13章 / 恋月(4)


「――――ギン」

雪の舞う夜の道を急いでいると、聞き覚えのある声に名を呼ばれ、ギンは振り向いた。

「…藍染隊長」

気付けば五番隊、隊舎の前。
人気のなくなった隊舎から静かに姿を現した藍染に、ギンは苦笑いを浮かべ立ち止まる。
全く霊圧を感じさせずに近づいてくる辺りは、いかにも藍染惣右介らしい。

「帰ろうと思ったら気配がしてね。…大晦日の夜に何をそんなに急いでるのかな?」

藍染はメガネの奥で僅かに微笑んでいる。
その優しげな瞳の奥の、真の姿を知っているギンには、藍染がすでに全てを察しているように見えた。

「部下を迎えに行くとこですわー。今、忘年会の買い物に行ってくれてて」
「…君がわざわざ迎えに行く部下…という事はあの5席の子かな」

藍染はそう言いながら意味深に笑う。
月が雲に隠れ、僅かに歪む藍染の口元だけがギンの目に映った。

「まあ…そんなとこですわ」
「ギンが部下と忘年会とは珍しい事もあるものだ」
「たまには大勢で騒ぐのもええかな〜と」

藍染はそんなギンの言葉に、「そうだね」と微笑んだ。

「"例の時"まではギンの好きにするといい。ここでの大晦日も最後、、になるんだからね」
「…そう、ですねぇ…」
「何だ、寂しそうだね」

ふと雪の舞う空を見上げるギンに、藍染は楽しげに笑った。
ギンも自嘲気味に笑うと、「そんなんとちゃいますけど…」と頭をかく。

「やっぱり気になるかい?あの子の事が」
「………」
「隠さなくてもいいよ。いい機会があったのに結局、突き放す事は出来なかったんだろう?」
「何でもお見通しなんやから…」
「当然だよ。ギンがここに来た時から見ているんだからね」

藍染の言葉にギンは困ったように笑うと、小さな溜息を一つ洩らした。
その間も、雪は静かに降り積もり、不意に雲が流れて月が顔を出す。

「嫌われた方が何でも楽やわ…」

月明かりで伸びた自分の影を眺めながら、ギンは独り言のように呟いた。
その言葉の真意に気付いた藍染は、かすかに微笑みながらギンを見つめる。

「嫌われる為に自分の隊へ呼んだわけじゃないだろう?」
「………」
「これで最後と思ったからこそ、心のどこかで気にとめていた彼女を自分の隊に呼んだんじゃないのかい?」

藍染の声はとても静かで、そこからはギンを責めるような響きは感じられない。
ふとギンが顔を上げれば、今度は月明かりの下、はっきりと藍染の表情が見て取れた。
昔から知っている、優しいようでいて、ひどく冷たい瞳。その中に時折浮かぶ、部下への信頼を現す光…

「ギン。前にも言ったと思うが…私はギンの好きにしてくれればいい、、、、、、、、、、、、、、、と思っているよ。心からね」
「…………」
「心に残すものがあって計画に支障が出るよりはいい」
「…心残りなんて大げさやわァ」
「おやおや…自覚がないのかな?それとも――――自分の本当の姿を見せたくはない、という事かな?」

その言葉にギンが苦笑すると、藍染はゆっくりと歩き出しながら、ふと振り向いた。

「…あまり飲みすぎない事だよ。元旦早々から二日酔いではもったいないからね」
「相手が十一番隊長さん達だけに難しそうやけど…気をつけますわ。――――藍染隊長はこれからどこへ行かはるんです?」
「…………」

そう問われた藍染は、かすかに微笑むと音もなく姿を消し、残されたギンは小さく息を吐きだした。
白い吐息と降りしきる雪が混じり合い、それだけで寒さを感じる。
藍染がこれからどこへ行こうとしているのか、ギンも知らない。
例え信頼している部下にも全ての私生活を見せないのは昔からだ。

「…"好きにしていい"…ねぇ…。ほんま簡単に言わはるわ…」

常に先の先を読んでいる。やはり彼は恐ろしい人だ、と内心思った。

「この雪を見るのも…最後になるんやな…」

何でも人より器用にこなしてきたギンにとって、ここでの平和な日々が何より退屈だった。
それでも四季があり、それを肌で感じる生活は自分なりに気に入っていたような気がする。
春になれば桜を眺め、夏には眩しいくらいの日差しを感じ、秋には月を愛でながら、冬には雪見酒を楽しむ。
そんな生活を、自分でも知らないうちに楽しんでいたのかもしれない。――――いつかは捨てると分かっていても。
雪でボヤけた月を見上げながら、ふとそんな事を思った。

「冬の月も綺麗やなァ…」

季節によって月の見せる表情も違う。移りゆくその姿が、くるくると表情を変えると重なり、ギンはかすかに微笑んだ。

「…"あっち"に行けば、もう見られんようになるんやな…」

白い吐息を吐きながら呟くギンの瞳はどこか寂しげで、零れ落ちた言葉はすぐに静寂の中へ消えていく。
そして、これから犯す自分の罪を振り切るように、ギンは再び白く続く雪道を、ゆっくりと歩きだした。










