綱手さまが用意してくれた宿は、かなり素敵だった。
高い塀の向こうには、お屋敷みたいな建物、その周りには広い庭園が広がっている。
「ここは温泉もあるし、ノンビリして下さいね」
サクラちゃんは、そう言って屋敷の離れにある部屋まで案内してくれた。
「ここがテマリさんとカンクロウさんの部屋」
「へぇ、なかなか広いじゃん」
「げー羨ましいってばよ〜!」
「オレも泊まりてぇー」
カンクロウさん達の部屋を覗き、ナルトくんやキバくんが騒いでる中、サクラちゃんが向かいの部屋の襖を開けた。
「そしてこっちが風影さま達の部屋です」
「?!…え…達って…?」
ニッコリ微笑むサクラちゃんの言葉に、私は一瞬、言葉を失った。
「もちろん、ちゃんよ?」
「え…ちょ、ちょっと待って…私、我愛羅と同じ部屋なの…?」
「うん。だっていつも一緒だって聞いてたから、綱手さまが…。何かマズかった…?」
「マ、マズイっていうか…」
当然のように説明され、私はチラっと我愛羅を見た。
我愛羅はサッサと部屋に入り、中を見て回っている。
「ちゃん?」
「あ、あの…申し訳ないんだけど…部屋をもう一つ用意してもらえないかな…」
「え、どうして?風影さまと一緒だと問題でも?」
「も、問題っていうか、だって…」
我愛羅と同じ部屋って事は、一緒に寝るって言う事で…それってやっぱり…
む、無理…!そりゃ確かに以前は私と我愛羅も部屋は一緒に使ってたけど…
我愛羅が風影になってからは別にしたし、しかも里以外のところで同じ部屋に寝泊りした事なんてないし!
綱手さまってば何か勘違いしてるのかも……
「ど、どうしたの?ちゃん…」
「あ、あのお願い。とにかく部屋をもう一つ――」
「何をしている?」
「―――ッ」
その時、背後から名を呼ばれ、ドキっとする。
振り返れば我愛羅が仏頂面のまま、こっちを見ていた。
「あ…我愛羅…」
「あ、あの風影さま」
「…我愛羅でいい」
サクラちゃんが声をかけると、我愛羅は溜息をつきつつ、そう言ってこっちに歩いて来た。
「じゃあ…我愛羅くん。えっと…部屋なんだけど、ちゃんがもう一つ用意して欲しいって言うの。だから――」
「何故だ?」
「え、あの…」
サクラちゃんの説明に、我愛羅は怖い顔で私を見下ろす。
「他の部屋なんていい。はオレと同じ部屋に泊まる」
「が、我愛羅…っ」
「そう、良かった。じゃあ我愛羅くんもこう言ってるし…ちゃんもここでいいわよね?」
「…う…」
ニコニコしながらそう言われ、言葉に詰まる。
我愛羅はそのまま部屋の奥へと入って行った。
それを見て困っていると、不意にサクラちゃんが私の耳元に口を寄せ――
「大丈夫。この部屋かなり広くて、寝室は二つあるから」
「…え…?」
ドキっとして顔を上げると、サクラちゃんは意味深な笑みを浮かべ、ウインクをした。
「ふふ…ちゃんってば素直じゃないんだから」
「……な…っ」
何もかも見透かされていたのか、サクラちゃんはそう言って笑った。
「ちゃん、我愛羅くんのこと、好きなんでしょ?」
「……っ?」
その一言に真っ赤になると、サクラちゃんは呆れたように苦笑いを浮かべ、肩を竦めてみせた。
「バレてないとでも思った?って言うか、私はてっきり、二人はもうお互いに通じ合えてるのかと思ってたけど」
「そ、そんな私は別に…」
「嘘ついてもダーメ!見てたら分かるもの。女の勘ってやつよ」
「……女の勘…?」
先ほど、テマリさんに言われた事を思い出し、ドキっとする。
「それに…部屋をもう一つ頼んだって聞いて、我愛羅くんも少し不機嫌そうだったじゃない。きっとスネたのよ」
「ま、まさか…」
「ううん、きっとそう。これも勘よ。ほら、早く我愛羅くんのとこに行ってあげたら?」
「…サクラちゃん…」
「ほら、早く!」
そう言ってサクラちゃんは私の背中を押すと、笑顔で手を振った。
