隊長を除き、殆どが副隊長ばかりの協会だが、今は人手不足で資金集めが大変らしく、一人でもメンバーが欲しいとの事だった。
にしてみれば、それに入会すれば、色んな面倒ごとに巻きこまれる――八番隊、副隊長の七緒が苦労してるのを見て――と思って、自分は平だし、というのを理由に今まで断っていたらしい。
が、三番隊に移籍して、席官ともなれば、そんな言い訳も出来ず、やちるのしつこい誘いに根負けしてしまったようだ。
そこで早速、今日の夕刻、執務が終わった後で、女性死神協会の会議がある、と言われ、先ほど乱菊とやちるに拉致(!)され出かけて行った。
ギンにしてみれば、「女同士でツルんでズルイ…」と内心スネていたが、インフルエンザで寝込んでいた間に溜まった書類を処理しなければならず、そこは仕方なく、素直に(?)仕事をこなしていた。
「はあ…。まだこんなにあんねんなぁ…」
「そりゃ休んでた間に溜まってしまいましたからね。いくら僕でも隊長の職務までは代わって上げられませんから」
「……病み上がりやのに、今夜は徹夜になりそうやん」
小さく息を吐き、頬杖をついているギンを見て、吉良は苦笑いを浮かべた。
「いえ、今日はもう少ししたら終わりにしましょう。卯ノ花隊長も無理はさせないで下さいと言ってましたし」
「…え、ほんま?」
吉良の一言に、ギンがパっと顔を上げた。
その顔には笑みが浮かんでいる。
よほど書類との睨めっこが退屈なのだろう。
「はい。隊長も言ったとおり、病み上がりですし、今週中は無理しないようにして下さい」
「無理しないのは得意やし大丈夫や」
と、よく分からない自慢をしながらも、ギンは残りの書類に判を押して行った。
もう少しで終わると思えば、それも苦ではない。
が、ふと顔を上げると、再び自分の仕事をし始めた吉良へ声をかけた。
「ところで…イヅル」
「はい?」
「女性死神協会の会議て……どんな事してはんのやろ」
「…さあ?僕も覗いた事はないですし…。男性立ち入り禁止区域ですからね、あの会議室は」
吉良が苦笑しながら肩を竦める。
が、禁止、と言われると、逆に立ち入ってみたい、と思うのは、ギンの性分なのかもしれない。
「……やめて下さいよ?市丸隊長…」
「ん?何が?」
「…とぼけてもダメです。その顔……これが終わったら覗きに行こ、なんて思ってるんでしょう?」
さすが副隊長。ギンの事はよく分かっている。
ギンも吉良の言葉にギクっとした顔をしたが、「そんな事せぇへんよ。嫌やなぁ、イヅル」と笑って誤魔化した。
「前に一度、京楽隊長が覗きに行って、伊勢副隊長に思い切り、ひっぱたかれた事もあるみたいですよ?」
「………そら怖いなぁ」
「彼女は女性死神協会の副会長ですからね。会長でもある草鹿副隊長が、あんな方だから、その分厳しいようです」
「……ちゃん、大丈夫かなぁ」
心配そうに呟くギンに、吉良は小さく噴出した。
「くんは伊勢副隊長とも以前から懇意にしてたようですから、そんな事は――――」
「ちゃうちゃう。ボクが心配してんのは、そういう事ちゃうねん」
「…では…何を心配してるんです?」
と、首を傾げた吉良に、ギンは笑顔を引きつらせた。
「せやから……ちゃんも八番、副隊長さんみたいに、厳しゅうならへんやろか、言う意味や」
「…………」
その一言に、がギンの横っ面を思い切りひっぱたいている映像が脳裏に浮かび、吉良も顔が引きつった。
「ま、まさか……くんは多少、厳しい事をいう事はありますけど、隊長に手を上げるなんて……」
「…でも確か女性死神協会のメンバーて、何気に自分とこの隊長をオモチャにしてる子ばっかやん?」
「…………」
その一言に、またしても固まる吉良。
そう言われてみれば、会長のやちるを筆頭に、副会長の七緒、乱菊……確かにその通りだ、なんて思ってしまう。
「………市丸隊長?」
不意に真面目な顔で書類をさばきだすギンを見て、吉良が訝しげな顔をした。
「…出来るとこまでやっとくわ。ちゃんに怒られたらかなわんし」
「…………」
ギンの言葉に一瞬目を丸くした吉良も、すぐに噴出すと、そうですね、と相槌を打つ。
――何にしろ、隊長がやる気になってくれるのはありがたい。
吉良は、今度から隊長に職務をさせる際には、くんに頼もう、などと思っていた。
『女性死神協会・会ぎ室』と手書きの可愛い文字が貼ってあるドアの奥では、今まさに会議の真っ最中だった。
黒板の前には副会長の伊勢七緒が立ち、その前にある机には会長でもあるやちるが座ってお菓子を食べている。
他のメンバーは各自、机につきながら、七緒の話を聞いていた。
「…では…今回メンバーも増えた事ですし…資金集めの方も少しは楽になると思いますので、皆さん頑張って下さい」
厳しい顔つきで、メガネを上げると、七緒は目の前で団子を食べているやちるを見た。
「会長からも何か一言――――」
「……ふぁ?」
団子を頬張りすぎて、頬が膨張しているその顔に、七緒の顔が引きつる。
「何でもないです」と答え、溜息をつくと、「では資金集めでのいい案が何かありますか?」とメンバーへ視線を向けた。
そこへ"何でもないです"と言われたやちるが、「ふぁい!ふぁい!」と手を上げる。もちろん、団子を頬張ったままだ。
「びゃっくん家から色んなオモチャ持って来たから、それ売ればいーよ!」
団子を全て飲み込んだ後、やちるは満面の笑みで答えた。――――ちなみに「びゃっくん」とは六番隊、隊長の朽木白哉の事だ。
やちるの言葉に、七緒の顔が一瞬で青ざめる。朽木白哉は六番隊の隊長以前に、名門貴族の朽木家当主だ。
その朽木邸に忍び込み、モノを盗んだなどと知れたら、それこそ一大事だ。
「会長!それをすぐ戻して来て下さい!朽木隊長にバレたらどうすんですかっっ!!」
「えぇー何でぇ?だって、びゃっくん家って何でも揃ってるんだよ?おっきな鯉もいーっぱいいるし」
「いいから返して来て下さい!!」
七緒は必死で訴えているが、やちるはどこ吹く風で、コンペイトウをボリボリ食べ始めた。
どうやら、それも、朽木邸でもらったものらしい。(本当は忍び込んだのが見つかって、コンペイトウをエサに追い出されただけ)
そんな二人のやり取りを見ながら、は苦笑いを零した。
――女性死神協会って何をしてるのかと思ってたけど…毎回こんな感じなのかな。
想像通り、やちるに振り回されてる。
