悪夢とは、こういう事を言うんだ。
たった今まで目の前で普通に息をしていた奴らが、今はただの肉の塊となって床に転がっている。
これまで散々、死体を目にしてきたし、殺した人間だっている。
だが数秒で、血も流さず、しかも自分の手を汚さず、人間を殺せるんだという事実を目の当たりにして、やはりキラは放ってはおけない、と確信した。
「ぁわわ…な、何だよ、これ…」
生き残った数人の仲間が、目の前の状況に驚愕し、震えている。
モニターには完全防備した警察が建物を囲んでいて、中に入ろうとしているのが映っていた。
(チッ…シドウめ…使えない奴だ)
俺は倒れたロッドの腹の下に、あの殺人ノートが落ちているのを見て、未だ震えている奴らに声をかけた。
「ロイ、スキア。ノートを取られるな。モニター室に持ってこい」
それだけ言い残し、モニター室に向かいながらに電話をかける。
彼女だけでも建物の外に逃がさなければ、これから俺がやろうとしている計画を実行出来ない。
手の中にある、ロッドからもらったキーと住所が書かれたメモをポケットに突っ込み、が出るのを待つ。
「…クソッ。何で出ない…」
何度鳴らしても空しい音が鳴り響くだけで、軽く舌打ちをする。
もしかしたら、まだ怒っているのかもしれない、と、今度はアネットの携帯に電話をかけた。
彼女に頼んでを連れ出してもらおうと思ったのだ。
一回、二回、三回…
コールが続く中、俺はモニター室へと飛び込んだ。
プルル…プルルル…
静かな部屋に携帯の音が鳴り響く。
メロからだと分かっていた。
けど、動く事も出来ず、私はただ目の前で起きた惨状に呆然としていた。
(何…何が起きたの…?)
たった今まで興奮した顔で覆いかぶさってきた男が床に転がっているのを見て、頭が混乱していた。
急に動きが止まったかと思えば、次の瞬間、苦しげに顔をゆがめ、胸をかきむしった後、ゴロリと私の上から下へ転がったのだ。
「まさか―――」
人が急に倒れ行く様は覚えがある。
数年前、愛しい恋人も、同じように倒れ、床に転がった。そんな思い出したくもない、あの光景が脳裏に過ぎる。
「L…」
何かが起きている。
私の中の何かがそう告げていた。
慌てて起きようとして手足の痺れが薄れていることに気づく。
これなら、後数分で動けるようになるかもしれない。
そう思った瞬間、今度はアネットの携帯が鳴り出し、ハッとした。
彼女は先ほど男に蹴られ、気を失ったまま床に倒れている。
(この電話もメロからかもしれない―――)
そこで正気に戻り、「アネット!」と彼女を呼んだ。
「アネット…気がついてよ!アネット…!」
僅かに動く体を移動させながら、何か彼女に向かって投げるものはないかと視線を走らせる。
その時、指先に何か硬いものが触れ、握ってみると、それは死んだ男の物なのか、ジャラジャラとした沢山の鍵の束だった。
それをそっと握ると、何とか手にも力が戻ってくるのが分かり、少しづつ握る力を強めていく。
まだ強く握る事は出来ないが、アネットのところまでなら投げられそうだ。
彼女の体のどこでもいいから当たって―――!
