ふわりと気持ちのいい風が吹き、私の髪を浚う。
その時カサっと葉の動く音がして、相手の位置を察知すると同時に、私は印を結んだ。
「…水分身の術!」
多数の私の姿をした水分身が、音のした木陰を囲む。
その時、反対側から黒い影が飛び出してきた。
「擬獣忍法、獣人分身!」
二手に分かれたキバくんと赤丸が水分身に突っ込み、全て消しさった。
でもそれは次の攻撃の為の布石――
キバくんの攻撃で消えた分身は、地面に無数の水溜りを作る。
それを確認して、更に印を結んだ。
「――秘術!千殺水翔!」
「――ッ?!」
地面を踏み鳴らすと、地面に広がった水溜りが歪み、うねりながら一瞬でキバくんたちを囲む。
それが水の刃と化し、一気に襲い掛かった時、キバくんたちは素早い身のこなしで木の上に飛び乗った。
「あ…っぶねー!さすが、ちゃん、やるな」
「キバくんこそ。速い動きだったわ」
目の前に飛び降りてきたキバくんに、そう言うと、足元で赤丸が「ワンワン!」と吠えた。
「赤丸も!前より動きが良くなったね」
「ワン♪」
「へへ、こいつ喜んでるよ」
キバくんは笑いながら木に寄りかかると、「はぁ、疲れたぜ」と息を吐き出し、その場に座った。
二人で修行を始めて、そろそろ二時間が過ぎようとしている。
私にとっても、こうして誰かと修行するのは久しぶりで、いい運動になった。
暁の件の後は、里が慌しかったのもあり、修行は一人でする事が多かったのだ。
「しっかしちゃんの腕も鈍ってねぇーな。つか強くなってねぇ?」
「そう?でも最近は誰かと一緒に修行も出来なかったし、里に帰ったら、またみっちりやらなくちゃ。暁の件もあるから…」
「暁?でも…もう襲ってこないんじゃねーの?」
「……そう…かもしれない。でも私は…許せないの」
我愛羅が暁の連中に浚われた時の事を思い出すと、今でも怒りで体が震える。
自分達の目的の為だけに、我愛羅の中の"一尾"を狙い、一度は命を奪った。
冷たく横たわった我愛羅に触れた時の、引き裂かれそうな痛みは、今も心に残ってる。
チヨバア様がいなければ、と思うと、今でもゾっとするのだ。
「…あの時…私にもっと力があれば…我愛羅を救う事が出来たかもしれない…」
「…無茶言うな…。我愛羅でもやられたんだぞ?あいつら普通じゃない。仕方なかったんだよ…」
「…っ仕方ないで済まされない!私から我愛羅を奪おうとしたあいつらは、絶対に許せないのよ…!」
「ちゃん…」
暁に対する怒りが込み上げ、つい声を荒げてしまった。
ハッとして、「ごめん…」と謝ると、キバくんは静かに首を振る。
「いーよ。オレも…ごめん。大切な人が殺されたちゃんの気持ちも考えねーで、軽々しく"仕方ねぇ"なんて…言っちゃいけなかったよ」
「そんな…キバくんが謝る事ない…。私こそごめんね…」
そう言って項垂れると、キバくんは優しい笑みを浮かべ、「謝るなって」と言ってくれた。
その気持ちが嬉しくて、潤んだ目を軽く擦る。
「それより…修行の続きは?」
「え?」
そう言って微笑むと、キバくんは苦笑いを浮かべ、ゆっくりと立ち上がった。
「まだやるのか?もう日も暮れてきたぜ?」
「…え?あ、ホントだ…」
木々の間からオレンジ色の光を放つ太陽が沈んでいくのを見て、私は驚いた。
久々に緊張感のある修行が出来たせいか、時間が経つのも忘れていたらしい。
「オレはまだいいけどさ…。ちゃんはマズイんじゃねーの?」
「え?」
