二十一章 / 迷月(4)




「――――事態は火急である!」

護廷十三隊、総隊長、山本元柳斎重國は、隊長たちを集め現状をそう伝えた。

「遂に護廷十三隊の副官を一人欠く事態となった。もはや下位の隊員たちに任せておけるレベルの話ではなくなった」

そこでふと、ギンを見る。

「先の市丸の単独行動については不問とする」
「おおきに」

総隊長の言葉に、ギンはいつも通りの笑みを浮かべながら軽く肩を竦めた。

「副隊長を含む上位席官の邸内での斬魄刀の常時携帯および、戦時全面開放を許可する!今回ここに集まれなかった者達にもそう伝えてほしい!」

元柳斎は一呼吸を置くと、ぐるりと部下たちを見渡した。

「諸君。――――全面戦争といこうじゃないかね」










仲間たちが次々に血を流し、倒れて行く――。
そんな悪夢を彷徨っていた時、温かいものが身体のどこかに触れた感触で意識が急速に引き戻されて行くのを感じた。

「ん……」
「お、気付いたか?」
「……シロちゃん……?」

ぼやけた視界の中に薄っすらと見えた幼馴染の顔に、は何度か瞬きをしながら視線だけで辺りを見渡す。一瞬、自分がどこに寝ているのか分からなかった。

「ここ……」
「俺が救護室に運んだ」
「シロちゃんが…?私…」
「お前はケガをした阿散井を見つけて、その後に倒れたんだ…」
「阿散井…くん…」

その名を聞いて、先ほど見た光景を思い出す。
血だまりの中に倒れている仲間の姿を見た瞬間、全身が震えたことさえも。

「阿散井くんは?!大丈夫だったの?!」
「ああ…。まあ重症だが命に関わることはないってよ。救護班の治療が早かったしな」
「……良かった…」

は心の底からホっとし、息を吐き出す。
傷だらけで倒れている恋次を見た時は息が止まるかと思った。
これ以上、大事な仲間を失いたくない――。
そう思ったら怖くて震えが止まらなくなった。

「お前こそ…大丈夫なのか?6時間以上も意識が戻らねえし心配すんだろ」
「え…そ、そんなに…?」

顔色の悪いを見て、冬獅郎は心配そうに眉を寄せた。
まだ仲間の死を引きずっているのは見てても分かる。
だがは気丈にも首を振って冬獅郎に笑みを見せた。

「…だ、大丈夫。ちょっと…驚いただけだし。それより旅禍は?見つかった?」
「いや…あちこちで戦闘はしてるようだが俺はまだ遭遇してない。旅禍と戦った奴らはたいがいケガでここに運ばれて今は人手不足だとよ」
「…そっか…」
は…何か見たのか?」

冬獅郎が探るようにを見ているが、が駆けつけた時にはすでに誰もいなかったのだ。

「ううん…見てないの。でも…その旅禍の霊圧は感じた…。ソイツは阿散井くんと戦いながらも更に霊圧が高くなっていって…」

あの霊圧は一角が教えてくれた黒崎一護という旅禍で間違いないだろう。
ルキアを救いにこの尸魂界まで乗り込んで来ただけあって、相当に腕が立つようだ。

「おい、…お前、まさかソイツら探そうとか思ってんじゃねぇだろうな」
「…え?」

ドキっとした。思わず顔を上げると冬獅郎は怖い顔でを睨んでいる。

「やめとけ。阿散井を倒すようなヤツだ。お前が探したところでどうこう出来るわけがねぇだろ」
「…分かってるし、そんな事は考えてないから」
「…ほんとか?」
「う、うん…とりあえず…隊舎に戻らなきゃ。こんなとこで寝てられないし」

はそう言いながらベッドを下りると「シロちゃんは?旅禍を追うの?」と尋ねた。
今はまだどの隊も瀞霊廷を走り回っている。旅禍を見つけるまではしばらくこの騒々しい状態が続くだろう。

「ああ…松本と合流する。は隊舎で待機してろ」
「…うん」

皆が仕事をしている中、ひとり待機をしているのは気が引けたが、先ほどギンにもキツく出歩くなと言われたばかりだ。
その命令に背いて恋次の元へ駆けつけて、あげく意識を失うという失態を犯したのだから、これ以上皆の手を煩わせてはいけないと思った。

