静かな部屋に、ナルトのイビキが響く。
内心、苦笑しながらベランダに座ると、夜空に浮かぶ、丸い月を見上げた。
こんな夜は、彼女と出逢った、あの夜の事を思い出す。
「………んぁ?」
「……起きたのか?」
不意にイビキが止み、顔を向けると、ナルトが寝ぼけた顔で目を擦っている。
そしてオレの存在に気づき、慌てたように飛び起きた。
「げ、オレってば、もしかして寝ちゃってた?」
「もしかしなくてもな」
「…ヤベ!って、あれ…サクラちゃんとちゃんは?」
ガシガシと頭をかきながら、部屋の中を見渡すナルトに、「隣の部屋に行った」とだけ告げる。
二人のいきなりの行動に驚いたが、女って生き物はどうも内緒話をするのが好きらしい。
「ふーん。二人で何してんだってばよ…」
「さあな…女はよく分からない」
月を見上げながら、そう呟く。
その時、傍に気配を感じ、視線を向けると、ナルトが隣に座った。
「オレも同感!女ってホント、分かんねーよな!弱いのかと思えば、すげぇー強かったりさ」
「…………」
「サクラちゃんだって…サスケがいなくなった時、あんなに泣いてたのに、急に"泣いてなんかいられないわー"とか言い出して綱手のばぁちゃんに弟子入りするしさ」
そう言うナルトの横顔は、言葉とは裏腹に彼女の気持ちを理解しているように見えた。
暫く会ってない間に、また少し強く、そして大人になったようだ。
「それよりさ!我愛羅はどうなんだってばよ♪」
「…………」
しんみりしていたのは一瞬で、急にいつもの笑顔を浮かべ、オレを見る。
その言葉の意味が分からず、「何がだ?」と尋ねれば、ナルトは更にニヤリと笑った。
「まったまた、トボケちゃって〜!ちゃんだよ、ちゃん!」
「……?」
「そ!やっぱ付き合ってんのか?お前ら」
「………何だ、それは…」
「だって我愛羅とちゃんって、何つーか…いい感じじゃん?」
「…………」
「お、動揺したな?今、言葉に詰まったってばよ♪」
「…うるさい。別に動揺などしてない」
ナルトの言葉に視線を反らす。
それでもナルトは「してるしてる!」とオレの顔を覗き込んできた。
「…顔を近づけるな…」
「我愛羅も素直じゃねーなー。ま、でもモタモタしてっとちゃん、他の男に盗られるかもな!あんなけ可愛いんだし」
「………」
「そんな怖い顔で睨むなってばよ。あ、やっぱ気になるんだ♪」
「………はオレにとって、なくてはならない存在だ。誰にも盗られはしない」
「………我愛羅」
オレの言葉に驚いた表情を浮かべ、ナルトはすぐに笑顔を見せた。
その顔はどこか嬉しそうだ。
「カッコいいなー我愛羅。オレもそんな風に言ってみたいってばよ」
「……そういう存在がいるのか?ナルト」
「オレ?オレは………」
「あのサクラとかいう女か?」
「ま、まあ…つーかサクラちゃんはサスケが好きなんだし、無理なんだけどよ」
いしし、と笑いながら頭の後ろで手を組むと、ナルトは小さな溜息をついた。
こいつもへコむ事があるんだな、と思いながらも、何となく、その気持ちが分かる。
オレだってが他の男を見る事があれば、きっとこんな顔をするんだろう。
そう思っていると、ナルトは不意に顔を上げた。
「あ、でもさ。ちゃんは我愛羅の事が好きなんだろ?羨ましいってばよ!このこの!」
「………」
ナルトはそう言いながらオレの腕を肘で突付いてくる。
が、その言葉に応えられず、オレは溜息をついた。
「好きという言葉にも、色々な意味がある」
「…??意味…?」
「ああ。特にオレとは同じ痛みを持つ者同志として、ずっと一緒にいた。テマリやカンクロウといった本当の兄弟よりも、オレを理解し、傍にいてくれた存在だ」