「ちょっと吉良ぁ〜。あんた、もうダウンなのー?もっと飲みなさいよぉ〜」
「…勘弁しれくらさいよ〜」
「おら、恋次〜!俺の日本酒、盗るんじゃねえよ!」
「いいじゃないっすかぁ〜。一角さん焼酎飲んでるし!」
「バカヤロ!焼酎飲みながら日本酒も飲むんだよ!ねー?隊長!」
「……チッ。うるせえ…酒が足りねえなら買ってこい、弓親」
「何で僕なのー?檜佐木さんが行けば―?」
「はあ?何で俺がっ」

市丸隊長と一緒に更木隊長の家に来てから1時間後。
続々と他の隊のメンツまでが集まりだし、今では酔っ払いだらけの壮絶な光景が目の前に繰り広げられていた。
私と市丸隊長も着いて早々、「駆けつけ3杯だ」とお酒を飲まされたけど、すでにほろ酔いの私とは違い、市丸隊長は普段の顔と全く変わらない。
こういった飲み会に参加するのは珍しいから、とみんなから色々とお酒を勧められているのに、いつものように飄々とした顔で飲んでいる。

(凄いなあ…市丸隊長は。酒豪のみんなに普通についていってるし…)

私は部屋の隅で日本酒をちびちび飲みながら、今は更木隊長と飲み比べをしている市丸隊長をコッソリ眺めていた。

ちゃん、飲んでる?」

そこへ買い出し隊から逃れて来た弓親さんがやって来て隣に座った。
彼も最初から飛ばしている割に、まだそれほど酔ってはいないようだ。
弓親さんは私のお猪口に日本酒を注ぎながら、苦笑混じりに辺りを見渡すと、

「この様子じゃ年明ける前に何人か潰れそうだよ」
「そうですね。吉良副隊長はそろそろ寝ちゃうかも」
「あー来た時からすでに酔ってたしね」

弓親さんはそう言って笑うと、乱菊さんに無理やり飲まされている吉良副隊長を見た。

「…それにしても…市丸隊長も参加なんて珍しいよ。ちゃんと一緒に来た時はビックリしてさ」
「そう…ですね。私も3番隊に入るまでは飲み会に参加してるところ見た事なかったし」
「隊長同士の飲み会とかで来たとしても途中でいなくなるらしいよ」
「ああ…市丸隊長らしいかも…」

執務室から逃げ出す姿とだぶって思わず吹き出しながら、そう言えば先ほど京楽隊長にも「市丸くんが来てるなんて珍しいねえ」と声をかけられていたのを思い出す。

「もしかしてちゃんが心配でナイト役かい?」

とからかう京楽隊長に、「そら八番隊長さんみたいなんがおるからねえ」と返してて、少しだけ照れ臭かった。

「まあきっとちゃんが男だらけの中で飲むのが心配なんだろうなあ。日番谷隊長と同じ理由で」
「そ、そんな事は…。シロちゃんは確かに心配性だけど…」

そう言って隣に続く部屋を見れば、お酒の飲めないシロちゃんは当然のごとくフテ寝に入っている。
毎年の事ながら、今回も乱菊さんから逃げ切れなかったようだ。
シロちゃんも市丸隊長が来た事には多少驚いていたものの、

「お目付け役がいるなら俺は寝る」

と、早々に隣の部屋に逃げてしまった。
いつもなら私が泥酔しないよう見張るため、我慢してこの騒々しい場にいてくれたけど、市丸隊長も来た事で安心したらしい。

「おう、酒買ってきたぜ」

その時、一角さんがまたしても大量にお酒を買い込んできた。
結局じゃんけんで負けた檜佐木さんと2人で買い出しに行ったらしい。
一角さんはこっちに気付くと、怖い顔で歩いてきた。

「弓親、てめえ何じゃんけんにも参加してねえクセにちゃんと飲んでんだよっ」
「じゃんけんで勝ち負けを決めるなんて美しくないよ」
「ああ?!」

弓親さんの相変わらずの態度に、一角さんは額に怒りマークを浮かべたが、笑いを噛み殺している私に気付いて軽く咳ばらいをした。

「ああ、そうだ。ブドウ酒あったから買ってきた。ちゃん好きだろ?」
「あ――――」
「わあ、ブドウ酒だ〜!僕も好きなんだよねえ、これ!」
「って、何でてめえが受け取ってんだよっ」

私が返事をする前に割り込んできた弓親さんに、一角さんがまたしてもキレた。

「弓親は焼酎でも飲んでろっ」
「やだよ、焼酎なんて美しくない」
「酒に綺麗も汚いもあるかっ!だいたいお前は今日何も働いてねえんだから酒飲む資格ねえだろっ。大掃除も散々サボりやがって―――」
「大掃除なんて汚れ仕事は僕には似合わないだろ?」
「だから掃除にも似合うとか似合わないとかねえっつってんだよ!ってかちゃんからも言ってくんねえか?このバカに」
「え…」

いきなり話を振られ戸惑っていると、弓親さんもむっとした顔で立ち上がった。

「バカとは失礼だな。そもそもちゃんにだって掃除とかは似合わないし同じ意見に決まってるだろ」
「や…そんな事は…」

さっきまで雑巾がけをしていた手前、どう応えようかと悩んでしまう。
と言って、この2人が酔ってケンカするのはいつもの事で、止めようとすればシロちゃんみたく巻き添えを食うことになる。
そこで私はもらったブドウ酒を手に、未だ言い合いをしている2人から離れると、誰もいない縁側へと出て腰をかけた。
これも毎年みんなと飲んでて心得た"揉め事"の回避技だ。

