どんな時も、貴方の手が必要だから


 



"お前……暫く、この木の葉に滞在する気はないか?"




賑やかな通りを重い足取りで歩きながら、綱手さまに言われた言葉がずっと頭の中を占領していた。
綱手さまが言う事も分かる。
今、砂の里に、綱手さまクラスの優秀な医療忍者は必要だ。
いつまた敵の忍と戦う事になるかも分からない。
もしそうなれば、また多くの仲間の血が流れてしまう。
戦いを避けられないなら、それを少しでも回避出来るのは、優秀な医療忍者だけ…
以前、チヨバア様が医療忍者を育てるのは凄く大変だと言っていた。
それなりの才能とセンス、そして力が必要だと。
もし綱手さまが言うように、私に少しでもその才能があるならば…私は…その力を手に入れたい。
でもそうなれば、私は砂の里を出て、この木の葉で長い年月、過ごさなければならない…
私に我愛羅と離れて暮らす事が出来るんだろうか…


"オレに止める権利はない。好きにしろ"


もし我愛羅が"やめろ"と言ってくれたなら…とバカな考えが浮かんだ。
でも我愛羅はそう言ってはくれなかった。
我愛羅は…私と離れても平気なの?
どうして平然としていられるの?
私は…我愛羅に決めて欲しかったのに…


止める権利は、我愛羅にしかないのに―――





ちゃん!」


その声にハッとして顔を上げた。
ボーっとしていて気づかなかったが、いつの間にか約束の場所まで来ていたらしい。
通りの向こうにサクラちゃん、そしてナルトくんに、あの、はたけカカシまでいる。


「遅かったね〜!道に迷ったのかと思って迎えに行こうかって話してたとこなの」


笑顔で駆け寄ってきたサクラちゃんは、そう言って私を皆のところへ引っ張って行った。


「あ…ごめんね。ちょっと綱手さまと話し込んじゃって…」
「…え?それって――」
「なぁなぁ、オレ腹減ったってばよ〜」


サクラちゃんが何かを言いかけた時、ナルトくんがその場にへたりこんだ。
それを見ていたカカシさんが、呆れたように溜息をついている。


「はぁ〜ったく仕方ないねぇ。さっきたこ焼きたべてたでしょ」


そう言いながら私を見ると、「久しぶりだねぇ、ちゃん」と微笑んだ。
彼も我愛羅を奪還する時にナルトくんたち同様、お世話になった人だ。
ナルトくんやサクラちゃんのかつての先生であり、木の葉の忍の中でも天才、とまで言われている、凄い人。
ビンゴブックでも上位に名が挙がってると、前にカンクロウから聞いた事がある。
そう言えばチヨバア様が「息子の仇」なんて、彼の事を"木の葉の白い牙"と呼んでいたけど、これは間違いで、
チヨバア様の息子さん達と戦った"白い牙"は、カカシさんの実の父親だと言う事だった。
カカシさんは"うちは一族"ではない中で、唯一、あの"写輪眼"を持っている。
それを手に入れた経緯は知らないけれど…とにかく凄い人という事は分かるし、大人でかっこいいなあと、密かに思っていたりする。


「お久しぶりです。カカシさん」
「いやー少し見ない間にま〜た綺麗になったんじゃない?今度、我愛羅くんに内緒でデートでもどう?」
「…え」
「ちょっとカカシ先生!何いきなり口説いてんのっ?風影さまにケンカ売る気ですかっ」
「だから彼には内緒だって言ったじゃない」


カカシさんは読めない笑顔を浮かべて笑った。
前にも思ったけど、彼って何を考えてるのか、良く分からないところがある。


「ったく!綺麗な子、見るとすーぐデレデレするんだから!あ、それよりちゃん。さっきの話だけど…綱手さまと何を話したの?」


伺うように尋ねてくるサクラちゃんはおおよその察しはついているようだ。
私はなるべく明るい顔で、「医療忍者にならないかって話よ」と応えた。


「え、ちゃん、医療忍者になるのか?」
「…まだ決めたわけじゃ…。ただそう言われたってだけ」


驚いているナルトくんにそう言うと、カカシさんは小さく息を吐き出した。


「そうか…。でもそうなればちゃん、五代目の元で…?」
「…はい」


さすがカカシさん。
さっきの説明だけで、そこまで気づいたようだ。
でも彼も暁との戦闘の時、砂隠れに来ているのだ。
砂の医療体勢がどのくらいのものか、分かってただろう。


