STORY19. 過去に囚われて生きればいい








弥ミサの監視を続けながら、何度かマットと連絡を取った。
相沢達の方も大した動きはないようだ、とマットはボヤいていたが、それはこっちも同じだ。
動きがないと、自然に考えるのはのこと。
今頃、二アの元で何をしているだろう。
まさか二アが、そんな強引な手で出てくるとは、オレも思わなかった。


"キラから手を引いてください"


そんな事を言われるとも思っていなかった。
ただ、二アがそう言ってきた理由に、オレは薄々だが気づいていたんだ。


施設にいた頃、もしかしたら二アもの事を、オレと同じような目で見ているんじゃないか、と何度か思った事がある。
普段から感情を顔に出す事がなかった二アが、の前でだけ見せる顔がある。
それに気づいた時、ふとそう思ったのだ。
でもすぐに「あの二アに限って」と、そんな考えを打ち消していた。
とLが日本に経った後も、それほど変わりないように見えていたし、特に心配している様子もなかったからだ。
でも今、思えば、二アも心の中で、口に出せない想いを、一人抱えていたのかもしれない――


オレが施設を飛び出す日の前夜、珍しく二アがオレに話しかけてきた。
ロジャーにLの事を聞いた、すぐあとだったから、オレはてっきり後継者の事かと思った。
オレが二アに譲る、と言った事で、何か言いたい事があるのかと、そう思ったのだ。
だが、二アはその事には触れず、ただ一言…


「…を…探します。メロも手伝ってくれませんか」


正直、意外だった。
二アの口から、そんな言葉を聞くなんて思いもしなかった。
オレが二アなら、きっとライバルに助けを求めるなんてしなかっただろう。
それに二アも、ああ見えてプライドは高い。
元々仲が良かったわけでもないオレに、「手伝ってくれ」と言うのだから、相当の想いがあったんだろう、と今なら分かる。
けど、その時のオレは自分一人でを探す決心をしていたし、二アの手を借りるのも、自分が貸すのも嫌だった。


「オレはオレのやり方でを探す。お前も勝手にしろよ」


それだけ言って、オレは二アの申し出を断った。
二アも、それ以上何も言わなかった。
そのままオレは施設を出たから、二アがその後どう動いたのかは、施設に残っていたマットに少しだけ聞いた程度で、詳しい事は知らない。
だが、きっとオレと同じように、必死でを探していたんだろうという事は分かった。
それほど二アもの事を想っていたのだ。
そして今回のこと…


二アはの幸せだけを望んでいる。
オレにキラの件から手を引け、と言って来た本当の理由は―――のためだ。
オレに捜査をかき回されたとか御託を並べていたが、本当のところはそうじゃないはずだ。
二アはオレが感じている恐怖と同じものを感じている。
だからこそ、こんなに強引な手段に打って出た。
言い出したら後に引けない、オレの性格を、二アは読んでいる。


「…クソ…」


答えは分かっているのに、どうしていいのか分からない。
やはり、ここまで来て、もう後には引けない、という気持ちもある。
だがの事を思うと…


でも、もうあと一歩のところなんだ…
あと少しでキラに手が届きそうなんだ…


そんな思いが行ったりきたりしていて、未だ答えが出ない。
あれから何度か二アに連絡を入れたが、返って来る言葉は同じだった。
二アも手を引く気はないようだ。
と話したかったが、それすらも許してくれず、オレのイライラは頂点に達してきていた。




弥ミサの尾行をしている時、不意に携帯の着信音が鳴り響いた。
いつの間にか、ボーっとしていたらしく、その音で一瞬、気持ちが引き締まる。
出てみればマットからで、相沢と模木が二人、外で立ち話をしている、という報告だった。


『何を話してるのか分からないが、外で話すのには不自然なくらい、真剣な顔つきだ』
「分かった…とにかく目を離すな」
『…了解。ところで……大丈夫か?メロ』
「何がだ…?」


ショッピングセンターをウロウロしている弥を目で追いながら、チョコを咥える。
マットの言っている事は分かったが、敢えて口にしたくなかった。


『…いや、だから……の事だよ』
「…余計な心配はするな。オレと二アで話をつける」
『…ならいいけど…あまりカッカするなよ?あの二アが相手なんだし』
「分かってる…。無駄話してる暇はないから切るぞ」