「ふう…まだ年越しまで1時間近くあるのに、みんな相当デキあがっちゃってるなあ」

やっと一人になってほっと息をつきながら、私は雪が降る庭先を眺めた。
更木隊長の家の庭は花など植えておらずシンプルだが、その分雪が木々に積り、彩りを与えてくれている。
そんな景色を見ながら、一角さんのくれたブドウ酒を一口飲みほした。

「ん〜美味しい」
「なーに一人で雪見酒してんだよ」
「……っ阿散井くん?」

突然背後から声がして、私はお酒を吹き出しそうになった。
慌てて振り返ると、阿散井くんが手に日本酒を持ちながら立っていて、笑いながら隣へと腰をかける。

「なーんて俺も一角さん達のケンカに巻き込まれそうになったから避難してきた」
「や…やっぱり?」
「毎年恒例だからなあ…。あれに巻き込まれて日番谷隊長とかも毎回怒ってたろ。去年も酒かけられたり、一升瓶ぶつけられたり」
「うん…そうだね」

去年の事を思い出し小さく吹き出す。
十一番隊のみんなはもちろん、酒豪が揃う飲み会ではいつも何かしらのハプニングが起きるのだ。
阿散井くんもこれまで何度その被害にあっているか分からない。
だからこそ今日は早々に避難してきたんだろう。

「それより…市丸隊長が参加するなんて珍しくねえ?」
「…それ弓親さんにも言われた」
「だろうな。これまで市丸隊長が大勢でワイワイ飲んでる姿なんて見た事ねえし。もしかしてお前の事を心配して来たのか?」
「…どうかな。ホントはね、さっきまで掃除してて、吉良副隊長と3人で忘年会しようって事だったの。でも吉良副隊長が乱菊さんにつかまって」
「あ〜そういう事か。で、急きょ市丸隊長も参加したんだ。でもまあ参加したくなきゃ来ないだろうしな」

阿散井くんはそう言って笑いながら日本酒を煽ると、ふと思い出したように私を見た。

「っつー事は、あの綺麗な彼女と別れたのかな。てっきりその女性と年を越すのかと思ったけど」
「…え?」

阿散井くんの言葉にドキっとして思わず顔を上げる。
そんな私の様子に気付かず、阿散井くんは思い返すように雪で曇った夜空を見上げた。

「いや前に見かけた事があってさ。一昨年…去年もだったかな。大晦日が近い日、一角さんと飲んだ帰りに市丸隊長を見かけたんだよ」
「ど、どこで…?」
「確か…瀞霊廷の外れ…だったかな。綺麗な女性と一緒でさ。2人の雰囲気からして恋人かなーと思ったんだけど…」
「そ、そう…なんだ」

それを聞いて笑顔を作ってみたけど少しだけ引きつってしまった。
気にするまいと思ってはいても、勝手に鼓動も早くなっていく。

「ま、でも市丸隊長は連れてる女性が毎回違うっつー話も聞くし、恋人じゃないのかもなあ」
「………そう…」

それもどうかと思ったが、でも確かに市丸隊長はモテるだろう。
うちの隊士達からも人気があるし仕方ないのかもしれない。
でも…さっき、そんな人はいないと言っていた。少なくとも今年は一緒に過ごす女性がいないという事だろう。
なら気にする必要なんかない。そう思うのに…心の方はそんな単純には出来ていないようだ。

「ちょ、飲むペース早くねえか?一気に飲むなって。先は長いんだし」

ついついブドウ酒が進んでしまう私を見て、阿散井くんが驚いている。
普段はこんな飲み方をしないのだから当然かもしれない。

「…大丈夫。今日はそんなに飲んでないもん」
「そうかもしれねえけど…って何か機嫌悪くなってねえ?」
「なってないっ」
「いや思い切りなってんじゃん…。俺何か機嫌そこねるような事言ったか?」
「そんな事…」

申し訳なさそうにしている阿散井くんを見て、罪悪感がこみ上げた。
こんなの、ただの八つ当たりだ。

「ごめん…。別に機嫌悪いとかじゃ――――」

「こんなとこにおったァ」

「「――――――ッ」」

突然聞えたその声に、私と阿散井くんはドキっとして振り返った。

「…市丸隊長…っ」
「いつの間にかちゃんの姿がないし心配するやん…」

驚く私達を見て、市丸隊長はホっとしたように言うと、静かに縁側へと出て来た。
部屋の中からは相変わらず賑やかな声が聞こえてくる。

「ボクだけ仲間外れにせんといてえなあ。十一番隊長さんやら、八番隊長さんの相手はシンドイねんから」
「す、すみません。ちょっと巻き込まれないようにと外に…」
「ふーん。で、2人で仲良う飲んでたん?」
「え?いや仲良くって…」

市丸隊長にジロリと睨まれ、阿散井くんは慌てたように立ち上がった。

「あかんでぇ。ボクのちゃんを口説いたら」
「た、隊長…っ」

とんでもない事を言い出した市丸隊長に思わず顔が赤くなる。
同時に阿散井くんは更に慌てたように首を振った。

「い、いや俺も一角さん達のケンカに巻き込まれないよう避難してきただけっすよ」
「ほんまにぃ?」
「ホントです!とは長年の友人だし…」
「…ほなボクも誘ってくれな〜。大変やったわぁ…日本酒だの焼酎だのチャンポンさせられて」

