14章 / 恋月(5)





…ほんまのボクを知ったら…きっと―――――




あの夜に…市丸隊長が呟いた言葉が頭から離れない。

(何が言いたかったんだろう…。"本当の市丸隊長"って…?私や吉良副隊長が思ってるような人と違うってどういう意味なの…?)

あれから三日。私はずっと市丸隊長の事ばかり考えていて、せっかくの正月休みを落ち着かない気分で過ごしていた。

「はあ…」

溜息をついて天井を見上げる。
気にはなっているのに、休み中だから気軽に会いに行くわけにもいかず、ウダウダとしていた。
いつもなら二日目くらいから乱菊さん達と出かけたりしていたのに、今年はそんな気分にもならず、ずっと引きこもっている状態だ。

「…はあ」
「…おい」

本日、何度めかの溜息をついた瞬間。
一緒に正月を過ごしていた人物の低ーい声が聞こえて、私はふとそちらに視線を向けた。

「…何?シロちゃん」
「いい加減、それやめろ」
「…それ?」

半分、体を起こし、コタツの上にあるミカンに手を伸ばせば、向かいに座っているシロちゃんの額がピクリと動いた。

「その重苦しい溜息だ!ここ三日、ずっとそんな調子じゃねえか!聞いてるこっちの身にもなれっ」
「…ああ…ごめん。そんなに溜息ついてた?」
「気付いてねえのか?元旦からずっとだよっ」

シロちゃんはそう言うと、ふてくされたように寝転がった。

「…ったく。そんなに悩みてーんなら自分の部屋に戻って悩め」
「…やだ。一人でいたらつまんないじゃない。それに私の部屋、コタツないし」
「だったら俺の前で溜息つくなっ!聞いてる俺はつまんねえどころの話じゃねえからな。新年早々、辛気臭くてたまんねえ」
「…ごめん」

思った以上に不機嫌なシロちゃんに、素直に謝る。じゃないと部屋を追い出されてしまいそうだ。
毎年、正月明けはシロちゃんの部屋で過ごす事が恒例になっていて――隊長格の部屋は広いし――今年も例外なくお世話になっている。
いつもは桃も一緒だが、今は副隊長になった事で付き合いも増えたのか、今日は朝から隊舎に残っている隊士達と初詣に行くと言っていた。

「藍染隊長も一緒なの!隊長と初詣に行けるなんて夢みたい」

行く前、桃は嬉しそうにそんな事を話していた。
そんな話を聞くと羨ましくて、私もつい"市丸隊長と…"なんて考えてしまう。
でも誘う勇気もなく、だから余計にあれこれ思い悩んでしまうのかもしれない。

(市丸隊長、何してるのかな…。家にいるのかな…)

正月を一人で過ごしているのか、ちゃんとご飯を食べているのか…そんな事ばかりが気になってくる。
あの大雪の夜。市丸隊長は私をきちんと隊舎まで送ってくれた。
別れ際、「隊長は正月どうされるんですか?」と聞いた私に、「家で寝正月やろなあ。ちゃんも一緒にどうや?」と言われたけど、
まさか隊長のそんな冗談に本気で「はい」とも言えず、笑って流してしまった。

(あーあ…出来れば本当にそうしたかったなぁ…なんて…立場的に無理だけど…)

そんな事を考えながら、つい「はあ…」と溜息をついてしまった。その瞬間…

「おい…」
「……え?」
「そんなに俺といて退屈なら…お前も雛森達と初詣にでも行ってこい…!!」

またしても溜息をついた私を見て、シロちゃんが再び怒りだし、コタツをドンっと叩く。
そのおかげで皮をむいたミカンがバラバラと飛び散ってしまった。

「もう…いちいち怒らないでよ…。そんなこと言ってないじゃない…」

ミカンを一つ一つ拾いながら不貞腐れ気味のシロちゃんを睨む。
それでもシロちゃんは怯む様子もなく、更に怖い顔でこっちを睨んできた。(ホント目つき悪い)

「だったら何なんだ!本気で悩んでる事があるんなら聞いてやるが………もしかして、あんのか?」

シロちゃんは不意に真剣な顔で私を見る。
これでもシロちゃんなりに心配をしてくれてたみたいだ。
といって気軽に相談できる内容でもない。

「…他の隊の隊長さんに相談に乗ってもらうわけにはいかないし―――――」
「…何だよ。三番隊で何か問題でもあんのか」
「そ、そういう意味でもないけど…」
「じゃあ何だよ。まあ隊の事なら市丸か吉良に相談した方がいいかもしんねえけど…」
「う、うん…」

引きつった顔で頷きつつ、そんなの絶対に出来ない、と内心思った。

「で、でも大したことじゃないし大丈夫だから」
「…ホントか?」
「うん。そ、それより…このミカン甘くて美味しいよ。シロちゃんも食べてみて」
「…おう」

新しくむいたミカンをお皿に乗せてシロちゃんの方へ置く。
シロちゃんは人一倍、心配性だからこれ以上暗い顔をしていると"何か悩んでいる"と本気で疑われそうだ。
いや本気で悩んでるのだが、その内容を誰にも言えない以上、普通に振舞うしかないのがつらいところだった。