隣に座っている乱菊は、もう慣れているのか、大した気にもせず、「資金集めかぁ」と悩んでいた。
が無理やり入会させられたのも、人数が少なく「資金ぐり」が大変だから、という理由なので、そこは真剣に考えている。
「いつも苦労するのよね、これには」
「そうなんですか?」
「ほら、やちるが無駄遣いするから、いつも運営資金がギリギリなのよぉ〜」
「無駄遣い…ですか?」
ケラケラ笑っている乱菊に、が首を傾げた。
副隊長とは言え、子供のやちるが、何をそんなにお金を使う必要があるのだろう、と疑問に思ったのだ。
それを察した乱菊が、笑いながら前を指さした。
「ほら。あのお菓子の山。あれで協会の運営資金が半分は減るのよねぇ」
「えっお菓子で?!」
見れば確かに、大量のお菓子がやちるの前につまれている。
や乱菊、それに他のメンバーの前にも、団子やセンベイといったお菓子は置いてあるが、やちるのソレとは量が違う。
「なるほど……これじゃ七緒さんも苦労しますね」
「でしょ?」
そう言って乱菊さんは肩を竦めた。
が、ふと顔を上げると、「そう言えば…恋次から聞いたわよ」との肩を叩く。
「うちの隊長の誕生日と一緒に、恋次とちゃんの昇進祝いするんですって?」
「あ…はい。どうせなら合同でやっちゃおうって事になって…。阿散井くんも忙しくなると思うし」
「そうよねぇ。ふふ、楽しみだわぁ♪今年はどうやってサプライズしよっか」
乱菊は楽しげに手をもみながら、イタズラを考えてる子供のような顔になっている。
毎年、隊長でもある冬獅郎には誕生日の祝いだと告げず、色んな手で驚かしてきた。
でもそれが成功していたのも最初の1〜2度くらいで、今は毎年その日になると、冬獅郎はどこかへ逃げようとする。
「きっとシロちゃ…じゃなくて、日番谷隊長も警戒すると思うし……」
「そうねぇ…。隊長ってば年々手強くなってくるんだから…去年と同じように、やちるに捕まえてもらうとか」
昨年は誕生日当日、職務を終えた途端、姿を消した冬獅郎を、やちるが追いかけて捕まえてくれたのだ。
普段、探知能力は、更木剣八同様、全くないに等しいのに、そう言う時だけ野生の勘を働かせるやちるは、かなり怖い。
冬獅郎も、やちるの、あの飄々とした性格が苦手らしく、全く想像のつかない動きをするので結局、逃げ切れなかったようだ。
「でも今年はそれも警戒してそう…」
「そうね…。じゃ、意外な人物に頼んで連れて来て貰うとか」
「…意外な人物…?」
乱菊の提案に、は首を傾げた。
「そ。吉良とかギンとか」
「えっ」
驚いて思わず声を上げると、七緒がジロっと睨んでくる。すみません、と頭を下げつつ、は「本気ですか?」と乱菊を見た。
「もちろん♪まあ…ギンは怪しまれそうだけど…吉良なら普段から真面目だし、隊長も警戒しなさそうじゃない?」
「…そう、言われれば」
確かに一理ある、と大きく頷く。
とにかく主賓が来ない事には誕生日パーティにはならないので、毎回計画を練るのが大変なのだ。
「ま、でも今回は恋次とちゃんのお祝いもかねてるんだし、隊長も素直に来てくれるわよ」
「…だといいんですけど」
苦笑しながら、出されたお茶を口に運ぶ。
だいたい冬獅郎が逃げるのは、乱菊を始めとする、十一番隊の大酒のみまで参加するからなのだが、当人達はそこに気づいていないのだ。
その時、七緒が前を向き、「何か提案のある方はいますか?」と再び全員に問いかけた。
(いけない!考えてなかった!)
は慌てて姿勢をただし、ノートに書くフリをする。と言って、資金を集める方法など簡単には浮かばない。
すると、隣でセンベイをかじってた乱菊が、「は〜い♪」と手を上げた。
「乱菊さん、何かいい提案でも?」
「お金になればいいんでしょ?だったら人気のある護廷十三隊の隊長さんグッズを売れば簡単じゃない?」
はその発言にギョっとしたが、七緒はメガネをくいっと直すと、「なるほど」と頷いた。
「でもグッズといっても何を売れば…」
「まさか草鹿副隊長みたいに、勝手に盗んでくるっていうのもまずいし…」
他の女性死神メンバーが困惑した顔をする。
そこへ再び乱菊が手を上げた。
「写真を撮って売るってのはどう?」
「…写真?」
と七緒が眉を上げる。
「そ♪私、前に現世で見たのよね〜。現世のアイドルの写真がいっぱい売られてて、それを若い子達が買いあさってたの」
「なるほど。写真ならコストもかからないし、物を盗むわけでもない…」
「ね?いい考えでしょ?現世では"ブロマイド"っていうらしいわ」
乱菊が得意げに説明する。七緒も何気に乗り気のようだ。
他のメンバーも、それなら出来そう、と言い合っている。
「では…それに決めましょう。次に"誰の"写真を撮るか、ですが、護廷十三隊の人気ランキングでベスト10に入ってる――――」
「はーいはーい!あたしは剣ちゃん!剣ちゃんの写真撮るぅー!」
「………却下」
秒殺されたやちるは、むぅっと唇を尖らせ、机の上に立ち上がった。
「何で剣ちゃんじゃダメなのー!剣ちゃんはカッコいいんだから!人気も凄いし、きっと売れるもん!」
「……人気があるのは男にでしょう。男が男の写真を買いますか?」
「う……」
七緒の冷静な指摘に、さすがのやちるも口をつぐむ。
そして、その場にいた全員が、剣八の写真をいそいそ買いに行く、男性死神たちを想像してしまった。
「……うぇ。見たくないかも」
「…危ないわよ、それ」
そう言いながらも、もしかしたら十一番隊の隊士なら買うかもしれない、と、そこまで考えつつ、やちるのリクエストはすみやかに却下された。
「やっぱり朽木隊長は外せないんじゃない?」
「そうよね!やっぱり女性から人気も高いし…ランキングでも、いつも上位よね」
「あ、あと藍染隊長も!」
と、そこで雛森桃が手を上げた。彼女もこの協会のメンバーだ。
七緒も、それには大きく頷き、「では藍染隊長は雛森さんに任せます」と賛成した。ますます、やちるの頬が膨れていく。
「後はいませんか?別に隊長だけじゃなくても構いません。人気のある人物なら――」
「はーい!じゃあ私、九番隊なんで、副隊長の檜佐木さん推薦します!彼、何気に人気ありますよ?」
「結構です。ではお願いします」
「じゃあ私は阿散井さんを!」
次々に名前が挙がり、七緒がOKを出していく。やちるはすでにフテくされて机に寝転がりながらお菓子を頬張っていた(!)
