scene.01:あなたに出会えて、世界は変わった




汚れなき何よりも大事なものに出会えたら、目の前の世界は変わる――





いつも暗闇にいて、誰も信じず、彼は一人だった。
だけど、木の葉のアイツに出会って、我愛羅があらは変わった。
それが嬉しくて、だけど、ほんの少しだけ、悔しいの――



「何してる」
「…我愛羅…」


真夜中の砂隠れの里は、少しだけ肌寒い風が吹く。


「月、見てた」
「………」


見上げた夜空の先には、我愛羅と出逢った、あの夜のような、そんな三日月が光ってる。
我愛羅も私の隣に来て、その月を見上げた。


「勝手に一人になるな」
「…心配してくれるの?風影さまともあろう人が、たった一人の女の事を」
は特別だから」
「…嘘つき。我愛羅は私の事なんて、もうどうでもいいんでしょ?」
「どうしてそんな事を言う…?」


私の言葉に、ほんの少しだけ、寂しそうな顔をする。
我愛羅のその顔に、私はどうしようもなく弱い。
なのに、どうして素直になれないんだろう。


「我愛羅には…もう大事な仲間がいるじゃない。守るべき部下だって……私にかまってる暇なんかないんじゃない?」
「そんな事はない。を大切なのは変わらない」


そんなこと言わないでよ…決心が鈍るじゃない。
そう思いながら、唇を噛む。
溢れ出そうな涙を止めたいから。
いつから私、こんなに弱くなっちゃったんだろう。


「ねぇ、我愛羅…初めて会った時のこと…覚えてる?」
「…ああ。ちょうど、こんな月が出てた」
「そう……あの夜…私は我愛羅を殺すために、砂隠れに来たはずだった」
「…………」


我愛羅は僅かに目を伏せ、そしてすぐに顔を上げた。
私を見つめるその瞳が、私の胸を痛くさせる。


あの夜も、同じように、私を見つめて、そして――















「どうしてオレを狙う」


無表情の顔は、震えるくらいの恐怖を、私に植え付けた。


砂隠れ、4代目風影の息子、砂漠の我愛羅――


この男を殺せ、と命を受けた私は、目の前の敵に傷一つ負わせられず、足元に倒れている。
ああ、死ぬんだ、と思った。
こんな砂だらけの何もない場所で、私は死ぬんだ、と、そう思っていた。
どうせ私は捨て駒。
そんな事、分かりきっていた。
失敗して私が殺されたとしても、里の皆は邪魔者が消えたと喜ぶだけ。
例え任務を成功させても、誰も私を認めてくれはしない。
だからこそ、"化け物"の暗殺を、下忍でしかない私に…


「…何故…そんな顔をする」
「……ッ?」
「オレを殺しに来た奴が……そんな顔を見せるな」
「…黙れ!サッサと殺せばいいだろう!」
「お前は死にたいのか…?」
「…どうせ私が死んだって誰も悲しんだりしない。喜ぶ奴はいたとしてもな…」


奴の攻撃で傷を負った足がズキズキと痛む。
この足では到底、あの砂からは逃げ切れない。
最後のあがきで、目の前まで来たこいつを攻撃できたとしても、傷一つ負わせられないだろう。
あんな里の為に、そこまであがく必要もない、と思った。
あいつらは任務にかこつけて、私を厄介払いをしたかっただけ。
それに…とっくに私の気力は切れてる。
今はただ、早く楽になりたかった。
傷だらけの手を何とか動かし、クナイを掴む。
それさえ素早く察知し、砂は奴をガードしようと妖しく蠢き始めた。


「やめておけ。次は死ぬぞ」
「それでいい……」
「――っ?」
「言っただろう?私が死んだって誰も悲しまないと…。私は……死にたいんだ……っ!!」


奴が一瞬だけ見せた隙をつき、最後の力でクナイを投げる。
それは素早く動いた砂に突き刺さり、威力を失って、奴の足元に落ちた。


「…やっぱダメか…」


自分に失笑が洩れる。
こんな化け物に敵うはずなどないと分かっていたのに。
そこで体の力が全て抜けた。
砂漠の上に倒れこみ、夜空を見上げる。
周りには何もないせいか、ぼんやりと光る三日月が、やけに綺麗に見えた。


「殺してよ…」


涙で歪む三日月を見上げながら、溜息一つ、ついた。
もうじき死ぬと言うのに、誰の顔も思い浮かばない。
何て寂しいことなんだろう、と泣けてくる。


「何故、泣く」
「…勘違いしないで。命乞いをしようと思って泣いてるわけじゃない」


すぐに殺されると思っていたのに、目の前の標的は、ただ私を見下ろしていた。
真っ赤な髪に、無表情な顔、額には「愛」という刺青…
愛情の欠片も持ち合わせていなさそうな奴なのに、何故そんな文字を彫っているのか、なんて、どうでもいい事を考えていた。


「………ッ?!」


その時、男はゆっくりとしゃがみ、私の頬に伝う涙を、指で拭った。


「何する―――」
「同じ目……」
「……っ?」
「オレと同じ目で泣くんだな……」
「…何を……」


信じられなかった。
数分前まで、恐ろしいほどの殺気をまとっていた男が、私の頬を拭きながら、泣いている。
その顔は、もうさっきまでの男とは違って見えた。




「……お前も一人か?」


「…え?」


「―――オレもだ」




"砂漠の我愛羅"はそう呟いて、僅かに微笑んだ気がした―――














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