それだけ言って通話を終わらせる。
マットなりに心配してくれてるのは分かるが、今は考える時間が欲しかった。
このまま必死で追いかけてきたキラを諦めるかどうか…
そんなもの簡単に答えが出せない所まできている。


正直、オレはどうしたらいいのか、分からなかった。



















二アの元へ来て、数日が経った。
帰してくれと頼んでも、相変わらず二アは「ダメです」としか言ってくれない。
それでも部屋を居心地のいいようにしてくれたり、料理も私の好きなものばかり用意してくれたりと、二アなりに気を遣ってくれてるようだった。
二アはLと同じように、殆どの時間を大量のモニター前で過ごす。
そして気が遠くなるほどの資料を読みふけったり、ビデオの確認をしたり、と、捜査を進めているようだ。
その間、私は特に閉じ込められる事もなく、与えられた部屋で用意してもらった本を読んだり、映画を見たり、時々は二アの捜査の様子を眺めたりして過ごしていた。
要はこの建物から出なければ、自由にしてていい、という感じだ。
入り口には鍵がかけられていて、そのカードキーはSPKの人しか持っていないようだし、ドアを中から開ける時も、そのキーが必要だから、私が逃げる事は不可能だった。
と言って、帰ることを諦めたわけではなく、何度となく二アに頼んでは見るのだが、返って来る応えは同じ。
きっとメロが二アの出した条件を飲まない限り、私を帰す気はないんだろう。


でも…どうして二アは今更メロに手を引け、と言うのかな…
そりゃ確かにメロは、とんでもない事件を起こして、二アの捜査の妨げになったかもしれない。
でも、そのおかげで得た情報だってあったはずだ。
それに今のメロはマフィアとして動いてるわけでもないし、仲間はマット以外いないから前ほど無茶は出来ない。
なのに私を監禁してまで、メロを止めたい理由って、何なんだろう…


あれこれ考えていると、不意に開け放したドアから、男性が一人、顔を出した。
ここへ来る時、私を迎えに来た二アの部下で、ジェバンニと名乗った人だ。


「…お腹空きました?」
「…あ、いいえ…大丈夫です」
「そうですか。ではお茶を淹れましょう」


そう言って部屋の中に入って来たジェバンニは、慣れた手つきで美味しい紅茶を用意してくれた。
私は紅茶が大好きだ。
この香りを嗅ぐと、懐かしいあの施設を思い出す。
私はカップを受け取り、「ありがとう」とジェバンニに微笑んだ。


「いえ…これくらいしか出来ないですからね。二アは一度、集中すると、あの場から動かないし」


そう言って本部の方を振り返る。
私のところからはよく見えないが、二アはまたオモチャをいじりながら、大量のモニターを見て何かを探しているようだ。


「ジェバンニはずっと二アと?」


ふと気になり、尋ねると、彼は人懐っこい笑顔で頷いた。
最初は怖い印象だったけど、こうして見ると、なかなか好青年で、柔らかい雰囲気を持っている。


「ええ、まあ。ホントはもっと仲間がいたんですが…メロに殺されました」
「…え?」
「あ、いえ…すみません。正しくは…メロが属してたマフィア達、ですけど」
「…それって…」
「…ええ。あのノートを使ったようで…スパイに名前と顔をバレていた者、全員がやられました」
「…そう…ですか…」


その話を聞いて、メロの裏の顔を見たような気がした。
私を探す為、メロがどれだけの犠牲を払ったのか。
メロはそんな事言わないけど、今なら分かる。


「あ、すみません…こんな話して…。あなたはメロの…恋人なんですよね」
「…いいんです。メロがマフィアにいて、どんな事をしてたのか…だいたいは想像がつきますから」


私がそう言うと、ジェバンニは困ったように頭をかいた。
本来なら仲間を殺されたのだから、メロを悪く言ってもおかしくないのに、私に気を遣ってくれてる。
きっと凄く優しい人なんだろう。