「ね、甘いでしょ?」
「ああ」

明るく尋ねる私を見て、シロちゃんは一瞬だけ訝しげな顔をしたけど素直にミカンを食べている。
その姿に内心ホっとしながら、何か他の話題はないかと考えていると、シロちゃんの方が先に口を開いた。

「そういや…三番隊で思い出したが…」
「え…?」
「そろそろ慣れたか?」

不意にそんな事を訊かれ、一瞬戸惑ったが、"元上司"としては気になるのだろう。
隊を移ったばかりの頃は顔を合わせるたび、大丈夫か?と聞かれていた事を思い出す。

「うん。だいぶ慣れたわ。五席の仕事も覚えたし、他の隊士達とも打ち解けて来たし…」

そう言いながら、未だ女性隊士達との関係だけは微妙な事を思い出す。
市丸隊長は男にも人気が高いが、三番隊の女性隊士たちは殆どが隊長に憧れている。
ゆえに市丸隊長の近くに女の部下(私)がいる事が、彼女達は面白くないのだ。
そのせいなのか、仕事を頼んだ時でも、あからさまに嫌な顔をされる事がたびたびあった。
でもそれをシロちゃんに言えば、また心配されるから言わないでおく。

「まあ雛森からは楽しく仕事してるみたいだって聞いてるけど…」
「楽しいよ。といっても雑用も多いけど、吉良副隊長も橘さんも良くしてくれてるし」
「ああ…三番隊は市丸がマイペースだから下のもんがシッカリ管理してるよな。橘ってに鬼道を教えてくれてる副官補佐か?」
「うん。最初は色々あったけど…今はいい先輩。橘さんは主に新人の指導係してるんだけど忙しい合間に指南してくれてるの」
「へえ〜。で、だいぶ上達したのか?」
「そりゃあ少しはね。でも桃みたいには、なかなかいかないけど…」
「雛森はもともと得意だったからな」
「そうね」

シロちゃんの言葉に相槌を打ちながら、護廷十三隊に入っても必死に頑張っていた桃の姿を思い出した。
それも全て藍染隊長に認められたいがためだ。
当時の桃を見ていて、何故それほど一生懸命になれるのか、今一つ分からなかった。
でも今なら分かる。
隊長に認められたくて、少しでも役に立ちたくて、どんな事にも必死になってしまう桃の気持ちが…今の私なら理解できる。

「…どうした?急にボーっとして」
「え?あ…何でもない。今夜は何食べようかなあって」
「今からメシの心配かよ。ホント食い意地はってんな、昔から」
「悪かったわね!三日もすればおせちも飽きただろうから違うの作ってあげようと思ったのになあ」

横目で見ながらそう言えば、シロちゃんは「う…」と声を詰まらせた。
毎年お正月は私と桃とでおせちを作るのだが、三日目ともなればそれも飽きてくる。
今夜あたりは冷えるから、体があったまる野菜とお肉たっぷりの鍋にでもしようかと思っていた。

「…な、何作るんだよ」
「シロちゃんの好きなちゃんこ鍋にしよっかなあって」
「……ちゃんこ…」

私の言葉にシロちゃんは明らかに反応した。
シロちゃんの好みは私が一番分かっている。
案の定、シロちゃんは「それに決定だな」と言って突然立ち上がった。

「何ボケっとしてんだ。買い出しに行くぞ」
「えー?だって、まだ三時になったばかりだよ」

そそくさと出かける用意を始めたシロちゃんに、私は溜息交じりで言った。
普段は買い物付き合ってと言おうものなら「面倒くせえ」とか言うクセに、こういう時だけフットワークが軽いのは昔からだ。

「夕方行ったら混むだろーが。空いてるうちに行ってサッサと帰ってくんだよ。早くコタツから出ろ」
「…もぉ〜。ホント勝手なんだから…」

そう言いつつ、シロちゃんの言う事にも一理あると、渋々コタツを出て持ってきた荷物の中から着替えを出す。
そこで着替えるのに部屋着用の羽織りを脱ぐと、シロちゃんがギョっとしたように背中を向けた。

「バ、バカ野郎!何してんだっ」
「何って…シロちゃんが早くしろって言ったんじゃない」
「だ、だからって何でここで着替えようとしてんだよっ!奥の部屋でやれっ」
「何でよ。いちいち面倒じゃない……って、まさかシロちゃん…気にしてくれてんの?」

そう言っている間にサッサと着替え、未だ背中を向けているシロちゃんの顔を覗きこむ。
どうせ、いつものように「うるせえ」と怒鳴ってくるかと思った。
なのにシロちゃんは若干顔を赤らめ、驚いたように私から離れると、「当たり前だろ!」と思い切り顔をそむけた。

「お前は女で…俺は男なんだし…」
「でも前は一緒にお風呂とか入ってたじゃない」
「ガキの頃の話だろ!お前も少しは自覚しろっ」

シロちゃんは何故か額に怒りマークを出し――そんな怒らなくてもいいのに――サッサと部屋を出て行ってしまった。
何だか最近シロちゃんは前以上に怒りっぽくなったような気がする。
そんな事を思いながら首を傾げつつ、私も部屋を出ようとした、その時。