「そうか。そりゃ迷うよねえ。ま、オレ的には悪い話じゃないと思うけど。で…我愛羅くんは何て?」
「…私の…好きにしろって…」


さっきの我愛羅の態度を思いだし、苦笑気味に応えると、カカシさんとサクラちゃんは互いに顔を見合わせた。
ナルトくんだけは話が飲み込めず、一人、「何?何の話だってばよ」と、首をかしげている。
そんな彼を無視して、サクラちゃんは私に視線を移し、軽く息を吸い込むと、静かに口を開いた。


「それで…ちゃんはどう思ったの?」
「私は…」
「綱手さまにちゃんの事を話したのは私なの。だから私としてはちゃんと一緒に修行したいんだけど…」


サクラちゃんがそう言うと、カカシさんは彼女の肩をポンと叩き、「サクラ…」と呟いた。


「そう急かすな。彼女にだって色々思うところはあるだろうし、さっきの今で答えなんて出ないでしょ」
「…あ…」
「…ごめんね、サクラちゃん。もう少し…考えさせて」
「うん。私こそごめんね。あ…っと、じゃあ行きましょうか。向こうでキバたちが待ってるから」
「うん」


サクラちゃんの言葉に頷き、皆で賑やかな通りを歩いていく。
カカシさんは私にニッコリ微笑むと、一人だけ蚊帳の外でスネていたナルトくんを宥めながら、前を歩き出した。
その後姿を見ながら、やっぱり大人だなぁと思った。
確かに綱手さまの申し出に、すぐ出せる答えなんて、今の私は持ってない。


「そう言えば…我愛羅くんは?一緒に来ると思ってたんだけど…」


ふと思い出したように並んで隣を歩いているサクラちゃんが首をかしげ、私を見た。
一瞬ドキっとして、さっきの我愛羅の後姿を思い出す。
私は、我愛羅の後姿を見るのは好きじゃない。
いつも置いていかれそうで、怖いから…


「えっと…我愛羅は先に宿に戻ったの。少し疲れたみたい」
「そうなの?あ…もしかして、さっきの話でケンカしちゃったとか…」
「ううん、違うよ?ケンカなんか…」


慌てて首を振ると、サクラちゃんはホっとしたように息を吐き出した。


「なら…良かった。ちょっと心配だったのよね」
「え…?」
「ほら…今度の話はその…デリケートな問題じゃない?もしちゃんが綱手さまと修行する事になれば、木の葉に滞在しなくちゃいけなくなるし…
そうなるとちゃんは我愛羅くんと離れて暮らす事になる。だからその事を考えると、私、余計な事しちゃったかなぁって思って…」


サクラちゃんは小さく溜息をついて微笑んだ。
そんな彼女の気遣いが嬉しくて、私も笑顔で首を振る。


「そんな事ないよ。確かに今の砂隠れは医療忍者が不足してるし、綱手さまの申し出はありがたいことだもの」


最初に話を聞いた時は驚いたけど、でも私は嬉しくも感じていた。
こんな私を他の誰でもない、火影でもある綱手さまが認めてくれたこと…
そしてその綱手さまに、私を推薦してくれたサクラちゃんの気持ちが、素直に嬉しい。
だから我愛羅の意見も聞きたかった。
それに…どう思ってくれてるのかと言う事も…
でも我愛羅は私の好きにしろという。
少しは私の欲しい言葉を言ってくれるかと思ったのに。
…なんて…里の為、ううん、風影である我愛羅の為に役に立ちたいと思う反面、我愛羅に"離れたくない"と言って欲しいなんて…矛盾してる。


「どうしたの?ちゃん。ボーっとして」
「ううん…何でもない」


そう言って笑顔を見せる。
あと一日、木の葉に滞在する予定だし、まだ少し考える時間はある。
今夜、もう一度我愛羅とちゃんと話してみよう。
それで答えが出なければ…里に帰った後でも答えを出すのは遅くない。
焦っちゃダメだ。
これは大切な問題なんだから…


自分に納得させるよう、私は心の中でそう決心をした。

















「あれ、我愛羅はどうしたんだ?