「あ、じゃあさんは市丸隊長と日番谷隊長の写真を撮ってきてよ」
一人の女性死神が言った――彼女も副隊長ではないが人手不足だから、と呼ばれてきた席官だ――
それにはも呑気に飲んでいたお茶を軽く噴出す。
「え……い、市丸隊長と…日番谷隊長…ですか?」
「いいわね、それ。そうしてよ、さん」
もう一人、そう言いだして、七緒も頷いている。はハンカチで口を拭きながら、「私、二人も担当ですか?」と困ったように呟いた。
「だって市丸隊長はさんのところの隊長だし、日番谷隊長とは幼馴染なんでしょ?撮りやすいんじゃない?」
「で、でも日番谷隊長なら、十番隊・副隊長の乱菊さんが…」
と、救いを求めるような目で乱菊を見る。
乱菊も苦笑いをしながら、「でも私だと警戒される恐れがあるのよねぇ」と溜息をついた。
「じゃあ日番谷隊長は乱菊さんとさんが共同でやってくれますか?日番谷隊長は人気急上昇中なので外せませんし」
「了解♪」
「え、ちょ、乱菊さん…」
アッサリ引き受けた乱菊に、が慌てて首を振った。
が、七緒は「市丸隊長も人気の高い方ですので、必ず数枚は撮って来て下さいね」と、すでに決めている。
そう言われてしまえば内心困っていても、頷くしかない。このメンツじゃ逆らっても無駄だと分かっているのだ。
「では難しい場合、皆で協力しあって何とか成功させて下さい。―――以上、これにて会議を終わります」
未だスネている、やちるに代わり、七緒が会議を終わらせた。
皆が各自カメラを借りてゾロゾロと部屋を出て行く中、はガックリ項垂れつつ、支給されたカメラを手に溜息をついた。
「大丈夫よ〜!そんな落ち込まなくても、ギンならすぐ写真撮らせてくれるって♪」
「……そうですけど…理由を訊かれたら何て言えばいいんですか?」
「そんなの"瀞霊廷通信"に載せるとか何とか言えばいいのよ。今までも隊長の特集とか組んでたし、ギンだって何度かインタビューとか受けてるもの」
「でも載らなきゃバレますよ?しかも、その写真を売ってたのがバレたら……」
「大丈夫よ、そんな事でギンは怒らないって!うちの隊長なら激怒するでしょうけど♪」
「…………」
呑気に笑う乱菊に、は再び項垂れた。
軽く写真を、というが、実際に撮るには勇気がいる。
「で、シロちゃんのも本当に?」
「もっちろーん♪うちの隊長、かなりファンが多いのよ〜?ちゃんも知ってるでしょ?」
「……まあ。それなりに」
は苦笑交じりで頷いた。
幼馴染として、そんな目で見た事がないからか、女の子に囲まれている冬獅郎を何度か見た事はあっても、あまりピンとこないのだ。
「きっと売れるわよ〜♪儲かったら皆で飲み会やろうねぇ♪」
「はあ」
乱菊はワクワクしたようにカメラを抱えると、
「あ、そうだ。それで今夜、誕生日会と昇進祝いの件で恋次と打ち合わせするんだけど、ちゃんも一緒にどう?もう仕事終わったんでしょ?」
「…あ、はい。そうですね。そっちも決めておかないと…」
「じゃあ、いつもの居酒屋で…そうねぇ。今から帰って用意するとなると…午後の7時なんかどう?」
「はい、分かりました」
「じゃ、後でね〜♪」
乱菊は笑顔で手を振ると、そのまま部屋を出て行ってしまった。
も一度、隊舎に戻ろうと会議室を出ると、夕焼けに染まりつつある中庭を抜けていく。
そこを通れば、三番隊隊舎まで近道になるのだ。
が、半分ほど歩いた時、庭先で見知った顔が寝転んでいるのを見て、足を止めた。
「あれ…シロちゃん…?」
「…よぉ」
に気づいた冬獅郎はゆっくりと体を起こし、小さな欠伸を一つ、噛み殺した。
「ど、どうしたの?こんなとこで…」
「…いや…仕事が早めに終わったし、昼間は天気も良かったから昼寝してた」
冬獅郎はそう言って立ち上がると、「松本がいない方が仕事もはかどる」と笑っている。
も元々は十番隊所属だ。その意味が十分に分かり、苦笑いを浮かべた。
「お前、女性死神協会に入ったんだって?」
「あ、うん。人手不足だからって…」
「どうせロクなことしてねぇんだろ?」
「…そ、そんな事…」
何気に鋭い一言に、はギクリとした。さっきも人気のある隊長の写真を、撮って来いと言われたばかりだ。
それも資金集めの為に…
「そ、それより…戻らないの?もう日が暮れてきたよ?」
「ああ…分かってる。一緒に戻ろうぜ」
冬獅郎はそう言って先を歩き出した。もその後からついていく。
が、ふと、もしかしたら冬獅郎はここで自分を待っていたのかもしれない、と思った。
冬獅郎があの場所にいたのなら先に出た乱菊にも見つかってるはずだ。
あの近道を教えてくれたのは乱菊なのだから、あそこを通らないはずはない。
「…シロちゃん…乱菊さんに会わなかった?私より先に出たんだけど」
「"日番谷隊長"だ」
いつもの切り替えしをすると、「出てきたのは見えたけど隠れた」と一言、呟いた。
「え、何で?」
「見つかると、うるさいだろ?」
「…じゃあ…もしかして私を待ってたの?」
「…………」
その問いには応えず、冬獅郎は軽く咳払いをした。
「別に待ってたわけじゃ……」
「私に何か用事だった?」
