彼女が笑っている。
それはオレが大好きだった笑顔。
その笑顔の隣には、憧れてやまない優しい眼差し。
大切そうに彼女を抱き寄せ、その赤い唇へとキスを落とす。
何度見た光景だったろう。
その腕の中から、オレは彼女を奪い取っていく。
そんな夢を見た。
だけど、彼は怒るでもなく、ただ、ホっとしたような、そんな笑みを浮かべ、そしてオレに一言、呟いた。
『…彼女を、幸せにしてあげて下さいね。メロ』
ハッとしたのと同時に目を開ける。
すると、隣で動く、誰かの気配に、素早く起き上がった。
「メ、メロ…?」
「あ…」
隣には驚いたようにオレを見上げる、大きな瞳。
それを見た時、大きく息をついた。
「どうしたの…?」
「…何でもない。悪い…」
不安げに体を起こすに、オレは小さく首を振った。
そんなオレに、もまたホっとしたように微笑むと、「おはよ、メロ」と頬に軽いキスを落とす。
その行為にドキっとするのと同時に、夕べの事が鮮明に思い出され、改めて彼女を見つめた。
何も身に着けていない肌には、無数の赤い跡。
オレのつけた印が、その白い肌にくっきりと残っている。
それを黙って見ているオレに気づき、彼女は頬をかすかに赤く染め、シーツでその肌を隠した。
「な…何?そんなジっと見ちゃって…」
「…いや。夢じゃなかったんだな…」
「…え?」
キョトンとする彼女に苦笑を漏らし、そっと細い身体を抱き寄せた。
夢の中では、Lに抱きしめられていた身体。
今はオレの腕の中にある。
「…がいて、ホっとした」
「やだ…いるよ?どこにも行かない」
彼女の首筋に顔を埋めると、はクスクス笑いながらオレの背中に腕を回した。
手に入らないと思っていた存在。
でも、こうして手にしてしまうと、漠然とした恐怖が襲ってくる。
前以上に、失いたくない、と強く思ってしまう。
「メロ…?」
「…もう少し…こうしてて」
抱きしめる腕に力を入れると、は素直にオレの胸に顔を埋めてきた。
スッポリと納まってしまう細過ぎるくらいの身体が、オレの腕にはよく馴染んだ。
暫くの間、そうしていると、不意には顔を上げて、
「メロ…お腹空かない…?」
「…空いてない」
「…でも昨日から何も食べてないんじゃない…?」
「平気だよ」
「ダ、ダメだよ…ちゃんと食事はしないと…。あ、マット誘って何か食べに―――」
言葉を遮るように唇を塞ぐと、はビクリと身体を跳ねさせた。
「…ん…っ」
濡らした唇をなぞるように舐めて、僅かに開いた隙間から舌を挿し入れる。
戸惑うように逃げようとする小さな舌を絡めとリ、軽く吸い上げると、腕の中の身体が小さく震えた。
耳に響くのは、互いの唾液が交じり合う厭らしい水音。
翻弄するように口内を愛撫しながら、ゆっくりと唇を解放すれば、かすかに呼吸を乱したが涙目でオレを見上げた。
「メロ……ひゃ」
「そんな顔してると、襲うぞ?」
「な…何言って…ん、」
小さな耳をぺロリと舐め上げ、耳朶を口に含むと、の頬が赤く染まっていく。
そのまま、まだ何も身に着けていない肌を、唇でなぞるように口付けていくと、首筋も、ほんのりと赤くなっていった。
「ちょ…メロ…?何する―――」
「がオレを挑発するからだろ」
「わ、私は何も…ぁ…っ」
逃げようとする身体を拘束して、ベッドの上に押し倒すと、は真っ赤な顔でオレを見上げた。
その表情は、まるで男を知らない少女のようで、オレの中の欲を疼かせる。
夕べ、あれほど抱き合った彼女と、同一人物とは思えないほど、恥ずかしそうに目を伏せるを見て、また胸の奥が熱くなった。
「そんな顔されると、我慢できないって分かってんの?」
「だ…だって…」
恥ずかしいから…と呟くに、オレは思わず笑みを漏らした。
きっと彼女はいくつになっても、少女のままなんだろう。
でも、それが逆効果だってこと、はもっと理解した方がいい。
「お、起きないの…?」
「…起きるよ」
そう言いながら触れるだけのキスをすると、はぎゅっと目を瞑った。
そんな仕草ですら愛しくて、何度でも抱きたくなる。
が、そんな空気を、けたたましい音で妨害された。
「あ、メロ…電話」
「…はあ…」
今がチャンスとばかりに、起き上がるに、特大の溜息が洩れる。
ガキの頃から想っていた女を、自分のものにした日の朝くらい、邪魔しないで欲しい、と思いつつ、オレも身体を起こす。
するとバスローブを羽織ったがオレの携帯を持って来てくれた。
「はい」
「ああ、サンキュ」
携帯を受け取る代わりに、の唇に軽く口づけると、彼女は恥ずかしそうにキッチンの方に行ってしまった。