市丸隊長は子供のようにスネた口調で縁側に座ると、深々と息を吐きだした。
そんな姿を初めてみるのか、阿散井くんは少し驚いたように私を見ると、小さく笑いをかみ殺している。

「んじゃ次は俺が相手してきますから、市丸隊長は休んでて下さい」
「そうして〜。酔っ払いの相手は疲れたわぁ…」

市丸隊長はそう言いながら縁側に寝転ぶと、背中を丸め、まるで駄々っ子のようになっている。
酔っているようには見えなかったけど、もしかしたら更木隊長達の強引さで相当飲まされたのかもしれない。

「了解しました」

阿散井くんは苦笑交じりでそう言うと、立ち上がった私に「後は宜しく」と耳うちした。

「よ、宜しくって…」
「他の連中は俺が相手してくるし、お前は市丸隊長の酔い覚ましに付き合ってやれ」
「あ、ちょっと――――」

阿散井くんはそう言って騒がしい屋敷の中へと戻って行く。
それにしても、この状況で突然市丸隊長と2人きりにされ、どうしようかと困っていると「どないしたん?」と声をかけられドキっとした。

「コレ飲まへんの?」

市丸隊長は酔いざましをする気はないのか、ブドウ酒をグラスに注いで美味しそうに飲んでいる。
これ以上飲んで大丈夫なのかな、と心配になりながらも、私も隣へ座り、「飲みます」とそのグラスを受け取った。
何となく2人で1つのグラスを使うのが照れ臭い。

「大丈夫なん?そない酒飲んで」
「市丸隊長こそ…いっぱい飲まされたんじゃないんですか?」

グラスを口に運びながら尋ねると、市丸隊長は僅かに笑いながら私を見た。

「まあ飲んだけど…言うほど酔うてへんし今は大丈夫や」
「…市丸隊長はホントにお酒、強いですよね」
「そうでもないで。気ぃ許してへん奴が相手やと自然と酔わへんだけや。後から回るけどなあ」
「市丸隊長が気を許す相手なんているんですか?」

そう言って苦笑交じりで隊長を見上げる。
誰が相手でも常に飄々としている市丸隊長だから、何の気なしに言った冗談だった。
なのに市丸隊長はふと私を見つめると、苦笑いを浮かべた。

「…ちゃんには許してるつもりやねんけど」
「……え…?」

予期していなかったその答えに、思わずドキっとしてしまう。
それでも市丸隊長はすぐにいつもの余裕の笑みを見せるのかと思った。
冗談だと笑うのかと思った。なのに…

「…市丸…隊長…?」

いつになく真剣な瞳で見つめる市丸隊長に、鼓動が勝手に早くなっていく。

「そない驚いた顔せんでも…」
「だ、だって…」

私はよっぽど驚いた表情を出していたのか、市丸隊長は苦笑気味に言った。

「ボクがちゃんに心許してたら驚く事なんや…。それもまたショックやなァ」
「い、いえ…!そんなこと思ってません…っ」

慌てて首を振れば、市丸隊長は軽く笑みを浮かべた。

「…何でやろなぁ。ちゃんといると、まだ純粋やった頃の自分を思い出すゆうか…」
「…今は…違うんですか…?」

何か話さなきゃ、と思ってついそんな事を口にする。
市丸隊長は僅かに笑うと、私の頭をクシャリと撫でた。

「死神も人間と同じや。長く生きれば生きるほど、ようさん荷物が増えて…昔のように真っすぐ物事を考えられへんようになる…」
「…真っすぐ…?」
「…自分の立場や状況の事を考えすぎて…素直になれへんかったり、せやから本心を偽って自分以外の者を欺いたり…」

ふと月を見上げ、呟く市丸隊長の横顔は、その言葉とは裏腹にとても純粋に見えた。

「その反動なんかなぁ…。自分とはまったく間逆のものに惹かれてまうのは…」
「…え?」

その時、市丸隊長が私を見つめ、その視線の強さに、私は言葉を失った。

「…純粋で、ひたむきで…あまりに輝いてるから、会うた時から…ボクには眩しい存在やわ…」
「…市丸…隊長…?」

それは誰の事ですか?と、出来れば問いかけたかった。
だけど市丸隊長はそれ以上、何も言うことなく、ただ優しい目で私を見つめている。
私も見つめ返すだけで精いっぱいで、言葉なんか出てこなかった。

「市丸隊長〜!こんなとこにいら〜!助けれくらさいよぉ〜!」

音もなく静かに雪が降る庭先に、それは突然響き渡った。

「…吉良副隊長…!大丈夫ですか?」

みんなから相当飲まされたのか、吉良副隊長が酔いつぶれて市丸隊長の元へ逃げて来た。
その後から案の定、乱菊さんが追いかけてくる。

「ちょっと吉良ぁ〜!なーに自分とこの隊長に泣きついてんのよぉ〜っ」

乱菊さんは半分、ダウンしかかっている吉良副隊長を足蹴にして、据わった目で私と市丸隊長を交互に見る。
その顔からして、かなり泥酔しているように見えた。

「あーらぁ、2人で雪見酒ぇ〜?仲いいわねえ、三番隊は〜」
「ら、乱菊さんっ」
「はあ…騒がしいやっちゃなぁ…。せっかく静かでええムードやったのに」
「い、市丸隊長も変なこと言わないで下さい…。それより吉良副隊長が…」