「いくら何でも我愛羅もそろそろナルトと宿に帰る頃だろうし…」
「あ…!そうかもっ」
その事を思い出し、急いで帰る用意をする。
宿にいろと言われた手前、我愛羅より先に帰っていたい。
「キバくん、ごめん!私、そろそろ帰るね」
「…ちぇ。やっぱ帰るのか…」
「え?」
「何でもねーよ。んじゃ宿まで送ってく。一応、客だかんな」
すでに木々の間を飛んでいた私に追いつき、キバくんは軽くウインクをした。
赤丸もいつものように彼の後ろからついて来るが、疲れたのか、目がしょぼしょぼしているようだ。
「さすがの赤丸も疲れたようだな。まあ、でも修行に付き合ってくれてサンキュ。シノとヒナタは任務で出かけててオレだけ暇だったんだ」
「ううん、こっちこそ。楽しかった」
「………へへ、そっか」
キバくんはそう言って微笑むと、照れ臭そうに鼻を擦った。
が、ふと思い出したように顔を上げると、チラっと私の方を見て、
「あ、あのよ…」
「ん?」
「…ちゃんは…我愛羅と同じ部屋に泊まんのか…?」
「…えっ?」
「あ、いや…さっき、そんな感じだったからさ」
「…そ、それがその…」
我愛羅と同じ部屋に泊まる…
キバくんに言われ、その事を思い出した途端、再び緊張してくるのが分かった。
修行で動いたのとは別に、少しづつ鼓動が早くなっていく。
今からこんな状態じゃ、明日の朝まで心臓が持つのか、と不安になる。
でも別の部屋を用意してもらえば、また我愛羅に怒られそうだ。
ふと先ほど、スネてるようにも見えた我愛羅を思い出し、小さく溜息をついた。
でも何で我愛羅はあんな事…
今まで、あんな事で怒った事はなかったのに。
私としては、ちょっと…ううん、かなり嬉しかったんだけど…
"ここにいろ"
そうハッキリ言ってくれた時、泣きそうになった。
それに……
あの時、頬に感じた我愛羅の手の温もりを思い出し、顔が赤くなる。
我愛羅の真剣な眼差しが恥ずかしくて、つい目を閉じてしまったけど、かすかに感じた口元への吐息…
まさか我愛羅はあの時……キス、しようとしてた…?
ナルトくんたちの乱入で忘れてたけど、あの時の雰囲気は、何となく、そんな感じもする……。
いやいやいや!ま、まさかね、うん…!だってあの夜以来、そんな素振り一度も見せたことなかったし…
あれはきっと、いつものスキンシップみたいなものだったのよ。
しかも部屋の外に皆がいる状況で、あの我愛羅が私にキスしようとするはずなんてないし!うん、きっとそう…!
「ちゃん…?何、一人で百面相してんだ?」
「えっ?」
あれこれ考え、一人で納得していると、隣にいるキバくんが不思議そうに首を傾げた。
「な、何でもない」
「ならいいけど…。でも時々、ちゃんって自分の世界に入っちゃう時あるよな」
「そ、そう…かな…あはは…」
笑って誤魔化しながら、内心、確かに!と頷く。
ずっと孤独だった私は、自分以外の人と対話をするのが苦手だった。
我愛羅と出会って、それは少し直ったけど、でもまだ独り言(?)のクセが出てしまう事がある。
よく我愛羅にも注意される事があるし、テマリさんやカンクロウにはからかわれる事も多かった。
「お♪宿が見えてきたぜ?」
その言葉に前を向くと、あの大きな庭先が見えてきた。
どうか、まだ我愛羅が帰ってませんように、と祈りながら、木から木へ飛び移っていく。
その時、キバくんが思い出したように口を開いた。
「そう言えば…さっきの続きだけどさ…」
「え?」
