STORY.15 忘れさせてあげるから、忘れてくれると約束して













賑やかな雑踏を見下ろしながら、チョコを噛み砕いた。
聳え立つビルとビルの間に、またビルがある、灰色の街、ニューヨーク。
こんなところに住んでる奴の気が知れない、と苦笑いが洩れる。


生まれ育った、あの田舎町を、住んでる頃は一度も好きだと思った事はなかった。
でも、この街を見ていると、やたらと恋しくなるのは何故なんだろう。
を探しながら必死に走ってきた、この数年の間、
全く思い出しもしなかったのに、と再会してからは無償に帰りたくなるなんて。


いつか…帰れるんだろうか。


と二人、あの何もない田舎町へ―――










――俺に会いにNYに来ないか?



そう誘いをかけると、ターゲットの模木は簡単に乗ってきた。
日本警察の仲間には何も言うな、とは言ったが、本当に言わなかったかどうかは分からない。
直接、顔を合わせず、ソイツを調べる方法を考えて、一つの答えが出た。






『ニックストリート駅、出口前についた』


双眼鏡で外を眺めていると、駅前に模木の姿を確認した。


「よし、いいだろう。真向かいのビルに入れ」


携帯でそう告げると、模木は言われたとおり、ビルの中へと姿を消す。
それを確認してから、用意しておいた、もう一つの携帯で、SPKのハルの番号を押した。


『…はい』
「ハル、俺だ。ニアに代われ」


それだけ言うと、"二ア…メロです"と受話器の向こうで声が聞こえ、彼女は指示通りに動いた。


『メロ…何ですか』
「ニア。今そこへ模木という、日本捜査本部の一人が行く。身長190くらいのがたいのいい男だ」
『………ッ』


俺の言葉に、ニアはハッとしたように息を呑んだ。


「今度は俺がお前を使う番だ。中にいれ、聞きたい事を聞き出せ。しかしソイツの携帯は切らずに、それを通して会話を俺にも聞かせるんだ。
Lがキラであるなら、そう納得できる事を言わせてみろ。お前の得意とするところだろう。それが出来ればキラは俺が捕まえてやる」


一方的に俺が話したが、ニアは無言のまま聞いていた。
そこへ受話器を通して、"その者を中へ入れて下さい"というニアの声が聞こえて、ニヤリと笑う。


『こんにちは。初めまして。ニアです』


模木が中へ入ったのだろう。
ニアが話す声が聞こえてくる。
これでニアの協力を無視すれば、模木もキラに操られている事になる、と俺は思っていた。


『…イエスかノーかだけでも構いません』
『…………』


模木はニアの問いにも無言のまま通しているようだ。
チョコを咥えながら、苦笑していると、不意にニアが俺の名を呼んだ。


『…メロ。この捜査員はすでにキラに何も話せぬよう操られている可能性がありますね』
「そうだな、ニア。もし喋らなければ日本捜査本部にキラがいる。そう考えていいだろう。
キラを捕まえる為の協力をしない理由なんてないんだ。それがノートでなくとも操られているのは確かだ」


この状況を楽しみながらチョコを噛み砕く。
あのノートのルールを、日本捜査本部の奴らはどこまで信じているのか。


「俺はあのノートを実際に人に使わせ、色々試してみたが…人の名前を書き込んだ人間が13日以上書き込まなくても死ななかった」


恐らく、この嘘ルールにヒントがあるはずだ。
そう思ってニアに伝えると、ニアはすぐに模木に質問しているようだ。
だが、またしても答えは帰って来ない。


(これは長丁場になるな…)


小さく溜息をつき、ふとは今頃どうしているだろう、と一旦、ニアの方の電話を切った。











「ほら、!"自由の女神"だ」
「…わ…凄い…」


海の向こうに颯爽と立っている女神に、思わず溜息が洩れる。
高く聳え立つさまは、さすがに世界で最も有名な建造物の一つだと思わせる。


「ああ、後、あの建物の向こうに"ワールドトレードセンター"跡地があるんだ。後で行ってみるか?」
「うん」


メロが出かけてから、二日目。
心配する私を元気付けようと、マットが私を観光に連れ出してくれた。
最初は気乗りしなかったものの、やっぱりテレビでしか知らない街や、こういった建物を目の前にすると、少しばかり心が弾む。
道行く人は陽気で垢抜けた人ばかりで、マットも気づけば自然にそこに馴染んでいるようだ。