見れば吉良副隊長は縁側で丸くなって、すでに爆睡している。
ここまで逃げてきてホッとしたんだろう。

「…こんなところで寝てたら風邪引いちゃうし、奥の部屋に寝かせてきます」
「ほっとけばええやん。イヅルなんてー」
「ダメですよ!全く…」
「ほな除夜の鐘が鳴るまでに戻って来てな〜。ここで待ってるし」
「はいはい」

いつもの市丸隊長に戻り、私もホッとしながら言い返す。
そして唯一まだ泥酔していなかった阿散井くんに手伝ってもらい、吉良副隊長をシロちゃんの隣に寝かせた。
隣の部屋では宴会が続いているのに、このうるさい中でシロちゃんもグッスリ眠っている。

「日番谷隊長もよく眠れるな。つーか今年も同じパターンか…」
「ホント…。これから年越しなのに…」

阿散井くんと顔を見合わせ苦笑すると、未だ盛り上がっている他のメンバーを眺めた。
今は更木隊長と京楽隊長が飲み比べをし、それをやちるちゃんと一角さん、弓親さんの3人が隣で応援している。
他には檜佐木さんと射場さん、他の十一番隊の隊士達が「誰が一番強いか」と競ってお酒を飲んでいた。
こういった飲み会に参加するのは普段からかなりの大酒飲みばかりなので、なかなか決着がつかないのだ。

「あー檜佐木さんも危ないな…。相当酔ってるっぽい」
「更木隊長は相変わらず変わらないのね」
「あの人は朝まであのペースだからな…。酔った姿なんて見た事ないし」

阿散井くんはそう言いながら、ふと庭へ続く障子を見た。
先ほど誰かが「寒い」と言って閉めてしまった事で、中からは縁側の様子を見る事は出来ない。

「そういや市丸隊長は大丈夫だったのか?」
「あ…うん。思ったほど酔ってなかったっていうか…」
「そっか。やっぱみんなから逃げる口実だったのかな」

阿散井くんは笑いながら言うと、日本酒をお猪口に注いで軽く煽った。
彼もかなり飲んでいるはずだが、もう少しで六番隊の副隊長に昇格するからか、今日は乱れないよう気を張っているようだ。

「つーか…乱菊さん戻ってねえな。まだ市丸隊長と話してるのか?」
「ああ…あの2人は幼馴染だし久しぶりに会ったら積もる話もあるんじゃない?」
「あ〜なるほどね。ま、乱菊さんも酔っぱらうと"ギンの奴が〜"なんて、よく話してるしな」
「そ、そう…だっけ」
「そうだろ。俺、いつか乱菊さんて、市丸隊長のこと好きなのかなって思った事あるし」

その話を聞いてドキっとした。
以前は乱菊さんともよく一緒に飲んだけど、その時は意識して聞いてなかったのかもしれない。
今こうして小さな事でも気になってしまうのは、私の心に変化があったから…。

「ま、でも実際お似合いっちゃお似合いだよなぁ。小さい頃から知ってるならお互いの事もよく分かってるだろうし」
「…そ、そうだね…」

その言葉に少しだけ胸が痛くなる。
でも2人の間には私には分からない、幼い頃からの絆があるのだから、周りがそう感じるのも当たり前かもしれない。
以前ならそれほど気にも留めなかった2人の関係が、今は羨ましく感じた。

「んで、お前は好きな奴とかいないのか?」
「…へ?」

不意に阿散井くんに問われ、ちょうど市丸隊長の事を考えていた私はドキっとした。
さっき隊長が言っていた言葉も気になっているのかもしれない。

「前は考える暇もなかったかもしれねえけど、ももう五席だろ?そろそろ私生活を充実させてもいいんじゃねえ?」
「そ、それは…別に…」

口ごもる私を見て阿散井くんは苦笑すると、ふと後ろで寝ているシロちゃんを見た。

「まあ今まではお目付け役がいたからあれだけど…今は多少は自由の身だろ?いい時期なんじゃねえの」
「いい時期って言われても…今も色々忙しいし、それにもっと勉強しなくちゃいけない事も山ほどあるし…」
「んなこと言ってっと最後に売り残るぞ」
「…悪かったわね」

遠慮のない言葉に目を細めると、阿散井くんは笑いながら酒を煽った。

「だいたい出会いだって腐るほどあんだろーが」
「…出会い?」
「そう。隊士やってりゃ周りは男だらけだし」
「それはそうだけど…」
「例えば…檜佐木さんとか、一角さんとか弓親さん…渋いとこで言えば射場さんとかさ」
「…全員この飲み会メンバーじゃないの…」

目の前で飲み比べしている面々を見ながら苦笑すると、阿散井くんも「ホントだな」と笑った。

「でも真面目に、こん中でいいなとか思う奴、いないのか?」
「…そ、そんな風にみんなを見たことないもん…。それに…」
「それに?」
「檜佐木さんは乱菊さんに気があるっぽいし、一角さんや弓親さんだって恋愛よりケンカって感じじゃない。射場さんだって自分とこの隊長一筋って感じだし」
「まあ…それも一理ある…か。でも…はみんなから人気あるし、お前がその気になりゃ上手くいく気がすんだけどな」
「い、いいよ。今は恋愛とかする余裕ないし――――」