仕方なく頷いて部屋の中へと入れば、我愛羅は奥のベランダで、外の景色を眺めている。
その背中の雰囲気で、機嫌が悪いと言うのが分かり、声をかけようか迷っていると、不意に「か?」と声が聞こえ、ドキっとした。
顔を上げると、我愛羅が無表情のまま、こっちを見ている。
「あ、あの我愛羅、私…」
そう言いかけると、我愛羅はすっと手を差し伸べて来た。
それは、こっちに来いという、彼なりの意思表示で、私はドキドキしながらも、ゆっくりと我愛羅の傍まで歩いていった。
怒られるのかと思いながら、僅かに視線を上げると、我愛羅の視線とぶつかり、また鼓動が跳ね上がる。
この前の事があってから、前のように接する事が出来ず、いつも緊張している気がした。
「はオレと一緒なのは嫌なのか?」
「…え?」
「…別の部屋がいいなら――」
「ち、違う、嫌だとかじゃなくて…」
「じゃあ、さっきのは何だ」
「…う…」
やっぱり怒ってる。
こういう時の我愛羅って、ちょっと怖い。
「だ、だってほら…我愛羅はもう風影さまだし、いつまでも付き人の私と同じ部屋っていうのはマズイんじゃ――」
「そんな事は関係ない。お前はオレの傍にいろ。前にもそう言っただろう」
「……我愛羅…」
「それとも他に理由があるのか?」
「……っ」
そう言われて言葉に詰まる。
意識しちゃうから、なんて、とてもじゃないけど言えない。
でも、それは私だけなのかな、と、ふと思った。
私はずっと我愛羅が好きで、あの夜に想いが伝わったと感じた。
そして我愛羅の気持ちも同じなのかもしれない、と思った。
でも我愛羅は以前と変わらないし、特に意識してるようにも見えない。
もう子供じゃないのに…
我愛羅と一緒の部屋で、二人きりの空間で、私はこんなにもドキドキしてると言うのに。
私だけ意識してるようでバカみたいじゃない…。
我愛羅は何も感じないのかな…
私だって、一応、女の子なのに。
「?」
黙ったままの私を見て、我愛羅は訝しげな顔をすると、私の顔を覗き込んできた。
至近距離で目が合い、一瞬で頬が熱くなる。
以前はこんな事も当たり前で、特に何も思わなかったのに、一度意識してしまうと、こんなにもドキドキしてしまう。
我愛羅を、一人の異性として、見てしまう。
「ほ、他に理由なんかないよ…。我愛羅がいいなら、私はそれでいい」
「なら、ここにいろ」
「…うん…」
そんな言葉で、こんなにも嬉しくなる。
やっぱり、私、我愛羅の傍にいたい。
そう思って顔を上げると、不意に頬に熱を感じた。
「我愛羅…?」
暖かい手に頬を包まれ、ドクンと鼓動が跳ねる。
我愛羅の瞳は、あの夜のように優しくて、体中の熱を上げるには十分過ぎた。
一瞬、あの時のキスを思い出し、ぎゅっと目を瞑れば、一瞬視界が陰り、口元にかすかな吐息を感じた。
「うっひょー!見ろよ、キバ!我愛羅たちの部屋、すっげーってばよ!!」
「―――ッ!!」
突然、静けさの中にやかましい声が響き渡り、飛び上がりそうになった。
パッと目をあけると、我愛羅は私の頬から素早く手を外し、小さく舌打ちをしている。
「お♪我愛羅とちゃん発見!」
「ナルトくん…」
振り返ると、ナルトくんとキバくんがニコニコしながら歩いて来た。
「お前ら、こんな豪華な部屋に泊まるのか〜!羨ましいってばよ〜」
「ホント、すっげーなーあ。さすが風影さまだぜ。なあ?我愛羅」
「………」
二人の言葉に、我愛羅は溜息をつくと、「まだいたのか…」と呟いた。
でも幸い、その言葉はナルトくんの耳には届かなかったようで、「それより我愛羅、これから時間あるか?」と笑顔で聞いてくる。
「…何だ?」
「いや、実はこれから修行するんだけど、良かったら我愛羅も付き合ってくんねーか?」
「…修行?」
「おう!オレってば、まだまだ強くなんねーといけねーからよ!」
ナルトくんはそう言って握り拳をつくって見せた。
それを聞いて我愛羅は私をチラっと見ると、すぐにまたナルトくんを見る。