「……………」
すっかり見透かされている事に、冬獅郎は目を細くした。
なまじとの付き合いは長いだけに、こういう時はすぐにバレてしまう。
冬獅郎は困ったように頭をかいていたが、それでも思い切ったように振り向くと、
「――――お前…20日、空いてるか?」
「20日…?」
今月の20日は冬獅郎の誕生日だ。その張本人から話を持ち出されて、はギクッとした。
「…何で…?その日は――――」
「オレの誕生日だ」
アッサリと言いのけた冬獅郎に、は目を丸くした。
これまで冬獅郎の方から、誕生日の話を持ち出してきた事は一度もない。
「ど、どうしたの?シロちゃん……いつもは誕生日の話、避けるのに」
冬獅郎はいつものように"日番谷隊長だ"とは、もう言わなかった。
鼻先を指でかきつつ、視線を反らしながらも、何かを言いたげにしている。
「シロちゃん…?」
「…今年は…サプライズはもういい」
「え…」
「どうせお前らの事だ。今年も何か考えてるんだろ?」
鋭いとこをつかれ、は言葉につまる。冬獅郎はそれに気づいて苦笑すると、「やっぱりな」と溜息をついた。
「悪いが…今年は本当になしだ」
「えぇっ?でも――――」
冬獅郎の口調で、それが本気なんだと分かる。でも今年は誕生日祝いの他に、恋次の昇進祝いもやろうと約束をしているのだ。
ついでに自分の昇進祝いも入っているが、それを抜いても、皆に断るのは忍びない。
は困り果てながら、「ホントに…?」と、冬獅郎に尋ねた。
「ああ。それより……20日は…その…」
「……シロちゃん…?」
いつもの冬獅郎らしくない、言葉の濁し方に、は訝しげに首を傾げた。
普段の冬獅郎なら、思っている事はハッキリと口にする。それこそ、そこまで言わなくてもいいんじゃ…と思うような事まで。
なのに今日の冬獅郎はどこか歯切れが悪く、今もから視線を反らし、頭をガシガシとかいている。
「どうしたの?シロちゃん…20日に何か――――」
「……だから20日は…その…あれだ、一緒に…バァちゃんとこ行かねぇか?」
「え…?」
思い切ったように冬獅郎はに視線を戻し、ハッキリと言った。
バァちゃん…と聞いて、もふと、懐かしい顔を思い出す。
子供の頃から冬獅郎や桃、そして自分を可愛がってくれた、唯一の家族だ。
「最近忙しくて…帰ってなかったしよ」
「シロちゃん…」
そう言われて、もそうだね、と呟く。以前は連休をもらえば家に帰っていたのだが、ここ最近は忙しくて帰る事も出来ていなかった。
「じゃあ…早い時間に行こうか。夕方には戻ってこよう」
「あ?何でだよ。そのまま泊まればいいじゃねぇか」
「ダーメ。20日はすでに計画が進んでるの。今更、皆に断れないもの。シロちゃんだって分かるでしょ?」
のその言葉に、冬獅郎は思い切り目を細めた。そして毎年のように、自分の誕生日を口実に集まってくる酒飲み達の事を思い出す。
「どうせオレの誕生日にかこつけてバカ騒ぎしたいだけだろーが」
「違うわよ。今年は阿散井くんの昇進祝いもかねてるの!だからいつものバカ騒ぎとは違うの」
「阿散井の…?」
「そ。阿散井くん、来年の春から六番隊の副隊長になるんだって!だからね、そのお祝いも一緒にしようって事になって」
「……だからって何でオレの誕生日の日に――――」
「ケチケチしない!」
「ケチで言ってんじゃねぇ!」
の言い草に、冬獅郎もムッとしながら言い返す。それでもは慣れているのか、軽く交わすと、
「じゃあ20日は最初におばあちゃんに会いに行って、その後に皆でパーティね!」
「勝手に決めるな!」
「いいじゃない!ね、決まり!今年はサプライズにならなかったけど、パーティはやるからね!」
「う……」
に強く押し切られ、冬獅郎は渋々ながらにそれを承諾した。何だかんだ言って、この幼馴染には弱い、と自分でも十分に理解している。
「まだどこでやるかは決めてないから、今日、阿散井くんたちと会って話して来るわ」
「…迷惑にならないところにしろよ…?去年なんか、店のオヤジに"頼むから連れて帰ってくれ"とオレが泣きつかれたんだからな!」
「分かってるわよ…。でも…十一番隊の皆は出入り禁止の店が多いから困るんだよね、場所決めるの…」
はあっと溜息をついて、は苦笑した。冬獅郎の誕生日だけじゃなく、普段もその辺の居酒屋で飲み会をしている十一番隊は飲みだすと必ずケンカが始まる。
そうなると誰も手がつけられず、結果、店内はボロボロ、壁や床に穴が開いたり、食器やグラスが割れまくって悲惨な結末になるのだ。
当然、その店は出入り禁止になり、ケンカに参加していなくても、一緒にいた者も全て、断られる。
そのおかげで極度に飲みにいける店が減り、今じゃ十一番隊の皆が飲み会する場所は、隊長である更木剣八の家だった。
剣八の家だと、あまり派手に暴れられないという、やちるの配慮からそうなったらしい。
「まあ最悪、更木隊長の家を借りてやればいいっか」
「お前な…。隊長の家をパーティ会場にすんな」
「何で?きっと更木隊長もOKしてくれるよ?顔は怖いけど、凄く優しいんだから」
「………お前にはな」
