『OK―――ここで働くわ』
その一言が合図になったかのように、ダンテは持っていた看板を肩に担ぎ、に右手を差し出した。
『――――Welcome To "Devil May Cry"』
一週間後―――――
「―――何が"デビルメイクライにようこそ"、よ!ダンテの奴ぅ!仕事も何も、あれじゃ雑用係じゃないのっ!だいたい事務所がボロボロで仕事なんか出来ないわよっ」
店内に鳴り響くBGMの音量にも負けないくらいの声で叫び、どんっとカウンターテーブルを殴り付ける。
ついでにはそのふっくらとした唇を尖らせながら頬づえをついた。
その怒りっぷりに、カウンターの中でグラスを拭いていたマスターも苦笑いを浮かべている。
ここ、<BAR・Bull's Eye>は、が、あの情報屋エンツォからダンテの事を聞いた時にいた店だ。
スラム街に近い割にはフードと美味しい酒を出してくれる事から、意外にも人気がある。
店内は広く、奥にはビリヤード台やダーツボードが置いてあり、今も仕事帰りのサラリーマンが数人、お酒を飲みながらプレイしていた。
この街に来て一週間。
事務所からも近い事もあり、も一日に一度は食事や酒目当てで、この店へ足を運ぶようになっていた。
―――料理を作ろうにも、事務所のキッチンすら未だ使えない状態なのだ―――
当然ダンテも常連だと言う。
「どうしたい。まだ事務所が片付かねえのか?」
「そうなのよ、マスター」
一見、強面のマスターは拭いたグラスを棚に戻し、未だ機嫌の悪そうなに視線を向けると煙草に火をつけた。
はこの店主の名前を知らない。ただダンテやエンツォが「マスター」としか呼ばないのでもそう呼んでいる。
「ダンテってば看板だけは気合入れてピカピカの作っちゃったもんだから予算が足りなくなってビルの修復してくれてた業者に支払い出来なくなったの!」
最初に二人が出会った夜。ダンテはちょうど出来たての看板を受け取りに行って帰って来たところだったらしい。
「何じゃそりゃ…。計画性ってもんがまるでねえな。まあ、あいつらしいっちゃあいつらしいが…」
「困ったオーナーでしょ?!だから工事も途中なのに業者さんが来てくれなくなって…ホント最悪!私には雑用ばっかさせるしっ」
はブツブツ言いながらマスターお手製のイタリア風ピッツァを頬張る。
ついでに飲みかけの赤ワインをぐびっと飲み干し、「お代わり!」とやけくそ気味に叫んだ。
マスターも苦笑交じりでワインを注いでやると、「で、どうすんだ?」と煙草の煙を軽く吹かした。
「どうもこうも…あんな状態じゃ仕事になるどころか住めないし、今朝から工事を再開させたわよ」
溜息交じりで肩をすくめ、はピッツァをぺロリと平らげた。
お腹が落ちついたのか、ダンテへの怒りも徐々に収まって来たようだ。
「工事再開って…支払いはどうすんだ。ダンテの奴、払えないだろ」
「それは仕方ないから私が立て替えたの。―――ご馳走様。やっぱマスターのピザ美味しいわ」
「そりゃどうも。―――ってか立て替えたって、そんな安いもんじゃないだろ?ほぼ崩壊してた建物を元通りにするのは」
驚くマスターに、はニッコリ微笑み、ワインを軽く揺らした。
「大丈夫よ。私これでも結構お金持ちだから」
「…金持ち?」
「あー疑ってるでしょ」
訝しげに眉を寄せるマスターに、は楽しげに笑う。
しかしも故郷を出る時に、初めてその事を知ったのだ。
「親が残してくれた財産があってね。それをシェスタ…私を子供の頃から面倒見てくれてた人がきちんと管理しててくれたの」
「…へえ。親の遺産、か。なるほどね」
「だから当分生活するには困らないっちゃ困らないんだけど…。まあ…"うちのオーナー"があんなだから散財しないよう気をつけなくちゃ」
「そうしな。あと…こういう場所でその話はしないこったな。どこで誰が聞いてるか分からねえ。狙われるぞ」
心配そうに忠告してくれる親切なマスターに、は僅かに笑みをもらし、「そうするわ」と素直に頷いた。
といって、例えその話を聞き、彼女を狙おうと言う輩がいたとしても、返り討ちにあうのは目に見えているのだが。
「んで…その散財がお得意な"オーナー"は何してんだ?この時間になってもメシ食いに来ないなんて」
他の客から注文が入り、綺麗な色のカクテルを作りながら、マスターはふと時計を見た。――午後8時。
いつものダンテなら「腹減ったぁー。ピザくれ」と飛び込んできそうな時間帯だ。
なのに今日はだけが顔を出し、ダンテは一向に現れない。
「ああ…実は今、店に人が来てて」
「何?あの廃墟寸前の事務所に客?エンツォか?それともモリソン?」
エンツォ、とは、がこの店で知り合った例の情報屋だ。(彼もこの店の常連らしい)
時々事務所に顔を出しては仕事になりそうな情報を持ってきたりするのだが、当のダンテは「面倒くせえ」だの「だりぃ」だの言って毎回あしらっている。
エンツォは彼の正体を知らないからか、仕事の内容など選ばず持ってくるのだ。(主に人探し)
だからダンテはやる気が起きないのだが、としては、悪魔がらみじゃない仕事も、お金の為にして欲しいと内心思っていた。
モリソンはその辺、エンツォとは違う。
仲介屋として、デビルメイクライに出入りしているダンディなおじ様で、詳しくは聞いてないが彼はダンテの正体を知っているようだ。
なので持ってくる仕事は全て普通の人間では無理であろう、いわゆる"ダンテ好み"のものばかりだった。
まだ二度ほどかしか会ってないが、はダンディで優しいモリソンにはなついていた。
「どっちでもないわ。まあ客と言うよりはダンテの……個人的な知り合いみたい」
「…個人的?―――女か?」
微妙なニュアンスを感じ取ったのか、マスターがニヤリと笑う。
は返事の代わりに軽く肩を竦めて見せた。どうやらマスターの感は当たっていたようだ。
「ははーん。それでさっきから機嫌が悪いんだな?」