「少し休もうか」


暫く見て回った後、マットはオープンカフェへと連れてきてくれた。
店の周りに観葉植物を飾ってあるその店内は、かなり明るめで可愛らしい雰囲気だ。
私とマットは通りに面した席に座り、目の前の高層ビルを眺めながら紅茶を飲む。
日差しが高くて、久しぶりに気持ちのいい天気だ。


「はぁー結構、歩いたな」
「そう?そんな言うほど歩いてないじゃない。マットってばすぐタクシー拾うんだから」


紅茶を口に運びつつ、苦笑すると、マットが椅子へと凭れかかり肩を竦めた。


「だってニューヨークって見る場所いっぱいあるけど、徒歩でなんか移動できないって。広すぎだよ、ホント」
「そうだけど…。でもホント、凄い人ね。東京も都会だなって思ったけど、ニューヨークと東京じゃ規模が違いすぎだわ」
「そりゃそうだよ。何て言ってもアメリカの首都なんだしさー」
「……マット。首都はニューヨークじゃなくてワシントン・DCよ?」
「あ、そっか!」


私の突っ込みにマットが頭をかきながら楽しそうに笑っている。
その笑顔は子供の頃と変わらず、妙に私をホっとさせてくれた。


「…何だか…昔に戻ったみたい」
「え?そう?俺、少しは大人になったと思うんだけど」


おどけて、そんな事を言うマットに、つい笑みが零れる。
確かに目の前のマットを見れば、あの頃よりは確実に大人びていた。


「それでも…やっぱり雰囲気が変わってない。マットは昔から明るくて、施設内のムードメイカーだった」
「俺、人気者だったしねー♪特に女の子には」
「あはは、そうなんだ」
「そうなんだっ…て、ひでぇー」


スネながら煙草に火をつけると、マットは苦笑いを零した。


「まあでも…あの頃はメロもよく笑ってたよなー。今なんか雰囲気変わりすぎちゃって驚きだよ、ホント」
「…そう、かな」
「まあ中身は変わってないとは思うけど…あいつも…色々背負い込みすぎたからな…」


マットはそう言うと、風に吹かれていく煙を見上げた。
その言葉に胸の奥がかすかに痛む。
メロに重たい荷物を背負わせたのは私だ。
現実から逃げて、メロやマットにまで心配かけたのは、この私。
メロから笑顔を奪ったのは…


「おい
「……え?」


不意に肩に手が乗せられ、顔を上げると、マットが真剣な顔で言った。


「自分を責めるなよ。メロがああなったのはキラのせいだ。キラがLを殺したからだ。のせいじゃない」
「マット…」
がそんな風に思ったら…メロが悲しむ」
「……ん。ありがとう…マット…」


胸の奥が熱くなった。
逃げ出した弱い自分は許せないけど…今の言葉に救われて、目頭が熱くなる。


「…お、おい…泣くなよ…」
「…ごめん」


マットは慌てふためきながら、私の頭を何度も撫でつつ、「ホント泣き虫だな、は」と憎まれ口を叩いた。
でもそれはマットの照れ隠しだと分かっている。
その時、携帯の音が響き、マットが急いで携帯を取り出した。


「お、噂をすれば、だ。メロだよ、
「えっ?」


メロからと聞いた途端、鼓動が早まる。


「ハロハロ〜?メロくんですかー?…って、いきなり舌打ちすんなよ…。で、今どこ?はぁ?まだ?へぇ…つかシブトイねー」


マットは電話で話しながら、チラっと私に視線を送った。


「ああ、今?観光中だよ。うん、あーも一緒♪…って、仕方ないだろー?そんな怒るなよ…ああ、ちょっと待って」


ドキドキしながら待っていると、マットが私に携帯をさしだした。


「ほら。怒りんぼのメロから」
「あ…うん」


苦笑気味のマットから携帯を受け取ると、軽く深呼吸してから電話に出た。


「もしもし…」
か?』
「うん…メロ、今どこ?…何してるの?」
『悪い。ちょっと見張ってる奴がいるんだ。もう少しかかりそうだから電話した』
「…そう…」


メロの言葉を聞いて少し寂しくなった。
いつもメロは一人で考えて行動する。
少しは私にも話して欲しい。
ほんの少しでいいから、メロの抱えてる荷物を持たせて欲しいのに。