「―――何を自覚するんですかー?」
「う、わぁぁっ!」
「……シロちゃん?」

明るい声と共に、廊下でシロちゃんの叫び声が聞こえて来た。

「どうしたの?」

その驚きように慌てて部屋を飛び出す。するとそこにいたのは―――


「あ、ちゃん!退屈だから遊びに来ちゃった〜」
「ら、乱菊さん?!」

そこには大量に酒の入った袋を掲げた乱菊さんが、笑顔で手を振っていた。










「でもホーント日番谷隊長ってシャイよねえ。どうせならチラっとでも見ちゃえば良かったのに〜」
「…っ(ピキッ)うるせえぞ、松本!!!!」

三人で買い物をしてきた帰り道。先ほどの話を蒸し返され、シロちゃんは額に怒りマークを浮かべながら叫んだ。
結局今夜は予定がないという乱菊さんも鍋に参加する事になったのだ。
シロちゃんは「帰れっ」と反対していたが、「どうせ桃も遅いだろうしお鍋は人数がいた方がいい」と私が押し切り、何とか承諾させたのだ。

「でもそうっかー。雛森は隊長達と出かけてるのねえ」
「そうなんです。もう朝からウキウキして出かけて行ったんですよ」
「そこまで慕われたら藍染隊長も幸せね」

乱菊さんはそう言って笑うと、前を歩くシロちゃんを見た。

「うちの隊長なんか、どこにも連れてってくれないしー」
「……聞こえてるぞ…」

乱菊さんの嫌味にシロちゃんがつかさず反応する。
そういった態度が面白がられ、からかわれるのに、と内心思ったが、敢えて口にしない。

「でも結果こうして一緒にお鍋出来るし」
「そうねえ。―――ホント、すみませーん!何か無理やり参加するみたいでー」
「…全くな!」

かなり離れてるのに、いちいち乱菊さんの言葉に反応するシロちゃんに、私は小さく吹き出した。
乱菊さんも同じく噴き出して楽しそうに笑っている。
やっぱりシロちゃんのこういう性格がからかいたくなるんだろう。

「あ〜やっぱり来て良かったわー。一人で呑んでてもつまんなかったし」

乱菊さんはそう言って笑いながら、綺麗な髪を掻き上げる。
そういった仕草も自然で、大人の女性の色気があるなあ、と羨ましく感じた。

「乱菊さん、どこか出かけたんじゃないんですか?」
「出かけたわよ〜修平んちに。でも修平も射場さんも酔い潰れちゃって寝ちゃったのよねえ。で、退屈だからちゃんと呑もうと思って来たの」
「そ、そうですか…」

出かけたって檜佐木さんの家だったのか、と内心苦笑しながら、年末も呑んだのに良く飽きないなあと感心する。
それにしても檜佐木さんと射場さんだって、それなりにお酒は強いはずだが、乱菊さんには敵わないらしい。

「それにほらー吉良は実家に戻るって言ってたじゃない?誰も私と遊んでくれる人いないし〜」
「またまた。乱菊さんなら、その気になれば誘ってくれる人なんか沢山いるじゃないですか」
「え〜?いないわよ〜」

乱菊さんはケラケラと笑いながら手を振っている。どうやら本人にはモテてるという自覚はあまりないらしい。
檜佐木さんをはじめとして、他にも色々と乱菊さんに憧れてる男がいる事を私は知っている。
でも乱菊さんは誰とでも呑み友達にはなるのに、それ以上の関係になったという話は聞いた事がない。
これだけの美人でスタイルも良い乱菊さんなら恋人の一人や二人はすぐ出来そうなものだ。

(…やっぱり…誰か好きな人がいるのかな…)

そんな事が脳裏によぎり、同時に市丸隊長の顔が浮かぶ。

(大晦日に阿散井くんも言ってけど…あれって案外当たってるのかも…)

隣を歩く乱菊さんをこっそり見ながら、ふとそんな事を考える。
もし乱菊さんが市丸隊長を好きだというなら、きっと市丸隊長もそうなんじゃないか、とさえ思った。
私には分からない絆が、あの二人にはあるのだから、それも当然なのかもしれない、と。

「あ、ねえ。鍋なんだし、あいつも誘わない?」
「……え?」

一人であれこれ考え、勝手に落ち込んでいると、不意に乱菊さんが足を止めた。

「あいつ…?」

私も立ち止まり振り返ると、乱菊さんはニヤリと笑いながら、目の前の隊舎を親指で示す。
そこは私も所属している三番隊の隊舎前だった。

「え…」

まさか、と戸惑うように乱菊さんを見れば、彼女はあっさりと「ちゃんとこの隊長さん」と優しく微笑んだ。

「えっ!い、市丸隊長を…ですか?」

たった今、考えてたからか、心臓が一気に速まる。
私のそんな緊張など気付く様子もなく、乱菊さんは楽しげに頷いた。

「そ。どーせギンも暇してると思うし…お鍋、好きだったの思い出して」
「え、隊長…お鍋好きなんですか?」
「ええ。寒くなると、昔はよく二人でお鍋したのよー?ま、もっとも今みたいに贅沢な鍋じゃなかったけどね」

そう話す乱菊さんの顔はどこか懐かしそうで、私の知らない二人の思い出がある事が、少しだけ切なくなった。

「ね、そうしない?三人より四人の方が楽しいじゃない」
「あ…そ、そう、ですね。じゃあ…誘ってみましょうか」
「決まり!じゃ、日番谷隊長にも言ってくるね〜」

乱菊さんはそう言うと、前を歩くシロちゃんのところへ走って行く。
その後ろ姿を見ながら、私は小さく深呼吸をした。
色々と思う事はあれ、市丸隊長に会えるのは嬉しい。同時に鼓動が更に早くなって緊張してくる。