「……何それ」
突然のマスターの突っ込みに、は大きな瞳をパチクリとさせる。
今の客の話と、自分が機嫌の悪い事と、の中で繋がらないようだ。
マスターは再び煙草に火をつけながら、カウンターテーブルへと身を乗り出した。
「要はあれだろ?ダンテのところへちゃんの知らない女が尋ねて来た。―――"誰よ、あの女"。そう思ってんだろ」
「……思ってるけど。だってホントに知らないし、何か感じ悪くて――――」
「そりゃ嫉妬だな」
「―――は?」
何も考えず、思った事を口にしようとした瞬間、マスターの一言に、は更に目を見開いた。
まるで"こやつは何語を話してるのだ?"と言いたげな顔だ。
「マスター。今…なんて?」
「だから、その知らない女とダンテが親しげにしてたから嫉妬して怒ってたんだろって話だよ」
「…嫉妬?私が…?ダンテとあの女に?嫉妬?」
あまりに不可解な発言を聞いたせいか、は思わず二度聞きしてしまった。
そして突然その意味が脳に到達したのか、顔を赤くして立ち上がる。
「んなわけないでしょ!なーーんで私がダンテとあの小生意気な女に嫉妬なんかしなくちゃいけないわけ?ありえないっ」
「そうなのか?でもその女の事は良く思ってないみたいじゃないか。それはやっぱり嫉――――」
「ちーがーうー!」
まだ言うか、とばかりにが声を張り上げる。
その声のデカさに、ビリヤードで遊んでいた男達も驚いたのか、手を止めての方を見ていた。
「まあ落ちつけよ。他の客が驚いてるぞ」
「マスターが変なこと言い出すからじゃない。全く…何でそうなるのよ」
は再び椅子へと腰をおろし、怖い顔でマスターを睨む。
その様子に機嫌を取ろうと、ワインを注いでやると、は無言のままそれを飲みほし、グラスをどんっと置いた。
「おいおい…もっと丁寧に扱えよ。そのワイングラス高いんだぜ?」
「誰のせいよ」
ジロりと睨むに、「ダンテのせいだろ?」とマスターは笑った。
「それもあるけど」(!)
と、そこは素直に認めると、はあっと溜息を零す。
そんなに、マスターは苦笑すると、つまみ用のチーズをサービスで出してやった。
「で?その小生意気な女と何があったんだ?」
「…別に…何があったわけでもないけど」
「でもさっき感じ悪かったって言ってたじゃねえか」
「まあ、ね」
は溜息交じりで肩をすくめ、先ほど顔を合わせた女の事を思い出していた。
その女―――ダンテは「レディ」と呼んでいた―――はの存在に少し驚いてた様で、ジロジロ見て来たあげく、
「まるでハロウィンね」
と軽く笑ったのだ。
その言葉の意味を、は即座に理解した。彼女はの格好を見て、からかったのだろう。
その初対面とは思えない女の態度に、も少なからずムッとした。
ついでに、その後はダンテとコソコソ話し始めたのだが、それもの苛立ちを悪化させた。
(一言くらい挨拶しろってのよ)
内心そう思ったが、初対面の人間とモメるのも面倒だし、ダンテの知り合いなのだから、とも無視していた。
だが自分に聞こえないようにヒソヒソ話される、というのは意外と嫌なもので、その空気に耐えられず、こうしては一人事務所を出て来たのだ。
(彼女どう見ても普通の仕事してないわよね。あの人を探るような目つき…。それに見えないようにしてたけど体中に武器を隠してた…何者なんだろ)
マスターが用意してくれたワインとチーズを味わいながら、は謎の女が何しに来たのかも気になっていた――――
この日も早起きをして、事務所内を何とか住めるくらいにしようと、はダンテを叩き起こした後、掃除を始めた。
室内の内装はほぼ修理済みで、残るは外装のみ。が代金を払ったおかげで、今朝から工事も再開している。
「なるべく早く頼むわね」
と、外装は業者に任せ、は事務所の奥にあるバスルームやキッチン、そこから上がった二階の部屋も、とりあえずは崩れ落ちた瓦礫などを片づけ、埃やゴミを掃除機で吸い、綺麗に雑巾で拭く。
そんな一連の作業をやっていたら、アっという間に日が暮れ、マスターの想像通り、ダンテが「腹減った!」と文句を言いだした。
「こんだけやりゃ今日はいーだろ?そろそろマスターんとこにピザ食いに行こうぜ」
ダンテは赤いソファに寝転がりながら欠伸を噛み殺している。朝早くから叩き起こされ、あげくやり慣れない掃除をさせられた事で疲れたのだろう。
すでに動く気がないというように、ダンテはソファの肘掛に足を乗せ、「なあ、メシー」と子供のように叫び始めた。
そのやる気のなさに、は溜息をついて窓を拭く手を止めると、怖い顔でダンテを睨む。
「あのね、自分の事務所でしょ?もう少し綺麗にしようとか考えないの?」
「しただろ?朝も早くから」
「殆ど遊んでたクセに」
実際のところ、この時間まで殆ど休まず動いてたのはだけだ。
ダンテは掃除をしているふりをしながら、音楽――それもハードロック――を聴いて踊ったり、休憩といっては漫画を読んだりしていた。
この一週間、一緒にいて分かった事だが、このダンテという男は気まぐれでいい加減。
時々理由もなく下らない嘘をつき、を何度となく怒らせたりもする。
(何でこいつが、あの英雄スパーダの息子なんだろ…。世の中おかしいわよ)
何度そう思ったかしれないが、今この時もまた、は全く同じ事を考えていた。
しかしダンテもに思うところがあるのか、溜息交じりで起き上がると、呆れ顔で肩を竦めて見せた。
「この一週間、見てて思ったんだけどよ。ってホント俺と"同類"には見えねえな。つーか、あの"カーロの娘"とは思えねえ」
「…どういう意味よ」
「いや何つーか…やたら口うるさくて人間臭いと言うか…カーロはもっと心が広かっ―――」
「私はママ似なの!っていうか自分だって十分人間臭いわよ。その怠け者なところとか」
はそう言うと、苦笑いを零すダンテを無視して雑巾をバケツに放り投げた。