そう願いながら手にした鍵をアネットに向けて投げる。
弱々しいながらも飛んだ鍵は、運良くアネットの胸元へと落ち、かすかに彼女の顔が動いた気がした。
「アネット…?!」
「……ん…」
かすかに目が開き、ゆっくりと視線を彷徨わせたアネットは、目の前で倒れている男の顔を見て、「きゃっ」と短い声を上げた。
「な、何…グレン…?」
「アネット!お願い、電話に出てっ」
「あ…さん…?もしかしてさんがグレンを―――?」
「後で説明するから電話!メロからかもしれないっ」
「え?あ…」
さっきから切れては何度も鳴る携帯に、アネットが気づき、慌てて通話ボタンを押している。
「もしも…あ、メロ?!あの私、とんでもない事―――え…?嘘…でしょ?」
電話に出たアネットは驚いた顔で私を見た。
「うん…分かった…。すぐ出るわ。今、さんと一緒なの。任せて」
アネットはそれだけ言うと、すぐに電話を切り、私の方に歩いて来た。
「どうしたの?何があったの?」
「警察が突入してきたみたいなの。今、一階の方を固めてるから、メロがさんを連れて、ここから逃げろって」
「え、警察…何でこんなに早く居場所が?」
「それは分からないけど…でも早く逃げないと…さん、動ける?」
「え、ええ…もう大丈夫みたい…」
手足の感覚がはっきりと伝わって来て、私はそっと起き上がった。
するとアネットが着ていたパーカーを私の肩にかけてくれた。
「これ着てて?ごめんね…こんな目に合わせて…」
あの男に引き裂かれ、半裸状態だったから、素直にそれを借りてジッパーを首まで上げた。
「いいの。あの男にも何もされてないし…急に死んじゃったから」
「…もしかして…キラ…?」
「ええ、多分。あの死に方は心臓麻痺だったと思う」
「そう…自業自得ね」
アネットはそう言うと床に倒れている男を睨みつけた。
「それより急ごう、さん。警察がここまで来る前に」
「で、でもメロは?」
「先に逃げろって。メロはやる事があるみたいで」
「そんな…メロだけ残して逃げられない…!」
そう言うとアネットは軽く目を伏せた。
「メロは…この建物を爆破する気よ?ここにいたら巻き込まれるだけ。メロは上手く逃げるわよ…ね?」
そう言われて言葉に詰まる私に「…歩ける?」とアネットは腕を支えながら、肩を貸してくれた。
「メロが車に乗って待っててくれって。すぐ脱出するからって言ってたから大丈夫よ」
「うん…」
何とか動くようになった足で部屋を出る。
メロは無事みたいだが、他の皆はどうしたんだろう?
あのグレンとか言う男が死んだのだから、きっと他にも死んだ者がいるのかもしれない。
「やっぱり、あんなノート持たなきゃ良かったのよ…」
「え?」
不意にアネットが呟いた言葉にドキっとした。
「ノート…?」
「うん…メロはさんに言えなかったみたいだけど…キラが使ってるのと同じノートを手に入れて、それで人を殺せるって…」
「…な…どこからあれを…っ?」
「え、っと…日本警察の夜神って人の娘を浚って、その子と交換したって聞いてるけど…」
「―――ッ?」
その言葉に私は思わず息を呑んだ。
夜神…そして人を殺せるノート…
そんなもの、あのノート以外にない。
Lがヒグチから奪い、保管していたもの。
そしてLを死に追いやった死神のノート…あれをメロが…?
ドクンと心臓が大きく跳ねた。
それで納得がいった。
メロが妙に忙しそうにしてた事も、私に何か言いたそうにしていた事も、居場所がすぐバレてしまう事も、皆が殺された事も――
そして、やはりあの男がキラだという事を確信する。
夜神ライト…
二代目Lを名乗り、警察に身を置くあの男なら…メロと一緒に行動している者達を調べるなんて簡単だろう。
彼らは大きな組織だったらしいし、FBIの資料から探せば、顔と名前が分かるはずだ。
そしてノートの持ち主が誰であるかも…
その人物を操り、仲間の居場所を報告させ、そして殺す…
メロの周りにいる邪魔な仲間たちも顔と名前が分かる人間全て、ノートに書いた。
その後に突入……
あの男の目的はアメリカナンバーワンのマフィアを壊滅させる事ではなく、ノートの奪還と…全てを知りすぎているメロの命―――
キラはメロが何を知ったか、と恐れているはず。
Lがもう後、少しで手が届くはずだった真実を知られていないか、と。
今、メロを殺したくて仕方ないだろう。
でも出来るはずはない。
私でさえ知らない、メロの本名…。そしてキラはメロの顔すら知らないのだから。
(でも、だからこそ、こんな無茶をしてまで突入を…?)
