Night:2. Promise


とある休日の朝。ドーン、ドーンという花火の音で、架院かいんは目が覚めた。


「ふぁぁぁ…っだよ…うるせぇ…」

軽く寝返りを打ちながら、特大の欠伸をする。黒主学園高等部の夜間部ナイト・クラスである架院がベッドに入ったのは、一時間くらい前だった。
普段なら絶対に目を覚ますこともない時間帯だ。

「ったく……普通科デイ・クラスの奴ら、何かやってんのかァ…?」

布団に潜りながらブツブツ文句を言う。だがそこへ、この時間帯、架院以上に目を覚ますことのない人物の声が聞こえてきた。


「あれはデイ・クラスじゃなくて、中等部の学園祭が始まる合図だよ」

「――――ッ?」


その声にガバっと起き上がった架院は、そのせいで頭がクラクラっとした。


「は、はなぶさ…?!おま…何で起きて……つーか、何だその格好…」


ベッドの上に起き上がった架院は、目の前に立っている藍堂あいどうの姿を見て絶句した。
この時間、起きてるだけでも珍しいのに、藍堂は何故か制服を着ている。しかも寝起きが悪いクセに今は爽やかな笑顔を浮かべていた。

「やだなぁ、制服だろ?ナイト・クラスの」
「そんな事は知ってる!つか、こんな時間に何で制服着てんだって言ってんだよ!」
「ああ、だって出かけるからさ」
「はあぁ?!!」

しれっと言いのける藍堂に、またしても架院の口が開いた。
映画や小説のヴァンパイアみたいに、太陽の光で死にはしないが、眩しい事は眩しい。
その太陽の日差しを極度に嫌っている藍堂が、こんな時間から出かける…と聞いて、架院は遂にアルマゲドンが今頃?!と思ってしまった。

「何だよ、その顔…」
「い、いやだって…出かけるってまだ朝の10時だぜ?」
「知ってるよ?僕だってAMとPMの意味くらい分かる」

そう言いながら目覚まし時計を手に取る藍堂に、架院は更に目が丸くなった。

「だ、だからこんな時間にどこ行くんだよ!!」
「さっき言ったじゃん。中等部で学園祭やってるんだ」
「が…学園祭……だぁ?そんなところに何しに…」
ちゃんに誘われたんだよね。ほら、この前、寮まで送った時にさ」
「あ?……?ああ…あの女の子か…。つか誘われたって…」
「"再来週の日曜日、学園祭があって、私達、たこ焼きの露店出すんです。藍堂センパイも良ければ来て下さい"ってさ♪」

の口マネをしながら話す藍堂に、架院は軽く目頭を押さえた。

「で…行くって言ったのか?だからって普通は断るだろ……この時間、俺たちは寝てる時間だ」
「そう思ったんだけどさ。せっかく誘ってくれたのに悪いだろ?」

藍堂はそう言いながら、架院のベッドに腰をかけた。

「それに…ちゃんに協力して欲しい事も出来たし…」
「は?協力って……まさかお前……」
「早くしないと、枢さまに怒られちゃうし…暁だってそう思うだろ?」

藍堂はそう言ってニッコリ微笑むと、元気よく立ち上がった。

「って事で……ほら早く用意しろよ、暁」
「―――は?」
「は?じゃなくて!暁も一緒に行くんだよ、学園祭」

藍堂の言葉に、さすがの架院も放心状態のまま、ベッドに倒れこんだ。

「勘弁してくれ……何でお前の気まぐれに、俺も付き合わないといけないんだ…?」
「だってイトコじゃん」
「関係あんのか、それ!!」

ケロっと答える藍堂に、架院は再び体を起こした。その瞬間、腕を引っ張られる。

「いいから付き合ってよ。僕一人じゃ恥ずかしいだろ〜?中等部なんて行った事ないし迷子になるかもしれないだろ〜?」

そう言いながら駄々っ子のようにグイグイと架院の腕を引っ張る。
それには架院も諦めたように溜息をついた。

「…分かったよ!!ったく…」

あまりのしつこさに渋々ベッドから這い出ると、架院は大きく欠伸をした。
どうせ、このままでも藍堂に騒がれて眠る事なんかできやしないのだ。

「…でも…行ったらすぐ帰るからな…」
「分かってるって!ちゃんの焼いたたこ焼き食べてからね」

藍堂はそう言って笑うと、低血圧とは思えないほどの素早さで、架院の制服をクローゼットから引っ張り出したのだった。
















怖い思いをした、あの日から二週間後。中等部の学園祭が開催された。
たちのグループは、中等部の中庭にたこ焼きの露店を出し、朝から大忙しで働いていた。
が買って来た、たこ焼き器(大)を二つ使っても、押し寄せてくる客に追いつかない。
元々、料理の上手なだけに、味が美味しいと評判になり、昼近くになっても客足が途切れる事がなかった。