そのまま事務所の奥にあるバスルームへと向かい、軽く手を洗う。ダンテの言うとおり、そろそろお腹が空いた。
邪魔だからとアップにしていた髪をおろし、出かける準備をする為、二階への階段を上がりながら、ふと事務所から聞こえてくるダンテの鼻歌に耳を向けた。
どうやら、またジュークボックスでロックを聴いているようだ。しかも大音量で。
(ま、建物は防音にしてるみたいだからいいけど…私にはいい迷惑ね)
先日あまりに音がうるさい為、「近所迷惑よ!」と怒ったところ、ダンテが得意げにそう説明してくれたのだ。
「…ダンテこそ同類に見えないわよ。"ロック好きの怠け者な悪魔"なんて聞いた事ないわ」
苦笑いを浮かべながら呟くと、与えられた自分の部屋へと入る。
二階には二つほど部屋があり、向かい側はダンテが寝室として使っていた。
一週間前。とダンテが初めてあった夜。は自分がどういう存在なのかという事も全て彼に話しておいた。
ダンテが悪魔の父スパーダと、人間の母、エヴァとの間に生まれた半人半魔だと聞いたからだけではなく、
彼の兄、バージルが何故、の事を対立していた弟にまで託そうとしたのか、という本当の理由が分かった気がしたのだ。
(そう…彼はきっとあの夜…私が自分と同じ半人半魔だと気付いたんだ。もしかしたら…どこかで自分と重ねて見たのかもしれない)
はそう考えながら、あの夜バージルが言った言葉を思い出していた。
『お前…同類、か?――――――"俺達"と』
あれは…この事だったんだ、と、はダンテから真実を聞いた後に気付いた。
そしてバージルは最後に言った。
『分かったから――――もういい』
あの時バージルは何も聞こうとはせず、と会う約束をしてくれた。
その事もダンテに伝えたくて、は自分の正体を彼に話したのだ。
『…バージルは嬉しかったのかもな』
の話を聞いた後、ダンテはそう言った。自分と同じ存在がいる、その事が彼は嬉しかったのだ、と。
そしてそれはにとっても同じだった。
父も母も死に、親代わりだったミハエルも死に、一人ぼっちだと思っていたにとって、自分と同じ存在であるバージルやダンテに会えたのは言葉では表せないほど嬉しい事だったのだ。
だからこそ、ダンテに"ここで働くか?"と誘われた時、やっと自分の居場所を見つけたような気がした。
――――そして一番驚いたのは、ダンテがの父、カーロを知っていた、という事だ。
『はあ?カーロ?!お前、カーロの娘なのかよ?!』
父の名を告げた途端、ダンテは驚愕の表情を浮かべた。
その事にも驚き、父を知ってるの?と問えば、ダンテは当然と言ったように頷いた。
『カーロはスパーダ……俺の親父の側近みたいな存在だった』
『…えぇっっ?!』
今度はが驚愕する番だった。
自分の父親が、敬愛するスパーダの側近などと夢のような話なのだから、それも仕方がない。
『嘘…だってママ、そんな事は一言も…』
『隠してたんだろ?まさか何も知らない娘に"あなたのお父さんは悪魔で、スパーダと一緒に戦った英雄なのよ"とは言えねえだろうしな』
ダンテはそう言いながら苦笑すると、未だに放心状態のを見た。
『カーロは親父が以前住んでた街に残ったらしくて俺もガキの頃に何度か会っただけだが…最後に会った時は"今度結婚する"と嬉しそうに親父達に報告してたぜ?』
『……え…っそれって―――』
『相手はお前の母親だろ。親父と同じように、相手の女性が人間だって聞いて、親父も母さんも喜んでたようだった』
ダンテは昔の話を懐かしげに話しながら、呆然としているに微笑みかけた。
『そう……そうだったんだ…』
『…まさかガキ同士がこうして偶然にも出会うなんて、親父達やお前の両親も思わなかっただろうが、な』
ダンテの言葉に、もそうだね、と笑った。
―――そしてその話を聞いて、も"Devil May Cry"で働く決心が余計についたのだ。
やっぱり運命だったんだ、と呟くに、ダンテは大げさだと言って笑っていたが、は本気だった。
あの夜、バージルに出逢ったのも、そのバージルの導きで、こうしてダンテに出逢ったのも、何もかもが運命的に思えたのだ。
だからこそ決心がついた。
『OK―――ここで働くわ』
そう返事をした時、ダンテはどこか嬉しそうに頷いて、突如目の前に現れた"魔女"を歓迎するように右手を差し出した――――
(…と言って、運命感じても、この様子じゃ先が思いやられる…)
は自室として与えられた部屋に入ると、掃除用にと着ていたTシャツとジーンズを脱ぎ捨て、クローゼットを開けた。
そして中から真新しい白いシャツと黒のビスチェ、革のホットパンツを出し、それらを身につける。
以前はコートの下に、修道女のような黒いワンピースを着ていたが、ダンテに散々色気がないだの何だのとバカにされ、頭にきてやめたのだ。
そこで戦闘の時、動きやすい服を探すため、まず買いに走ったのが洋服だった。
『文句言うなら、あんたが選びなさいよ』
面倒くさがるダンテにそう言えば、彼が持ってくるのは色気むんむんのドレスばかり。
『そんなドレスは悪魔と戦う事のない娼婦しか着ないわよ!』
と、が全て却下したところ、たまたま事務所に来て買い物に付き合ってくれていた仲介屋のモリソンが、見かねたように服を選んでくれたのだ。
『しかしみたいな年頃の女の子が、彼氏の為に服を選ぶんじゃなく、戦いやすいからって理由で服を選ぶなんてな』
モリソンはそんな事を言って嘆いていたが、彼の選んでくれたものには満足していた。
今まで体を隠すようなワンピースを着ていた為、最初は露出した服装がスースーして落ちつかなかったが動きやすい点では楽でいい。
ただダンテは『出来ればホットパンツじゃなくてミニスカートがいいんだけどな』とリクエストをしてきたが、それも却下してやった。
(ったく…。ホントあいつはスケベなんだから…。通りで"大人の雑誌"がこの店のあちこちにあるわけよね)