内心、苦笑いを浮かべながら、携帯に目をやると、そこには一瞬で気持ちを現実に引き戻す名前が出ている。
オレはの様子を伺いながら、背中を向け、通話ボタンを押した。
「もしもし。ああ…ハルか…。いや、大丈夫だ。ああ…何?…分かった」
用件だけを聞いて、すぐに電話を切る。
(ニアがあの二人を解放したか…)
ハルがオレに教えてきたとなると…ニアも当然、この事を承知だろう。
模木をSPKに送り込んだ事への礼のつもりか。
ニアの思惑は知る由もないが、どっちにしろ、こうしてはいられない。
すぐにマットの番号へかけると、寝ぼけた声で出たマットに、すぐ来いとだけ伝えて電話を切る。
急がなければ間に合わない。
そう思ってに声をかけようと振り向いた。
「―――ッ」
「誰と話してたの?」
目の前にはが訝しげな顔で立っている。
オレの勘違いじゃなければ、彼女はどことなく怒っているように見えた。
「マットだ。もうすぐ、ここに来るからも着替え―――」
「違う。その前」
「…え?」
オレの言葉を遮るように、そう言うと、は子供のように口を尖らせた。
「前って…」
「誰からの…電話?」
「…ああ…いや…」
の様子に戸惑いつつ、「情報提供者からだ」とだけ告げる。
するとは更に目を細めて、「SPKの…女の人?」と言った。
それには、さすがにギョっとする。
「な、何で知ってるんだ?」
「…マットから聞いたの。綺麗な女性なんでしょ?」
「……っ?」
その言葉にドキっとしつつ、マットの口の軽さに、内心舌打ちをした。
「メロ、時々その人と会ってるみたいだけど…」
「…それはニアの情報を手に入れる為だ」
「それだけ…?」
「…??何が言いたい?」
「だ、だから…」
彼女の言いたい事が分からず、首をかしげると、は言いにくそうに視線を反らした。
いつもなら言いたい事はすぐ口に出す彼女にしては珍しい事だ。
オレの知らない顔を、はいくつ持ってるんだろう。
「…メロと…その人の間に…何かあるのかなあ…って…思って…」
「…は?何かって…。…っ?」
その時、の言わんとする事が分かり、ギョっとした。
オレにしてみたら最悪の疑惑といっていい。
でも――それが嫉妬だと思うと、嬉しいとさえ思うオレは、相当、彼女に溺れてる。
「…何もないよ。あるわけがない」
「…ホントに?」
「ああ…彼女…ハルとは2〜3度、会って情報をもらっただけだ。それ以上の関係はない」
嫉妬は嬉しいが、誤解されるのは最悪だ、とキッパリ否定する。
すると、は目に見えてホっとしたように、息を吐き出した。
「…あ…そうだ。マットがここに来るんだよね?私、着替えるね」
「待てよ」
「ひゃっ」
気まずかったのか、はハッと我に返ったように慌てて歩いていこうとした。
が、その腕を掴み、自分の方へと引き寄せる。
「な、何―――」
「今の質問の理由、聞かせてもらってないだろ?」
「…え、な、何が?」
「オレとSPKの女の関係…。何で聞いた?」
「な、何でって…」
「…嫉妬してくれた、とか?」
「……っ」
オレの言葉に、は真っ赤になった。
これだけで恥ずかしそうな顔をする彼女が、やっぱり愛しい。
「オレは、だけだ。これまでも、これからも」
「……メ…ロ…」
オレの言葉に泣きそうな顔をするに、そっと口づける。
その瞬間、頬に涙が零れ落ち、そこにも軽く口づけた。
「から嫉妬してもらえるなんて思ってもみなかったな」
「…も…もうっ」
最後に耳へ軽くキスをして呟くと、真っ赤になったが背中を叩いてきた。
その仕草は、昔、何度となく見ていたもので、ふとLの事が頭を過ぎる。
「今日さ。Lが夢に出てきたんだ」
「……え?」
オレの言葉にはドキっとしたように顔を上げた。
「オレに"…彼女を、幸せにしてあげて下さい"って言ってくれた」
「……メロ…」
「やっぱ…見てるのかな…。あの空の……もっと上の方で」
そう言って窓を開けると、朝日が部屋に入ってくる。
真っ白な厚い雲の隙間から、真っ直ぐ、こっちに向かって伸びている光。
その光の先にLがいるような気がして、オレは目を細めた。
「…私は…死ぬほど幸せ者だわ」
オレの隣に立って、同じように空を見上げながら、彼女が呟いた。
だって、Lとメロ。優秀な探偵さんに、こんなにも大切に想われてるんだから。
彼女の言葉が胸に響く。
オレは方法を間違えたけど、それでもLは許してくれるんだろうか。
の言う"優秀な探偵"という夢を捨てて、復讐を誓ったオレを。
それとも、夢の中のLは、そんな気持ちを捨てて、を幸せにして欲しいと伝えたかったんだろうか。
だとしたら、オレはどうすればいい?