『…今、観光してるって?』
「あ、うん…。マットが気分転換にって連れて来てくれたの」
『…そっか。まあ…大丈夫だと思うけど、もしマットが変な事しようとしたら……構わず殴れ』
「…えっ?」


少しスネたように、しかもそんな言葉がメロの口から出るとは思わず、驚いた。


「え、あの…」
『ったく…勝手に連れ歩きやがって…。まあ危ない事はないと思うけど…あまり遅くなるなよ』
「う、うん…」
『じゃあ…また電話する』
「あ…メロっ」
『…ん?』
「あの…気をつけてね…?」
『…ああ』


メロは優しい声で答えると、そこで電話が切れた。
その瞬間、寂しさが込み上げてきて軽く息をつく。


(結局、どこにいるのか教えてくれなかったな…)


ふと、この前マットが話してた女性の事が頭に浮かんだ。


(まさか…その人のところにいるなんてこと…ないよね…)



「どうした?メロ、何だって?」
「あ、うん…。あまり遅くならないうちに帰れって」
「はぁ…全く、メロも心配性だよなぁ。さっきもを勝手に連れ出すなとか怒り出してさぁ」
「…え?」


さっき言われた事を思い出しドキっとした。
マットは苦笑いを浮かべると、


「まあ…今は何が起きてもおかしくないし…自分が傍にいれない分、心配なんだろうけどな…少しは俺を信用しろっての」


そう言って私の髪をクシャリと撫でる。
その手の優しさに、つい笑みが零れた。


「心配…か。私だって…心配してるのにな…」
「…え…?」
「メロがどこかへ出かけるたびに…悪い想像ばかり浮かんじゃって…こんなに苦しいのに」
…」
「メロは…いつも一人で危険な場所に行っちゃうよね…」


そう言って思わず泣きそうになると、マットは何も言わず、そっと肩を抱き寄せてくれた。


「アイツは…を危険に曝したくないだけだよ…」


マットの声を聞きながら小さく頷く。
ホントは気づいてる。
メロが私を守ろうと、一人で危険を冒していること。
だけど…私はもう、大切な人を二度と失いたくないの。


「ごめん…愚痴言って…」
「なーに言ってんの。そんなの、いくらでも聞くって。昔、が俺達の愚痴を聞いてくれたみたいにさ」


マットはそう言って微笑んだ。
そう言えば、昔は、勉強に行き詰ると、施設の子達が、よく私のところへ来て悩みを打ち明けてくれたっけ。


「さ…じゃあ…ワールドトレードセンターに行こうか」


咥えた煙草に火をつけながら、マットが立ち上がった。
その時、通りの向こうから大勢の人たちが走ってくるのが見えて、一瞬、何かのイベントかしら、と思った瞬間、
うるさい音が近づいてきて、ふと空を見上げた。
すると上空に数台のヘリが姿を現し、飛び去っていく。
それを追うように、目の前に現れた群集達が一斉に走っていくのを唖然として見ていた。


「マ、マット…」
「ああ…こりゃ尋常じゃねーな…」


手には鉄パイプや、バットなど、武器になりそうなものを握り、怒声を上げながら走っていく群集を見て、嫌な予感が過ぎった。


「まさか…メロが関係してるんじゃ…」
「いや…でも…アイツはこんな派手な事はしないよ。もしかしたら…」


マットはそこで言葉を切る。


(もしかしたら…キラ?)