ついでに無駄遣いの王様か、と突っ込みたくるほど、ダンテは散財男だ、とは思う。
ここに住み始めて気づいた事。それはダンテの趣味でこの店が飾られ始めている、という事だった。
壁には悪魔のインテリアの他に、セクシーなお姉さまがエロいポーズをしているポスター。(ダンテの好みがこれで分かった)
店内にはジュークボックスの他に、ビリヤード台――これは元々ビルに残されていた物らしい――そして何故かドラムセット。
ダンテの借金はこういった娯楽用品で増えている気がする。
『ドラムなんてバンドマンじゃあるまいし必要ないでしょ?仕事の内容と何か関係あるわけ?』
と文句を言うに、ダンテはケロっとした顔で「人生とは楽しむもんだぜ」とヌケヌケ言い放ち、少しも反省の色がない。
こんなんじゃ破産してしまう、とはモリソンに、「なるべく裏の仕事は"Devil May Cry"に持ってきて」と頼む羽目になった。
店の改装工事費もある上に、ダンテがかなりの無計画男と分かり、としてはすぐにでも仕事がしたい気分なのだ。
「…ま、立て替えた分は全額あいつに返してもらうけど……出来なきゃ体で払ってもらわなきゃね」
怖い借金取りのようなセリフを呟き、黒い笑みを浮かべる。
この場合、体で払うとは"高額の仕事"をやらせるという事だ。もちろん高額な依頼であればあるほど、危険が伴う。
しかし、それも依頼が来なければ意味がない。
その為には仲介屋であるモリソンに、自分たちに優先して仕事を回してくれと頼みこんだのだ。
(でもまあ…最悪その仕事が来なくても、違う意味でダンテに体張ってもらうって手もあるわね)
幸いな事に、ダンテも見てくれはいい方だ。いや"いい方"というより誰が見ても美形の部類に入るのは兄、バージルと同じだろう。
ついでに普段から悪魔相手に鍛えている為、ほど良くついた筋肉。スラリとした身長と長い手足を持ち、
腕っ節も強く、この街のゴロツキ共からも恐れられている。(ケンカを売りに来たチンピラは全員病院送りだ)
その為、このスラム街で悪魔と同等に入るほど恐ろしい(!)と言われている"ドラァグクイーン"には、人気が高いようだった。
"ドラァグクイーン"とは男性の同性愛者が性的指向の違いを超える為の手段として、ドレスやハイヒールなど、
派手な衣裳を身にまとっている人達の事をさし、このスラム街にも彼女ら(?)が構えるショーパブ"グロリアス"がある。
そこで行われるドラァグショーはド派手で奇抜な演出であり、それが話題を呼び、今はノーマルの客も通うほどの人気店だ。
もこの街に来るまでは知らなかったが、初めて街で彼女達(??)とすれ違った時は仰天した。
ダンテに説明され、何とか納得したが、そのドラァグクイーンにダンテが話しかけられてるのを見た時は本気で目を疑った。
『ダンテちゃーん!こんなとこで会えて嬉しいわー!またお店に遊びに来てねえ』
ダンテよりも体が大きい、そのドラァグクイーンはピンク色に染め上げた短い髪を後ろに撫でつけ、腰をくねらせながら歩いてきた。
見た目はどう見ても筋肉質なゴツイ男なのだが、濃いめのメイクに体のラインが全て出るようなピタリとした超ミニのボディ・コンシャス姿で、その"いかにも"的な格好にも言葉を失ったのだ。
彼女こそが"グロリアス"のオーナーでありメインパフォーマーのグロリアだ、とダンテは言い、
『以前、ストリップバーかと間違えて店に行って以来、付きまとわれてんだよ…参るぜ』
と渋い顔で言っていた(!)
――「ストリップバーって、あんたはエロ親父か!」と真っ赤になって怒りだしたに対し、「若いからこそ興味あんだろ?」とダンテは悪びれもせず笑うだけだった――
グロリア(芸名だろうが)はアフリカ系アメリカ人であり、ゲイである事から色々な差別を受けて来たようだが、
それを乗り越え、このスラム街に店まで出した、成功者としてもこの辺では有名らしい。
普段は女性の仕草で女性の言葉を話し非常に女っぽいが、ひとたび怒るとプロレスラー並みに怖いという噂だ。(要は男に戻る)
(そうよ…最悪ダンテをグロリアに売り飛ばせば…。店は儲かってて、かなり金持ちだって噂だし)(!)
ダンテは"付きまとわれている"と言っていたが、はその理由を分かっていた。
どうやらグロリアはダンテに大いに興味があるらしく、時々事務所に「差し入れ」と理由をつけては遊びに来るのだ。
グロリアはダンテよりも5歳は年上で、ロリコンのゲイ――要は美少年好き――らしい。
その事を思い出し、はニヤリと笑った。
「人の苦労も知らないで怠けてるんだから仕事しないなら少しは役に立ってもらわないとね」
最悪な事態になった時の対処を思いつき、は楽しげに呟くと、最後に太腿まであるロングブーツを履いた。
これも右の太腿部分に銃を入れる為のホルスターが着いていて、モリソンがコアな店で見つけてくれたものだ。
いちいちホルスターを装備したりしないで済む為、もなかなか気に入っている。
そこへ愛用の銃<イリーナ>を差し込み、いつものロングコートを羽織った。
魔女だとバカにされても、このコートだけは愛着があって捨てられなかったのだ。
戦闘用に改造してある為、コートの内側には細かなポケットが無数に縫い付けてあり、そこには予備の弾や短剣などといった他の武器も持ち歩けるようになっていた。
それに騎士剣であるカリバーンを持って歩くにはちょうどいい隠れ蓑になる。
「ま、今夜はご飯行くだけだし剣はいらないわね」
は<ベローナ>をクローゼットにしまうと、しっかり鍵をかけ待ちくたびれてるであろうダンテのところへ戻ろうと部屋を出た。
そして階段を降りかけたその時――――
「―――ダンテ、いる?」
階下で女の声が聞こえてきて、は思わず足を止めた。もしやグロリアか?とも思ったが声が違う事に気付く。
彼女――彼でもいいが――はもっと野太い声だったはずだ(!)