「メロが…危ない」
「え?」
「もし奴らの中にキラに繋がってる奴がいたとして、その人物が死神の目を持った奴だったらメロの本名がバレてしまう…っ」
「えぇ?!死神の目?って…そう言えばジャックが取引したとかいうアレ?って言うかメロって本名じゃないんだ…」
アネットは驚いたように目を丸くした。
「アネット…ごめん、私行かなくちゃ…」
「えっ?ど、どこに―――」
「メロのとこ!もう体は動くから大丈夫よ」
「で、でも危ないよっ」
「大丈夫!奴らにメロの姿を見せるわけには行かないの!メロはどこにいるの?」
「え、ちょっと待って…姿見られちゃいけないって、でも相手はキラじゃなくて日本の警察なのに―――」
「そうよ。でも彼らの中にキラはいる…。万が一の事を考えて顔は見せない方がいいの。お願い、メロがどこにいるか教えて?」
必死に訴えると、アネットは驚いたような顔で私を見つめた。
「モ、モニター室…。奥の階段を下りて、向かって右奥の部屋…」
「ありがと!アネットは先に車に乗ってエンジンをかけて待ってて!」
それだけ言うと、私は廊下を走り出した。
完全に手足の感覚が戻り、痺れも感じられない。
メロに言わなくちゃ…私の知ってる事を全部…
じゃないとメロは真実を知るまで、この危険なゲームを終わらせようとはしない。
Lは自分の直感よりも証拠を優先させた。
結果、キラ=夜神ライトに辿り付く前にあんな事に…
でもメロなら…証拠を固め、キラを追い込むという方法は取らず、直接キラを叩くだろう。
証拠だとか、13日のルールのアリバイだとか、そんなものはどうでもいい。
どれが嘘で、どれが真実なのか、暴く時間はない。
これ以上、キラを野放しにしておく事は、メロをも危険にさらすだけだ。
私は怖かった。
あの死神の事を思い出すのが凄く怖かった。
ハッキリ言えば今でも怖い。
でもメロを失う事がそれ以上に怖いのだ。
大切な人を目の前で殺された痛みは、今もこの胸にあるから―――
一気に階段を駆け下り、廊下を右に曲がる。
その時、足音がして振り向いた先には銃を持った全身黒づくめの部隊がいてハッと息を呑む。
「おい、止まれ!!」
静止の声を振り切り、そのまま奥の部屋まで走っていく。
それと同時に中からドアが開き、腕が伸びて私を凄い勢いで中へと引き込んだ。
「…バカ!何しに来た?!」
「…メロ…」
私の腕を掴んだまま、メロは怖い顔で怒鳴った。
きっとモニターで私の姿を確認し、ドアを開けてくれたんだろう。
中に入ると、数人の死体が転がっていて思わず目を背けた。
「アネットと先に車に乗ってろって言っただろっ」
「…ごめん!でもメロが心配で…」
「俺なら大丈夫だ!今からこれを使って奴らを威嚇する。だから―――」
「聞いて、メロ!奴らに顔を見せちゃダメ…!もしあの中に"目を持つ者"がいたら―――」
「…?!」
私の言葉にメロは驚いたように振り返った。
「メロも、もう分かってるんでしょ?アネットに聞いた。ノートを手に入れたって…」
「………」
「私も…知ってるの…。死神の存在も…死神の目を持っていれば、顔だけで本名が見えてしまう事も…」
「……」
「ごめんなさい…今まで黙ってて…。でも思い出すのが怖くて―――」
そこまで言った時、メロが私を抱きしめた。
「いい…。分かってる」
「…メロ…」
「今は話してる時間はない。ドアの向こうには警察がわんさといる」
「うん…」
「心配するな。絶対に捕まらない」
メロはそう言って笑みを浮かべた。
その言葉だけで安心するなんて、私もゲンキンだなと思う。
(ただ、さっきの声…)
ふと、ここへ入る前、止まれ、と言った声には聞き覚えがあった。
あれは多分…
「メロ…今、来てるのは―――」
「ああ。夜神だろ?分かってる」
「あ…そっか、メロ、夜神さんの娘を浚ったって…」
「チッ…アネットの奴、ホントおしゃべりだな…」
メロは軽く舌打ちして、チョコを噛み砕いた。
が、改めて私の格好を見ると、急に怖い顔になり、「どうした?その格好…」と眉を顰めた。
「あ、こ、これは…」
「このパーカーアネットのだろ…?」
「い、色々と事情があって…後で話すから…」