「あ、いけね、忘れてた――」

救護室を出て行こうとした冬獅郎は慌てて足を止めると、

「さっき山本のじいさんから戦時特例が出された。斬魄刀の随時携帯、全面開放も許可が出てる。念のためも斬魄刀は常に身につけておけよ?」
「…えっ?」
「じいさんのヤツ、全面戦争おっぱじめるらしい」

冬獅郎は軽く肩を竦めると苦笑いを零した。しかしはとても笑う気にはなれない。
事態はそこまでひっ迫してるのか、と驚いた。
いや、副隊長までがやられたとあれば、総隊長も重たい腰を上げざるを得なかったのだろう。
それでもが死神になってからは初めての特例であり、やはり瀞霊廷内での斬魄刀携帯は緊張するものがある。

「つーことでもすぐに隊舎に斬魄刀を取りに行ってこい」
「う、うん…でもね、シロちゃん…」
「…何だよ」

訝しげな顔で振り返る冬獅郎を見て、は先ほど一角に教えてもらった情報を話すべきか悩んだ。旅禍は絶対的な悪ではなく、ただ現世で世話になった朽木ルキアを救いに来たのだ。
戦わずとも、何か他に方法はないのかと思った。

(ダメだ…シロちゃんは幼馴染の前に隊長なんだ。こんな相談しても困らせるだけだよ…)

ルキアの刑は決定事項であり、それを簡単に覆せるわけもない。
そもそもルキアの兄である白夜が異議を唱えていないのだから、赤の他人が申し立てたところで聞いてはもらえないだろう。
と言って、大切な仲間として同じ死神のルキアを助けに来た相手と争う事もしたくなかった。

「…ごめん。何でもない」
「何だよ。変なヤツだな」

冬獅郎は笑いながら「歩けるなら早く来いよ」と言いながら部屋を出て行く。
も急いで後を追うと、冬獅郎について行く形で廊下を歩いて行った。
救護室のあちらこちらから呻き声が聞こえて来る。
それを見ていると、確かに旅禍による被害は拡大していると言っていい。
総隊長が護廷十三隊のメンツをかけて本気で迎撃しようとするのも分かる気がした。

「じゃあ…俺は行くけどはひとりで平気か?」
「子供じゃないんだから…自分の隊舎に戻るだけだよ?」
「まあ…そうだけど。武器も持ってないでウロウロして旅禍に遭遇したらまずいだろ。やっぱ送ってこうか」
「平気だってば。ウチの隊はここから近いし、万が一遭遇したら逃げるから」

心配そうな冬獅郎になるべく明るい笑顔を見せる。
今もふたりの周りを四番隊の隊士達が忙しく駆け回っている。
どこの隊も旅禍を探し回っている最中で、隊長の冬獅郎にわざわざ送ってもらうわけにはいかない。
冬獅郎は黙ってを見つめていたが、ふと息を吐くと「そっか」と微笑んだ。
が、不意にの後方へ視線を向けると「俺が心配する事もなかったな…」と苦笑した。

「え…何が?」

冬獅郎の言葉の意味を尋ねようとした時、よく知った霊圧を背後に感じては慌てて振り向いた。案の定、ギンがふたりの方へ歩いて来るのが見える。
ギンは冬獅郎とに気づくと「ああ、もう目ぇ覚ましたんやな」とホっとしたように息を吐いた。

「い…市丸隊長…」

隊舎を抜け出した事がすでにバレているのを悟ったは、慌てたように頭を下げた。
言いつけを破ったばかりか、旅禍がいるかもしれない場所に自ら出向き、あげく意識を失い、隊士達に迷惑をかけたのだ。は叱られる覚悟で「申し訳ありません」と謝罪を口にした。
冬獅郎はギンに何かを言いかけたが、これは3番隊の問題であり、自分は口を出すべきじゃないと思い直し、言葉を飲み込んだ。隊長命令に背いたのだから確実にが悪い。
の事をギンに任せるのは心配だったが、今のの上司はギンなのだから、こればかりは自分が出しゃばるわけにはいかない。

「後は…ふたりで話せ」

冬獅郎はそう言ってその場を後にしようと歩き出した。
その時、背後から「十番隊長さんがついててくれたんやね。おおきに」というギンの声が追いかけて来る。冬獅郎は応える事なく片手だけを上げると、瞬歩で姿を消した。
それを見送っていたギンは、未だ気まずそうに頭を下げたままのを見下ろし、小さく息を吐くと、その下げられている頭へポンと手を乗せた。