冬獅郎は溜息交じりでボソっと呟く。が十番隊にいた頃から、十一番隊の連中とは仲が良かった。
酒好きの乱菊がを何度となく、飲み会に誘っていたせいだ。
男ばかりでむさくるしい中、酔うとオッサン化する乱菊は置いておいて(!)ドジでおっちょこちょいだが、素直で可愛いは十一番隊のマスコット的存在になっている。
それ以外にも、料理の得意なは何だかんだと酒のつまみを作っては十一番隊によく差し入れをしていた事もあった。
そのせいなのか何なのか、十一番隊の連中は「死覇装の裾が破れたから縫ってくれ」などという、些細な用でも十番隊の隊舎にまで顔を出すようになった。
さすがに冬獅郎もみかねて、「はお前らの召使じゃねぇ」と苦言を呈した事もあったが、本人が快く引き受けてしまうから何の意味もなかった。
そう言う事も含め、色々と心配で、冬獅郎も飲み会に顔を出すようになったが――止めても乱菊が無理やりを連れて行くため――本人は全く気づいていない。
「あ、いけない。じゃあ私、約束あるから行くね。20日は朝、起こしに行くから」
「……自分で起きれる!」
「はいはい。じゃね」
「あんまり飲みすぎるなよ!」
慌てて走って行くにそう声をかけながら、冬獅郎は深々と溜息をついた。
やっとの思いで誘いに来たのだが、結局はいつもの賑やか(うるさい?)な誕生日になりそうだ。
――今年こそは、邪魔者なしで誕生日を祝って欲しかった、とは口が裂けても言えない。
「ったく…。また酔っ払いの世話で終わりそうだな…」
そう呟きながら、冬獅郎も自分の隊舎へと歩き出す。空を見上げると、薄っすらと白い月が顔を出していた。
「…え、飲みに行くん?」
「はい。これから乱菊さんと阿散井くんの三人で」
はそう言って、サインの済んだ書類を片付けた。
それを見ながら、ギンは残った書類を指でつまみながら、「ボクはまだ仕事やのに…」とぼやいている。
「もう少しで終わるじゃないですか。吉良副隊長もいる事だし、大丈夫ですよね、帰っても」
「ああ、いいよ。僕が残るし大丈夫」
吉良は快くそう言ったが、一人不満顔なのがギンだった。
女性死神協会の会議から、やっと戻ってきたと思えば、が乱菊や恋次と飲みに行くと言い出し、心底つまらなそうに目を細めている。
「ボクもまだちゃんと飲みに行った事ないのにズルイなぁ…阿散井くんだけ」
「乱菊さんも一緒ですけど」
「何でボクを誘てくれへんのー」
の言う事など聞く耳も持たず、ギンはジトッとした目で唇を尖らせている。
その子供みたいなギンを見て、は苦笑いを零した。
「市丸隊長はお仕事があるでしょ?連れ出したら私が吉良副隊長に叱られますから」
「そんな事させへんよ。ボクの方が偉いんやから」
「偉いならきちんと仕事、して下さいね。出来るとこまでやるって言ったのは隊長ですよ」
「………イヅル、だんだん意地、悪くなってきたんちゃう…?」
しれっとした顔で仕事をしている吉良を見て、ギンがボソっと呟く。は小さく溜息をつきながら、ギンにお茶を入れ直した。
「はい、隊長。お仕事、頑張って下さいね」
「おおきに……って、もう行くん?」
嬉しそうにお茶を受け取ってから、ふと悲しげな顔をする。
「約束の時間ですから」
「どこで飲むん?」
「安楽亭です。あそこのオジサンが阿散井くんと仲がいいみたいで」
「へえ…」
「それじゃ…また明日」
そう言って出て行こうとした時、ギンが「ちゃん」と呼び止めた。その声に振り返ると、ギンは笑顔で手を振っている。
「あんまり遅くならへんうちに帰るんやで」
「…あ、はい……って、何だか隊長ってば父親みたい」
「―――――ッ」
「じゃ、お疲れ様です」
そんな一言を残し、は笑顔で帰っていったが、ドアが閉まった途端、執務室に微妙な空気が流れる。
吉良はその気配にいち早く気づき、そっと(恐る恐る?)ギンの方へ視線を向けた。
すると書類に顔を突っ伏し、見事にへコみ切っている三番隊、隊長の姿が、そこにあった(!)
「"父親"て……何やショックな響きやな……。遠まわしにボクのこと、"おっちゃん"言うてんのやろか…」
「そ、そんな事は…ないと…思います…けど…」
「そら確かにボクの方が数倍(!)年上やけど……ちゃん、年上は嫌いなんやろか……」
「さ、さあ…?っていうか、別にそういう意味で言ったわけじゃ……ないと思いますよ…?(多分)」
ずずーんとへコんでいくギンを見て、吉良も顔を引きつらせながらフォローを入れる。
それでもギンは溜息交じりで、「せめてお兄さんくらい言うて欲しかったわ…」と嘆いていた。
そのボヤきには、さすがに吉良も何とも言いようがなく、軽く無視して(!)自分の仕事にとりかかる。
ギンもヘコみつつも再び書類に目を通し始めたのを見て、内心ホっとしながら、あまり見られないギンの落ち込んだ姿に、吉良は笑いを噛み殺した。
(隊長、ホントくんには弱いよなぁ。まあ、それだけ可愛がってるんだろうけど…)
そう思いながらも、もう一つの可能性もチラリと脳裏を霞め、まさか…と、再びギンを見る。
(隊長、もしかしてくんのこと……?)