この先、キラを追い続ければ、また危険が増える。
もしオレさえもキラの手にかかってしまったら…残されたはどうするんだろう。
そう考えると、少しだけ怖くなった。
「そろそろ準備しよう。マットが来る」
そう言った瞬間、静かな部屋に、やかましいノックの音が響き渡った。
「二人はロスに戻るんだな」
「そうらしいな。オレ達もロスに行くぞ」
車の中から日本人の刑事達が空港に入るのを見ながら、メロはチョコを噛み砕いた。
すでに荷物はまとめて来ている。
車を乗り捨て、私達は急いで二人の後を追った。
それから数時間後、ロスに到着するなり、二人の刑事はある建物の中へと入っていき、そこで暫し見張る事になった。
なかなか出てこない二人に、メロとマットはイライラしながらも、向かい側の建物を監視している。
私は二人の邪魔にならないよう、少しだけ離れた場所にいたけど、暫くして、メロが私の方に歩いて来た。
「どれくらい待つか分からないし、はアネットのところに戻っててくれないか」
「え…でも…」
「頼む。今は…言う事を聞いてくれ」
「…うん、分かった…」
心配だったけど、今はメロの邪魔をしたくないし、ここは素直に頷いた。
メロがこれから、どう動く気でいるのか気になったけど、今は話している時間もない。
「心配すんなって。メロの暴走はオレが止めるからさ」
私の心を察してか、マットがそんな事を言った。
そんなとこは昔と変わってないみたいだ。
マットは施設にいた頃からムードメイカー的存在で、皆を笑わせる名人だったけど、その反面、
結構シッカリしていて、時々メロが熱くなって暴走しようとすると、よく止めてたっけ。
「うん。お願いね」
私の言葉に、メロが不満げに目を細めた。
でも、ふと私の前で屈み、それに驚いて視線を上げた瞬間、唇が重なった。
「……なるべく連絡入れるから。心配するな」
「……う、うん」
マットの前でキスをされて、一瞬カッと頬が熱くなった。
マットはマットで、「ひゅ〜♪」と口笛を吹き、やれやれといったように肩を竦めている。
きっと私達の間に何があったのかくらい、マットにはお見通しなんだろう。(昔から勘の鋭い子だった)
「それじゃ…私、行くね」
「ああ。気をつけろよ?あと……これ持ってろ」
メロはそう言って、首から提げていたロザリオを私の首へとかけた。
「え、これ…」
「お守り代わりだ」
「でも…」
「いいから持っててくれ。に持ってて欲しいんだ」
「うん…ありがと」
メロがいつも身に着けていたものをくれた事に、胸が熱くなる。
そのロザリオを指でいじりながら、ちょっとだけ泣きそうになった。
「メロもマットも…無茶しないでね」
「それはメロだけに言ってよ。オレはいつも冷静沈着だって♪」
「……お前は施設の中でも、一番、落ち着きなかっただろう」
メロが低い声でボソリと突っ込むと、マットは首を窄めて舌を出している。
そんな二人のやり取りが懐かしい、と思いながら、私はその場を後にした。
途中でタクシーを拾い、アネットが待つ家へと向かう。
少し寝不足だったからか、シートに凭れるのと同時に、欠伸が出た。
チャラ…
そっと胸に下がっているロザリオを手にして、それを握り締める。
それだけでメロの温もりが伝わってくるような、そんな暖かさを感じた。
(私…ホントにメロと…)
夕べの事を、ふと思い出し、自然と鼓動が早くなっていく。
止める事が出来なかった。
急き切ったように溢れ出した想いは、もう止める事は出来ないのだ。
知らないうちに大人になっていたメロを、私は好きになってしまった。
子供だと思っていたのに、いつの間に、あんなに男らしくなったんだろう。
一人、施設を飛び出して、マフィアという闇の世界に踏み入ってまで、必死に私を探してくれた。
きっとメロに見つけてもらわなければ、私はあのまま孤独に死んでいただろう。
ううん、あの時の私は確実にそれを望んでいた。
でも、そんな私にメロが命の息吹を吹き込んでくれたんだ。
もう、この幸せを手放したくない―――
ぎゅっとロザリオを握り締め、窓の外を眺める。
そこには、東海岸独特の、綺麗な海が広がって見えた。
「ちぇー。メロも何だかんだ言ってやるよなぁ〜」
模木と相沢が入っていったマンションを監視していると、後ろからマットのアホな呟きが聞こえてきた。