「あの…メロがキラの件から手を引きさえすれば…すぐに帰れますから」


彼のその一言に、私は小さく頷き、ゆっくりと紅茶を口に運んだ。
やっぱりメロがその事を承諾しない限り、私は帰れないらしい。


「でも…二アったら、どうして急にそんなこと言い出したのかな…。そんなにメロが邪魔なのかな…」


誰に対する言葉でもなく、そう呟くと、ジェバンニはハッとしたように顔を上げた。


「いえ…邪魔というわけじゃ…ないんです」
「……どういう…意味?二アはメロが捜査の邪魔をするからって…」


彼の言葉に首を捻ると、ジェバンニはチラチラと二アのいる本部に視線を送り、困ったように溜息をつく。
その態度が不自然で、私はもう一度、「どういう意味ですか?」と尋ねた。
すると、少し迷った顔をしながらも、ジェバンニは私の方に歩いてくると、静かに隣に座る。


「これは…直接聞いたわけじゃないんですけど…」
「…何ですか?」


声を潜めて話し出す彼に、私は少しだけ身を乗り出した。
ジェバンニは、どう言ったらいいのか、考えるように天井を仰ぎながら、静かに話し出した。


「…二アは…メロが邪魔だから…キラから手を引けと言ってるわけじゃないんです。あなたには、そう言ったかもしれませんが」
「…だったら…どうして…」
「………二アは…心配なんです」
「心配…?」
「…ええ。もしメロが今後も無茶なやり方でキラを追っていくなら…更に危険が増すでしょう…?」
「え…じゃあ二アはメロの心配をして―――」
「いえ…この場合、少し違います。そういう気持ちも多少はあると思いますが…」
「…じゃあ……二アは何の心配をしてるの…?」


言葉を濁すジェバンニに、私は詰め寄った。
すると彼は私を黙って見つめて、優しく微笑む。


「……あなたの事です」
「…え…?」
「二アが一番心配しているのは…あなたの事ですよ、さん…」
「…私…?どういう事…?メロがキラから手を引く事と私の何の関係が…」
「…もし…メロがこのままキラを追っていけば…更に危険が増す、と先ほど言いましたよね」
「……え…ええ…」
「そして、これは仮定の話、ですが…万が一、メロがキラの手にかかったとして……そうなれば誰が一番悲しむんです?」
「―――――ッ」


その一言に、私は後頭部を殴られたような衝撃を感じた。
そんな私を見て、彼は小さく息をつくと、「あなた、ですよね」と一言、呟く。


「あなたは一度、最愛の人を亡くしてる…。次にまた、大切な人を失ったら…今度こそ、あなたは…。そう考えて、二アはこんな事をしたんだと思います」
「…そ…んな……じゃあ…二アは私の為に…?」
「…ええ、僕はそう思っています。でもあなたがメロを好きになったりしなければ…ここまではしなかったでしょう」


ジェバンニはそう言うと、ふと優しい笑みを浮かべた。




「二アは…貴女にもう二度と…大切な人を失って欲しくないんだと思います」




その言葉に涙が溢れてきた。
まさか二アがそこまで考えてくれてたなんて、思いもしなかった。


「…メロも、きっと今頃は二アの考えてる事に気づいていると思います。あとはメロが答えを出すだけです」


そっと涙を拭う私に、彼はそう言って立ち上がった。


「出来れば…貴女からメロを説得してもらいたかったんですが」
「……私は…」


そこで言葉が詰まる。
私だってメロを失いたくなんかない。
メロがキラに関わる事で、危険がある事は知ってる。
だからこそ毎日、怖かった。
メロを好きになればなるほど、Lを失った時の恐怖が蘇るから。
なのに言えなかった。
メロがどれほどの思いでキラを追っているか分かるから…私のためだけじゃなく……Lの為にも、メロはキラを捕まえる、ううん、殺すことを目標として、今日まで必死に走って来た。
私を探す為、マフィアに身を置き、キラを捕まえる為、犯罪を犯した。
それもこれも全て、私と、Lの為……
だからこそ…簡単に「やめて」と言えなかった。
そんな私の代わりに…二アがメロを止めようとしてくれている。自分だけ悪者になって…。
この事実は胸の奥を痛くさせるに十分過ぎた。