「…やっぱ我愛羅と何かあんじゃねーの?」
「…へ?」
「我愛羅も今は風影だしさ…その"風影さま"と同じ部屋に泊まれる女っつったら、その……あれだろ」
「…あれ?」
何故か顔を赤くし、視線を反らすキバくんに首を傾げれば、キバくんは言いづらそうに、とんでもない言葉を口にした。
「だ、だからほら………あ、愛人…とか?」
「…なっあ、愛じ――きゃっッ!」
「ちゃん!」
キバくんの言葉に動揺した私は体勢を崩し、最後の木に飛び移ろうと出した足を滑らせてしまった。
突然の事に頭がついていかず、回避も出来ないまま、まっさかさまに落ちていく。
が、地面に叩きつけられると思っていた体が、ぽふっという音と共に、柔らかいものにくるまれている事に気づき、パっと目を開けた。
「……何をしてる」
「が、我愛羅…!」
その声に驚いて顔を上げると、目の前にはいつものように腕を組み、呆れたような顔で私を見下ろしている我愛羅がいた。
見れば私の体を包んでいるものは我愛羅の砂で、彼に助けられたんだと気づく。
「…部屋にいないし、どこに行ったのかと探しに庭に出たら、上からお前が落ちてくるから驚いたぞ」
「…ご、ごめん…」
そう言いながらも、さほど驚いた様子もない我愛羅だったけど、そこは素直に謝っておく。
すると背後に人の気配がして、「大丈夫かっ?」とキバくんが走ってきた。
「あ、キバくん…」
「…って…あれ、我愛羅…?」
「…お前…」
キバくんは我愛羅を見て、ギョっとしたように足を止めた。
我愛羅はキバくんと私を交互に見ると、「どういう事だ…?」と怖い顔をする。
それにはキバくんの顔も、僅かに引きつった。
「あ、いや…」
「あ、あのね。私が一人で留守番だと暇だろうからって、キバくんが修行に誘ってくれたの」
「…修行…?」
「あ、ああ…。いや、ほら、知らない土地で一人で留守番ってのもかわいそうかなぁ、と思ってよ…」
キバくんはそう言いながらも、引きつった笑顔を見せた。
我愛羅は相変わらず無表情だったけど、それでも少しだけ怒ったような顔で私を睨むと、
「ここにいろと言ったはずだ」
「う…ご、ごめん…でもホントに暇で――」
「だったらオレのところに来ればいい。よく知らない奴と二人で修行なんてする事ないだろう」
「…おいおい…そんな責めんなよ…。ちゃんだって邪魔しないようにって気を遣ったんだろ?」
我愛羅の言葉に、キバくんはムっとしたように口を出す。
それでも我愛羅は怖い顔のまま、「お前には関係ない」と、キバくんを睨んだ。
「…何だと?」
ムっとしたキバくんを見て、このままじゃマズイと、私は慌てて立ち上がり、我愛羅に駆け寄った。
「やめて、我愛羅…キバくんは悪くない。勝手に出かけてごめんね?」
「…………」
これ以上、雰囲気が悪くならないよう、そう言うと、我愛羅は無言のまま私を見つめた。
そして何か言いたげに口を開きかける。
が、その時、賑やかな声が、庭先に響いた。
「おい、我愛羅〜!どこにもちゃんいないってばよ〜!!って、あー!いたー!」
「…ナルトくん…っ?」
「あれぇ?キバまで……お前ら、何してんだ?」
部屋の中から庭先に下りてきたナルトくんは、キョトンとした顔で私達の顔を交互に見た。
それには我愛羅も軽く息をつき、黙って部屋の中へと戻っていく。
キバくんも溜息をつくと、「何でもねーよ」と言って、私の方に歩いて来た。
「何か悪かったな…我愛羅を怒らせちまったみたいで」