そう言った瞬間、年を越す前の鐘の音が、遥か遠くから聞えて来て、それまで騒いでた一角さん達も、「そろそろだぜ」と立ち上がる。
そこへ乱菊さんが戻ってくるのが見えた。










「はあ…外はやっぱり涼しいわねぇ〜。中は熱気で熱いったらないわ」

が吉良を寝かせるため部屋に戻った後、ギンは隣に座る乱菊を見て小さく息を吐いた。

「相変わらず大酒飲みやなぁ、乱菊…」
「ギンは珍しいじゃなーい?飲み会に参加するなんてー。どういう風の吹きまわしー?」
「そらーたまには隊長同士の交流を深めよう思てなぁ」
「嘘ばっかり。ギン、そういうの嫌いじゃない。世渡り上手だけど…周りとは深く関わらない…そうでしょ?」
「……そう…見えるか?」

乱菊の言葉に、ギンは苦笑いを浮かべた。
雪はいっそう降り積もり、気温も次第に低くなっていく。
そろそろ年越しを知らせるための鐘が鳴り響く時刻だ。

「さっき…邪魔しちゃった?」

不意に乱菊が口を開き、ギンはふと視線を向けた。

「…何の事や」
ちゃんと2人で静〜かに飲んでたとこ乱入しちゃったから」
「………それはイヅルやろ」
「それもそうね」

乱菊はちょっと笑うと、懐かしそうに雪の舞う空を見上げた。
遠い昔も、こんな風に2人で肩を並べ、雪を眺めていた事がある。
あれはまだ2人が、死神になるずっと前の事だ。

「…何か久しぶりね。こんな風に2人で雪見酒なんて」
「…そうやな」
「私が飲みに誘ってもギンは上手く逃げてたしねぇ。今日だってホントは来たくなかったんじゃないのー?」
「そんなんとちゃうけど…まあ…ちゃんが参加するなら隊長として心配やしなァ。あの子は酔うと危なっかしいし…」
「…あ〜まあね」

が飲みすぎると記憶を無くしてしまう事があるのは乱菊も知っている。それを思い出し苦笑した。

「でも吉良もうちの隊長もいるじゃない」
「イヅルはイヅルで飲むと泥酔してまうし頼りにならへんやろ?それにちゃんはもう十番隊とちゃうし、そこの隊長さんに任せるのも何や、ちゃう思うしなァ」
「元・上司と部下の前に2人は幼馴染よ」
「…そら知ってるけど」

横目で睨む乱菊に、ギンは苦笑いを浮かべながら、ブドウ酒をゆっくりと飲み干す。
その横顔を見つめながら、乱菊は小さな不安がこみ上げてくるのを感じていた。
この感覚は、以前にも何度か感じた事がある。

「…どうしたの?」
「何がや」
「…ギンらしくない。前は部下の事なんか気にしなかったじゃない」
「人聞き悪いなぁ。これでも三番隊では部下思いの隊長で通ってんねんでー」

笑って軽口を叩くギンに、乱菊は小さな溜息をついた。

「それは表向きでしょ。ギンの場合そう見せかけてるだけじゃないの」
「…やけにからむなぁ、乱菊…。酔うてんのー?」
「まだそんなに飲んでないわよ。ただ…」
「ただ…。何や?」
「最近のギンは少し様子がおかしい気がして…」

乱菊の言葉に、ギンの顔から笑みが消えた。

「…どういう意味やろ」
「以前なら絶対にしなかった事をするっていうか…急にちゃんを三番隊に引き抜いたり…」
「そら将来有望な子が欲しかっただけや。十番隊長さんが甘やかしてはったしな」
「それだけじゃないわ。こんな風に飲み会にまで付き合って…。心配なんて言って、何だか見張ってるみたい」
「あらら…これまた人聞き悪いわァ…」
「私は真剣に話してるの。ふざけないで」

けらけらと笑うギンに、乱菊が真剣な顔をする。それを見て、ギンも小さく息を吐き出し肩をすくめた。

「…何をそないムキになっとんねん、乱菊らしゅうないなぁ」
「私は…心配なだけよ」
「何がー?」
「……ちゃんが。彼女は純粋でギンとは全く正反対の子なの」
「正反対で悪かったなぁ…ってゆーか何が言いたいねん…」

頭をガシガシかきながら、ギンは深いため息をつく。乱菊はいつになく真剣な顔でギンを見つめた。

「…彼女を傷つけたら許さないから」
「………」
「ギンがちゃんに興味を持ってる事くらい分かる。でも…ただの興味本位で近づいて傷つけたりしたら――――」

そう言いかけた時。不意に除夜の鐘の音が遠くから聞えて来て、2人はふと顔を上げた。

「…そろそろ…年越しやなぁ」
「そう…みたいねぇ…」
「…ほな、ちゃん呼んで来て」
「…え?」
「心配せんでも…傷つけたりせえへん」
「…ギン…」
「今は一緒にこの鐘聞きながら年を越したいだけや…それくらいええやろ?」
「ギン…あんた…」