「あ、京子。次の下地、作っておいてくれる?そろそろ切れそう」
「了解…。はぁぁ。これで何回目かしら…」
「文句言わないの!この売り上げでスキーに行くんでしょ?」

手を休める事なく、たこ焼きを焼いていきながら、はクスクスと笑った。
京子も”スキー”と聞いて、仕方なくボールをかき回し始める。
というのも、クラスの中でそれぞれグループを作り、こうして店を出す事が決まった時、先生が売り上げは各グループで好きに使っていい、と言ったのだ。
たちのグループはそれを聞いて、皆で冬休みには一泊でスキーへ行こうという事になった。
なのでグループ全員、今日は朝から張り切っている。

「ありがとう御座います!」

客に声をかけながら、は額の汗を軽く拭った。
朝から熱い鉄板の前で動いているから、今じゃ髪も無造作に束ねているだけだ。
そんなを見て、京子はクスクス笑っている。

「もう〜ってば、メイクもとれてるよ?」
「そんなの構ってられないもん。どうせ直しても、すぐ落ちちゃうし」
「まあねぇ…。でも一応、男子もいるのに」
「興味ない。それより、そこのタオル取って」
「はいはい」

京子は呆れたように笑いながら、傍にあったタオルを取ろうと手を伸ばした。
だがそれを先に取られ、顔を上げると、そこには同じグループの久保が立っていた。

「はい、さん」
「あ……ありがとう」

久保からタオルを渡され、はそれを受け取った。京子はそんな二人を見ながら、ニヤニヤしている。

「大丈夫?さん。少し休んだら?」
「ありがとう。でも、キリのいいとこまで焼いちゃう。お客さんも少し減ってきたし」
「そう?じゃ、僕は材料、切ってくるよ」

久保はそう言うと、校内にある家庭科室へと向かった。そこにある冷蔵庫に、色々と材料を置かせてもらってるのだ。

「久保ってばにだけは優しいよね。分かりやすい奴〜」

歩いていく久保を見送りながら、京子は笑っている。そんな京子の言葉に、は顔を顰めた。

「やめてよ…。別に私は――」
「はいはい。何とも思ってない、でしょ?分かってるわよ。でも久保もまあ、ウチのクラスの中じゃかなりイケてる方だと思うんだけど」

京子はそう言いながら、氷水で冷やしてあったコーラを取ってプルタブを開けた。
は客にたこ焼きを渡しながらも、親友の言葉に溜息をついている。

「仕方ないでしょ?そういう目で見られないんだから」
「まあねぇ。それには今、ナイト・クラスの王子様に夢中だからね〜」
「な…何でそこに藍堂センパイが出てくるのよ…」

かすかに頬を赤くして京子を睨むと、は最後の客からお金を受け取った。

「はぁぁぁ…終わったぁ…。午前中のお客はとりあえず切れたわね」
「ご苦労様!よく頑張った!」

京子はそう言うと、の頭を軽く撫でて、冷たいコーラを彼女の頬へと押し付けた。

「冷た…」
「喉渇いたでしょ?はい」
「ありがとう。はあ…疲れた」

コーラを受け取り、椅子へ腰をかけると、は冷えたコーラを一気に煽った。
炭酸が喉を刺激する気持ちよさに、大きく息を吐き出すと、たこ焼きを入れるパックを整理していた同じグループの子に、「休憩してきていいよ」と声をかける。
朝から休む事なく働いていた仲間達はホっとしたように、それぞれ休憩に入った。

「午前中だけでも、結構売り上げいったね」
「うん、この分じゃ足りない分を自腹で払う必要ないかも」

が売上金を見ながらそう言うと、京子も「やった♪」と指を鳴らす。だがすぐに不満そうに溜息をつくと、雲一つない青空を見上げた。

「でも一緒に行くメンバーが物足りなーい。唯一のイケメンはに夢中だし〜」
「ちょっと京子…っ」
「だってそうじゃない。残ってるのはデブとチビだけよ〜?はーあ。どうせ行くなら架院センパイも一緒がいいなぁ♡」
「顔も知らないクセに」