慌ててそう言うとメロは訝しげな顔をしていたが、「分かった」とだけ言ってモニターに目を移した。
今ここでグレンの事を話す必要はない。
それに本人はすでに死んでしまっている。
そう思いながらパーカーの前をぎゅっと合わせた。
あんな事にならなければ、私はきっとあの男に襲われ、殺されていただろう。
その恐怖がかすかに残っている。
思い出しゾっとしながら軽く頭を振った。
「クソ…ノートが…」
「え…?」
メロの声でモニターを見れば、仲間の二人が確保され、あのノートが奪われてしまったようだ。
「後は俺だけか…」
メロはそう呟くと、手に持っていた黒いリモコンのようなものを握り締め、「今から入り口を爆破する」とだけ言ってスイッチを押した。
その瞬間、ドォォンという音が響き、建物が僅かに揺れる。
廊下にいる警察達も、今の爆破で隊が崩れ、数人が瓦礫の下になったようだ。
それを見ながらメロはマイクを入れた。
「二つある出入り口は爆破した。もうお前たちは簡単にここから出られない」
廊下にいる数人は、その声に反応し、辺りをキョロキョロしている。
「今のは脅しだが次はアジト全体を爆破する。お前たちの動きはモニターで観ている。爆破されたくなければ、こっちの指示に従え」
そこまで言ってメロはチョコを咥えると、「第一の指示だ。全員マスクについているカメラを壊せ。全ての武器も下に落とせ」と指示した。
メロの言葉どおり、皆はカメラを壊し、武器を下に落としていく。
それでも何となく不安で、メロの服を引っ張ると、彼は大丈夫だという顔で頷いて見せた。
「よし。一人がノートを持ち、他の者は後ろに下がれ。ノートを持った者はドアの前に来てマスクを取れ」
その指示に一人の男がノートを手に、ドアの前に立つ。
そして、ゆっくりマスクを外した。
「……っ」
その男の顔を見て息を呑む。
私にとったら、とても懐かしい顔がそこにはあった。
「ははは…。やっぱり、また夜神か…。殺しておくべきだったか?だが、またお前と二度までもノートの取引をする事になるとは面白い」
夜神さんの顔を確認して、メロが失笑した。
が、私は嫌な予感がして、メロに首を振った。
「ダメよ、メロ…。何か企んでるのかも…」
「…大丈夫だ。ノートを取り返せば、すぐ脱出する」
そう言ってメロは再びマイクに向かった。
「中に持って入るのはノートとマスクだ。さぁ、入って来い」
メロの言葉に夜神さんが一歩前に出たのを見て、私は咄嗟にドアまで走り、ドアノブを押さえた。
「おい、…?何して―――」
「夜神さん!入る前にマスクをこちらへ!」
「…っ?」
私がドア越しにそう叫ぶと、「…君は?」という声が返ってきた。
「すぐに分かるわ。いいから言われたとおりにして」
「、何してる…っ」
私の行動に驚いたのか、メロがこっちへ歩いて来ようとした。
「来ないで!まだダメっ」
「……っ?」
「どんな相手だろうと、誰にもメロの顔を見せないで。彼らの中に死神の目を持った人がいるかもしれない」
「…何だって…?」
その言葉に足を止めたメロに、私は小さく頷き、ドアを少しだけ開けた。
「少しでもおかしな事をしたら爆破する。早くマスクをこっちに」
「…分かった」
すぐ傍で聞こえる夜神局長の声は戸惑っているようだった。
ノートを欲しがっているはずが、先にマスクを渡せと言っている事をおかしく思っているのだろうか。
少し間があったが、ドア越しにマスクを渡され、それを受け取ると、一度ドアを閉めた。
そしてそれをメロの方へ渡す。
「これ付けて」
「…俺だけか?は―――」
「私は大丈夫。彼らとは前にも会ってるし、もう本名を知られてるわ」
「でも―――」
「お願い。もう誰も失いたくないの…」
「……」
真剣にそう言うと、メロは軽く目を伏せ、小さく頷いた。
メロがマスクを付けたところで、もう一度ドアを開けて、「入って」と夜神局長を促すと、「、こっちに来い」とメロに腕を引っ張られる。
「奴が少しでもおかしな動きをしたら、これを押す。俺の傍にいろ」
「う、うん…」
その時、静かに夜神局長が中へと入って来た。
両腕を上げ、左手には、あのノートを持っている。
「ノートをここへ持って来い。そしてお前は人質だ」