マットはそう言いたかったのかもしれない。
私はメロが関わってるかもしれない、と思うと心配になった。


「マット、教えて!メロは今どこにいるの?マットなら知ってるんでしょっ?」
「え?あ、いや…」
「お願い…!メロに何かあったかも…教えて、お願いよっ」


胸の奥がザワザワする。
メロに何かあったかもしれないと思うだけで、冷たいものが足元から這い上がってくるように血の気が引いていく。


あんな思いをするのは、もう嫌―――




「マット…!」
「…わ、分かったよ…」


マットは降参といったように両手を上げると、


「メロは…二アのアジトの向かいのビルにいる」
「ニアの…?場所は?!」
「確かニックストリート―――あ、おい!」


私は場所を聞くと走り出していた。
今、この瞬間、メロに危険が迫ってると思うと気が気じゃない。
けど不意に腕を掴まれ、抱きかかえられてしまった。


「離して、マット!!」
「ダメだよ!もし今の奴らがそこに向かったなら暴動になってるはずだ!そんな場所にをやれないっ」
「でもメロが危ないかもしれないのよっ?」
「アイツなら一人でも何とか逃げ出せる!でも俺達が行けばかえって足手まといだよっ」
「―――ッ」


マットにそう言われ、ハッとした。
確かに行っても私じゃ何も出来ない。
逆にメロの計画の邪魔をしてしまうかもしれない。


「…心配なら…電話してみよう…。話はそれからだ」
「……うん」


大きく息を吐き出すと、マットは携帯でメロに電話をかけた。
その間、鼓動がどんどん早くなっていく。


「―――あ、メロか?」
「……ッ」


マットがチラっと私を見ながら、ホっとしたように息をついた。


「いや…ちょっと心配になってさ。ああ、実は今、数台のヘリについて大勢そっちに走っていったから――ああ、やっぱり、そうか…」


マットの言葉にいちいちドクンと心臓が跳ねる。
でも、その口調でメロは無事なんだと分かった。


「いや、それで…がメロの心配してるんだ。そっちに向かおうとして…ああ分かってる、それは何とか止めたよ…今代わるから…」


マットはそう言うと、私に携帯をさしだした。


「メロは無事だよ。狙われたのはニアだ」
「え…?」
「…とりあえず話せよ。そしたら安心するだろ?」
「…うん…」


メロが無事だとハッキリ分かって、心の底からホっとしながら、携帯を受け取った。


「もしもし?メロっ?」
『ああ。俺なら大丈夫だ。でもは今すぐ帰れ。この辺一体でもうすぐ暴動が始まりそうだ』


こう話してる間も、さっき以上の群集が目の前を駆け抜けていく。
どの人間も理性を失ったように罵声を上げながら「キラ王国を汚す者には制裁を!」と口々に叫んでいた。


「でも…メロは?逃げられるの?」
『俺のいる場所はバレていない。騒ぎが収まったら帰るよ』
「…二アは?追い込まれてるんじゃ…」
『アイツなら何とか出きるだろ。どうせニアがキラを煽ったせいで、こうなってるんだ』
「そう…」
『俺の事はいいから…マットと一緒に帰っててくれ。そこにいるだけでも巻き込まれかねない』


メロの声からは、本当に私を心配してるという思いが伝わってきて、これ以上、困らせるような事は出来ないと思った。
マットを見れば、彼もまた小さく頷いている。
私は溜息をつくと、「分かった」とだけ告げた。


「でも…メロも気をつけて…。必ず戻ってきてね」
『ああ…分かってる。必ず戻るから』


そこで電話が切れた。


「さあ、…帰ろう。だんだん人が増えてきたし、ここも危険だ」


ポンと肩に手を乗せられ、仕方なく頷く。
もう辺りは大勢の人でごった返していて、確かにこれ以上、ここにいては危険だった。





それからマットと何とか人ごみを抜け出し、部屋へと戻ってきた。
テレビをつけると、ある大きなビルが移り、その周りを、あの大勢の人間が囲んで、『出て来い!』と口々に叫んでいる。
そして、それを中継してる男の顔には見覚えがあった。


「…この人…さくらテレビの出目川…」
「知ってるのか?…」


隣に座ったマットは、煙草に火をつけながら、前に身を乗り出した。


「知ってるわ…日本にいた頃、よく見た顔よ…?キラからのメッセージをテレビで流したりしてたプロデューサー…」
「へぇ…。何だか頭悪そうな顔のオッサンだな…。キラもよくこんな奴にメッセージなんか送ったよ」
「自分の思うがままに動いてくれそうな人を選んだのよ…。でもこんな所にまで来るなんて…」