京子のボヤきに、も呆れたように笑う。
京子は先日、変質者に襲われたところを助けてくれた架院の事が、かなり気になっているらしい。
でも気絶をしていたせいで、京子は架院の顔すら知らないのだ。

「知らないけどナイト・クラス…それも藍堂センパイって人のイトコなんでしょ?カッコいいに決まってる。もそう言ってたじゃない」
「そうだけど…。いくらカッコいいからって顔も知らない人に、よく憧れられるわね」
「だって助けてくれたのよ?架院センパイが私の王子様だわぁ♡ あ、には藍堂センパイがいるでしょ?盗らないでね」
「…藍堂センパイって…私は別に…。それに、あの日以来会ってないし…」

そう言いながら高等部へと視線を向ける。黒主学園の敷地にある林の向こうに、かすかに見える建物。そこに彼らがいる。
と言っても、中等部の生徒は、急用がある以外、高等部の敷地へ入ってはいけない事になっていて、簡単に会いに行く事は出来ない。

「はーあー。早く高等部に上がりたいわ。あと五ヶ月なんて我慢できない」

京子は深々と溜息をつきながら、空を仰ぐ。その言葉に笑いながら、も同じ事を考えていた。

「あれ、終わったの?」

そこに久保が戻ってきた。材料の入ったボールをテーブルに並べ、休んでいる二人の方に歩いてくる。

「あ、ありがとう、久保くん。それ午後に使わせてもらうわ」
「うん、あ、売り上げ凄いね」
「そうなの。田代くん達が一生懸命、呼び込みしてくれたおかげね」
「それもあるけど…やっぱさんの作るたこ焼きが美味しいからだよ」
「あ、ありがと…」

サラリと誉められ、は気まずそうに微笑んだ。
それを横で見ていた京子は笑いを噛み殺しながら、そっとその場から離れて二人に背を向けている。
そんな親友の態度に気づいたは内心、怒りつつも、話しかけてくる久保に軽く相槌を打っていた。

「あ、そうだ。さん、明日の振り替え休日は空いてる?」
「え…明日…?」

明日は今日の代わりに学園も休みになっている。

「うん。良かったら一緒に勉強しない?来週、試験があるだろ」
「あ……でも…」

久保の誘いに困りつつ、助けを求めるように京子の方へ視線を送る。だが京子には会話が聞こえてないのか、呑気に携帯メールを打っているようだ。

(もう〜〜っ京子ってば何してるのよ〜)

こっちの状況をまるで分かっていない親友に怒りながら、目の前の久保に引きつった笑顔を向ける。
ハッキリ断ろうとは思うのだが、その言い訳が見つからないのだ。

(京子と約束してるって言っても、話を合わせてもらう隙はなさそうだし…下手にバレたら尚更断りにくい…)

頭の中でアレコレと理由を考えるが、焦っているから上手い言い訳が見つからず、は困ってしまった。
なかなか返事をしないのだから久保もその辺を察すればいいのだが、若干KYなところがある為、の様子には全く気づいていない。
も久保のそういう性格が苦手だったりする。

「ダメかな…?ほら、さん、英語得意だろ?ちょっと教えて欲しい所があってさ」
「と、得意っていうほどでもないけど…それに英語なら田代くんの方が――」
「いや、でもさんの方が教え方も上手いだろ?野沢さんもさんに教わって、先月の試験、いい点取ったって言ってたし」
「え…っ?」

野沢とは京子の事だ。
は内心、余計な事を、と未だ呑気にメールを打っている京子を睨んだ。

「あ、あれは、たまたまっていうか…教えたとこが試験に出ただけで――」
「明日、図書室でどうかな?」

ね?と久保はニッコリ微笑んだ。すでに明日の約束は取り付けたといわんばかりだ。
そのいささか強引な誘いに、は辟易して溜息をついたが、それすらも久保は気づいていない。