メロの声に夜神局長がゆっくりと顔を上げる。
が、私の顔を見た時、ハッと息を呑み、瞳を見開いた。
「…ちゃんか…?」
「…お久しぶりです。夜神局長…」
真っ直ぐに彼を見据えると、夜神局長は腕を静かに下ろし息を吐き出した。
「生きて…いたのか…」
「はい…。勝手にいなくなってすみません」
「いや…竜崎とワタリの…遺体をワイミーズハウスへと搬送した時に君の事を探したが日本から出た後だった…」
「…そう…ですか…」
Lとキルシュがワイミーズへ戻った事を知り、心の底からホっとした。
やはり、あの場所は皆にとっての故郷なのだ。
私と、メロにとっても―――
「しかし…何故君が彼と…?」
「…彼ともワイミーズで一緒でしたから」
「だが彼は犯罪者だ。何故マスクをつけさせ守る必要がある」
「夜神…おしゃべりはそれくらいにしてノートを渡せ」
メロがスイッチを翳しながら一歩、前へと出た。
だが夜神局長はノートを隠し、「もう諦めるんだ…。周りは包囲している。逃げられん」と首を振った。
「大人しく捕まれば殺しはしない」
「はっ!信じられるか…。いいからノートをよこせ」
そう言いながらメロが手を差し出すと、夜神局長は僅かに眉を寄せ、私を見た。
「ちゃん…彼を説得してくれ…。こんな事をしたって―――」
「に構うな」
「…よほど彼女が大事と見えるな…」
「うるさい。余計な事はいいからノートを―――」
「では…彼女の名前をノートに書く、と言ったら?」
「―――ッ?」
夜神局長の言葉に、メロの足が止まった。
「君が捕まる気がないのなら…不本意だが彼女の名前を書く」
「…脅しのつもりか…?書く前に爆破する事くらい簡単だ」
「……どうかな…」
夜神局長はそう言うと、ゆっくりとノートを開き、ペンを持った。
それを見てメロが僅かにスイッチを握り締めたが、私が慌てて彼を止めた。
「やめて下さい、夜神さん。そんな事をしても無駄です」
「私は本気だ…。君には悪いが彼に手を貸してるのなら共犯として扱わせてもらう。
どうやら君は本名のようだ」
「……っ?」
その言葉にハッとした。
確かに私は本名だが、Lが彼らと合流する際、偽名を使うに当たって、私は
敢えて本名だ、とは彼らに告げてはいない。
なのに何故、夜神局長は私が本名だと気づいたのか…
答えは一つしかない。
「夜神さん…あなた…死神と取引しましたね」
「……っ?」
彼の返事を待つまでもなく、表情を見れば、それは明らかだった。
(良かった…メロにマスクを渡したのは間違ってなかったんだ…)
半信半疑だったものの、それが当たっていたと知って心の底からホっとした。
と、同時に夜神局長までが何故?と疑問が残る。
あの男は実の父親でさえ利用しているという事だろうか。
私の言葉にメロも驚いたように後ずさった。
もし顔を見られていたら、すぐにメロの本名がバレていただろう。
「夜神…お前まさかキラと…?」
「そんな事はどうでもいい…!彼女を殺されたくなかったら大人しく降参しろっ」
夜神局長の額には汗が滲んでいて、ペンをかすかに走らせるのを見た。
ソレを見て、メロが「やめろ!これを押すぞ?」とスイッチを翳す。
「やりたければやれ」
「―――ッ?」
「私はもう命など惜しくはない。ここでお前と一緒に死ぬなら本望だ」
「……カッコつけるなよ、夜神。お前が良くても他の隊員はどうなる?犠牲にしていいのか?」
「私の部下だ。皆、覚悟は出来ている」
「…………」
「それに爆破しても完全武装している私達の方が生き延びる確率はある。が、お前と彼女はどうだ?助かりたいなら捕まるしかない」
「…なら私の名前を書いて下さい」
「……っ?」
「―――!」
メロの前に立ち、そう言い放つと夜神局長の手がピクリと動いた。
「もう途中まで書いてるんでしょう?なら、最後まで書いて」
「、何を言ってる…!」
「………」
「私はメロの足手まといにはなりたくないの」
「そんなこと思ってない!」
「いいの。―――夜神さん…あなたは何も分かってない」
真っ直ぐ彼を見つめると、夜神局長は僅かに眉を寄せた。
「分かって…ない?」
「ええ…どうせ二代目Lとかいう男に指示されて動いてるんでしょう?それすら間違えてるわ」
「……何っ?」
