我愛羅と二人、向かい合いながら、静かな夜を過ごす。
こんな風に二人きりになった事は今までいっぱいあったのに、どうして今夜はこんなにも、ドキドキするんだろう――
「どうした?」
何となく緊張してきてベランダに出た私を、我愛羅は不思議そうな顔をしながら見ている。
やっぱりドキドキしてるのは私だけなのかな、と思いながらも、小さく首を振った。
これから我愛羅と二人で食事をして、一緒に寝る…(寝室は別だと思うけど)
以前はそれほど気にしてた事じゃないけど、今はもう昔とは違う。
我愛羅を異性として意識してしまってる今とは…
その事を考えると、悩む暇もないくらいに緊張してきた。
でも…里にいたら、こんなに静かな時間は殆どない…
我愛羅は風影としての役目があるし、仕事だって沢山ある。
なら……今はあれこれ考えずに、この貴重な時間を大切にした方がいい…
そう思い直し、振り返ると、我愛羅が優しい目で私を見ていた。
その視線にドキっとして、僅かに目を伏せる。
…今なら…聞けるかもしれない。
あの夜、我愛羅がくれた言葉の、本当の意味を…
「そんなところにいたら湯冷めする」
そう言いながらも、こっちに歩いて来た我愛羅は、自分の着ていた羽織りを私の肩にかけてくれる。
それだけで胸の奥が響いてしまうんだから、恋って不思議だ。
「…大丈夫か?顔が赤い」
赤くなった私を見て熱のせいだと思ったのか、我愛羅はそっと額に手を当ててきた。
ドキっとして顔を上げると、至近距離で目が合い、更に頬が熱くなる。
「…?」
「あ、あの我愛羅…私…」
静かな夜、風で揺れる木々の音が、かすかに聞こえる中、大好きな人と二人きり。
この状況を逃しちゃダメだ。
我愛羅に聞きたい事があるの――
そう言おうと口を開きかけた。
その時……
「我愛羅ぁ〜!メシ、きたってばよ〜!一緒に食おうぜ〜♪」
「―――ッ!!!」
またしても賑やかな声が部屋に響き、ずっこけそうになった。
(…も、もう意識が戻ったんだ…。さすがナルトくん…)
せっかくの甘い空気が一瞬で台無しになり、思い切り項垂れる私、そして普段の顔に戻ってしまった我愛羅が、驚いたように振り返る。
そこへ満面の笑みを浮かべたナルトくんが顔を出した。
「お、お二人さん、発見♪ ――あ、姉ちゃん、姉ちゃん、メシ、そこに置いといてくれってばよ!」
「………」
その言葉に部屋の中を見れば、中居さんが夕飯のお膳をテーブルに並べてくれている。
何故かナルトくんが一通り仕切っていて、我愛羅と私は顔を見合わせた。
というのも、テーブルの上に並べられたお膳は、4人分あるのだ。
「おい、ナルト…何をしている」
「ん?あー今日はオレも泊まってくってばよ!だからメシも我愛羅たちと一緒に食おうかと思ってよ♪」
「……泊まる…?」
「と、泊まるって…ここに?!」
「おう♪実は今、サク――」
「あ、ちゃん!」
「…サクラちゃん?!」
そこにサクラちゃんまでもが顔を出し、こっちに歩いて来た。
「ど、どうしたの?こんな時間に…」
「うん。あのね、実は綱手さまから、私とナルトは二人の護衛の為に、ここに一緒に泊まれって言われたの」
「…えっ?護衛って…」
「ほら、やっぱり風影さまを招待したわけだし、何かあっても困るからって綱手さまが心配してるの。だからね。あ、でも部屋は隣を使わせてもらうから安心して!」
「そうそう、そうだってばよ♪でもメシは一緒な?うしし♪」
ナルトくんはすっかり泊まる気満々のようで、すでに客専用の浴衣を着込んでいる。(いつの間に!)
それには我愛羅も苦笑いを浮かべながら私を見た。
「…どうやら今夜いっぱい、うるさそうだな」
「…う、うん…」
我愛羅と二人きりの甘い時間……という、私の淡い期待も音を立てて崩れ去る。
でも綱手さまのせっかくの好意を無碍にする事は出来ない。
そう思っていると、サクラちゃんが苦笑いを浮かべながら歩いて来た。
「カンクロウさんとテマリさんに聞いたわ。ナルトの奴が何か迷惑かけたみたいで、ごめんね?」
「え?あ、ううん、そんな事…」
「何だよ、サクラちゃーん。オレ、別に迷惑なんか、かけてないってばよー!な?我愛羅からもビシっと言ってくれってばよ!」
「ああ……うるさかっただけだ」
「…ぬ」
我愛羅の一言にナルトくんは子供みたいに口を尖らせた。
でも、我愛羅はどことなく楽しそうで、今のが本心で言ったんじゃないと、私には分かる。
というか、こんな突っ込みまがいの事を言う我愛羅を見るのも珍しいんだけど…
木の葉に来てからの我愛羅は、普段よりもずっと、表情が明るい気がする。
こんな我愛羅を見れるなら、二人きりの時間がなくなってもいいかな…?