(隊長…いるかな…急に尋ねて行って迷惑じゃないかな…)

そんな事を不安に思いながら隊舎を見上げていると、乱菊さんが元気よく戻ってくるのが見えた。

「日番谷隊長のお許しが出たわよ〜」

その言葉にシロちゃんを見れば、渋々と言った顔でこっちを見ている。
ここまで来れば、もう好きにしろ、と言いたいんだろう。
それか女だらけの鍋よりは誰かが参加してくれる方が助かるとでも思っているのかもしれない。

「俺は先に帰ってるからな!」

シロちゃんはそれだけ叫ぶと、サッサと歩いて行ってしまった。
帰って、夕飯が出来るまでフテ寝でもする気だな、と思いつつ、すでに欠伸をしながら歩いて行くシロちゃんに苦笑いがこぼれる。

「隊長ってば意外にあっさり許可してくれたわぁ」
「…みたいですね」

というより諦めてるって感じなんだけど、と思いながら、不思議そうな顔で首を傾げている乱菊さんに相槌を打つ。
そのまま二人で三番隊舎の方へと歩き出したが、市丸隊長の家が見えて来た時に一気に緊張してくるのを感じた。

「ん?どうしたの?急に黙り込んじゃって」
「え?いえ…。っていうか…急に尋ねて行ったりしたら迷惑かなあ…と…思ったりもして…」
「やーだ、大丈夫よぉー。どーせギンも暇してると思うし鍋って聞いたら喜ぶわ」

乱菊さんは笑いながらそう言うと、私の心の準備が出来る前に、隊長の家の前に歩いて行った。
が、その前に誰かが立っているのが見えてドキっとする。
その人物は私達の気配に気づいて振り返ると、驚いたような顔をした。

「ん?あんた確か十番隊の―――」
「あなた…三番隊の…」
「た、橘さん?!」

三番隊、副官補佐である橘さんの姿に、私は乱菊さんの後ろから顔を出し思わず声を上げた。

「お、お前まで…どうしたんだ?松本副隊長と二人揃って…」
「橘さんこそ…」
「いや俺は近くまで来たから市丸隊長に新年の挨拶をしようと寄ってみたんだが…」

橘さんは言いながら家の方を振り返ると、「どうやらお留守のようでな」と溜息をついた。

「え、いないんですか?市丸隊長」
「ああ。さっきから何度か呼んでみたが応答がない。鍵もかかってるようだし出かけてるんだろう」
「えぇーなーんだ。せっかく誘ってやろうと思ったのに」

そこで乱菊さんが溜息交じりで肩を竦める。
だがすぐに目の前で訝しげな顔をしている橘さんを見て、ニッコリ微笑んだ。

「そーだ!あなたも来ない?お鍋するんだけど人数多い方が盛り上がるし」
「え…?」
「ら、乱菊さん、そんな急に…」
「あら、いいじゃなーい。ここで会ったのも何かの縁だし!ね、来なさいよ。どーせ暇なんでしょ?橘さん」
「あ、いや…まあ…」

強引な乱菊さんに橘さんも戸惑うような顔で私を見る。
そこで私も「もし用がなければ一緒にどうですか?」と誘ってみた。
橘さんにはお世話になってるし、指南してもらっているお礼をしよう、しようと思ってはいたが、先延ばしになったままだった。
普段は忙しい人だから、確かにこんな機会がないと気軽に誘える気がしない。

「乱菊さんの言うように大勢いた方が楽しいし、橘さんが良ければ。材料、結構いっぱい買ったんですよ」
「…いやしかし…」

橘さんは困ったように頭を掻いていたが、乱菊さんが更に強引に誘うと、「ではご馳走になるよ」と苦笑気味に言ってくれた。
どうやら見た目通りシャイな人らしい。
市丸隊長とは間逆なタイプだなあと思いながら、三人で隊長の家を後にする。

(でも…市丸隊長どこに行ったんだろ)

ふと足を止め振り返った。
会えると思えば緊張もするけど、いないとなると寂しい。
勝手なものだと自分でおかしくなる。

ちゃーん!何してるの〜?」

そこで乱菊さんが振り向き、叫んでいるのが聞こえ、私は急いで二人の後を追いかけて行った。










「ったく…日番谷隊長の家でやるとは聞いてなかったぞ」

台所で野菜を洗う私に、橘さんが困ったように言うのを見て、「そうでしたっけ」と笑う。

「お前も人が悪いな。日番谷隊長の家でやると聞いていれば遠慮したのに」

切った野菜をお皿に盛り付けるのを手伝ってくれながらも、橘さんは気まずそうな顔で茶の間の方へと視線を向けた。
やはり隊長格の人と食事をするのは緊張するらしく、橘さんはさっきから落ちつかない様子だ。

「大丈夫ですよ。シロちゃ…日番谷隊長だって橘さんが来て助かったって言って喜んでたじゃないですか」
「それはそうだが…。まあ…あの松本副隊長とお前の相手を一人でするのは、いかに大変だという事だろうな」
「うわ、酷くないですか?それ」