「でも言っても無駄だっていうのも分かってる。だから、ここで殺されてあげるわ。Lと同じ方法でなら本望」
「…!」
メロに腕を掴まれ、その痛さに顔を顰める。
「バカなこと言うな…!は俺が助ける―――」
そこで言葉が切れた。
メロの視線は私に向いておらず、夜神局長の背後へと向かっていた。
その瞬間、床に倒れていた組織の男がゆっくりと起き上がり、夜神局長の背中に銃を向けるのを、まるでスローモーションのように見ていた。
「夜神さん…!!」
そう叫んだのと同時に激しい銃声が部屋の中に響き、私は耳を塞いだ。
が、すぐにドアの方でも銃声がして、メロが私の腕を引き寄せる。
「ホセ!ノートを!」
「ダメだ!コイツ、ノートを放さない!生きてるのか?!」
床に倒れている夜神局長はピクリともせず、私は足が震えてきてメロの腕にしがみ付いた。
「すまない、…。こんな所を見せてしまうなんて―――」
「……夜神さん…私の名前を書く気なんてなかった…」
「え…?」
「そういう人なのよ…」
そう呟いた時、ホセという男がノートを放さない夜神局長の頭に銃を向けるのが見えた。
「やめて―――!」
バンッ
その時ドアが勢いよく開けられ、中に武装した警察官達がなだれ込んできた。
そして銃を向けたホセという男を一瞬で撃ち殺すと、今度はこっちに銃口を向ける。
メロは私を腕の中に隠し、スイッチを彼らへと翳した。
「観念しろ、メロ!スイッチを捨てるんだ!」
その声を聞いた時、メロが私を包むように抱きしめた。
「…俺にしがみ付いてろ…。スイッチを押す」
耳元で聞えた声に小さく頷き、ギュっとメロの胸に顔を押し付ける。
メロは椅子にかかっていたジャンパーを取り、ソレを私の頭の上からスッポリかぶせると、大きく息を吸い込み、スイッチのボタンを躊躇うことなく押した―――
一瞬、何が起きたのか分からなかった。
凄まじい爆音と共に、舞い上がる熱風と煙。
視界が遮られ何も見えない中、耳鳴りまでして聴覚を脅かす。
それでも私を抱く腕の強さだけはハッキリと覚えていた。
「…ゴホッ…」
一気に口の中に空気が入り込んで思い切り咳が出る。
僅かに動く両手の感覚にホっとして、ゆっくりと瞼を開ければ、辺りは真っ赤に染まり、まるで昼間のように明るかった。
「メ、メロ…」
どうやら雑草の間に倒れているようで、チクチクとした痛みを頬に感じ、それを手で払うと、
何とか起きようと体を動かし、そこでハッとした。
「メロ…?」
視線を動かすと、私の隣にはメロが倒れていた。
顔中血まみれで、頬半分は焼け爛れているように真っ赤に染まっている。
その姿に心臓がドクンと嫌な音を立てた。
「嘘…嫌よ、メロ…!メロ…!起きて!」
そんな状態でも、まるで私を守るように抱きしめているメロを思い切り揺さぶった。
見れば少し離れた場所が真っ赤に燃えていて、大きな声が聞こえてくる。
きっとメロはここまで私を運び、意識を失ったんだろう。
「待ってて…メロ…。今度は私が助けるから…」
ぎゅっと抱きしめている腕を放し、体を動かす。
「ぁ…っ」
その時、腕や足に激痛が走り、その場に倒れこんだ。
「痛…」
見れば私も傷だらけで手足は火傷や切り傷で血まみれだった。
だが両目は見えていることに少しだけホっとする。
(これくらいなら何とか動ける…大丈夫…)
「く…っ」
無理やり痛む体を起こし、倒れて意識を失っているメロを抱き起こす。
近くで見ると彼の傷は相当深いようだ。
「死なないで…メロ…」
一度ギュっと抱きしめ、涙を堪える。
これまで何度もメロに助けてもらった。
今度は私の番だ。
もう一度、アジトの方に目をやると、声は次第に多くなり、警察官達がウロウロしているのが分かる。
この状態ではアネットも捕まっているかもしれない。
なら、どこかで車を手に入れ逃げるしか―――
「誰…?そこに誰かいる…?」
「―――ッ?」
いきなりアジトとは反対の方から声が聞こえてビクっとした。
が、今の声は…と顔をあげ、「アネット…!」と小声で呼んでみる。
すると、ガサガサ…と音がして、アネットが顔を出した。
「さん!メロ…!」
「アネット…良かった…無事だったのね…!」