膝の上で手を握り締めた。
日本にいた頃の思い出が蘇り、胸の奥の傷が痛み出す。


「この中にニアが…?」
「ああ、間違いない。メロもこの間、ここに行ったんだ」
「え…?じゃあ…メロはニアと会ったの?」
「…っけね。言うなって言われてたんだ」


マットはそう言って頭をかいた。
やっぱりメロは私に何も言わないよう、口止めしてるようだ。


「マット…何で隠すの?ちゃんと教えてよ。ニアとメロは何の話をしたの?」
「いや、だから…」


マットは言葉を濁し、困ったように視線を反らす。


「別に大した話じゃないんだ。ちょっと情報の交換をしただけでさ」
「…何の情報?」
「…だから…ノートの…?」
「ノートって…メロがニアに情報を?」
「ああ。まあメロは自分が調べた事をニアに話して、少しは利用しようと思ったんだろうな。だから今も出かけてるんだ」
「…そう。そうなんだ…。あのメロとニアが…」
「まあメロはそういったこと、に知られるのが嫌だったんだろうなぁ」


そう言ってマットは苦笑いしている。
でも私はその話を聞いて嬉しく思った。


メロとニアは施設にいた頃から、決して仲がいいとは言えない二人だった。
Lもそれを心配して、何かと二人の事を気にしてたことを思い出す。


L…あなたの後継者になりたくて競ってた二人が…今、互いに協力しながらキラを捕まえようとしてる。
それを知ったら…あなたはどう思うのかな…
やっぱり…少し照れ臭そうに目を細めて…でも嬉しそうに微笑むんでしょうね。


「…何、笑ってんだよ」
「…何でもない」
「え〜何だよ。教えろよ」
「…ぃ、いたた。もうーつねらないでよー」


マットは昔と同じようにジャレながら私の頬をつまみ、笑っている。
昔も、こんな風に笑った、穏やかな時間が、確かにあった。


「…紅茶淹れるね」


そう言ってキッチンに向かうと、「俺、ミルクたっぷりね」と、あの頃と変わらない明るい声が部屋に響いた。














日も暮れて、辺りが暗くなった頃、あの群集が囲んでいたビルの周りは、たくさんの死体と、武器だけが転がっていた。


「…終わったようだな…」
「…うん…」


そう言った瞬間、テレビ中継も終わり、それから昼間の映像のVTRに切り替わった。
そこには沢山のドルが空から降ってきて、それを我先にと群がっている群衆が映っている。
あの出目川という男も、撮影をそっちのけでお金を追うよう、興奮したように指示を出していた。


「しっかしニアもやるねぇ〜。金ばらまいて、その隙に逃げ出したなんてさ。もったいねー」
「…でも上手くいって良かったわ。あのままだと本当に嬲り殺されてもおかしくなかったもの…」
「ああ…でも…キラのせいで、また大勢の人間が犠牲になった」


マットはそう言うと軽く舌打ちをした。


あの群集を抑えようと、警官隊が出動し、激突。
そして騒ぎの後には、沢山の死体だけが残っている。
これをキラが先導していたのは間違いない。
あの出目川だけでニアのアジトを探し出すなんて、あり得ない事だと私でも分かる。


「…メロは…大丈夫かな…」


あんな映像を見ると、不安でたまらなくなる。
居場所がバレてないとは言っていたが、もしそれすらもバレていたら、メロも格好の餌食になってしまう。
キラはニアと同様、メロも邪魔だと思ってる。
殺したくてたまらないだろう。