私が文句を言えば、橘さんも楽しげに笑う。そんな笑顔を見るのは滅多にない。
ついでに言えば、野菜の皮を剥いてくれているのだが、その手つきも慣れていて少し意外だった。

「橘さん、料理とか普段からやってるんですか?」
「いや…今はしてないが…死神になる前、よく妹たちに食事を作ってたからな」
「妹さんいるんですか」
「ああ。妹と弟がな。親がいないから俺が面倒を見てた」
「そうだったんですか…。で、今は妹さんと弟さんは流魂街に?」

手際良く切られていく野菜を見ながら、ふと尋ねる。
でも橘さんはその問いに一瞬、手を止め、かすかに微笑んだ。
あまり見せる事のないその表情は、少し寂しげだった。

「…もう死んだ。虚に…殺されてな」
「……え…」
「だから俺は自分の霊力に気付いた時…死神になろうと決めた。妹や弟のようなか弱い魂魄を救いたいと思ったんだ」

橘さんはそう言って切り分けた野菜をお皿に移し、言葉を失っている私に微笑んだ。

「ま、昔話だ。気にするな」
「橘さん…」
「ほらサッサと運ばないと野菜がしおれるぞ。そうなったら美味しくない。魚も俺がさばいておく」
「あ…はい」

言いかけた私を見て、橘さんはお皿を寄こすと、すぐに魚に包丁を入れている。
まるで料理人のようなその手さばきに感心しながらも、私はお皿を茶の間へと運びながら、ふと振り返った。
橘さんにそんな過去があったなんて知らなかったが、彼の真面目な仕事ぶりにはそういう事情もあったからなんだ、と知り、かすかに胸が痛む。
元々親がおらず、寄り添って生きて来た私やシロちゃんとは違うのだろう。
肉親を奪われたその痛みで、橘さんは今こうして死神の世界で頑張っている。
自分のような思いを、他の誰かにさせない為に。

(私も…頑張らないとね)

新年から気を引き締められたような気がして、私は心の中でそう決心すると、シロちゃんと乱菊さんのいる茶の間へ入って行った。
案の定、乱菊さんは鍋の用意をする事もなく、さっそく日本酒を片手に一人で飲みながら、フテ寝しているシロちゃんにちょっかいをかけている。

「隊長〜!起きて下さいよ〜!寝正月なんて今時はやりませんよぉ〜?」
「…うるさいっ。っていうか、お前は何で客人に鍋の準備をさせて飲んだくれてんだっ!」
「だって彼が出来るって言うからぁ。―――ちゃーん一緒に飲まない?」

私が入って行くと、乱菊さんは矛先をこっちに向けて来た。

「いえ私は―――」

そう言いかけた時、玄関の方で「ただいまー」という桃の元気な声が聞こえて来た。

「あれ、桃、帰って来たみたい」
「よーし、じゃあ雛森に相手させようー」

乱菊さんは楽しげに言うと酒瓶を持ってフラフラと立ち上がる。
シロちゃんはそれを呆れた顔で眺めながら、「おい危ねえから座ってろ」と溜息をついた。
というのも、以前に酔っぱらった乱菊さんが動きまわり、シロちゃんの家の襖をことごとく破いてしまったという前例があるからだ。

「今日はそんなに飲んでないから大丈夫れすよー」
「って言ってるそばから呂律まわってねえぞ!」
「まあまあ…シロちゃんも怒らないで今日は仲良くノンビリしようよ」
「ただいまーいる?って、あれ、乱菊さん?」

そう言って宥めていると、桃が茶の間へ顔を見せた。

「やほー。雛森ーお帰りなさーい」
「来てたんですねー」
「ちょうど良かったわ。みんなでお鍋しようってなって用意してたとこなの」

お皿をテーブルの上に並べながら私が言うと、桃は驚いたように振り返り、「え、鍋?」と目を丸くする。
そんな桃に「どうかした?」と尋ねれば、彼女は玄関を指差しながら、

「私も藍染隊長誘ってや日番谷くんと鍋にしようと思って買い物行って来たの。そしたらそこで市丸隊長に偶然会って―――」
「え?」

その言葉に驚いて私も立ちあがる。と、そこに――――


「お邪魔しまーす」

「やあ、くん、松本くん。日番谷くんも明けましておめでとう」


市丸隊長と藍染隊長が、にこやかな顔で姿を現した――――











「――――い、市丸隊長と藍染隊長が来るなんて聞いてないぞっ」

台所で鍋の準備を着々としていた橘さんは、私の報告に一瞬顔が青くなった。
シロちゃんの存在だけで緊張していたのが、自分のところの隊長だけではなく、藍染隊長も来たという事実で更に緊張が高まったようだ。
と言ってもそれは心の準備もなく市丸隊長達の訪問を受けた私も同じ事だった。
先ほど顔を合わせた時に新年の挨拶はしたものの、早々に台所へと逃げて来たのだ。
ここ最近ずっと隊長の事を考えてたからか、いざ顔を突き合わせると何となく気まずい。

「そ、そんな事言われても私だって驚いてるんですから…」

桃も初詣の帰り、たまには一緒に鍋でも、と藍染隊長を誘ったらしいが、家に戻る途中、偶然に出会った市丸隊長と話しこんでるうちに「市丸隊長もどうですか」となったらしい。
隊長格が二人も増えた事で、橘さんは更に動揺し、落ち着かないような顔をしている。