「それはこっちの台詞!凄い傷じゃない…!」
真っ青な顔で駆け寄ってきたアネットは私の腕の中でグッタリしているメロを見て更に泣きそうな顔になる。
「と、とにかく車で運びましょ?!向こうに止めてあるからっ」
「う、うん。じゃあ手を貸して…」
「OK…!」
アネットはそう言ってメロの肩を担ぎ、私ももう一方の肩を何とか担いだ。
動くたびに傷がズキズキと痛み、力が抜けそうになるのを何とか堪え、車の入る場所までメロを運ぶ。
「ちょっと待ってて!今すぐ車、持って来るから」
アネットは車まで一気に走ると、すぐに目の前まで乗り付けてくれた。
そして、また二人でメロを抱え、後部座席へと寝かせる。
私も一緒に後ろへと乗り、メロの頭を膝の上に固定させ、ハンカチで血を拭いながらマスクの破片を取っていく。
「早く傷の手当てしないと…」
「でも病院に行けば、すぐ足がついちゃうよ?どうする?」
「とにかく車出して。ここから離れなきゃ…」
「そ、そうね!」
アネットはそう言うと、すぐに車を発車させ、「とりあえずロス郊外に逃げましょ」と夜の道を走らせた。
「何か冷やす物がいるわ?もし途中で店があったら止めてくれる?」
「了解…!」
そう返事をしながら、どんどんスピードを上げていく。
後ろを振り返れば真っ赤な炎が少しづつ遠くになり、やがて見えなくなった。
結局ノートは取り返せなかった。
でも…夜神局長が死神と取引をしてた事は明白で、彼らにはキラがついてると分かった。
と言っても…きっと夜神さんも、まさか息子がキラとは思わず動いてたんだろう。
どうやったのかは知らない。だが分かる。夜神ライトは自分の父親すら利用する、ただの人殺しだという事も。
(何が正義よ…。あんなやり方…正しいはずない…)
ぎゅっと唇を噛み締め、メロの爛れた髪を撫でる。
あんなにサラサラだったのに、今は焼けて毛先がボサボサになってしまっていた。
マスクをしていても、これほどの怪我を負っているのに、何故私は…
ううん、考えるまでもない。
メロが私を守るため、自分の体で私を庇ってくれてたんだ…
そう思ったら涙が溢れてきた。
再会してからずっと、メロはこんな風に私を守ってくれてた。
Lを失い、気力まで失った私を、必死に探し出し、守ると約束してくれた。
なのに…どうしてメロの気持ちを疑ったりしたんだろう―――
さっきの出来事を思い出し、涙が頬を伝っていくと、メロの唇に落ちる。
それをそっと拭いながら、触れるだけのキスをした。
「ごめんね、メロ…」
あのキスは、愛情は、間違いなく私へのものだったと、今なら確信できる。
「メロ…お願い…私を置いていかないで…」
許されるなら、まだ傍に
だんだん佳境ですか…?(聞くな)
昨日は大掃除のため、何も更新出来ませんですみません(;^_^A
なので今日はパパっとメロ夢なんぞ…
思いついてる辺りは早いんです(笑)
今日も嬉しいコメントを頂いております(>д<)/
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●切なさの中にある甘さとか幸せだとか、そういったものにいつも心があたたかくなります。ありがとうございます。
(そんな風に言って頂けて大感激ですー(*TェT*)此方こそ心が温まるコメントをありがとう御座います!)
●自分の中で一番心に残った作品でした。メロと幸せになってほしい…
(い、一番ですか!そんな事を言って頂けて私が幸せで御座います!(>д<)/)
●ヒロインとメロの想いが切ない!でも好き!(笑)
(せ、切ないのが好物な管理人です(笑)でも好きと言って頂けて嬉しい限りですよー(´¬`*)〜*
●此方のメロが男前で大好きです〜!!ヒロインがメロに惹かれていくプロセスがとても素敵ですvv
(お、男前ですか!うわーそんな事言ってもらえて凄く嬉しいです!しかもヒロインの感情の動きまで素敵なんて感激!。・゚゚ '゚(*/□\*)
●メロ、すごくかっこいいですぅー。
(あ、ありがとう御座いますぅ〜(´¬`*)〜*
●ちょっと切ない所がだいすきですwww
(切なさ全開フルスロットルで今後も頑張ります!(>д<)/オー)
TITLE:群青三メートル手前