「まさかお客さん?」
と期待で胸が膨らんだが、どうやらそうでもないらしい。
「…何だ、レディか。この前別れたばかりなのに何の用だよ。―――さては一緒に戦った時に俺に惚れて会いたくなったとか?」
「バカ言わないで。"デビルボーイ"とデートするほど飢えてないって前にも言ったでしょ」
「oops!こりゃ失礼ぶっこいた」
ダンテのおどけた声と共に、女の盛大な溜息が聞こえる。
はゆっくりと階段を下りながら、店内に続くドアの前で立ち止まった。
少しだけ開いたままの隙間から覗けば、すぐ近くにはダンテの後ろ姿が見える。
どうやらダンテは机の上に腰かけているようだ。そして彼の前には背中に何かを背負った黒髪の女が僅かに見えた。
(誰、だろ。さっきの会話からしてダンテの正体を知ってるみたいだけど…)
その女は背負っていた何かをドンっと床に下ろすと、「ちょっとおかしな話、聞いてね」と一言、言った。
だが不意に、ダンテの背後にあるドアの方へと視線を向ける。
「誰かいるの?」
「ん?ああ…」
ダンテが苦笑交じりで肩をすくめ、振り向く。その様子にバレたと思ったは、仕方なくドアを開けて顔を出した。
「…こんばんは」
「……誰?」
の姿に、黒髪の女、いや少女は訝しげな顔でダンテを見た。
少女は黒髪を顎までのボブにカットし、白いシャツにミニスカート姿。と同じか、少し年下くらいに見える。
顔は思ったよりも若く、高校生といっても通用しそうだ。
しかしその鋭い目つき――綺麗なオッドアイだ――はどう見ても一般人とは見えない雰囲気だった。
「彼女は。まあ俺の……相棒ってとこか」
「へえ…」
少女は興味深げにを見ると、ジロジロ観察するように眺める。
そして軽く笑うと、
「――――まるでハロウィンね」
「何ですって?」
少女の一言にカチンときたは、あからさまにムッとした顔で睨む。
それにはダンテも派手な溜息をつき、「まあまあ仲良くしろよ」と間に入った。
「それより…俺に話があるんだろ?レディ」
「まあね。じゃあ…ちょっと向こうで話しましょ」
"レディ"と呼ばれた少女はそう言うと、未だムスっとしているに軽く微笑み、「失礼」とダンテの後ろから歩いて行く。
その態度に更にイラついたは、数分後には店を飛び出し、いつものバーへと向かったのだった。
「―――なるほど。そりゃ確かに感じ悪いな」
「でしょー?あの子絶対私より年下なのに態度デカイったら」
ダンテとあの"レディ"と呼ばれていた少女がどういった関係かは知らないが、初対面のの対しては少しばかり礼儀がかける態度であった事は確かだ。
共感してくれたマスターに、は更に身を乗り出してそう言った。
「…というわけで悪いけどマスターの言う"嫉妬"なんて可愛いものじゃないんで、そこんとこヨロシク」
「何だ。それを言いたかったのか」
と、マスターも軽く笑って煙草を灰皿に押しつぶす。――――それを合図に、ちょうど店の電話が鳴り響き、マスターがすぐに受話器を取った。
「――――はい。"BAR・Bull's Eye"」
はマスターの背中を眺めながら残りのワインを口に運ぶ。
散々愚痴を聞いてもらったおかげで気分もスッキリしてきた。
(帰って、まだあの女がいたら今度こそ文句の一つでも言ってやる)
そう思いながらチーズを一口摘まんだ。
すると不意にマスターが振り向き、持っていた受話器をに差し出す。
「ちゃん、あんたに電話だ」
「…へ?」
突然そんな事を言われ一瞬驚いたものの、ここに来ている事を知ってる奴は一人しかいない、とは肩を竦めた。
「ああ、もしかしてダンテ?」
「いや…女性だ。何でも店に電話したらオーナー様が"ここじゃないか"って番号を教えてくれたんだとよ」
「え…そうなの?やだ、誰だろ」
「何か上品そうな感じの人だぜ?」
「…そんな知り合い、いたかなあ」
こんな場所にまで電話をしてくる"上品そうな知り合い"なんかいないはずだ、とは首を傾げつつも受話器を受け取る。
そして伺うように「お電話かわりました」と声をかけた。
―――が、次の瞬間、懐かしい声が聞こえて来てはぎょっとしたように目を丸くする。
『…もしもし?なの?』
「…シェ、シェスタ?!」
受話器の向こうから聞こえて来たのは、孤児院でお世話になった院長のシェスタだった。
『良かった!そこにいてくれて。あなたが働いてる店のオーナーさんに聞いたのよ』
「な、何で…」
『何でって…あなた先日、手紙を送ってくれたでしょ?住むところと仕事が見つかったって』
「あ、ああ…あれね。え、もう届いたの?」
『今なら二日もしないで届くわよ。そこに住所と電話番号が書いてたから店にかけてみたの』
シェスタの言葉に、そういう事かと納得をした。
ダンテのところで働く事になり、一応は落ちつく場所も決まったという事で、心配しているであろうシェスタに手紙を書いたのだ。
まさか、こんなにすぐ連絡してくるとは思ってもみなかった。
『久しぶりね。どう?元気にしてるの?』
「まあ…元気と言えば元気よ。そっちは?みんな変わりない?」
ありきたりな返答をしながら、はマスターが注いでくれたワインを口に運んだ。
気を利かせてくれたのか、マスターはワインを注ぐとすぐにその場から離れ、洗い物を始めている。
その姿を眺めながら、はどうしてシェスタがわざわざ、このバーにまで電話をしてきたのか考えていた。
もし店にかけて不在だと言われれば、また明日にでもかけ直せばいいはずだ。
ダンテが勝手に教えたのかもしれないが、それにしても他愛もない事で出先までかけてくるとはシェスタらしくない。
『みんなも元気よ。でもネロなんかは寂しそうにしてるわ』
「そう…まだスネてるのかな」
シェスタの言葉に、はふと、最後の最後まで見送りに出てこなかった少年の顔を思い出した。
しかしシェスタは苦笑すると、