「やっぱり俺は失礼した方が…」
「だ、大丈夫ですよ!市丸隊長にも橘さんの事は話したら、たまには部下との親睦を深めるのもええなあって言ってたし…っ」

台所の勝手口から出て行こうとする(!)橘さんの腕を慌てて掴みながらそう言えば、彼は「本当か?」と不安げな顔をする。
真面目な橘さんにとったら、隊長と一緒の席で鍋をつつくというのは恐縮してしまう事なんだろう。
そんな彼の人柄に内心苦笑しながら、「ホントです」と伝えれば、多少はホっとしたような顔をした。

「ならお言葉に甘えて…」
「あ、でも人数が増えた分、材料も…」
「ああ、いや。それは俺がやるよ。四人分も七人分も同じことだ」
「すみません。私も手伝います」

偶然、桃も同じようにちゃんこ鍋にしようと思っていたらしく、似たような具材を買って来たようだ。
それらを袋から出していく。
そこへ、「ボクも手伝おか?」という声が聞こえて、私と橘さんはギョっとしたように振り向いた。

「い、市丸隊長っ」
「橘くんも明けましておめでとさん」
「あ、明けましておめでとうございますっ」

橘さんは市丸隊長の顔を見るなり、パッと頭を下げて挨拶をしている。
その姿に、いつも隊舎で見ている光景を思い出した。

「さっきちゃんから聞いたけど…何やボクんとこに新年の挨拶来てくれたんやて?」
「はい。近くまで行ったものですから――――」
「それは悪かったなあ。ボクも暇すぎて散歩しとったら偶然、藍染隊長と雛森ちゃんに会うてもーて」
「い、いえ…」
「で…何を準備したらええの?」

市丸隊長はそう言いながら白菜を掴み上げる。その姿に橘さんは慌てて首を振った。

「いえ、隊長はあちらで休んでて下さい。準備は私とくんとで――ー」
「そうですよ、隊長。せっかく藍染隊長もいらっしゃってるんだし…」

隊長の手からつかさず白菜を取り上げる。
それには市丸隊長も子供みたいにスネたような顔をした。

「何や二人してボクのこと邪魔者扱いか?」
「い、いえ!そんなつもりは――――」
「だって隊長、料理出来ないじゃないですか。そんな人に危なくて包丁なんて持たせられません」
「お、おいくんっ。隊長に向かってそんな失礼な物言いをするな」

私がいつものように言えば、橘さんはすぐに青い顔をする。
普段の執務室での、私と隊長のやり取りを知らない彼には少々驚くことかもしれない。
しかし当の市丸隊長は楽しげに笑うと、「ええねん」と肩を竦めた。

ちゃんはボクをいじめる事が生きがいやねんから」
「…は?」
「それは市丸隊長がすぐサボろうとするから――――」

そこまで言いかけて思わず苦笑した。
市丸隊長も同じように苦笑いを浮かべ、橘さんの肩をポンっと叩く。

「ほらな?新年早々、自分とこの隊長に説教する部下はイヅルかちゃんくらいやわ」
「…はあ」

橘さんも複雑そうな顔で頷きつつ、それでも私を見て小さく吹き出す。
その様子を見ながら、私は冷蔵庫からビールを出すと、コップにそれを注いで二人に渡した。

「とりあえず、これ飲みながら用意しちゃいましょう。今夜は珍しいメンツも揃っての初めての宴会になりそうだし」
「そやなあ。ほなお言葉に甘えて頂くわ」

市丸隊長は笑いながら自分のコップを私と橘さんのコップに軽く当てると、美味しそうにビールを飲みほした。

「で、ボクは何を手伝えばええの?」
「包丁は危ないんで、隊長は私と橘さんが切った具材をお皿に並べて下さい」
「はいはい。ほんま信用ないなぁ」

市丸隊長は苦笑しながら言われた通り、お皿を出して切った野菜を不器用ながらものせていく。
その姿を横目で見ながら、ふと笑みがこぼれた。
予定と違って急な参加にしろ、こうして市丸隊長と一緒にお鍋が出来るのは私としては嬉しい事だ。
ついでに言えば、先ほど隊長が不在だった事に対しての小さな不安はどこかへ消えてしまった。

(散歩なんて隊長らしい。良かった…どこかの女性とデートじゃなくて)

一瞬だけ浮かんだ不安が思いすごしだった事にホっとしながら、お肉や豆腐を適当な大きさに切って行く。

「あ〜隊長。それ野菜の方に乗せて下さいね」
「はいはい」
「あ、隊長!魚はこちらの皿に…」
「はいはい」
「あー隊長ってば豆腐とお肉一緒にしたら匂いが移っちゃうじゃないですかー」
「…はいはい…って人使い荒いなあ自分らー」
「手伝うって言ったの隊長じゃないですか」

手は動かしたまま澄ました顔でそう言うと、市丸隊長は徐に目を細め――元々細いけど――わざとらしく溜息をついた。

「…ほんま、イヅルに似て来たわぁ」
「それは光栄です。というか手は休めないでください。みんなお腹空かせて待ってるんですから」
「……はいはい。これやったらどっちが隊長か分からんわ」