「とりあえず隊舎に行こか」
「…は、はい」

クシャリと頭を撫でられ、はドキっとしたように顔を上げた。
てっきり怒っているだろうと思っていたが、意外にもギンは優しい笑みを浮かべている。
はホっと胸を撫でおろすと、歩き出したギンの後を追いかけた。

「あ、あの市丸隊長…」
「…ん?」
「私を…迎えに来てくれたんですか?」
「…さっき山本総隊長から戦時特例を出されたんは聞いた?」
「はい…」
「それくらい危険な状況やし、武器も持たん部下をひとりにしておけへんやろ」
「え…」
「どうせ、目ぇ覚ましたらちゃんは勝手にどっか行くやろなぁ思たし」

そこでギンは初めて呆れたように溜息をつきながらを見下ろした。

「す…すみません…」
「まあ…言い訳は隊舎についてから聞くわ」

ギンはそう言い放つと3番隊舎に向かって歩いて行く。
他の隊士達と旅禍探しに行かなくていいんだろうかと思ったが、ギンが直々に迎えに来てくれた事は嬉しい。
それが説教の為でも、心にあった漠然とした不安を消せるならいくらでも叱られたい気分だった。
いつもの道をギンとふたりで歩いていると、旅禍騒動など嘘のように感じる。
夜空を見上げれば、ぼんやりと青白い月が浮かび、足元を照らしていて、ほんの半年前もギンとこうして一緒に歩いた事を思い出す。
たった数か月前の事なのに、随分と月日が経ったように感じられた。
今この瞬間が、いつもの日常だったらいいのに。なんて、つい意味のない現実逃避をしてしまう。
けれど時折、走り回る他の隊の隊士達とすれ違うと、一気に現実へと戻されて怖くなった。











「――ほな、斬魄刀取っておいで」
「はい」

隊舎に戻り、はまず自分の部屋へ斬魄刀を取りに行った。
これを手にするのは随分と久しぶりのような気がする。

「そっか…最後に持ったのは…橘さんと任務に出た時だ…」

手の中にある斬魄刀を見下ろしながら、あの夜の光景が脳裏を過ぎる。
すぐに目を瞑って頭を振ると、鞘から刀を出した。
光沢のある刃が、やけに眩しく感じる。
久しぶりに手にした斬魄刀はしばらく鍛錬を怠っていたせいか、やけに重たく感じた。

「…ちゃん、どないしたん?」

不意に後ろから声をかけられ、ドキっとして振り返ると、ギンが足元に寄って来たギン太を抱えた。

「い、いえ。何でもありません」

すぐに笑顔を見せながら、は斬魄刀を鞘に納めた。
暗い顔をしていては、また周りに心配させてしまう。
それではせっかく休暇をくれたギンにも申し訳ない。

「あ、あの…市丸隊長…」
「んー?」

ギンはギン太を撫でながら執務室に戻って行くと、ソファに腰を下ろした。
もその後を追って「あ、お茶淹れますね」と、いつものように茶葉を急須へと入れる。
こんな些細な事すら懐かしいと思える。
こうして以前と同じようにお茶を淹れていると、心が落ち着いて来る気がした。

「おおきに」

湯飲みをギンの前に置くと、ギンは抱えていたギン太を床へ下ろしてお茶を一口飲む。

「はあ…生き返るわ…瀞霊廷戻ってからバタバタして疲れたし」

ギンは苦笑交じりで言いながら、向かいに座ったを見た。
は姿勢を正し、目の前のギンを見つめると、もう一度「さっきは言いつけを守らず、本当にすみませんでした」と頭を下げる。
少しでも役に立ちたいと思っての行動が、逆に迷惑をかける羽目になってしまった。
それを見たギンは「何でそんな無茶するん?」と溜息をつく。

「仲間が働いてる時にひとりで待機してるんキツい思う気持ちも分かるけど…言うた通りちゃんはずっと休んでた身ぃや。それでいきなり得体のしれん旅禍を相手にするのは無茶やろ」
「…はい。ただ…情報を集めるだけなら危険はないかと思って、一角さんに旅禍の事を聞きに行ったんです」
「それはイヅルに聞いた。何や、そこで十二番隊長さんとモメたとか…」
「あ…あれは…涅隊長が怪我人の一角さんに乱暴しようとしたので止めようと…」