退屈そうに壁に凭れかかり、煙草の煙を吹かしているマットは、昔と変わらず、飽きっぽい性格のようだ。
「ブツブツ言ってないでマジメに見張れ」
「そんなこと言ったって、ちーっとも出てこねーじゃん?あの二人。ここが捜査本部なんじゃねーの?」
「それを確かめる為に見張ってるんだろう」
「はいはい…。ったく、ここ最近ずっと見張りばっか」
まだブツブツ言いながらも、マットは煙草をポイっと捨てると、それを足で踏み潰した。
ここにがいたら、「捨てちゃダメ」と確実に怒られるだろうな、と思うと、自然に笑みが零れる。
「んで、どうだったんだよ。夕べは」
「…何がだよ」
「とぼけんなよー。オレの目の前で、ワイミーズキッズ達のマドンナでもあるに、あんなキスしといてさー」
「…うるさい。無駄話するな」
軽く舌打ちしてマットを睨む。
だが、この男がそれだけで口を閉じるわけもなく。
逆にニヤリと笑われ、「でも良かったな」と肩に腕を回された。
「触るな…うっとおしい」
「お、さすがモテる男は違うねー。ったく、その幸せを少しは分けろってんだ…」
「…お前はあちこちに運命の女が転がってるんだろう?」
「それはそれ。まあでも…に元気が戻って良かったよ」
「…どうかな」
そう呟くと、マットは訝しげに眉を寄せた。
「どういう意味だよ?今日のは久しぶりに幸せそうな顔してたぜ?だからオレ、顔見た瞬間、分かったしな」
「………」
「…何だよ…何か心配事でもあんのか?」
煮え切らないといったようにマットが溜息をつく。
でも、きっと、オレの中に常にある不安を口にしてみたところで、マットには笑い飛ばされるだけだろう。
「別に何もない。ただ―――」
「ただ…何だよ。まだ不安なのか?の気持ちが」
「…どうかな」
「他に考えられねーだろ。ずっと好きだった女と、やっと想いが通じたってのに、そんな辛気臭い顔しやがって」
「だからこそ…怖いって思うのは…おかしいんだろうな」
マンションから目を離さないまま、ふと本音が零れる。
マットは意外にも笑ったりはしなかった。
「メロ…は…ちゃんとお前の事が好きだよ。信じてやれ」
「信じてるよ。でも色々な事が怖くなる……自分がを守れなくなるかもしれない、と思ったらな」
「メロ…お前…」
「そう言う可能性もある、という事だ。もし、そうなった時、はまた傷つく。そうなったら―――」
「考えんな、そんなこと!」
マットは強い力でオレの肩を掴むと、普段は見せないような真剣な顔で、オレを見つめた。
「勝つのはオレ達だ。キラじゃない。そうだろ?」
「ああ…」
「ニアよりも先に、キラを捕まえるんだろ?」
「ああ」
「Lの…敵を討つのもオレ達だ。絶対に死なない。メロ、お前はの為にも死んだらダメなんだよ」
マットの力強い言葉が耳に届くたび、心の奥にある不安が薄らいでいく。
そう、確かに施設を飛び出した時、そう誓った。
キラという巨大な敵に向かうには、それなりの覚悟が必要だった。
だからこそ、オレは自分の手を汚し、望むものを手に入れる為、Lとは間逆の道を選んだんだ。
「メロは…を守る事と、キラを捕まえる事だけに集中しろ。オレはそれを、どんな事してでもサポートしてやるから」
「…ああ…。サンキュ」
らしくないと思いながらも、マットの気持ちが嬉しくて、そんな言葉を呟く。
案の定、マットは笑ってたけど、でも本心だから仕方がない。
「愛の力は凄いよな。あのメロがお礼言うなんて―――」
「…撃たれたいか?」
「……いえ。まだ死にたくありません…」
徐に拳銃をマットの鼻っ面に突きつけると、マットは一瞬で笑うのをやめ、ホールドアップをした。
銃は便利だ。
うるさい奴を黙らせるには、ただそれを翳すだけでいい。
「メロの鬼…悪魔…キラより怖ぇーよ…」
銃をしまったオレを横目で見ながら、マットはマンションの見張りについた。
そんなマットに溜息交じりで、チョコを噛み砕く。
その時、「あ、出てきた!」という声に視線をマンションに戻せば、中から相沢が一人で出てくるのが見えた。
「あれ、もう一人はどうしたんだ…?」
「マット、ここは頼む。俺はあいつの方を追う」
「分かった」
急いで調達しておいたバイクに跨る。
相沢…初期Lが指揮を取ってた頃から捜査に加わっていた刑事…