「時間は12時でいいかな。一緒にランチでもしながら勉強しようよ」
「えっ?で、でも…」

一人勝手に話を進めていく久保に、もさすがにイライラしてきた。
嘘だとバレてもいいから断ろうか…なんて事を考える。

「それでいいかな、さん」
「っていうか…明日は――」

「明日は僕とデートだよね、ちゃん♪」

「――――ッ?!」


それは突然背後から聞こえた。聞き覚えのあるその声に、驚いて振り返ると、そこには爽やかな笑顔を浮かべた藍堂が立っている。
先日見た私服とは違い、今日はナイト・クラス独特の、白い制服を着ていた。

「あ…藍堂センパイ…?!」
「ごめんね、待った?」
「へ?」

いきなり現れた事にも驚いたが、その意味不明の言葉にも驚き、目を丸くする。
藍堂は笑顔のまま、露店の方に目を向けると、「いっぱい店あるから探しちゃったよ」と、微笑んだ。

「今日は露店出すって言ってただろ?だから食べに来たんだ」
「え、あ、あの」
「あれ…もしかして、もう売り切れちゃった?ちゃんのたこ焼き」

固まっているを見て、藍堂は小首を傾げる。は慌てて首を振ると、「だ、大丈夫です」と何とか返事をした。

「なら良かった〜!あ、暁も誘ったんだ。もうすぐ来るから二人前、くれる?」
「あ、は、はい!」

藍堂の言葉に、は慌てて露店の方に走って行く。それを見ながら藍堂は満足げに微笑むと、その場でポカンとした顔で立っている久保にも笑顔を向けた。

「悪いね。ちゃんは僕と約束してるんだ」
「へ?あ、いえ……」

いきなり現れたナイト・クラスのイケメンに、さすがの久保も固まっている。文句のつけどころが全くない藍堂を見て、敵わないと悟ったようだ。

「ぼ、僕、やる事がありますので失礼します…」

そう言って慌てて校舎の方へ走って行く。それを見送りながら、藍堂はニヤリと笑った。

「笑顔で威嚇するなよ、英」
「遅いよ、暁」

声のした方に振り返ると、そこにはイトコの架院が苦笑いを浮かべて立っている。
そして久保の走っていった方へ視線を向けると、

「人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて何とやら…ってね」
「僕は馬に蹴られたくらいじゃ死なないけど?っていうか、明らかに困ってただろ?彼女が」

反論するように目を細める藍堂に、架院は無言のまま肩を竦めた。
そこへがたこ焼きを二つ持って走ってくる。

「お待たせしました…あ、架院センパイ」
「やあ。今日は学園祭なんだって?」

皮肉めいた笑みを消し、優しい笑顔で声をかける架院に、も笑顔で頷いた。

「はい。あ、あのこれ…。私が焼いたから美味しくないかもしれないですけど」
「ありがとう」

の差し出す、焼きたてのたこ焼きを、架院、そして藍堂も受け取る。

「でも…高等部は通常通りでしょう?お二人とも、朝まで授業だったんじゃ――」
「まあね。でも英に無理やり起こされてさ」
「たまには早起きもいいだろ?」

澄ました顔の藍堂に、架院も苦笑するしかない。

(いつもは早起きなんかしないくせに…)

そう思いながら、アツアツのたこ焼きを口に運ぶ。素人が焼いたにしては、なかなか美味しい味だった。
藍堂もたこ焼きを食べながら、「美味しいよ、ちゃんの焼いたたこ焼き」と、嬉しそうに食べている。
それにはも照れ臭そうに微笑んだ。

「なら良かったです…。でも…藍堂センパイ、覚えててくれたんですね。学園祭のこと」
「うん。起きれたら行くって言っただろ?」
「でもホントに来てくれるなんて全然思ってなかったから…ビックリしました」

この前、藍堂に寮まで送ってもらう最中、は学園祭で露店を出すという話をしていたのだ。
藍堂がそんな些細な事を覚えてくれていた事が、は嬉しかった。
しかも、また困っているところを助けてもらったのだから嬉しくないはずがない。