「分かった」
「マジ?!やりぃ〜♪我愛羅が修行に付き合ってくれんなら助かるってばよ!あ、ちゃん、ちょっとだけ我愛羅、借りるな?」
「え?あ、う、うん…」
嬉しそうな顔で言われ、私まで笑顔になる。
ナルトくんは本当に前向きで、まるで太陽みたいな明るさを持ってると思った。
彼なら、きっと我愛羅の事も明るく照らしてくれる。
「んじゃー早速、行こうぜ、我愛羅!」
「ああ。じゃあ…行ってくる。はここにいろ」
「え?でも…」
一緒に行こうと思ってたのに、そう言う前に我愛羅はナルトくんと部屋を出て行ってしまった。
何となく置いてけぼりをくらった気分になり、小さく息をつく。
すると残っていたキバくんが、こっちに歩いて来た。
「ちゃん、これから暇か?何なら木の葉の街、案内しようか?」
「え…?」
「いや、ほら、我愛羅も行っちまったし…ナルトの相手じゃ遅くなると思うしさ…。一人でいても暇だろ?」
「…でも…カンクロウもいるし」
「ああ、カンクロウさんなら寝ちまったぜ」
「えっ?」
「すっげー疲れたじゃんとか言って、部屋に入るなりガーガーイビキかいて寝ちまったよ」
「そ、そう…」
と言う事は…テマリさんもシカマルくんと出かけてるから…ホントに暇だ、私ってば。
だったらキバくんの言葉に甘えようかな…
そう思っていると、サクラちゃんが顔を出した。
「ねぇ、ナルトの奴、我愛羅くんを連れ出しちゃったけど、いいの?」
「あ…うん。何か一緒に修行するみたい」
「はあ?ったくナルトの奴ぅ…。風影さまでもある我愛羅くんを修行につき合わせるなんて何考えてんのよっ」
サクラちゃんは、そう言いながらプリプリ怒っている。
今度会ったらぶっ飛ばしてやる、なんて言いながら、握り拳を振りかざし、「ごめんね、ちゃん」と苦笑いを零した。
「いいの。我愛羅もナルトくんに会えて楽しそうだし」
「そう?」
「うん。それに…ナルトくんは我愛羅にとって初めて出来た友達だから……」
「…そっか…」
私の言葉に、サクラちゃんも嬉しそうに微笑む。
「でも…じゃあちゃんはどうするの?一人で暇でしょ?」
「あ、でも…」
「ああ、だからオレが木の葉を案内しようと思ってさ」
「え、キバが?でもあんた、これから修行の時間でしょ?」
「あ………」
サクラちゃんの一言に、キバくんが口をあんぐりと開けた。
「そ、そうだった…」
「私もこれから綱手さまと修行だし…」
「あ、じゃ、じゃあ私、一人でも大丈夫です」
ガックリ項垂れる二人に、慌ててそう言うと、キバくんが何かを思いついたように顔を上げた。
「じゃあさ!ちゃんもオレと一緒に修行しねぇ?」
「え…っ?」
「つーか、付き合ってよ。ちゃんもかなり強いし、オレも助かる」
「…う、うん、いいけど…」
「ワンワン♪」
足元で赤丸も嬉しそうに吠えているのを見て、キバくんが「赤丸も嬉しいってよ」と笑っている。
「じゃあ、そうしてくれる?あ、でもちゃんはお客様なんだから、くれぐれも危ない修行にだけはつき合わさないでね」
「分かってるって!んじゃー行こうか、ちゃん」
「うん。じゃあサクラちゃん、色々ありがとう」
「ううん。また後でゆっくり話しましょ?女同士の話でも♪」
「…え?」
意味深な笑みを浮かべる彼女にドキっとして振り向くと、サクラちゃんはニヤっとしながら、耳元に口を寄せた。
「ちゃん、何か悩んでるみたいだし、相談に乗るわよ♪」
「…サ、サクラちゃん…」
「たまには女の子同士ってのもいいでしょ?明日は綱手さまの誕生日だから修行もないし、時間も取れると思うから」
「…うん」
サクラちゃんの気持ちが嬉しくて、そう言うと、キバくんは不思議そうに首をかしげている。
「何だよ、お前ら、コソコソと…」
「男のキバには関係ないの!じゃあ、ちゃん、またね」
サクラちゃんはそう言うと、そのまま綱手さまのところに向かった。