十番隊で長年馴染んでいるを、ギンがわざわざ自分の隊に呼んだ時、吉良としては単に空いていた五席を埋める為だと思っていた。
過去に、虚に襲われていたをギンが助けた事がある、と後から聞いた時も、いつもの気まぐれ、としか思わなかった。
でもが三番隊に来てから今日まで、ギンはどこかに対して特別に優しいところがある。
実は報告していないが、下の隊士――特に女性――たちから、に対して苦情が来ているくらい、それは誰が見ても明らかだった。
そこは吉良が何とか誤魔化して宥めたが、なまじギンの人気があり過ぎる為、今後も苦情が続くようなら、副隊長として隊長であるギンに忠告しようとは思っている。
でもだからこそ余計に、勘ぐってしまう。
――――市丸隊長はもしかしてくんの事を好きなのではないか、と。
(いやでも…それはない、か…。今まで傍で見てきたけど、市丸隊長が女性に本気になったところなんか見たことがない。言い寄られて付き合ったとしても、結局は長続きしなかったはずだ)
そう思いながら、吉良は渋々仕事をしているギンを眺めた。
ギンは五番隊の副隊長をしていた頃から、そっちの方は色々と噂のあった人物だった。モテるだけに寄って来る女も数知れず。
それが隊長にまで上り詰めれば、言い寄ってくる女の数は倍になる。
でもあの飄々とした態度で接するからか、いつも女の方が疲れてギンの元から去っていくというパターンだった。
「"本気で私の事好きじゃないクセに"とか"何考えてるのかサッパリ分からない"なんて勝手なこと言われるし、たまらへん」
と、いつか"女に本気になるのなんて面倒や"とボヤいていた事を、吉良は思い出していた。
(ま…あの隊長じゃありえないか…)
一瞬だけ変に勘ぐった自分に失笑する。
それでも、時折どこか寂しそうに窓の外を眺めているギンに、小さな疑問が少しづつ大きくなっていくのを感じていた。
「えっ?20日、ダメなの?阿散井くん」
驚いて飲みかけのビールのグラスを置くと、は困ったように乱菊と顔を見合わせた。
「悪い!ホント急な話でよ…。その日しか空いてねぇみたいなんだよ、朽木隊長……」
両手を合わせ、二人に頭を下げながら、恋次は困ったように頭をかいた。
本来なら、20日の計画を立てに来たのだが、約束の時間通りやってきた、半分主賓でもある恋次が「20日、行けそうにねぇんだ」といきなり言い出したのだ。
その理由を聞けば、仕方ない、と諦めるしかない。
「食事に招待されたんじゃ仕方ないよ。隊長と副隊長の親睦を深めるって意味合いなんだろうし…」
「ああ…でもまさか朽木隊長の家とは思わなかったけどな…」
そう言いながらも、恋次は嬉しそうだ。学院生の頃から朽木白哉を超えたいと思っていた事はも聞いている。
「阿散井くんの昇進祝いは、また別の日にしよ?何も20日じゃなきゃいけないって事もないんだし」
「ホント悪りぃな。の昇進祝いもかねてたのに」
「い、いいよ。私のはついでみたいなものだし…それに本来は…日番谷隊長の誕生日だから」
そう言いながらはふと、隣にいる乱菊を見た。いつもなら会話に入ってくるはずが、今は焼酎を煽りながら、う〜んと何やら考え込んでいる。
その姿を見て、は恋次と顔を見合わせながら、互いにビールを注ぎあった。
「どうしたんだ?乱菊サン…。今日はやけに大人しいな」
「そうだね…。さっき会議の後に変なモノでも食べたかな…」(!)
乱菊の様子を伺いながら、二人でコソコソと、そんな事を言い合う。仮にも副隊長に向かって失礼な二人だ。
だが不意に、その乱菊が立ち上がり、二人は慌てて口を閉じた。
そんなと恋次の様子には気づかず、乱菊は「決〜めた♪」と軽く指を鳴らすと、再び椅子に座り、豪快に焼酎を一気飲みした。
そしてボトルから再び焼酎を注ぎながら、目の前で驚いている二人に、ニッコリと微笑む。
この笑顔の時は、たいがい何か企んでいる時だ、とも恋次も、十二分に分かっている。
「決めたって……何を?」
それでも恐る恐る尋ねる恋次に、乱菊は軽くウインクをした。それがまた微妙に恐怖を煽る(!)
「恋次ぃ。20日、あんたも参加するのよ」
「えっ?いや、だからオレはその日、朽木隊長に呼ばれて――――」
「だーかーらー!朽木隊長の家で、そのまま飲み会しようよ〜!」
「は…はぁっ??!!」
乱菊の突拍子もない提案に、恋次とは当然の如く目を丸くした。
今、乱菊はサラリと言ってのけたが、朽木白哉の家で飲み会、などと、普通は軽々しく言えない。いや言う者もいないだろう。
何と言っても、白哉を当主とする朽木家は、未や尸魂界の中でも数少なくなった、貴族の家なのだ。
そこで飲み会?しかも十一番隊のむさくるしい男どもが?!と、は考えただけでゾっとした(!)
「む、無理っスよ!!そんなのぜってぇーー無理っっっ!!あの朽木隊長っスよっ?!OKするはずないじゃないですかっ!」
乱菊、突然の乱心発言(!)に、恋次がギョッとしたように腰を浮かせ、テーブルをドンっと叩く。
混み合っている店内にそれが響き、他の客達が何事かと、三人の方へ一斉に視線を向けてくるが、乱菊はそんな事すら気にしないといったように酒を飲み干すと、ニッコリ微笑みながら頬杖をついた。
「あーら、ダメなら勝手に押しかけちゃうもーん」
「お、押しかけ…つーか100%追い出されますって!あの家には腕の立つ護衛が山ほど……」
「あらやだ。いくら腕が立つって言っても、一般ピーポーでしょ?(!)私達、護廷十三隊の死神に敵うはずないじゃなーい」
ケラケラ笑いながら手を振る乱菊に、恋次は眩暈がしたのか、フラフラと椅子に腰をかけた。
そして爆弾発言をしたとは思えないほどの陽気さで、酒をグビグビ煽っている乱菊を半目で見る。
この人なら本当にやりかねない…と頭を抱えながら、恋次は「からも何とか言ってくれよ」と、息を吐いた。
「や、えっと……」
長年、同じ十番隊で働いてきたのだ。乱菊が一度言い出したらきかないのは他の誰より分かっている。
でも一応、酔った勢いで言ってみただけかもしれない(!)と思いなおし、軽く咳払いをした。
「あ、あの…乱菊サン…?やっぱり朽木隊長の家で飲み会っていうのはちょっと――――」
「だーいじょうぶだって!あのやちるも、よく遊びに行ってるって言ってたじゃない?」
「…………」
あっけらかーんと言い放つ乱菊に、の時間が一瞬止まる。
そして先ほどの女性死神協会@会議時の、七緒とやちるのやり取りを思い出し、は口元が引きつってしまった。
「…で、でもアレは遊びに行った、とかじゃなくて忍び込んで鯉を盗んだって…ていうか不法侵入と窃盗っていう軽く犯罪っていうか…」
「やーだぁ!朽木隊長がそんなの気にするはずないじゃない!あの人は心の広ーい人だと思うけどなぁ〜!ホラ、怒ったとこ見たことないし」
「…………そ、そんな事はないと…思いますけど…」
そう言いながら、は恋次の方へ視線を向けた。
恋次はすでに両腕で頭を抱え、「やべぇって、マジでやべぇって…」とブツブツ呟いている(怖)
そもそもは朽木白哉とは、それほど面識はない。ただ時々見かけたり、すれ違うたび、他の死神とは違うオーラを感じ、何となく緊張してしまう人物だった。
その白哉の屋敷で飲み会を開こうとしてる乱菊に――屋敷に忍び込んでいる、やちるにも――ある意味、尊敬の念を覚えた(!)