「…ジェバンニ!どこですか?ジェバンニ!」


その時、二アの声が聞こえて、私と彼はハッと顔を上げた。


「…ここで何してるんです?」


見れば二アが入り口に立っていて、訝しげな視線をジェバンニに向けている。
彼は慌てたように、「彼女に食事の事を聞きに…」としどろもどろで説明して、チラっと私を見た。
私もすぐに頷けば、二アは憮然とした表情で部屋の中に入って来た。


「…勝手にに近づかないで下さいね。サボってる暇があるならキラに新しく代弁者として指名された高田アナを調べて下さい」
「は、はい。すみません」


二アの言葉に、ジェバンニは慌てて本部の方に走っていく。
それを見て改めて、二アがSPKという組織のトップなんだ、と実感するのと同時に、二アの成長を感じて嬉しくなった。


「…何か…ジェバンニが迷惑かけませんでしたか?」
「…え?あ…ううん。お茶を淹れてもらっただけ」
「…そうですか。なら…いいんですけど」


二アはそう言って部屋の中に入ってくると、私の隣に座った。
その横顔は少し疲れてるように見える。


「大丈夫…?休んでないんじゃない?二ア…」
「大丈夫です。今、休んでる暇はありませんから」


顔を引き締め、そう言う二アを見て、先ほどジェバンニから聞いた話を思いだした。
二アは私の為に、メロを危険から遠ざけようとしてる。
そんな事を考えてくれてたとは知らないで、メロを邪魔者扱いしてる、と勝手に思っていた自分が恥ずかしくなった。


「…二ア…」
「何ですか?頼まれてもメロの元へは―――」
「違うの、そうじゃない…」
「…じゃあ何です?」


訝しげに私を見つめる二アを見て、私はそっと二アを抱きしめた。
その突然の行動に、二アの身体がビクっとしたように跳ねる。


「…あの…っ?」
「ありがとう……」
「っ…何を―――」
「メロの事…私の為に言ってくれたんでしょう……?」
「………っ」


私の一言に、二アは驚いたように、身体を離した。
その顔には、驚きと、戸惑いといった表情が現れている。


「誰がそんな事……」
「ジェバンニって人が教えてくれたの……二アがメロにあんな事を言ったのは…私の事を考えてるからだって…」
「………っ」
「私が…また傷つかないように…そう思ってくれてるんでしょう?」


確かめるように尋ねると、二アは視線を反らし、ゆっくりと立ち上がった。
何も応えようとしない二アに、私はもう一度、「そうなんでしょう?」と言葉をかける。
すると二アは私に背を向け、小さく息をついた。


「…ジェバンニが何を言ったのか知りませんが、私がメロに手を引くよう言ったのは、本当に捜査の邪魔だったからで――」
「嘘言わないで。二アはそんな事でメロにあんなこと言ったりしない…本当のこと言って…」


二アの少し大きくなった背中を見つめ、私は静かに立ち上がった。
あの頃は私より小さかった身長も、今は私を越すくらいに伸びてる。
この4年間、二アもまた、メロと同じようにつらい時間を越えながら、今日まで生きてきた。
キラという、巨大な敵を追いながら、私達は同じ気持ちを持ち続けてる、同志みたいなものだ。
だからこそ、二アだって、メロに手を引けというのは、本当は辛かったはずなんだ。


二アは深く溜息をつくと、ゆっくりと私の方を振り返った。


「……だったらメロを説得してくれますか?」
「……二ア…」
「…ええ、の言うとおりです。私は…貴女に、もう二度と、大切な人を失って欲しくない。もし…今度も失うような事があれば…きっとは―――後を追うでしょう…?」


悲しげに、切なげに揺れる二アの瞳は、本心を訴えているように見えた。
二アのいう、その最悪のシナリオを、私は容易く想像する事が出来る。
Lと同じように、もしメロを失えば…私は今度こそ、間違いなく、彼らの後を追うだろう。


「………ええ…そうね…」
「私は…!そうなって欲しくない!」
「………っ」


私の言葉に、二アは突然、声を荒げた。
初めて感情を露にした二アに、ハッと息を呑む。
怒っているのか、それとも悲しんでいるのか、肩を震わせながら、ぎゅっと握り拳を固め、私を見つめている。
こんな二アを、見た事がなかった。


「二ア……」
「…が…絶望するくらいなら…メロのプライドを踏みにじるくらい、私にはなんて事ないんです…っ。例え、憎まれても…罵倒されても…の未来を奪う事だけは…」