「…ううん、そんな事…。こっちこそごめんね?我愛羅ってば、あんなだけど心配性なだけなの…」
「…いやまあ分かるよ…オレはあんま面識ねーし、そんな奴がちゃん連れ出せば心配すんのも仕方ねーよな」
「…ご、ごめんね?最近はあんなこと、なかったんだけど…」
「いいって!しっかし…なつっこいカンクロウと兄弟とは思えねーな?」
キバくんはそんな事を言いながら苦笑いを零している。
カンクロウとキバくんは、以前、サスケ奪還任務の時、知り合っている。
音忍に襲われかけていたキバくんを、救援任務で駆けつけたカンクロウが助けた時から仲がいいみたいだ。
「なぁなぁ、何があったってばよ〜教えてくれってばよ〜」
話について行けないナルトくんは、一人で小首をかしげ、クエスチョンマークを頭に乗せている。
そんな彼に苦笑しながら、キバくんは軽く肩をすくめた。
「ナルトには関係ねーよ」
「ぬぁ?何だよ、キバー!仲間ハズレにするのかぁ?」
「うるせーなぁ。お前もそろそろ帰れよ。オレも帰るから」
キバくんはそう言うと、「じゃあ、また明日な、ちゃん」と、素早く塀の上に飛び乗った。
「表門に回ればいいのに…」
「こっからの方が早ぇーよ。じゃ、今日はホント、サンキュー!」
「うん、また明日!」
塀を飛び越えていくキバくんに、そう声をかけると、かすかに赤丸の声が聞こえて笑顔になる。
こんな風に砂隠れ以外の里の人たちと、交流するなんてなかったから、何となく嬉しい。
「…何だぁ?キバの奴…何しに来たんだってばよ…」
ナルトくんは未だ事情が飲み込めず、首を傾げている。
その時、部屋の中から、「!」と私を呼ぶ声が聞こえてきた。
声の感じからして、まだ機嫌が悪いようだ。
ナルトくんもそれを感じたのか、両腕を頭の後ろで組むと、「我愛羅の奴、機嫌わりぃ〜」と苦笑している。
「……そ、そうだね」
「つーか、どこ行ってたんだ?ちゃん」
「え?あ、あの…ちょっと…」
「帰って来たらちゃんいねーし、我愛羅の奴、珍しく慌ててたぜ〜?」
「…え?」
ナルトくんはニヤリとしながら私の事を肘で突付いてくる。
その言葉にドキっとして、振り返ると、イライラした様子で我愛羅が顔を出した。
「何してる。早く入れ」
「う、うん…」
そう言われ、慌てて走って行く。
そして、はっと思い出し、ナルトくんの方に振り返った。
「あ、じゃあナルトくん、また明日――」
「オレも行くってばよ♪」
「……えっ?」
てっきり帰るのかと思えば、ナルトくんは二カッと笑い、私の後ろからついてきた。
そして部屋の中に入ると、
「なあ、我愛羅、一緒に風呂、入ろーぜ!」
「…へ?」
「………」
その一言に、私は驚き、我愛羅はその場で固まってしまった…
「かーっ、いい湯加減だってばよ〜♪な?我愛羅」
「…………」
「………」
「………」
「………」
露天風呂の方から、ナルトくんの明るい声が聞こえて、私、テマリさん、そしてカンクロウは互いに顔を見合わせた。
「どういう事だよ、これ」
「そ、それが…ナルトくんが一緒に入ろうって我愛羅を無理やり…」
「つーか、あの我愛羅と裸の付き合いしようなんて、笑かすじゃん、あいつ」
私の説明にカンクロウは笑いを噛み殺しながら、扉の向こうを伺っている。
テマリさんは「なるほどね」と言いつつ、苦笑いを浮かべた。
「まあ…我愛羅にとっちゃ、こんな事、初めてだろうし、いい事かもね。な?」
「…うん、まあ…」