「…大丈夫だよ。アイツは殺したって死ぬような奴じゃ―――」


マットがそう言いかけた時、鍵の開く音が聞こえ、二人でハッと息を呑んだ。


「…どうやら、ご帰還のようだな」


そう言ってマットが立ち上がると、静かにドアが開いた。


「メロ…」
「ただいま」


疲れた顔で入って来たメロを見て、私は胸がいっぱいになった。
気づけば思い切り抱きついていて、涙が次から次に溢れてくる。


「お、おい…?どうしたんだよ…」
「…どうした…じゃないわよ…凄く…心配したんだから…」


嗚咽で言葉にならない言葉をぶつけると、メロの体が一瞬ピクリと動いた。


「ま、無事に帰ってきたっつー事で、俺は退散するよ」
「お、おい、マット…っ」
「まーを泣かせたのはメロだし…何とか慰めてやれよな?」


そう言いながら出て行くマットに、メロが慌てて声をかけている。
が、無常にもドアは閉じられたようで、部屋の中は静かになった。


「チッ、マットの奴…。お…おい…泣くなよ…」
「……メロのバカ…」
「…バカって…」
「わ…私が、どれだ…け心配したと思ってるの…っ?」


メロの胸にぎゅっとしがみつくと、暖かい体温が伝わってくる。
そんな当たり前の事で、メロは生きてるんだ、と実感してホっとしている私の気持ちが、メロに伝わってない事が悔しかった。


「何でも一人で進まないで…危険な事も一人で背負い込まないでよ…っ!」
「……?」


感情が昂ぶる。
想いが込み上げる。


それらを全てメロにぶつけたくなった。


「私を一人にしないって約束したじゃない…」
「ああ…」
「だったら…今度から私に何でも話して…私も連れて行って…」


そう言って顔を上げると、戸惑うようにメロの瞳が揺れていた。


「そんな事…出来るわけないだろ…」
「どうして?」
「俺は…を危険に曝したくない」
「そんなの…私だって同じよ…っ!」
「……っ?」


メロが驚いたように私を見つめた。


今日までの想いが爆発する。
もう、これ以上、我慢する事が出来なかった。
昼間に見た殺気に身を包んだ群集。
殴られ、血まみれになっている人たちが倒れこみ、その体を大勢の人間に足蹴にされている光景。


そんな場所にメロ一人を行かせたくない―――!







「……メロを誰より大切に思ってる私の気持ちも分かって…」





私はメロの背中に腕を回した。



…?」



動揺し、戸惑いの色を含んだ声が私を呼ぶ。


「メロに生きてて欲しいの…死なないで欲しいの…。これからも…ずっと傍にいて欲しい」


そう呟いた瞬間、また体がビクッと跳ねる。
メロの胸に顔を埋めると、甘く懐かしい香りがした。



「…メロが好きだから…だから…これからも私の傍で、生きていて欲しいの」



今、貴方を誰よりも…愛してるから―――












静かな部屋の中で、彼女の言葉だけが聞こえる。
でも一瞬、何を言われているのか、分からなかった。
あまりに突然すぎて、心がついていかない。
ただ…背中に回された、の細い腕の感触が、俺の奥に隠した想いを疼かせる。


それに反する、もう一つの思い―――





「…何…言ってるんだよ…。にはLが―――」
「もう言わないで…。もういいの…。Lは…ここに生きてるから」


涙で濡れた顔を上げると、は俺の手を自分の胸に置いた。


「私は…メロと生きていく…。生きていたいの。そう思わせてくれたのは…メロなんだよ…?」


そう呟いたの涙が、俺の腕にポトリと落ちる。
今、彼女は俺のために泣いてくれてる。
俺だけのために、俺に愛を伝えるために。


「…今、私は…メロだけを見てる。愛してるの…」


夢にまで見た言葉。
なのに素直に受け止められないのは…これまで他人を傷つけてきた、自分の罪のせいだ。


何度も見た夢。
でも、この汚れた腕で彼女を抱きしめる事すら叶わなかった。


「バカ言うな…俺は…にはふさわしくない」
「…っふさわしいって何?私だって、そんな立派な人間じゃない…!人を憎みもするし殺してやりたいって思った事だってあるわ!」
「でも実際、そうじゃないだろう!自分の手が…他人の血で染まっていくのを見たわけじゃない!」



の両腕を掴んで、必死に叫ぶ。


それでも揺らがない強い視線が、俺を見つめていた―――











赤い水が床を流れていく。
それを黙って見つめながら、俺は神に祈った。


いや、初めから神などいなかったんだ。


暗闇の中、失笑し、胸に光るロザリオを握り締めた。
寒くて、手が震える。
捨ててやろうかと思ったが、止めておいた。
代わりに足元に転がっているものを無造作に掴んだ。
今日、初めて会った人間は、もう話す事すら出来ず、俺の手の中で揺れている。