声を震わせ、二アは強く唇を噛み締める。
いつも感情を表に出さない二アだからこそ、その強い決心が伝わってきて、気づけば二アを抱きしめていた。
昔と同じように、包むように抱きしめると、二アはかすかに身体を震わせた。


「………?」
「…ごめんね、二ア……。二アがそう思っててくれたなんて…知らなかった…」
「………」


私の言葉に、二アは小さく首を振った。


「……昔は…に守られてましたから……今度は…私が守る番です」


私の腕の中で声を震わせ、二アはそっと顔を上げると、逆に私の背中に腕をまわし、抱きしめてくれた。
昔はあんなに華奢だったのに、今では私の方が二アの腕にスッポリと包まれてしまう。
二アからは、あの頃の、懐かしい匂いがした。


「……私は―――」


二アが何かを言いかけた、その時。
突然、「二ア!」と呼ぶ声と同時に、綺麗な女の人が顔を出した。
が、私達を見た瞬間、パっと背中を向け、


「も…申し訳ありません!」


それには二アも慌てて私を放し、煩わしそうに、「何ですか…?」と尋ねた。


「は、はい…。日本に飛んだレスター指揮官から連絡が入ってますが…」
「…分かりました。今、行きます」


二アがそう告げると、その女性はチラっと私を見て、軽く会釈をしたあと本部に戻って行く。
私は彼女を見て、もしかして、と思い、部屋を出て行こうとする二アを呼び止めた。


「あ、ねえ、二ア…」
「メロの事は後ほど話しましょう。今は捜査があります」
「…う、うん、分かった…。それより今の人……」


そう言い澱む私を見て、二アは不思議そうに振り返る。


「…今の…とは、ハルの事ですか?」
「ハル……」


その名を聞いて、メロが電話で話してた女性だ、とすぐに分かった。


「ハルがどうかしましたか?」
「あ…何でもない…ごめんね」


ハッとして首を振ると、二アは訝しげに眉を寄せたが、そのまま部屋を出て行った。
それを見送り、ドアを閉めると、思い切り息を吐き出しベッドに座る。
ここに連れてこられた時は、彼女も席を外してたから会えなかったけど、二アが呼び戻したんだろう。
いきなり顔を合わせて驚いた。


「はあ…マットの言ったとおり綺麗な人…」


頭の中で想像してはいたが、実際に会ってしまうと、やっぱり少し気になってくる。
彼女がメロと頻繁に連絡を取っていたのは、情報交換の為だと聞かされたのに、未だヤキモチを妬いてしまう自分に呆れた。


「ダメダメ…こんな事くらいで気にしてどうするのよ…」


ベッドに横になり、ぎゅっと目を瞑る。
ふとメロの顔が浮かび、今、この瞬間、メロは何をしてるんだろう、と思った。
二アに、手を引けと言われたくらいで、メロがやめたとは思えない。
きっと今も日本捜査官の見張りをしてるんだろう。
何度かメロから連絡が入ったらしいけど、二アの言う事に耳を貸さず、私を出せ、と怒るばかりだった、と二アが言っていた。


二アの気持ちを考えたら……ううん、私の気持ちも同じで、メロには危険な事はして欲しくない…
ここは二アの言うように、メロを説得した方がいいんだろうか。
そしてメロと二人で、あの街に帰って、一緒に暮らす…
キラのことも忘れて、二人で平和に暮らせたら…どんなにいいだろう。


出来れば…私だって、そうしたい。
でも……それで本当にいいの?と、いう声がする。
たとえメロが了承して、二人でイギリスに戻ったとしても…キラの事件は終わったわけではないのだ。
二アにだけ危険な捜査をやらせ、私達は安全なところに逃げる、なんて事、出来るはずもない。
それにきっとメロだって、最後まで戦わなかった事を、いつか後悔する時が来るかもしれない。
ううん、メロの事だ、きっと後悔する…