「つっても話してるのナルトだけで、全然盛り上がってねーじゃん」
「………」
確かにカンクロウの言うとおり、風呂場から聞こえてくるのはナルトくんの声だけで、我愛羅の声は殆ど聞こえてこない。
「仕方ないさ。我愛羅も以前より変わったとは言え、もともと人付き合いは苦手なんだし…少しづつ慣れてくよ」
テマリさんはそう言って笑うと、「私らも入ろうか」と、隣の女湯へと入っていく。
カンクロウは、「オレも入って、我愛羅の反応でも見るじゃん」と、二人がいる露天風呂へと入っていったようだ。
それを見て、大丈夫かな、と少し不安もあったが、そのままテマリさんについていく。
「わ、素敵…」
女湯の露天風呂はかなり豪勢で、石で囲まれた露天風呂は凄く広い。
周りは竹の塀に囲まれてて、なかなか雰囲気も良かった。
テマリさんは満足そうに湯に浸かると、入り口に突っ立ったままの私に手招きをした。
「ほら、も早く脱いで入りなよ」
「う、うん…」
そう言われ急いで脱衣所に戻って服を脱ぐと、そのままタオルで体を隠し、湯の中へと入った。
さっきキバくんとの修行で汗をかいたから、ちょうどいい。
「気持ちいい…」
「だろ?はぁ〜今度、風影邸にも、広い風呂を作ってもらおうかな」
テマリさんはそう言いながら、気持ち良さそうに目を瞑った。
その時、かすかにナルトくんの明るい声が聞こえてきて、男風呂に繋がる竹で出来た壁を見上げる。
今はカンクロウも入り、何だか盛り上がってるようだ。
我愛羅はあの二人についていけてるのかな、と少しだけ心配になったけどでも…
あんな風に誰かとお風呂に入るなんて我愛羅にとったら初めての事で、私まで何だか嬉しい。
「な、」
「え?」
壁を見上げていると、不意にテマリさんが私の方に寄ってきた。
「隣、気になる?」
「え、き、気になるっていうか…」
「我愛羅の様子、気になってんだろ?」
「う…ま、まあ…」
さすがテマリさん。なかなか鋭い。
内心ドキっとしていると、テマリさんはニヤリと笑って、隣に続く壁を指差した。
「だったら……覗いてみようか」
「…は、はい?!」
テマリさんのとんでもない一言にギョっとして、湯から上がりかけると、グイっと腕を引っ張られた。
「だって気になるんだろ?我愛羅の事が」
「そ、そうだけど、でも覗くなんて…だ、だいたい男湯を覗くなんて、そんなの出来るはずない――」
「女が男湯覗いちゃいけないって誰が決めたのさ」
「……っ!(っていうか、覗き自体いけない事だと思うんですけど!)」
私の心の突っ込みも届かず、テマリさんは壁を見上げると、
「私も気になるんだよねぇ。我愛羅の奴がどんな顔して裸の付き合いしてるのか」
「ちょ、テ、テマリさん!ダメだってばっ」
「いいから付き合いな。だって気になるんだろ?」
テマリさんはそう言いながら、体にバスタオルを巻きつけると、得意の風を利用し、持ち込んでいた巨大扇子に乗って体を宙に浮かせた。
「まずは私が偵察するから、はそこで待ってな」
「……え、ちょ…」
私の反対も聞かず、テマリさんは少しづつ上に上がっていく。
これ以上、言っても、彼女は素直に聞いてくれる人じゃない。
そう思って溜息をつくと同時に、一瞬、我愛羅がお風呂に入ってる姿を想像して赤くなってしまった。
ど、どうしよう…もし見つかったら絶対、怒られる…
って言うか、その前に女の子が男風呂を覗くなんて、そんなはしたない事したら、我愛羅に嫌われるかも――!