それを見送り、私とキバくんも森の方に向かう。
「いつも、この辺で修行してんだ」
「そう。前に来た時も思ったけど…緑がいっぱいで素敵な場所よね、木の葉って」
「そうかぁ?ああ、でもちゃんは砂に囲まれてるんだもんなぁ」
「うん。だから、こういう場所って何だか新鮮で」
移動しながら、そんな話をしていると、数分で目的の場所に到着した。
キバくんは木から飛び降りると、「この辺でいっか」と言って、私に手招きをする。
私も下に飛び降りると、辺りは綺麗な花が咲いていて、思わず見惚れてしまう。
「わぁ、綺麗…」
「だろ?これ見せてあげたくてさ。オレと赤丸のとっておきの場所なんだ」
「…そうなんだ」
足元に咲いている可愛い花を見ながら、つい笑顔になる。
後で我愛羅もつれて来てあげよう、と思った。
「私の生まれ育った場所も、今いる砂隠れも、花なんかなかったから嬉しい。ありがとう」
「いや……ってか…ちゃんって砂の出身じゃねーの?」
キバくんは首をかしげながら私の前にしゃがむと、赤丸を撫でた。
その言葉に一瞬、言葉が詰まる。
彼らは私が砂隠れに来た、その理由を知らない。
「うん…生まれ育った国は違うの…」
「…そっか。あ…そういやちゃんの術って、確か氷遁系じゃ…」
「………」
「前に戦った時、あれって思ったんだ。砂の奴が氷遁系の術を使うなんて思ってもみなかったし…」
キバくんは思い出したように、そう言うと、私の顔を覗き込んだ。
「あれって…確か"血継限界"じゃ――」
「うん…私の親は…その力があった…。それで大蛇丸に目をつけられて…アイツに誘われたの」
「…大蛇丸に?!そっか…そういう事か…。でもじゃあ何で木の葉を襲った時、大蛇丸の命令を聞いたんだ?」
「大蛇丸が4代目風影さまに"木の葉崩し"の話を持ちかけた事は後から知ったの。最初は悩んだわ?でも…」
「でも…?」
「我愛羅たちだけを戦わせる事は出来ないって思った…。それに…大蛇丸に近づく事が出来れば、父と母の事を聞きだせるかと思って…」
キバくんは私の話を黙って聞きながら、小さく息を吐き出した。
「そうだったのか…。で…ちゃんの生まれた国はどこなんだ?」
「私の国は…雪の国…生まれ育った場所は雪隠れの里…」
「…雪隠れ…でも…なら何で砂隠れに来たんだよ…」
「…………」
遠い記憶の中に、銀世界に包まれた故郷が浮かんでは消える。
あの里での私は、誰かに認めてもらいたくて、いつも必死だった。
「…ちゃん…?」
「私は…我愛羅の暗殺を命令された、刺客だったの…」
「……な…っ」
「私は…我愛羅を殺すために、砂隠れに来たのよ…」
私の言葉に、キバくんは息を呑み、赤丸はクゥンと小さく鳴いた。
「雪隠れは小さな里で…雪影さまは5大国と渡り合えるくらいの名声を欲しがっていたの。それで…
"砂の兵器"と言われていた我愛羅を倒す事が出来れば、雪隠れの名も世間に知らしめる事が出来るとお考えになった…」
「それで我愛羅を…。じゃ…じゃあ何で我愛羅と…いや、砂隠れの忍になったんだ?アイツの命狙って、よく無事に済んだな?」
「…我愛羅が助けてくれたの。私と彼は…似た者同志だったから」
「…似た者…同志…?」
「誰からも愛されず、疎まれて育ってきた私に…我愛羅は自分と同じものを感じたみたい。殺してと頼んだ私を、我愛羅は殺さず、助けてくれた…」
"オレの傍にいろ"
あの日、そう言ってくれた我愛羅の言葉が、私の孤独な心を包んでくれた。
冷え切った氷のような心を溶かしてくれた。
「…そうか…だから…」
「私は里を裏切り、砂の一員になったけど、でも後悔なんかしてない。私にとって、我愛羅だけが、私の存在を認めてくれた唯一の人だから」
「ちゃん…」
何よりも、誰よりも、私の事を理解してくれる人。
だから私はいつも我愛羅の傍に…誰よりも傍に、いた。
この気持ちが恋になるまで―――