こいつの行く先に、二代目Lがいると見ていいだろう。
「何か動きがあれば連絡しろ」
マットにそう告げると、オレはエンジンをふかし、バイクを思い切り走らせた。
「さん!お帰り〜!」
家に到着するや否や、アネットが抱きついてきた。
そして私の後ろを確認するように覗くと、「あれ、メロは?」と訊いて来る。
「メロは…日本の警察を見張ってるから、まだ帰れないみたい」
「何だぁ、そっか…」
ガッカリしたように肩を落とすアネットに、胸の奥がチクリと痛む。
アネットは、きっと、まだメロを愛している。
なのに私は普通の顔で彼女とこうして向かい合っていていいんだろうか、と不安になった。
「??どうしたの?さん、そんな暗い顔して…。あ、メロが心配なんでしょ。大丈夫よ。アイツ結構しぶといし」
「…う、うん。そう…だね」
明るい笑顔で励ましてくれるアネットに微笑むと、彼女は私の荷物を持ってくれた。
「あ、いいよ、自分で運ぶわ?」
「いいから、いいから!もう、一人だとお酒飲んでてもつまんなかったんだー♪今夜は一緒に飲もうね、さん!」
アネットはケラケラと笑いながら私の荷物を部屋へと運んでくれる。
その後姿を見ながら、部屋の中をグルリと見渡した。
ここを出た時よりも綺麗に掃除されているリビングやキッチンを見れば、私達が留守の間、アネットがちゃんと掃除をしてくれてた事が分かる。しかもキッチンにはキッチン用具が一式そろえてあって、棚にも前よりお皿が増えている。
これらのものは全てアネットが揃えてくれたんだろうか。
「あ、疲れたでしょ。今お茶淹れるね?」
戻って来たアネットはすぐキッチンに入り、温かい紅茶を淹れてリビングに運んでくれた。
「はい。どうぞ」
「あ、ありがと…」
「最近、紅茶の淹れ方、勉強したの。私、こんな事した事すらなかったし」
「そう…。あ、色々買い揃えてくれたの?」
「あ、うん。だって結構、使おうと思ったのがなくて。あ、でもメロから預かったお金は使ってないのよ?無駄遣いするなって言われてたし」
メロと私達がここを出て行く時、当面の生活費として、メロはアネットに、いくらかお金を渡してあったのだ。
でもそれを使ったんじゃないとしたら、どうしたんだろう、と思っていると、アネットはいたずらっ子のような笑みを浮かべた。
「と言っても売春したわけでもないから安心してね」
「あ…なら…いいけど」
私の心配を見抜いていたアネットに苦笑すると、彼女は肩を竦めながらソファに寄りかかった。
「あんなの組織にいたから仕方なくしてただけだし、もう二度としたくない」
「ええ。あ、でもじゃあ…お金どうしたの?」
気になって尋ねると、アネットは嬉しそうな笑顔を見せた。
「実はね…あのメロが爆破したアジトがあるでしょ?」
「え、ええ」
「あそこの地下に隠し金庫があるの知ってたから、どうしたのかなと思って、ほとぼり冷めた頃に行ってみたの」
「え…あそこに?」
「うん。もう警察も撤退した後だったから、大丈夫だよ?」
「そう…でも警察も色々と調べたんじゃ…」
「そうみたい。でも殆どが瓦礫の山だったから、警察も地下室がある事に気づかなかったみたいなの」
「え、じゃあ…」
その言葉に驚いて顔を上げると、アネットは笑顔でピースサインを見せた。
「何とか瓦礫を避けて、地下室のあった辺りを調べたら…あったのよ、金庫が!それも爆破の衝撃でドアが開いてたの」
「えっ?」
「でも頑丈な金庫だったから、中のお金も多少は燃えてたけど、奥にあったお金は殆ど無事でね。それを全て頂いてきちゃった♪」
「い、頂いてきちゃったって…」
楽しげに話すアネットに唖然としていると、彼女はクスクス笑いながら、奥を指差した。
「ちゃんと奥の部屋に隠してあるしメロが帰ってきたら山分けしようね♪数万ドルはあるわよー?ボス、現金は多めに持ち歩くタイプだったから」
「す…数万ドルって…そんな大金…」
「いいのよ。どーせ私達が売春で稼いだお金も入ってるんだし、もらったって文句言う奴らは死んじゃってるから」
そんな事を言いながらアネットは、「やっぱりビールでも飲もうよ」と言って、キッチンに走っていった。
彼女の話に多少驚いたものの、以前に比べて明るくなったアネットを見て、ホっとする。