頭の中でそんな事ばかりグルグルまわっている。
そうこうしているうちに、テマリさんは塀の上まで上がり、祈るように見守っている私に、ウインクをした。
一方、男風呂では―――
「ひゃっほーう♪ここの風呂、広くて最高だってばよ〜」
「……お前、うるせーじゃん!つか泳ぐなっつーの!」
そう言っても特に気にした様子もなく、ナルトは更にはしゃいでいる。
ったく、ガキか、と思いながら、黙って湯につかっている我愛羅を見た。
さっきからナルトのペースに流され、さすがの我愛羅もどうしていいのか分からないみたいだ。
「…我愛羅、お前も泳いだらどうだ?あいつみたいに」
「…オレはいい。もう出る」
我愛羅の言葉に、内心苦笑しつつ、やっぱりな、と息を吐く。
まあ怒ってるわけじゃないみたいだが、まだナルトと同じノリで付き合うには、無理があるようだ。
(今まで友達なんていなかったし…どう接していいのか分からないみたいじゃん、我愛羅の奴)
戻ろうとする我愛羅の背中を見ながら、そう思っていると、うるさい奴が戻ってきた。
「あれぇ、我愛羅ー!もう出んのかよー!」
「十分、長風呂だろう」
「なーに言ってんだってばよ〜!まだやってない事あるだろーっ」
「……何?」
「…やってない事?何だよ、それ」
ナルトの言葉に、オレは首をかしげたが、我愛羅も気になったのか、訝しげに振り向く。
するとナルトはニヤリと笑い、隣に続く、竹作りの壁を指差した。
「風呂入ったら、やっぱ女風呂、覗かねーとな♪」
「………ッ?」
「はあ?」
「これも男同士の裸の付き合いの一つだってばよ!」
ナルトの、おバカな答えにオレも、そして我愛羅もギョっとした。
そんなオレ達を尻目にナルトの奴はチャクラを利用し壁をよじ登ると、こっちに向かって満面の笑みを浮かべ、ピースをしてきた。
その手馴れた様子に呆気に取られる。
そこで、ふと思い出した。
(つーか……今は確か女風呂にはテマリとが入ってるはず………やべぇじゃん!)
我愛羅は知らないから呆れたようにナルトを見ているが、それを知ってるオレは変な汗が出てきた。
「お、おい、やめろ、ナルト!」
「何でだってばよ、カンクロウ〜。あ、お前、恥ずかしいのか?」
「バカじゃん!そんなんじゃねーよ!つか、隣は今――」
「まあまあ♪見つからねー覗き方、師匠から教わってるから大丈夫だってばよ〜♪」
「ち、違うじゃん!そうじゃなくて――」
(って、言うか、そりゃ、どんなエロ師匠だっつの!!)(※もちろん自来也)
オレの静止も聞かず、ナルトは塀に手をかけると、少しづつ女風呂を覗き始めた。
それにはオレも慌てて立ち上がり、「我愛羅!」と振り返る。
「あいつを止めろ!隣には今、とテマリが入ってるじゃん!」
「……っ?」
今まで呆れたように傍観していた我愛羅も、それを聞いた途端、驚いたように目を見開く。
そして素早く手をかざすと、砂を操り、ナルトを止めようとした。
が、一瞬早くナルトが女風呂を覗き――
「お、湯気で何も見えないってばよ……」
「…ふん、湯気で見えにくいな……」
「「………っ?」」
「……あれ…?おめぇ…」
「……ん?」
その声に上を見上げると、何故か塀の向こうとこっち側でナルトとテマリが、顔を突き合わせていた――
「うわぁぁぁ!!」
「お、お前…!ナルト!」
「………ッ?」
突然の大声に、私は驚いて立ち上がった。
上を見ると、テマリさんも驚いたようにのけぞり、何か叫んでいる。
「テマリさん?!どうしたの?!」
湯気でよく見えず、私はテマリさんの下まで行き、声をかけた。
「ナルト〜!!お前…何、覗いてんだ!!」
「うぎゃ、ちょ、待った!」
「この、スケベ野郎〜!!」
テマリさんは宙にジャンプすると巨大扇子で「吹き飛べ、このエロガキ〜!」と、それを大きく一振りした。
「な、何で風呂にそんなもん持ちこんでんだってばよ〜!!」
テマリさんが起こした暴風の中、ナルトくんの悲痛な叫び声が聞こえた。
が、その声が次第に遠ざかっていくのを感じ、この風に吹き飛ばされたんだ、と思った瞬間、目の前の竹をつなぎ合わせて出来た壁が強風に揺れて一本ずつ崩れていく。
「きゃ、テマリさん、風止めて!壁が…!」
「え?うわ、」
傾いた竹が少しづつバラバラになっていくのを見て、テマリさんは慌てて下に戻ってきた。
けどテマリさんの作り出した暴風は止まらず、更に吹き付ける。
その瞬間、全ての壁が風に吹き飛ばされ、目の前には驚いた顔で立ち尽くす、カンクロウ、そして―――
「きゃ、きゃぁぁぁぁ!!!」
「うお!」
「………ッ」
湯気の立ち上る中、二人の姿がぼやけて見えて、私は慌ててお湯の中に浸かった。
「信じられねーじゃん!女が男風呂、覗くか?普通」
「うるせーな、カンクロウ!そっちこそ覗こうとしてたじゃないかっ」
「オレじゃねーじゃん!あれはナルトが――」
カンクロウはそう言って部屋の隅で伸びているナルトくんを見た。
ナルトくんはテマリさんの起こした風で、森の中まで吹っ飛ばされたようだ。(!)