どうしよう…どうしたら…


そんな言葉ばかりが巡り、私は溜息をついた。
すると、突然、ノックの音がして、私は身体を起こし、「どうぞ」と声をかけた。


…」
「あれ、二ア…捜査じゃ…」


部屋に入って来たのは二アだった。
やっぱりメロの事で話に来たのかと、立ち上がった私を見て、二アは真剣な顔で、前に歩いて来た。
どうしたの?と首をかしげる私に、二アは言いにくそうに口を開く。


「……これから……日本に発つ事になりました」
「……え…?」
「今から…準備をします」
「……日本って……」


二アの言葉に唖然とした。
そんな私を見て、二アは軽く息をつくと、「説明します」と言って、ソファに座る。
手を引かれ、私も隣に座ると、二アは落ち着かないような顔で髪を指に巻きつけながら、ふと私を見た。


「…今…キラとして見ているのは"二代目L"夜神ライトですが…現段階で裁きをしているのは彼でも、そして第二のキラ容疑がある弥ミサでもありません」
「……え?」
「最近の裁きは…キラの代わりに選ばれた者の仕業と見ています。その者は十中八九、日本にいるでしょう」
「…日本に…」
「はい。ですから…私も日本に飛んで、そこで夜神ライトとの決着をつけようと思います」
「………っ」


夜神ライトとの決着、と聞いて、鼓動が早くなる。


私からLを奪った男……夜神ライト。
何度も悪夢の中に出てきては、あの笑みを浮かべていた。


「夜神ライトも、すぐに日本へと戻るでしょう」
「……そう…」
「そこで…にお願いがあります」
「……お願い…?」


二アの言葉に、ふと顔を上げると、そっと手を握られ、ドキっとした。


「このまま私と一緒に…日本へ来てくれませんか」
「……な…私が…?」
「はい」
「…な、何で私が……」


思い出すだけで身体が震える。
私は4年前、日本から逃げ出してきたのだ。
あの国は、私にとってつらい思い出が多すぎる…


「本当なら…危険ですし置いていこうかとも考えました。ですが…傍にいてもらった方が私も安心して捜査が出来ますし…は一度日本に行ってます。なので―――」
「イ、イヤよ…。二度と…あんな国には行きたくない…。それにメロが―――」
「日本の捜査官が動いた場合…メロも日本へ行くと思います」
「……っ」
「今の状態では…そうなると、にも分かるでしょう?」


二アにそう言われて、私は何も言えなかった。
確かに言われたとおり、キラに少しでも辿り着くなら、メロは彼らを追って日本へと発つだろう。
そうなれば…ここに残ったとしても、私だって心配で仕方ない。




「……メロと…話をさせて…」




決心のつかないまま、二アにそう訴える。
二アは暫く考えているようだったけど、「いいでしょう…」と言って立ち上がる。
そしてポケットから私の携帯を取り出すと、私に差し出した。


「どうぞ…」
「ありがと…」


目の前に出された携帯を受け取り、メロの番号を表示する。


この時点で、もしメロが日本に行くと言えば、私もあの国へ、再び行く事になるだろう、と確信していた。


















…っ?」


目を覚まし、ハッと部屋の中を見渡した。
知らずに、彼女の姿を探してしまう自分に気づき、軽く失笑が洩れる。
傍においておかないと不安で、無事だとは分かっているのに、どうしても落ち着かない。


弥を見張っているうちに、うたた寝をしてたようだ。
飲みかけのコーヒーがすっかり温くなっているのを見て、オレは軽く息をついた。
が、ふと盗聴器の方から何も話し声が聞こえてこない事に気づいた。
いつもなら弥ミサの、うるさすぎる話し声が延々と聞こえてくるはずなのに、今はシーンとしている。
慌てて双眼鏡を覗くと、部屋の中には人の気配がなく、オレは急いで出かける用意をした。


部屋を飛び出し、通りに出る。
だが心配する事もなく、標的はあっけないくらい、すぐに見つかった。


「Hey!タクシー♪」


向かいの交差点に、車を探す弥ミサの姿を見つけ、ホっとしながら、様子を伺う。
だが彼女の足元には大きなトランクが置いてあり、それを見て軽く舌打ちをした。
急いでバイクに跨り、タクシーに乗り込んだ弥を追いかける。
行き先は容易に想像できた。