『いいえ。ネロは見送りに出なかった事、後悔してたわ…。あなたに謝りたいって』
「え…そうなの?」
『ええ。今は就寝時間でもう寝てしまったけど…今度かけた時にネロとは話してあげて』
「もちろん。そっか…許してくれたなら良かった。帰った時は特大ピザ、ご馳走しなくちゃね」
シェスタの言葉にホっと息をつき、そう言って笑うと、は本題に入る為、軽く息を吸い込んだ。
この電話は近況報告にかけて来たんじゃない、と確信したのだ。
もしそうなら子供たちが起きている時間帯にかければいい。
なのに過ぎてからかけてきたという事は、みんなに聞かせたくない話なのだろう。
「で…どうしたの?他に話があるんでしょ?」
『………』
の問いかけに、一瞬シェスタが黙る。どうやら感は当たっていたようだ。
『…相変わらず鋭いのね、は』
「だってシェスタがわざわざ出先まで電話かけてくるなんて、よっぽど急ぎの用事かなと思うでしょ」
『ええ…ええそうね。緊急にあなたに話したい事があったの』
シェスタはそう言って深い溜息をついた。その様子に、何か深刻な話なのかと不安になる。
「まさか資金繰りが大変で孤児院が閉鎖する危機だからお金を貸してとか、そんな話じゃないでしょ?」
重たい空気を消すため、はわざと軽い口調で言ってみる。
本気で言っているわけではなく、街の有力者達から毎月多額な寄付金をもらっているのを知っているからこそ言える冗談だ。
『バカなこと言わないの。そうじゃないわ。それに例えそれが現実になってもにお金を貸してもらう気はないわよ』
案の定シェスタも苦笑いを零している。それを聞いても大げさに息を吐いた。
「あー良かった。今のオーナー無駄遣いが多くて私も大変なのよねえ」
『あら、そうなの?先ほど電話で話した時はとても感じのいい方だったけど…』
「えぇー?嘘でしょ?」
思わず不満げに言えば、シェスタは笑いながら『ホントよ』と言った。
『あなたが不在で困っていたら、そこの店の番号を教えてくれたの。優しい方だったわ』
「…実際に会ったらガッカリするタイプの男ね。おしゃべりで怠け者で暇さえあれば寝てるんだから」
ダンテの外面の良さに呆れつつ、つい文句を言えば、シェスタはそんな事言って失礼でしょ、と以前のように説教をしてくる。
彼女にしてみれば、がいくつになっても子供のままの感覚なのだろう。
『せっかく仕事を下さってる方なのに――――』
「それより…私に緊急の用事って何なの?」
シェスタはこれでいて、なかなか口うるさいところがある。
説教が長引きそうな予感がして、は早々に話題を戻した。
『あ、ああ、そうね。そうだったわ』
の問いに話が脱線したと気付いたのか、シェスタは慌てて咳払いをした。
『実はね…先日サガロ騎士長から聞いた話なんだけど…』
「サガロ騎士長…?聞いたって何を…?」
その名を聞き、も真剣な顔になる。
騎士団が関わって来た事で、は悪魔がらみかと少し緊張して問いかけた。
シェスタは深々と息を吐きながら、
『それが…実際に話を聞いたのはシエラなんだけど』
シエラ、と聞いて、はふと、あの人懐っこい笑顔を思い出した。
ネロやキリエと一緒にが悪魔から助けた孤児院の女性だ。
『先日サガロ騎士長がシエラを尋ねていらっしゃったの。ちょっとあの日の話を聞きたいって…』
「あの日…?」
『ほら…ネロ達と森に行って悪魔に襲われた夜の事よ』
「…あの日の何を聞きに来たの?その聴取ならあの時に散々――――」
『それが…"あなたは本当にミハエル騎士長が亡くなるところを見たのか"って…』
「何ですって?」
その話を聞いてますますは首を傾げた。
あの時もサガロを含めた騎士団の人間はミハエルが亡くなった事を信じず、何度もネロやキリエ、シエラにだって話は聞いているはずだ。
なのに三か月も経った今、また同じ事を聞きに来るのはおかしい。
「それで…?」
『もちろんシエラは前と同じように自分が見た事を話したらしいの。それはそうよね。他に変えようがないんだから』
シェスタは溜息混じりでそう言うと、僅かに声をひそめた。
『それでシエラも何でまた同じことを聞くんですかって質問したら…サガロ騎士長が言ったらしいのよ。"嘘をつくと後が大変だぞ"って』
「…嘘…?何で嘘だって…」
『…それが…』
シェスタは更に声を潜め、小さく咳ばらいをした。
『ミハエル騎士長を…見た人がいるって言ったらしいの』
「な……」
思わず息を呑んだ。そんな事はあり得ない話だ。
『おかしな話でしょう?ミハエル騎士長は…あの時殉職されたんだから。でもサガロ騎士長は目撃情報を聞いて、それで―――』
「私以外の大人であるシエラに…確かめに来たのね」
『ええ、そうなの。きっとネロやキリエは子供だから証言も信用できないと思われたのね』
「それにしたって…三人とも同じ証言をしてるのに疑うなんて…。だいたいそのミハエルを目撃したっていう話の方が嘘だと疑うべきだわ」
『そうなんだけどね…。結構信ぴょう性が高いって話なの。その目撃した人って言うのが一人や二人じゃないっていうし…』
「…嘘でしょ?そんなはずは――――」
『いいえ。それが本当らしいのよ。私も実際に見たっていう人から本当かどうか聞いてみたの。漁師をやってる方なんだけど』
「ホントに?で、その人は何て?」
『…その人は仕事で漁をしに"インチェララッカーレ島"の近くまで行ったらしいの。最近フォルトゥナ近海では魚が減ってしまったからって』
気付けば鼓動が早鐘を打っていた。
あり得ない、とは思いつつも、その目撃情報も気になる。
シェスタは軽く息を吐き出すと、再びゆっくりと話しだした。
『…その時、その島のすぐ傍を船が通り過ぎる時に浜辺を歩く人影が見えたらしくて―――』
「まさか…!あそこは無人島よ?誰もいるはずは…」
『ええ。でもその人は確かに見たって言うの。騎士服を来たミハエル騎士長が森に向かって消えてったって…』