言いながら、ギンの表情がだんだんと曇って行くのを見て、の言葉が尻すぼみしていく。
やはり他の隊の隊長とモメたのはマズかっただろうか。の脳裏にそんな後悔が浮かぶ。
しかしギンは「ちゃんが十二番隊長さん止められるわけないやん…」と苦笑いを浮かべた。

「でもまあ…ケガなくて良かったわ…」
「…え?」
「あの人は相手が護廷十三隊の仲間やろうが、女の子やろうが関係なく平気で暴力をふるう人やから心配なるやろ」

てっきり呆れているか怒っているかと思えば、ギンは心配してくれてたようだ。
はホっとするのと同時に、ギンの気持ちが嬉しかった。
瀞霊廷に戻ってからはギンの様子が少しおかしいと感じて不安だったのだが、今はいつものギンのように見える。

「…でも更木隊長が助けてくれて…」
「ああ、ほんでその十一番隊長さんにくっついて行ったんやろ?もしあの人の戦闘に巻き込まれてたらどないするつもりやったん。大怪我どころの話やないで、ほんま」
「は、はあ…。すみません…。旅禍を一目見たら帰ろうかと……」
「やっぱし」
「重ね重ね、本当に申し訳なく…」

ギンの目が更に細められたのを見て、は首を窄めながらシュンと項垂れた。
良かれと思ってした行動が、最後は自分の好奇心を優先させて危ない場所へ行ってしまったのは確かに良くない事だったと反省する。
五席の立場で隊長の命令に背くなんて本来なら許されない行為だ。
やっぱり説教されるだろうかと思って黙っていると、不意にギンが口を開いた。

「で…もう大丈夫なん?」
「…え?」

怒っているのかと思っていたが、ギンはふと心配そうな顔でを見つめた。

「ケガをした阿散井くんを見て…意識を失ったんやろ。嫌なこと思い出したんちゃうの」
「……それは…」

確かに血まみれで倒れている恋次を見て、橘や日向の事が頭に浮かんだ。
やはりそう簡単に忘れる事など出来ないんだと実感させられる。
けれど、隊士を続けている以上、あんな場面はこれから何度でも見るだろうし、ここを乗り越えないと前には進めない。

「まあ…そないに簡単には消えへんわな」
「………すみません」
「謝るとこちゃう。心の傷なんて誰でも持ってるもんやし…恐怖は隊士やってる限り、どこにでもついて回る」
「…市丸隊長、私…」

負けたくない。こんなところで心を折られていたら死んでいった仲間達に顔向けが出来ない。
そう思いながらも言葉を詰まらせると、ギンがふと立ち上がり、の隣に座った。

「我慢せんでええし、何でもかんでも一人で悩むのはアカンで」
「市丸隊長…」

ポンポンと優しく頭に手を置かれ、自然と心臓が早鐘を打つ。
思えばこうしてギンとふたりきりで話すのは、あの料亭以来だ。

「我慢強いのはちゃんのええとこや。でもボクは弱いちゃんも可愛い思うけどなぁ」
「か…かわ…っ?」
「ほーら、そうやって赤なるんもかわええとこやん」
「……市丸隊長…からかってます?」

クックと笑いを噛み殺しているギンを見て、の頬が更に熱を持つ。
ギンがこういうノリで来る時はだいたいがの反応を見て楽しんでいる、とも気づいている。けれど、それが嫌だというわけではなく、ギンとこんな風に話せるのは、にとって嬉しい事に変わりはない。

「からかってへんよ。ほんまにそう思てるから言うてるだけやし」
「……嘘ばっかり。口元が笑ってます」

ジロリと睨みつければ、ギンが慌てたように口を塞ぐ。
その姿にも軽く吹き出した。

「ほら、からかってる」
「いや、別にからかって笑ってたんとちゃうし」
「もぉ…分かりました。今夜は大人しくここで待機してます」

苦笑するギンに、も観念して両手を上げる。
わざわざ隊長であるギンがこうして傍にいてくれるのは、また無茶をしないか心配してるからだと思ったのだ。
現にがそう言うと、ギンはニッコリ笑みを浮かべて「ええ心掛けやな」と言った。

「なので…市丸隊長は吉良副隊長と合流して下さい」
「え、何で」
「何でって…旅禍を探すんですよね」

キョトンとした顔のギンを見てが尋ねると、ギンは「あんなのイヅル達だけで大丈夫やろ」と笑っている。でも今は戦時特例発動中なのだから、隊長格は全員が旅禍の迎撃に出ているはずだ。