市丸隊長は苦笑交じりで返事をすると、私が切ったお肉を盛り付けて行く。
その姿に橘さんも笑いを噛み殺していた。
それでも三人で手際よく分担してやった事で準備も早めに終わった。
早速茶の間に鍋を運び、火をつける。鍋が煮立つのを待つ間はお酒でも飲んでいようと、すでに酔い気味の乱菊さんが立ちあがった。

「ではでは今年もよろしくという事で――ー―カンパーイ」

乱菊さんが音頭を取ってみんなで乾杯をする。
もちろんシロちゃんだけはオレンジジュースのコップを持って一人、諦め顔でコップを掲げた。

「すまないね、日番谷くん。急にお邪魔してしまって」

藍染隊長は相変わらず穏やかな笑みを浮かべている。
シロちゃんは藍染隊長の言葉に苦笑すると、「たまには大勢での新年もいいっすよ」と肩を竦めた。

「もうー日番谷くん、他に言い方ってないの?ホント無愛想なんだから!藍染隊長もそんな気にしないで下さい。誘ったのは私ですから」
「…雛森…。"日番谷隊長"だ。あと、ここは俺んちだ。お前が気にするなとか言う事か?」
「はいはい。すみませんでしたー。べぇー」
「………っ!(ピキッ)」

いつものやり取りに苦笑いを浮かべながら、市丸隊長や橘さんの小皿にお肉や野菜を取り分ける。
乱菊さんはお酒も入って一人元気だが、十一番隊や他の大酒飲みな隊長格がいないと、こんなにも平和な新年会になるんだ、と改めて実感した。

「しかし、たまにはいいもんだね。こんな顔ぶれは滅多にないし」
「そうですよねー藍染隊長。まま、飲んで飲んで」
「すまないね」

乱菊さんは藍染隊長がイケる口だと分かったのか、空になったお猪口につかさずお酒を注いでいる。
そして隣に座っている橘さんにも、「もっと飲みなさいよ―」と飲ませ始めた。
乱菊さんは誰と飲もうが、あまり普段と変わらないらしい。

「ほらギンも飲みなさいよー。あんたも強いんだから」
「"市丸隊長"やろ」

澄ました顔でシロちゃんの真似をする市丸隊長に、私は軽く吹き出したが、乱菊さんは不満げに唇を突き出した。

「それはすみませんでしたねえ、"市丸隊長"殿」
「うーわ、嫌み全開やな。怖いわあ」
「あら、市丸隊長がそう呼べって言うから呼んだのに。怖いなんて心外ー。ささ、飲んで飲んで」
「……ドボドボ注ぎすぎやろ、さっきから。そこが怖いっちゅーねん」
「あーらごめんなさいねえ。"市丸隊長殿"はお酒にお強いから、この程度の酒なんか軽いと思ってー」

二人はそんな言い合いをしながらも、どこか楽しそうで、見ていると何となく羨ましいとさえ思う。
私やシロちゃんと同じような関係に見えて、どこかそれよりも強い絆を感じるのは気のせいじゃないような気がする。
何となくそんな二人を見ていたくなくて、私はお代わり用のお酒を取りに、台所へと立った。

「…はあ。ダメだなあ私って」

ついでに空いたお皿を軽く洗いながら溜息をつく。
意識しすぎているせいなのか、市丸隊長ともあまり会話が出来ないばかりか、乱菊さんと仲良く話している姿すら見ている事が出来ないなんて。

「…重症かな」

お皿を拭きながら、ふと弱気な言葉が漏れる。
市丸隊長を好きだと気付いてから、自分自身でも抑えられないほどの色々な想いが溢れて来て正直戸惑ってもいた。
誰かを好きになる事が、こんなにも歯痒くて苦しいものなんだと改めて思い知らされて二度目の溜息をつく。

「何が重傷なんだ?」
「――――橘さん」

不意に聞こえた声にドキッとして振り返れば、そこには苦笑気味の橘さんが立っている。
その手には空いた酒瓶があり、どうやら下げて来てくれたようだ。

「す、すみません。こんな事してもらっちゃって――――」
「何、いいさ。たまには楽しいもんだ」

橘さんはそう言って笑うと、新しい酒瓶を手にした。

「市丸隊長ともだが、藍染隊長や日番谷隊長とも同席させてもらったのは貴重な時間だ」
「…やだ、橘さんて大げさ」
「な、何で笑う?俺にとったら…いや隊士をやっている者なら隊長格と言葉を交わすまでが――――」
「わ、分かりましたから、そんな熱くならなくても…」

ムキになって話し始める橘さんに思わず苦笑する。橘さんも私の言葉でハッとしたように言葉を切ると、困ったような顔で笑った。

「ダメだな俺は。どうも堅苦しく考えすぎてしまう」
「そこがいいとこだとも思いますけど」

橘さんが市丸隊長のようなタイプになっても似合わないだろうし、彼には指導力というものが他の人よりも勝っている。
誠実で真面目な性格だからこそ、他人を指導できるんだと思う。
そんな意味も込めて言えば橘さんは少し驚いたように私を見た。

「…お前に言われてもな…」
「あーそんなこと言っちゃいます?」

頭を掻きつつ視線を反らす様子に、橘さんが照れ隠しに言ったんだと分かり、私も笑いながら突っ込む。
鬼道の指南を受けるようになって気付いた事だが、橘さんは照れると時々こんな表情をする事がある。
彼の不器用さがそういうところにも出ている気がした。