久しぶりに見たギンの自然な笑顔に、乱菊は何故か胸が痛くなった。
それでも素直に頷くと、静かに立ち上がる。

「…分かったわ」
「ああ、それと…年越して少ししたらちゃん酔わされる前に連れて帰るし、後の事は何とか誤魔化しといてー」

ギンはそう言いながら、最後に「ちゃんと送るし大丈夫やで」と付け足す。
それを聞いて、乱菊はかすかに微笑んだが、それはどこか寂しげに見えた―――――










「…市丸隊長?」
「あー早う。鐘が鳴り終わってまうわ」

戻ってきた乱菊さんに「ギンが呼んでたわよ」言われ、再び市丸隊長の元へ顔を出すと、いきなり腕を引っ張られた。
隣に座らされ、いつの間にもらったのか、手には暖かい湯のみが持たされる。中身は甘酒だった。

「あ、あのこれ…」
「ああ、これ今さっき十一番副隊長さんが"寒いでしょー"言うてくれはって。小さいのに、よお気ぃつくわぁ」
「やちるちゃんが…?」

そう言われてみれば途中で姿が見えなかった。てっきり寝たものかと思っていたのに、こんなものを作ってたのか。

「それより一緒に除夜の鐘、聞こう言うたのに戻ってこないし焦るやん」
「す、すみません…ちょっと阿散井くんと話しこんじゃって…」

スネた口調の市丸隊長を見て、内心可愛いと笑いを噛み殺しつつ応える。
でも隊長は更にスネたように私を見た。

「阿散井くんと何を話してたん?」
「え?いや、だから…更木隊長と京楽隊長の飲み比べ、どっちが勝つかなあとか…」

まさか"恋愛話"をしてたとは恥ずかしくて言えず、そう誤魔化しておく。
それに私には少しだけ気になる事があった。

「い、市丸隊長こそ…乱菊さんと何かあったんですか…?」
「…乱菊…?」
「戻って来た時、少し元気がなかったから…」

乱菊さんと先ほど言葉を交わした時、ふとそんな気がしたのだ。
もしかして市丸隊長と何かあったのかな、と、さっき阿散井くんがあんな事を話してた事もあって多少は気になった。
でも市丸隊長はいぶかしげな顔で首を傾げると、苦笑いを浮かべている。

「別に何もないで?いつものように説教くらっとっただけやし」
「せ、説教って…」
「あいつは昔から小言がうるさいねん…。イヅルと同じタイプやな」
「またそんな事言って…」

思わず笑ったが、市丸隊長の様子を見て内心ホっとしていた。
やっぱり幼馴染とはいえ、2人とも美男美女で、阿散井くんが言ってたようにお似合いだとすら思う。
それに子供の頃から知っていればお互いの事も理解しているだろうし、絆も深いはずだ。
私なんかが到底、割り込めるものじゃない。

(…って、別に気持ちを伝える気もないんだし、市丸隊長が誰とどう付き合おうと私には最初から関係ないのに…)

一年の最後を告げる鐘の音を聞きながら、ふとそんな事を思う。
でもそう思えば思うほど、何故この思いは募って行くんだろう。
ただ、こうして隣にいて、市丸隊長の笑顔を見れるだけでいいはずなのに…心は勝手に欲深くなっていく。

もっと市丸隊長の事を知りたい。もっと長く同じ時間を過ごしたい。もっと…私を見て欲しい―――――

心は、凄く正直だ。
頭で考えるよりも先に、そんな感情が溢れてくる。


「…明けまして、おめでとさん」


その声にハッとして顔を上げると、市丸隊長が優しい笑みを浮かべて私を見ていた。
気付けば鐘の音など、とうに終わっていて、部屋の中から次々に新年の挨拶を交わしている声が聞こえてくる。
というよりは、さっき以上に大騒ぎの状態だ。

「あ…明けましておめでとうございます」
「どないしたん?新年早々ボケーっとして」
「い、いえ…雪が本降りになってきたなぁと思って…」
「ああ…」

何とか応えた私の言葉に、市丸隊長も空を見上げて微笑んだ。
先ほどの舞うような粉雪から、今は大粒の雪が次から次へと降っては、庭先を真っ白に染めている。
この分だと朝には足が埋まるくらいに積っているだろう。

「ほな今のうちに帰ろか」
「…え?」
「このまま朝まで飲んでたら正月早々、二日酔いで寝込む羽目になるやろ?」
「そ、そうですけど…」

確かに毎年、大晦日に飲んでは元旦早々、昼過ぎまで二日酔いで死んでいる。
といって、先に帰るなんて言ったとしても、みんなの反対にあいそうだ。
市丸隊長もそれを分かっているのか、悩んでいる私の頭をクシャリと撫でて、「大丈夫や」と笑った。

「さっき乱菊に頼んどいたし、このままコッソリ帰っても上手く誤魔化しといてくれるやろ」
「え、乱菊さんに…?」
「年明けたらちゃん連れて先に帰る言うといた」
「え…」
ちゃん置いて帰るのも心配やろ?それとも…ちゃんはまだ飲みたいん?」
「い、いえ…」

そう問われて私はすぐに首を振った。
前ならともかく、今の私にとって市丸隊長が帰るなら残っても寂しいだけだ。

「隊長が帰るなら…私も帰ります」

市丸隊長はかすかに微笑むと、「ほな帰ろ」と庭先に降りて私に手を差し伸べた。
たったそれだけの事なのに、私の心臓は正直だ。
市丸隊長の手をそっと掴めば、更に鼓動が加速して、一気に冷えた指先が暖かくなった。
2人で静かに庭を歩き、気付かれないよう門の外へと出れば、隊舎へ続く道も一面が銀世界。
その中を市丸隊長に手をひかれ歩いていると、まるで夢のような気がしてくる。