「………まさか…」
"インチェララッカーレ"通称インチェ島はフォルトゥナより南西に位置する、かなり離れた場所の小さな島だ。
そこは古くから悪魔を"封印"する為に作られた島だという言い伝えがあり、その周りではフォルトゥナ以上に悪魔の目撃情報が多い場所でもある。
漁師でも噂を知っている者ならば絶対に近づかない無人島だ。
「その猟師が嘘ついてるんじゃないの?あんな場所に普通なら近づくはずないもの」
『それがそうでもないのよ。今、本当にフォルトゥナの近海では魚が取れなくて、仕方なく遠くまで船を出してる漁師さんが増えたんですって』
「そんな…で、でも仮にインチェ島で人を見たとしても、それはミハエルじゃないって事もあるわ」
はその話を聞いても、にわかには信じられなかった。
それはそうだろう。彼はの目の前であのマンナーロに精神と肉体を食い物にされ殺されてしまった。
殺された、と言うより詳しく言えば融合したのだろうが、彼の意思も肉体もないというのは死んだも同じ事だ。
それにあのマンナーロも、バージルに切り刻まれ滅んだ。なのにミハエルが生きていられるはずなどない。
『でも同じような話をした人があと三人はいるらしいの。みんな漁師さんで場所も同じインチェ島よ。だからサガロ騎士長は―――』
「本当にミハエルが死んだのか…調べているのね」
『ええ、そうみたいなの。でも証拠はないし行き詰ってたようなんだけど、昨日の夜また目撃情報が流れて』
「夕べ…?」
『ええ。それがおかしな話なんだけど目撃した人には共通点があって、みんな赤い月の夜の前後にミハエル騎士長らしき人を見てるって…』
「…な…」
赤い月、と聞いて、は全身に鳥肌が立った。
あの不気味な赤い月。家を襲撃されたあの夜の事が鮮明に蘇ってくる。
「そ、それでサガロ騎士長は…」
『これだけ目撃した人がいるならって事で、今朝そのインチェ島に部下を連れて向かったようなの。だからにも伝えた方がいいかと思って』
シェスタの声はどこか不安げだった。
何か見えないものに怯えているような、そんな印象を受ける。
きっと何かが起きそうな、そんな予感がしているのだろう。
もまた同じ気持ちだった。
「分かった…。教えてくれてありがとう、シェスタ」
『…いいのよ。ミハエル騎士長の事だもの。あなたには話さないと、と思っただけ。―――行くんでしょう?あなたも』
シェスタは何もかも分かっているかのような静かな声で言った。
「……うん。行く」
『そう…。なら…気をつけて行きなさい。私の話はそれだけよ』
そう言ってシェスタは僅かに微笑んだようだった。
彼女の気遣いに感謝しながら、はもう一度「ありがとう」と呟いた。
『――――、あなたに神のご加護があらん事を』
電話を戻そうとしたの耳に、シェスタの優しい声が、かすかに聞こえた。
「―――電話、もういいのかい?」
受話器を持ってぼーっとしているに、マスターが声をかけた。
その声でハッと我に返ったは、慌てて受話器を彼に渡す。
「うん。ありがとう。ごめんね。長話しちゃって」
「そりゃいいが…どうした?何か顔色悪いぜ」
「…大丈夫よ」
心配するマスターに、は僅かに微笑むと、残りのワインを一気に飲み干し気分を落ち着けた。
少なくともシェスタの話は、をかなり動揺させたようだ。
(ミハエル…本当にあなたなの?それとも――――)
の脳裏に、あの獣の眼光が過ぎる。
ここへきてあの夜、バージルに葬られたはずのマンナーロの存在を、再び感じるはめになろうとは。
(もし…もし奴がまたしても生き延びていたら?ありえない、とは言い切れない…)
あの時、確かにはマンナーロが消滅した姿をその目で見た。
しかし、だからといって油断ならないのが悪魔と言う存在なのだ。どんな力を使って復活するか分からない。
(…どっちでもいい。もし生きていたなら今度こそ私の手で奴を、殺す―――その為にも確かめに行かなくては…)
と言って、この時間では交通手段がない。焦る気持ちはあるが明日の朝まで待つしかないだろう。
はそう決心すると最後のチーズを口へ放り込んだ。
「――――77-56-80ってとこかな」
「―――――ッ?」
その時不意に隣で声がして、はギョっとしたように視線を向けた。
「よ、Witch girl!」
「…エンツォ」
いつの間に座ったのか、隣には例の情報屋、エンツォがニヤけた顔で座っていた。
その顔を見た瞬間、の目が不機嫌そうに細められる。
「…何が80?」
「ん?さっきのか?――――ああ、マスター俺にビールね」
エンツォは飲み物を注文すると、再びへと視線を戻した。
しかしその目つきは、ホットパンツから伸びた、の綺麗な太腿に向き、次に小さめのお尻、
そしてシャツを羽織っているものの、ボタンを外している事で露わになっている細身のウエストライン、最後にビスチェで隠れている胸元へといやらしくそそがれた。
「俺の見た感じじゃスリーサイズはそんなとこだ。当たってん――――」
"だろ?"と、得意げに言おうとした瞬間だった。額にゴリっという嫌な音と共に、冷たい銃口が押し付けられる。
の相棒である<イリーナ>だ。彼女はかなりイラついているのか、エンツォを睨むその目に心なしか殺意がこもっている。
それにはエンツォも「…う」と言葉を呑みこむしかなかった。
「今度"Witch girl"と呼んで、そのエロい視線を私に向けたら…顔に大きな穴があくわよ?」
「わ……分かった…悪かったよ…」
の迫力にエンツォは両手を上げてホールドアップをすると素直に謝る。彼もまだ死にたくはない。
がダンテと同類――この場合、凶暴な性格が――だという事を今更ながらに思い知ったようだ。
「―――アハハ!バカだな、エンツォ。にセクハラなんて命知らずもいいとこだぜ?」
その時、背後で能天気な笑い声が聞こえ、は溜息交じりで銃をホルスターへと戻した。