「さ、場所は決定って事で〜。あとは呼ぶメンツも決めなくちゃねぇ〜」
「……け、決定っスか…?」
楽しそうに飲み会に呼ぶメンツを決めている乱菊を見ながら、恋次はガックリ頭を項垂れたのだった。
「…それで、アレはイヤやーとか、こんなん飲めへーんとか、もー大変だったんですからー」
ドンっとテーブルの上にグラスを置いて、はむぅっと唇を尖らせた。
それを苦笑交じりで聞いているのは、同じくベロベロの乱菊、そして一人だけ一向に酔えない恋次だ。(※白哉の家で飲み会、という恐ろしい計画のせい)
「分かるわぁ、ちゃん!ギンの奴、昔っから我ーがーまーまーなのよねぇ〜!」
「分かります?もう、看病って言っても、私なんかまるで、お手伝いさんのようだったんですよー」
「お、おい…お前、飲みすぎ――――」
「もぉー阿散井くんも飲みなよー」
「お、おい…っ」
目の据わった状態で、は恋次のグラスに焼酎を注いだ。だが酔っているせいで、グラスから酒が溢れ、恋次は慌てての手からボトルを奪い取る。
「ったく…久々にの愚痴モード見たぜ…」
「なによー愚痴ったら悪いのー?阿散井くんも、あの我がまま隊長に一度ついてみればいいのよー」
「はいはい…分かったから…。つーか、乱菊さんも、こんなとこで寝んじゃねぇっ」
「んぁ〜?うるっさいよー恋次の変な眉毛ー」
「うるせぇ!つか意味分かんねーしっ!!」
テーブルの上にデローンと突っ伏している乱菊に、思わず突っ込む。
だが当の本人はケラケラ笑いながら、変な眉毛ーと連呼しつつ、まだ酒を飲んでいる。
はで、「こーんなキツネ顔より、変な眉毛の方がマシですよー乱菊サンー」と、おかしなフォロー(?)をしながら、またしても焼酎を一気に飲み干した。
一方、一人シラフの恋次は、そんな二人を見ながら、特大の溜息をつき、「無理にでも檜佐木さん連れてくりゃ良かったぜ…」とボヤく。
先ほど偶然顔を合わせた時、「今日、乱菊サンやと飲むんで来ませんか?」と誘ったのだ。
九番隊、副隊長でもある檜佐木修兵は、恋次のセンパイにあたり、彼もまた酒好きなため、よく一緒に飲んでいる。
だが今日は修兵も忙しかったのか、「また今度な」と断られた。
「女二人に男一人なんて美味しいなオマエ!」とからかわれたりもしたが、これじゃ美味しくも何もないだろう、と恋次は溜息をつく。
「もうー今度、乱菊サンからも市丸隊長に言ってくらさいよ〜!その目を何とか……じゃなくてぇ…我がままを直せっれー」
「きゃはは!ちゃん、あの目は何ともならないわよぉーう♪だってギンは銀狐だもーん!コーンって鳴くのよ〜?」
「ぁはは!銀狐って何らか可愛くないれすかー?市丸隊長はそんなに可愛くありませんよぉーしかも干し柿ばっかり食べるしー干しギツネらんれすよー」
(呂律が回ってねぇ……)
二人の恐ろしい会話――本人に聞かれたら、と思うとゾっとする――を聞きながら、恋次は酔いつぶれそうなを見て溜息をついた。
よく一緒に飲んでいるだけに、この後どうなるか、手に取るように分かってしまう。
「んぁー?あれぇ…お酒もうないじゃなーい……って、ちゃん、何寝てんのよぉー」
「…らって何らか目が閉じちゃっれ…」
グラスを握り締めたまま、テーブルに突っ伏しているを見て、乱菊も目の据わった状態で笑っている。
それを見て、やっぱりな、と恋次は苦笑いを零した。
は酔っ払ってくると、たいがい、その時の不満を愚痴って最後は眠ってしまうのだ。
以前はもっぱら冬獅郎のネタが多かったが、今はやはり、ギンの事が多いようだ。
「おい…こんなとこで寝んなって。風邪引くぞ?」
「ん〜。分かっれるー」
「分かってねーだろ!って、はあ……いつもなら、こんな時日番谷隊長がいて助かるんだけどよ…」
以前ならこうして飲む時、冬獅郎がの傍にいた。一緒に来る事もあれば、来れない時でも後からきちんと迎えに来る。
そして酔いつぶれたをおぶって、送って行ってくれるから、一緒に飲んでいた恋次たちは、特に困ることもなかった。
が、十番隊を離れた今、酔いつぶれてしまったの面倒を見るのは、一緒にいる自分という事になる。
それでもだけなら、特に問題もない。大変なのはよりも、むしろ………
「おらぁ恋次ぃ!飲みが足りないぞぉー!アンタ、もうすぐ副隊長らのよ〜!これくらい飲めないで副隊長なんか務まらないわよ〜っ」
「……はいはい。ってか副隊長と酒が飲める飲めないは関係ねぇっつーのに……」
グラスを口にしながら、未だ焼酎を煽っている乱菊に、恋次は溜息をついた。
乱菊はやたらと酒が強いので、なかなか酔いつぶれない。出来ればを送って、恋次も帰りたいのだが、この分じゃ朝まで離してくれなさそうだ。
それと、酒の強い乱菊と、明日休みの自分はいいとしても、明日も仕事であろうを、このまま、こんな場所で寝かせておくわけにもいかず、恋次は途方にくれた。
「おら飲めぇ恋次っ」
「ちょ、乱菊サン…オレちょっとを送ってきますよ」
「あーん?そのまま逃げる気じゃないでしょうねぇ…」
ジトッとした目で睨まれ言葉に詰まる。でも、そろそろ午前0時を回る時間で、やはりをこのままにはしておけない。
「ちゃんと戻ってきますって。は明日仕事だって言ってたし、送らないと……」
「ふーん、なら待っててあげるけどぉー。ちゃんと戻って来なさいよ〜」
「はいはい分かってますよ…ったく…」