「…だから、互いに大切なんだろ?」
「オレはそう思ってきた。も同じだろう。でもそれが仲間としての愛情なのか、それとも違う意味での愛情なのか、オレには分からない」
「…我愛羅…」
「はオレの事を、仲間として大切に思ってくれているのか…何度もそんな事を考えた。でも考えれば考えるほど分からなくなった」
あの夜、が里を出て行こうとしたのを見て、胸がひどく痛んだ。
彼女もオレから離れていくのか、と悲しくなった。
でも…彼女の気持ちを聞いて、オレも素直になろうと思ったんだ。
口下手だから、ハッキリ伝える事は出来なかったかもしれない。
それでも、この気持ちが彼女に伝わってる事を願った。
なのに…それ以来、はオレに対し、どこかぎこちない態度だ。
ここに来てからも、部屋を変えようとしたり、二人になると口数が少なくなったり…少し様子がおかしい気がする。
オレと同じ想いなのだと思ったのに、また彼女が分からなくなった。
「…はあ、風影でも女心は分からないんだなぁ」
「…そんな事に風影も何もないだろう。それで分かれば苦労はしない」
苦笑しながらそう言うと、ナルトは「なるほど!」と言って、ニカッと笑った。
こいつの、この笑顔を見ていると、何となく元気が出てくる。
「ま、でも我愛羅もやっぱちゃんが好きなんだな♪もっと優しくしてやればいーのに」
「……優しくしてるつもりだが?」
「そうかぁ?我愛羅って、どーも不器用そうだしなあ」
「お前に言われたくない…」
顔を顰め、そう言えば、ナルトは「酷いってばよ…」とガックリ頭を項垂れた。
今笑っていたかと思えば、すぐに落ち込む。
こいつの、こういう喜怒哀楽が激しいところは、憧れるところでもある。
オレに、こいつのような素直さがあれば、にも伝わるのかもしれない。
凄くシンプルな答えなのに、それを伝えるのは、どんな術を覚えるよりも難しい。
「ま、我愛羅も素直になって、しっかりちゃんを捕まえとかないと、他の奴に掻っ攫われるぜ?」
「…そうかもしれないな」
ふと、先ほどがキバという男と一緒に帰って来た時の事を思い出し、胸が痛んだ。
忘れかけていた昔の昂ぶる感情が、僅かに顔を覗かせ、その中に、嫉妬という感情が芽生えた。
がオレ以外の奴を見て、笑いかける。
たったそれだけでも、その嫉妬という熱が疼く。
オレの中に、これほど嫉妬深い自分がいたなんて初めて知った。
今日まで、当たり前のようにオレの傍にいたから、の目が他の奴に向くなど、想像した事もない。
でも今は…昔とは違う。
もオレと同じように、オレ以外の人間と打ち解け、また受け入れられていく。
そうなれば、ナルトの言うように、彼女を奪い去っていく奴が現れてもおかしくはない。
現実にそうなった時、オレは冷静でいられるだろうか、とふと思った。
「なあ、我愛羅」
不意にナルトが口を開き、オレに微笑むと、空を仰ぐ。
「あんま小難しく考える事ないんじゃねぇ?」
「……何…?」
「…好きなら好き。大切なら大切。それを相手に伝えるだけでいい」
「……ナルト…」
「オレ達、男ってのは、女の子よりも、ずっと単純な生き物なんだからよ!」
そう言って明るく笑うナルトは、どこか男らしく、そして大きな人間に思えた。
やっぱり――こいつには敵わない。
「また一つ……お前に教わったな…」
「え?」
「…何でもない」
キョトンとするナルトを見て、そう言うと、黙って月を見上げる。
あの出逢った夜から、ずっと心にあったものが、今ハッキリと分かった気がした――