「はい、ビール!あ、お腹空かない?何か食べる?一応いつ帰ってきてもいいように食べ物は買ってきてあるの」
「そう…ありがとう。ごめんね。留守番なんか頼んじゃって…」
健気に家の事をしながら、私たちの帰りを待っていてくれたんだ、と思うと、また胸が痛くなる。
でもアネットは笑顔で首を振った。
「いいの。何かね、留守番してるの楽しかったんだ。いつ帰ってくるかなって、ワクワク出来たし」
「…そう?」
「うん。私、家族いないみたいなもんだから、何か、そういう気持ち初めて知って…ちょっと嬉しかった」
アネットはそう言いながら照れ臭そうに笑うと、「早く飲も!はい、乾杯!」と言って缶ビールを持ち上げている。
そんな彼女に苦笑しながら、私も缶ビールを持ち上げると、アネットと軽く乾杯をして口に運んだ。
「ん〜美味しい!やっぱり話し相手がいるっていいな」
「はあ…久しぶりに飲んだかも…」
一口ビールを流し込むと、お腹の辺りがカッと熱くなる。
お酒なんて、ここ何年も飲んでいなかった。
「こんな昼間っから飲むなんて贅沢だね」
なんて笑いながら、アネットはふと思い出したように身を乗り出してきた。
「で、ニューヨークはどうだった?色々教えて!」
「ん〜。どうだったって言われても…私も着いていったはいいけど、結局何も出来なかったし…。あ、でも昔の知り合いと久しぶりに会えて嬉しかったかな」
「え、昔の知り合いって…じゃあメロも?」
「うん。メロと仲良しだった男の子。マットって言うんだけど…全然変わってなくて――」
そんな他愛もない話をしながら、アネットと二人でお酒を飲んだ。
アネットはいつになく、はしゃいで、楽しそうに私の話を聞いてくれていた。
そのうち外はだんだんオレンジ色に染まりだし、もう少しで日も沈むといった頃、不意に私の携帯が鳴り出し、ドキっとした。
「あ、メロかな♪」
「…うん」
そろそろ、ほろ酔いといった感じのアネットは、ワクワクしたように私の隣へと座った。
私も急いで携帯を取り出すと、少しドキドキしながらもディスプレイを確認する。
「ねね、メロから?」
「…違う…みたい…」
無邪気に携帯を覗いてくるアネットに、私は軽く首を傾げた。
そこには誰の名前もなく、ただ"No number"とだけ出ている。
「えー誰?これ…」
「さあ…非通知なんて…イタズラかな…。この番号はメロとマットしか知らないはずだし…」
そう言いながらも何となく気になった私は、「もう一本飲もー」と言いながらキッチンに歩いていくアネットを見送りつつ、通話ボタンを押してみた。イタズラだったら切ってしまえばいい。そう思って、「もしもし?」と言ってみる。
だが、受話器の向こうから聞こえた声は、懐かしい人のものだった。
『…私です』
「―――ッ」
『…分かりますか?』
静かな、でも耳に残る透き通った声。
私は、この声の人物を、よく知っている。
「…ニ…ア…?」
『はい。元気…でしたか?』
受話器を通して聞こえてくる彼の声は、どこかあの人を思い出させる。
昔、よくからかったっけ。
"ニアはLのミニチュアみたいね"
そう言うたびに、ニアはスネたように背中を丸めるから、またそれが彼の仕草に似ている、なんて言って、メロと笑ってた。
私がLと日本に経ったあの日が、ニアを見た最後だった。
「ど…どうして…この番号…」
『メロしか知らないはずなのに、ですか?そんなの調べるのは簡単です』
昔と変わらない口調で、静かに言葉を繋ぐニアに、私は動揺を鎮めるため、軽く深呼吸をした。
すると、キッチンからアネットが戻って、
「あれ、電話、誰からだったの?」
「あ…うん、ちょっと…昔の知り合い。ごめんね」
そう言ってリビングを出ると、私は自分の部屋に行き、そっとドアを閉めた。
『すみません。誰かと一緒でしたか?』
「いいの、大丈夫…」
『なら、いいんですが。メロは日本警察の人間を見張ってる頃だろうと思って』
「…そんな事まで知ってるのね」
『メロの行動はだいたいなら読めます。それに先日会った時も少しですが話をしましたし』
「うん…聞いた。それより…元気?ニア…。この間は大変だったでしょう?」
先日のニューヨークでの暴動を思い出し尋ねると、ニアは小さく息をついた。
『ええ。でも大丈夫です。無事に脱出できましたので』
「そう?怪我とかしなかった?」