「あ、あの…さっきはありがとう御座いました」
「え?ああ…あのKYくんね」
「…え?」

その言葉にが首をかしげると、藍堂は苦笑しながら肩を竦めた。

「だってアイツ、ちゃんが困ってるってのに全然気づいてないしさ」
「あ……」

言葉の意味が分かり、も小さく噴出すと、「助かりました」と、もう一度頭を下げる。
そこへ、二人の存在に気づいて京子が走ってきた。

「あ、あの初めまして!私、の親友で野沢京子と言いますー!」
「あ…君は…」

京子を見て思い出したのか、藍堂はチラっと架院に視線を向けた。架院は特に興味もなさそうな顔で欠伸を噛み殺している。

「あ、あのその制服…もしやあなたが藍堂センパイですか?」
「うん。あとこっちが僕のイトコで架院暁」
「えっっ!じゃあ私を助けてくれたのは…」
「こいつだよ。ね?暁」
「あ?ああ…」

京子の勢いに押されつつ、架院は若干顔を引きつらせながらも頷く。その瞬間、京子の顔がパァっと明るくなり、はギョっとした。

(あの顔……絶対架院センパイに一目惚れしてる…!)

長い付き合いなだけに、京子の好みはも十二分に把握している。
元々イケメン好きだが、その中でも架院のような、ちょっとクールな男に弱いのだ。

「この前は変質者から助けてくださったようで、ありがとう御座います!しかも寮まで送って頂いたとかで!」
「い、いや別にそんなのは……」
「もう是非、お礼がしたいんでメアドとか、教えてもらっていいですか?!」
「は?」

早速アプローチしている京子を見て、は頭が痛くなってきた。架院も困ったように藍堂に視線を送っている。
それに気づきながらも、藍堂は知らん振りをして、にニッコリ微笑みかけた。

「そう言えば怪我はもう平気?」
「え?あ、はい…もう傷も塞がりました」

架院に猛アタックしている京子にハラハラしつつ、は笑顔で頷いた。

「そう。良かった。女の子だからね。傷が残ったら大変だよ」

藍堂の優しい言葉に、は照れ臭そうに俯く。
その瞬間、ふわりと風を感じて顔を上げれば、藍堂がの髪を指でよけて、首筋の傷を確認していた。
いきなりのその行動と、藍堂の顔が近くなった事で、の頬が薄っすらと赤くなる。

「あ、ホント治ってるね」
「は、はぃ……」
「ん?どうしたの?顔、赤いけど…」
「い、いえっ」

顔を覗きこんでくる藍堂にドキっとしながら、更に視線が近くなった事で一歩後退する。

ちゃん?」
「わ、私、午後の準備をしなくちゃ…」

そう言って店の方へと走って行く。それをポカンとした顔で見ていた藍堂は、困ったように頭をかいた。

「振られたのか?英」

そこへ京子の攻撃に辟易していた架院が歩いてくる。
京子もに呼ばれ、渋々ながら準備をしに行ったようで、解放された架院はホっと息をついた。

「別に振られてないけど?」
「そうか?何だか寂しそうな顔してたぜ?」
「うるさいなぁ…。そっちこそメアド教えたの?」
「教えるかよ…。あの調子だと教えたら一日、何回もメールがきそうだ…」

顔を顰めつつ、露店の準備をしている京子へと視線を向ける。京子は作業をしながらも「架院センパ〜イ」と笑顔で手を振ってきた。

「…あの様子じゃ…彼女が高等部に来た時、出待ち組決定って感じだね」

クスクス笑う藍堂に、架院は「勘弁してくれ…」と頭を抱えた。

「それより…明日ホントに誘うのか?」

架院は欠伸を噛み殺しつつ、中庭の木に寄りかかった。その問いに藍堂はふと笑みを零し、「そのつもり」と、架院の隣に寄りかかる。
二人の視線の先には、汗だくで露店の準備をしているの姿があった。

「でもそんな事したら、いくら鈍い彼女でも気づくんじゃないか?」
「その時は記憶を消せばいい。それに…そうでもしないと奴は姿を現さないだろ?」
「ああ…相当、狡賢いからな…。ったく…残り一人だってのに、手こずらせてくれるよ」

架院は忌々しげに呟くと、再び特大の欠伸をした。

「おい…そろそろ帰って寝ようぜ…。今夜の授業が居眠りに変わっちまう」
「あ、僕まだいるよ。まだ誘ってないし。暁は先に戻ってて」

そう言っての方へ歩いていく藍堂を見送りながら、架院は小さく溜息をついた。

「ったく…。上手くやれよ…?英…」

架院はガシガシと頭をかきながら、そう呟くと、だるそうに高等部の方へ歩き出した。












「もうー超〜カッコいいじゃない、二人とも!特に架院センパイ、もろ好みだなぁ♪」
「はいはい。口もいいけど、手も動かしてね。あ、そのタコ、ちゃんとお皿に移して」
「分かってるわよ…。ったくってばせっかく二人が来てくれたんだから、こんなの他の奴に任せればいいのに」