大切な人を探すため、キラを捕まえるため、今の俺なら何でも出来た。


「汚ねぇ…」


自分の手を見下ろし、呟く。
ぬるぬるとした液体が手に纏わりついて、どうしようもなく気持ち悪かった。




"メロは手が大きいですね。これなら、どんな夢も掴み取れそうです"




ふと思い出した彼の言葉。
柔らかい笑顔。


明るい日差しの中、彼は優しい笑顔を浮かべて俺に言った。


"心の中にある正義は、自分自身で掴み取ってくださいね"


人間は誰でも道に迷う。
迷いながら前に進んでいく。
人と自分を比べながら、自分自身と戦っていくもの。
それでも心にある一つの揺るぎない思いがあれば、また還ってこれます。
自分の中にある正義を、信じていてくださいね。


彼の言葉は温かかった。



今の俺を見たら、彼は何て言うんだろう。



「クク…あははは…っ」



何故か涙が零れた。
施設を飛び出して以来、初めての涙。


空しさと、悲しさと、恐怖に震える。


今日、初めて人を殺した。


この時、自分だけの正義を貫いて生きて行こうと決めたんだ。



例え、大切な人に触れられなくなったとしても―――










あの夜から始まった、俺の罪が、彼女の真っ白な心で洗い流されたらいいのに―――



「…何する…」


「大きな手…」



は俺の手を包んで微笑んだ。
そして自分の頬にそっと当てると、掌に口づける。


―――」
「この手が…どれだけ血で汚れてたとしても…私には優しい手としか思わない」
「……っ」
「私を守ってくれたこの手は…少しも汚れてなんかいない…」


真っ直ぐに俺を見上げたの瞳に、嘘も迷いもなかった。
封印した想いが揺らぐほどに、彼女の愛情が痛いほど伝わってくる。


「メロを愛してる…」


その言葉に軽い眩暈すら感じ、ふわりと甘い香りがした瞬間、唇と唇が重なり合う。
首に回された細い腕が、かすかに震えているのに気づいた時、もう―――限界だった。


覆いかぶさるように口付けて、彼女を強く抱きしめる。
今までの想いをぶつけるように、互いに求め合った。


彼女の中に、今でもLはいるだろう。


だけど―――
















忘れさせてあげるから、







  忘れてくれると約束して



















久々のメロ夢で御座います。
やっと!やっと互いに素直になれた…かな?!(オーイ)
何だか感無量です(え)


この作品にも暖かい&励みになるコメントを日々頂きまして、ありがとう御座います(>д<)/






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●このお話大好きです!こんなに心にくるドリーム読んだのは初めてです!!メロラブ魂が高まります(笑)
(ひゃー;;そんな風に言って頂けて感激です!(TДT)ノメロラブ魂燃やせるよう今後も頑張りまっす!)



●応援してます!
(ありがとう御座いますーっ(>д<)/



●この作品でメロが大好きになりました。
(ヲヲ…!この作品でメロを!!そう言って頂けると書いてる甲斐がありますー(*TェT*)



●もう、メロにめろめろです(>・<)
(メロにメロメロ…メロ…今○メロ?(オイ)そう言って頂けると励みになります!゜*。:゜+(人*´∀`)



●1話目を読んでからずっと胸がギューっとなるような感覚です。更新楽しみにしてます
(おぉう…胸がギューですか!そう言って頂ける作品を今後も書いていきたいです!(^^)!



●この話をよんでメロが好きになりました・・・!!メロかっこいいです><*
(ぅひゃーこの作品でメロ好きさんに!それは大感激です!今後もカッコいいメロを描けるよう頑張りますね☆



●14章素敵でしたー☆メロのヒロインへの気持ちがすっごく伝わってきました。早くふたりが結ばれる?(恋人になれる)日がくるといいなって思いました★
(あぁぁーありがとう御座います〜!(TДT)ノ二人の仲はそろそろ動きますので待っててやって下さいね!)







TITLE:群青三メートル手前