それをカンクロウが探して来てくれた。(発見時、ナルトくんは素っ裸で伸びてたらしい…)
「はあ…ったく。こいつ、ホントにバカじゃん…」
「だな…」
「お前が言うな、テマリ!女のクセに男風呂を覗こうとしたお前も同罪じゃん」
「ちっ、カンクロウまで、男だ、女だとうるさくなりやがって…。私はただ我愛羅が心配で――」
そう言ってテマリさんは我愛羅を見た。
我愛羅はさっきから黙ったままで、呆れているのか時々溜息をついている。
が、不意に立ち上がって私の方に歩いて来た。
「部屋に戻るぞ」
「え?でも、これから食事だよ?」
「いいから来い。食事はオレの部屋で食べる」
我愛羅はそう言うと、私の手を掴み、そのままテマリさん達の部屋を出て行く。
怒ってるのかもしれない、とそこは素直について行くと、部屋に戻った途端、我愛羅が振り向いた。
「あ、あの…ごめんね…」
「何でが謝る?」
「え、だって…我愛羅、怒ってるみたいだし…」
「怒ってなどいない」
我愛羅はそう言うと、小さく息をついて苦笑いを零した。
「なかなか…楽しかった」
「え…?」
「あんなに賑やかなのは初めてだ」
「我愛羅…」
その言葉に顔を上げると、我愛羅は優しい目で私を見ていた。
が、すぐに視線を反らすと、
「…さっきの事だが…」
「え…?」
「何も見えなかったから…気にするな」
「……っ?」
さっきのお風呂場での事を言ってるんだと気づき、頬が赤くなる。
男湯と女湯の間にあった壁が吹き飛ばされ、互いに裸のまま顔を付き合わせたのだから、恥ずかしくて思い出したくもない。
唯一の救いが、湯気で裸だけは見られなかったという事だろうか。
確かにこっちからも我愛羅やカンクロウだと判別できたくらいで、全てが見えたわけじゃない。
ただ、一瞬、我愛羅と目が合い、その時の我愛羅がかなり驚いたような顔をしてたのだけは覚えてる。
「う、うん…あの…大丈夫…。そ、それにこっちからも何も見えなかったし!」
「………」
恥ずかしいのを隠すのに、明るくそう言うと、我愛羅はギョっとしたように視線を反らす。
それが照れてるんだと気づいた時、ちょっとだけおかしくなった。
「…何がおかしい」
「ううん。ただ…我愛羅も照れるんだなぁと思って」
「…別に照れてなどいない」
「そっか…」
思い切り顔を背けている彼に笑いを噛み殺しつつも、少しづつ人間らしくなっていく我愛羅を感じ、嬉しくなった。
「…笑うな」
「ごめん。でも……何か嬉しい」
「嬉しい…?何がだ?」
「我愛羅が…楽しそうだから」
「…そんな事で嬉しくなるのか?」
「うん」
「…女はよく分からないな…」
本心なのだろうか、我愛羅はそう言って訝しげな顔をしている。
でも誰だって、好きな人が楽しそうな顔をしてたら、嬉しくなるものなんだよ。