京子はブツブツ言いながらも、先ほど久保が切ってきたタコを、小皿に移した。
そろそろ休憩も終わりなのか、他の露店の生徒たちも、午後の準備を始めている。
そんな中、女子生徒たちが目ざとく藍堂と架院に気づき、ヒソヒソ話をしながら騒ぎ始めた。

「ほら、他の子達も騒ぎ始めたわよ?目立つもんね、あの二人!」

京子の言葉に、はふと藍堂の方へ視線を向けた。今は藍堂も架院も、木に寄りかかりながら、何やら話している。
そんな二人を見ながら、は絵になる二人だなぁ、とシミジミ思った。
スタイル抜群で、あれほど美形な二人となれば、他の女子達が騒ぐのも無理はない。
も先ほど、藍堂の整った顔を間近で見て、逃げ出した(?)くらいだ。

(はあ……変に思われたかな…急に逃げ出すなんて…。でもあれ以上、藍堂センパイの目を見ていられる自信もなかったし…)

下地を器具に流し込みながら、は小さく溜息をついた。その時、いきなり背中をバシバシっと殴られて、その痛さに顔を顰める。

「もう京子…痛いじゃな――」
「く、来るわ!」
「え?」
「ほ、ほら!藍堂センパイだけ、こっちに来るってばっ」

気づけばボーっとしていたらしい。京子の声に慌てて顔を上げると、確かに藍堂だけこっちに歩いてくるのが見える。

「やーん、架院センパイ帰っちゃったんだ〜!まだメアド聞いてないのに〜!」

京子は悔しげにそう言いつつも、を肘で突付いた。

「ちょっと!急いでメイク直せば?あんた髪も一つに縛ってオバサンみたいよ?」
「ほ、ほっといてよ…!それに急にメイク直したら、それこそ変じゃない…」
「でもせめて口紅くらい…。っていうか、藍堂センパイもカッコいいわよねー歩いてるだけで絵になるし、モデルみたい」

京子は惚れ惚れしながら、歩いてくる藍堂を見ている。そして突然を睨むと、

「でも…藍堂センパイってば何でに優しいのかな」
「え?」
「さっきも助けてくれたんでしょ?久保から。今だって架院センパイはサッサと帰っちゃったのに、彼だけ残ってるし……」
「し、知らない…。学園祭を見に来たんだから、どこか他の店でも見るんじゃない…?」
「え〜?でも確実にこっちに歩いてくるわよ?ってか、まさか藍堂センパイ、の事――」
「ちょ、そんなわけないでしょっ?」

「何が"そんなわけない"の?」

「わっっ」

急に声がして、はギョっとした。振り返ると、そこには京子が言ってたように藍堂が笑顔で立っている。

「あ…藍堂…センパイ…」
「うわ〜こんな風に作るんだ!」
「え?あ…」

藍堂はたこ焼き器を見ながら、何故か感動しているようだ。
ソレを見て呆気に取られつつ、は慌てて焼いているたこ焼きをひっくり返して行った。

「へぇ、上手いもんだね」
「慣れれば誰でも出来ますよ?」

そう言って顔を上げると、藍堂は興味津々で、たこ焼きが焼けていくのを見ている。その姿が子供のようで、は思わず手が止まった。

「あ、ゴメン。邪魔?」
「い、いえ…」
「じゃあ邪魔しないから、少し見学しててもいい?」
「え…?」

返事をする間もない。藍堂はの少し後ろに行くと、黙って作業を眺めている。それにはも、そして京子も驚いた。
変な事に興味を示すものだ。

「お、面白いですか?こんなの見て…」
「うん。だって高等部、しかも僕らがいるナイト・クラスには、学園祭なんてないし…凄く新鮮なんだ」

嬉しそうに答える藍堂は、ワクワクしたように他の店を見渡している。その姿に、は何となく可愛いなぁと思ってしまった。

(って、センパイつかまえて可愛いはないか…でも…こんな事くらいで無邪気に喜んでる藍堂センパイに、少しだけ親近感が湧いてくるかも…)