『……相変わらずですね、は』
「え…?」
暫しの沈黙の後、ニアはそう言って苦笑したようだった。
電話だけじゃ分からないが、ニアもまた、少し大人びた感じがする。
『昔から、いつも私達の心配ばかりしてましたから』
「…そう…だっけ」
『ええ、そうですよ。Lが嫉妬するくらいに』
「……やだ。変なこと思い出さないでよ」
クスクスと笑うニアに、つい苦笑いが洩れる。
確かに、子供達の面倒ばかり見ている私に、Lは時々スネたりした事があった。
「でも…ニアも元気そうで良かった…。今はどこ?まだ…ニューヨーク?」
『…いえ…今はロスにいます』
「…え?!ロスって…」
『日本警察はロスに本部を構えている。私はニューヨークにいると思わせてるこの間に早めに動きました』
「じゃあ…ニアもどこかで見張ってるの…?」
『そうなりますね』
淡々と話すニアは、昔と同じようでいて少し変わったようにも思えた。
でも…何故、急に電話なんて―――
「ニア…どうして私に電話を?何か用件があるんでしょう」
『もちろんです』
「…何?」
一体何の話だろう、と息を呑む。
ニアは軽く一呼吸おいてから、静かに口を開いた。
『単刀直入に言います。私と会う時間を作って下さい。大事な話があります』
「…え…私に…?」
『はい。メロに話してもいいですが、でもきっとメロは賛成しないと思いますので、やはり内緒で。どうですか?』
「メロに…内緒で…」
いきなりの申し出に、私は戸惑っていた。
こんな時に何故、メロではなく、私なんだろう?
でも断る理由もない。
ニアは敵ではないし、ニアもまた、メロとは別の方法だけど、キラを追っているんだから。
会いに行っても、別に支障もないだろう。
それにメロに内緒、と言っても、さっきは話してもいいとさえ言っていた。
なら会うまでは内緒でも、会ってからの事を話す分には構わない、と言う事だろう。
「…分かった。どこへ行けばいい?」
『ありがとう御座います。では―――』
ニアの言う住所をメモにひかえていく。
この場所からだと、タクシーで行けばすぐだろう。
『では、いつ頃来れますか』
「今から…今から行くわ」
『メロには見つかりませんか?』
「メロはすぐには戻らない。大丈夫よ」
『分かりました。では、お待ちしています』
そこで電話は唐突に切れた。
プーっという音が聞こえて、私は携帯を閉じると、深く息を吐き出した。
いきなりのニアからの電話に、多少は驚いたが、それでも元気な声を聞けてホっとしたのもある。
最後に見たニアの…寂しそうな顔は今でも覚えているから。
日本に行ったら暫く戻らない、と言った私とLを、見送りにも来なかったニア。
心配になって、私は出発する直前、彼の部屋へ顔を出した。
いつものように背中を丸めてパズルをしているニアに、「行って来るね」と、そう声をかけたのだ。
でもニアは決して振り返る事はしなかった。
そんなニアに胸が痛んだけれど、出発の時間が迫っていて、私はそのまま、部屋を出ようとした。
その時、彼が何かを呟いたのだ。
「…………すよ?」
「―――え?」
かすかに耳に届いた声に、思わず振り返り、「何て言ったの?」と聞いた。
するとニアも初めて振り返り、そして、こう言ったのだ。
「いえ……気をつけて…行って来て下さい」
その寂しそうな顔に、私は心配になったけど、笑顔で、「電話するね」とだけ言って、部屋を出た。
それ以来―――ニアには会っていない。
私は急いで出かける準備をした。
ニアの話がどんなものであれ、こうして私に連絡してきたのだ。
よほどの事だろう。
記憶の中の少年を思い出しながら、私はすぐに部屋を飛び出した。
あの遠い、別れた日の事を思いながら―――
あの日、震える声は
本当は何と言っていたのだろう
確かめれば良かったんだ、抱きしめながら。
うきゃ;;久しぶりの更新で申し訳御座いません(滝汗)
やっとこ後半突入で御座います。
とにもかくにも、投票処へ頂いたコメントへのレス、遅くなってしまってすみません<(_
_)>
いつも凄く励みになっておりますカラー!(TДT)ノ
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●メロ男前です!大好きv(高校生)
(ありがとう御座います!)