どうやらレディとの話も終わり、"オーナー様"が夕飯を食べに来たようだ。
ダンテは能天気に拍手をしながらカウンターに歩いてくると、エンツォを押しのけ、の隣に座る。
「ダ、ダンテ!いいとこに来た!笑ってねえで助けてくれよ〜!俺はちょっと暗い顔してる彼女を和ませようと―――」
「本気でエロい顔してたクセによく言うわ」
ダンテに泣きついているエンツォの情けない姿を横目で見やり、は隣で涼しい顔をしているダンテすらもジロリと睨んだ。
「もう"お客様"は帰ったの?」
「ん?ああ、レディか。別にあいつは客じゃねえし。―――ああ、マスター。俺にいつものくれ」
の嫌味にも気付かず、ダンテは呑気に注文をしている。"いつもの"とはダンテが大好物であるピザとトマトジュースの事だ
マスターはエンツォのビールをカウンターへ置くと、すぐに「了解」と笑い、準備をすべく奥の厨房へと入って行った。
ちなみにエンツォはビールを受け取ると、そそくさとカウンターの端っこへ逃げて行く。
よほどの怒りに触れたくないようだ。
「あー腹減って死ぬかと思ったぜ…」
ダンテはビビって離れたエンツォに苦笑しながら、カウンターに突っ伏すよう倒れこむと、恨めしそうな目でを見上げた。
「ってかも一人で来るなんて薄情な奴だな」
「あら。邪魔かと思ったから先に来ただけよ」
「邪魔?んな事、言ったか?」
「言ってなくても、あの雰囲気だとそう思うでしょ?だいたい何?あの女。挨拶もろくにしないで」
「ああ…レディの事か。ま、あいつは誰にでもああいう態度なんだよ。俺と最初に会った時も額に鉛の弾、撃ち込んできやがった」
自分の額を指で撃つ真似をして、ダンテが笑う。
「ええ?何それ…」
当然ダンテも悪魔の血が流れている為、少々の攻撃では死なない。
といって二人の過激な出会いに、さすがのも驚いたが、当事者であるダンテは笑い話だろ、と楽しげに言った。
「あの子、何なの?」
「ま、今は同業者っつーか…いわゆる"デビルハンター"だな」
「…デビルハンター?じゃ、あの子も悪魔を狩ってるの?」
「ああ。が所属してた"騎士団"ってのと同じようなもんじゃねえの。まあ、俺達はそんな大層な名詞はつかねえけど」
「でもまだ若いのに…。っていうかどういう経緯で知り合ったの?」
さっきから気になっていた事を尋ねれば、ダンテは面倒そうに顔を起こし、頭をガシガシと掻いている。
そのやる気のない態度には目を細めつつも、やはり出会いがしら脳天を撃ち抜かれたダンテと彼女が何故今、仲良く(?)しているのか気になった。
「この前の話、覚えてるか?」
が引かない性格だと、すでに分かっているのか、ダンテは仕方ないといったように口を開いた。
「この前?」
「バージルを止めに行ったってやつ」
「ああ…うん。彼がスパーダの力を使って魔界と人界を繋ごうとしたってやつでしょ。大きな塔がその扉を開くカギだったのよね。"テメンニグル"だっけ?」
「ああ。レディとはバージル追いかけて向かったその塔、テメンニグルで知り合った。あいつはあいつで父親を殺しにきたっつーか」
ダンテはそう言いながら、レディの内情を詳しく説明した。
「え、じゃあ彼女の父親って人がバージルの思惑と力を利用して最終的にスパーダの力を得ようとしてたって言うの?」
「ああ。自分の妻でありレディの母親を殺してまでな。だからあいつも母親の復讐をしようと父親を追いかけて来た」
「で、ダンテの事も悪魔だからって撃って来たって事ね」
「今思い出しても最悪な出会いだったな」
ダンテはそう言いながら笑うと、運ばれてきたピザに顔を綻ばせる。
ピザは毎日でもいい、というくらい、ダンテの大好物らしい。
「で?どうして和解したわけ。最悪な出会いだったのに」
「…さあ、な。あいつとは途中何度かやり合ったが…全ての戦いが終わって俺が戻った時にはもう銃を向けてこなかった」
勢い良くピザを頬張りながら、ダンテは苦笑いを浮かべている。
その様子を見て、は何故デビルハンターであるレディがダンテを見逃したのか分かった気がした。
(きっと害がないと思ったのね)(!)
呆れ顔で頬づえをつき、そんな失礼な事を思う。
ダンテは半魔でもあるクセに、人間よりも人間臭いところがある。
それに彼だって悪魔と敵対している存在だ。そういうところも全て分かった上で、レディは彼を"敵"として見れなくなったんだろう。
「で…そのデビルハンターの彼女が何の用だったわけ?」
あっという間にピザを平らげて行くダンテに目を細めつつ、そう尋ねる。
そんな関係であるレディが、今更何をしにダンテに会いに来たのか少し気になったのだ。
ダンテは視線だけに向けると、トマトジュースで最後のピザを流し込み、軽く息をついた。
「はあ…食った食った。生き返ったぜ。―――マスター、トマトジュースお代わりな」
ダンテは更に注文すると、呆れ顔のを見て、ニヤリと笑った。
「レディは仕事の依頼で来た」
「…仕事?」
「ああ。何でも"死んだはずの人間がウロつく島"ってのがあるらしい。俺j好みの仕事っぽいだろ?」
「……っ?」
ダンテの話に、は思わず息を呑んだ。どこかで聞いたような内容だ。
いやどこか、ではなく先ほどシェスタから聞いた話とそっくりだ、とは思った。
「そこで俺に"一緒に行くか"とお誘いをかけてきたってわけだ。一人じゃ少々厳しいらしくてね」
「で…場所は?」
楽しそうに話すダンテに、は思わず聞いていた。
もしかして、と思えば思うほど心臓が高鳴る。悪魔がらみならば、嫌な予感も当たったと言う事だ。
ダンテはの問いに頭を掻きつつ首を傾げると、
「何だっけ…何か舌噛みそうな名前の島―――」
「…"インチェララッカーレ"」
「ビンゴ!!それだそれ!」
が小さく呟けば、ダンテは軽快に指を鳴らし、ニヤリと笑った――――