そう思いながらは手際よく、焼きあがったたこ焼きをパックに詰めていく。
京子が藍堂に椅子を運んできてあげたようで、藍堂はそれに座りながら、の作業を黙って見ていた。
と、その時、京子がニヤニヤしながらの隣に立つと、

、私、そろそろ呼び込みに行って来るね」
「えっ?何で?」

いきなり、そんな事を言われ顔を上げると、京子は意味深な笑みを浮かべながら、肘で突付いてくる。

「二人きりで話せるチャンスじゃない。お邪魔はしないわ」
「な、何よそれ…変に気を回さないでよ…」
「いいからいいから!あ、他の連中も戻ってこないよう、上手くやってあげるから、藍堂センパイのメアドくらい聞きだしなさいよ?」
「な…京子…っ」
「あ、上手くいったら、次は私と架院センパイの仲をとりもってよね♪」
「ちょ、京子――」

京子はあっけらかんと、そう言い放ち、店のビラを手に走っていってしまった。それにはも言葉を失ってしまう。
だいたい二人きりにされた方が緊張して話しかけられない。

(京子の奴ぅ〜!余計な気をまわして…あとで、とっちめてやる…っ)

内心、怒りながら、それでも後ろに居る藍堂の事は気になる。そっと視線を向けると、それに気づいた藍堂が立ち上がって歩いて来た。

「友達、どこに行ったの?」
「えっ?あ…えっと…呼び込みに……」
「ふーん。そんな事もするんだ」

藍堂はそう言いながらの隣に立つと、紅しょうがを摘んで「しょっぱっ」と顔を顰めている。
まるで梅干を食べたかのような顔をする藍堂に、も思わず笑ってしまった。

「あ、笑うなよ」
「だって…藍堂センパイって時々子供みたいだから……っあ、ご、ごめんなさい…失礼ですよね…」

つい口が滑り、慌てて謝る。そんなを見て、藍堂は特に怒った顔も見せず、苦笑いを零した。

「それ、よく暁や瑠佳に言われるよ」
「……るか…?」
「ああ、うん。同じナイト・クラスの女で…幼馴染なんだ」
「そう…ですか…。ナイト・クラスの女性ひとなら、きっと凄く綺麗なんだろうなぁ…」

そう呟きながら、藍堂の傍にはきっと綺麗な女の子がたくさんいるんだろうな、と思うと、何故か胸が痛くなる。
だが、そんなの気持ちに反して、藍堂は徐に顔を顰めた。

「綺麗?まさか!瑠佳なんか怒ると鬼みたいに怖いよ?凄い生意気だし、枢さまの事に関しては僕といつもケンカになるんだ」
「枢さま…って、寮長の…玖蘭センパイ…?」
「うん。瑠佳は枢さまにベタ惚れでさぁ。僕が枢さまといると、いつも邪魔してくるしムカつくよ。ホント可愛くないっていうか…」

藍堂は色々と思い出したのか、怒りながら文句を言っている。そんな姿を初めて見たは、思わず噴出してしまった。
それに気づいた藍堂もちょっと笑うと、

「瑠佳なんかより、ちゃんの方が数倍、可愛いと思うよ?」
「えっっ?!ままままさか…そ、そんな事ありえません…っ」

思わぬ一言に、の顔が真っ赤になる。藍堂はそんなを見て、ふっと微笑んだ。

「何でそう思うの?」
「な、何でって…私なんかナイト・クラスの人に敵うはずもないし、そ、それに今だってメイクも取れちゃって、髪も油でベタベタだし…」

そう言いながら改めて今の自分の格好が恥ずかしくなってきた。
綺麗な藍堂とこうして並んでいる事すら、不釣合いだと思ってしまう。
だが藍堂はそんなを見つめると、彼女の頬にそっと手を添えた。突然のその行為に、の鼓動が跳ね上がる。

「あ…藍堂センパ…イ?」
「どんな格好してても関係ないよ。綺麗に着飾ってても美しくない女性はいるしね。でも一生懸命、自分の仕事をしてるちゃんは誰より綺麗だって僕は思ったけど?」
「…………ッ」

藍堂のその言葉に、は顔が真っ赤になった。触れられた頬が熱を持ち、それはどんどん上昇していく。

「メイクをしてなくても、油まみれでも、ちゃんは可愛いよ。僕が保証する」
「藍堂センパイ……」
「それに…さっきの男だってちゃんのこと、好きみたいだったしね」
「…あ、あれは……」