(今日は隊長に手をひかれてばかりだな…照れ臭いけど…でも嬉しい)

新年早々こんなに幸せでいいのかな、と思いながら、隣を歩く市丸隊長を見上げる。
その時、同時に隊長も私を見て、不意に目があった。

「どないしたん?急に静かになって」
「え?あ…いえ…」
「もしかして酒がまわってきたとか…」
「だ、大丈夫です…。少しは酔ってますけど…隊長に迷惑かけるほど酔ってませんから」

以前、阿散井くんや乱菊さんと飲んでいた時に泥酔して、市丸隊長が迎えに来てくれた事も気づかなかった事を思い出し、慌てて言い訳する。
あの時は目が覚めたら市丸隊長の部屋で、かなり驚いたのだ。

「別に迷惑なんか、かかってへんよ」
「…え?」
「普段はボクの方が迷惑かけてるしなぁ…。そのせいでちゃんまで巻き添えくってイヅルに説教されてるし」
「…それもそうですね」
「…って、そこは"そんな事ないです"ゆーんちゃうの〜」

私の言葉にすぐさま突っ込んでくる市丸隊長に、思わず噴き出した。
こんな風に笑いあっていると、彼が自分の隊の隊長だという事を忘れてしまいそうになる。

「何か…不思議です」
「…何が?」
「こうして…隊長と冗談とか言って笑ったりしてるのが…」
「何で?十番隊におった時は十番隊長さんと、よお楽しそうにしゃべってたやん」
「シ、シロちゃんは…隊長の前に幼馴染だし構えずに話せましたけど…他の隊の隊長さんなんかは一隊士の私からすれば遠い存在でした」

護廷十三隊に入った時から、席官クラスはもちろん、隊の隊長などは雲の上の存在だった。
私が尸魂界に存在する、ずっと前から隊長格だった死神ばかりで、気軽に言葉を交わせる存在ではなかったし、
それこそシロちゃんが隊長になったというだけでも、その時は大騒ぎだった。

「今日みたいにみんなと一緒にお酒を飲んだり出来るようになったのも…ここ2〜3年くらいで、それも乱菊さんのおかげだし…」
「乱菊は友達作るの上手いからなあ。知らんうちに仲良うなってるわ…。ボクはそういうん苦手やけど…」
「そうなんですか?市丸隊長もそつなく付き合いしてそうですけど…」
「まあ…表向きはなァ…。よお胡散臭い言われるけど」
「そ…そんな事は…」
「今、その通りや思たやろ」

言葉を詰まらせた私に、市丸隊長は苦笑を洩らすと、溜息交じりで夜空を見上げる。
その横顔が少し寂しそうで、かすかに胸が鳴った。

「…でも当たってるわ」
「え…?」
「さっきも言うたけど…気を許す相手なんて、そうそうおらへん」

ふと真面目な顔でそんな事を言う市丸隊長にドキっとした。
さっきの言葉を思い出したのだ。

「…もっと…素を出せばいいのに…」

気を許す相手がいないなんて寂しい。そう思って口からそんな言葉が出た。
市丸隊長はハッとしたように私を見て、かすかに笑みを浮かべる。

「そやなァ…。そろそろ他人を欺くのは疲れて来たとこやし…」
「…あ、欺くって―――――」
「でも……」

市丸隊長は私の言葉を遮ると、深い息を吐き出して立ち止まった。
私には背を向けているから、表情までは見えない。
でもその背中を見ていると、少しだけ2人の間に距離を感じた気がして、胸が痛くなる。
市丸隊長は私を見ないまま、静かに口を開いた。

「本性、見せたら…きっとちゃんに嫌われるやろなあ…」
「…な…嫌うなんてそんな事…。何でそんなこと言うんですか…?」

いきなりの言葉に、胸の痛みが更に増す。
確かに市丸隊長の事をまだよく知らないけど、本当の姿を知ったからといって嫌うなんて事はありえないと思った。

「私は…市丸隊長がどんな人でも…嫌ったりなんかしません」

今の精いっぱいの気持ちを告げる。よく分からない感情がこみ上げて来て、泣きそうになった。
それでも市丸隊長は私に背を向けたまま、

「…ボクは…イヅルや、ちゃんが思てるような奴とちゃうから」
「……え…?」

雪が降る中、市丸隊長の声が静かに響く。


「…ほんまのボクを知ったら…きっと―――――」


その時、強い風が吹き付けて、雪煙が上がり、市丸隊長の言葉がかき消された。
隊長を現す白い羽織りが風でパタパタと揺れていて。舞いあがる雪のせいで、一瞬市丸隊長が雪の中に消えてしまうような錯覚に陥った。


「市丸隊ちょ――――」
「…吹雪になりそうやし…急ごか」

そう言いながら振り向いた市丸隊長はいつものように微笑んでいて。
先ほどのような真剣な口調とも違う。
なのに、私を見つめる瞳は、どこか悲しそうで…かすかに映った私の顔がゆらゆらと揺れていた―――――








  
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