「んじゃ、いっただっきまーす♪」
「こら、ナルト!風影さまでもある我愛羅くんより、先に食べちゃダメでしょ!」
「えぇぇ〜〜〜!!じゃあさ、じゃあさ!早く我愛羅も食べろってばよ!ほれほれ!」
「……言われなくても食べる。だから少し離れろ…」
ベッタリ体をくっつけて、料理の乗ったお皿を我愛羅の前に突き出すナルトくんに、我愛羅は顔を顰めながらも食事を始めた。
そんな二人を見て、私とサクラちゃんも顔を見合わせると、互いに小さく吹き出す。
彼女もきっと出会った時は、この二人が仲良く食事を取る事になるなんて、想像もしてなかったろう。
「…ごめんね?ちゃん…押しかけちゃって」
「ううん。我愛羅も楽しそうだし…私も楽しいし」
「そうじゃなくてー」
「え?」
つん、と肘で腕を突付かれ、顔を上げると、サクラちゃんはニヤっとしながら視線を我愛羅に向けた。
「私が言ってるのは…二人きりの時間を邪魔してごめんねってこと」
「な…何言って…」
「もうー隠さなくてもいいわよ。さっきも言ったでしょ?」
「…う…」
「ちゃんってば分かりやすいんだもん」
サクラちゃんはそう言いながらクスクス笑っている。
その言葉に焦って、「そんなに私、分かりやすい?」と尋ねれば、サクラちゃんは「うん、凄く」とアッサリ頷いた。
「え、ど、どうしよ…。まさか他の人にも――」
「ああ、ナルトとかは大丈夫よ?あいつ、鈍いから。まあ、でも勘のいい女の子なら誰でも分かるんじゃない?例えばテマリさんとか…」
「テ、テマリさん…?」
「彼女は二人の事、ずっと傍で見てきたんだし、きっと気づいてると思うな」
「そ、そう言えば…」
さっきお風呂場でも、私の気持ちを見透かすような事を言ってきたっけ…
それに最近、私と我愛羅の様子がおかしいって、すぐに気づいてた…
やっぱり…バレちゃってる…?
「そんな恥ずかしがらなくてもいいじゃない。きっと我愛羅くんだって同じ気持ちだよ」
「…え、どうして?」
「これも女の勘。それにちゃん、ホント綺麗だもの。羨ましいくらい」
「…き、綺麗って、そんな事…」
「ホントの事よ?それにちゃんって、雪の国育ちなんですってね。さっき帰る途中のキバに会って聞いたの」
「あ…うん、まあ…」
「だからねー。肌も凄く白いし、もち肌っていうか…。テマリさんは健康的美人って感じだけど、ちゃんって雰囲気違うし、最初から砂忍って感じがしなかったのよね」
「…………」
「あ、照れてる。可愛いーちゃんってば♪」
「ちょ、サクラちゃん…っ」
笑いながら私の頬をつつくサクラちゃんに、顔が赤くなる。
すると、今まで勢い良く食べていたナルトくんが身を乗り出してきた。
「そこー!女同士で何コソコソ話してんだってばよ〜!オレも入れろよー」
「やあよ。ナルトが入っても分からない話だし〜?」
「むぅ…何だい、何だい!目の前にいい男が二人もいるってのに女同士でつるんじゃってっ」
「え?いい男ってどこ?」
「きぃー!いるだろ!ここに現・風影と、未来の火影がよ!」
「我愛羅くんは最初から分かってるけど、ナルトが"いい男"ってねぇ………はあ……」
「サクラちゃ〜ん、そんな溜息ついて酷いってばよ〜!」
ナルトくんはそう言ってヘコみながらも、食事をする手だけは止まらず、目の前にある料理全てを口に詰め込んでいる。
ナルトくんの食欲に、隣にいる我愛羅も驚いたように、その様子を眺めていた。
「…ちょっとナルト!あんた、我愛羅くんの分まで食べないの!って、こら!嫌いな野菜、我愛羅くんにあげない!!」
「ち、違うってばよ!これは分けてるだけで――」
「はい!嘘!ただ嫌いなだけでしょーが!」
そう言って叱り付けるサクラちゃんは、何だかナルトくんのお姉さんみたいだ。
仲がいいなあと思いつつ、チラっと我愛羅を見てみれば、彼は二人のケンカを無言のまま眺めつつ、静かに食事をしている。