●今までメロなんてただのチョコ好きな目の吊りあがった男の子だとしか思ってなかったのですが、
こちらのサイトで小説を読んで彼がどれだけかっこよく男らしい少年だったのかに気づきました。
今はLと同じか、それ以上くらいにメロが好きです!(大学生)
(当サイトのメロ夢で、メロを気に入って頂けて凄く嬉しいです゜*。:゜+(人*´∀`)
●私も夢小説を書くので、読んですごい勉強になりました!!(中学生)
(ぅえぇぇ?!べ、勉強ですか!あんな駄文ですけど…恐縮です(゜ε ゜;)
●すごく好きです!ヒロインを心配しているメロにめろめろです!!(高校生)
(めろめろなんて嬉しいお言葉です!)
●この話を読んで、さらにメロが好きになったvvv(中学生)
(ありがとう御座います!感激です(´¬`*)〜*
●2人の切ない思いと互いを愛しく思う気持ちの描写がキユンときますoどの作品も大好きですo執筆応援しマてまス(bv`*)(高校生)
(キュンとして頂けて、ホント嬉しいです!応援もありがとう御座います!)
●このお話すごくいい!!読み終わったあとの感動がたまらないです><(小学生)
(い、いいですか!ひゃー、そんな風に言って頂けて、凄く嬉しいです(>_<)
●もう本当に大好きです!(大学生)
(ありがとう御座います!)
●LMN皆好きです。真昼の月と悩みましたが、現時点において今後の展開について眠れない日〜の方が気になっているので。(大学生)
(デスノ夢、色々と読んで下さってるようで、ありがとう御座います!)
●この作品を読んでメロに惹かれくヒロインに共感して、以前はLが一番でしたが今ではメロが一番好きです!
もちろんLも好きですがvこんなに共感出来た夢小説は初めてです(≧∪≦)(高校生)
(ヲヲ…この作品でメロ好きさんになってもらえて嬉しい限りです!)
●貴サイト様のメロ夢を見てさらにメロが大好きになりました。ストーリーはもちろん、ヒロインとメロのやりとりやお互いの想いが笑えて、泣けて、夢中になっています。
何度も何度も読み返しています。今後の二人の行方も楽しみに拝見させていただきたいです。こんな素敵な夢に出会えて嬉しいです。(社会人)
(ひゃー;;そんな風に言って頂けて、凄く感激です(*TェT*)素敵だなんて、もったいないお言葉ですよー!)
●ほんとに大好きですw更新まってますw(高校生)
(ありがとう御座います!遅くなりましてすみません(;^_^A
●読めば読むほど切なく、そして甘いお話だなぁと思いました。(高校生)
(ありがとう御座います!当サイト、切ない甘めを目指しておりますので、そんな風に感じてもらえて凄く嬉しいです!)
●この夢を見てメロが好きになりましたvvストーリーもおもしろいし、メロかっこいぃし・・・もう最高です!!(中学生)
(最高だなんて、ありがとう御座いますー!ひゃほう♪)
●今まで読んだメロ夢の中で一番好きです!!初めて泣きました…。そして、今までも大好きだったメロのことがもっと好きになりました。
そしてそして、メロに出会えて良かったと再確認させて頂きました♪これからも頑張って下さい!!(中学生)
(う、うお!い、今までで一番ですか!マジですか!もう、そんな風に言って頂けて、ホントに感激です(*TェT*)
●すごく面白いです!いつも楽しみにしています☆(高校生)
(ありがとう御座います!これからも頑張りますね(>д<)/オー
●この連載が更新されていると嬉しくて飛び跳ねるぐらい大好きです(中学生)
(と、飛び跳ねちゃってますか!それは嬉しいです!更新頑張りますね!)
TITLE:群青三メートル手前