シカマルくんの案内で、里の祭りを楽しんでいたテマリさんは、私を見た途端、首をかしげた。


「あ…ちょっと疲れたからって先に宿に…」
「疲れた?そっか…まあ風影として他の里の行事に出るのは初めてだったしな。気疲れでもしたんだろう」
「…うん」
「まあ、大丈夫だとは思うが、は少し早めに戻ってやれ。我愛羅はああ見えて何気に寂しがり屋だからな」
「え…」


テマリさんは小声で耳打ちすると、私に軽くウインクをした。
その言葉に赤くなった私を見て、テマリさんは楽しげに笑っている。


が傍にいれば、我愛羅は機嫌がいいから」
「そ、そんな事は…」
「あるって。そろそろ自覚しなよ。我愛羅の気持ちにも、自分の気持ちにも、な」
「…テマリさん…」
「互いに一方通行で思いあってるだけじゃ、これから先もすれ違うばかりだぞ」
「―――ッ」


テマリさんはそう言って、私の頭を軽く撫でると、シカマルくんの方に歩いて行ってしまった。
その一言が、私の胸を強く貫く。


我愛羅の気持ち…?
私にも分からない我愛羅の気持ちが、テマリさんには分かるの…?
だったら教えて欲しい。
我愛羅が、どんな風に、私の事を思ってくれているのか。
私には…分からないから…


「よ!」
「ひゃっ」


不意に後頭部をコンと小突かれ、顔を上げれば、そこにはキバくんが笑顔で立っていた。


「あ、キバくん…」
「昨日は修行に付き合ってくれてサンキューな!」
「ううん。こっちこそ…」
「それより、さっき見たぜ?」
「え?」
「火影さまにプレゼント渡してるとこ。結構さまになってたじゃん。我愛羅もすっかり風影さまーって感じだったしな」


キバくんはそう言いながら笑うと、皆の方を見ながら首をかしげた。


「ところで…その我愛羅はどうしたんだ?一緒じゃないのか」
「あ…うん。先に宿に戻ったの」
「え〜何でだよ」
「…疲れたんじゃないかな。多分…」
「ふーん。ちゃんを一人にするなんて珍しいな。ま、オレ的にはラッキーだけど…」
「え?」
「い、いや…何でもねーよ。それより…これから向こうで上忍たちが何かショーやるみたいなんだ。一緒に見に行かねぇ?」


そう言って火影岩のある方を指差す。
皆もそんな事を話していて、結局全員で見に行く事になった。
カカシさんが言うには、お友達のガイさんが綱手さまの為に芸を披露するとかで、何気に面白そうだ。
(何故か他の皆はウンザリしてるようだったけど)
そのまま全員で移動すると、火影岩の前では賑やかなパレードが行われてた。


「お、すげぇーなあ。近隣諸国からもお祝いに来てるってばよ」
「そりゃ忍五大国、木の葉の火影さまの誕生日ですもの。盛大にやるわよ」


ナルトくんやサクラちゃんは、そんな事を言いながら、人ごみの後ろから艶やかな衣装を見に付け、パレードをしてる人たちを見ている。


「わぁ…凄い」
「派手だなぁ」
「でも綺麗」


皆より少し後ろで見ていた私とキバくんは、そのパレードを見ながら感激していた。
そのうち更に賑やかになって、何発か花火が上がる。
すると火影岩の前に設置されたステージの上に、噂のガイさんが上がったらしい。
前にいるナルトくんや、サクラちゃんからは、「ガイ先生ー!」と声援が上がっている。
そして、いつの間に合流したのか、その中にはガイさんの生徒だったリーくんまでがいて、「ガイ先生!カッコいいーっす!」と大はしゃぎしていた。