不意に久保の話をされて、は俯いた。変なところを見られてしまった、と内心、ガックリしていると、藍堂がの顔を覗きこんだ。

「明日誘われて困ってたようだけど……ちゃん、明日は何か用事でもあったの?」
「え?あ、いえ…何もないから困ってたんです…」

その答えに、藍堂も小さく噴出した。

「なら…邪魔して正解だったな。ああ…じゃあ明日はちゃん、暇?」
「え…?あ…はい…まあ」
「そっか。なら……僕とホントにデート、しない?」
「……えぇっ?!!」

突然のその誘いに、は今日一番の驚愕の声を上げた。
ただでさえ藍堂がいる事で皆の視線を集めていたが、のその声に、近くにいる他の生徒たちも、興味心身で視線を向けてくる。

「そんなに驚かなくても…」
「ご…ごめんなさい……」

苦笑している藍堂に、は思わず頬が赤くなった。

「あ、もしかして僕とデートするの嫌だった?」
「えっ?い、いえまさか―――」
「じゃあOKって事でいい?」
「……ほ、本気…ですか?」
「もちろん」

目を丸くしているに笑いながら、藍堂は大きく頷いた。それにはも言葉を失う。
助けられて以来、密かに憧れていた人から、デートに誘われたのだ。にわかには信じられない。
でも藍堂の顔は、冗談を言ってからかっているようには見えず、は耳まで赤くなってしまった。

「明日…正午過ぎになっちゃうけど…それでも大丈夫かな?寮の門限は8時だっけ…」
「あ、はい…それまでに戻れば大丈夫です……けど……」
「なら決まり♪じゃ、午後2時に、中等部の門の前で待ち合わせって事でいい?」
「あ…は、はい…」

は返事をしながらも、夢を見ているようで声が震えた。
すると不意に手を握られ、ドキっとした。

「これ、僕の携帯番号とメールのアドレス。ちゃんの番号とアドレスも後でこれにメールしてくれる?」
「……はぃ…」

手に握らされたメモを見て、何とか返事をする。そんなに微笑むと、

「じゃあ、僕はそろそろ戻って寝るよ。じゃないと寝不足で授業って事になりそうだし」
「…あ、そ、そうですね…。あの…今日はホントに来てくれてありがとう御座いました」
「そんなのいいよ。僕が来たかったから来たんだし……それにたこ焼きも美味しかったしね」

藍堂はそう言うと、の頭を軽く撫でて、「午後も頑張ってね」と微笑んだ。
その笑顔だけで、本当に頑張れそうな気がする。

「じゃあ…また明日」
「あ…はい…お休みなさい」

戻っていく藍堂に、ついそう声をかけると、藍堂も笑いながら手を振って「お休み」と答える。
そんな言葉を交わす事すらドキドキしてしまう。

「デート……だって……嘘みたい…」

藍堂の姿が見えなくなると、は一気に体の力が抜けて、その場にしゃがみこんだ。
でも手の中には藍堂の連絡先が書かれたメモがある。それが先ほどの約束は夢じゃなく、真実なのだと告げているようだ。

藍堂センパイとデート……信じられない…。さっき久保くんに言ってくれたのは、助けてくれる為の嘘だと思ってたのに…
っていうか、ホントに?!だって藍堂センパイは高等部でも凄く人気があって、あんなにカッコ良くて…
なのに、私みたいな子供とデートして楽しいのかな……で、でも実際に誘ってくれたし……!

「夢みたい……」

携帯番号とアドレスの書いてあるメモを見ながら、はポツリと呟く。
暫く、放心状態でそのメモと睨めっこをしていた。
だが、少しするとどこからともなく焦げ臭い匂いが漂ってきて、ふと顔を上げる。

「………って、いけないっ!たこ焼き、焼いてたんだっ」

気づけば、もくもくと煙が出ていて、は慌てて立ち上がった。

「うわ……真っ黒……」

すぐに火は止めたものの、すでにそこには"たこ焼き"とは呼べない、真っ黒になった物体が、器具に張り付いていた……






前編後編で終わりそうにないので、普通にプチ連載とかになりそうです(汗)
それほど長く考えてないので、残り1〜2話ほどで終わるかも…続きそうなら、またその時に考えます(いい加減;)




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