恋次は苦笑いを零しながら立ち上がると、机に突っ伏してるを起こさないよう、そっと抱き上げようとした。
が――――その瞬間、背後に大きな霊圧を感じ、ハッと振り返る。
「…その子、ボクが送るわ」
「……い、市丸隊長…っ!」
突然、現れたギンを見て、恋次はギョっとしたようにから手を離した。
それまで目の据わっていた乱菊も、驚いたようにギンを見ている。
「あらら…飲みすぎやなぁ」
酔いつぶれて眠ってしまっているを見て、ギンは苦笑いを浮かべている。
そして自分を驚いた顔で見ている乱菊に、「乱菊もやで」と微笑んだ。
「……まだ序の口よ」
乱菊はドキっとしたように顔を反らし、唇を尖らせた。
恋次は恋次でいきなり現れたギンに唖然とし、どうしていいのか分からず、その場に立ち尽くしている。
「まあ無理に帰れとは言わんけど……。ああ、ちゃんはボクが連れて帰るし…ええやろ?」
そう言いながら、すでにを背負っているギンを見て、乱菊は焼酎を煽りながら、深く息を吐いた。
「……ちゃんと送りなさいよ。あ、あとセクハラしたらぶっ飛ばすから」
「お、おい乱菊サン…」
仮にも隊長であるギンに、暴言を吐く乱菊に、恋次はギョっとした。でもギンは特に気にする様子もなく苦笑すると、
「ぶっ飛ばされたらかなわんし、ちゃんと送るわ。ほな、阿散井くんもまた」
「あ……お、お疲れ様です」
を抱えて店を出て行くギンに、パッと一礼すると、恋次はホッと息を吐き出した。
「あービックjリした…まさか市丸隊長が迎えに来るなんて思わねぇし……つか…迎えに来たのかな…偶然通りかかったとか?」
「迎えに来たのよ、ギンは。遅いから心配だったんでしょ」
そう言いながら乱菊は新しいボトルを開けている。
それを見て恋次は、はあっと溜息をつくと、「まるで日番谷隊長みたいっスね」と笑った。
「まあ日番谷隊長はと幼馴染だし分かるんスけど…あの市丸隊長が、自分の部下を迎えに来るなんて思わなかったっスよ…マジでビビった」
「…ギンはあれで優しいとこあるから」
「ああ……乱菊サンは市丸隊長と幼馴染でしたっけ…。じゃあ、あの人の事は一番詳しいですよね――」
「知らないわよ」
「え?」
「ギンは……私にも何も言ってくれないもの…。子供の頃から知ってても……今もアイツのこと分からない事だらけよ」
「…乱菊サン…?」
ふと寂しげな顔をする乱菊に、恋次はドキっとした。こんな乱菊は見た事がない。
だが恋次の視線に気づいたのか、乱菊は不意に笑顔を見せると、開けたばかりのボトルを恋次に注いだ。
「ホラ、今日は飲も!あんた明日は休みでしょ?」
「まあ……そッスね。飲みますか」
恋次も乱菊に酒を注ぐと、諦めたように笑い、互いのグラスをカチンと合わせる。
「んじゃ…カンパイ」
「カンパーイ♪」
そう言って二人は焼酎を一気に飲み干した。
店を出た後、ギンはゆっくりと足を進めながら、キラキラ光る星の中に浮かぶ、白い月を眺めていた。
背中におぶっている体温は、ギンの冷えた心を、何故かホっとさせてくれる。
「はあ…こんなんなるまで飲むなんて…」
そう呟いてはみたものの、に届くはずもない。耳元でかすかに聞こえる寝息は、まるで子供のようだ。
先ほど仕事を終わらせ、部屋に戻ろうと執務室を出たが、の事が少し気になり、行くと言っていたあの店へ足を向けてみた。
すると案の定、まだ飲んでいて、しかもが眠ってしまってるのを見て、ギンは来て正解だと内心ホっとしたのだ。
「全く…困った子やねぇ」
を背負いなおし、苦笑混じりに呟く。そして慣れない事をしている自分にも失笑した。
まさか酔いつぶれた部下の介抱をするとは、自分でも驚きだ。
「まあ……ちゃんは特別、やからな」
意味深な笑みを浮かべると、ギンは鼻歌交じりで夜道を歩き、自室へと向かう。
こんな夜中に、隊士たちの宿舎に行くわけにはいかない。となれば、自分の部屋へ連れて帰るしかない。
そんな都合のいい理由を作ってしまった。
(別にセクハラせんかったらえぇんやろ?乱菊…)
先ほど、幼馴染から言われた言葉を思い出し、ギンは薄く笑った。
隊舎につき、静かに自室へ向かうと、そこにはいつもの、誰もいない空間がある。
でも今夜は、一人じゃない。
たとえ眠ってはいても、その存在があるだけで、素っ気ない部屋が全く別の空間になる気がした。
「ん……い…ちまるたいちょ…」
庭先から寝室に向かい、を布団の上に寝かせようとした時、不意に小さな声が聞こえて、ギンはドキっとした。
一瞬、起きたのかと思い、顔を覗きこんでみたが、は相変わらず、眠ったままだ。
「何や…寝言か」
まさか自分の名前を寝言で言われるとも思っておらず、ふと笑みが零れる。
そのままそっと寝かせて風邪を引かないように布団をかければ、は僅かに口元を動かして寝返りを打った。
「…たい…ちょ…う…ダメ…れ…すよ…」
「…はぁ……どんな夢、見てんのやろ…」
再び聞こえてきたその小さな寝言に、さすがのギンも困ったように頭をかく。
その内容から、自分の事を怒っている夢でも見てるんだろう、と思うと、どこか照れ臭い。
それでも、今この瞬間、自分の夢を見ているのなら、それはそれで嬉しい気持ちになる。
「……寝てる時も……起きてる時も……ボクのこと、ちゃんと見ててな…」
スヤスヤと眠るの頭を優しく撫でながら、ギンはかすかに微笑むと、庭先の池に映る白い月がゆっくりと雲に隠れた――――