「お前らぁー!青春してるかぁーいっ!」


決めポーズで、そんな事を叫んでいるガイさんに、また観客から声援が飛ぶ。
笑いを堪えながらも、いったい何をしてくれるんだろうと見ていると、ガイさんがいきなり、こっちを指差した。


「カカシー!早くお前も上がって来い!オレと対決だー!」
「……やっぱりこうなるのね…」


いきなり名前を呼ばれたカカシさんは、思い切り項垂れつつ、渋々ながらステージに上がっていく。
それに驚いていると、隣にいるキバくんが笑いながら、肩を竦めた。


「あの二人、昔からライバルらしくてさ。ガイ先生、いつもカカシ先生に、ああやって勝負挑むんだよな」
「え、そうなの…?」
「まさか、今日、あの場所でやるとは思わなかったけどさ」


そう言いながらキバくんは苦笑している。
他の皆も「また始まった」なんて言いながらも、楽しそうに見ていて、初めて二人の対決を見る私は何となく興味が沸いた。
ガイさんも、あの時はお世話になった人だ。(初めて会った時はあのノリに驚いたけど)


「よぉーし、心の準備はいいか?カカシ!」
「はいはい…。で、今日は何するわけ?」


ステージ上では、張り切るガイさんと、やる気ゼロのカカシさんが向かい合っている。
ガイさんはカカシさんの一言でニヤリと笑い、大きく身構えた。


「今日は皆を楽しませる為のショーだ!もちろん……体術勝負だーっ!!」
「…いつもと変わらないじゃない……」


決めポーズで叫ぶガイさんに、カカシさんはガックリ項垂れた。
それを見て、観客からは笑いがおきている。


「では行くぞー!とぉぉりゃぁぁー!」


カカシさんの言う事には耳を貸さず、ガイさんは元気良くかかっていった。
それを慌てて回避するカカシさんに、更に笑いが起きる。
これは勝負と言うより、確かにある意味、面白いショーだった。


「はぁ…ったく。ガイ先生に頼んだのが間違いだぜ」
「でも面白いよ?」
「まあー盛り上げ役にはうってつけか。引っ張りだされたカカシ先生は気の毒だけど」


キバくんはそう言いながら苦笑いを零した。
前ではナルトくんとサクラちゃん、そしてリーくんがすっかり熱くなって、二人にそれぞれ声援を送っている。
その横でも、テマリさんやシカマルくんも楽しそうに見ていて、私まで笑顔になった。
後は…ここに我愛羅がいてくれたら…と、ふと思う。


我愛羅…今頃、何してるんだろう…
宿にもこの賑やかな声は届いているはず。
やっぱり来ないのかなぁ…


"は早めに戻ってやれ"


ふと先ほどテマリさんに言われた言葉を思い出した。


「どうした?ちゃん」
「…あ、あの私…」


"我愛羅はああ見えて何気に寂しがり屋だからな"


ちゃん?どこ行くんだよ。これから面白く――」
「…ごめん、ちょっと…宿に行ってくる」


一歩、後ずさりながら、そう言うと、キバくんはハッとしたように言葉を切った。
そして小さく息を吐くと、「…分かった」と微笑んだ。


「これ終わったら、ここで花火をあげるみたいだし…それまでに戻って来いよ。我愛羅も連れてさ」
「…うん」


キバくんの言葉に頷き、私は一気に駆け出した。
背中に皆の明るい笑い声が届く。
この中に、我愛羅も入れてあげたい。
もう彼を、孤独の中におかないと、誓ったのは私だ。
我愛羅も孤独に逃げないと約束してくれた。
だから…もう一人で行かないで。
我愛羅の背中を見てるだけなんて、もう嫌だから――



私達は―――互いを思いあっていても、それを伝える術を、知らなかった。