「市丸隊長は行かなくていいんですか?」
「ボクは今夜ここで可愛い部下が抜け出さんよう見張らなアカンし」
「…も、もう抜け出しませんってば」
「二度も言いつけ守らんかった子をボクが信用する思う?」
「…う…」

ちろっと横目で見られ、は再び首を窄めた。
するとギンは不意に真剣な顔で窓の方へ視線を向けると「今夜は…ほんまに出歩かん方がええねん」と呟く。その言葉の意味が分からず「どうしてですか?」と尋ねたが、ギンはただ笑うだけだった。

「という事で、ボクもおるしちゃん疲れたなら休んでもええよ」
「え、た、隊長に待機させて私だけ眠れませんよ…」
「そうなん?ほな…朝までお喋りでもしよか?」
「あ…朝までって…」

本当に隊舎に泊るつもりなのかとは驚いたが、ギンは「あ、隊士の子からもろたお菓子あんねんけど食べる?」と立ち上がった。
その様子を見る限り、さっきの台詞は冗談などではないんだと分かる。
としてはギンと一緒にいられるのは嬉しいが、ふたりきりという空間に朝まで耐えられるかどうかが問題だった。

「はい。これちゃん好きやろ」
「あ…草薙亭のおせんべい!」

脳内でアレコレ考え動揺していても、食べ物に釣られてしまう自分を呪う。
ギンは嬉しそうにしているを見て、やっぱり笑いを噛み殺していた。

「ほな、お茶淹れ直してくれる?」
「はい」

執務室でのいつもの風景が戻って来たようで、は少しだけ浮かれていた。
窓の外で朧気だった月が今はハッキリとした青白い光を放っていて幻想的だ。そして目の前には愛しい隊長がいる。にとっては、いい夜だった。
ギンと他愛もない話をしては笑って、久しぶりに穏やかな時間を過ごしていた。

「ああ、もうこんな時間や…」

ふと時計を見れば午前4時を過ぎようとしている。
夜空を照らしていた月も姿を隠し始め、東の空が白み始める頃だ。
ふと見れば、ソファに座っていたがうつらうつらとしていて、ギンは自分の羽織を脱ぐとそれを肩にかけてやった。
多少元気になったものの、今日一日で色んなことがあって疲れたのだろう。
次第に体が横へ傾いて行くのを見て、ギンは苦笑しながらもの体を支えると、ソファにそっと寝かせた。

「あと数時間もしないうちに夜が明けそうやな…」

独り言ちながらギンが窓の外へ目を向ける。
愛染の計画が遂に始まる朝でもあった。
ギンにとっては、またひとつ、が遠くなっていく始まりでもある。

「……あんまし時間がないんやなぁ…」

再びへ視線を戻すと、ギンはそっとの柔らかい髪を撫でる。
あの夜も、こうして眠っているの頭を撫でて、夜明けまで寝顔を眺めていた事を思い出した。
料亭で想いを告げ合った夜の事を思えば、とうになくしたはずの、心が痛む。
突き放そうと何度も思うのに、またこうして自分の前に現れてしまえば、決意も揺らいでしまうのだから嫌になる。

「はぁ…愛染隊長…恨みますよ、ほんま」

を呼び戻したことさえ、愛染の思惑であろう事は分かっている。
けれど、ギンの心は未だに迷いがあった。
本当の自分を知られたら――。そう思うだけで情けないほど弱くなる。

「お前はええなぁ…の傍に好きなだけおれるんやから」

甘えて来たギン太を抱き上げ、そのモコモコの頭へ軽く口付ける。
そして夢の中へ堕ちて行ったの唇にもそっと口付けると、ギンは静かに執務室を後にした。

朝の瀞霊廷に雛森の悲鳴が響くのは、今から数時間後の事だった―――。




BLEACH新作アニメ記念でBLEACHかきたいと思ったんですが、やはりギンさまかなと…笑
気が遠くなるほど久しぶりの更新ですが、ちょっとリハビリもかねて短めに繋ぎ的なお話です(;^_^A
BLEACHの世界観やストーリーの流れなど思い出すために原作や自分の作品を読み返す作業で時間取られるので過去の作品はなかなか手が付けられず申し訳ないです💧