その手のお皿には、たった今、ナルトくんが分けてくれたらしい、野菜がこんもり乗っていて、我愛羅はそれを大人しく食べてあげている。
ふふ…あの我愛羅がナルトくんの嫌いなもの、食べてあげてる…
やっぱり前の我愛羅と変わったなぁ…
何となくシミジミしていると、不意に我愛羅と目が合い、ドキっとした。
「何だ?」
「う、ううん…何でもない」
「…食べないのか?」
「た、食べるよ」
訝しげな顔をする我愛羅に、笑顔を見せつつ、食事を再開する。
そんな私を我愛羅がジっと見てるから、何となく緊張しながらも、「お、美味しいね」と声をかければ、我愛羅もかすかに微笑んでくれた。
こんな、穏やかな時間が、私にとっては凄く幸せで、いつまでも続けばいいのに、とふと思う。
「はぁ〜食った、食った!」
いち早く食事を終えたナルトくんは、お腹を押さえながら、その場にゴロンと横になっている。
それを見てサクラちゃんは「護衛が寝るな!」と怒った。
「えぇ〜?だってお腹苦しいし、暫く動けないってばよ…。それに何だか眠…」
「え、ちょ、ちょっとナルト!おい、こら!」
「……ZZZ…」
「う、嘘…」
あっと言う間に眠りに入ってしまったナルトくんを見て、サクラちゃんは唖然とした。
そして、イビキをかいて寝ているナルトくんを無表情で見ている我愛羅に、「ご、ごめんなさいっ」と謝っている。
「こいつ、どこでもすぐ寝れちゃう奴で…今、起こしますから――」
「別にいい」
我愛羅はそう言うと、静かに立ち上がり、奥の部屋から毛布を持って来る。
それを寝ているナルトくんにかけてあげると、「このまま寝かせておけ」と、言った。
「え…でも二人のお邪魔じゃ――」
「…邪魔?」
「ちょ、サクラちゃん!」
「ふぐ…っ」
訝しげな顔で振り返る我愛羅を見て、私は慌ててサクラちゃんの口を塞いだ。
「どうした?…」
「な、何でもないの!あ、そうだ!サクラちゃんの部屋って隣だっけ…?ちょっと見に行ってもいい?」
「…んぅ?」
「じゃ、ちょっと行って来るね、我愛羅!」
「…………」
驚いているサクラちゃんを引っ張り、そう言うと、私はすぐに部屋を出て、隣の部屋へと飛び込んだ。
「ちょ、ちょっとちゃん、何?急に――」
「ご、ごめん…でもサクラちゃんがあんなこと言うから…」
襖を閉め、軽く息を吐き出すと、サクラちゃんは私の言った事が分かったのか、すぐに苦笑いを浮かべた。
そして隣の部屋に視線を向けると、「そういう事か」と肩をすくめる。
「そんなに意識してたら、逆にバレちゃうわよ?ちゃんの気持ち」
「…う…」
「って言うか…我愛羅くんは知らないの?」
サクラちゃんはその場に座ると、私の手を引っ張った。
私も隣に座ると、軽く息を吐き出し、「分からないの」とだけ応える。
確かにあの夜、伝わったと思ってたけど、我愛羅の様子を見ると、どうもよく分からない。
だからさっき確かめようとしたんだけど……
「分からないって…じゃあ伝えてないのね、好きだって」
「…ハッキリとは…。でも…分かるように…言ったつもりだったのにな…」
「え?」
溜息をつく私に、サクラちゃんは首をかしげた。
「言ったつもりだったって…」
「うん……実は私…この前、砂隠れの里を出て行こうとしたの」
「…えぇっ?どうして、そんな…」
「我愛羅にはもう…私なんて必要ないと思ったから」
「……ちゃん…」
「同じ境遇だった我愛羅はもういない。今は立派に風影となって里を守ってる。周りからも信頼され、頼りにされてる…認められてる…。だから私の存在は必要ないって、そう思ったの」
我愛羅が変わっていくのを、嬉しいと思う反面、どこか寂しかった。
何より、我愛羅を変えたのが私じゃなく、ナルトくんだった事が悔しかった。
そんな醜い気持ちを抱えたまま、我愛羅の傍にいたらいけないって、そう思ったの。
私の存在は我愛羅の悲しみを思い出させるだけ……
その場に留めてしまうだけ…
我愛羅は必死に変わろうとしてるのに、そんな私が傍にいたら、きっと彼はダメになる。