数分走ると、思ったとおり、空港が見えてくる。
弥を乗せたタクシーは、その中へ消えて行き、出発ロビーの前で止まった。
急いでいるのか、弥はタクシーを下りると、トランクを押しながら、ロビーの中に駆け込んでいく。
オレはバイクを端に止め、そのまま後を追った。




「モッチー!」


「―――ッ?!」




弥が手を振る先を見て、愕然とした。
そこには模木が待っていて、模木もまた大きな荷物を持っている。


(模木…?模木がマットの見張ってる方から動いたという連絡はない……)


そう思った瞬間、携帯が鳴り出した。


『メロ?!』
「何やってる、マット。模木がロスの空港にいるぞ」
『…クソ!やられた!昨日来た食料の宅配業者に金をつかませ、そのトラックで機材ごと出ている…』
「だから油断するなとあれほど言っただろう」
『…悪かったよ…。で、どうする?』


マットの問いかけに、応えることなくオレは二人を目で追いながら、歩いていく。
今は考えている時間はない。


「マット。オレは模木を追って日本へ行く。お前も後から来い」
『えっ日本…本気かよ?!』
「…ああ。荷物はそのままでいい。すぐに用意しろ」


二人から目を離すことなく、カウンターに走り、チケットを買う。
この時期はガラガラで、すぐに二人と同じ便のチケットが取れた。


『おい、メロ!でも…はどうするんだ?このまま置いていく気か?』
「……は二アのところだ。心配はない。後で二アに連絡―――」


そう言いかけた、その時。
キャッチが入り、オレは言葉を切った。


「キャッチだ。いいか、マット。すぐに用意しろ」
『…了解』


その言葉を聞き、オレはすぐにキャッチのボタンを押した。
弥と模木が搭乗口に入っていくのを確認しながら、オレも後を追いつつ、電話に出る。


「もしもし…二アか?」


マット以外、この番号を知ってるのは、と二アだけだ。
てっきり二アかと思い、そう言った。
だが受話器から聞こえてきたのは―――




『……メロ…?』
「…っ?……かっ?」


思いがけない相手からの電話に、オレは思わず立ち止まった。


『うん…二アが話していいって…』
「そうか……、大丈夫か?」
『私は平気。メロは…?』


この数日、聞きたくてたまらなかった声が耳に心地よく響く。
無事と分かっていても、元気そうな声に、ホっとしていた。


「オレは大丈夫だ。それより…オレはこれから模木を追って日本へ経つ―――」
『………っ』
「……?」


受話器の向こうで息を呑む気配がして、オレは彼女の名を呼んだ。
するとの驚いたような声が聞こえてくる。


『メロ……日本に…行くの?』
「ああ…弥を追いかけてきたら模木と空港で落ち合った。二人はこれから帰国するようだしオレも後を追う。他の連中も全員、日本に戻るはずだ」


傍に二アがいる事は百も承知だ。
多分、二アにも、この情報が入るだろう。
それでも先に動けるのはオレの方だし、洩れても構わない、と思った。


…?」


黙ったままのに不安になり、声をかける。
すると小さく息をつく音が聞こえ、『…やっぱり…行くのね』という声がした。


「やっぱり…?どういう意味だ?」
『…二アが…言ってたから…。メロも日本に行くはずだって…』
「…二アが?」


(何でもお見通しってわけか…)


内心、軽く舌打ちをしながら、待合室のソファに座っている二人を見る。
もうあと10分ほどしたら、搭乗手続きが始まるだろう。
が、その時、ふと、の言葉を思い出した。


…。オレも、、、とは、どういうことだ?二アも日本に発ったのか?」
『…ううん、これから…行くって言ってる…』
「…これから?じゃあ……」


まだ先を越されてはいないようだ、とホっとしながらも、はどうするのか気になった。
二アの傍にいる事で少しは安心していたが、二アがいなくなるならば……彼女の監禁を解く気だろうか。


『メロ……』
「……ん?」


あれこれ考えていると、の声が聞こえた。
あまり長く話してはいられない。
がどうなるのか、早く聞き出さないと……
そう思った時、が口を開いた。


『メロ…どうしても…キラを追うの…?』
「…何…?」
『…キラから…手を引く気はない…?』
「………」


彼女の口から、思いがけない言葉を聞き、オレは戸惑った。


「二アに…何を言われた…?またオレを説得するよう頼まれたのか?」
『…それもある…。でも…私はメロが心配なの…。このままキラを追って日本に行くなんて―――』
…!オレだって色々考えてる…。だけど…答えが出ないんだ…。だけは傷つけたくない…でもキラを見逃す事も…」