「ところで…鬼道の方はどうだ?少しは上達したか?」
「はいまあ…橘さんに指南してもらった事は後で何度も訓練してます」
「ならその成果を見せてもらわないとな。明後日には職務も始まるし、その後でどうだ?」
「え?」
「どれだけ上達したか見てやる。ま、お前に時間があれば、だが」

橘さんの申し出に私は笑顔で頷いた。
年末から何だかんだと忙しく、体を動かしていないせいで少し鈍っている。

「大丈夫だと思います。その日は書類整理だけだから」
「なら終わった後にいつもの隊舎修練場に来い」
「はい」

そう返事をしながら戻ろうとした時、そこへ突然市丸隊長が顔を出した。

ちゃーん。お酒が足りひんて乱菊がうるさいねんけどー」
「あ、ご、ごめんなさい。今――――」
「ああ、私が持って行きますよ」

急に現れた市丸隊長に驚いていると、橘さんが機転を利かしすぐに手にした酒瓶を持って台所を後にした。
それを見送りながら、市丸隊長はふと私を見ると、こっちへ歩いてくる。いきなり二人きりになった事で少しだけ心臓が早くなった。
市丸隊長はかすかに笑みを浮かべながら、私の頭にポンと手を乗せ、

「今日は急に邪魔して悪かったなあ。雛森ちゃんが一緒にどうですかー言うもんやから」
「い、いえ…!大勢の方が楽しいし…。私も市丸隊長がちゃんと食べてるか心配でしたからちょうど良かったです」

そう言って笑うと市丸隊長も軽く吹き出しながら、

「まるでオカンみたいな事ゆーなあ」
「オ、オカン…ですか?」

確かに言われてみれば、隊長に対して"ちゃんと食べてるか"などと心配するものでもないだろう。
失礼な事を言ったかな、と反省しつつ顔を上げれば、市丸隊長は気分を害した様子でもなく、優しい目で私を見ていた。

「久しぶりやね。こうして話すんも」
「そ、そうですね…って言っても三日くらいしか経ってないですけど」
「まあ言われてみればそうか」

市丸隊長も軽く笑うと、そのまま壁に寄りかかり、腕を組んだ。

「何や毎日会うてた気がするから、この三日がえらい長く感じたわ」
「…た、隊長は…何してたんですか?お正月…」

優しい目で見つめられ、照れ臭いあまりに何か話さなきゃと気ばかりが焦る。
隊長はそんな私に気付かないように首を傾げながら、「何しとったかなあ」と苦笑した。

「ま、今日は新しい任務表を作るのに紙と睨めっこしてたわ」

新しく始まる年の隊の任務表は殆ど隊長が作成する事になっている。
沢山ある中の班をどの任務に振り分けるか、ある程度は決めておかないといけないのだ。

「…休みなのに大変ですね」
「これくらいは隊長としてやっとかなイヅルにまーた怒られるしなあ」

市丸隊長はそう言いながら、ふと茶の間の方へ目を向けた。

「橘には…まだ指南受けてるん?」
「え…?あ…はい。お互いに時間がある時に…。聞いてたんですか?」

橘さんから鬼道の指南を受けていると、隊長には前に話した事がある。
市丸隊長は「聞こえたんや」と言ってふとこちらに視線を向けた。

「少しは上達したん?」
「まあ…前よりは。でもまだまだですけど」
「急に上達するもんと違うし、まあ無理はせんようにな」
「…無理しないと虚と戦えませんから」

優しい言葉をかけてもらった事が照れ臭くておどければ、市丸隊長は不意に心配そうな顔をした。
市丸隊長は時々こういった表情をする事がある。
そんな顔で見られると、正直どうしていいのか分からない。

「…あ、あの隊長――――」
「ボクとしては…あんまりちゃんに無理はして欲しないねんけどなあ…」
「…え?」

まるで独り言のように呟かれたその言葉に、ドキッとした。

「心配やん?隊長としては」
「…そ、それって私が頼りないってことですか?」
「そういう意味とちゃうけど――――」
「私はこれでも五席ですから。その為に色々と指南を受けてますし…市丸隊長の期待を裏切るような事はしないつもりです」

市丸隊長に心配されてるというのは嬉しい事のような気もするが、逆に頼りない部下だと思われているかもしれないと不安になった。
確かに他の隊の五席に比べたら私なんかは経験も少なければ戦闘技術も足りないと思う。
だからこそ、それを補う為に鍛錬しなくてはならないと思った。
せっかく五席として三番隊に呼んでくれた市丸隊長をガッカリさせるのも嫌だった。

「…期待は裏切らへん、か」

市丸隊長は真剣な顔で言う私を見て、少し驚いた顔をしていたが、かすかに溜息をついた。

「ボクとしては期待を裏切ってくれてかまへんから…危ない事だけはして欲しくないねんけど…」
「…え――――」

困ったように微笑む市丸隊長に今度こそ鼓動が跳ね上がる。
それはどういう意味ですか、と問おうとしたその時―――

ちゃーん、ギ〜ンー!藍染隊長が余興で斬魄刀の技、披露してくれるってー」

茶の間の方から乱菊さんの明るい声が聞こえて来た。











  
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