そう思ったから…
何よりも、我愛羅の存在が大きくなりすぎて…好きになりすぎて……ただ、辛かった。
誰よりも大切な人を、自分が傍にいる事で、ダメになんかしたくない。
「一緒に変わろうとさえせず……私は我愛羅から、この辛い想いから、逃げ出そうとしてた。なのに我愛羅は…私が必要だって…言ってくれたの…」
そこまで話すと、サクラちゃんの目に涙が浮かんだ。
「生きる意味が分からないなら…オレの為に生きて欲しいって…そう言ってくれた…。だから私――」
「…里に残ったのね…」
「…うん…。我愛羅と一緒に…私も変われるかもしれないって、そう思ったから…」
「ちゃん…」
そう言った私の手を、サクラちゃんは握り締めると、目じりに浮かんだ涙を拭った。
「当然よ。何て言ったってちゃんは我愛羅くんが認めた、唯一の女の子なんだから」
「……っ?」
「分かったなら二度と、里を出ていこうなんて思っちゃダメよ」
サクラちゃんはそう言うと、真剣な顔で私を見つめ、手を強く握り締めた。
「大切に思ってる人が…突然、自分の傍からいなくなる事ほど、辛いものはないんだから」
「サクラちゃん…」
「それを止められなかった時ほど、悲しいものはないんだから…。そんな思いを…我愛羅くんにさせちゃダメだよ…」
サクラちゃんはそう言って唇を噛み締めた。
それは、まるで自分に言ってるように聞こえて、その言葉にふと思い出す。
以前、砂隠れに、木の葉の救援任務の依頼が来た時、聞いた話のことを――
うちはサスケ―――
大蛇丸の元へ行こうと里を抜けた、彼の奪還任務がナルトくん達に下り、我愛羅たちがそれを援護した事がある。
その時、後になってナルトくんに少しだけ事情を聞いた。
サクラちゃんは…そのサスケくんの事を、ずっと前から好きだった事……
サスケくんが里を出ようとした時、サクラちゃんは体を張って止めようとした。
でも彼女の気持ちは彼に届かず、サスケくんは木の葉を出て、自ら大蛇丸の元へ行った事を…
サスケくんとは、中忍試験の時、何度か顔を合わせた事がある。
クールな顔の下、心の奥に何かを背負ってるような、そんな目をしていた。
呪われた血、うちは一族の、唯一の生き残り……大蛇丸はその力を手に入れようと、彼にある呪印を刻んだ…
「…ごめんね。偉そうなこと言って…ちゃんにも色々葛藤があったのよね…」
サクラちゃんはそう言って泣きそうな顔で微笑む。
そんな彼女の気持ちが伝わってきて、小さく首を振った。
「ううん…私がバカだったから…」
「ちゃんはバカなんかじゃない。我愛羅くんの事を思って、そうしようとしただけ」
「……サクラちゃんも辛かった…?」
「…え?」
「…サスケくんのこと…少しだけどナルトくんから聞いてるの」
「…あの、おしゃべり…」
サクラちゃんは軽く顔を顰めると、「あとで鼻にピーナツつめてやる」と、怖い事を言っている。
でもすぐに笑顔を見せると、
「そんな顔しないで。私、諦めたわけじゃないから」
「…え?」
「確かに…サスケくんは大蛇丸のところに行っちゃったけど…でもいつか絶対、連れ戻してみせる」
「……サクラちゃん…」
「私ね…サスケくんの事が好きで好きで仕方なかった…。一緒にいるだけで幸せだった…今も…思い出すと泣きたくて仕方なくなる…」
声を震わせ呟く。
泣くのを堪えてる彼女を見て、私も胸が痛くなる。
人を好きになると、他人の痛みまでもが苦しいくらいに分かってしまうんだ、と、この時思った。
「でも…私も変わったの」
「…え…」
「泣いてばかりいた私はもういない。これからは立派な忍になって、いつかサスケくんを取り戻してみせる」
「それでも…それでも泣きたくなった時は……?」
サクラちゃんは私の言葉に微笑むと――
「空を見上げてみる、空だけはずっと繋がってるから」
そう言って微笑む彼女の笑顔は、今まで見た中で、一番綺麗な笑顔だった――