そこで言葉を切る。
二人が立ち上がり、搭乗手続きに向かうのが見えたのだ。


…その話はまた後で話そう。今は時間がないんだ」
『待って、メロ!私は―――』
はそこにいろ。後で二アに連絡を入れる。分かったな?」
『メロ…!待って―――』


の叫ぶ声が聞こえたが、乗務員に携帯を切って下さい、と言われ、通話を終える。
彼女の事は心配だったが、二アに任せておけば、大丈夫だろう、という気持ちがどこかにあった。
二アも日本に来ようと、の事だけはちゃんとやってくれるはず。
そう思っていた。


そしてオレ自身、すぐに帰れると思ってたんだ……彼女の元へ。





















「どうしました?」


携帯を持ち、呆然とするの瞳に涙が溢れ、私は心配になり声をかけた。


「メロ…日本に行っちゃった……」
「……遅かったですか…」


想像していた通りの展開に、私は溜息をついた。
なりに、迷いながらも説得を試みてくれたが、どうやらメロは聞いてくれなかったらしい。
でも、またそれも、私には分かっていたのかもしれない。


誰がどんな言葉をかけても、メロは決して立ち止まらない事を――




「……行きましょう、日本へ」


溢れる涙を拭っている彼女をそっと抱きしめ、柔らかい髪を撫でた。
昔、Lが彼女にそうしていたように、壊れ物を包むように抱きしめる。
子供の頃には決して叶う事のなかった、抱擁。
出来れば、このまま傍にいて欲しい、と、何度も思った。
だけど彼女の心にあるのは、何年経っても、私以外の、存在……


「……メロに…会いたい…」


小さな声で、震えるように呟く、その一言が、私の身を切り裂くほどの威力があるなんて、きっと彼女は知らない。
だから言えないんだ。




"私の傍にいてください"




その、たった一言が―――





「…日本で…メロを止めましょう」




私の言葉に、は僅かに顔をあげ、小さく頷いた。
まるで愛しい飼い主に置いて行かれた、捨て猫のような表情をする彼女に、胸の奥が軋む。
彼女に、そんな顔をさせるメロが、憎いと思った。
一人で生きてるのなら、どんな危険の中に身を置こうと構わない。
けど、彼女を傷つけることになるなら、メロはキラを追うべきじゃなかった。


メロはいつも感情で動く。
故に大事な物を、見落としてしまう。


メロが昔から望んでいる"一番"を、私が何度、手にしようと、唯一のものを手に入れられないのなら、意味がない。
私がどれだけ望んでも、手に入らない唯一の存在を手に入れたのは、メロだ。
それは"一番"なんかよりも、もっと大切で、かけがえのないものなのに。


そんな事も分からないのなら、彼女の心を奪わなければ良かった。


それさえも気づかないのなら―――















過去に囚われて生きればいい

















だんだん終盤になってまいりました、よ(多分)


いつも励みになるコメントを、ありがとう御座います<(_ _)>


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■本編のニアは感情が読めなくて少し怖かったのですが、ここの小説を読み、ニアが主人公達の幸せを守ろうとする姿を見てほっとしました。こちらの小説のおかげでメロもマットも、そしてニアも好きになることが出来ました。(大学生 )
(そう言って頂けて、私も嬉しいです!二アは冷たいようでいて、心の中ではきっと仲間の事を大事に思ってたんだろうなあと想像しながら書いております;これからも頑張りますね!)


■この連載最高です!メロとヒロインに幸せになって欲しいです。(大学生
(最高だなんて、もったいないお言葉、ありがとう御座います!今後も頑張ります!)


■続きを楽しみにしています(その他 )
(ありがとう御座います♪)


■このサイトのメロが、優しくて不器用でドツボです!!これからの展開も凄く楽しみにしてます☆頑張ってください!(大学生)
(ドツボと言って頂けて感激ですー!これからも頑張りますので、また遊びに来てやって下さいね(*・∀・`)ノ













TITLE:群青三メートル手前